ミラクルナイト☆第193話
黄昏が落ちきった鄙野の外れ、苔むした鳥居がぽつんと立つ旧神社の奥――
そこには、コマリシャスが描いた六芒星の魔法陣が青白く脈打ち、まるで心臓のように波打っていた。
「……いよいよ、ね」
魔法陣の縁にしゃがみこんだタンポポタイが呟く。その背中では、タンポポの綿毛が微かに震えていた。
「また気味の悪いのをお作りになられるのですね……コマリシャス様」
隣に立つ御祖紗理奈は微笑みながらも警戒を解かない。周囲に漂う瘴気の濃さが尋常ではないのを、彼女の勘が告げていた。
「ふふふ……ふはははっ!」
紫水晶の王冠を傾け、コマリシャスは魔法陣を見下ろしながら、高らかな笑い声を上げた。
「水都の守護神ミラクルナイトちゃん。わたくしのダンゴムシカンたちを倒して、少しはいい気になってるのかしら? けれどね――人間の心ほど、脆くて滑稽なものはないのよ」
勇者ダンゴムシカンを倒したのはミラクルナイトではなくイチゴ女だが、紗理奈は何も言わなかった。魔界のプリンセス・コマリシャスにとって、敵は水都の守護神ミラクルナイトただ一人なのだ。
魔法陣の中心、ぐつぐつと沸き立つ闇色の液体の中から、ぬるりと、銀の縁をもつ楕円の鏡が浮かび上がった。その鏡には、コマリシャスの顔が写っていた。
「ほら、わたくしって最高でしょ? でもね、こんな美しい顔すら、この子は狂気に変えてしまうの。ね、出てきなさい……ミラーグモダン!」
闇が弾けるように散った――
姿を現したのは、艶やかな黒紫のクモ脚を持つ妖魔。
腹部から胸元にかけて、巨大な古鏡のような平面が埋め込まれており、角度によって見る者自身の顔がそこに浮かぶ。だが、その姿は決してただの鏡像ではない。
映し出されるのは、歪んだ表情、隠された欲望、劣等感や羞恥、そして後悔――
「……ふふ、素晴らしい鏡だわ。誰もが見たくない自分を、ちゃんと見せてくれるなんて」
コマリシャスは幼子の姿に似合わぬ残酷な微笑を浮かべ、掌に集めた魔界の瘴気をそっと魔法陣へ送り込む。その光が銀の繭を照らし、表面に無数の蜘蛛の脚が浮かび上がると、空気がぴしりと裂けるように緊張する。
「見て、紗理奈。これが“闇の反射”の力を持つ、私の新しい子――ミラーグモダン。」
その声に、紗理奈が薄く笑った。かつては穢川研究所に忠誠を誓っていた彼女だが、今ではコマリシャスの忠実な観察者、あるいは…共犯者だった。
「素晴らしい魔物ね、コマリシャス。あの鏡の奥から、何か別のモノが覗いているような気がするわ。」
「そうでしょう? この子は“相手の心”を写して、そこから毒を滲ませるの。うふふ、人間って自分の醜さを見ると勝手に崩れていくのよ。弱い生き物…!」
繭が弾けた。八本の脚が這い出し、ぬるりと現れたのは、流麗な鏡の仮面を顔に付けた蜘蛛型の魔物――ミラーグモダン。その身体はガラスのように光を反射し、腹部の文様は禍々しい眼を象っていた。まるで“心の奥底”を覗き込まれているような錯覚すら与える。
「きゃはははっ!おはよう、ミラーグモダン!さあ、行きなさい。水都の清らかな仮面を剥いで、その本性を暴きなさい!」
「キ…ラ…ミ…ル……ナ……イ……ト……」
初めて声を発したミラーグモダンの声は、金属の擦れる音と蜘蛛の足音が混ざったような異様なものだった。その背から伸びた糸状の鏡が、ぴんと張り詰めたように音を立てる。
「アナタを倒す鏡…ワタシ…」
傍らのタンポポタイがうっとりとその姿を見上げる。
「コマリシャス様…この子は本当に美しい…。きっと水都の連中、イチコロですぅ…」
「さあ、行きなさい、ミラーグモダン。『白くて弱い』ミラクルナイトを、彼女自身の姿で打ち砕いておいで。」
高らかに笑うコマリシャス。その背後で風が凪ぎ、次なる戦いの予感が蠢く。鄙野から放たれた新たな悪意は、静かに、そして確実に水都の街へと向かっていた――
その日、水都の空はどこか曇っていた。
秋の柔らかな光を遮るかのように、街の空に何本もの銀色の糸が張り巡らされていた。水都の中心――水都塔のすぐ近く、商業ビルの壁面に、突如として“それ”は現れた。
「なんだ、あれ……?」
通行人のざわめきが高まる。巨大なビルの壁を這うように、青白い鏡のような胴体がゆっくりと姿を現した。ガラス細工のように光を反射する蜘蛛の脚。仮面のように無表情な鏡面の顔。その中心には、見る者すべての“内面”を映すような深い闇が――
「ミ……ラ……ク……ル……ナ……イ……ト……」
その歪な声は、誰に向けられているのか定かではなかった。しかし、名指しされた名前が意味するところに、街の空気は一変した。
「怪人だ!逃げろ!」
「誰か、ミラクルナイトを呼べ!」
市民たちの声が広がる中、ミラーグモダンは動き出す。吐き出される無数の細糸が電柱や信号機、街路樹に絡まり、街そのものが巨大な蜘蛛の巣のように変貌していく。鏡面の胴体が反射するのは逃げ惑う人々の姿…いや、それ以上に――
彼らの「恐怖」や「醜さ」までもが投影されているようだった。
「さあ…見せて……あなたの“本当”…。」
淡々とした声音とともに、ミラーグモダンの腹部にある大きな鏡がぎらりと光る。映し出されたのは――偶然その場にいた女子中学生の姿。しかしその鏡には、泣きじゃくる彼女の姿が歪んで映り、次の瞬間、少女は自分の顔を両手で覆って走り去った。
精神攻撃――ミラーグモダンの最大の能力。それは、見る者の心の弱さを映し出し、そこに毒のような疑念を吹き込む鏡。
その異様なエネルギーを感じ取り、誰よりも早く現場に駆けつけた影があった。
「ここは…危険すぎます! 皆さん、避難してください!」
水都中学の制服に身を包んだ少女――杉原寧々は、ポーチからキャンディ型の変身アイテムを取り出すと、誰もいない路地裏に走り込み、そして――
「キャンディ・スイーツ・ドリームキャンディ!」
光のキャンディが周囲に走り、少女の姿は鮮やかなオレンジとイエローの戦闘衣装に包まれた!
「夢の力で、悪を砕く! ドリームキャンディ、見参!」
無数の糸が空を縫う中、鞭のようなキャンディチェーンを片手に、彼女は跳ねるように宙を舞い、ミラーグモダンの目前に着地した。
「奈理子さんはいませんが……わたしが代わりに止めてみせます!」
しかし、ミラーグモダンは静かに言葉を返す。
「あなたは…かわいくない……努力家で真面目…でも…見られたいんでしょう…可愛いって……けど…なれない……そんな自分……見せましょうか?」
次の瞬間、ドリームキャンディの足元に淡く光る鏡が現れた。そしてそこに映るのは――
地味な制服姿で、誰にも見向きされずに教室の隅でうつむく寧々の姿だった。
「なっ……そんな…!」
戸惑うドリームキャンディ。鏡はただ映しているだけではなかった。そこからじわじわと、“心の毒”が滲み出してくるのを、彼女は感じていた――
「うぅっ……わたしは……」
鏡に映る“本当の自分”――それは、強くなろうと努力し続けても、結局「かわいくない」と見られ、奈理子のように男子に好かれることもなく、ただの優等生として扱われる寧々の姿だった。
「やだ……そんなの、わたしじゃない……っ!」
しかし、その想いすらもミラーグモダンの糸に絡め取られる。動揺に乗じ、ミラーグモダンの長い脚がすばやく振るわれる。
「きゃあっ!」
ドリームキャンディはその一撃をキャンディチェーンでなんとか受け止めたが、バランスを崩し後方に吹き飛ぶ。
「否定しないで…受け入れて…その鏡の中のあなたこそ…“あなた”……」
ミラーグモダンの身体に張り巡らされた小さな鏡が一斉に光を放ち、寧々の記憶を映し出していく。
――奈理子と弟・隆が仲良く話している。
――制服姿で下着モデルになってしまった奈理子に憧れと嫉妬を抱いた瞬間。
――「姉ちゃん、それ可愛いよ」と言った隆の無邪気な笑顔。
「……!」
心の奥にしまっていた複雑な感情が、一つずつ言葉にされることなく暴かれていく。
「……うるさい……!」
ようやく立ち上がったドリームキャンディが、キャンディチェーンを強く握りしめた。
「そんなの、そんなの……奈理子さんが可愛いのは分かってる。でも、わたしは、わたしで、がんばってるのっ!」
叫ぶと同時にキャンディチェーンが巨大なロリポップハンマーへと変形する!
「これがわたしの全力っ――!」
ハンマーを振り上げて飛びかかるも、ミラーグモダンの脚が鏡のような光を放ち、回避。鏡面の腹部から再び毒の糸が放たれ、寧々の足を絡め取り、地面へと叩きつける。
「がはっ……!」
顔を歪めながらも、再び立ち上がろうとするドリームキャンディ。
「……なんで……こんなに……戦いづらいの……」
その時だった。
「ドリームキャンディ! 無理しないでッ!」
風を裂くような声と共に、水色の閃光が上空から滑り込んだ。
両手に水色の光を宿しながら、ふわりと舞うプリーツスカートと、輝く白の装束――水都の守護神・ミラクルナイト!
「奈理子だ!」
「やっぱり白パンツ!」
「今日も可愛いぞ、奈理子!!」
遠巻きで戦いの様子を眺めていた市民が歓喜の声援を上げる。
「今度は、わたしが助ける番よ!」
地面に膝をついていたドリームキャンディが、はっと顔を上げる。
「奈理子さん……!」
「心を揺さぶるような攻撃、わたしも何度もされたけど……それでも、わたしたちはヒロインよ!」
ミラクルナイトは、ドリームキャンディの傍に片膝をついて手を差し伸べる。
「キャンディ、あなたはあなたのままで可愛い。だから、自信を持って!」
小さなその一言が、ドリームキャンディの胸に深く突き刺さった。
「……奈理子さん……わたし、まだ負けたくない!」
再び立ち上がったドリームキャンディの目に、強い光が宿る――。
「ほほほ……ミラクルナイト……あなたの“真実の心”、このミラーグモダンの鏡が暴いてあげますわ♡」
水都公園の噴水広場に響く不気味な声。ミラーグモダンが腹部の大鏡をぎらりと光らせた。
「ふふふ……見なさい……これがあなたの“本性”……」
鏡面に浮かび上がったのは、ミラクルナイト=奈理子の戦闘シーン集――スカートをめくられる、拘束される、逃げる、倒れる、泣く……。
「や、やめてくださいぃッ!///」
ミラクルナイトは頬を真っ赤にして叫んだが、ミラーグモダンはさらに追撃。
「あなたは! 弱くて! すぐにパンツを見せるだけの存在ッ!」
「し、失礼なッ!これは事故です!不可抗力ですッ!」
「ふふふ、でも“事実”よ……あなたは戦うたびにスカートを剥がれ、敵に笑われ、仲間に助けられてばかり……ほら、鏡をご覧なさい」
「う……ぐ……」
一瞬たじろぐミラクルナイト。
――が!
すぐに、すっくと胸を張り、ドヤ顔で言い返した。
「……でもそれでもっ!今のわたし、めっちゃ人気あるもんッ!!」
ミラーグモダン「……へっ?」
ドリームキャンディ「……へっ?」
「写真集、初版1万部完売ッ! フィギュアはプレミア化ッ! “奈理子のブラ&ショーツ”はミコール史上最速の売上記録を更新中なのよッ!」
「ぐっ……そ、そんな……!」
「市民のみんなだって――ほら見て、この声援っ!」
\がんばれミラクルナイトーっ!/
\今日もパンツありがとー!!/
\水都の女神ぃーっ♡♡/
「わたしは弱いかもしれない……!でも、みんなが応援してくれる!それが、今のわたしの“強さ”なのよッ!」
ズバーンッ!!
水色のエフェクトが全身にほとばしる。まばゆい光と共に両手に力を集中させ、ミラクルナイトは堂々と宣言した。
「ミラクルナイト、推してくれてありがとーっ!!」
ミラーグモダン「推し……!?な、なんという精神構造……」
ドリームキャンディ「(……なんかもう、いろいろ次元が違う……)」
「このドヤ顔……眩しいッ!」と膝をつくミラーグモダン。
一方、ミラクルナイトはといえば、カメラに向かってハートマークを飛ばし、ファンの歓声に手を振っていた。
「う……ぐぐぐっ……このミラーグモダンが……こんなアイドルみたいな理屈で……っ!」
ミラーグモダンはふらふらと後退する。自らの鏡に映した“弱さ”を跳ね返されたことに動揺し、彼女の腹部に埋め込まれた魔鏡がピシッ……と小さなひびを刻んだ。
それを見逃すミラクルナイトではない!
「今よッ、決め技いっくよーーーっ!」
腰をくいっとひねりながら、ミラクルナイトは高らかに宣言する。
「”純白の天使”の底力、見せてあげるっ! ミラクル・ヒップ・ストライークッ!!」
ばばーーーんっ!!
軽やかなターンから華麗なジャンプ、そして──
ズドォォォォンッ!!
光をまとったお尻がミラーグモダンの鏡に激突!
砕け散る破片、まばゆい閃光、宙に漂う奈理子の女の子の香りときらめきのエフェクト!
「ギャーーーーッ!? お尻ィィィ!? な、なんて破壊力だァァァ……っ!」
ミラーグモダン、爆散。
鏡の破片が星のようにきらめきながら消えていくと、そこにはポーズを決めるミラクルナイトの姿があった。
「これが……ミラクルナイト流、“押しの美学”よっ☆」
\キャーーーーーッ!かわいいぃぃぃ!/
\ヒップアタック最高ぉーーーッ!/
\水都のアイドルはおしりも強い!!/
「うふふっ、応援ありがと♡」
ドヤ顔で指ハートを決めるミラクルナイト。ドリームキャンディは呆れた顔でぽつりとつぶやいた。
「”純白の天使”を受け入れてるなんて……もう、あの人に“弱さ”とか言っても無駄ですね」
夕暮れの水都公園。
戦いの余韻がまだ街の空気に残る中、オレンジ色の光がゆっくりと噴水の水面を染めていた。
「……ごめんなさい、奈理子さん。さっきの戦い、私……全然ダメでした」
水都中学の制服に戻った寧々は、うつむいたままベンチに腰掛け、小さくつぶやいた。頬にはまだ、鏡に映された“理想の女の子像”に押し潰されそうになった自分の悔しさが残っていた。
そこに、水都女学院高校の制服である水色のプリーツスカートがふわりと目の前に現れる。
「寧々ちゃん、よく頑張ったよ」
優しく笑う奈理子。制服のリボンを風になびかせながら、隣にそっと腰を下ろす。
「え……でも……あんなふうに動揺して、私、情けなかったです……!」
「ううん、ミラーグモダンのあの技は、誰だって動揺するよ。私だって、心の奥を映されたら……たぶん、泣いちゃってたかも」
「……奈理子さんが?」
「ふふっ、見た目はバッチリ☆でも中身はちょっとポンコツなんだよ、私」
少し照れたように、奈理子は人差し指を頬にあてた。その飾らない笑顔に、寧々は思わず笑ってしまった。
「……ポンコツって、堂々と言えるのすごいです……」
「いいの。私、誰かに見栄を張って強く見せるより、ちょっとドジしても、応援してもらえるほうが好きなんだ」
「…………」
寧々の表情が、ほんの少しだけ和らぐ。
「でもね、さっきの寧々ちゃん……最後まで立って、戦ってた。それが何よりかっこよかったよ。ね? 隆もそう思うでしょ?」
突然名前を呼ばれて、植え込みの陰からひょこっと顔を出す少年。
「う、うわっ!? いつからいたの隆!?」
「……最初から全部見てたよ。優等生キャラ、俺は嫌いじゃないぜ」
隆はちょっと頬を赤らめながら、目を逸らした。
「ちょ、ちょっと! だったら声かけてよ! 見てるなら応援くらい――」
「うるせーな。応援してたよ、心の中で。……お前は、姉ちゃんよりずっと強いし、自信持てよ」
「っ……!」
不意に照れたように呟く隆の言葉に、寧々の胸がぎゅっと締め付けられる。
奈理子はそんなふたりを見て、
「どーせ私は弱小ヒロインですよ」
と、にっこりと微笑んだ。
「じゃあ、私はそろそろ帰るね。隆、ちゃんと送ってあげてね?」
「姉ちゃんは?」
「私は寄るとこあるから。ふたりで仲良くね~♡」
手を振って歩き出す奈理子。その背中を見つめながら、寧々はそっとつぶやいた。
「……やっぱり、奈理子さんはすごい。強くて、可愛くて、優しくて……」
「……ま、あの人はあの人。お前はお前でいいんじゃねぇの?」
ぽつりと呟く隆。その言葉が、寧々の心にそっと沁み込んでいった。
──夕暮れの風が、少しだけあたたかくなった気がした。
(第194話へつづく)
(あとがき)












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