ミラクルナイト☆第188話
——鄙野・魔界本拠地にて
ぺたり。
冷えた畳の上に、大きなクッションと抱き枕。
その中心で、魔界の主がぐで〜んと寝転がっている。
「むぅ〜〜〜……なんで“可愛さ比べ”に勝てなかったの〜……あたしのカガミン、めちゃカワだったのにぃ〜〜……」
うらめしげに天井を見つめるコマリシャス。すでに3杯目のバニラミルクを飲み干した後だった。
「姫、そろそろ気持ちを切り替えていただきとうございます」
と、畳を滑るように近づく老執事・じいや。盆の上には紅茶と焼きマシュマロ。
「次の作戦に向け、皆が集まっておりますゆえ……」
「うぅぅ〜〜、また作戦会議ぃ?めんどい〜〜〜〜!!」
「でも、コマリシャス、今なら“水都側に精神的動揺”がある。ミラクルナイトの迷い、あれは使えるわ」
冷ややかな声でそう言ったのは、壁際の座椅子に優雅に腰掛ける御祖紗理奈。腕を組み、足を組み、しかし視線だけは幼女に向けられている。
「……うぅ、紗理奈に言われたら断れない〜……」
やがて小さな体を起こしたコマリシャスは、ぷくっとほっぺを膨らませながら言った。
「わかったっ!じゃあ、今度は“自信喪失攻撃”でいく!“可愛さ”に迷ったヒロインには、“劣等感”でトドメなのだ〜〜っ!」
「それは良案。幻覚や心理攻撃を中心に据えれば、直接的な戦闘力に頼らずとも戦えるわね」
紗理奈は、スッと電子パッドを取り出してメモを取る。
「つまり……次の魔物は、ミラクルナイトの心の弱点をついて、“自分なんて可愛くない”“私には守る資格がない”って思わせる方向で」
「へっへっへ〜!そんで最後は、どーんと恥ずかしい格好にされて爆笑されるといいんだよなぁ〜!」
とちゃっかり口を挟むのはタンポポタイ。相変わらずのハイテンションで、すでに作戦ボードに落書きを始めていた。
「じゃあ、次に作るのは……えーとえーと、“お花っぽくて、笑顔が毒っぽくて、女の子のプライドをちょっとえぐる”感じの魔物がいいな〜!」
「それって……前に奈理子を襲った“アマリリス女”みたいなタイプ?」
「そうそうっ!アマリリス女、あの子よかったよね〜!もうちょっと毒増しで、もっといやらしくしてさぁ〜〜!」
「……あたし、ミラクルナイトの泣き顔が、ほんっと好きなんだよねぇ」
そのときのコマリシャスは、まるで好きなアイドルを追う熱狂的ファンのような、狂気と愛の入り混じった笑顔を浮かべていた。
「うふふ……じゃあ、決まりっ。次の魔物のテーマは、“劣等感”!」
彼女は魔法陣の中心に立ち、小さな指先でくるりと円を描く。淡い紅の光が漂い始め、またひとつ魔物がこの世界に生まれようとしていた。
「“自分なんて可愛くない”って……あの子に思わせてあげるんだぁ〜。あたしみたいに“最高に可愛い”子じゃないって……ね?」
闇のなかで微笑むその姿は、まるで憑かれた人形のようで——
だが、その想いはどこまでも本物だった。
午後五時。
制服姿の野宮奈理子は、駅前の商店街を一人歩いていた。手にはクラスの友達に頼まれた買い物袋、髪には汗が張り付き、どこか表情は冴えない。
(……また、前回も。変身して、恥ずかしいところ見られて、やっと勝っただけ)
通りすがりの女子高生たちが、スマホを見ながら笑っていた。
「ほら見て〜!昨日のミラクルナイト、転んだ瞬間めっちゃ可愛い!スカートばさってなってさ〜」
「ね〜。でもあの子、弱くない?中学生のドリームキャンディの方が強いよね?」
(やっぱり、そう思われてる……)
足が止まったそのときだった。
カラン……カラン……
場違いな音が耳に届いた。古びた陶器のような靴音。音のする方を見ると、商店街の角、シャッターの閉まった路地裏に、一人の女性が立っていた。
ふわりと広がる花びらのようなドレス。
白磁のような肌。
目元に貼りついたような笑み。
そして頭には一輪のシクラメン。
「こんにちは、ミラクルナイト。ずいぶん悩んでいるみたいね?」
「……誰?」
その瞬間、周囲の雑音がふっと消えた。気づけば人々の姿が薄れていき、まるで奈理子だけが世界に取り残されたような静けさ。
「わたくしの名前は、シクラメンポタリー。あなたのために、プリンセス・コマリシャス様が咲かせてくださった、劣等感の花よ」
「っ……!また魔界の……!」
「そんなに身構えなくてもいいのよ。わたくし、あなたと話がしたいだけ。だって——あなたも、気づいてるでしょう?」
シクラメンポタリーが手をひらひらと振ると、花びらのような幻影が舞った。
すると周囲の景色が一変。商店街は、今朝の学校の教室へ、そして——
奈理子がノートを開きながら、成績表にため息をついていた場面へ。
「数学も英語も、年下のドリームキャンディの中の子には勝てない」
「運動会じゃビリだったんでしょう?」
「変身しても、すぐに泣いて、捕まって、恥ずかしい姿ばかり見せて……」
「……やめてっ……っ!」
目を覆っても、幻影は消えない。むしろ、奈理子の心の奥にひそむ声を、そのまま拡声器で流されているような感覚。
「なのに、なんで愛されるの?応援されるの?あなたが“可愛い”のは、ただ“守られてる”から。弱さを武器にしてるだけよ」
「違っ……そんなつもりじゃ……!」
「でも、あなたも知ってるでしょう?強い子、賢い子、笑顔でいられる子……みんなの“憧れ”は、そういう子」
シクラメンポタリーのスカートがふわりと揺れるたび、幻影の中で、ドリームキャンディやセイクリッドウインドが賞賛される映像が浮かび上がる。
「あなたは——“その代わり”に選ばれただけ。純白の天使?奇跡のヒロイン?それ、全部“誰かが勝手に付けた名前”よ」
奈理子の目から、ひとしずく涙が落ちた。
手にしていた買い物袋が落ちる。リンゴが転がる。
「……やっぱり、私なんか……」
(私なんか、最初から、ヒロインじゃなかったんだ……)
幻影の教室。
誰もいない廊下。
笑い声だけが空虚に響いていた。
(かわいくなんてない)
(みっともないところばっかり見られて)
(いつも誰かに助けられて)
(あたしは、“憧れ”なんかじゃない)
膝をついた奈理子の手が、コンクリートの地面をぎゅっと掴んだ。
「ねえ、もうやめてもいいのよ?」
シクラメンポタリーの柔らかな声が、耳元にそっと吹きかけられる。
「戦わなければ、痛くもない。恥をかかなくて済む。可愛いなんて言われなくても、生きていけるわ」
「……」
「だって、あなたは、あなた自身が“自分を許してない”のでしょう?」
静かな風。
沈黙。
それでも。
「……それでも……!」
小さな声だった。けれど、それは明確な拒絶だった。
「それでも……誰かが見てくれてるって……信じたいの」
ゆっくりと、奈理子の背中が伸びていく。
「ドリームキャンディが言ってくれた……“弱いけど、守りたいって思える子”って」
「セイクリッドウインドが言ってくれた……“あなたは、心が折れないからすごい”って」
「ファンのみんなが言ってくれた……“ミラクルナイトが好き”って」
「……だから、もう一度……!」
光が灯る。
ポーチの中のアイマスクが、静かに輝きを放つ。
奈理子は、よろけながらも立ち上がり、アイマスクをぎゅっと握りしめる。
「私は、“ミラクルナイト”なんだから……っ!」
その一言に、シクラメンポタリーの笑みが初めて、少しだけ揺らいだ。
「ふふ……へえ……」
「私を笑えばいい。弱いって言えばいい……でも、それでも——!」
彼女の瞳が、まっすぐシクラメンポタリーを捉える。
「“それでも”戦うって決めたのは、私自身だから!」
奈理子がアイマスクを装着したその瞬間、幻影が砕けた。
風が吹き抜け、現実の水都の風景が戻ってくる。
シクラメンポタリーは、スカートの裾をふわりと揺らしながら、優雅に一歩引いた。
「なるほど。あなたは、言葉じゃ折れないのね」
「何度でも、立ち上がるよ」
「じゃあ次は……身体で、折ってあげるわ」
シクラメンポタリーの瞳が紅く染まり、次なる“本格戦闘”への幕が静かに上がる。
「じゃあ……いきますね?」
シクラメンポタリーが手を振る。
その所作はまるで、午後のティータイムにカップを差し出す貴婦人のように優雅だった。
だが、次の瞬間、**ぶぉんっ!**と風を切る音が生まれる。
シクラメンポタリーのスカートがパキリと音を立て、陶器のような破片が空気を裂いてミラクルナイトへ飛ぶ!
「っ……!」
ミラクルナイトは体をひねりながら、紙一重で回避。コスチュームの肩布が裂け、地面にぱたりと落ちる。ミラクルナイトはとっさに片手で露出した肩と白いブラジャーを隠す。
「スカートの破片……まさか、それごと攻撃してくるなんて!」
「ふふ、言ったでしょう? わたくしのドレスは、“可憐で残酷”なのよ」
シクラメンポタリーが軽くステップを踏むと、ドレスの裾がまるで舞踏会のように広がる。
そこから、シクラメン・ブレス——ほのかに甘く、しかし鼻に刺さる香りの霧が放たれた!
「くっ……この香り……頭が……」
目が霞む。意識が揺れる。
そしてまた、幻影が脳裏にちらつく。
「私なんか……私なんか……」
(いや、違う……!)
ミラクルナイトは地面を蹴る!
ぶん、と振り抜いた拳が霧を割り、シクラメンポタリーの顔すれすれをかすめた!
「……ふふ、惜しいわね」
シクラメンポタリーの体がするりと後退。
滑るような後方ステップで距離を取りながら、再びスカートの破片を――今度は八枚同時に投擲!
「はあああああっ!!」
ミラクルナイトは叫びと共にその間を駆け抜ける。
破片が頬をかすめ、血が滲む。だが、怯まず、立ち止まらず!
「あなたの攻撃は冷たい。でも、わたしの拳は……あたたかいからッ!」
叫びとともに繰り出したのは、ミラクルナイトの接近戦必殺技——
ミラクル・パンチ!
正面から、シクラメンポタリーの陶器の胸元へ、掌底一撃が突き刺さる!
「くっ……!」
鈍い音と共に、シクラメンポタリーのドレスがヒビを刻む。
花びらがはらりと落ちる。
シクラメンポタリーは数歩後ずさりながら、スカートを押さえ、静かに息を吐いた。
「……わたくしの……花が……」
「あなたは、強いふりをしてるだけ……」
ミラクルナイトの瞳は、もう揺れていない。
光を宿し、風をまとい、衣装が泥にまみれていても、姿勢は美しかった。
「“本当の可愛さ”って、諦めない気持ちでできてるのよ!」
「……!」
シクラメンポタリーは、はじめて表情を歪めた。
その瞳には、怒り、嫉妬、そして微かな怯えさえ浮かんでいた。
「あなたのその……何度でも立ち上がる姿が……!——いちばん醜いのよ!!」
絶叫と共に、シクラメンポタリーが最後の力を振り絞る!
花びらが千切れ飛び、ドレスの下から現れたのは、**魔界の黒い茎と根のような“触手状の脚”**だった!
「このまま終わってなるものですか……っ!!」
闇色の茎が地面を叩き割り、ミラクルナイトに襲いかかる!
「私だって、簡単に折れたりしないッ!!」
ミラクルナイトは再び飛ぶ!
水都の夕日を背に、彼女の姿は誰よりも美しく、強く、輝いていた。
「これで……終わりにするっ!」
ミラクルナイトの右手に、アクア・ティック・ラプチャーの水のオーラが集まる。
青白い螺旋が渦を巻き、拳の奥に奇跡の力が凝縮されていく。
目の前では、シクラメンポタリーが崩れ落ちていた。
陶器のような肌に亀裂が走り、花びらの飾りはちぎれ落ち、ドレスの裾は破れ、もはや貴婦人の姿ではなかった。
それでも——彼女は笑っていた。
「やっと……やっと、割ってくれたわ……」
「……なに?」
「わたくしの心は、ずっと……こんなふうにヒビだらけだったの。みんなに愛されるあなたが、心から憎らしかった」
「……」
「でも……戦ってる間、ふと思ったのよ」
割れた顔に、はじめて柔らかな笑みが浮かぶ。
「あなたって……ほんとうに、可愛い子ね……」
その言葉に、ミラクルナイトの動きが止まった。
アクア・ティック・ラプチャーの光が、手のひらで揺れる。
「……それでも私は……あなたを倒さなきゃいけない。あなたが、また誰かを傷つけるなら……!」
そう言いながら、奈理子の瞳には、涙が浮かんでいた。
(でも……この魔物も……)
(誰にも愛されなくて、寂しくて、だからこんなふうに……)
手が震える。
力が、こぼれる。
光が、揺らぎ、そして——消えた。
「……行って」
「……!」
「今のあなたなら、きっともう誰かを傷つけたりしない。そう信じて……とどめは、刺さない」
「……どうして?」
「“カワイイ”って、誰かを踏みつけて得るものじゃない」
「自分の中にある、優しさとか、強さとか、そういうの全部……信じることから生まれるって、あたしは思うから」
「……!」
風が吹いた。
静かに立ち上がるミラクルナイトの背後に、陽が差し込む。
その白と水色のコスチュームが、あまりにも清らかに輝いて見えた。
その光景に、シクラメンポタリーは呆然としたように呟いた。
「あなた、本当に……奇跡のヒロイン、なのね……」
そして、彼女の身体が光の粒に包まれていく。
魔界への転送陣が開き、彼女の残骸を回収し始めた。
「プリンセス・コマリシャスが……あなたを“可愛い”と認めていない理由……少し、分かった気がするわ」
「それは、褒めてくれてるの?」
「ええ……もちろんよ。だって、わたし……いま、ちょっとだけ……あなたみたいになりたいって、思ってるもの」
——すう、と風が止んだ。
光が消える。
残されたのは、夕暮れの静かな水都公園と、ぽつりと立ち尽くすミラクルナイト。
そして、その目元から一筋の涙がこぼれた。
「また、誰かが救われたのなら……それだけで、きっと——」
風が吹いた。
水都の空に、今日も“奇跡”は咲いていた。
薄曇りの夜。
鄙野の山中、かつて観光地として栄えた温泉旅館の跡地。今は、魔界の波動が常に漂う、コマリシャスの根城である。
コト……コト……
靴音ではなく、陶器の破片が畳に落ちるような音が、静かに広がった。
そこに膝をついていたのは、ボロボロになったシクラメンポタリー。
ドレスは破れ、花びらの飾りは萎れ、白磁の肌は無数のヒビで覆われていた。
だが、その目だけは、何かを乗り越えたように澄んでいた。
「……戻りました。プリンセス・コマリシャス様」
その声はか細く、けれどどこか満ち足りていた。
「おかえりぃ〜〜っ!!よく頑張ったね、シクラメンポタリーぇ〜!!」
クッションの山から飛び降りたのは、小さな影。
コマリシャスだった。
「えっ、あの、でも……わたし、勝てませんでした……。ミラクルナイトを倒せなくて……」
「うんうんっ、それでいいのっ!!むしろ最高っ!!あたし、見たよぉ!あの子が涙流してたの!」
「……え?」
「“とどめを刺すかどうか”で、あんなに迷わせたの、すっごい成果じゃん!あの白いやつ、優しさっていう“弱点”さらけ出してたもん!」
「ひひひっ、バッチリ録画してあるぞ〜」
現れたのは、カラフルなネクタイをなびかせたタンポポタイ。手には携帯型の魔界カメラ。
「この奈理子の“戸惑い顔”、10回くらいリピートできる〜〜」
「録画の後で、私が編集しておきますね」
物陰から、Tシャツ姿の御祖紗理奈が現れる。淡々とした声色だが、その瞳にはわずかな安堵が宿っていた。
「コマリシャス、あなたがこの子に何を託していたのか……よく伝わったわ」
「でしょ〜〜?」
コマリシャスは、ひび割れたシクラメンポタリーの頬にちょんっと指を当てた。
「キミは、“傷ついても咲く”ってことを見せてくれた。それって、すっごく“可愛い”んだよ。あたし、ちょっと泣いちゃったしぃ〜」
「……あの子も……言ってました。“それでも戦う”って」
「ねぇ、シクラメンちゃん。もし、また魔界で直してあげたら……次は“誰の心”を咲かせたい?」
シクラメンポタリーは、少しだけ考えて——
陶器のような唇をわずかにほころばせた。
「……次も、ミラクルナイトに会いたいです。今度は、もっと正面から……可愛さじゃなく、強さで向き合いたい」
「ふふ〜ん♪ その答え、100点満点で99点っ!」
「減点されてる!?」
「1点は、もっとあたしを褒めてくれてもよかったからね〜〜!」
わはは、と笑うコマリシャス。
その小さな身体からにじむのは、ただの支配者ではない、“魔界的な親心”にも似た何か。
紗理奈はそれを見て、ふっとため息をついた。
「コマリシャス……あなたって本当に、“他人の涙”に惹かれるのね」
「だってね、紗理奈ぁ〜」
パジャマの袖をひらひらさせながら、プリンセスは言った。
「可愛いって、“誰かが泣いた後に残るもの”だと思うんだよ?」
その言葉が、闇の中に溶けていく。
そして、新たな“計画”が、静かに動き出そうとしていた——。
(第189話へつづく)












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