ミラクルナイト☆第201話
■鄙比田温泉・夕暮れの露天風呂
穏やかな夕暮れ。
山間にある鄙比田温泉の湯けむりが、涼やかな風にたなびいている。
遠くでホトトギスが鳴き、風に揺れる湯のれんをくぐって現れたのは、
白いバスタオル一枚を体に巻いた女――御祖紗理奈であった。
「ふぅ……ド田舎の秘湯も、悪くはないけど……。
やっぱり、水都に戻りたいわねぇ……」
湯けむりの奥、苔むした岩に囲まれた露天風呂からは、
やや高めの笑い声が響いてくる。
「あははっ、しゅごく、きもちいアルね〜!
やっぱりこの国の温泉は、シャオチャオ(小娘)を回復させる!」
半身を湯に沈め、豪快に手足を伸ばしていたのは、
黒髪を団子状に結い上げた異国の美女――ファンユイ・チュンである。
紗理奈はその姿に一瞬眉をしかめたが、
すぐに表情を戻すと、湯にゆっくりと身を沈めた。
「……あら、あの子が温泉街で噂の。C国から来た謎の美女、だったかしら?」
湯の波がたゆたう中、
互いに距離を保ちながらも、二人の視線が交差する。
ファンユイはニッと笑い、軽く手を挙げた。
「やあやあ、お姉さん。もしかして、地元の人アルか?」
「まあ……そんなところね。温泉はお好き?」
「だいすきネ!この国の文化のなかで、一番評価してるアル!
とくにこの鄙比田温泉、スベスベになるし、なんか気の巡りもいい!」
紗理奈は不意にピクリと眉を上げたが、すぐに女優のような笑みを浮かべる。
ファンユイの引き締まった体は、ただのC国からの旅行者ののもとは思えなかった。
「そう。あなた、少し風変わりな雰囲気があるもの。
旅行者、というより……戦士って感じ」
ファンユイは湯を掬って顔にかけながら、
小さく肩をすくめた。
「あはっ、よく言われるヨ。
まあ……私、兄のカタキを取るために来たから、ちょっと殺気立ってるカモ」
「ふうん……仇討ちね。ロマンチックじゃない」
「ただの仕事アル。とっても、個人的で、熱くて、冷たい任務。
でも……こんな湯に入ると、どうでもよくなってくるネ」
二人の会話は、次第にゆるやかに、静かに進んでいく。
「……田舎暮らしも悪くないのかもしれないわね」
「そうそう。食べ物もおいしいし、静かだし――」
「人は少ないけど、妙に濃い人ばかりだけど」
「ウフッ、ちょっとそれ、わかるアル」
どこか通じ合うような、しかし互いに譲らぬ一線を秘めた眼差し。
ふたりは湯の表面にだけ心を浮かべながら、
それ以上深く踏み込むことはなかった。
まさか、この場にいるのが――
サソリ女とカエル女であるとは、互いに夢にも思わずに。
■宗教法人或る或る教団・或る或る天国
水都。美しき水と噴水と運河に満ちた観光都市の、華やかな街並みの裏側。
そこに広がるのは、地下水脈のように入り組んだ裏社会の迷宮。
そしてその中枢に君臨していたのが――
宗教法人の皮をかぶった秘密結社、或る或る教団であった。
教団がこの街に築いた拠点は、その名も皮肉めいている。
「或る或る天国(パラダイス・アール)」。
水都郊外に建設した巨大施設であり、実態は信者育成・武装拠点・薬物流通のハブである。
その地の責任者が――
「まったく……チュンが負けるなんてねぇ。飛田も何者かに消された……。あの“カエル男”は絶対に勝てると思ってたのに」
艶やかな黒髪をうなじでまとめ、深紅のチャイナローブに身を包んだ妖艶な女。
天野妙華。
教団幹部であり、「或る或る天国」現地責任者。
冷笑と支配に生きる、気怠くも鋭い女狐。
飛田の人身売買組織が潰れたのはまだいい。穢川研究所のガ男の死後、商品となる女の仕入れが滞っていた。
しかし、フンカーが中心となっていた違法薬物密輸組織が潰れたのは痛手だった。
彼女が忌々しく睨みつける監視モニターには、白きヒロイン――ミラクルナイトの勝利映像が映っていた。
「兄の仇、必ず討つ……アルッ!」
鋭く言い放ったのは、まだ少女らしさを残すも、鋭い眼光の異国の美女。
ファンユイ・チュン――フンカーの妹。
C国の北部武術院で“跳龍腿(ちょうりゅうたい)”の継承者と称される武術の申し子。
だが――
「ねえ、ユイ。アンタ、経費精算って知ってる?」
「え?それ、カンフーの技アルか?」
「……」
実務能力は、ゼロだった。
そのため、妙華は頭を抱えた末に、ファンユイを鄙野の保養施設へ送った。
――鄙比田温泉(ひなびたおんせん)。
名湯と名高い隠れ宿に隣接する、教団信者向けの“療養施設”という名の隔離所。
ファンユイは温泉に浸かりながら、今日も叫んでいた。
「兄上、待ってるアルヨ……。カエルの拳で、仇とってみせるネ……。
でも……たまご蒸しパンうまいアル……。あ、アレもう一個食べるネ!」
地元の菓子と美味しい温泉が気に入ってしまい、
全く帰る気配はなかった。
一方、天野妙華の悩みはさらに深刻だった。
薬物流通ルートの崩壊。
それまでの主軸だったC国→HK(香港)→水都という輸送網は、
フンカーの死と同時に事実上途絶していた。
しかも――
HKではかつてよりもC国本土からの規制が強まり、
民主化運動の影響で密売組織の取り締まりも格段に強化されていた。
「まったく、あの頃のHKは“アジアの楽園”だったのにねぇ。
今じゃ“監視社会の最前線”じゃない……」
妙華は静かにロンググラスを揺らしながら、
部下に命じる。
「いい?直接HKマフィアと私が交渉するわ。間に入る者はもう不要。
奴らのドンと膝突き合わせて、“新しい天国”を築くのよ」
妙華の目に、静かに炎が灯る。フンカーの代わりになる者はいない。
「“神の意志”の実現のためには、
あの偽善のヒロイン共を――一人残らず地獄に落としてやらなきゃね」
こうして、「或る或る教団」の水都制圧計画は、
新たな段階へと突入していくのであった――
■昼下がりの水都市警本部
市民の安全を守る正義の砦――のはずだったが、その内部に巣食うのは、
見えぬ「信仰」と「利権」の蜘蛛の巣だった。
制服の襟を正し、書類を脇に抱えた蒼菜は、
まっすぐ上司のもとへ進んでいた。
「HKマフィアの人間が、水都入りしたという情報が入りました。
今のタイミングで、ただの観光ってわけがないでしょう?」
机越しの上司は、煙草の煙を燻らせながら顔を上げた。
「……証拠はあるのか?」
「まだです。でもこの界隈では“カエル男”がまた動いてるという噂もある。
薬物の取引と繋がっている可能性は――」
「憶測で捜査は動かせん。
それにカエル男ってのは、正義の味方ミラクルナイトの出番だろ?
我々は“人間”の犯罪を取り締まるので手一杯だ」
淡々と却下された言葉に、蒼菜は口を噤んだ。
この反応――やはり市警の中にも、敵の手が伸びている。
蒼菜はゆっくり敬礼し、背を向けた。
(……時間がない。
“彼女たち”に、知らせなければ)
■商店街・グフグフハンバーガー
小雨がパラつく夕暮れの商店街。
アメリカンレトロを気取ったハンバーガーショップ「グフグフハンバーガー」。
奈理子と凜は、制服姿でそろって2階の隅のテーブルにいた。
「ふふっ、ここに来るといつも…グフグフ笑っちゃうんですのよね。『マクとは違うのだよ、マクとは』と言いたくなっちゃいますわ」
「……ここは水都女学院じゃないんだから、無理にお嬢様口調使わなくていいでしょ」
「うるさいですの、凜さん!」
そこに現れたのは、私服の蒼菜。濃いグレーのパンツスーツというOL風な姿だが、その目は鋭いままだ。
「お待たせ。……2人に、ちょっと話したいことがあって」
飲み物を頼む間もなく、蒼菜はテーブルに一枚の写真を置いた。
写っていたのは、HKの裏社会で名を馳せた“蛇面の李”と呼ばれる男――。
「この男が水都に来てる。おそらく、何か大きな“動き”がある。
私は、また“カエル男”が関与していると見てるわ」
奈理子は写真に顔をしかめた。
「カエル男……まだいるんですか?」
凜は腕を組み、静かに頷く。
「あのカンフーカエルの仲間ってこと?」
蒼菜は静かに否定した。
「詳しいことはわからないけど、奴は死んだ。だが、その“意志”を継ぐ者はいるかもしれない。
問題は、市警がもう動けないってことよ。
だから――あなたたちに先に知らせたの。水都が再び、揺れ始めてる」
蒼菜はカップのストローをくわえ、
遠くを眺めた。
「……私も、できる範囲で戦う。私には――ちょっと、ね、頼れる“特技”があるから」
2人は言葉の意味に首をかしげたが、深くは追及しなかった。
話を終えた蒼菜が席を立った。
「彼女も……“何か”と戦ってるね」
「カエル男と戦える特技……。蒼菜さんって、もしかして……。
ううん、考えすぎだよね……」
奈理子と凜の視線の先には、蒼菜の後ろ姿。
何かを隠し、何かを守ろうとしている背中だった。
■高級ホテル「皇国ホテル」・ロビー
シャンデリアのきらめきが床の大理石に反射し、静かな重厚感を漂わせるロビーには、身なりの整った宿泊客と、黒服の男たちが入り混じっていた。
その一角、革張りのソファに並んで腰かけているのは、普段は市警本部で精悍な目を光らせる蒼菜と、その部下である山田だった。だが今のふたりは、あくまで「恋人同士の宿泊客」という設定で潜伏中だった。
「……肩に手を回すのはやめなさい、山田くん」
ぴしゃりと刺すような視線を向ける蒼菜に対し、山田はニヤニヤしながら肩に手を乗せ続ける。
「いやー、警戒されないためには演技が大事ですよ、演技。警視、もっと自然に笑ってくださいよ、“惚れてる感じ”で」
「……仕事中よ」
「これも仕事ですって。見てください、あの黒服集団、見事に俺らのことノーマークですよ。こりゃ俺のイチャつき演技のおかげですね〜」
蒼菜はふぅと大きく息を吐いた。だが確かに、山田の演技により黒服たちは警戒の目を逸らしている。
そのとき、ロビーの自動ドアが静かに開いた。
――帽子、サングラス、黒マスク。
明らかに不自然な格好をした女が、数名の男を従えて入ってきた。男たちは黒スーツ、全員が細身のアタッシェケースを携えている。女の動きには隙がなく、顔こそ隠しているが、只者でない空気をまとっていた。
蒼菜の目が鋭く細められる。
「来たわね……。山田くん、追うわよ」
蒼菜が立ち上がろうとした瞬間、山田は軽く引き寄せ、彼女の耳元に囁いた。
「ダメですよ警視。今、立ち上がったら“市警で〜す”って名札ぶら下げて歩いてるようなもんですって」
「……っ。なら、どうするの?」
「まずはあの女の随行の中から、1人だけ引き離して口を割らせましょう」
そう言うと、山田は肩に手を置いたまま片目を細め、女の側近のひとりを目で示す。
「左から2番目の男。銃の重さで肩が微妙に下がってます。あれ、素人ですね。マフィアというより雇われガードって感じ。あれなら口が軽いかも」
蒼菜は黙って頷くと、わずかに口角を上げた。
「……いいわ。5分以内に片をつけて」
「了解です、お姫様。じゃ、ラブラブカップルでエレベーター方面に移動しながら、ターゲットを“偶然”にぶつけましょうか」
「殴るわよ、山田くん」
軽口を交わしながらも、その瞳には鋭い覚悟が宿っていた。
皇国ホテルで交錯しようとしている闇の取引。その幕が、いま静かに上がろうとしていた――。
■皇国ホテル・中庭裏
「偶然」を装って別行動をとった山田は、例の黒服――肩が微妙に下がっていた男に背後から静かに近づき、エレベーターの手前でぶつかった。
「おっと、すみません……あ、もしかして“HKからのお客様の接待”ですか?僕も“商談”で来てましてね……」
男が訝しげに眉をひそめた瞬間、山田は自然な動きで男の懐に手を滑り込ませ、ピストルの感触を確かめながら耳元で低く囁く。
「ゆっくり後ろを振り向け。ホテルの警備じゃない、市警だ。騒いだらそのまま顎に拳銃突っ込む」
怯えた男が従うように歩かされ、人気のない中庭裏へ連れて行かれる。そこに待っていたのは、すでに蒼菜だった。
蒼菜は男の胸倉を掴むと、スマートフォンを男の顔面ギリギリまで突きつけた。画面には先日摘発された密売現場の監視映像と、そこに出入りしていたこの男の姿が映っている。
「これ、あなたで間違いないわよね?」
男は無言。だが唇はわずかに震え、額に汗が滲む。
「誰と繋がってるの?あの女の正体は?」
蒼菜が鋭く問い詰めるその瞬間――
「ケロォォォォッ!!」
耳を劈くような叫びと共に、男の肉体がぶるぶると震えだした。
バリバリと音を立てて背広が破れ、皮膚が爬虫類のような湿った緑色へと変貌する。目が大きく丸く飛び出し、四肢が異様に長く伸び――次の瞬間には、そこにいたのは巨大なカエル男だった!
「ッ!?変身能力者だと!?」
「山田くん、逃げるよ!!」
反射的に蒼菜が山田の腕を強引に掴み、脇の非常口から中庭を駆け抜ける!
すぐ後ろでドシャァッ!と水飛沫のような何かが壁に激突し、蒼菜の頬をかすめる。
「チッ、舌かよ……さすがカエル男!」
息を切らしながら、山田は懐から市警の特殊無線を取り出し、緊急チャンネルを開いた。
「こちら市警・山田!皇国ホテル中庭で敵性変身体“カエル男”を確認!至急、現場に武装応援を要請!繰り返す、敵性変身体“カエル男”が出たぞ!!」
一方、蒼菜は走りながらスマホを手に取り、ある人物に素早く連絡を入れる。
「……凜さん?私よ、蒼菜。出たわ、カエル男が。場所は皇国ホテル。おそらく、HKマフィアとの接触を図ってた連中に関係してる」
通話の向こうで凜が何か応じる声が聞こえる。蒼菜は続けた。
「お願い、あなたの力が必要。あれはもう、市警だけでどうにかできる相手じゃない」
その眼差しには、警官としての冷徹さと、誰よりも正義に燃える静かな決意が宿っていた――。
■皇国ホテル・B1非常口通路
「くそっ……!セイクリッドウインドが来てくれれば……学校が終わってたらミラクルナイトも来るかもしれない……」
肩で息をしながら蒼菜は、非常口のドアを背中で押さえ込んだ。
「蒼菜さん!僕が囮になります!」
「違うわ山田くん。あなたはホテル内の人たちの避難誘導をして。あたしがカエル男を引きつける。市警の応援が来るまで、時間を稼ぐしかないのよ」
「いや、応援はもう呼んでますし、誘導はそっちに任せて二人でカエル男止めましょうよ!」
「はあ!?誰が指揮官だと思ってんのよ!」
「でも蒼菜さんが一人で戦うなんて、僕の男としてのプライドが──」
その時、
「ケロロロロォ……!」
カエル男の影が突如天井を這い、彼らの上に現れる。
「上ッ!!」
2人がとっさに身を翻した瞬間、カエル男はピョン!と軽快な跳躍で壁を蹴り、別の壁へ。
天井→壁→柱→壁とまるで立体迷路のように跳び回り、ついには2人の出口を完全に塞ぐ形で立ちはだかった。
「うっ……!」
蒼菜の額に汗が滲む。
「山田くん、こっち見ないで」
そう言いながら、スカートの裾をスッと持ち上げ、片脚を壁につけて膝を上げると――
内腿にぴったりと装着されたレッグホルスターが露わになり、小型のオートマチック拳銃に指が伸びる。
ちらりと覗くターコイズブルーのショーツ。
それを一瞬で視界に収めたのは――カエル男だけではなかった。
「おおっ♡」
「お前もか!」
蒼菜が鋭く睨んだのは、呆けたように見惚れていた山田の顔だった。
「も、申し訳ありません……!条件反射で!」
「見 る な ッ!!!!」
パン!
乾いた銃声が廊下に響いた。
放たれた弾丸はカエル男の右肩を捉え、衝撃でバランスを崩したカエル男はドンと床に叩きつけられる。
だが――
「……ケロ……ケロケロ……」
モゾモゾと身体を起こすカエル男。その表皮はしっとりと濡れ、銃弾はまったく貫通していなかった。
「くっ……効いてない……!」
■皇国ホテル最上階・スイートルーム
一方その頃、重厚な扉の向こうでは、天野妙華が品の良いチャイナドレスに身を包み、紅茶を注ぎながらHKマフィアのボスと静かな会話を続けていた。
パン!パン!
連続する銃声に部屋中がざわめく。
「アマノサマ……これは……」
通訳が妙華の耳元で囁く。
「ご安心ください。外の騒動はこちらで処理いたします。どうぞ、こちらの鉄観音をお楽しみくださいませ」
微笑みながら言い残し、妙華はスッと立ち上がる。
廊下に出ると、すでに部下たちが待機していた。
その中には、スーツを破り捨てカエル男へと変身する部下も数名。
「下で発砲があった。邪魔な市警どもは抑えなさい。例の映像が出回らないよう、防犯カメラは私が止める」
「承知……しました」
変身を終えたカエル男たちが戦場へと跳び去るのを見送る妙華。
唇を噛みしめながら、ふと呟いた。
「……ファンユイを呼んでおけばよかったわね……あの子なら市警もミラクルナイトも一掃してくれるのに」
そう言うと、妙華はホテルの防犯カメラが集まる監視室へと音もなく歩き出した。
■皇国ホテル 地階・ロビー裏通路
「ぴょん! ぴょんっ! ぴょこぴょこぴょ〜んっ!!」
緑色の影が軽快かつ不気味なリズムで飛び跳ねる。
「いつ見ても……気持ち悪い奴ね……」
ピストルを構え、足元に構える蒼菜。
「まぁ……巨大なカエルですからね……」
山田も腰を低くし、カエル男の軌道を目で追う。
「いや、あれはもう両生類じゃない。不審者。全裸の暴漢よ」
天井から急降下、壁に跳ね返り、蒼菜と山田に飛びかかるカエル男!
「避けてッ!!」
咄嗟に左右へ飛びのく2人――だが、狙われていたのは蒼菜だった。
「きゃっ!?」
背後から抱きつかれるようにして床に押し倒された蒼菜。その上に馬乗りになるカエル男。
両手両足でがっちりと蒼菜の身体を押さえ込む。
「な、離しなさいッ! 舌を伸ばすな! 舐めるなッ!!」
カエル男の舌がペロンと蒼菜の頬を撫でる。さらに口の中から**ぬるん……**と粘液に濡れた長い舌がゆっくり伸び――
「蒼菜さん!動かないでくださいッ!!」
パン!
響く銃声。山田の放った弾丸が、カエル男の側頭部をズドン!
「ケロッ……!?」
衝撃で吹き飛び、廊下の植木に激突して転げ回るカエル男。
「はぁ、助かったわ……山田くん……」
よろよろと起き上がる蒼菜。
「じっくり見たいところですけど、今は隠してください」
そう言って、山田は自分のジャケットを脱ぎ、蒼菜に差し出す。
「え……?」
その視線の先に――ショーツとレッグホルスター、そして太腿丈の黒ストッキングだけになった蒼菜の下半身が晒されていた。
「わああっ!?///」
慌ててジャケットで前を隠す蒼菜。
カエル男の手元には、彼女のスカートが無残に握られていた。
「くっ……またスカートを……! 何なのこの変態!!」
怒りに震える蒼菜。
山田が蒼菜のショーツにチラリと視線を移す。
「見るなぁぁ!!」
その瞬間――屋内にも関わらず、風が吹いた。
「お待たせしました〜〜! セイクリッドウインド、ただいま到着っ!」
風と共に天井から舞い降りたのは、巫女戦士セイクリッドウインド。
華麗に着地しながら、何やら気まずそうな顔で蒼菜を見る。
「……あれ?蒼菜さん、なんか……”奈理子さん”みたいな格好してる……」
「ど、どういう意味よ!?」
すると、その”奈理子さん”がやってきた。
「凜さん、それ私に対して失礼だからッ!」
現れたのは、ミラクルナイト。風にたなびく白と水色のスカート、眩しい笑顔。
「奈理子さん……!凜さん……!!」
蒼菜の顔が安堵にほどける。
「このホテルは市警がすでに包囲しています。ここは私たちに任せて、蒼菜さんたちは外へ!」
ミラクルナイトの声に力が宿る。
凜――セイクリッドウインドは、すっと山田の前に立ち微笑んだ。
「山田さん……ジャケットを差し出す姿、カッコよかったよ♪」
「は……ははっ/// ありがとうございますぅっ!!」
とたんに耳まで真っ赤になり、蒼菜からものすごく睨まれる山田であった。
■皇国ホテル・ロビー階 廊下〜中宴会場
蒼菜と山田を逃がし、カエル男と対峙するミラクルナイトとセイクリッドウインド。
「カエル一匹、さっさと片付けよう」
「はい」
セイクリッドウインドウの言葉にミラクルナイトが頷く。
「一匹だけとは思うなよ」
「そう、このホテルはもう俺たちのものさ」
わらわらとカエル男がやって来た。
「けけけけっ……五匹そろえば百人力!」
ミラクルナイトとセイクリッドウインドの前に並び立つのは、カエル男たちの五人組。それぞれ微妙に肌の模様や体格が違い、跳躍力・爪の鋭さ・舌の長さに個体差がある。
「えっ……五匹も!?」
ミラクルナイトが思わず後ずさる。
「どうするのよ、これ……。ここ、格式高いホテルなのよ?」
セイクリッドウインドが視線を走らせる。煌びやかなシャンデリア、高級絨毯、そして壁に掛けられた本物の油彩画。
「壊したら……絶対後で怒られるやつだよね……」
「それッ!えいッ!やぁっ!」
ミラクルナイトが**水色の光弾(ミラクルシャインブライト)**を次々と放つ。
だが、天井や壁に反射して跳ね回るカエル男たちの素早さには追いつかない。放った光弾はあらぬ方向に弾かれ、シャンデリアの鎖をギリギリでかすめる。
「わっ、危なっ! 今の下に誰かいたら……!」
「はぁあっ!!」
セイクリッドウインドの鉄扇――ガストファングが風の刃を生み出す。
風刃が一体のカエル男に命中し吹き飛ばすも、壁の装飾に亀裂が入る。
「くっ……威力を抑えなきゃ……!」
カエル男たちは壁を蹴り、天井から吊り下がり、照明の上を跳び回る。
スーツの中に隠し持っていた**泡弾(バブルボム)**を吐き出すと、白くネバついた泡が天井や床をべたべたに。
「足場が悪い……! 滑って動けない……!」
「逃がさないぜッ!!」
一体が伸ばした舌でミラクルナイトの足を絡め取る。
「いやぁあっ! やだっ! また絡まってるぅっ!!」
「奈理子ッ!」
助けようと駆け出したセイクリッドウインドの進路に、泡弾と跳躍で回り込んだカエル男が3体も同時に襲いかかる。
「こんなの……不利すぎる……!」
その時――
「奈理子さんにっ、手を出すなァッ!!」
轟く声と共に、窓ガラスが砕け散った。
吹き込む風と共に飛び込んできたのは――鮮やかなオレンジのドレスに身を包んだ少女戦士、ドリームキャンディ!
「うそ……寧々……!?」
「ドリームキャンディ!? なんでここに……!」
天井のカエル男が反応する間もなく、彼女の手には変形したキャンディチェーン――ロリポップハンマー!
「キャンディッ!! ブレイクスイング!!」
回転する巨大なハンマーが唸りを上げ、カエル男を一撃で壁ごと打ち砕いた!
「ぎょえええっ!?」
「次はお前ッ!!」
カエル男の一体が舌を伸ばしてドリームキャンディに襲いかかるが――
彼女はぴょんと身をひねって、床に着地しながらカカト落としを喰らわせた。
「奈理子さんをいじめるなって言ったでしょッ!!」
ミラクルナイトは、絡まっていた舌から逃れ、
セイクリッドウインドも風の刃を一閃、泡を切り裂いて体勢を立て直す。
「寧々、力を押さえて……ホテルを壊しちゃダメなのに……」
「でも、3人そろえば……なんとかなる!!」
■皇国ホテル 地下2階・監視制御室
暗い密室。壁一面に並ぶ監視モニターが青白く光り、皇国ホテルのあらゆるエリアを映し出している。
その中央、背もたれの高い椅子に脚を組んで座る一人の女――天野妙華。
「ふふ……見事に包囲されたものね……」
唇の端をつり上げながら、妙華はロビーの映像に目をやる。
そこでは、ミラクルナイト、セイクリッドウインド、ドリームキャンディの三人が、五体のカエル男と激闘を繰り広げていた。
光と風と打撃の交差する、まさに戦場。
だが妙華の瞳が鋭く細まったのは、ロビーの外の様子を映す別のモニター。
そこに映るのは、腰にホテルのバスタオルを巻き、必死に無線で部隊を指揮する女刑事の姿だった。
「……あの女。やっぱりあの女だったのね、柏原蒼菜」
忌々しげに吐き捨てるような声音。
度重なる捜査妨害。内部協力者を通じても抑えきれなかった執念の女。
「そろそろ……目障りになってきたわ。見てなさい『現役女刑事・柏原蒼菜(24歳)』」
背後では、部下の若い男が大型端末に向かってキーボードを叩いていた。
彼の手は早く、すでに監視映像のデータをひとつひとつ消去している。
「モニター5番から12番、データ消去完了。地下駐車場、エントランス側も削除しました。ロビーと廊下は現在処理中です」
妙華は立ち上がり、男の背中に近づいた。
チャイナドレスの裾が揺れ、ヒールが床に小さな音を響かせる。
「急いで。証拠が残れば、後の命取りになる」
「はっ」
数分後――
「終わりました。全録画ファイル、消去完了。上書き処理も施しました」
妙華は満足そうに頷いた。
しばし黙してモニターを見つめていたが、ふと口を開いた。
「あなたは同志たちの加勢に向かいなさい。ロビーはまだ決着がついていない」
「承知しました」
部下は立ち上がり、その場で変身する。
ぶよぶよと膨れ上がる身体、爬虫類めいた皮膚、黄色く濁った眼――変身完了したのはカエル男。
そのまま、ロビーへと跳躍して消えた。
残された妙華は、監視室の中心に立ち、静かに深呼吸をする。
そして、右手の指を軽く振り上げた。
「このホテルが私たちがいた証など……何一つ残さないわ」
ぶわり――
紫色の煙が彼女の身体を包み込む。
妙華の姿は妖艶な怪人・マンダラゲ女へと変貌する。
妖花のように艶やかで、瞳には艶やかさと冷徹さが宿る。
「さて、監視室も……お役御免ね」
そう呟くと、マンダラゲ女は両手を広げ、
巻き上がる花弁状のエネルギー波を四方に放出した。
ガガガガガッ!!
端末が破壊され、モニターがバチバチと火花を散らす。
天井から煙が立ちのぼり、通信機器も溶け落ちた。
「証拠隠滅完了。あとは……どうやって、ここから逃げようかしら」
薄く笑みを浮かべながら、マンダラゲ女の姿は闇へと融けるように消えていった。
■皇国ホテル・ロビー
吹き抜けの高天井とシャンデリアが煌めく、かつては格式の象徴だった空間が、今やカエルたちの跳躍音で騒然としていた。
「きゃっ……また来たわッ!」
ソファの後ろに隠れながら、水色の光弾を
「えいっ!それっ!」
と撃ち続けるミラクルナイト。
だが、牽制程度の攻撃では、ぴょんぴょん跳ね回るカエル男たちを止めきれない。
「ふふふ、清楚な子ほど弄びがいがあるゲコ!」
「そのふともも! むっちりゲコゲコ!!」
「白くて柔らかそうだゲコ~~~~!」
「だ、だめっ!こっち来ないでぇぇえぇッ!!」
飛びかかってくるカエル男に悲鳴を上げ、慌てて転がるミラクルナイトのスカートがひらりと舞う。
シャンデリアの光を受けてキラリと輝いた太腿に、カエルたちの目が釘付けになる。
「やっぱり奈理子は白パンツーーっ!!」
「ふくらはぎから膝裏、そして太ももにかけてのラインが芸術だゲコ!」
「膝の裏のくぼみ!わかる!わかるゲコ~!!」
「どうして、私ばかり……」
「落ち着け!変態どもッ!」
セイクリッドウインドが鉄扇「ガストファング」を広げ、空中から強風を巻き起こす。
「風刃・カミカゼスラッシュ!」
横一線に吹き飛ぶカエル男。
「奈理子さんのふともも観察は私が許しません!」
ドリームキャンディがキャンディチェーンをしならせ、天井を蹴って降下してきた一体を絡め取る。
「舐めようなんて百年早いんですッ!」
「ぐえッ!? いやでもちょっとだけ……!」
チェーンが締まり、カエル男が
「ゲボッ」
と泡を吐いて昏倒する。
「さすが…二人とも頼りになる……」
ミラクルナイトは額に汗を浮かべながら、光弾を撃ちつつ仲間たちの後ろに下がる。
「でも、私も戦うの……えい!えいえいっ!!」
光弾が飛び、跳び跳ねていたカエル男の背後を直撃。
「ぐぼっ!?こ、これは……地味に痛いゲコ!!」
「数撃ちすぎゲコ!!」
「この子、意外とやるゲコ~~~!?」
セイクリッドウインドが華麗に回転してから、鉄扇を地に突き立て叫ぶ。
「奈理子を狙うなら──まずは私たちを倒してからにしなさいッ!!」
「そ、そうだよ!奈理子さんをいじめるカエルは全部退治しますっ!」
ドリームキャンディが叫び、三人は背中を合わせて円陣を組んだ。
そして──
「キャンディシャワーッ!」
「風牙・乱刃陣!」
「それっ、それっ、それぇぇぇぇいッ!!」
無数のキャンディ型の光弾と風の刃が放たれ、ミラクルナイトの光弾と同時にロビー中に炸裂した。
空間が光と風とカラフルな爆発に満たされ、六体のカエル男が
「ゲゲゲ~~ッ!!」
と叫びながら四方に吹き飛ぶ。
ドガァァァァンッ!!!
静まり返るロビー。煙が晴れると、床にぺたんと潰れて泡を吹くカエル男たちの姿があった。
「……ふぅ、勝った……」
ミラクルナイトが膝をつきながら微笑む。
「さすが、奈理子さん……弱いようで強いんだから」
ドリームキャンディが隣で肩を叩く。
「ミニスカに生脚生パンだから、狙われても仕方ないよ。今日はスカートを脱がれなくてよかったね」
セイクリッドウインドが小声で慰め、ミラクルナイトはあわててスカートを整える。
「ううぅ……また動画にされちゃうぅ……」
しかし、その安堵のひとときを、冷たい声が切り裂いた。
「……ほほう。これがウワサの三人娘ね」
スススッと床に咲いたように現れたのは、妖艶な花弁のドレスをまとった女。
その名も──マンダラゲ女。
「次は私が、奈理子ちゃんの“綺麗なところ”をじっくり味わわせてもらうわよ……♪」
「ひゃっ……!? や、やっぱり変態ーッ!?」
3人の変身ヒロイン、次なる刺客の登場に思わず腰が引けた──!
■皇国ホテル・ロビー
瓦礫の散らばる絨毯の上、ミラクルナイト・ドリームキャンディ・セイクリッドウインドの三人がマンダラゲ女を正面から見据えていた。
「ふふっ、ようやくお披露目の時間ね……このマンダラゲ女の妖花の宴、あなたたちにも堪能させてあげるわ」
広がる花嫁風のドレス、その裾からは妖艶な蔓が音もなく伸びていた。
ドリームキャンディが鋭く目を細める。
「……あなたと戦うのは、これで二度目ね。前は逃げられたけど、今日はそうはいかないわ」
「ふん、あれは戦略的撤退よ。あなた一人でも面倒だったけど──」
マンダラゲ女はちらと視線を向けた。
「今度はその鉄扇女もいるなんて、やってられないわ」
セイクリッドウインドが扇を翻し、静かに構える。
「ならば退けばいい。いまなら市警に引き渡してあげるわよ。私たちよりも市警の方が優しいからね」
「言ってくれるじゃない……でもね、私はこの計画を潰されるわけにはいかないのよ」
マンダラゲ女は決意を固めたように背筋を伸ばし、蔓を音もなく揺らした。
「──ここで退いたら、私たちの未来はない……!」
■皇国ホテル前
「蟻一匹、逃さないわ」
皇国ホテルの外、警官たちが固唾を呑んでロビーの様子を見守る中、スーツの上着の下にバスタオルを巻いた姿の蒼菜が鋭い眼差しで指揮していた。
周囲の警官たちは動揺気味だが、蒼菜は一歩も引かない。
「山田くん、こっちは完全包囲。出てきた者は一人残らず──」
「蒼菜さん! あれっ!」
山田が蒼菜の肩を引っ張り、空を指差した。
「……えっ!?」
視線を上げた瞬間──
ピョーーーーンッッ!!
空から舞い降りる緑と赤の影。長い黒髪を揺らし、赤いチャイナドレスが月光を浴びて光っていた。
「カ、カエル女……!? うそでしょ!?」
思わずバスタオルを抑え直す蒼菜。
「蟻どころか、カエルが飛び込んできたぞ……」
山田の呟きに、蒼菜は頭を抱える。
カエル女=ファンユイ・チュンは、軽やかに警官たちの頭上を飛び越え、皇国ホテルの入口から堂々と踏み込んでいった。
■皇国ホテル・ロビー
「……こんな面白いこと、やってるってのに!」
ガシャンッと扉を蹴り開けて現れたのは、長い舌をくるくる巻いた女戦士だった。
「なんで私を呼ばないアルカ!? もう、信じられない!!」
マンダラゲ女の顔に安堵が広がる。
「ファンユイ……来てくれたのね……!」
「ちょっと! どいて、どいて!」
カエル女はヒロイン3人を見下ろすようにして仁王立ちし、赤いチャイナドレスのスリットから美脚を覗かせながらふんぞり返った。
「また出たわ……」
ミラクルナイトが肩を落とす。
「厄介な相手が増えたわね……あの脚の蹴り、結構痛いのよ」
ドリームキャンディが小声でぼやく。
「もう……ため息しか出ないわ」
セイクリッドウインドがそっと溜息を漏らした。
ファンユイは三人の視線などお構いなしに、腕を組んで叫ぶ。
「今日こそあの白いアイドルみたいな子、奈理子とかいうの! 私が蹴り倒して、兄の仇を取るあるよ!!」
ミラクルナイトの顔がひきつった。
「そっちが名指し!? また私!?」
──こうして、マンダラゲ女に加え、カエル女=ファンユイ・チュンが加わったことで、
皇国ホテルは再び緊張の嵐に包まれた。
■皇国ホテル・ロビー
「ここは任せたわ!」
マンダラゲ女はカエル女に告げるとロビー玄関に向かって走り出す。マンダラゲ女を遮ろうとするミラクルナイトたちの前に、カエル女が立ち塞がる。
シャンデリアが揺れ、割れた観葉植物の鉢が床に散らばる中、ミラクルナイトたち三人は一列になってカエル女と対峙していた。
「ふふん、三人まとめて、ぴょんぴょん跳ね潰してやるアル!」
飛び跳ねながら天井に張り付いたカエル女は、ニヤリと笑って舌を出す。その舌がビュンと伸び、ミラクルナイトの足元を狙った!
「きゃっ!」
寸でのところで、セイクリッドウインドの鉄扇・ガストファングが飛来し、舌を切り裂くように軌道を変えさせた。
「うかつに近づくと危険よ、奈理子!」
「う、うん……でも、足が……震えて……」
ミラクルナイトは床に座り込んでいた。スカートの中は見えそうで見えないギリギリの角度。テレビ局のカメラが遠くロビーのガラス越しに密かに光る。
「えいっ! それっ!」
水色の光弾・ミラクルシャインブライトを次々と掌から放つ奈理子だったが、カエル女は軽快な身のこなしで天井や壁を跳ね回り、弾を難なく避けていた。
「トロいアルねぇ〜! まるで的にされに来てるネ!」
「……やっぱり強い……」
ミラクルナイトの肩が落ちる。
「奈理子さん、諦めないでくださいっ!」
ドリームキャンディが励ます。鞭のようなキャンディチェーンが唸るが、跳ね回る敵に命中せず、カエル女は高笑いした。
「このままじゃ埒が明かない……!」
■皇国ホテル前
マンダラゲ女はホテルの玄関から飛び出した。
ホテルを包囲する警官隊の中から蒼菜の姿を探す。その瞳は、怒りに打ち震えていた。
「怪人が出てきたぞ!!」
「カエルじゃないぞ!何だあの怪人?!」
警官隊に緊張が走る。
(柏原蒼菜、この女刑事だけは許さない!)
マンダラゲ女は一斉に銃口を向ける警官隊の先頭に立つ蒼菜の姿を見つけた。
(『現役女刑事・柏原蒼菜(24歳)』、思いっきり恥をかかせてやるわ!)
花蔓を蒼菜に向かって一直線に伸ばす。
「私が狙い?う……っ!」
蒼菜は発砲する間もなく花蔓に捕らえられてしまった。腰に巻いたバスタオルが外れエメラルドグリーンのショーツがあらわになってしまったが、そんなことを気にしている余裕はない。
「禁花の蔓から逃れることはできないわ」
残忍な笑みを浮かべるマンダラゲ女。
「蒼菜さんっ!」
山田が手を伸ばすが、花蔓に絡まれた蒼菜はマンダラゲ女に引き寄せられてしまった。
「離しなさいよッ!」
蒼菜がマンダラゲ女を睨む。
■皇国ホテル・ロビー
――「カエル女、逃げるわよ! こっちに来なさい!」
ホテルの正面玄関から、艶やかな声が響いた。マンダラゲ女がいた。
そしてその腕には、全身を蔓に絡められた蒼菜刑事の姿が。
「な……!」
奈理子は思わず息を飲む。エメラルドグリーンのショーツが大胆に露出していたが、蒼菜本人に羞恥を感じている様子はない。
■皇国ホテル前
「ぐぅっ……離しなさいよっ!」
もがく蒼菜に、マンダラゲ女は微笑を浮かべる。
「貴女には――恥ずかしい格好のまま眠ってもらうわ。永遠にね……♡」
曼荼羅のような花弁が開き、妖しげな光と香りが周囲に放たれる。警官隊も、山田も、その場で動きを止めた。
「蒼菜さんを離せっ!」
山田が駆け出そうとするが、花の香りにくらりと立ち眩んだ。
■皇国ホテル・ロビー
「戦いは……始まったばかりアル。逃げるなら1人で逃げるアルヨ!」
ホテルのロビーで天井から跳ね降りながら、カエル女は不満げに叫ぶ。
「私はアンタみたいにぴょんぴょん跳ね回れないのよッ!」
外に立つマンダラゲ女は苛立ちを隠せず、地面に花弁を巻き散らかす。
「仕方ないアルな……勝負はお預けネ!」
そう言うと、カエル女はくるりと宙返りし、ホテルの玄関へと飛び出した。
「待てっ!」
ミラクルナイトが走り出す。その後を、セイクリッドウインドとドリームキャンディが続いた。
「蒼菜さん、無事でいてっ……!」
花弁の光の中へと消えていく三人のシルエット。その先には、まだ逃げ場を探すマンダラゲ女と、気を失いかけた蒼菜の姿があった。
ホテルを舞台とした一連の攻防は、新たな局面へと突入していく――!
■皇国ホテル前
「ぴょんっ!」
青空をバックに跳躍するカエル女。その腕の中には、マンダラゲ女と、彼女に絡みつく花蔓。そしてその先端には、無力化された蒼菜刑事の姿があった。
「色っぽいお姉さんは返してあげるわ!」
カエル女が跳ねながら笑う。
「でも……二度と目を覚ますことはないと思うけどネ!」
「待ちなさいッ!!」
ミラクルナイトが叫び、ミラクルウイングを展開して宙に舞い上がる。しかしその瞬間、マンダラゲ女が空中で蒼菜を放り投げた!
「蒼菜さんっ!!」
山田の絶叫とともに、数人の警官隊が懸命に腕を広げて蒼菜を受け止める。
「ミラクルナイトを撃ち落としなさい!」
マンダラゲ女が命令する。
「助けてもらったくせに偉そうアルネ……」
不満げに呟きながらも、カエル女は手のひらに凝縮した衝撃波を放った。
「うっ……!」
直撃を受けたミラクルナイトは空中でバランスを崩し、そのまま横のビルの壁に叩きつけられ、地上へと落下した。
「奈理子!」
セイクリッドウインドが駆け寄り、倒れた彼女を抱き起こす。
その間にも、カエル女はマンダラゲ女を再び抱き直し、跳ねる、跳ねる、ビルの間を次々と飛び越えて、逃げ去っていった。
「逃げられちゃったね……」
セイクリッドウインドが肩を落とす。
「私よりも……蒼菜さんは……」
奈理子が顔を上げて見た先では、山田が意識を失った蒼菜を抱きかかえていた。
陽の光を浴びてきらりと輝くのは、かつての戦闘で落としたスカートの代わりに露わになった、エメラルドグリーンのショーツ。だが、今は誰もがその姿に笑うことなく、痛々しさすら感じていた。
「毒にやられたようだ……息はあるけど……」
山田の表情は冗談ひとつ無く、蒼菜を見つめていた。
「通してくださいっ!」
警官たちを押し分けて現れたのは、ドリームキャンディだった。
「キャンディちゃん……!」
山田が驚いたように声を上げる。
ドリームキャンディの瞳が、一瞬だけちらりと蒼菜のショーツに向かう。
(奈理子さんと違って、大人っぽい下着だな……)
と心の中で呟くが、顔には出さず、すっとポケットから小さな飴玉を取り出した。
「これを蒼菜さんに。」
「……飴ちゃん?」
と山田。
「私のキャンディには、ちょっとした解毒作用があります。劇的ではありませんが、時間を稼げます」
優しく、ドリームキャンディは飴を蒼菜の唇にそっと触れさせると、そのまま口の中に滑り込ませた。
「きっと、ちゃんと目を覚まします。だから……あとはお医者さんに、ちゃんと見せてあげてください」
「……ありがとうございます」
山田は深く頭を下げた。キャンディの香りが、ほんのりと蒼菜の唇から漂う。
夕暮れ。
戦いの痕が残るホテル前で、警官たちが負傷者を搬送し、現場を封鎖していた。
その傍ら、三人の戦士たちは、まだ傷だらけの姿で並び立っていた。
「何とか……乗り越えました」
ドリームキャンディがつぶやく。
「でも、マンダラゲ女も、カエル女も……逃げた」
セイクリッドウインドが唇を噛む。
「次は……必ず止めるわ」
ミラクルナイトが静かに言った。
その横顔には、今日の戦いを経て、ほんの少しだけ少女から"戦士"への階段を上った気配があった。
彼女たちの戦いは、まだ終わらない――。
そして、意識を取り戻すであろう蒼菜の戦いも、また……。
■警察病院・蒼菜の病室
午後の陽光がカーテン越しに差し込む静かな病室。無機質な天井をぼんやりと見つめながら、柏原蒼菜はゆっくりと目を開いた。
「……ここは……?」
意識が戻り、状況を思い出す。ホテルのロビー、花蔓に捕らえられたこと、そしてあの女――マンダラゲ女に捕まったことを。
「……悔しい……っ」
小さく唇を噛む。
あれだけの騒動だったのに、皇国ホテルからは何一つ証拠が見つからなかった。防犯カメラの映像は消去され、監視室は無残に破壊されていた。
さらに、マフィアのボスは知らぬ存ぜぬで一切口を割らず、潔癖なまでの沈黙。まるで、すべてが夢だったかのような虚無が蒼菜の中を渦巻いていた。
「――証拠なら、ありますよ!」
元気すぎる声が病室に響く。
「……山田くん?」
いつの間にか椅子に座っていた部下・山田が、にやりと笑ってスマホを掲げていた。
「はい、これ見てください!」
スマホの画面には、ホテルのエントランスに入っていく一人の女――帽子にサングラス、そしてマスクをつけ、まさに「全力で顔を隠した」スタイルの人物が映っていた。
「……これは……」
蒼菜が眉をひそめる。
「この女がマンダラゲ女に間違いありません!」
胸を張る山田。
「……サングラスとマスクで顔が分からないじゃない。これじゃ証拠には……」
「まぁまぁ、でも他に映ってるのはこの人だけですからね」
蒼菜は溜息をひとつ吐いて、スマホを指先でスワイプした。
「わっ!ちょ、ちょっと待ってください!それ以上は!」
突然、山田が慌てて身を乗り出す。
「何よ、見せてくれたんじゃないの?」
涼しい顔でスワイプを続ける蒼菜。
「だ、だから、その先はちょっとプライバシーが……あっ!」
スマホのスピーカーから音声が流れ出す。
《離しなさいッ!舌を伸ばすな!舐めるなッ!》
蒼菜の悲鳴。聞き覚えのある自分の声に、彼女の顔が真っ赤に染まった。
「な、な、な……何コレ!?録画してたのッ!?」
「記録用です!任務記録です!盗撮じゃありません!情報収集です!」
「どう見ても盗撮よッ!!」
蒼菜がスマホを叩こうとするが、山田はひょいとスマホを取り上げる。
「ちょ、ちょっと、返して!その動画は消すわ!」
「貴重な映像です!カエル男の跳躍角度とか、舌の射程とか!」
「そんなの、実地で測って!」
そんな小競り合いをしていた拍子に――
「キャッ!」
ガサッと布団がズレた。
そこには、蒼菜が戦闘時に履いていたエメラルドグリーンのショーツが、太腿丈のストッキングと共に露わになっていた。
「うわぁっ!」
目を見開く山田。
「見たわねッ!!」
「違う!事故です!不可抗力です!」
慌てて布団で隠してあげようとする山田を、蒼菜が枕で押し返す。
「まだ本調子じゃないんだから、暴れずに大人しくしてくださいよ……」
「うぅ……」
蒼菜は悔しさで涙ぐみながら、毛布を引き寄せて再び身を隠す。
「……マンダラゲ女……」
ぎゅっと拳を握る。
「絶対に許さない……!あの女は、私が捕まえる……スカートと名誉のために!!」
「いや、名誉はともかく、スカートは新しいの買えばいいのでは……
それにしても、蒼奈さんが下を脱がされるのは、現金輸送車の事件と人身売買組織のアジト突入に続いて三回目。もう、パンツくらい見られても平気ですよね」
「黙りなさい、山田くん!」
病室の外では、夕日がビルの谷間を染めていた。
次なる戦いへ――蒼菜の闘志は、再び燃え上がろうとしていた。
(第202話へつづく)
(あとがき)













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