ミラクルナイト☆第211話
【穢川研究所・最上階、社長室】
分厚い防音扉が閉ざされ、重厚な机の奥に座るのは社長・勅使河原。
その左右には、側近の渦巻と、タイトスカート姿の社長秘書・多実が控えていた。
ソファには白衣姿の研究部門の責任者・九頭。
序列は明確――勅使河原>九頭>渦巻>多実。
「――以上が、今回のネバヤナギ女の戦闘記録です」
九頭博士は姿勢を正し、ホログラム映像に粘液まみれのミラクルナイトとセイクリッドウインド、そして勝利を確信するネバヤナギ女の姿を映し出した。
「ほぅ……見事に二人を叩きのめしたな」
勅使河原の低い声に、渦巻が鼻で笑う。
「やはり三種合成は正解だったようで」
九頭は頷く。
「はい。ミラクルナイト、セイクリッドウインドに対しては完勝。完全に戦闘不能に追い込み、羞恥と屈辱を最大限に与えました」
多実は無言で映像を見つめるが、その目は一瞬だけ揺れた。
映っているセイクリッドウインド――風間凛。
(……社長の元愛人……)
その事実を知る自分としては、彼女が粘液にまみれ晒される様子を見るのは、複雑な感情を呼び起こした。
「……しかし、ドリームキャンディには?」
勅使河原の問いに、九頭はわずかに視線を落とす。
「はい。油断があり、彼女の必殺技を受けて撤退を余儀なくされました」
渦巻が口元を歪める。
「中学生相手に“油断”とは、笑えませんな」
だが勅使河原は表情を変えず、机上の指を軽く叩いた。
「それでも、あの二人を完膚なきまでに辱めたのは評価に値する。……九頭、ネバヤナギ女には引き続き風間凛を狙わせろ」
多実の肩がわずかに動いた。
(……やはり……)
「もちろん、ミラクルナイトもだ」
勅使河原は続ける。
「今回で二人の戦意は揺らいだはずだ。次は心を折る」
「御意」
九頭が深く頭を下げる。
社長室に静寂が戻る中、多実はメモを取りながらも、心中のざらつきを抑えられなかった。
(……風間凛、あなたはまた狙われる。あの人の決定で……)
重厚な空気だけが、社長室を支配していた。
【穢川研究所・地下の生体兵器研究室】
薬品と培養槽の匂いが漂う中、九頭博士が重い扉を押し開けて入ってきた。
「――社長のお墨付きが出たぞ」
白衣の裾を翻しながら告げるその声に、作業台でデータ整理をしていた絹絵が顔を上げた。
「ということは……ネバヤナギ女の継続運用、正式決定ですね」
奥の椅子に足を組んで座っていたのは、人間の姿に変化したネバヤナギ女――
柳瀬 澪華(やなせ れいか)。
長い黒髪をポニーテールにまとめ、切れ長の瞳と色気のある微笑を浮かべる美女だ。
その眼差しには、昨夜の戦いで得た手応えと、次なる獲物への執着が宿っている。
「ふふ……存分に風間凛を責められるってことね」
澪華はゆっくりと立ち上がり、実験台の端に手をつく。
「昨日は……あの風間凜のあられもない顔を、もっと見られると思ったのに……中学生に横槍を入れられたせいで中途半端になったわ」
「だからこそだ」
九頭はモニターに昨夜の戦闘記録を映し出し、凛と奈理子の粘液まみれの映像を巻き戻す。
「今回の作戦で、凛は羞恥に弱いことが改めて証明された。あとは、その状態で長時間戦闘を強いらせればいい」
絹絵が端末を操作しながら提案する。
「戦場を公共性の高い場所に設定すれば、自然と人目に晒されます。凛を変身前から監視して、無防備な瞬間を狙うのが得策かと」
澪華の唇が艶やかに歪む。
「いいわね……次は、もっと多くの人に……全国どころか、世界中に“あの凛”を見せつけてあげる」
九頭は腕を組み、低く笑った。
「舞台は……そうだな、タワー前広場だ。平日夕方、通勤客で溢れる時間帯に仕掛ける」
研究室の空気は、次の作戦に向けてさらに濃く、湿ったものへと変わっていった。
青白い光に照らされた机の上に、ホログラムの地図が広がっていた。
その中央には「水都タワー駅前広場」の立体映像。
九頭博士は指先で地図をなぞりながら口を開く。その指が、水都公園で止まった。
「……やはり狙いは奈理子だ。放課後、必ずここを通る。ここで奈理子を拉致。人混みの中でなら、変身の隙も作れる」
「凛を直接狙わないの?」
柳瀬澪華――ネバヤナギ女の人間態が、細い眉を上げた。
「水都神社に住み込みで働く凛を狙うのは難しい。神域に踏み込めば市民の支持を失うからな」
九頭は淡々と答えた。
絹絵が端末を操作しながら補足する。
「奈理子を大勢の前で拘束し、衣服を溶かして“全国放送”すれば、凛は必ず現場に駆けつけます。感情的に動くタイプですから」
澪華の口元が艶やかに歪む。
「ふふ……つまり私は、あの純白の天使を人前で溶かして……それを見て飛び込んできた凛も、まとめていただくわけね」
九頭は頷き、映像を切り替える。
ステージや大型ビジョンが設置された広場の図面が浮かび上がる。
「広場中央のイベントステージを占拠しろ。サーチライトとビジョンを使って、羞恥を最大化するんだ」
「観客を集めるのは私の粘液演出でどうとでもなるわ」
澪華は椅子から立ち上がり、腰に手を当てる。
「でも……前回みたいにドリームキャンディが来たら?」
九頭は薄く笑った。
「ウブなドリームキャンディは羞恥攻撃に脆い。すぐに逃げるはずだ。奈理子と凛を完全に拘束した時点で作戦は成功。捕獲は二の次、晒すことが目的だ」
「了解しました」
絹絵は端末を閉じ、九頭に頷く。
澪華はゆっくりと長い髪を指に巻きつけ、妖艶な笑みを浮かべた。
「次こそ……三人まとめて、忘れられない夜にしてあげる」
九頭の指先が机を軽く叩く音だけが、湿った空気の中で響いていた。
【放課後の水都女学院高校】
水色のセーラー服姿の野宮奈理子は、教室で友人たちと笑顔で別れを告げると、鞄を片手に昇降口を出た。
いつも通りの帰宅路――水都公園の遊歩道。
秋の風が涼しく、制服のスカートが軽やかに揺れる。
「今日は…早く帰ってお風呂入って、パックでもしよっと」
奈理子は鼻歌まじりに歩きながら、川沿いの遊歩道へ足を踏み入れた。
水面がきらめき、ジョギングする人や散歩中の老夫婦、ベンチで本を読む学生の姿がある。
そんな穏やかな風景の中――。
ベンチ脇の街灯の影に立つ、長い黒髪の女性が奈理子をじっと見つめていた。
柳瀬澪華。人間態のネバヤナギ女だ。
すれ違いざま、澪華は低く囁いた。
「……あなた、水都の守護神でしょう?」
奈理子は足を止め、きょとんと振り返る。
「え…? どなたですか?」
その瞬間――。
澪華の足元から濃緑色の粘液が走り、蛇のように奈理子の足に絡みついた。
「きゃっ!? な、なにこれっ!」
奈理子が鞄を取り落とす間に、粘液の触手が腰へ、腕へと絡み、制服の生地をじわじわと溶かしていく。
澪華は艶やかな笑みを浮かべ、声を低く伸ばした。
「ふふ……水都公園の帰り道、油断しすぎよ、奈理子さん。今日はあなたに、もっと似合うステージを用意してあるの」
「は、離して! ここ人が――んっ!」
奈理子の口元に粘液が這い寄り、声が塞がれる。
近くのベンチの人々は、不自然な靄のようなものに包まれて異変に気づかない。
「じゃあ行きましょうか……水都タワーの前広場へ」
澪華が手を払うと、粘液の触手が奈理子を宙へ引き上げる。
制服のスカートが捲れ、白い下着がちらつく。
「んんんっ……!!」
もがく奈理子を抱えた澪華の姿は、そのまま緑色の粘液に包まれ、ゆらりと変形していく――。
次の瞬間、そこに立っていたのは、三種合成怪人ネバヤナギ女。
垂れ下がる柳の枝のような触手が風に揺れ、粘液の滴が舗道に落ちる。
「観客はもう集めてあるわ。あなたの“白いパンツ”も、あっという間に汚してあげる」
粘液の網に包まれた奈理子の体が、夜空に向けて引きずり上げられていく。
やがて、水都公園の上空から、水都タワー前の眩いライトが見えてきた――。
【夕暮れの水都タワー前広場】
観光客や仕事帰りの人々で賑わうその中心に、突如として緑色の粘液の渦が現れた。
渦が弾けた瞬間――そこには、制服どころか下着までもドロドロに溶かされ、両腕を粘液触手で吊られた野宮奈理子の姿があった。
「んんんっ……や、やめてぇぇっ!」
足先から滴る粘液がライトに照らされ、きらきらと光を反射する。
広場の頭上、大型ビジョンにも、そのあられもない姿がドーンとアップで映し出された。
カメラはなぜかローアングルからの大胆な構図、さらに謎のスローモーション再生。
無駄に凝った演出に、観衆は一瞬静まり返り――
「わあああーーーっ!!」
「おおおおーーーっ!!」
「ミラクルナイト!? いや違う、これは水都の絶対アイドル・奈理子ちゃんじゃねえか!」
「純白の天使が……純白が亡くなっているぅぅぅ!」
カメラマンたちが一斉にシャッターを切る。
望遠レンズの先には、必死に脚をすぼめながらも粘液で滑って開いてしまう奈理子の生足。
ドローンカメラが頭上からゆっくりと回り込み、その表情を至近距離で撮影する。
「おおっと、こちら大型ビジョンでも特別ズームに入りましたぁ!」
と実況する地元ケーブルテレビのレポーター。
「これは永久保存版間違いなし!」
と喜び勇んでレンズを構える週刊誌の記者。
中にはスマホで撮影しながらSNSに即アップする学生や、鼻血を押さえるサラリーマンの姿まである。
ネバヤナギ女はその騒ぎを見下ろし、妖艶に笑った。
「ほぉら、見てごらんなさい……あなたの大事なファンたちも、こんなに喜んでるわよぉ」
彼女の柳の枝のような触手が奈理子の頬をなぞり、耳元で甘く囁く。
「やっ……やめっ……そんなの……」
奈理子は顔を真っ赤にして俯くが、大型ビジョンは容赦なくアップを続ける。
「うおおおお! こっち見た! 今俺と目が合ったぞ!」
「いやいや俺だ!」
「全国中継まだー!?」
と叫ぶ観客たち。
なぜか屋台まで出始め、完全にお祭りムードになっていた。
大型ビジョンの奈理子アップが、今度は全身→バスト→太もも→顔→ローアングル→横顔と、なぜか音楽に合わせたテンポの良い編集で切り替わっていく。
BGMはやたらムーディーなサックス。
ネバヤナギ女は、片手を腰に当て、もう片方の枝触手で奈理子の顎を持ち上げる。
「ふふふ……水都の純白の天使も、今やこの通り……」
その声は広場のスピーカーを通して、観客の鼓膜をくすぐるように響き渡った。
「でもぉ〜、私が本当に狙っているのは……あなたじゃないのよねぇ〜」
意味ありげに笑うネバヤナギ女。
「この映像を見て、きっと駆けつけてくるわ……水都神社の巫女、風間凜!」
観客は
「おおっ!」
とざわつき、記者たちは一斉にカメラを構え直す。
「凛ちゃんも来るのか!?」
「巫女&天使の夢の競演かよ!」
中には
「また2人同時に裸にされたらどうする!?」
と、すでに期待で鼻の穴を広げる猛者もいた。
ネバヤナギ女は奈理子の耳元で囁く。
「凛を呼びたければ……もっと可愛く泣きなさい?」
「やっ……そんなこと……あっ!」
柳の枝が奈理子の背中を撫で、粘液がじわりと肌を這い上がる。大型ビジョンには、耐えきれず体をくねらせる奈理子の姿が拡大される。
「わぁー! 足が……!」
「粘液の光沢がたまらん!」
「奈理子ちゃーん、頑張れぇー! いや、頑張らなくてもいいぞー!」
観衆の叫びはもはや応援なのか野次なのか区別がつかない。
ネバヤナギ女は大きく両腕を広げ、まるで歌舞伎の見得のようにキメて叫んだ。
「さあ、風間凛! 大事なアイドルが皆の前で脱がされてるわよぉ〜! 出てきなさぁ〜い!」
広場の頭上、大型ビジョンに「緊急生中継 水都アイドル公開ピンチ!」のテロップが踊る。
SNSは「#奈理子救出か?」「#セイクリッド参上まだ」「#天使の涙」のハッシュタグで埋め尽くされ、全国の視聴者が固唾を飲んで待っていた。
【水都神社・社務所】
夕暮れ、事務机に向かい巫女装束のまま書類を整理していた凛。
社務所の隅のテレビから、突然甲高いアナウンサーの声が響く。
『――水都タワー前広場からの緊急生中継です! 皆さまご覧ください、水都の絶対アイドル・野宮奈理子さんが、謎の女怪人に――』
「……は?」
何気なく顔を上げた凛の視界に飛び込んできたのは、大型ビジョンに映る奈理子のあられもない姿。
粘液が肌を伝い、必死に身をよじるその姿が、全国ネットでクローズアップ。
「……あの子、また……!」
凛の眉間に青筋が浮かぶ。
テレビの画面では、ネバヤナギ女が挑発的にカメラへ手を振っている。
『セイクリッドウインドちゃ〜ん? この子を助けたいなら出ておいでぇ〜♪』
「挑発……! 私に喧嘩を売ってるわね」
緋袴の裾を翻し、凛は社務所を飛び出す。
背中で結んだ長い黒髪が揺れ、表情には怒りと焦り、そしてわずかな羞恥が入り混じっていた。
【商店街・グフグフハンバー前】
学校帰りの寧々は、制服姿のままソフトクリームを片手に歩いていた。
隣を歩くのは奈理子の弟・隆。彼も中学の制服姿で、どこか退屈そうにあくびをしている。
店頭の大型モニターが突然ニュース速報に切り替わった。
『――純白の天使が、広場で前代未聞の危機!』
画面に映し出されたのは、粘液にまみれた奈理子。
「また捕まってるじゃないの!」
寧々が思わず声を張り上げる。
隆は頭を抱え、
「……姉ちゃん、何やってんだよ」
とため息。
しかし、その目は明らかに姉があられもない姿で全国中継されていることへの複雑な感情で揺れていた。
「行くわよ、隆!」
「え、俺も?」
「当たり前でしょ、家族でしょ!」
寧々はソフトクリームを食べ切る間もなく、隆の腕を引っ張って駆け出した。
商店街の人々も
「奈理子ちゃんがまたやられた!」
とざわめき、スマホを掲げて中継画面を追いながら彼らの後をついて行く。
【水都タワー前広場】
夕暮れの広場は、すでに報道ドローンと市民でごった返していた。
中央では制服も下着も粘液で溶かされ、鉄柱に縛られた奈理子が必死に身をよじっている。
その姿は頭上の大型ビジョンにも映し出され、歓声とカメラのシャッター音がひっきりなしに飛び交っていた。
「奈理子……!」
人混みをかき分けて走ってきた凛。巫女装束のまま、汗を光らせながら群衆の端に立つ。
「わっ!凜ちゃんだ!」
「今日は巫女衣装!」
「今日も脱がされに来てくれてありがとー!」
「脱がされなんかしないわよ!どいて、通して!」
先を急ぐ凜だが人の波が厚く、広場の中央まで近づけない。
その少し離れた場所で、隆も人混みを掻き分けようとしていた。
「姉ちゃん!」
と叫ぶが、声は歓声にかき消される。
「隆!」
振り返った隆の視線の先には、商店街から駆け付けたドリームキャンディがいた。
オレンジのドレス姿が照明に映え、腰のキャンディチェーンがわずかに音を立てる。
「お、お前……」
隆は一瞬、言葉を失った。だが、すぐに目をそらし、奈理子の方を見る。
「姉ちゃんを助けられるのは、お前しかいない!」
「わかってるわ」
ドリームキャンディは隆の言葉にうなずき、視線を粘液にまみれた奈理子と、その背後に立つネバヤナギ女へ向けた。
凛は隆とドリームキャンディを交互に見て、
「……寧々と隆くん、来てくれたのね」
とだけ呟く。
「隆、私の後ろに下がって」
ドリームキャンディは低く言い、キャンディチェーンを手にゆっくりと歩み出す。
ステージのように照明が降り注ぐ広場の中心へ、ドリームキャンディが進む。
人波の中で、凛の拳は静かに震えていた。
「さあ、粘液の快楽でもう一度味わってもらうわぁ〜……奈理子ぉ〜」
ネバヤナギ女は垂れ下がる粘液まみれの枝をいやらしく揺らし、奈理子の頬を撫でる。奈理子は顔を逸らしながらも、必死に膝を閉じていた。
そこへドリームキャンディが飛び込む。
「奈理子さんを離しなさい!」
キャンディチェーンが光の軌跡を描き、ネバヤナギ女の腕を絡め取る。
「おやおやぁ〜、またやってきたわね、中学生のお嬢ちゃん。かわい〜い♡」
その瞬間、ネバヤナギ女の粘液が横薙ぎに飛ぶ。
「しまっ——!」
ドリームキャンディは避けきれず、胸元からドレスにかけてドロリと粘液を浴びた。
「うあっ……! な、何これ……っ!」
甘く湿った匂いが鼻を突き、布地が溶けて肌が露わになっていく。
「ふふっ♡ あなたも奈理子みたいに……みんなに見られながら蕩けちゃいなさい♡」
ネバヤナギ女はわざと観客側にドリームキャンディの背を向け、ゆっくりと枝を這わせていく。
「や、やめなさいってばっ……!」
しかし粘液のぬめりが動きを奪い、観客席からは
「中学生まで!?」
「おいおいニュースだぞ!」
と野次と歓声が入り混じる。
その瞬間——
「そこまでよ、ネバヤナギ女!」
群衆の後方から巫女装束の凛が飛び出し、その身体を緑色の光が包み込む。
「セイクリッドウインド——見参!」
変身完了と同時に、鉄扇ガストファングが閃き、ドリームキャンディの身体を縛っていた粘液を切り裂く。
「凛さん……!」
ドリームキャンディが振り返るが、その顔は羞恥と悔しさに濡れていた。
「ここからは私がやる。キャンディは下がって!」
セイクリッドウインドは一歩前に出る。背後では、奈理子が粘液にまみれたまま必死に息を整えていた。
「おほほ……ようやく本命登場ねぇ〜、ナメコ姫ぇ〜♡」
ネバヤナギ女が妖艶に笑い、二人の間に夜風が吹き抜ける。
——そして、水都タワー前広場は、
観客と報道ドローンに包囲されたまま、セイクリッドウインドvsネバヤナギ女の最終ラウンドへ突入した。
「ネバヤナギ女の狙いは私。キャンディ、逃げなさい!」
セイクリッドウインドの声が鋭く響く。
「凛さん、ありがとう……!」
ドレスの胸元から粘液で溶け始めた布を必死に押さえ、ドリームキャンディは観客に背を向けて走り去る。
「寧々は何のために出てきたんだ……」
隆が頭を抱えたが、もう遅い。
「ようやく出てきたわねぇ……風間凛♡」
ネバヤナギ女の枝が揺れ、粘液が糸を引く。
「今日は……勝負パンツじゃなくて普段使いの方かしら〜?」
「同じ相手に何度も負けたりはしないわ!」
ガストファングを構え、緑と銀の巫女戦士が広場のど真ん中に立つ。
「待ってましたー! 水都が誇る美人巫女!」
「凛ちゃん、今日も魅せてくれーっ!」
「奈理子には無い、大人の魅力に期待だぁ〜!」
市民の声援は熱く、だがその裏にあるのは——“奈理子のように、この美しい巫女も晒されるのを見たい”という期待だった。
ど真ん中では、奈理子が“晒されヒロイン”のまま粘液にまみれて吊るされている。
その姿は観客のスマホやテレビ局のカメラに克明に捉えられ、大型ビジョンにも映っていた。
「今日は……絶対にその期待、裏切ってあげるわ!」
セイクリッドウインドが鉄扇を開き、緑の光を閃かせる。
「ふふふ……裏切られた方が燃えるって知ってる? 凛ちゃん♡」
ネバヤナギ女はゆっくりと、獲物を舐めるような視線を送る。
広場全体が、二人の間に漂う張り詰めた空気で静まり返った——
そして、次の瞬間、柳の枝と鉄扇がぶつかり合う音が響き渡った。
ガキィィンッ!
鉄扇・ガストファングがネバヤナギ女の枝と激しくぶつかり、金属音としなる音が同時に響く。
緑色の光が火花のように飛び散り、周囲の観客が
「おおっ!」
とどよめいた。
「凛ちゃん、今日は負けるなよーっ!」
「でも負けたら負けたでオイシイぞ!」
「変身しちゃったから、凜ちゃんのパンツが見れないのが残念!」
マスコミのカメラマンがレンズをカシャカシャ鳴らし、広場中央で粘液まみれで吊られる奈理子を背景に二人の戦いを必死で捉える。
奈理子は、
「見ないで…」
と顔を伏せるが、後頭部越しに大型ビジョンに自分の姿が映っているのが分かる。
「受けてばかりじゃつまらないわねぇ♡」
ネバヤナギ女が手を翻すと、しなる枝からトロリとした緑の粘液が霧状に飛び散る。
「甘い!」
セイクリッドウインドは鉄扇を高速で振り、粘液をはじき飛ばす——が、霧に紛れて一本の枝が足首に絡みつく。
「しまっ…!」
足元から絡み上がる枝に、観客が
「おおおお…!」
と色めき立つ。
テレビ中継のアナウンサーが興奮気味に実況する。
「セイクリッドウインド選手、枝に絡まれました! 粘液の滴りが非常にいやらしい角度で——」
「離れなさいっ!」
セイクリッドウインドがガストファングを逆手に持ち、枝を一閃。粘液をまき散らしながら枝が弾け飛ぶ。
観客席から歓声が上がり、
「やるじゃん凛ちゃん!」
という声が飛ぶ。
しかし奈理子は中央で太股をもじもじさせながら、観客の歓声が自分の失態への期待と入り混じっているのを感じていた。
(凛さん…お願い、早く終わらせて…)
「やっぱりいいわぁ、凛ちゃん。前回よりもずっと綺麗に、粘液が映える♡」
ネバヤナギ女が目を細め、両腕の枝を扇状に広げて襲いかかる。
セイクリッドウインドは軽やかに跳躍し、扇を広げて宙で一回転。
緑銀の光の輪が夜空に映え、観客から
「うおぉー!」
と歓声が上がる。
マスコミはすかさずその一瞬を切り取り、奈理子の真横に立つように見えるアングルで撮影。
まるで“晒された奈理子を守る巫女戦士”の絵のような構図に、SNSの生配信コメント欄が爆発的に伸びていった。
「そろそろ決めるわ!」
セイクリッドウインドが両手にガストファングを構え直す。
「ふふ、そうこなくっちゃ♡」
ネバヤナギ女が舌なめずりをしながら枝を螺旋状に伸ばし、粘液を弾丸のように連射。
観客は息を呑み、奈理子は広場の真ん中で身を小さくしながら、ただセイクリッドウインドの背中を見つめていた——。
セイクリッドウインドがガストファングを振りかぶった瞬間——
「もらったぁ♡」
ネバヤナギ女が背後の柳枝を一斉に地面に突き立てる。
枝の先端からドロドロと粘液が溢れ、地面を走るように広がったかと思うと、瞬く間に円形の“粘液の檻”が形成される。
「なっ…!」
足首からふくらはぎ、そして太ももまでぬるぬると絡みつく粘液。
冷たいのに生暖かく、皮膚の感覚を鈍らせる不快な感触がじわじわと侵食してくる。
観客は息を呑み、誰かがスマホを構えながら囁く。
「これ…奈理子ちゃんの時と同じ…!」
「凛ちゃんもやられるのか…!」
大型ビジョンには、粘液に絡まれて必死にもがくセイクリッドウインドの姿がアップで映し出される。
「凛さんっ!!」
奈理子が思わず叫ぶが、その声は観客のざわめきにかき消された。
「凛ちゃん…そのまま…! じゃなくて頑張れーっ!」
「大人の色気と戦う姿、最高だぁ!」
マスコミのカメラマンは興奮しながら連写し、実況アナウンサーは
「セイクリッドウインド選手、完全に足を封じられました! 粘液の光沢がまるで舞台衣装のよう——」
と、妙に艶っぽい語り口になる。
「さあ、前みたいに全部溶かしてあげる♡」
ネバヤナギ女が枝を引き絞り、濃度の高い粘液を一点に集中させる。
それがセイクリッドウインドの腰布から胸元へと滴り、布地がじわりと透明になっていく。
「くっ…!」
セイクリッドウインドは歯を食いしばり、必死にガストファングで枝を払おうとするが、足場を奪われた状態では動きが鈍い。
粘液は冷たく、だが芯に熱を帯びていて、肌の感覚を奪いながら布地をじわじわと侵していく。
観客席からはどよめきと歓声が入り混じる。
「やばい…もうちょっとで…!」
「カメラ寄れ寄れ!」
中央で拘束され続ける奈理子は、唇を噛みしめていた。
(お願い…負けないで…私みたいに全国中継で晒されないで…!)
だが視線の先では、ネバヤナギ女が愉悦の笑みを浮かべ、粘液の圧力をさらに強める。
「さあ…あの時の続きといこうかしらぁ♡」
枝の束が鞭のようにしなり、セイクリッドウインドの体を完全に包み込もうと迫る——。
「もう…お終いよぉ♡」
ネバヤナギ女の枝が完全に閉じ、セイクリッドウインドの身体を繭のように包み込む。
ぬちゅ…ぬちゅ…と粘液の音が大きくなり、布地はほとんど透け、呼吸さえ奪われそうだ。
「くっ…」
凛の額に冷たい汗が伝う。観客の声援も、今は皮肉な期待の混じった歓声にしか聞こえない。
「凛ちゃん…ああ、もう…これは見ちゃいけないのに見ちゃう…!」
「こっち向いてくれー!」
大型ビジョンは粘液に包まれた彼女の姿をクローズアップ。実況アナは
「これは危険な領域に突入だぁぁ!」
と妙に嬉しそうに叫ぶ。
(…このままじゃ、あの時と同じように…)
セイクリッドウインドの瞳が細く光る。
(だったら——封じていた、あの姿を…!)
「ネバヤナギ女…お前にだけは、二度と負けない…!」
彼女の全身から緑と銀のオーラが噴き上がる。粘液がその光に弾かれ、一瞬だけ拘束が緩む。
「セイクリッドウインド…二段変身——!」
凛が胸元に手を当て、呪文のような低い声を響かせた。
次の瞬間、彼女の姿は緑銀の巫女戦士から、茶色とベージュを基調にした妖艶なきのこ戦姫——
ナメコ姫へと変貌する。
腰まで垂れるマントのような菌傘飾り、全身を覆う粘膜めいた光沢のある衣装。
指先からは、自らの粘液が糸のように垂れ落ち、地面に落ちるたびに小さく煙を上げる。
「な、ナメコ姫だとぉぉぉ!?」
「昔ミラクルナイトと死闘を演じた凜ちゃんのもう一つの姿っていう…あの?」
「え、ナメコのお姫様!?」
野次馬の中年男性が鼻血を垂らし、女子高生がスマホを構えながら
「エモすぎる…」
と呟く。
マスコミのカメラマンは三脚ごと前のめりになり、実況アナは興奮で声を裏返す。
「皆さんご覧ください! 水都の美人巫女セイクリッドウインドが、まさかの…まさかのナメコ姫に! これはレアな的瞬間です!」
大型ビジョンには、菌傘をなびかせて立つナメコ姫の艶姿がアップで映し出され、画面隅には「#ナメコ姫復活」が瞬く間にトレンド入りしていく。
「へぇ…その姿になれるとはねぇ」
ネバヤナギ女の口元が吊り上がる。
「粘液には粘液で…ってことかしら? 面白いじゃない…!」
「試してみる?」
ナメコ姫が指先を軽く弾くと、地面に菌糸のような模様が広がり、そこからとろりとした金色の粘液が湧き上がる。
ネバヤナギ女の粘液とぶつかり合い、互いにヌルヌルと絡み合いながら、まるで生き物同士が争うように動き始めた。
観客は歓声と悲鳴を同時に上げ、奈理子は中央で息を呑む。
(あの姿…凛さん、本気だ…!)
ネバヤナギ女の枝から滴り落ちる深緑色の粘液と、ナメコ姫の金色の粘液が、地面でぶつかり、じゅうじゅうと湯気を上げながら押し合う。
「ククク…どっちが先に溶け尽きるかしらぁ…」
「いいえ、先に音を上げるのはそっちよ!」
二人の足元はすでに粘液の海。踏み込むたび、ずぶっ…と音を立てて脚が沈み、ふとももまで絡みつく。
それでもナメコ姫は躊躇わず前に出る。
粘液が跳ね、全身に斑点のように飛び散る。
ナメコ姫が右手を振ると、金色の粘液がムチのようになってしなり、ネバヤナギ女の肩を叩きつけた。
「ぐぅっ!」
ネバヤナギ女の身体がわずかにのけぞる。
「ナメコのクセに…っ!」
「可愛らしく、“ナメコ姫”と呼びなさい!」
ナメコ姫が返すと同時に、足元から金色の菌糸が伸び、ネバヤナギ女の足首を絡め取る。
「くっ…ナメコ姫にこれほどの力が……」
ネバヤナギ女の額に初めて焦りの色が浮かぶ。
セイクリッドウインドとして戦い続けてきた日々が、ナメコ姫としての潜在能力を引き上げていたのだ。
「戦いの経験は、私をお姫様から戦士に変えたのよ!」
ナメコ姫が粘液の海を蹴り、しなやかな動きで間合いを詰める。
「うぉぉぉぉっ!」
ネバヤナギ女が全力で枝を振り下ろし、濃緑の粘液を大量に浴びせる。
しかしナメコ姫は真っ向からそれを受け、全身がぬるぬると輝く金色に包まれる。
「これで終わりよ!」
粘液の膜を纏ったナメコ姫が、弾丸のように飛び出し、ネバヤナギ女の胸元に渾身のタックル。
金と緑の粘液が空中で炸裂し、虹色の飛沫が観客の上にまで降り注いだ。
「うああああぁぁぁっ!」
吹き飛ばされたネバヤナギ女は、水都タワーの大型ビジョンすれすれを通り抜け、そのまま広場の外れまで転がる。
立ち上がろうとするも、身体中に絡みついた金色の菌糸が完全に動きを封じていた。
「ナメコ姫の…勝ち…だ…」
ネバヤナギ女の声はそこで途切れ、枝がしおれるように力を失う。
観客席から大歓声が上がる。
「すげぇ!」
「やっぱ姫は姫だ!」
マスコミのフラッシュが連続し、「#ナメコ姫完全勝利」が瞬く間にトレンド1位に躍り出た。
「奈理子、今助けるわ!」
金色に輝くナメコ姫の両手から、ふわっと暖かい粘液の風が広がる。
その瞬間、奈理子の身体を覆っていたネバヤナギ女の深緑の粘液が、シュワシュワと音を立てて吹き飛び、霧のように消えていった。
「はぁ…はぁ…」
自由になった奈理子は、地面に膝をつく。
ナメコ姫はそっとその肩に手を置き、柔らかな笑みを浮かべた。
次の瞬間、ふわりと光が舞い、ナメコ姫はセイクリッドウインドの姿を経ずに変身解除。
そこに立っていたのは、白衣と緋袴の水都神社の巫女、風間凛。
「寒かったでしょう、これを着なさい」
凛は迷いなく緋袴を脱ぎ、裸の奈理子の肩にふわっと掛ける。
「り、凛さんは…?」
奈理子が見上げると、凛は白衣姿。その姿は純白の天使そのものだった。
周囲の市民の視線が一斉に集まった。
「おおおっ! 袴を脱いだ巫女!」
「これは貴重映像だ!」
「袴の下はこんなだったのか!」
カメラマンのレンズがカシャカシャと高速連写音を立てる。
奈理子は緋袴をぎゅっと抱き締め、
「凛さん…ありがとう…」
と震える声を漏らした。
「よく頑張ったわね。もう大丈夫」
凛はそんな奈理子を、ふわりと包み込むように抱き締める。奈理子の頬が凛の胸元に触れ、微かに襦袢越しの温もりが伝わった。
広場のあちこちから感嘆の声があがる。
「おお…純白巫女と純白の天使の抱擁だ…」
「まるで映画のワンシーンだな…」
「おい、ズーム!ズームだ!」
テレビ局の中継車の中で、ディレクターが
「神回だぞこれ!視聴率爆上がり間違いなしだ!」
と絶叫していた。
奈理子は涙をぽろぽろ流しながら、
「私…ネバヤナギ女に…二度も裸にされて…もう、嫌…」
と凛の胸に顔を埋めた。
「大丈夫。奈理子は水都の誇りよ」
凛は奈理子の頭を撫で、静かに囁く。その姿に、普段は野次しか飛ばさない市民たちからも、自然と拍手が沸き起こった。
マスコミのマイクが差し出され、リポーターが興奮気味に叫ぶ。
「今の気持ちをお願いします!水都一の美少女と美人巫女の感動的勝利です!」
しかし、凛は奈理子を抱きかかえたまま一言。
「インタビューはまた今度。奈理子を休ませてあげたいの」
そう言って、緑色の光に包まれ、2人はふわりと夜空へ飛び立っていった。
下で見送る市民たちの中には、スマホを掲げて
「今日の映像、一生保存だな」
と呟く者、「袴脱ぎ巫女抱擁事件」と即座にSNSにタグをつける者もいた。
その夜、水都のタイムラインは、奈理子と凛の抱擁写真で埋め尽くされることになるのだった。
◆翌日の水都タイムライン――
早朝5時、まだ新聞配達員すら眠そうに自転車をこいでいる時間帯。
SNSではすでにタグ「#袴脱ぎ巫女抱擁事件」が急上昇ワード1位を独走中。
発端は昨夜のテレビ中継と市民のスマホ動画だった。
【市民投稿①】
《水都タワー前で凛ちゃんと奈理子ちゃんが抱き合ってた!尊すぎて鼻血出そう!》
写真:緋袴を纏った奈理子と白衣姿の凛が抱き合う瞬間。背景に「キャー!」と口を押える女子高生。
【市民投稿②】
《#袴脱ぎ巫女抱擁事件
完全保存版。絶対消すな》
GIF動画:凛が緋袴を脱いで奈理子にかける→抱擁→カメラマンのレンズがズームイン→奈理子の頬が凛の胸にすり寄る。
【市民投稿③】
《純白巫女×緋袴天使=最強百合カップル》
コラ画像:凛と奈理子の後ろに薔薇の花びらが舞い、タイトルロゴ「愛と戦いの水都」が付けられている。
午前中にはニュースサイトも便乗。
【水都タイムズ】
《水都の守護神、美人巫女と抱擁! 市民熱狂、経済効果は2億円?》
本文には「セイクリッドウインドの凛さん、実は神社の巫女であり…」と経歴紹介まで。
さらに悪ノリ勢も参戦。
【ネタ職人の投稿】
・奈理子の泣き顔を切り抜き、「ネバヤナギ女にまたやられた…」という吹き出しをつけたLINEスタンプ化。
・凛のスポブラ姿をゲームの格闘キャラ風に加工、「必殺技:抱擁フィニッシュ!」の文字。
・「袴なし巫女Tシャツ」「緋袴天使パーカー」が非公式に受注販売され、瞬く間に売り切れ。
午後には真面目勢が議論を開始。
【市民フォーラム投稿】
《公共の場でのヒロイン抱擁シーン、子供への影響は?》
→即座に反論《いやいや水都の誇りでしょ》《あれは文化遺産に登録すべき》
夕方には海外アカウントも反応。
《Japan’s sacred warrior in sports bra saves angel girl in public – best live TV moment of the year!》
SportsBraPriestess #MiracleKnight
夜になる頃には、どこからか流出したらしい「袴脱ぎ巫女抱擁事件・高画質4Kフル版」がYouTubeで200万再生突破。
コメント欄は「尊い」「俺も救われたい」「袴脱ぎ巫女に抱かれて成仏したい」で埋まり、
ついに「袴脱ぎ巫女」は水都市民の愛称として完全に定着してしまったのだった。
この後、奈理子が学校でこの話題をクラスメートに冷やかされ、凛が神社で観光客から「袴脱ぎ巫女様!」と呼ばれる未来が容易に想像できる状況に…。
【水都郊外・穢川研究所本館最上階、社長室】
重厚なドアが開くと、九頭が悠然と入室し、ネバヤナギ女敗北の報告を行う。
室内には社長・勅使河原、側近の渦巻、秘書の多実が揃っていた。
多実が手元のタブレットを操作し、昨夜の騒動のSNS動画を大型モニターに映す。
映し出されるのは「袴脱ぎ巫女」のタグが踊る凛と奈理子の抱擁シーン。
「“袴脱ぎ巫女”風間凛の人気は、奈理子に迫る勢いです」
多実が冷静に報告する。
「……ナメコ如きに新型が倒されるとは、信じられん」
渦巻が忌々しげに唸る。
九頭は肩をすくめ、事も無げに言った。
「薬の能力をどれだけ発揮できるかは使用者次第。風間凛がそれだけ強かっただけのことさ」
渦巻が食ってかかる。
「九頭先生、凛は我々を裏切った後で、我々から与えられたナメコの能力を開花させたというのですか?!」
「セイクリッドウインドになった後の風間凛は、実戦経験を積んでいる。それがプラスになったんだろうね」
九頭の声音は淡々としているが、その口元には薄い笑み。
「……凛は、私が知っている凛ではなくなったんだな」
勅使河原が低く呟く。
沈黙を破るように、多実が一歩前に出た。
「社長、私が風間凛を倒します」
多実――その正体はイチジク女。
かつては現場にも立ったが、今は秘書業に徹していた。
だが九頭が、あっさりと口を挟む。
「やめておいた方がいい。君ではナメコ姫には勝てないよ」
「九頭先生の言う通りだ。君は実戦から遠ざかっている」
勅使河原も静かに否定する。
そして社長は、視線を九頭へ向けた。
「九頭先生、次はどうする?」
九頭の唇がゆっくりと吊り上がる。
「“青蟹の悪魔”」
多実の眉がピクリと動く。
「……塩田さんを?」
「市民も“純白の天使”vs“青蟹の悪魔”を待ち侘びています」
九頭の声は楽しげだ。
塩田渚――シオマネキ女。
幾度もミラクルナイトと死闘を繰り広げ、市民が”青蟹の悪魔”と呼ぶ宿命のライバル。
その両腕の巨大なハサミは、これまで何度も奈理子のスカートとプライドを切り裂いてきた。
九頭はさらに付け加える。
「もちろん、パートナーは牛島くん――ウミウシ男だ」
「牛島に連絡を」
勅使河原が多実に指示を出すと、秘書は恭しく一礼して社長室を出ていった。
室内には、宿命のライバルの再戦を前にした不気味な笑みが、三人の口元に浮かんでいた――。
(第212話へつづく)














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