ミラクルナイト☆第214話
穢川研究所・社長室。
重厚な黒革の椅子に腰かけた社長・勅使河原が、窓の外の夜景を見下ろしていた。壁には時計の針が静かに回り、重苦しい沈黙を刻む。
会議卓を囲むのは、社長側近の渦巻、秘書の多実、研究部門責任者の九頭、その助手の絹枝、幹部の牛島。視線は一斉に社長へ注がれていた。
多実が立ち上がり、冷静に報告を始める。
「先日の奈理子襲撃についてです。アゲハ女とオオムラサキ女が噴水広場に出現しました。市民の前で奈理子を追い詰めましたが……結局は退却を余儀なくされました」
勅使河原の目が細くなる。
「オオムラサキ女……力を隠していたようだな。能力はどうだ?」
「はい。精神干渉を伴う羽ばたき、幻惑作用も確認されました。単純な怪力や毒ではなく、戦術型として極めて有効かと」
多実は報告書を机に置き、付け加える。
「ですがご承知の通り、アゲハ女=一花、オオムラサキ女=紫。彼女たちは研究所の直接配下ではありません。自由に操れる駒ではないのが難点です」
社長は指先で机を叩き、唇に笑みを浮かべた。
「なるほどな……面白い。だが“使えぬ駒”に固執する必要もない。我らには先生がいる」
そう言って視線を九頭に向ける。
「先生、次はどうする?」
九頭は静かに立ち上がり、眼鏡を押し上げると、重々しい声で答えた。
「既に用意しております」
その言葉に社長室の空気が少し動いた。だが、その後ろに控える絹枝が小さく身を乗り出し、控えめに口を開く。
「九頭先生……ツルバナ女=柚月さんは現在休養中ですし、クワガタハチも調整段階で……」
九頭は片手を上げて彼女を制し、社長へと視線を戻す。
「心配はいらん。戦力は整っている。それに……新たな因子がある」
勅使河原が眉をひそめる。
「因子?」
九頭は笑みを深め、声を低めて告げた。
「かつてミラクルナイトに敗れ、刑務所に収監されていたカマドウマ男――迫水が、仮出所を果たしました」
その場にどよめきが走る。牛島が低く唸った。
「カマドウマ男……奴は研究所の配下ではなかったはず」
勅使河原も短く頷く。
「確かに。研究所配下でもない外様だ。扱いを誤れば危険ではないか」
しかし九頭は揺るがぬ声音で続けた。
「迫水は出所後、行き場をなくし、私を頼って参りました。弱者を救うのも我らの役目……その力を、利用しない手はありますまい」
勅使河原は机に指を組み、にやりと笑った。
「……ふむ。さすが先生だ。行き場をなくした怪人は、最も忠実な兵になりうるかもしれん。面白くなってきた」
渦巻は黙して腕を組み、多実は冷静に記録をとり、牛島は顎に手をやって考え込む。
そして絹枝だけが、不安げな瞳を九頭へと向けていた。
――新たな嵐の布石が、研究所の一室で静かに打たれていた。
夜の穢川研究所、研究棟の一室。
硝子越しに青白い培養槽が並ぶ中、九頭は白衣の裾を正しながら、助手の絹枝に淡々と指示を与えていた。
「……調整中のサンプルは今夜中に数値を出せ。手を抜くなよ」
「はい、先生」
絹枝は冷たい眼差しでタブレットを操作し、九頭の横に控えていた。
そこへ、重々しい扉が軋む音と共に、ひとりの男が足を踏み入れた。
痩せぎすの体、異様に発達した後脚、そして陰鬱な目――かつて「カマドウマ男」として恐れられた迫水であった。
「……先生」
声は低く掠れていた。
九頭は書類から目を離し、ちらりと彼を見た。
「ふむ。やはり来たか、迫水くん」
「……」
迫水はしばし言葉を探すように沈黙した。
やがて、深く頭を垂れた。
「俺は……仮出所してからというもの、行くあてもなく彷徨っていました。
世間は俺を許さない。真面目に刑期を勤めても、あの目……虫を見るような視線に晒され続けた。
カオリさんも……鉄山も……もう、いない」
淡々と告げながら、その声にはかすかな諦念が滲んでいた。
絹枝がわずかに眉をひそめ、九頭の顔を窺う。
九頭は静かに笑んだ。
「君は昔、ドリームキャンディを倒した強豪だ。だが奈理子――いや、ミラクルナイトに魅せられて、己の力を投げ出した」
迫水の肩がびくりと揺れた。
「……ええ。あの娘の純真さに……俺は敗れたんです」
「だが、それでも今こうして私の前に立った。行き場を失い、頼る者もなく。――そうだな?」
「……はい。俺にはもう、先生しかいない。どうか、俺を……研究所の一員として、拾っていただきたい」
迫水は膝をつき、床に手をついた。
九頭の前で、カマドウマ男が虫のようにひれ伏す姿。
その光景を見て、絹枝は小さく息を呑んだ。
九頭は手元の万年筆を弄びながら、にやりと笑みを深める。
「面白い。いいだろう。……だが忘れるな、迫水。ここでの忠誠は生半可なものでは通用せん。君の身体も心も、すべて私の手の中にあると思え」
迫水は顔を上げ、深々と頷いた。
「この命、先生に捧げます。……俺を、もう一度戦わせてください」
九頭は立ち上がり、絹枝に視線をやる。
「記録しておくんだ、絹枝くん。――カマドウマ男、穢川研究所の戦力に加わる」
「はい、先生」
絹枝の声は淡々としていたが、その眼差しにはどこか冷ややかな光が宿っていた。
こうして、忘れられた強豪・カマドウマ男は再び戦列に加わり、穢川研究所の影に身を沈めることとなった。
研究所の地下実験区画。
冷気が漂う鋼鉄の室内には、拘束具付きの医療台が幾列も並び、点滴管や生体モニターが蜘蛛の巣のように絡み合っていた。
そのひとつに迫水が横たわっていた。
分厚いベルトで胸と四肢を固定され、点滴針が筋肉に突き立てられている。汗と脂に濡れた額を歪めながら、彼は呻いた。
「……これが、俺の……新しい居場所……ですか」
九頭は白衣の裾を揺らしながら、無機質な機器の前に立ち、迫水を見下ろす。
「そうだ。君はただのカマドウマ男では終われぬ。今のままでは、またミラクルナイトに翻弄されるだろう。だから私は君に更なる力を与える。跳躍力と脚力をさらに増幅し、筋繊維を強化する。加えて――新しい器官も移植する」
絹枝が無表情のままタブレットに数値を打ち込み、心拍や血圧のデータをモニターに表示させた。
「先生、血中アドレナリン値が急上昇しています。鎮静剤を追加投与しますか?」
「いや、よい。その恐怖と興奮こそが、細胞を馴染ませる」
九頭は冷たい笑みを浮かべ、銀色のケースを開けた。
中には、異様に膨張した昆虫の後肢が浸されている液体――新たに設計された「カマドウマ強化薬」だった。
迫水の目が大きく見開かれる。
「ま、待ってください先生……それを俺に……?」
「そうだ。君は既に捨てられた人間だ。だが、この薬を飲めば、人間を超えた跳躍生物――真のカマドウマ男に生まれ変わる」
九頭は「カマドウマ強化薬」が入れられた小瓶を手に、迫水に近づく。
絹枝が息を呑み見つめるが、迫水は必死に口を開いた。
「……お願いします……俺をもう一度……戦わせてくれ……!」
その言葉を聞いて、九頭は満足げに頷いた。
「良い覚悟だ。ならば生きて証明してみせろ。ミラクルナイトを打ち倒し、私の忠実な兵として名を刻むのだ」
迫水は「カマドウマ強化薬」を喉を鳴らし勢いよく飲み込んだ。
苦悶の叫びが地下室に響き渡り、やがて迫水の声は痙攣混じりの笑いへと変わっていった。
「ハッ……ハハ……! 力が……漲っていく……!」
九頭は冷ややかに言い放つ。
「――これで、君は再び『戦士』となる」
絹枝の瞳は一瞬だけ揺れたが、その感情を押し殺し、無言でモニターに視線を戻した。
地下実験場の中央。
金属製の床に設けられた格子窓の下からは、低周波の唸りが響いている。
九頭が観察デッキから腕を組んで見下ろし、その隣に立つ絹枝は憂鬱そうな顔をしていた。
「……先生、私がやる必要は本当にあるのですか」
「他に誰がいる? 君は私の最も信頼する助手であり、最も制御の効いた戦力だ。試験相手にはうってつけだ」
そう言われ、絹枝は小さく溜息をついた。
「……分かりました。命令とあらば」
その身体を淡い光が包み、姿が変貌していく。
絹枝の背から硬質の繭状の鱗粉が舞い、腹部には節くれだった殻が走る。触角が伸び、白く光沢を帯びた外骨格が現れ――彼女はモフモフ愛らしい「エビカイコ」へと変身した。
「……はぁ。正直、こんな姿を晒すのは好きじゃありません」
床の中央、迫水――いや、強化カマドウマ男が立っていた。
背中から伸びる異様に発達した後肢は、獰猛なバネのように盛り上がり、血管が浮き出ている。
彼は低く唸り、獣じみた目でエビカイコを睨みつけた。
「来いよ……! 俺はもう昔の俺じゃない……!」
九頭が冷然と声を響かせる。
「――試験戦闘、開始」
瞬間、カマドウマ男が地を蹴った。
金属床が爆ぜるほどの衝撃、そして黒い残像。
「っ……速い!」
エビカイコは反射的に繭糸を吐き出し、目の前に網を張る。だがカマドウマ男の跳躍はその上を軽々と飛び越え、逆に天井から垂直に落下してきた。
「落ちろォッ!」
分厚い脚が床を叩き割る。エビカイコは必死に横へ跳ね、かろうじて直撃を逃れた。
衝撃波だけで繭糸の壁が破れ、白い繊維が散る。
「……これが、強化の成果……!」
エビカイコの声は驚愕と諦めが入り混じる。
カマドウマ男は狂喜に満ちた笑いを浮かべ、さらに跳ね回った。
床から壁、壁から天井へ。
実験場全体を蜘蛛のように駆け巡り、空間そのものを自分の狩場に変えていく。
「どうしたぁ! もっと来いよエビカイコォ!」
九頭は観察デッキで、手を顎に当てながら静かに呟いた。
「――十分だ。速度も破壊力も、以前の比ではない」
エビカイコは悔しげに息を荒らし、繭糸を両腕から放ってカマドウマ男の動きを絡め取ろうとする。
だが彼は真上へ跳躍し、繭糸を強引に引きちぎった。
「ぬぅんッ!」
金属の悲鳴とともに、繭糸が裂け散る。
床に着地した迫水は獰猛な息を吐き、九頭の方を振り返った。
「先生! 俺はもう十分に戦える! あのミラクルナイトだって……!」
九頭は冷たく手を振り下ろす。
「やめろ。試験は終了だ」
エビカイコは安堵の息を漏らし、その姿を光に包んで人間態の絹枝へ戻った。
彼女は乱れた呼吸を整えながら、九頭に抗議するように視線を向ける。
「……先生。彼は確かに強いですが、制御が利くかどうか……」
九頭は満足げに笑んだ。
「制御など不要だ。暴走すらも計算に入れて使えばいい。――カマドウマ男は、我らの新たな刃となる」
迫水の口からは、荒々しい呼吸の合間に狂気じみた笑い声が漏れていた。
夕暮れの噴水広場。放課後、制服姿の奈理子は買い物袋を手に、少し疲れた様子でベンチに腰を下ろしていた。学生や親子連れで広場は賑わい、噴水の水音が涼しげに響いている。
「今日も平和でよかった……」
小さく息をつく奈理子。その心に、かつて説得し、逮捕へと導いた迫水の姿が一瞬よぎった。水都大学奈理子私設ファンクラブの会長成好から、迫水が出所したとの情報を受取っていたのだ。
――真面目に服役し、更生を望んだ彼。けれど、世間は決して優しくない。多羅尾さんは再び悪の手に堕ちた…
(わたしの言葉が……あの人を苦しめてしまったのかな)
胸に小さな棘が刺さったような罪悪感が広がる。
そのとき。
「おい……誰か広場の上を見ろ!」
ざわめく声に振り返った瞬間、建物の屋上から巨大な影が飛び降りた。コンクリートを粉砕して着地したその姿――昆虫めいた脚を持つ異形の怪人。
「か、怪人だっ!」
「逃げろーっ!」
市民たちの悲鳴が広場を駆け抜ける。
奈理子の目が見開かれる。
「……まさか……迫水さん……?」
怪人は冷酷な笑みを浮かべ、低い声で名を告げる。
「そうだ……俺がカマドウマ男だ。もう“迫水”じゃねえ……俺をこんな姿に戻したのは、お前だ、奈理子」
広場の人々が息を呑む。少女を指差す怪人と、その名を呼ばれた奈理子。
「わたしの……せい……?」
奈理子の顔から血の気が引いていく。彼女の胸にあった罪悪感が、鋭く抉られるように疼いた。
「わたしの……せい……?」
呟いた奈理子の頬を冷たい風が撫でた。迫水――いや、カマドウマ男の言葉は彼女の胸を抉り、罪悪感が押し寄せる。
だがそのとき、背後から怯えた子どもの声が聞こえた。
「お姉ちゃん……助けて……」
振り向けば、小さな女の子が母親の腕に縋りつきながら、涙目で奈理子を見上げていた。逃げ惑う群衆の中、誰もが恐怖に顔を引きつらせている。
――わたしが立たなくちゃ。
奈理子の胸の奥に、細いけれど確かな炎が灯る。罪悪感に押し潰されてはいけない。どんなに責められても、わたしは水都の守護神。
少女は買い物袋をベンチに置き、強く両の拳を握った。
「……ミラクル・チェンジ!」
光が奈理子を包み込み、白と水色の輝きが噴水広場に舞う。観衆の悲鳴が一瞬止まり、驚愕の視線がその姿に注がれた。
「おおっ……ミラクルナイトだ!」
「奈理子ちゃん……!」
市民の声援と混乱が渦巻く中、眩い光の中から現れたのは白い戦士。
ミラクルナイトはカマドウマ男を真っ直ぐに見据え、恐怖を押し殺すように叫んだ。
「迫水さん……たとえあなたがわたしを恨んでいても、この街を傷つけることは許さない!」
彼女の声はまだ震えていた。けれど、その姿に噴水広場の人々は一縷の希望を見た。
カマドウマ男は地を蹴り、怪力の脚で石畳を砕きながら前へ進む。
「なら証明してみせろ! 本当に俺を救ったのがお前の言葉だったのか――力で、俺に証明しろ!」
こうして、夕暮れの噴水広場を舞台に、新たな戦いの幕が上がった。
「迫水さん、わたしはあなたを傷つけたいんじゃない……!」
ミラクルナイトは震える声で説得を試みる。しかし、カマドウマ男の怒りは煮えたぎる溶岩のように収まらない。
「黙れ! 俺を地獄に突き落としたのはお前だ、奈理子!」
赤く光る複眼がギラつき、カマドウマ男の脚が石畳をえぐる。
「奈理子頑張れー!」
「カマドウマ男をやっつけろー!」
市民の声援が飛び交う。期待と野次と下心が入り混じった不思議な熱気。
「クソザコヒロインに負ける気はしねえ!」
カマドウマ男が弾丸のように地面を蹴った。
「えいっ!」
ミラクルナイトは両手を振りかざし、水色の光弾を雨のように放つ。広場にきらめく光の弾幕。だが――
「そんなもん当たるかよッ!」
カマドウマ男は驚異的な脚力で縦横無尽に飛び回り、光弾をかすりもせず掻い潜る。
「は、早っ……!」
ミラクルナイトが言いかけた瞬間、視界を裂く風圧。次の瞬間には、カマドウマ男とすれ違っていた。
「あっ……!」
奈理子は目元に違和感を覚える。手をやれば、アイマスクがなくなっている。さらに――
「きゃああああ~!」
スカートまでも剥ぎ取られていた。白い太ももと純白のショーツが夕陽に晒される。
「おー!今日も可愛いぞ、奈理子!」
「純白パンティが眩しすぎるっ!」
市民から上がる大歓声。噴水広場はまるで祭りのような熱狂に包まれる。
「ど、どこに……?」
羞恥に震えながらも敵を探すミラクルナイト。しかし視線は虚しく泳ぐばかり。
「くっくっく、どこを見ている?」
背後から響く低い声。振り返る間もなく、カマドウマ男は彼女を軽々と持ち上げた。
「あっ……やめて……!」
「奈理子、俺をそそのかした罰だ。お前の弱さ、ここで晒してやる!」
バキィッ!
稲妻のような衝撃が走る。強靭な足腰に裏打ちされたジャーマンスープレックスが炸裂し、石畳が大きく割れた。
「あっ……ぁぁ……」
ミラクルナイトの身体はマンぐり返しの体勢のままピクリとも動かない。意識はすでに飛んでいた。
「奈理子、また負けたー!」
「パンツ丸見えー!」
観衆は熱狂。ヒロインが無様に敗れる姿を、誰もが笑い、安心して楽しんでいる。なぜなら――
「この後は、あの子が助けに来るんだろ!」
「そうそう、ドリキャンのお約束だ!」
市民は知っていた。敗北したミラクルナイトを救う存在が、必ず現れることを。
そして、噴水広場に黄色い光が降臨した。光の中から現れたのは、オレンジの衣装に身を包んだ小さな巨人――中学生戦士。
「奈理子さんをイジメる者は……」
光の中から鋭い声が響き渡る。
「中学生戦士ドリームキャンディが許しません!」
黄色いリボンが翻り、ドリームキャンディが力強く着地した。広場に再び歓声が響き、戦いは新たな局面を迎えようとしていた。
噴水広場の石畳に叩きつけられ、白いショーツを晒したまま失神している奈理子。
「ミラクルナイトが…!」
「僕たちの奈理子ちゃんが瞬殺された…」
観衆は呆然としつつも、そこに漂うのは不思議な安心感。奈理子の敗北劇は“様式美”であり、このあと必ず黄金の助っ人が現れると誰もが知っていた。
「来たな」
カマドウマ男が視線を上げる。
黄色い光が夜空を裂き、広場に鮮烈に降り立ったのは、橙色のドレスに身を包んだ美少女戦士――ドリームキャンディ。
「奈理子さんをイジメる者は、中学生戦士ドリームキャンディが許しません!」
彼女の声が響くや、観衆は一斉に大歓声を上げた。
「おおおっ、待ってましたドリキャン!」
「ついに本番だ!」
「やっぱり奈理子のやられは前座だよな!」
市民たちの盛り上がりは、奈理子の存在を忘れてしまったかのようにドリームキャンディ一色に染まっていく。
カマドウマ男は、失神したままの奈理子を脚で踏みつけ、観衆に向けてぞんざいに蹴り飛ばす。
「うわぁぁぁぁっ!」
「奈理子ちゃんがサッカーボールみたいに!」
悲鳴と歓声が入り混じる中、奈理子は哀れにも噴水の縁に引っかかり、パンツ丸出しでぐったりと転がっていた。
「ザコのミラクルナイトに勝ったところで、何の自慢にもならん。俺の狙いは――」
カマドウマ男はギラリと目を光らせる。
「ドリームキャンディ!貴様を再び完膚なきまでに叩き潰すことだ!」
「同じ相手に二度も負けるわけにはいかない!」
ドリームキャンディが指を突きつけ、強く宣言する。
「今の私は、二年前の私とは違う!」
「確かに、小学生の頃よりも、ちょっとは女っぽくなったなぁ」
下卑た笑みを浮かべるカマドウマ男。
「同じ相手に二度も負けない!」
ドリームキャンディの瞳に闘志が燃える。
観衆も息を飲み、そして思い出したように口々に叫ぶ。
「あっ、そういやドリキャンは前にカマドウマ男に負けてたんだ!」
「たしか、ドリキャンがやられて最後は奈理子ちゃんが勝ったんだっけ?」
「じゃあ今日は逆のパターンか!奈理子ちゃんの無念を晴らしてくれ!」
「任せて!」
ドリームキャンディが力強く頷く。
「みんなが大好きな奈理子さんを足蹴にした、このカマドウマ男は私が成敗する!」
「フッ…俺も昔の俺とは違うぜ!」カマドウマ男が脚をしならせ、地面に亀裂を走らせる。
大歓声とどよめきが入り混じる噴水広場。
主人公・奈理子は隅っこでパンツ姿のまま気絶している。だが、戦いの主役はすでに――ドリームキャンディとカマドウマ男へと移っていた。
――噴水広場を揺るがす、第二ラウンドの幕が切って落とされる!
「今度こそ、キャンディの甘さで貴方の荒んだ心を癒してあげるわ!」
噴水広場にドリームキャンディの声が響く。彼女は腰に巻いたキャンディチェーンを鋭く振り抜いた。
「フンッ!俺の怒りや憎しみの前では、飴玉ごとき無力だ!」
カマドウマ男は脚をしならせると、異様な跳躍力で縦横無尽に飛び回った。石畳がバキバキと割れ、市民からは
「速い!」
「どこ行った?!」
と悲鳴混じりの歓声が上がる。
ドリームキャンディは必死に目で追うが、視界を裂くように突っ込んでくる「蹴撃脚」をかろうじて躱すのが精一杯だった。
「ぐっ……!」
耳を突き破るような、不快な振動音が広場に満ちた。まるで数百匹の蟲が一斉に羽ばたいているような、嫌悪感を煽る音――。
「耳が……!体が、フラつく……!」
ドリームキャンディは思わず膝をつきかける。
「そのまま集中力を失え……お前も奈理子のように、晒し者にしてやる」
幻聴のように頭に響く囁き。背筋を走る悪寒に、思わず顔を強張らせた瞬間――
ギラリと光る後脚が鎌のように変形し、風を裂く斬撃が襲いかかる!
「きゃああっ!!」
鮮やかな布切れが宙を舞い、ドリームキャンディのオレンジのドレスが真っ二つに裂けた。
衝撃の中に立ち尽くす彼女の姿は、黄色いチューブトップとブルマー姿。下着ではない、だが市民の目には十分刺激的だった。
「ドリキャンが脱がされたー!」
「ミラクルナイトの白パンツに続いて、今度は黄色ブルマーだー!」
「下着姿!これはレア映像だぞ!」
と大騒ぎになる観衆。
「ち、違います!これは戦闘用のブルマーです!下着ではありません!」
必死に弁明するドリームキャンディ。
だがファンの熱狂は収まらない。
「小学生の頃から見てきたけど……キャンディも女の子らしく成長したなぁ……」
「膨らみかけのおっぱいに、ブルマーが似合ってるぞ!」
(やめてよ……!私はアイドルじゃない……!でも……奈理子さんみたいに、可愛いだけのヒロインじゃないって証明しなきゃ!)
ドリームキャンディは大きく頭を振り、耳に残る不快音を振り払った。
そして――裂かれたドレスの残骸を蹴り飛ばすように立ち上がる。
「私は、まだ負けていない!」
黄色いブルマーに夕陽を浴びて、ドリームキャンディの眼差しがギラリと燃えた。
――再び、カマドウマ男に立ち向かう。
噴水広場の地面に横たわるミラクルナイト。そこへ、背後からふわりと巫女装束の影が現れる。セイクリッドウインド――凛だった。
(奈理子、今日もスカートを脱がされて負けちゃったのね……)
セイクリッドウインドは人々の視線を探る。しかし、いつもなら自分が姿を見せた瞬間に大歓声が起こるはずが――今日は違った。観客の目も声も、すべてドリームキャンディに注がれていた。
(私が来たのに誰も反応しない……? あぁ、なるほど……)
凛の目に映ったのは、ブルマー姿で奮闘する寧々だった。普段はドレスで肌を隠す彼女が、今日は珍しく肌を晒している。それが市民を熱狂させている理由だった。
「奈理子! いい加減に起きなさい!」
凛は地面に倒れたままのミラクルナイトの頬を、遠慮なくバシンと叩いた。
「んっ……うぅ……」
かすかに呻くミラクルナイト。
「中学生のキャンディがあんな格好で必死に戦ってるのに、高校生のアンタが寝てるなんてどういうつもり?!」
凛は容赦なく往復ビンタを重ねた。
「も、もう少し優しく……」
情けない声を漏らしながらも、ミラクルナイトは無理やり上体を起こした。
「おや? 新しいのが来たな」
カマドウマ男がせくリッドウインドの存在に気づき、にやりと笑った。
「カマドウマ男、そこまでよ!」
セイクリッドウインドがガストファングを構え立ち上がる。
「スーパー戦隊みたいに、よってたかって1人を叩くつもりか? 正義のヒーローは卑怯者だな」
カマドウマ男が挑発する。
「アンタ程度、3人でかかる必要はないわ! キャンディ、下がりなさい!」
凛が振り返り命じた。
「まだ戦えます!」
と食い下がるドリームキャンディ。だがセイクリッドウインドは首を振った。
「まだ中学生の貴女にこれ以上は危険よ。中学生が脱がされすぎたら……いろんな意味で規制がかかるの」
「えっ!?」
と驚くミラクルナイト。
(私が中学生の頃はもっと脱がされてたのに……)
心の中で呟いたが、口には出さなかった。
ドリームキャンディも冷静に考えた。これ以上戦って脱がされるのは確かにリスクだ。急に自分の姿が恥ずかしくなり、視線を逸らした。
「じゃ、あとはお願いします」
そう言ってドリームキャンディはあっさり退場してしまった。
「ドリキャン帰っちゃった!」
「もっと見たかったのに……」
観客の落胆の声。しかしすぐに切り替わる。
「次は凛ちゃんだ!」
「23歳、清楚系美人巫女だぞ!」
期待の声援が飛び交う。
(凛さんが“清楚系”……?)
心の中で抗議するミラクルナイト。
「セイクリッドウインド、お前とやるのは初めてだな。1人で俺に勝てるか?」
カマドウマ男が値踏みするように凛を見た。
「1人じゃないわ」
凛は奈理子に目を向けた。
奈理子、2人でコイツを倒すわよ!」
「はいっ!」
と奈理子。スカートを脱がされたままだが、返事をせざるを得なかった。
こうして、セイクリッドウインド&ミラクルナイト vs カマドウマ男の新たな局面が幕を開けた――。
噴水広場を取り巻く市民の大歓声がざわめきに変わる。
白い翼を広げたミラクルナイトと、緋袴を翻すセイクリッドウインドが並び立ち、カマドウマ男を挟み込むように視線を交わした。
「奈理子は上から、私は下から攻めるわ!」
セイクリッドウインドが鋭く言い放つ。
「はい!カマドウマ男は手強いです。気を付けてください!」
ミラクルナイトが翼を大きく羽ばたかせ、ふわりと上空へ舞い上がる。
「ここは広い噴水広場。前に戦ったバッタ男みたいに住宅の壁や屋根を足場に飛び回ることはできないわ。跳ね回るスペースは限られている!」
セイクリッドウインドは冷静に状況を分析し、ガストファングを正面に構えた。
(さすが凛さん……いつも私を叱ってくれるけど、やっぱり頼もしい!)
空に舞いながらミラクルナイトは胸を熱くする。
「ふん、俺を甘く見るな!」
カマドウマ男は脚を大きく構え、ギシッと石畳を砕きながら踏み込む。次の瞬間、強靭な脚力で弾丸のように突進した。
「上は任せた!」
セイクリッドウインドが叫び、正面から突っ込んで来るカマドウマ男に鉄扇を突き出す。
「ガストファング・烈!」
風を切り裂く衝撃がカマドウマ男の脚をわずかに逸らす。
「今よ、奈理子!」
凛の声に、ミラクルナイトは翼をたたみ急降下。
「ミラクル・アクアティック・ラプチャー!」
水色の光の帯が螺旋を描いてカマドウマ男に迫る。
「おっと、そう簡単には捕まらねえ!」
カマドウマ男は地面を蹴って逆回転、バネ仕掛けのように身体を翻す。すり抜ける瞬間、彼の脚がミラクルナイトの翼をかすめた。
「きゃっ!」
羽が弾かれ、バランスを崩したミラクルナイトが墜落。
「奈理子!」
セイクリッドウインドが慌てて抱きとめる。二人の連携は確かに効果を見せていたが、カマドウマ男の異常な脚力はそれを凌駕していた。
「上と下で挟むつもりか?無駄だ!俺は“跳ねる”ことが本能なんだよ!」
カマドウマ男は地面を蹴り、再び噴水広場を縦横無尽に跳ね回る。その姿はまるで巨大なカマドウマの亡霊。
観客が沸く。
「奈理子、負けるなー!」
「凛ちゃん、頼むぞー!」
市民の声援は、敗北続きのミラクルナイトに向けられながらも、確実にセイクリッドウインドへの期待を帯びていた。
――二人の連携は続く。だが、カマドウマ男の跳躍は予想以上に苛烈だった。
噴水広場を縦横無尽に跳ね回るカマドウマ男。その眼はまっすぐに、白い翼を背負ったミラクルナイトへと注がれていた。
「お前だ……奈理子ぇっ!」
獣のような唸りと共に地を蹴る。その跳躍は音を置き去りにするほど速い。
「ひゃっ!」
ミラクルナイトは辛うじて翼でバランスを取り、急上昇。しかしカマドウマ男は再び跳び上がり、上空の奈理子を狙う。
「狙いは奈理子……!」
セイクリッドウインドが悟る。
「ガストファング!」
風が唸り、奈理子へと迫るカマドウマ男を横から弾き飛ばした。
「凜さん、ありがとうございます!」
「油断しないで。あいつは奈理子ばかり狙っている」
観客のざわめきが広がる。
「やっぱり奈理子ちゃんだ!」
「狙われすぎだろ……でもそれが可愛い!」
「凜ちゃんが守ってくれてる!」
「美少女ヒロインコンビだ!」
カマドウマ男は地面に転がると、逆立ちするような姿勢から脚を突き上げ、そのまま奈理子へ蹴りを放った。
「くっ!」
ミラクルナイトは避けきれず肩に直撃を受け、広場の石畳に叩きつけられる。
「奈理子!」
セイクリッドウインドが駆け寄ろうとした瞬間、カマドウマ男が脚を振り下ろす。
「ここで終わりだっ!」
しかし、その刹那。
「させない!」
セイクリッドウインドが奈理子を抱きかかえ、ガストファングで蹴撃を弾いた。二人の影が絡み合うように跳ね退き、ギリギリで攻撃をかわす。
「凜さん……」
ミラクルナイトは震える声で言った。
「私、怖いです……」
「奈理子、あなたが戦う意味を忘れないで。あなたが可愛いからこそ、市民はあなたを信じてる」
「……私が、可愛いから?」
「ええ。恥をかいても、傷だらけになっても、その可愛さで立ち上がるから――みんなは奈理子を応援するのよ!」
ミラクルナイトの目に光が宿る。
「……そうですね、私、守護神ですから!」
再び翼を広げ、凜と背中合わせに立つ二人。
「上は任せるわ、奈理子」
「はいっ!凜さんは下を!」
「おーっ!」
市民の声援が重なった。
――こうして、少しずつ二人の息が合い始めていった。
「奈理子、今だよ!」
セイクリッドウインドの掛け声と共に、ミラクルナイトは白い翼を広げ上空へ舞い上がった。
「ミラクル・シャインブラスト!」
水色の光弾が雨のように降り注ぐ。
同時にセイクリッドウインドが
「それっ!」
とガストファングを翻し、下から烈風を巻き起こす。
光と風の同時攻撃――広場は一瞬、華やかな光景に包まれた。
「やったか?!」
観客が沸き立つ。
「二人のコンビ技だ!」
「これで勝ったんじゃないか?」
だが。
「ククク……」
煙の中から聞こえる低い笑い声。
次の瞬間、カマドウマ男が煙を突き破って飛び出した。
「そんな小細工、通じるかぁっ!」
「ひゃぁっ!」
ミラクルナイトの翼を狙い、後脚が鎌のように変形して薙ぎ払う。ミラクルウイングが裂け、奈理子はバランスを崩し墜落。
「奈理子!」
セイクリッドウインドが駆け寄ろうとするが――
「邪魔だっ!」
カマドウマ男の前脚が鋭く振り下ろされ、セイクリッドウインドを弾き飛ばす。
「うぐっ!」
吹き飛ばされるセイクリッドウインド。
ミラクルナイトも石畳に叩きつけられ、
「あぁっ……」
と声を上げる。
観客がどよめく。
「えっ!? 二人が一緒にやられた!?」
「奈理子ちゃんも凜ちゃんも負けるのかよ!?」
「いや、奈理子ちゃんは可愛いから負けてもOK!」
「凜ちゃんは清楚巫女だから脱がされてもOK!」
「調子に乗るな!」
セイクリッドウインドが歯を食いしばって立ち上がるが、すぐに跳びかかったカマドウマ男に蹴り飛ばされる。
「ぐあっ!」
コスチュームが裂け、スカートが破けて布が舞う。
「凜さんっ!」
奈理子が手を伸ばすが、その手を無慈悲に蹴り払われた。
「お前らの連携なんて、脆いもんだなぁ!」
カマドウマ男は二人の間に着地し、左右から同時に蹴撃を浴びせる。
ミラクルナイトは胸を押さえてよろめき、セイクリッドウインドは膝をつき、二人は並んでうずくまった。
「なっ……奈理子ちゃんが……凜ちゃんまで……!」
「カマドウマ男、強すぎるっ!」
観客たちは声を失いかけるが、それでもカメラを向けてシャッターを切るのは忘れない。
「どうしたぁ?その程度か、水都の守護神ども!」
カマドウマ男が両脚をバネのように曲げ、次の跳躍に備える。
その異様な気迫に、広場の空気が張り詰めた。
噴水広場の石畳に、並んでうずくまる二人のヒロイン。
ミラクルナイトは胸元が裂け、スカートを失ったまま、白いショーツを晒している。
セイクリッドウインドもスカートが破れ、コスチュームは袖や裾がぼろ布のようになっていた。
「やっぱり奈理子ちゃんはすぐ脱がされる運命だな」
「いや、今回は凜ちゃんまで……!」
「清楚巫女の大サービス!」
観客は悲鳴と歓声が入り混じり、テレビのカメラも容赦なく二人を映し出していた。
「……奈理子」
セイクリッドウインドがかすれ声で呼ぶ。
「凜さん……」
お互いの顔を見合わせ、ボロボロになった姿を確認し合う。
ミラクルナイトは拳を震わせながら言った。
「……でも、立たなきゃ……私たちは、水都の守護神だから!」
セイクリッドウインドは口元を拭い、うっすらと血をにじませながらも微笑んだ。
「そうね。こんなところで寝てたら、奈理子ファンや神社の皆に笑われちゃう」
二人は石畳に手をつき、よろめきながらも同時に立ち上がる。
その姿に、観客がどよめいた。
「立った!奈理子ちゃんと凜ちゃんが立ち上がったぞ!」
「負けて脱がされても、立ち上がるのがヒロインだ!」
「ミラクルナイトー!」
「セイクリッドウインドー!」
とコールが沸き起こる。
ミラクルナイトは胸を隠すのをやめ、堂々と拳を握った。
「見せてあげるわ、恥ずかしくても、何度でも立ち上がるヒロインの意地を!」
凜もガストファングを構え、声を張り上げた。
「奈理子、今度こそ息を合わせるわよ!」
二人の前で、カマドウマ男はにやりと笑い、跳躍の構えを取る。
「面白ぇ……!ボロボロの二人がどこまでやれるか、見せてもらおうじゃねえか!」
噴水広場は再び大歓声に包まれ、第二ラウンドの幕が上がった。
「立ち上がったところで何になる!」
カマドウマ男は石畳を強烈に踏み鳴らした。その瞬間、爆ぜるような音と共に地面を割り、信じられない跳躍力で二人に迫る。
「うわっ!」
ミラクルナイトは咄嗟に白い翼を広げるが、カマドウマ男の脚刃が容赦なく襲いかかった。
「やぁッ!」
鋭い蹴撃がミラクルナイトの肩口を裂き、ブラウスの残骸がさらに千切れていく。
「奈理子!」
セイクリッドウインドが叫ぶ。その声に応えるように奈理子は必死で光弾を撃つが、跳ねるカマドウマ男には一発も当たらない。
「くっ……早すぎる!」
次の瞬間、セイクリッドウインドも跳躍で背後を取られた。
「があっ!」
背中を斬り裂かれ、コスチュームが大きく破れ、観客から
「背中がセクシーすぎる!」
と黄色い声援が飛ぶ。
「清楚な巫女さんの背中見せー!」
「今日はいろんな角度からごちそうだ!」
「うるさいっ!」
セイクリッドウインドは顔を赤くしつつも必死に構え直す。
ミラクルナイトとセイクリッドウインドの周囲を、カマドウマ男は縦横無尽に跳ね回る。その動きはもはや残像となり、二人を翻弄し続けた。
「俺を説得した罪、奈理子に返してやる!可愛い顔も、清楚な姿も全部ズタズタにしてやる!」
「くぅっ……!」
ミラクルナイトは立っているのがやっとだった。視界がぐらぐらと揺れ、全身が悲鳴を上げている。
「奈理子、下がって!」
セイクリッドウインドが必死に庇うが、彼女もまたボロボロだ。
観客たちは叫んだ。
「もうやめろ!二人とも限界だ!」
「でも、まだ立ってる!あの姿が見たいんだ!」
熱狂と心配が入り混じる声援。
そのときだった。カマドウマ男が着地にわずかに足を滑らせ、石畳にひびを入れた。
「……っ!」
ミラクルナイトの瞳に光が宿る。
(そうか……跳躍に全てを頼ってる。地に足をつけた瞬間なら、必ず隙がある!)
ミラクルナイトは白い翼を広げ直した。
「凜さん!チャンスは、一瞬しかないけど……まだ戦えますか?」
「もちろん!」
セイクリッドウインドはボロボロの体でガストファングを構え直す。
観客は息を呑んだ。
二人はまだ折れていなかった。
「凜さん、今です!」
ミラクルナイトが叫ぶ。
石畳に着地したカマドウマ男の脚に、わずかな揺らぎ。
「任せて!」
セイクリッドウインドはガストファングを掲げ、空に向かって突風を巻き起こした。
「風よ、我に応えろ――竜巻翔舞!」
ゴオオオオッ!
噴水広場の中心に巨大な竜巻が巻き起こり、ミラクルナイトを天へと巻き上げていく。
「奈理子!今だ、竜巻に身を任せて!」
「はいっ!」
白い翼をたたんだミラクルナイトは、竜巻の中で高速錐揉み回転を始めた。観客からは
「うわああ!奈理子がドリルになった!」
と歓声と爆笑が同時に湧き上がる。
「食らええぇぇ!!」
ミラクルナイトは全身に水色の光を纏い、回転するクロスチョップを突き出した!
「これが私たちの合体技――ミラクルスピンクロスチョップ!!」
カマドウマ男が驚愕の声を上げる。
「なにぃっ!?ぐおおおっ!」
猛烈な回転エネルギーを伴ったクロスチョップが、怪人の胸板に直撃の瞬間、
(ああぁ!パンツが……脱げちゃう!)
ミラクルナイトは風圧でパンツがずり下がっていくのを感じ、とっさに片手でパンツを握りしめてしまった。
カマドウマ男の巨体が石畳を抉りながら後方に吹っ飛んでいく。
「やったー!」
「奈理子と凜ちゃんの合体技きたー!」
観客は大歓声。
「超電磁スピン!いや、違うけど似てる!!」
などと興奮の声が飛び交う。
「ぜぇ……ぜぇ……」
回転を終えてふらつくミラクルナイトを、凜が支えた。
「奈理子、まだやれる?パンツは大丈夫?」
「はい……次で決めたいです……!」
瓦礫の中から立ち上がるカマドウマ男。
「まだ……まだ俺は負けてねえ!」
ボロボロになりながらも不気味な気迫を放ち、再び二人に向かう――。
「ぐぅっ……!」
胸板に焦げ跡を残したまま、カマドウマ男が膝をついた。
石畳は抉れ、竜巻と衝撃波で噴水広場全体が荒れ果てている。
「奈理子……風間凜……!」
カマドウマ男は血走った目で二人を睨みつけた。
「やっぱり……お前らは俺の天敵だ。だが、今日はここまでだ……!」
後脚がバキバキと音を立て、反動を蓄える。
その脚力はまだ健在だった。
「逃げる気!?」
ミラクルナイトが翼を広げる。
「奈理子、追わないで!」
セイクリッドウインドが腕を掴む。
「奴の脚力での跳躍は、本気で追えば市街地を巻き込む。今の私たちの力じゃ止められない」
「くっ……!」
ミラクルナイトは唇を噛んだ。
カマドウマ男は振り返りざまに吠える。
「奈理子、風間凜!次は必ずお前たちを仕留める!そして……ドリームキャンディもな!」
バキィン!と地を蹴った瞬間、カマドウマ男の姿は高架を越え、夜空の彼方へと消えていった。
「……逃げられた。私がパンツに気を取られなかったら……」
ミラクルナイトが肩を落とす。
「でも、大技で奴に傷を負わせたのは大きい。奈理子のパンツは脱げなかったし、今日はこれでいいんだ」
セイクリッドウインドは静かに言った。
観客からは
「すごかった!」
「奈理子も凜ちゃんも最高!」
「合体技しびれたー!」
と歓声が飛ぶ。
だが同時に
「でも奈理子、やっぱりまたスカートを脱がされちゃったな……」
と、半ば呆れと笑いも混じっていた。
ミラクルナイトは真っ赤になって叫ぶ。
「もうっ!そこは見なくていいでしょ!!」
それでも――市民の瞳に映った二人は、敗北ではなく確かな手応えを残したヒロインだった。
穢川研究所・社長室。
夜景を背にしたガラス張りの部屋で、社長の勅使河原がソファに腰掛けていた。テーブルには赤ワイン、その隣には渦巻、多実、牛島。そして奥には九頭と助手の絹枝が控えている。
「カマドウマ男、退いたか……」
ワイングラスを揺らしながら、勅使河原が低く呟いた。
「ええ、先生(九頭)の話では、"ミラクルスピンクロスチョップ"とやらを食らって大きなダメージを負ったようです」
渦巻がタブレットに映る現場映像を差し出す。
そこには、衣装を裂かれながらも市民の声援を受け再び立ち上がったミラクルナイト、そしてセイクリッドウインドと共に大技を繰り出す瞬間が映っていた。
「派手な技だな。市民どもは大喜びだったろう」
勅使河原の声は皮肉に満ちていた。
「事実、SNSでは"ザコでも映えるミラクルナイト"と評判になっています」
多実が淡々と報告する。
「……褒めてるのか馬鹿にしてるのか、よく分からない評価だな」
牛島が苦笑する。
九頭は腕を組み、映像をじっと見つめていた。
「迫水……いや、カマドウマ男は間違いなく強かった。だが"怒り"に囚われ過ぎている。奈理子に対する恨みと執着、それだけで動いている」
「つまり制御不能だと?」
渦巻が問いかける。
「そういうことだ。だがそれがいい。僕らの"道具"としてではなく、野獣として暴れさせれば、ミラクルナイトたちは確実に削られていく」
九頭の口元が笑みに歪む。
勅使河原がワイングラスを置き、九頭を見据える。
「先生、次の手はどうする? カマドウマ男に賭け続けるのか?」
「……いや」
九頭は目を細めた。
「そろそろ"二枚看板"を揃えるべきだ。奈理子の宿命の敵、シオマネキ女を前面に押し出す。そしてカマドウマ男を、彼女の隣に立たせる」
「シオマネキ女とカマドウマ男のツートップ……市民が熱狂するのは間違いないですね」
多実が頷く。
「え?渚…いや、潮田は承知しますかね??」
牛島が口を挿む。
「塩田くんの説得は君に任せる」
「それがお前の役目だろ」
九頭と渦巻が牛島に視線を向ける。勅使河原も、
「頼んだぞ、牛島」
と口にした。牛島は
「はい……」
と答えるしかなかった。
絹枝は書類をまとめながら、心の中で呟いた。
(また、奈理子が……晒される……)
(第215話へつづく)
(あとがき)











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