ミラクルナイト☆第84話
水都の街は事件の余波に揺れていた。
『信用金庫"美人"職員一之木多実』
彼女の名前と顔がマスコミやネットで繰り返し取り上げられている。事件の犠牲となった彼女は、その日の夜に、強盗が逃走に使用した車のボンネットに裸で大の字に磔にされた異様な姿で発見され、多くの人々の共感と同情を引き起こしていた。
ファミレスのテーブルに座る牛島と渚。店内のモニターでも多実の顔が映し出されていた。
「多実さんも災難でしたね〜」
渚は首を傾げ、ニュースに出るたびに"美人"と紹介される多実のことが気に入らなかった。渚から見て多実は美人とは思えなかった。
「"美人"って、どうしてそういう肩書きを付けるんだろう?」
渚は半ば不満げにつぶやいた。
牛島は優しく答えた。
「悲劇のヒロインだから、"美人"という言葉を添えてやってもいいと思うよ。実際、多実さんは美人じゃないか。」
彼の目には多実への親しみが浮かんでいた。彼は、多実の凜々しい性格を好ましく思っていた。
「多実さん、あれから実家に引籠っているらしいよ。」
と牛島は心配している。しかし、渚は
「それにしても…」
言葉を切って、スマホの動画を再生した。それは多美が強盗に引かれていく様子を捉えたものだった。彼女の目は冷たく、内心、多実が高飛車で見下していると感じていた部分があった。
「もし、多実さんが私の敵だったら、楽しく苛めてあげるのに。」
心の中でほくそ笑んでいた渚。
ファミレスで語らっていた牛島と渚の間に、ふいにさっと響く女性の声。
「薬の力を持ちながら…可哀そうな人ですね、一之木多実さんって。」
驚いた二人が顔を上げると、目の前に立つのは水色の襟元が特徴的なセーラー服を着た美少女。しかし、この水色襟のセーラー服は、奈理子の通う水都中学のものとは一線を画している。より上質で、品のあるもの。スカートも紺色ではなく清らかな水色のプリーツスカート。水都女学院高等部の制服だ。
彼女はその装いだけでなく、立ち居振る舞いやその容姿からも、高貴さや気品を滲ませていた。まるで明るい日差しの中に佇む輝くような存在。奈理子のような庶民的な美しさとは異質で、彼女の気配だけで圧倒されてしまう渚の表情が強張る。
牛島はすぐさま機転を利かせて渚の隣に席を移動。
「こちらにどうぞ。」
と、美少女に向かいの席を席を譲った。
美少女は少し戸惑いながらも、席に座ると、周囲を探るような視線を巡らせた。明らかに、彼女はファミレスの空気に慣れていなかった。
「私は牛島です。こちらは渚」
と牛島が手短に自己紹介を済ませると、美少女も頷き、
「一花です」
と紹介した。
牛島は渚にささやくように説明する。
「彼女は一花さん。蝶々の薬を持っていて、僕たちが彼女の初陣をサポートすることになったんだ。」
一花は微笑みながら尋ねる。
「よろしくお願いいたします。」
頭を下げる一花。そして、渚の姿をじっと見てにこやかに言った。
「一之木多実さんの方が美味しそう。」
その言葉の意味は分からなかったが、渚の中の抑えられていた気持ちが一気に沸き起こった。明確な敵意は見せずとも、彼女の瞳には明らかな不快感が浮かんでいた。
奈理子は廊下を歩きながら、高校受験のことを考えていた。数々の仲間たちが塾への道を選んでいたが、彼女の道は異なっていた。ミラクルナイトとしての使命と活動が彼女に別の道を示していたのだ。その使命のおかげで、水都女学院という名門校の学費を気にする必要はなかった。
階段を駆け上がりながら、彼女は自らの第一志望校についての噂を思い出した。中等部からの進学生と、外部からの進学生とでは、その背景がかなり違っているということだ。しかし、自分の実力を信じ、奈理子は順調に行けば合格できるだろうと自分を励ましていた。
そんな彼女が目指す場所は、生徒立入禁止の屋上。その理由は、ライムとの特別な時間のためだった。扉をそっと開けると、心地よい風が迎えてくれる。その風が奈理子の紺色のプリーツスカートを捲り上げ、彼女の淡い青色のパンツが少し見えてしまった。
「きゃっ!」
と小さく声を上げ、慌ててスカートを抑える奈理子。その姿を見て、塔屋の上で待っていたライムが優しく微笑んだ。
「今日は青か。白いリボンと白いレース付きだな。」
と彼が冗談めかして言った。
屋上の塔屋の上で、ライムに抱き寄せられながら過ごす短い時間。学校の喧騒を忘れ、ただ二人だけの世界に浸る。昼休みの時間は確かに短かったが、その限られた時間の中で奈理子はライムとの絆を深めていった。
夕暮れの水都公園に、風が穏やかに吹き抜けていた。牛島は手を背中に回して歩く一花と並ぶ形で立っていた。彼の隣には、少し緊張した面持ちの渚もいた。
「ここで奈理子さんをお待ちすれば良いのですね?」
と、一花は清楚な声で質問する。牛島は公園の一角を指差し、
「この通り道を奈理子は毎日通る。必ず彼女が現れるから」
と、一花に説明する。
一花は微笑んで牛島と渚の顔を交互に見つめた。
「あなたたちは私の監視役というわけですか?」
彼女の笑顔には一切の警戒心が感じられなかった。
渚は一花のおっとりとした態度を見て、不思議に思った。「彼女は何も恐れていないのか?」と内心で問いかけていた。
「一花さん、我々はここでサポートをする役目さ。あのドリームキャンディや、セイクリッド…えと、何だっけ…それが出てきたら、僕と渚が対応するから」
と、牛島が答えると、渚は小さく笑った。牛島はセイクリッドウインドの名前をなかなか覚えられない。
一花は優雅に頭を下げて、
「承知しました。よろしくお願い致します」
と礼を言った。牛島は、一花の額にやさしい手を置こうとしたが、一花は軽やかに身を翻して微笑んだ。一花の額を触ることができなかった牛島は、
「ミラクルナイトは弱いから少し苛める程度でいいよ。傷つけることなく、遊んであげてね」
と何事も無かったかのように微笑んで助言した。
その時、遠くから奈理子の姿が見えた。渚の目がキラリと光る。
「牛島さん、奈理子が来る」
と彼は牛島の袖を軽く引っ張った。
一花は
「それでは」
と言い残し、変身の儀式を開始するために公園の片隅へ歩いて行った。
「あの人、本当に大丈夫なんですか?」
渚の心配そうな声が耳に入った。牛島は目を細めながら、真面目に言った。
「一花さんは大切な人。絶対に怪我をさせてはいけないから目を離しちゃいけないよ」
渚は面倒だなと苦笑しつつ、近づいてくる奈理子の姿を追っていた。
夕暮れの水都公園。夏の残り香が空気を染め、太陽がそっと地平線に吸い込まれていく。奈理子は汗ばんだ額を抑えながら、声をかけてくる市民たちに微笑を返していた。夏の疲れを隠せずに、ただ早く家に帰ってシャワーを浴びたいという思いを心に秘めていた。
突如として、公園の空には美しい蝶が舞い上がった。その優雅で美しい動きに、市民たちは目を奪われていた。しかし、奈理子の目に映ったのはただの蝶ではなかった。それはアゲハ女の姿だった。
「奈理子さんですね。思った通りの可愛いらしい女の子で、私嬉しい」
と、アゲハ女は宙を舞いながら声をかけてきた。彼女の翅から放たれる魅了の粉は、公園の市民たちを静かに虜にしていた。
奈理子は警戒しつつも、彼女の美しさに少し心を奪われていた。
「なに?私に何の用?」
と声を強く出す奈理子。しかし、アゲハ女の目的は一つ。
「奈理子さんがミラクルナイトに変身する姿、見せてくださいませんか?」
と彼女は優雅に要求した。
ミラクルナイトへの変身中は無防備だった。奈理子は敵の前で変身をしたくはなかったが、このままアゲハ女と見つめ合っているわけにはいかない。
状況を悟った奈理子は、アイマスクを手に取る。彼女の変身は、常に市民たちの期待と歓声の中で行われていた。しかし、今日は違った。魅了の粉によってアゲハ女に心を奪われている市民たちの中、奈理子は変身を始めた。
制服が輝きの中へと消え、奈理子の純粋な淡い青色の下着が露わになる。それを見つめるアゲハ女の目には、微かな笑みが浮かんでいた。一瞬の間、奈理子の体を覆うアイテムたちが現れ、完全なるミラクルナイトの姿へと変わっていった。
夕暮れの光とともに、新たなバトルが水都公園で幕を開けようとしていた。
夕闇の中、水都公園が静寂と緊張の空気に包まれていた。ミラクルナイトは、背中のミラクルウイングを広げ、軽やかに空へ飛び上がった。空中でキラリと光る彼女の姿は、まるで夕空に輝く金星のように美しい。
「ミラクルシャインブラスト!」
彼女の掌から水色の光弾が放たれる。それは迅速にアゲハ女の方へと飛び去った。しかし、アゲハ女はその軽やかな身のこなしで、光弾の一つ一つを避けていった。彼女の動きは、まるで花の中を舞う蝶のように優雅で美しい。
「あら、こんなに素晴らしい技を持っているんですね。でも、まだ私には及びませんよ。」
アゲハ女は、ミラクルナイトを挑発するように言った。
ミラクルナイトは集中を深め、再び光弾を放ったが、アゲハ女はそれも軽々と避けてしまう。その間もアゲハ女は、翅から魅了の粉を撒き散らし、ミラクルナイトの動きを乱そうとした。
「奈理子さん、あなたのその可愛い姿…あなたの蜜はとっても美味しそう…」
アゲハ女の目は、ミラクルナイトを完全に手中に収める優しさを持っていた。
戦いは一方的だった。ミラクルナイトの技は、アゲハ女の美しい舞「蝶乃魅惑乃舞」には全く通じなかった。やがて、魅了の粉の効果で動きが鈍ったミラクルナイトは、アゲハ女の攻撃に耐え切れず、大地へと力尽きて落ちてしまった。
アゲハ女は優越感に満ちた笑みを浮かべながら、力尽きたミラクルナイトの姿を見下ろした。
「私の舞は、奈理子さんにはまだ早すぎたようですね。」
彼女の言葉に、公園は再び静寂に包まれた。
水都公園には、残暑の日差しを反映した静寂と緊張が交差していた。奈理子の身体は、ミラクルナイトとしての姿を纏っていたものの、力尽きて地面に沈み込んでいた。
「もう終わりですか?奈理子さん」
とアゲハ女の言葉が、静かに響いた。彼女の声には、驚きよりもむしろがっかりしたような色彩が滲んでいた。彼女はゆっくりとミラクルナイトの近くまで歩み寄り、
「可愛いだけでは敵の玩具にされるだけですよ」
と、声には優しさが混ざっていた。
ミラクルナイトはその言葉に反応し、何とか立ち上がろうと試みた。だが、彼女の体は反応せず、片膝だけを地に突き刺す形でそのままの姿勢に留まった。
アゲハ女の視線が、奈理子の露わになった青いパンツのクロッチに移った瞬間、一瞬だけ微笑みが顔に浮かんだ。
しかし、その次の瞬間、水都公園は突如として竜巻の嵐に包まれた。アゲハ女は驚きもせず一歩下がり、
「蝶舞疾風撃」
と呟き、彼女の翅から放たれる力強い風で竜巻を撃退した。その後ろから、セイクリッドウインドとドリームキャンディの二人が姿を現した。竜巻を起こしたのは、セイクリッドウインドの力だったのだ。
「奈理子さん!」
ドリームキャンディはミラクルナイトの側へと急いだ。奈理子は彼女に抱えられながら、
「この人、強い…」
と小さくつぶやいた。
と、その時、ウミウシ男とシオマネキ女がアゲハ女の間に割って入った。アゲハ女はシオマネキ女を見て、興味津々に
「青いカニさんですか?」
と問いかけた。シオマネキ女は
「今はそんなことを言っている場合じゃありません!」
と急き立てるように叫び、ウミウシ男がアゲハ女の腕を引き、
「ミラクルナイトは十分苛めた。帰ろう」
と提案した。
公園は再び、未知の展開を迎える静寂に包まれた。
水都公園での空気は、時間が止まったかのように静かだった。アゲハ女の姿は、途切れ途切れの陽光の中で、彼女の繊細な蝶の翅に映し出されていた。彼女の目には、まだミラクルナイトとの遊戯を続けたいという情熱が宿っていたが、周囲を見れば、それを続けることの難しさがわかった。
「奈理子さん、またお会いしましょう」
と彼女は優しく微笑み、姿を消そうとした。しかし、セイクリッドウインドの気迫が彼女を止めた。
「待ちなさい、アゲハ女!」
彼の声には、先ほどの自分の技を消滅させられたことへの不満と怒りがこもっていた。
アゲハ女はゆっくりとセイクリッドウインドを見つめた。
「あなたも美味しそう…」
と彼女は言い、目を細めた。それだけでなく、
「でも、あの人のお下がりになってしまうのが残念ですわ」
と悲し気な表情で返す。その言葉の真意は、周囲の者たちには理解できなかったが、セイクリッドウインドだけが彼女の言葉の裏に隠された意味を理解し、驚きと衝撃を受けた。凜と勅使川原の関係を知っているのではと疑念がわいた。
「どうしてそれを…」
彼の声は戸惑いと不安で震えていたが、アゲハ女はそれを軽く無視し、次にドリームキャンディに目を向けた。
「あなたは…あと何年かすると素敵な女の子になりそうね」
と、彼女は優しく微笑んだ。
その瞬間、
「行こう」
とウミウシ男の声が響いた。アゲハ女は蝶のように軽やかに舞い上がり、空の方へと飛び立った。
「待ってくれ!」
ウミウシ男とシオマネキ女は、彼女の後を追って駆け出した。しかし、彼らには空を飛ぶ能力はなく、あっという間に彼女の姿は見えなくなった。
水都公園には、ミラクルナイト、セイクリッドウインド、そしてドリームキャンディの三人だけが残され、その後の静けさが圧倒的だった。
重厚な木目のドアを開けると、勅使河原の広々とした執務室が広がっていた。彼の視線は、窓の外を流れる空の色から、手元の写真に移った。その写真には、アゲハ女とミラクルナイトの戦いの一コマが写っていた。
部屋の角には、アゲハ女とミラクルナイトの戦いの報告に来た牛島が姿勢よく立っていたが、彼もまた勅使河原の表情を横目で盗み見ていた。
「一花お嬢様が奈理子と楽しんだことを知ると、もう一人のお嬢様も奈理子と遊びたいと言ってくるかもしれません」
渦巻の声が静かに響いた。彼の言葉に、勅使河原の唇が細く引き結ばれた。
「適当に遊ばせてやれ。護衛は付けろよ」
と彼は半ば無感動に言ったが、その胸の内には複雑な感情が渦巻いていた。一花は水都製薬の役員、彼の上司の大切な娘。そして、もう一人のお嬢様は議員の娘。繊細なバランスの上に彼の権力が成り立っていた。
彼の意識は、牛島が報告したアゲハ女とセイクリッドウインドの微妙な会話に引き戻された。一花はセイクリッドウインドの秘密を何か知っているのだろうか。育ちが良い一花とセイクリッドウインドの間に接点があるとは思えない。一花が戦場で感じたものは何だったのか。
「渦巻」
と勅使河原が低く呼びかけると、渦巻は即座に
「はい」
と応じた。
「セイクリッドウインドを探れ。彼女には何かあるのかもしれない。それを突き止めるのだ」
渦巻は頷き、
「かしこまりました」
と答えた。
勅使河原の眼差しは、窓の外に流れる景色に戻った。彼の胸中は、疑問と興味、そして未知の可能性に満ちていた。
(第85話へつづく)
(あとがき)












ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません