ミラクルナイト☆第228話
ミラクルナイト☆第228話
◆水都神社・境内
(12月上旬/クリスマス商戦ピーク)
凜が掃除を終え、社務所に戻ろうとしていたそのとき——
境内に駆け込む影がひとつ。
「り、凜さん!! 大変です!!」
息を切らしながら駆け寄ってきたのは寧々だった。
冬の水都中学セーラー服の襟が上下に跳ねるほどの勢いである。
「どうしたの、寧々」
凜が振り向くと、寧々は両肩を掴むようにして叫んだ。
「タワー前広場が――奈理子さん一色なんです!!
街中に奈理子さんのポスター!
大型ビジョンも延々と“奈理子のブラ&ショーツ〜Sexy Girl〜”のCMです!!
水都の街がもう……全部、奈理子さんの下着で埋まってます!!」
境内に冬の冷たい風が吹き抜けても、
寧々の熱気はまるで収まらない。
「はぁ……あれね。ミコールのクリスマス限定のやつでしょ。
可愛いよね、奈理子らしくて。」
凜は軽く答える。
実際、奈理子の宣材写真は清純で可愛く、"Sexy Girl"の名前とは裏腹に
ふわふわレースのラブリー系だった。
しかし寧々は顔を真っ赤にして抗議する。
「“奈理子のブラ&ショーツ”ってティーンズ向けブランドですよ!?
あんなフリフリでリボンだらけで……っ!
中学生があれを穿くのは……!」
「今どき、そのくらい普通じゃないの?
……で、寧々はどんなの穿いてるの?」
凜がさらっと言うと、寧々は一瞬固まる。
「わ、私は……普通の……やつです……」
小声で俯く。
が、すぐに気持ちを切り替えて顔を上げた。
「それより! 問題は街中が奈理子さんの下着ポスターだらけってことです!!
正義のヒロインが、あれでいいんですか!?」
「仕方ないじゃない。奈理子はミコールのイメージキャラクターなんだから。」
凜はあくまで落ち着いた態度。
巫女としてのメンタルが強い。
そして、思い出したように言う。
「そういえば、今度の土曜日……
タワー前広場で“奈理子のブラ&ショーツ〜Sexy Girl〜”のお披露目イベントがあるのよ。」
「知ってます。」
寧々は即答。
「年末年始は神社が忙しくて、私は行けないの。
だから代わりに、奈理子を守りに行ってきて。」
「……守る? え、あ、私ですか?」
「寧々のお小遣いじゃミコールの下着は買えないでしょうけど、
イベントに行くこと自体は無料よ。」
「買いませんよそんな高いの!
……というか、守るって何を?」
凜はため息をひとつつき、指を折りながら数えた。
「大学の学園祭、ミラクルナイトフィギュア発売イベント、テレビ出演の公開収録。
大分前になるけど、抱き枕お披露目会……」
寧々は全部を鮮明に思い出した。数え上げたらきりがない。
(どれもこれも、敵の襲撃と奈理子さんのピンチの連続……)
凜は言い切った。
「奈理子のイベントは“必ず敵が来る”の。
忘れた?」
「……確かに。」
寧々は深く頷いたあと、
覚悟を決めるように腰に手を当てて言う。
「分かりました。
ファンに囲まれて調子に乗ってる奈理子さんが襲われて、
変身してすぐ捕まって、
また恥ずかしいことになっちゃう……
そんな奈理子さんを絶対に守ります!」
凜は半眼になった。
「普通に『奈理子さんを守ります』って言えばいいのに……」
「だって何度も見せつけられてますから!
奈理子さんってイベントだといつも――」
「はいはい、続きは聞かないわ。
とにかく、頼んだわよ。寧々。」
寧々は真剣に頷いた。
今週末のタワー前広場は、
ヒロイン奈理子 × 市民大熱狂 × 穢川研究所の襲撃
の三重奏になることが、
この瞬間すでに確定していた。
◆穢川研究所・社長室奥の研究区画
(12月上旬/奈理子イベント前日)
パイプが縦横に走る研究室。
化学薬品の匂いの中、九頭はタブレットで
「奈理子のブラ&ショーツ〜Sexy Girl〜」特設サイト
を食い入るように眺めていた。
そこへ絹枝が書類を抱えて入ってくる。
「先生……街は奈理子一色ですね。
タワー前広場も完全に“奈理子フェス”状態でした。
イベント、どうなさいます?」
九頭はくるりと椅子を回し、
満面の笑みで答えた。
「もちろん、私は行くよ!
そして絹枝くんへのお土産に、
“奈理子のブラ&ショーツ〜Sexy Girl〜”を買ってきてあげよう!」
「………………は?」
絹枝の表情が固まる。
「絹枝くんのサイズは調査済みだ。
白、水色、ピンクの3色……
やはり、基本の白で良いかな?」
「なぜ私のサイズを知っているんですか!?!?」
「研究の一環だよ。
細かいことは気にしないでくれ。」
「気にしますよ!!
そもそも“奈理子のブラ&ショーツ”は中高生向けブランドです!
私は子供じゃありません!!」
「研究所内では、絹枝くんは年下キャラだ。
きっと似合うよ、奈理子の下着。
白なんて特に。」
「似合う似合わないの問題じゃありません!!
第一、私は先生から下着をプレゼントされる筋合いも——」
「で、絹枝くん。
イベントでは仕掛けるべきかな?」
急に真顔になる九頭。
絹枝は額を押さえた。
「……それを聞きたかったんですよ!
仕掛けるんですか、仕掛けないんですか!?」
九頭はタブレットを置き、静かに語りだす。
「奈理子イベントとはね、“美しい儀式”なんだよ。」
「は?」
「まず、敵が現れる。
奈理子が変身する。
だが奈理子はあっけなく敗北する。
可愛らしいピンチシーンに、奈理子ファン大喜び。
そこへ颯爽とドリームキャンディが登場し奈理子を救う。
——ここまででワンセットだ。」
「……なんてものを儀式扱いしてるんですか。」
絹枝がため息をついた瞬間、
九頭はさらに続けた。
「今回も当然仕掛ける。
だが、篠宮くん(ブナシメジ男)は呼ばない。」
「呼ばない?
では誰を……?」
「篠宮くんは真面目すぎるんだよ。
奈理子イベントというのは、
奈理子の“可愛さ”を最大限に引き出し、
奈理子ファンを歓喜させる舞台だ。」
九頭はモニターに映る奈理子のCM写真を指差した。
「この“奈理子のブラ&ショーツ〜Sexy Girl〜”……
これを最も輝かせる敵を、今回用意してある。」
「……また、よからぬことを企んでますね、絶対。」
「私はただ、奈理子の可愛い姿を楽しみたいだけだよ。」
九頭は満面の笑み。
絹枝は頭を抱えながら思った。
(先生の“奈理子愛”と“研究者の狂気”が
だんだん区別できなくなってきた……)
――奈理子イベント当日、
穢川研究所が仕掛ける“次の刺客”は、
すでに動き始めていた。
◆水都タワー前広場イベント開始
冬の冷たい空気とは裏腹に、水都タワー前広場はまるで真夏のライブ会場のようだった。
特設会場を囲むように貼られた膨大なポスター。そのすべてに描かれているのは、フリルだらけのティーンズ向け下着を身に着けた奈理子。
巨大ビジョンには「奈理子のブラ&ショーツ〜Sexy Girl〜」のCMが延々とループし、街路樹のイルミネーションの光が奈理子の笑顔を照らしていた。
(これは……すごい……。完全に “奈理子さんの街” になってる……)
寧々は思わず息を呑んだ。
「なんで俺が姉ちゃんのイベントに来なきゃなんねぇんだよ……」
隣では、奈理子の弟・隆が完全にふてくされている。
「言ったでしょ。奈理子さんはイベントのとき、必ず敵に襲われて、あっけなく負けて、恥ずかしい目に遭わされるの。だから、戦いに巻き込まれたら危ないから……」
「それをなんで俺が守らなきゃいけないんだよ」
「奈理子さんが心配じゃないの?」
「そりゃ心配だけどさ……」
隆が頬を掻いた瞬間、会場が割れるような歓声が響いた。
「さあ、皆さんお待たせしましたーー!!
水都中がハマるハイスペックガール!
野宮奈理子さんの登場です!!」
「うおおおおおーーーー!!!」
地響きのような大歓声。
特にひときわデカい声をあげているのは――
「あれ、いつもの会長さんだね……」
水都大学奈理子私設ファンクラブ『MNSFC』会長、成好だ。
今日も法被姿で「奈理子ちゃんタオル」を掲げている。
「女の子の下着イベントなのに、なんでこんなに男の人ばっかりなんだろう……?」
「そりゃサイン会もあるからだろ。姉ちゃんのサイン入りパンツが欲しいんだよ、きっと」
「パ、パンツにサインするの!?」
本気で驚く寧々をよそに、ステージにスポットライトがあたる。
そして――
奈理子が現れた。
「……あれ? 下着じゃない……」
寧々は首を傾げた。
今日の奈理子は、てっきり「Sexy Girl」の下着姿で登場すると思っていたのだ。
「こんな寒い時期に下着姿で出てきたら風邪引くだろ」
と隆。
「でも……制服……?」
奈理子は水都女学院の冬服セーラー服姿。
深い紺に水色の三本線の襟、そして例によって短すぎるスカート。
ステージ前列の観客はみんな、角度を変えながら必死に見ようとしている。
スカートが風に揺れるたび、どよめきが起きる。
「制服バージョンのフィギュアが出るから、その宣伝じゃねえの」
と隆。
「ミラクルナイトじゃなくて……奈理子さん本人のフィギュア……?」
「限定生産で予約が始まったらしいぞ」
「寒くないのかな……脚……」
寧々は奈理子の生脚を見て思わず呟いた。
真っ白で、すらりと伸びていて、だけど冬の風にさらされて本当に寒そう。
「短いか?姉ちゃんにとっては普通だぞ」
と隆は平然と言う。
そのとき、MCが奈理子さんにマイクを渡す。
「コンセプトはSexy Girlですが、10代の女の子にとってのSexyって何かな?と思ったんです。だから私は、やっぱりCuteかなと思って、思いっきり可愛くしていただきました」
「キャーーー!!可愛い!!」
「奈理子ちゃーん!!」
「奈理子のCuteは世界一ィーー!」
ファンの歓声が途切れない。
奈理子さんは、褒め言葉も少し意地悪な質問も全部笑顔で返し、会場を掌握していた。
“ハイスペックガール”の名は伊達じゃない。
(でも……そろそろ……来るはず……)
寧々は胸がざわつくのを感じた。
「そろそろ来るはずね……」
「俺、あんま見たくねぇな……どうせ姉ちゃん、変身してもすぐ捕まるし、スカート脱がされるし」
「ちょっと! 自分のお姉さんを、少しは信頼しなよ!」
「寧々も同じこと思ってるからここに来たんだろ?」
「……確かに、奈理子さんは負ける姿も可愛いし、負けてもファンは喜ぶけど……
奈理子さんは私が守ります。
だから隆も安心して」
寧々は胸の前で手をぎゅっと握った。
ステージの照明が一瞬揺らぐ。
(……来る……!)
タコクリスマスローズ襲来
「今日の奈理子ちゃんの下着も “Sexy Girl” ですか?」
ファン席の前列から、悪気なく放たれる質問。
「それは……秘密です♡」
奈理子が恥じらいながら答えると、広場が割れるような歓声が返ってきた。
「可愛いーー!!」
「奈理子ちゃんの“Sexy Girl”、見せてー!!」
「天使だ!今日も天使が降りてきた!!」
ファンのボルテージは最高潮だった。
――その時、空気が変わった。
「色はやっぱり……白かしら?」
冷たい女性の声が響き渡る。
ステージのライトがパッと左側へ向く。
そこに立っていたのは――
白い大輪の花弁を背負い、ひるがえる薄ピンク色の花びらを纏った妖艶な女性型怪人。
「わぁっ!怪人だーー!!」
「き、綺麗……いや、怖っ!!」
「花の……怪人……?」
タワー前広場は、一瞬で混乱の渦に飲み込まれた。
「皆さん!下がってください!!」
奈理子がアイマスクを取り出し、観客と怪人の間に立ちはだかる。
「おー!奈理子、変身だーー!!」
「待ってたぞー!」
「奈理子ちゃーん、頑張れー!!」
ファンは恐怖よりも期待で盛り上がっていた。
「変身中に攻撃しないでよ!」
と奈理子。
「しないわよ」
ふふ、と怪人は妖艶に笑う。
「変身しても、あなたは弱いもの。」
「くッ……ミラクル・チェンジ!」
奈理子がアイマスクを装着した瞬間――
水色の光が一気に弾けた。
制服が一瞬で霧散する。
「やっぱり白だーー!!」
「奈理子ちゃんの“Sexy Girl”!!」
「今日も清楚で最強に可愛いーー!!」
白いブラとショーツが光の中で輝き、観客は狂喜乱舞した。
その髪に白いリボンが現れ、髪が揺れ、
白いブラウス、水色リボン、白スカート、グローブ、ブーツ……
光が奈理子を「純白の天使」へと塗り替えていく。
「水都の平和を乱す者は――
ミラクルナイトが許しません!!」
ポーズを決めると、会場は歓声の爆発に包まれた。
一方、観客席の寧々は…
「やっぱり出たわね!」
寧々は観客の陰に走り込み、変身のタイミングを探す。
だが、足が止まる。
(奈理子さんのファンは……奈理子さんがピンチになるのを期待してる……
今出たら……絶対“邪魔した”って怒られる……)
「どうした、寧々?」
隆が眉をひそめる。
「奈理子さんの……見せ場を奪うわけにはいかないの……!」
「おいおい、姉ちゃんを守るんじゃなかったのか?」
「守るわよ!もちろん守るけど……
奈理子さんのファンが満足してから!」
「……お前もだいぶ鍛えられてんな……」
そしてミラクルナイトは――。
(植物の怪人……触手を使うタイプかもしれない……気をつけないと……)
そう警戒していたミラクルナイトの視線が――ふと下へ向いた。
彼女は“見てしまった”。
美しい上半身とは似つかない、異様なタコの脚が、怪人のドレスの隙間から蠢くのを。
「ふふ……気づいたようね」
怪人は白い花弁をひらりと揺らす。
「私は――
タコクリスマスローズ。
花言葉は “慰め”。
今日はあなたを、た〜っぷり慰めてあげるわ♡」
タコ脚がキュルリと蠢き、怪人は舌をねっとりと舐めた。
「タ、タコ……イヤ……!」
ミラクルナイトの身体がビクリと震える。
タコ男に弄ばれたあの日の悪夢が、鮮明によみがえる。
観客席――
観客の波の中、スーツ姿の男が腕を組み、うっとりと見守っていた。
九頭だ。
「タコクリスマスローズ……」
九頭は満足そうに頷く。
「奈理子を“慰める”ためだけに最適化した怪人だ。
さあ、今日も可愛い奈理子を……たっぷり堪能させてもらおうか」
怯えで足がすくむミラクルナイトを見て、九頭は微笑んだ。
“イベント映え”捕獲
「負けないわ……!」
勇気を振り絞り、ミラクルナイトは水色の輝きを両手に集める。
「ミラクル・シャインブラスト!!」
光弾が放たれる――が、その軌道はどこか頼りない。
腰が引けている。蛸の恐怖が、奈理子の身体能力を確実に鈍らせていた。
「当たらないわ♡」
タコクリスマスローズは、華奢な見た目に似合わぬほど俊敏なステップで光弾をひらりと避けた。
その花弁がニヤリと開く。
「貴女の純白……私の花で飾ってあげる♡
フローラル・インクリキッド」
妖しい光沢を帯びた液体が、花びらの間から噴き出した。
「きゃっ!な、何これ?!」
液体を浴びた瞬間、甘い香りが周囲に広がる。
痛みはない――だが。
「おー!ミラクルナイトのコスチュームが!!」
「うおっ、すげぇぇぇ!!」
歓声が巻き起こる。
「え?なに?……ああッ!!」
ミラクルナイトは自分の姿を見て震えた。
コスチュームが透けている。
しかも、“下着ブランドイベント”を意識したかのように、絶妙に。
「今日は、貴女がイメージキャラクターの下着イベントでしょ?
ちゃ〜んと見せなきゃ……ダメでしょ♡
――ローズ・テンドリル」
花びら状の触手がブワッと伸びて、ミラクルナイトの手足、スカート、胴体を絡め取る。
「ひゃあッ!や、やめて……!」
スカートがめくれ上がり、
“奈理子のショーツ〜Sexy Girl〜”が完全に露わになる。
「奈理子ちゃんのSexy Girl、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」
「可愛すぎるッ!!」
「奈理子ーー!!そのまま頑張れーー!!」
「清楚!可憐!最高!!」
広場は地鳴りのような熱狂に包まれた。
「カメラ!早く!! ショーツをアップで!!」
ミコール社員が血眼でカメラマンに指示を出す。
大型ビジョンには、
水色のリボン・フリル・レースで彩られた白いショーツ、
“Sexy Girlモデル”が鮮明に映し出された。
「こちらの商品は――
純白の天使ミラクルナイト=野宮奈理子さんから発想を得てデザイン。
上品なレースで“可憐×きらめき”を実現した、冬季限定モデルです!」
ミコール社員の声が響くたび、歓声が爆発する。
「アップで撮らないでぇ……」
頬を赤らめ、涙目で身をよじるミラクルナイト。
「でも、見られるの……好きなんでしょ?」
タコクリスマスローズが艶やかに囁く。
図星だった。
ファンに喜ばれるのは、奈理子にとって最大の喜び。
羞恥と誇らしさが入り混じり、身体が熱い。
「タコクリスマスローズさん!
奈理子ちゃんの顔も見たいです!!」
「そうねぇ……
イメージキャラクターが顔を隠しちゃ、ダメよね?」
タコクリスマスローズの触手が伸びた。
そして――
ビリッ。
「きゃッ!」
アイマスクが剥ぎ取られ、奈理子の素顔が露わになる。
「奈理子ちゃぁぁぁん!!」
「天使の素顔きたーーーー!!」
「可愛い!可愛い!可愛い!!」
歓声は最高潮。
奈理子は涙目のまま、必死に足を組んでショーツを隠そうとするが――
拘束されていて叶わない。
一方、寧々は――
(これは……ピンチなの……?
でも……下着の宣伝効果は抜群だし……
ファンは大喜びだし……
“邪魔しに出る”タイミングが……難しい……)
助けるべきか。
でも、奈理子ファンの熱狂を奪ってしまうのは――許されない。
「寧々、行くんじゃないのか?」
と隆。
「う……うーん……」
寧々は悩んでいた。
ミラクルナイトのファンが“満足するまで”。
自分は出られない。
そんな妙な義務感に縛られて。
蛸触手による“本格拘束”開始
「さあ……本番はここからよ、奈理子♡」
タコクリスマスローズの声と同時に、
その花弁の下――
蠢く 無数の蛸触手 が、姿を現した。
「ひっ……!!」
それを見たミラクルナイトの全身が震える。
脳裏に蘇る――“タコ男”に敗れ続けた、あの日々の恐怖。
「蛸……蛸だけは……っ」
「可愛い悲鳴。
さぁ、水都の天使……もっと見せてちょうだい♡」
四方向から伸びる蛸足が、一斉にミラクルナイトへ襲いかかった。
「きゃあああああッ!!」
蛸触手がミラクルナイトの両腕、両脚、腰、肩に巻きつき、
空中に抱え上げた。
スカートは腰まで捲れたまま、両足をこじ開けられる。
湿りを帯びた“Sexy Girlショーツ”のクロッチが奈理子ファンの前に晒される。
「奈理子ちゃぁぁん!!」
「今日のイベント、神すぎる!!」
「ミラクルナイトの拘束シーン、生で見れるとか一生の運使った!!」
「がんばれ奈理子!泣いても可愛いぞーー!!」
タワー前広場は、半狂乱の奈理子ファンで揺れていた。
「や、やめてぇ……もう……見ないでぇ……!!」
震える声がマイクに拾われ響く。
しかし、言葉とは裏腹に奈理子の身体は別の反応を見せてしまう。
それを察したタコクリスマスローズ。
「あらあら……パンツ濡らしちゃってる?
ふふっ……もっと深いところまで、気持ち良くしてあげる♡」
蛸触手が、ショーツ越しに奈理子の大切な箇所を撫でる――
「う……ッ!!」
息が詰まる。
視界が白くにじむ。
羞恥と恐怖と、ファンの声援が混ざり、
ミラクルナイトの意識は揺らぎ始める。
(だめ……
身を委ねたら……
ここで終わっちゃう……
まだ……)
だが身体は動かない。
ミラクルナイト、極限の精神状態。
寧々は震えた
「こ、これは……
もう“ファンサービスの域”超えてるわよ……っ」
寧々は拳を握り締めた。
「寧々、行かないのか!?」
隆が焦る。
「奈理子さんのファンは……
ピンチを楽しみにしてる……
でも……これは……
“ヒロインとして壊される”危険がある……!」
寧々の胸が潰れそうになる。
(奈理子さん……
怖いはずなのに……
それでも会場の期待に応えようとしてる……
そんな奈理子さんを……私は……)
蛸触手に弄ばれ、涙をこぼしながらも必死に堪えるミラクルナイトの姿が、
寧々を突き動かした。
ミラクルナイトは意識が飛ぶ寸前だった。
「奈理子……
綺麗に散って♡」
ショーツの中にもぐりこんだ蛸触手がさらに蠢き、ミラクルナイトの身体が震える。
「ぁ……ッ……もう……」
意識が遠のきかけた、その時――
寧々は覚悟を決めた。
「――やっぱり、もう見ていられない!!」
寧々は人垣を突き破り、走り出した。
「寧々!!」
隆が叫ぶ。
「行きます――奈理子さんを守るのは……私の使命!!」
制服の胸元から、
変身アイテム・ロリポップキャンディを取り出す。
「キャンディ・スイーツ!ドリーム・キャンディ!!」
光が爆ぜ、甘い香りと共に
ドリームキャンディが降臨する。
ファン、大絶叫。
「ドリームキャンディ来たァァァァ!!」
「奈理子のピンチに現る中学生戦士!!」
「奈理子絶頂寸前での登場!!」
「焦らしプレイぃぃぃ!奈理子頑張れ!!」
広場の熱気が爆発する。
限定下着イベントなのに、まだ“ブラ”を生で見せていなかった問題
颯爽と着地したドリームキャンディ。
広場は歓声で揺れた。
「キャンディ来たーーー!!」
「今日はここまでか……でも、耐える奈理子可愛かった!!」
「いいもの見れたし、今日のイベントは神回だ!!」
奈理子ファンは、
奈理子の体液で濡れた“Sexy Girlショーツ”、そこから伸びるスラリとした美脚、
そして、責めに耐えるミラクルナイトの姿に満足していた。
しかし――
満足していない人種がいた。
スーツ姿の女性が前に出る。ミコール社員だ。
「キャンディさん……登場がちょっと早いです。」
「え? 奈理子さんもう限界ですよ!? 今にも意識飛びそうでしたよ!?」
「“ショーツ”だけでは……イベントの目的を果たせません。」
「えっ!? パンツ見せたら十分じゃないですか!?」
社員は大きく首を振った。
「“奈理子のブラ&ショーツ〜Sexy Girl〜”という商品名なのに、
肝心の “ブラ” を まだ見せてないんです!!!」
その瞬間、タワー前広場がざわつく。
「……あっ、たしかに……」
「イベント名に嘘つくところだった!!」
「ブラは?奈理子ちゃんの貧乳ブラは???」
「見たいです!!!!」
「えぇぇぇぇ……」
ドリームキャンディは混乱するしかなかった。
蛸触手に全身を縛られ、
スカート捲れ、
顔は涙目、
もはや意識が朦朧としているミラクルナイト。
しかし――
「キャンディ……まだ、私は……
一番見せたいものを……見せていない……ッ」
「えぇぇぇッ!? まだ見せるの!?」
ミラクルナイトの言葉に耳を疑うドリームキャンディ。
しかし、
「うおおおおおおおおお!!!!!」
と盛り上がる奈理子ファン。
ミコール社員が続ける。
「はい!これは、奈理子さんの“切ない願い”から生まれた下着なんです!!
胸が小さい女の子にも自信を持ってほしい。
そのための “奈理子のブラ〜Sexy Girl〜”!!」
「か、語られた……!!理念が語られた!!」
唖然とするドリームキャンディ。
ミコール社員はタコクリスマスローズに向き直る。
「タコクリスマスローズさん!
次はブラ、奈理子さんのAカップ “Sexy Girl” をお願いします!!」
「任せて♡ こういうの得意よ」
吊る触手が、ミラクルナイトのブラウスを脱がしにかかる。
触手がミラクルナイトのブラウスにそっと触れ、
「ひゃっ……!?」
ミラクルナイトの肩が震える。
「奈理子さん!? 大丈夫ですか!? もう限界では!?!」
ドリームキャンディが思わず声をあげる。
しかし奈理子は、イベントの“プロ”として――
「……お願いします……
見てください、奈理子の “奈理子のブラ&ショーツ〜Sexy Girl〜”を!」
羞恥に耐えながら、胸を張り、股を広き、見せつけようとするミラクルナイト。
「自分からお願いするのっ!?!?!?」
混乱深まるドリームキャンディ。
奈理子ファン
「奈理子ちゃんのプロ根性すげえーー!!」
「パンツ濡らして泣きながら頑張ってるの可愛すぎ!!」
「ミコールさん絶対買います!!」
歓喜の奈理子ファン。
「これぞブランドイメージです!」
ドヤ顔のミコール社員。
ついに“奈理子のブラ〜Sexy Girl〜”が披露されるときが来た。
ヒラリ――。
ブラウスが触手に剥がされ、
大型ビジョンに映し出されたのは――
Aカップ向けに設計された
水色リボン&レースの白いブラ
“奈理子のブラ〜Sexy Girl〜”
ミコール社員
「これが!!
微乳を最高に可愛く魅せる革命的ブラ!!
“奈理子のブラ〜Sexy Girl〜”です!!」
奈理子ファン
「ちっぱいサイコーー!!!」
「これがSexy Girlの真実……!」
「ありがとう奈理子ちゃん!!」
「買う!!3色買う!!」
ミラクルナイト
「は、恥ずかしい……っ……」
ドリームキャンディは、完全にタイミングを失ってしまった。
ドリームキャンディ
「……みんな楽しんでる……
私は、邪魔なだけ……??」
全方向から声をあげる奈理子ファン
「奈理子ちゃん最高!!」
「宣材写真より可愛い!!」
「やっぱり奈理子は奇跡!!」
ドリームキャンディ
「(……出ていいの?これ……)
(助けに行くタイミング完全に失った……)」
隆
「寧々……もうこうなったら、あとは姉ちゃんの気が済むまでやらせようぜ……」
キャンディ
「そういう問題!?」
蛸触手“本格触手責めモード”
「……宣伝は、もう十分でしょう」
タコクリスマスローズの声色が変わった。
花弁が閉じ、蛸触手が戦闘用の形態へと移行する。
「今度は“見せる”ためじゃないわ。
――“堕とす”ためよ」
ミラクルナイトの身体が宙に固定される。
光の翼がうまく広げられない。
「っ……でも……!」
歯を食いしばるミラクルナイト。
「みんなの視線に……
期待に……
私は、ずっと応えてきた……!」
観客席から声が飛ぶ。
「奈理子ちゃん、頑張れ!」
「ミラクルナイトは最後まで魅せてくれる!」
「俺たちは信じてる!」
その声が、
力にもなり、
同時に重荷にもなる。
「ふふ……偉いわね」
タコクリスマスローズは囁く。
「でも“期待に応え続ける”って、とても残酷なことなのよ。
あなたは今から、恥を晒すの。そして、その姿は永遠に、世界中に残される」
奈理子の肌を這う触手の吸盤が吸い付き、下着の中で蠢く触手は奈理子の理性を蕩けさせる。
ミラクルナイトの光が揺らぐ。
(……あれ?)
ドリームキャンディは気づいた。
(奈理子さん……
“戦って”るんじゃない……
“応えよう”としてる……!)
タコクリスマスローズがミラクルナイトの耳元でささやく。
「限界が来たら、ちゃんとファンに教えてあげなさい。
“いきます”って」
一瞬――
奈理子の唇が動きかける。
「な、奈理子…いき……」
その瞬間だった。
「――もう、見ていられない!!」
ドリームキャンディが前に出る。
「奈理子さんは、
“見世物”でも
“期待の器”でもない!!」
地面を蹴り、
タコクリスマスローズの前に立ちはだかる。
「この人は――
水都を守るヒロインです!!」
観客席が静まり返る。
そして、
キャンディの身体から、
これまでにない強い光が溢れ始めた――。
タコクリスマスローズ vs ドリームキャンディ
「――もう、見ていられない!!」
ドリームキャンディが一歩前へ出た九アンディチェーンを放った瞬間、会場がどよめいた。
「キャンディ来たー!」
「また奈理子お預け!」
「今度こそ、今日はここまでか……!」
ミラクルナイトは拘束から解かれ、ふらりと着地する。
「キャンディ……私……」
「いいんです!これだけ見せたら十分です!!奈理子さん、ここからは交代です!」
タコクリスマスローズは小さく肩をすくめる。
「まあ。あとちょっとで奈理子は満足できたのに、残念ね。
今日は奈理子のイベントなのに、ずいぶん賑やかね」
「イベントでも戦闘でも、ルールは同じです!」
ドリームキャンディがキャンディチェーンを構えると、
観客席から即座に実況が飛ぶ。
「キャンディはガチ!」
「理屈より先に殴るタイプだ!」
「奈理子ちゃん、最後まで見たかったけど、焦らされる奈理子ちゃんも可愛かったよ!」
「もう、少しだったのに……」
小声でつぶやくミラクルナイトに、
「大丈夫!奈理子ちゃんは可愛い担当!」
「今日のキャンディが強い担当!」
――あっさり役割分担が決まった。
「ふふ……役割分担、嫌いじゃないわ」
タコクリスマスローズの触手が伸びる。
「でも、その“強い担当”が、
この花弁をどうやって越えるのかしら?」
「越える必要はありません!」
ドリームキャンディはチェーンを地面に叩きつける。
「ぶっ壊します!」
ドンッ!
花弁の壁をキャンディチェーンが弾き、
触手が絡みつこうとした瞬間――
「キャンディシャワー!」
虹色の光が弾け、触手が一斉に引っ込む。
「ちょっ、強引すぎない?!」
「それがキャンディだ!」
「説明が短い!」
タコクリスマスローズは一歩下がる。
「……なるほど。
貴女、空気を読まないタイプね」
「読みません!
読む前に終わらせます!」
再びチェーンが唸る。
「奈理子さん、今のうちに下がってください!」
「う、うん!……でも、ちょっと悔しい」
ミラクルナイトと頬を膨らませると、
観客席からすぐフォローが飛ぶ。
「奈理子ちゃんはいつも最初にピンチで楽しませてくれるタイプ!」
「前座でも可愛いからOK!」
「前座って言わないでぇ……!」
そのやり取りを見て、タコクリスマスローズはふっと笑った。
「いいわ。
今日は主役が二人ってことにしましょう」
触手が再び広がり、
ドリームキャンディが踏み込む。
「行きます!」
――会場は、完全にキャンディ応援ムードへ。
(……私も、ここで折れてる場合じゃない)
ミラクルナイトは拳を握りしめ、
次の瞬間を見据えた。
ミラクルナイトの再起 ―「奈理子の番」
ドリームキャンディとタコクリスマスローズの攻防を、
ミラクルナイトは少し離れた場所から見つめていた。
(……私、さっきまで“見せる側”で止まってた)
歓声、ライト、ビジョン。
イベント会場特有の熱気が、胸の奥でざわめく。
「奈理子さん!大丈夫ですか?」
ドリームキャンディが一瞬だけ振り返る。
「うん……ありがとう、キャンディ」
ミラクルナイトは深く息を吸った。
恐怖も、恥ずかしさも、全部――ここまで何度も乗り越えてきた。
(私は“戦えないヒロイン”じゃない)
そのとき、観客席から声が飛んだ。
「奈理子ちゃん!」
「まだ戦えるの?!」
「今日の主役だろー!」
成好の声が、その中心にあった。
「僕たちは“可愛い奈理子ちゃん”だけじゃなく、
立ち向かう奈理子ちゃんも好きなんだ!」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
「……ありがとう」
ミラクルナイトは一歩前に出た。
「キャンディ、少しだけ時間をちょうだい」
「えっ……奈理子さん?」
「ここからは――私のイベントだから」
ドリームキャンディは一瞬驚き、すぐに頷いた。
「分かりました。援護します!」
ミラクルナイトは背筋を伸ばし、
観客席を見渡してから、タコクリスマスローズへ向き直る。
「タコクリスマスローズ。
確かに私は、強い敵の前で何度も負けてきた」
ざわ、と空気が静まる。
「でもそのたびに、
立ち上がる場所をくれたのは、この街と、みんな」
水色の光が、静かに彼女の周囲に集まる。
「私は――水都の守護神」
翼がふわりと広がり、
ライトに反射してきらめいた。
「今日は“見せる日”だけじゃない。
守る日よ」
タコクリスマスローズが口元を歪める。
「言うようになったじゃない。
さっきまで震えていたのに」
「震えてたから、分かったの」
ミラクルナイトは一歩踏み出す。
「怖くても、私は前に出られる」
掌に、水色の光が凝縮される。
「ミラクル・シャイン――」
一瞬、観客が息を呑む。
「――ブラスト!」
光弾は派手さを抑え、狙いすました一撃として放たれた。
花弁の防御をかすめ、タコクリスマスローズの動きを止める。
「……っ」
完全な決定打ではない。
だが、**“効いた”**のは誰の目にも明らかだった。
「当たった!」
「今の、奈理子ちゃんらしい!」
「派手じゃないけど、かっこいい!」
ミラクルナイトは息を整え、微笑んだ。
「ね? 私だって、ちゃんと戦える」
ドリームキャンディが、誇らしそうに拳を握る。
「……やっと、奈理子さんの番ですね」
タコクリスマスローズは距離を取り、静かに花弁を揺らした。
「いいわ。
イベント用の“お披露目”は終わりね」
空気が、次の段階へと変わる。
タコクリスマスローズ本気モード
ミラクルナイトの一撃を受け、
タコクリスマスローズはゆっくりと花弁を閉じた。
「……なるほど」
声色が変わる。
先ほどまでの余裕や遊びは消え、“場を読む者”の冷静さが宿っていた。
「ここは“祭りの場”。
壊せば一瞬で終わる。でも――」
彼女は観客席を一瞥する。
「それでは、貴女の価値が伝わらないでしょう?」
ざわり、と空気が張りつめる。
それは破壊の予兆ではなく、支配の始まりだった。
花弁がゆっくりと広がり、
地面に淡い光の紋様が咲くように広がっていく。
「なに、あれ……?」
「ステージ、壊れてないのに……空気が変わった?」
照明、音響、大型ビジョン。
すべてが正常に動いている。
だが、会場全体が“花の中”に包まれたような感覚に陥る。
「安心なさい。
今日は“壊す日”じゃないわ」
タコクリスマスローズは微笑んだ。
「これは――
イベントを“私の舞台”にするだけ」
ドリームキャンディが一歩前に出る。
「幻覚? それとも空間干渉……?」
「感性の操作よ。
人の心を“落ち着かせる”花言葉……覚えてる?」
ミラクルナイトは歯を食いしばる。
(ダメ……この空気に飲まれたら)
観客席からも、違和感の声が上がり始めていた。
「楽しい……けど……」
「何か、ぼーっとする……?」
だが、同時に。
「……それでも、奈理子ちゃんは前に立ってる」
「逃げてない」
成好の声が、はっきりと響く。
「奈理子ちゃんは、
この空気の中でも、ちゃんと立ってる!」
その一言が、ミラクルナイトの背中を押した。
「……ありがとう」
ミラクルナイトは一歩踏み出す。
「タコクリスマスローズ。
確かに、ここはイベントの場」
水色の光が、足元から静かに立ち上る。
「だからこそ――
私は、ここを守る」
派手な爆発も、破壊もない。
だが、ミラクルナイトの存在感が、
花の空気を少しずつ押し返していく。
タコクリスマスローズは、楽しそうに息を吐いた。
「いいわ……
“守るヒロイン”として、どこまで持つかしら」
その視線は、ミラクルナイトだけでなく、
次に動く存在――ドリームキャンディにも向けられていた。
ドリームキャンディの決断
花の気配が会場を覆う。
ざわめきは抑えられているが、観客の表情には確かな違和感が広がっていた。
(……これ以上、引っ張ったら危ない)
ドリームキャンディは、観客席、ステージ、ミラクルナイトの背中――
そのすべてを一瞬で見渡した。
(イベントは守られている。
でも、空気が“敵のもの”になりかけている)
彼女は小さく息を吸い、覚悟を決める。
「奈理子さん」
静かな声だったが、確かに届いた。
「ここからは――
戦闘を長引かせません」
ミラクルナイトは振り返る。
その瞳に宿るのは、迷いではなく理解だった。
「……うん。お願い、キャンディ」
ドリームキャンディは一歩前へ出る。
観客の視線が、自然と彼女に集まった。
「皆さん!」
凛とした声が、花の空気を裂く。
「これはヒーローショーじゃありません。
でも――ここは守られます」
ざわ、としたざわめきが、
今度は不安ではなく“期待”に変わる。
タコクリスマスローズが、面白そうに首を傾げた。
「短期決戦?
ずいぶんと割り切るのね」
「はい」
ドリームキャンディは一切、目を逸らさない。
「この場所は、奈理子さんの舞台です。
貴女の“花”で長居する場所じゃない」
キャンディチェーンが、音もなく伸びる。
だが、振り回さない。
見せつけない。
――狙いは一つ。
「ミラクルナイト!」
「分かってる!」
ミラクルナイトが一歩、前に出た。
水色の光が、静かに彼女の周囲に集まる。
「私は、ここを守る。
キャンディは――“終わらせて”」
「了解です」
ドリームキャンディは、深く踏み込んだ。
「キャンディ・シャワー――制圧モード!」
虹色の光が広がる。
だが、それは破壊ではない。
花弁の動き、空間の歪み、タコクリスマスローズの立ち位置――
すべてを“外側へ押し出す”光。
「なっ……!?」
タコクリスマスローズの足元の紋様が、
スッと薄れていく。
「強制排除……
空間の主導権を奪うつもり?」
「はい。
ここは、奈理子さんのイベント会場ですから」
観客席から、思わず声が漏れた。
「空気が……戻ってきた?」
「息、しやすくなった……!」
ミラクルナイトは、その瞬間を逃さない。
「――ミラクル・シャインブラスト!」
水色の光が、花の結界の“綻び”だけを正確に撃ち抜く。
爆発はない。
破壊もない。
だが、花の気配は、確実に後退した。
タコクリスマスローズは一歩、距離を取る。
「……なるほど。
“見せ場”を壊さずに、締める判断」
微笑みながら、彼女は花弁を閉じた。
「今日はここまでね。
続きを望むなら――次は、舞台を変えましょう。
次は、最後までいかせてあげるわ、奈理子ちゃん♡」
白い花弁が、光に溶けるように消える。
会場には、
拍手と安堵が同時に広がった。
「奈理子ちゃん、無事だ!」
「キャンディもすげえ……!」
ミラクルナイトは、深く息をついたあと、
客席に向かって頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございました。
イベントは……続けられます」
歓声が、今度こそ“本物の熱”として湧き上がる。
ドリームキャンディは、奈理子の隣に立ち、そっと囁いた。
「主役、戻りましたよ」
「……ありがとう、キャンディ」
ステージは守られた。
そして――次の戦いの火種だけが、静かに残った。
イベント後・サイン会
タワー前広場の特設ブース。
騒動が嘘のように片付き、会場は再び“イベント空間”を取り戻していた。
「それでは引き続き、
野宮奈理子さん――ミラクルナイトのサイン会を行いまーす!」
司会の声に、再び大歓声。
ミラクルナイトは変身を解かないまま、長机の向こうに腰掛けていた。
奈理子の髪には白いリボンが輝いている。
手足にはグローブとブーツ。
しかし、コスチュームは脱がされたまま。
ミラクルナイトは下着姿のまま、ペンを手に取る。
その様子を少し離れた場所から見ていた寧々が、首を傾げる。
「……あれ?
変身解除すれば制服姿に戻るのに、どうして今日はこのままなの?」
隣の隆が、肩をすくめる。
「限定下着のイベントなんだろ?
イメージキャラなんだから、そりゃこの格好のままなんじゃね?」
「合理的すぎる理由だけど……」
寧々はため息をついた。
サイン会は、成好の番が回ってきた。
「次の方、どうぞー!」
ひときわ大きな声と拍手に迎えられ、
水都大学奈理子私設ファンクラブ会長・成好が前に出る。
「奈理子ちゃん、今日も最高だったよ!」
「会長さん♡
今日は彼女さんにクリスマスプレゼントですか?
しかも、3色全部…ありがとうございます!」
ミラクルナイトの視線は、
成好が両手に抱えた袋――
白・水色・ピンク、三色揃った限定パッケージに向けられていた。
「フッフッフ……僕は奈理子ちゃん一筋だよ!
もちろん、どれも大事に飾る用さ!」
「……飾る用、ですか?」
「観賞用・保存用・予備用だね!」
会場から笑いが起こる。
「じゃあ、ここにサインお願いできるかな?」
成好が差し出したのは――
白、水色、ピンクの3枚の"奈理子のショーツ"だった。
「…パンツにサイン……ですか?」
「うん!奈理子ちゃんのパンツに奈理子ちゃんのサイン♪」
「これは商品なので、私のパンツじゃ……」
「"奈理子のショーツ"だから、奈理子ちゃんのパンツだよ」
ミラクルナイトは戸惑いながらも、ほっとしたように微笑み、
丁寧にサインを書く。
「ありがとうございます、会長さん。
これからも……応援、お願いしますね」
「もちろんさ!
僕は奈理子ちゃん一筋だからね!」
周囲から
「会長、今日も安定してるな!」
とツッコミが飛ぶ。
会場の片隅では……
サイン会の熱気を少し離れた位置から眺める一人の男。
白・水色・ピンクの三点セットに、
色紙までしっかり抱えている。
――九頭だった。
「ふふ……
イベントは無事成功、タコクリスマスローズも良い仕事をした」
隣にいる絹枝の顔をちらりと見て、にこやかに言う。
「絹枝くんへのクリスマスプレゼントも確保できたし、
今日は満足だよ」
「……先生、どうやって私のサイズが分かったんですか?
個人情報はアクセス厳禁のはず……」
「細かいことは気にしないでくれ」
ため息をつく絹枝をよそに、九頭は満面の笑みで踵を返した。
「では帰ろう。
クリスマスはまだ先だ」
サイン会の列は、まだまだ途切れない。
ペンを走らせながら、ミラクルナイトはふと顔を上げる。
ファンの笑顔。
歓声。
守られた日常。
「……今日も、守れた」
小さく呟き、次の一人に向き直る。
「次の方、どうぞ♡」
タワー前広場に、
少し早いクリスマスの夜が、穏やかに続いていった。
(第229話へつづく)















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