ミラクルナイト☆第189話
澄み切った青空。
噴水の水音が響く、中庭のテラス席。水都女学院の制服に身を包んだ少女たちが、ティーセットを囲んでいた。
「ほんとうに、購買のクロワッサンってすぐ売り切れてしまうのね……っ」
奈理子がハンカチをひざに整えながら、焼きたてのパンをかじると、向かい側で優雅に紅茶を口にしていた菜々美が、ひとつ鼻で笑った。
「……野宮さん、あなた、並んで手に入れたのかしら? ふふ、貧乏くさいわね」
「そ、そうですか……?」
「私なんて、購買のおじさんに頼んで、朝の時点で取り置きしてもらっているのよ。いつまでも庶民みたいな動きしてたら、誰かに足を掬われるわよ?」
奈理子が少し困ったように微笑んでいると、隣にいたすみれがティースプーンをカチリと置いた。
「菜々美さん、あまり人の食べ方をとやかく言うのはお下品では?」
「まあ、すみれさん。忠告のつもりよ? 奈理子さんって、どうも“守られる側”ばかりで甘えてるように見えるから」
「そんなこと……ないと思いますけど」
「そうかしら? たとえば——昨日の夕方、”例のヒロイン”がまた街で怪人にやられかけたらしいじゃない?」
菜々美の声色が、わずかに鋭くなる。
「……!」
奈理子の手が一瞬止まる。が、顔には出さず、ゆっくりと紅茶を口に運んだ。
「まったく、情けないわ。何度も何度も怪人に押し倒されて、スカートを捲られて……。あんなのが“水都の守護神”?冗談じゃないわ」
「菜々美さん……」
「わたくし、正直腹立たしいのよ。“あの子”が敗けるたびに、水都の誇りが傷ついている気がするの。まるで——勝手に看板背負ってるだけの偽者みたいに」
(……菜々美さん……)
奈理子の胸に、ざわりと冷たい感覚が走った。
(この感じ……なにか……知ってる……?)
ミラクルナイトとしてかつて戦った怪人…、どの怪人だったかは思い出せない。イメージでは、白いドレス、冷たい眼差し、異様に“正しさ”にこだわる言葉。
だが、奈理子は首を横に振る。
(そんなはずない。菜々美さんは、ただのクラスメートだ。少し気が強くて、家柄が立派なだけ。)
——でも。
「ミラクルナイトがもし敗けたら……あなたは、どうするんですか?」
奈理子が、思わず口にした。
すると、菜々美さんは一拍おいて、ふっと笑った。
「決まっているじゃない。私が——その場で引きずり下ろすわよ」
「えっ……?」
「正義の名を借りて“可愛がられてるだけの存在”なんて、わたくしの目には耐えられないもの」
その瞳の奥に、ほんの一瞬、白い蝶の羽ばたきのような“影”が宿った気がした。
すみれが席を立つ。
「ごちそうさま。午後の授業、遅れますよ」
「ふふ。大丈夫よ。奈理子さんは”可愛い”から、少しくらい授業に遅れても許されるわ。”新しい仕事”が決まったんでしょう?」
「…それはどうでしょうね……」
奈理子は何も言わず、紅茶を飲み干した。しかし、心の中では”新しい仕事”のことで思い悩んでした。
ほんのりと甘く、でも、後味にわずかに苦さを残すような午後。
その少女たちは、それぞれの仮面をかぶったまま、日常という舞台の上に立っていた。
午後の商店街。
平日の人通りはまばらで、鳩の群れがぽつぽつと歩道を占拠していた。
そんな通りの外れ、小さな占い館ののれんが揺れる。
「ようこそ、いらっしゃい」
中から現れたのは、長い黒髪に薄紅色の口紅を引いた、涼やかな瞳の女性——鈴。
水都ではちょっと有名な占い師で、かっては奈理子の敵側だった、ヒメバチ女。
けれど今は——
「今日は、占い……じゃなくて、ちょっと相談に来たの」
小声で言ったのは、制服姿の野宮奈理子だった。
いつもより、ほんの少し背中が丸い。
「なるほど。では“鈴のお悩み診療室”に変更ね」
冗談めかした声で店の奥へと誘われ、二人は木製の小さなテーブルをはさんで向かい合った。
鈴は紅茶を淹れながら、奈理子の表情を静かにうかがっている。
「……実は、ミコールから……思春期向けブランド“ミコールジュニア”のイメージキャラクターに、私をって……」
「それはすごいじゃない。街でもよく広告見るものね、ミコールのショールーム」
「でも……CMって、下着姿で出るんです。しかも……新商品、“奈理子のブラ”と“奈理子のショーツ”って名前で……!」
紅茶を置いた鈴の手がぴたりと止まった。
「え、商品名それ……? ちょっと攻めてるわね、あの会社……」
「わ、わたしだって恥ずかしいですっ!そんなの、街中に知れたら……絶対、笑われます……っ」
俯いた奈理子の声は震えていた。
顔は赤く、拳は膝の上でぎゅっと握られている。
「……それに、わたし、胸も小さいし……。ほんとに“イメージ”になんて、なれるのかなって……」
自嘲気味に笑う奈理子に、鈴はふう、とため息をついた。
「野宮さん」
「……はい」
「あなたがミラクルナイトだってこと、知らない人はいないわよね?」
「っ……」
「でもね、だからこそ言うの。ミラクルナイトが泣きながら立ち上がるたびに、どれだけ救われた子がいると思う?」
「……」
「たとえば、胸が小さくて悩んでる子。下着をつけるのが恥ずかしくて、鏡を見るのが嫌だった子。その子たちが、あなただからって勇気を持てるなら……それって、すごいことよ」
奈理子は唇を噛みしめ、視線を落とした。
紅茶の水面に、揺れる自分の顔が映る。
(わたしの身体は……どこにでもいる、普通の女の子の身体)
(でも、わたしが受け取った“ミラクルナイト”って名前は、きっと、誰かの奇跡にならなきゃいけない)
「……鈴さん」
「なにかしら?」
「わたし……やってみようと思います」
小さく、でもはっきりとした声だった。
「下着のCMに出るの、怖いし、恥ずかしいし……きっと、学校でも言われると思う。でも……それでも、誰かが“救われるかも”って思えるなら——」
「……わたし、ちゃんと“自分のままで”伝えたいんです。“この身体でも、ちゃんと選ばれたんだ”って」
鈴は、ふっと目を細めて笑った。
「……それが、あなたの“可愛さ”なのね」
奈理子がうなずくと、鈴はそっとポケットから何かを取り出した。
「これ、わたしが昔使ってた香水。甘くないけど、芯の強い香りがするの。撮影の日につけるといいわ」
「えっ、いいんですか……?」
「友達でしょう?」
その言葉に、奈理子はほっと微笑んだ。
扉を開けて、光の差す商店街へ。
制服姿のまま歩き出すその背中は、さっきよりも少しだけ、胸を張っていた。
その夜——。
隆は部屋のベッドの上で、タブレットを手にぼう然と立ち尽くしていた。
画面に映っていたのは、ニュース記事の特集バナー。
【速報】国産最大手下着メーカー「ミコール」新ブランド「ミコールジュニア」発表
イメージキャラクターに水都女学院高校1年・野宮奈理子さん(15)を起用
今秋より「奈理子のブラ」「奈理子のショーツ」発売決定
「…………は?」
数秒、思考が停止する。
そして——
「な……っ、なんでぇえええええええっ!?」
雄叫びが水都の夜に響いた。
リビングにいた母の「あら、隆?なにかしら?」というのんきな声も耳に入らず、隆は全速力で階段を駆け上がる。
姉・奈理子の部屋のドアを**ばんばんばんっ!**と叩きまくる。
「姉貴ぃ!おい姉貴ぃ!出ろォオ!!説明しろォオオオ!!!」
「な、なに!?今着替え——って、なんで叫んでるの隆っ!?」
「“奈理子のブラ”ってなんだよ!?“奈理子のショーツ”って何!?何ィ!?どういうことだよおおお!!??」
「きゃっ!?お、落ち着いて……っ!」
慌ててドアを開けた奈理子は、寝間着姿のまま、顔を真っ赤にして狼狽える。
「お、オファーが来て……断ろうと思ったけど、いろいろ考えて……っ!えっと、えっとねっ……!!」
「俺の姉が!日本一でかい下着メーカーの広告に!下着姿で出るの!?中学生の俺の姉がっ!!」
「そ、そうだけど……でも、それがどうして——」
「どうしてとかじゃねぇえええええええええ!!!!!」
叫びながら、隆は床に崩れ落ちた。
その顔は真っ赤を通り越して紫色に近い。
「この家、明日からまともに外歩けると思うなよ……!クラスで絶対言われるんだよ……!“なあ、お前の姉ちゃんのパンツ履いた?”とか……!“奈理子のブラって、家にあんの?”とか……!」
「そ、そんなこと言う人いないってば……!」
「いるんだよ!!中学の男子は容赦ねぇ!?中坊なんだよ!?あああああっ……!」
「……」
奈理子はしばらく無言で隆を見つめ——
やがて、ふっと息をついた。
「でもね……わたし、やるって決めたの」
「……なんで……なんでそんなこと、平気でできるんだよ……?」
「平気じゃないよ。すっごく怖いし、今だって、吐きそうなくらい恥ずかしい。でも——」
奈理子は胸に手を当て、そっと続けた。
「この身体で、堂々と笑って立てる子になりたいって……思ったから。わたしと同じように悩んでる子が、ひとりでも救われるならって、そう思ったの」
「……」
隆は口を閉じたまま、それでも顔を上げられずにいた。
奈理子はふっと微笑んで、しゃがみこみ、弟の頭をぽんと撫でた。
「心配してくれて、ありがとうね。なんだかんだ言っても、隆は優しい弟だよ」
「……っ、う、うっせ……うるさい……バカ姉貴……」
ぶっきらぼうに言いながら、隆は顔をそむけた。
でも、その耳まで真っ赤だった。
「でも!パンツだけはやめろ!パンツはやめとけ!ほんとにお願いだから!」
「……そっちは、ちょっと考える」
「考えるなああああああああっ!!!」
夜の野宮家に、再び叫び声が響いた。
水江駅前ロータリー。
その目の前に、天を衝くようにそびえる白い塔がある。
株式会社ミコール本社ビル——
製薬メーカーの水都製薬、玩具メーカーの水天堂と並び、世界が認める水都三大メガコーポの一角だ。
「……ここが……」
奈理子は制服のスカートを押さえながら、ビルの玄関口を見上げていた。
その高さに、喉が鳴る。
壁面には巨大なポスター。笑顔の女性モデルたちが、レースのブラと軽やかなショーツでこちらを見つめている。
(私も……ああなるのか)
頬が少し赤くなる。
けれど、胸元にしまった“例の一式”を思い出して、そっと拳を握った。
ミコールから届いた試作品——「奈理子のブラ」「奈理子のショーツ」。
封を開けたとき、その純白の清らかさに、胸がときめいた。
(……これなら……ミラクルナイトとしても、着られる)
下着は、ヒロインである彼女にとって「消耗品」だった。
戦いの中で汚され、破かれ、濡らされ、スカートが捲られたり奪われたりしたときにいつも晒される最後の砦。
そしてそれが、“白くて”“少女らしくて”“品のあるもの”であることは、
ミラクルナイト=野宮奈理子のブランド価値に直結していた。
(……だから、ミコールがスポンサーになってくれたのは、本当に助かる)
だが同時に、ミコール側にとっても、これは大きな意味を持つ。
“パンチラヒロイン”の異名をとるミラクルナイトが、戦うたびにミコール製のショーツを見せてくれるという宣伝効果——
それは、幾万の広告予算を超える“動く広告塔”だった。
少女と企業。
清純と戦闘。
理想と利害。
その奇跡的なバランスのうえに、今日のCM撮影は成立していた。
「野宮奈理子さん、お入りくださいませー!」
スタッフの声に導かれ、奈理子は控室へと入る。
清潔な白い部屋、壁一面のミラー。
そこに並ぶのは、数枚の下着サンプルと、メイク道具、照明機材……。
彼女は震える指で、再びその布を手に取った。
——純白のコットンブラと、薄く上品なラインのショーツ。
肩紐に小さな刺繍、そしてタグにはこう記されていた。
「Miracle by Nariko」
(……これは……わたしだけじゃない、“ミラクルナイト”のための下着なんだ)
ぐっと胸に力が入ったそのときだった。
「素晴らしい出来だろう?」
鏡越しに、不気味な低音が響いた。
「っ……!」
振り向くと、控室の入り口に立っていたのは、黒いスーツに赤いネクタイ。
無駄に笑顔が張り付いた男。
「久しぶりだね、野宮奈理子くん。いや、ミラクルナイトくんかな?」
「……あなたは……!」
ファンイベントで見たことがある男だった。
「そう、私が水都製薬の研究所所長の**九頭**だよ。今回の“ブラ”と“ショーツ”の素材には、我々が開発した新素材が使われていてね。快適さと映えの両立。まさに水都製薬グループの誇りだ」
「九頭…さん?……どうして……ここに……っ」
『九頭』とは、ライムから名前を聞いたことがある。人を怪人に変身させる薬を開発し、その正体はヒドラ男。ミラクルナイトと戦ったこともある。しかし、悪意のない九頭の笑顔を前に、
(…ライムは彼が「真面目な研究者」だって言ってたし、本当はいい人なんだよね……。今は怪人じゃなくて下着の研究をしてる……のかな?)
と奈理子は自分を納得させた。
「ミコールの“研究部門”に出向中でねぇ。まぁ、実際は君に最適な下着とは何かを考えることが任務であるが」
九頭は、棚に並んだ試作品を指でなぞる。
「思春期の少女の心身データ……それを元に構築された“防御力ゼロの下着”。いやはや、これは大変に面白い研究材料だ」
「っ……っ!」
「だが安心したまえ。この下着が破れるたび、我々は戦闘データと観測映像を即座に収集できる。市民の皆様には“ミラクルナイトの可愛さ”を、我々には“応用素材の強度”を。まさにWin-Winだ」
奈理子は唇を噛み、白い下着を胸元に抱きしめる。
(……わたしは下着が破れることを前提にして着るんじゃない……。わたしは——)
「“可愛い”を武器にして、誰かを守る。だから……この下着は、わたしの“決意”なんです!」
九頭の笑みが歪んだ。
「ふふ、そうか。さすがライムの彼女だ。ならば……どれだけ“その可愛さ”が通じるか、楽しみしておくよ。ライムによろしく」
そう言い残すと、九頭の姿はいつのまにか消えていた。
——まるで、最初から幻だったかのように。
奈理子はしばらく黙っていた。
そして、静かに呼吸を整えると、スタッフに振り向いて言った。
「準備、できました」
少女は立ち上がる。
純白の衣とともに、戦う覚悟をまとって。
そして、カメラの向こうの世界へと歩き出した。
シャッター音が鳴り止まない。
眩しい照明の中で、奈理子は控えめに微笑みながらポーズを決めていた。
「もっと右を見てください〜、はいっ、“可愛いの決意”、いきますよ〜〜!」
「はいっ……」
清純可憐な白のコットンブラ。控えめなレース。軽やかなフリル付きのショーツ。
高校生にして下着モデルという前代未聞の役割を担った奈理子は、震える足元を必死に支えながら、ついにその撮影を終えた。
カメラマンが手を挙げる。
「お疲れさまでしたー!!“奇跡の下着”シリーズ、第一弾撮了でーす!」
控え室に戻った奈理子は、深く息をついた。
メイクさんやスタッフたちが拍手を送るなか、そっと制服に着替え直し、ポケットの中のアイマスクを指でなぞった。
(見せたくて見せたわけじゃない。でも……“戦う決意”として、着たんだ)
外はもう夕暮れ。
水江駅前、ミコール本社ビルの大きなガラス扉を押して外へ出ると——
「奈理子さーん!こっち向いてくださいー!」
「“奈理子のショーツ”、予約したよー!」
「がんばってください、ミラクルナイト……じゃなくて奈理子さん!」
「ひゃっ……!」
数十人の出待ちファンが、拍手と歓声で出迎えた。
SNSで撮影情報が出回り、水都中の“純白派”たちが集まっていたのだ。
奈理子は頬を赤らめながら、ぎこちなく手を振る。
(は、恥ずかしいけど……でも、うれしい……)
だが、そのなかに——異質な気配があった。
シュゥゥゥ……
金属が擦れるような、湿った音。
「っ……!」
視線を向けた瞬間、ビル前の花壇の中から、ヌルリと何かが立ち上がった。
黒く長い身体。
異様に細長い脚が数十本、ビルの外壁を這う。
そして顔には、針のように鋭い複眼と口吻。
「……っ、何あれ……」
「うわっ!?で、でたぁーッ!?怪人だッ!」
市民の叫びとともに、蚊と百足を合わせたような異形の魔物が、堂々と歩道を横切った。
「フン……思ったより注目されてるじゃないか、“パンチラヒロイン”」
魔物は粘りつくような声で囁いた。
「わたしは……!」
奈理子は一歩下がりながら、バッグの中の小さなポーチを手に取った。
そこに入っているのは——彼女の力の源。
水色の縁取りが施された白いアイマスク。
(また、戦いが始まる……でも今度は、見られることも、恥ずかしいことも、もう——)
「……怖くない!」
スカートの裾を押さえながら、奈理子は覚悟を込めてアイマスクを取り出した。
「あなたが誰であろうと、この街の人たちに指一本触れさせない!」
百足の足音がアスファルトを這い、蚊の羽音が空を裂く。
その狭間で、水色のセーラ服の少女が、今まさに変身しようとしていた。
シュウゥゥゥ……カッ、カカッ……!
ミコール本社前、噴水広場を這い回る黒い影。
合成怪人――カムカデ。蚊の吸血能力と、百足の執拗な脚力を併せ持つ、異形の魔物。
「くふふふ……この距離なら、ミラクルナイトの“奈理子ショーツ”もばっちり観察できる……♡」
「黙りなさい……!わたしは、“可愛い”を守るために戦う――」
風が舞った。
制服が舞う。
そして次の瞬間――
「――ミラクル・チェンジ!」
水色の閃光が走り、スカートが舞い、純白のフリルが空を切る。
その中心に現れたのは、清らかなる守護のヒロイン――ミラクルナイト!
ブラウスとフレアスカートの組み合わせは、水都の奇跡を象徴する白と水色。
その下に身に着けたのは、CMで披露したばかりの新作ショーツ――“奈理子のブラ&ショーツ”。
今や街中の話題となった、神聖なる戦闘用パンツである。
「出たーッ!ミラクルナイトォ!!」
「これが“実戦仕様”の奈理子のパンツか!尊いッ……!」
「ミコールの技術力に感謝……いや、信仰……!」
ファン、マスコミ、そしてミコールの社員たちまでもが広場に集い、カメラを向ける。
その視線の先、戦場の中心に立つ彼女は、微かに頬を赤らめながらも叫んだ。
「恥ずかしくても……誰かを守るなら、私は何度でも立ち上がる!!」
「ふふふ……では遠慮なく、披露してもらおうか……その誇り高き純白をなぁっ!!」
カムカデが跳んだ!
百足の脚が空を裂き、蚊の羽が騒音のように振動する!
「うっ……くっ!」
ミラクルナイトは必死にかわすが、脚が多すぎる。
一瞬のスキを突かれ、スカートの裾を――ビリッ!
「きゃあっ……!」
一閃!
白いスカートが破られ、空中を舞う!
露わになったのは、ミコール製・奈理子のショーツ――純白のコットンに小さなリボン。
「うおおおおおッ!!」
「ミラクルナイトッ!愛してるーッ!!」
「これは広告価値が高すぎる……奈理子をCMキャラに選んだ者に拍手!!」
観客の熱狂はピークに達する。
しかし――
「おっと、まだ“本番”はこれからだろう?」
カムカデの触手のような前脚が、ゆっくりとミラクルナイトの腰元へと伸びていく。
(ダメ……動けない……!)
泥に膝をついたミラクルナイトの手が震える。
「奈理子のショーツ」が、この場で奪われてしまえば、彼女のヒロインとしての尊厳も終わる――
その瞬間!
「キャンディ・チェェェェン!!」
ビシィッ!!
鋭く伸びた光の鞭が、カムカデの手を弾き飛ばす!!
「なっ……!?」
風を裂いて駆けつけたのは、オレンジのドレスに黄色のフリル――
中学生戦士・ドリームキャンディ!
「奈理子さん、遅れてごめんなさい!隆から奈理子さんの下着撮影会があるって聞いて、絶対、敵に襲われると思って来ました!」
「キャンディ……!下着撮影会じなくて、CM撮影だけど……」
「今日もスカートを脱がされちゃってますね。それが新発売の”奈理子のショーツ”ですか?まさか、新しいパンツを見せるために自分でスカートを脱いだとか?」
「そんな訳ないでしょ!……ジロジロ見ないでよ…」
その背後から、ゼェゼェと肩を上下させて走り込んできた少年の姿があった。
「ぜっ……ぜっ……ま、間に合った……姉貴っ!!」
「隆っ!?」
奈理子の弟、隆。
ただの中学生――だが、今やドリームキャンディのバディとして、戦闘現場の補佐と情報収集を担う非戦闘支援要員である。
「姉ちゃんのパンツが……大勢の前で無理やり脱がされるなんて、俺が許さねぇからなっ!!」
「隆……!」
「さあ、いきますよ!奈理子さん!」
ドリームキャンディがキャンディチェーンを手に、構える。
「“可愛い”は、奪われるものじゃない……!守り抜くものなんだから!」
「……うんっ!!」
――白とオレンジのヒロインが並び立つ!
その背後には、無数のフラッシュと、涙ぐむミコール広報部員たち、そしてファンたちの応援。
「この戦い、勝たせてもらいます!」
ミラクルナイトの拳が、再び輝いた――!
「奈理子さん、ここからはわたしがやります!奈理子さんは新作パンツの撮影会を続けてください」
ドリームキャンディの声が、夕暮れの広場に響く。
「だから…撮影はもう終わったって……」
ミラクルナイトが泥に膝をつきながら顔を上げると、彼女の目には、迷いのない背中が映っていた。
「キャンディ……!」
「あなたは守られていい人です。わたしは、守る側でいたいんです」
キャンディチェーンがしなり、空を裂いた。
ビュン! という音と共に、鞭がカムカデの脚を絡め取る!
「うおおっ!?」
「カムカデ、今日こそ決着をつけるわ!キャンディチェーン・スナップッ!」
足を持って振り回すようにして、カムカデの巨体が石畳に叩きつけられた!
「いつも邪魔をしにやって来るな、このガキはっ……っ!」
「“ガキ”で結構です!」
ドリームキャンディが鞭を跳ね上げると、それが瞬時に**ぐにゅるん!**と形を変える。
光と飴色のオーラに包まれ、チェーンの先は――巨大なチュッパチャプス型ハンマーへ!
「ロリポップハンマー、起動!」
ズシィッ!
地面に着地するだけでヒビが走るその重量感。
柄の部分にはキャンディリボンの意匠が刻まれ、可愛らしさと破壊力を両立した、飴の戦鎚。
「なっ、なんだその見た目ッ……!?前よりもデカくなってないか??そ、それに武器としてどうなんだ……!?女子力の塊じゃないかぁあ!!?」
「奈理子さんを守りたいと思う気持ちが、ロリホップハンマーを更に進化させるのです!いきますよ、カムカデさんっ!!」
「や、やめろぉおお!!この局面で、チュッパチャプスはやめろおおお!!」
「——ロリポップ強烈な突きぃぃ!!」
ブォンッ!!
空気が震え、地面が跳ねる。
カムカデの身体に直撃したハンマーは、数十の脚を一気に吹き飛ばすように叩きつけた!
「ぎょえええええええええっ!!?」
「とどめですっ!」
ドリームキャンディはロリポップハンマーを地面に突き立て、空中へと跳躍。
両手を広げ、胸元のリボンから発せられる光が、無数のキャンディ型エネルギーを空に解き放つ!
「キャンディシャワーっ!!」
ぶわあああああっ!!
空から降り注ぐカラフルな光の弾。
それぞれが花のように開きながら、カムカデの体表を焼き、刺し、押し流す!
「アッツゥゥウゥ!!?なんでこんなに痛カワイイんだああッ!!」
身をくねらせながら、カムカデは泡を吹き、巨大な羽をばさばさと動かして後退していく。
「覚えてろぉぉおおおおおおッ!!奈理子のショーツは……俺の心に焼き付いたままだぁああああ!!」
そう叫びながら、哀れな姿で退散していった。
静寂。
そして、拍手。
「「「うおおおおおっ!!ドリームキャンディー!!」」」
「強すぎィッ!」
「安心の中学生パワー!」
「かわいくて強いとか何それ天才!!」
ファンもミコール社員も、完全に魅了されていた。
そして――
「奈理子さん、ご無事ですか?」
泥だらけのミラクルナイトに、そっと手を差し出すドリームキャンディ。
「うん……助かったよ、ほんとに……ありがとう、寧――じゃなくて……ドリームキャンディ」
「ふふっ、名指しされると照れますね」
にこりと笑って手を握るその姿に、観客の一部からは感極まって嗚咽も漏れ始める。
「この二人が、水都の希望なんだ……」
「俺たちは、ミラクルナイトとドリームキャンディに、一生ついていくぞ……!」
そして、制服姿に戻った奈理子は、立ち上がった隆と並び、広場の中央で深く頭を下げた。
「ありがとうございました。これからも、“奈理子のブラ&ショーツ”と、ミラクルナイトをよろしくお願いします!」
地鳴りのような歓声が、水都の空にこだました。
ブゥゥゥゥゥン……
金属音のような羽音が低く響き、暗い研究施設の通路を百足の脚音が這う。
「……くふふ……くふふふ……」
カムカデが嬉々とした声を漏らしながら、ゆっくりと黒い研究室の自動ドアをくぐると、
その奥、モニターの前にいた男がニタリと振り返った。
穢川研究所・所長、九頭。
「ようやく戻ったか、我が麗しのカムカデくん……ふふっ、いやあ素晴らしかった、実に、実にッ!!」
背後の大型モニターには、複数のアングルから映し出された映像が連続再生されていた。
ミラクルナイト、スカートを裂かれ、白い「奈理子のショーツ」を晒すシーン。
観客の歓声、涙ぐむミコール社員の顔。
ドリームキャンディがロリポップハンマーで舞い上がる瞬間……
「見たかね、絹絵くん!これが今世紀最大の広告連動型羞恥戦闘エンタメだッ!!」
「はあ……またこの調子ですか」
白衣姿の若い女性が、壁際で腕を組んで呆れたように言う。
彼女の名は絹絵。九頭の助手兼、現場調整官。
「下着がどうこう言ってる場合じゃないでしょう。肝心のカムカデは敗走したんですよ?」
「敗走? いやいや、違うとも、絹絵くん」
九頭は椅子をくるりと回転させ、指を組む。
「今回の任務は、勝利ではない。“視覚データの収集”と“羞恥心の可視化”、そして“戦場下着の露出度計測”だよ!」
「まさかと思いますけど、ミコールに提供した生地のセンサーで――」
「もちろんだとも!!すべて記録済みだ!」
バン!と机を叩いて立ち上がる九頭。
その顔は興奮で紅潮し、白衣の裾がひらひらと舞った。
「特にいいねぇ、あの瞬間。白いスカートが裂けて、観客の目線とフラッシュが集中するあの一幕。可視羞恥ラインが100%超えたッ!!」
「……そんな分析要らないでしょうに……」
「くふふふふ……ふふふふふ……」
低く笑うカムカデが、ボロボロの体を床に沈めながら、長い脚を絡ませてつぶやいた。
「所長を喜ばせられたなら、本望だ……オレは“下着を奪う”ことを我慢してまで、あのパンツを守ったのだ……」
「守ったんじゃなくて、ドリームキャンディに止められたんですけど」
「フン……」
複眼の奥で、赤い火が灯る。
「だが次は違う……」
百足の脚が床を這い、唸りを上げる。
「今度こそ、ミラクルナイトの“奈理子のショーツ”を、この手でじっくりと、ねっとりと、たっぷりといただく……!!」
「やめてください。気持ち悪い」
絹絵がぴしゃりと切り捨てるが、カムカデは全く堪えていない。
「それだけじゃない……今回、横から口を出したあのガキ……ドリームキャンディ……」
ギチギチ、と顎を鳴らす。
「次に会ったら、ロリポップハンマーも、キャンディチェーンも、全部折ってやる……!甘い顔を歪めさせて……ミラクルナイトより先に泣かせてやるんだぁ……!」
「……はぁ、まあ……せいぜい健闘してください。研究費の無駄にならないように」
絹絵はタブレットを開いてカムカデの再生計画を確認しつつ、静かにため息をついた。
九頭はその背後で、録画映像を何度も巻き戻しては再生し、
「はっはっはっはっ!」と奇妙な笑い声を響かせていた。
薄暗い研究所にこだまする笑いと唸り声。
その陰では、次なる作戦と羞恥の布が、着々と編まれようとしていた——。
(第190話へつづく)












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