ミラクルナイト☆第184話
水都テレビ・生放送スタジオ──
「さあああああッ!今夜のスペシャルゲストはこの人ぉぉぉっ!!
白くて可憐で、でもスカートはよくなくす!
“水都の守護神”こと、ミラクルナイトーーー!!」
カメラがズームインすると同時に、ステージ横から登場したのは――
制服姿の野宮奈理子。
水色セーラー服に身を包み、緊張した面持ちでマイクを両手に持っていた。
「え、えっと……あの、今日はお招きいただきありがとうございます……」
「はーい、どうもどうも~!いやあ、奈理子ちゃん、可愛いね~!
前回は“変身生披露”でネットが大炎上だったけど、今日はもっとすごいよ~!」
ニヤニヤと笑って進行するのは、MC芸人の**“バナチュウ”。
一見すれば陽気で人気のある芸人だが――その正体は穢川研究所の怪人・バナナ男**。
奈理子はそのことに気づかぬまま、相手の“押し”にタジタジになっていた。
「えっ、すごいって……今日は変身、しなくていいんですよね?」
「しないしない!今日はね~、“ミラクルナイトじゃない奈理子ちゃん”の魅力を、我々芸人が徹底分析しちゃおうという企画なんだよ~!」
スタッフが笑いを促す中、ステージ脇には**“奈理子の弱点ベスト5!”**というフリップが立てられた。
「第5位、“びっくりすると声が裏返る”!」
「第4位、“アイスを食べるときすごく慎重”!」
「ちょ、ちょっと……いつそんなの調べたんですか……!」
「いや~、ミラクルナイト特集の時のオフ映像とかね~、がっつり研究しちゃってますからぁ!」
「えぇぇぇっ……」
会場の笑い声が広がる中、バナチュウはさらに手元のリモコンを操作。
ステージ背後の巨大スクリーンに、
奈理子が過去にスカートを脱がされたシーンがモザイク付きでまとめられた“羞恥モーメント集”が流れ出す。
「第2位、“スカートが風に舞う率、異常!”」
「そして……堂々の第1位はっ!!」
ドン!
《“スカート剥がされても戦う、その根性!”》
「わあああああっ!!やめてくださいぃぃっ!!」
顔を真っ赤にしながら俯く奈理子。
「いやぁ~でも、そんな奈理子ちゃんだから、みんな応援したくなるんだよね~!
“戦ってる時こそ、いちばん可愛い”ってやつ?」
(わ、笑わなきゃ……
テレビなんだから、ちゃんと……ヒロインとして、ちゃんと……!)
笑顔を作ろうとする奈理子の手が、ふと小刻みに震える。
(でも……やっぱり……ちょっと、苦しい……)
──その時、スタジオの照明が落ちた。
スタッフがざわめく中、
薄暗いステージの隅で、バナチュウの目がひっそりと光る。
(この娘の“壊れかけた瞬間”……
いちばん、観察しがいがあるな)
だが、そんなバナナ男の目論見に気づかぬまま、
奈理子は放送中の光の中で、何とか立ち続けていた。
水都テレビ局・控室──
「……お疲れさまでしたー!」
スタッフの明るい声。
拍手。
そして、観客のざわめきが薄れたスタジオの片隅。
ステージ裏の通路を通って控室に戻った奈理子は、扉が閉まる音と同時に、その場にへたり込んだ。
「……つ、疲れたぁ……」
制服のリボンを解きながら、ふぅっと長く息を吐く。
鏡に映るのは、番組中ずっと笑顔を作り続けていた自分。
でも――口元と目元が、どこかちぐはぐだった。
(……すごく、嫌だったわけじゃない。
でも、なんか……変な感じ……)
バナチュウ。
あのテンション、あのノリ。
番組進行としては“おいしい”。
自分でも分かってる。
(けど、あの人……何か、すごく“私のこと”を知ってたような……)
スカートを脱がされた回数や、変身の仕方だけでなく、
**奈理子自身の“恥じる癖”や“反応の間”**まで、まるで計算されているようなフリップの内容。
(……わたしが“ミラクルナイト”ってことは、みんな知っているけど……)
だが、バナチュウはそれを一言も言わなかった。
あくまで“奈理子”として、突っ込まれ、イジられた。
(あれって、台本じゃない……)
胸の奥に、冷たい水が滴るような違和感が残っていた。
──トントン。
控室のドアが軽くノックされる。
「野宮さーん?バナチュウさんがお帰りになるそうなので、少しだけご挨拶いいですかー?」
「えっ……あ、は、はい……!」
とっさに笑顔を作って立ち上がる。
でも、ドアの向こうの気配に、なぜか身体がこわばる。
「いやあ、今日は楽しかったね~。やっぱり奈理子ちゃんは画面映えするなあ」
「……ありがとうございます……」
笑顔で応じながらも、目を合わせられない。
(この人の目……笑ってるのに、全然あったかくない)
「じゃ、また今度。次は“屋外ロケ”でもやろっか~!楽しみにしてるよ~!」
「……は、はい……」
ドアが閉まり、気配が消える。
その瞬間、奈理子の肩から力が抜けた。
(バナチュウさんって……やっぱり……何か“普通じゃない”。
でも、私の“何”を見てるの……?)
制服の上から、胸元をそっと押さえた。
あの視線が、まだ残っている気がして。
水都テレビ局・正面玄関前──
「……はぁ……」
制服姿のまま、野宮奈理子は正面玄関の柱の影にぴたりと身を寄せていた。
(あのまま“奈理子ちゃんでした~”って出てったら、
あの生中継のカメラにばっちり映っちゃう……)
視線の先では、番組終盤のお天気コーナーが進行中だった。
「はい、今日も水都は晴れたり曇ったりですが――夕方からは風が少し強くなりますので、スカートの方は気をつけてくださいね~!」
明るいお天気キャスターがマイクを手に笑顔でしゃべるすぐ横では、
カメラマンが周囲の景色をぐるっとパノラマ撮影中。
(うわっ、あんなに振ってる……こっちまで映るかも……)
顔を伏せ、そろそろとバックヤード側へと回り込もうとした――そのとき。
「……また、君は、そうやって……人目を避ける」
ぞくり、と背中に寒気が走った。
振り返らずとも分かる。
背後に――ナメクジウオ男。
「ッ……どうして……!」
「羞恥とは“見られること”ではなく、“見られたくないと願っている時に見られること”。
まさに、今この瞬間が――最適だ」
ズル……ズルッ……
彼の足元から、すでに粘液が静かに広がり始めていた。
だがテレビ局のスタッフや通行人は、お天気中継に気を取られ誰も気づかない。
「や、やめて……! 今ここで何か起きたら、全部テレビに……!!」
「だからこそ――実験価値がある」
触手が揺れた。
瞬間――
「ミラクル……ナイト、変身ッ!!」
奈理子は咄嗟にポケットからアイマスクを取り出し、目元に装着!
眩い水色の光が身体を包み、制服が消え――
代わりに、白と水色のコスチュームが瞬く間にその身を覆う!
「水都の平和を乱す者は、ミラクルナイトが許しませんっ!」
決めポーズと共に、カメラの光が一瞬奈理子の背後に閃く。
――映ってない、はず。
でも、その光景は、確実に記録されていた。
ナメクジウオ男はゆっくりと腕を広げた。
「変身時の羞恥反応、反射動作の速さ、公共の場での決断力……
観察は続く。君が“完全に壊れる”その瞬間まで」
水都テレビ・生中継現場──
「……さて、続いては明日の気温を――」
お天気キャスターが笑顔で差し出したスケッチボード。
その背後で、何かが閃いた。
「うわああっ!? な、なに!?」
ドォンッ!!
白と水色の影が弾き飛ばされ、ボードを吹き飛ばして地面に転がる!
「み、ミラクルナイトだ!!」
「バトルだ、バトル始まったぞ!!」
一瞬の静寂のあと、テレビスタッフが慌ててカメラを向け直す。
その中心、制服姿から変身を遂げたミラクルナイト=奈理子が地面に手をついて立ち上がる。
「くっ……! なんで、またこんなところで……!」
その正面には、粘液をまとった不気味な怪人――
ナメクジウオ男が、無言のまま静かに構えていた。
「こ、このまま……放送続けます!
現在水都テレビ前より、ミラクルナイトと怪人によるバトル中継に切り替えます!」
現場ディレクターが叫ぶ。
カメラはミラクルナイトの凜々しい立ち姿にズームインし、同時に背後に回る“出待ちのファンたち”の熱狂も捉えた。
「奈理子ーーッ!!」
「うおおおっ、生変身だったぞ!」
「白かった!今日も白だったぞ!!」
「ちょ、ちょっとやめて~~~ッ!!」
必死にスカートを押さえながら構えるミラクルナイト。
その姿に、ナメクジウオ男の目がぎらりと光る。
「見よ、この反応。羞恥と抗戦、被注視状態での反応速度低下……
実に興味深い」
ずるっ……と足元から粘液が伸びる。
攻撃の“実験”が始まった。
「またここで……わたし、みんなに見られながら……!」
だが、顔を赤らめながらも、
ミラクルナイトは前に出た。
「……でも、もう逃げない!
わたしは“水都の守護神”だから……!」
水都テレビ局前・戦闘エリア──
「観察、開始」
ナメクジウオ男が粘液の海を踏みしめた瞬間、
ミラクルナイトの足元、ブーツに這うように粘液が広がり始める。
「くっ……また、これ……っ!」
過去の戦いで学んだはずの粘着性。
足を取られれば、逃げられない。
「今回は“観客”が多い。
この状態での君の反応、非常に有意義だ」
「やめてっ、そんなの……!」
両足にまとわりつく粘液が彼女の動きを鈍らせ、
スカートの裾がずるりと汚れる。
「くぅ……!」
テレビカメラが回っている。
観客の視線が刺さってくる。
(こんな姿……こんな格好で……っ!)
「奈理子ちゃーん!!」
「負けるなーーッ!!今日も尊かったぞ!!」
「水都女学院校則!白は正義だー!!」
出待ちしていた成好ら水都大学奈理子私設ファンクラブの面々が最前列に詰めかけ、
スマホ片手に叫んでいる。
その声が、羞恥と苦痛の中のミラクルナイトに届く。
(……こんな時でも、応援してくれる……?)
(だったら……)
「だったら、私……見られても、戦ってみせる!!」
ミラクルシャインブラスト!
瞬間、片足の粘液を打ち砕き、跳躍する奈理子!
だが――
「無駄だ。
次は“拘束反射”を誘発する段階だ」
ナメクジウオ男が指を鳴らした瞬間、
天から垂れるような触手が背後からミラクルナイトの腰へ!
「きゃああっ!」
触手が絡みつき、彼女の身体を強制的に回転させ、空中に吊り上げる。
スカートが翻り、歓声がさらに高まる。
「ミラクルナイト、空中に捕らわれたァーッ!!」
「何度もパンツ丸見えにされてるのに、よく戦ってる……!」
「その根性に敬礼ッ!!」
羞恥と戦場が、いま完全に交差していた。
少し前の商店街・蕎麦処「大黒庵」──
「さっすが、うちの奈理子ちゃんだなぁ!」
湯気立つ蕎麦の香りと、老舗の木張りの壁に反響する明るい声。
テレビに映る水都女学院高校の制服姿の奈理子を見つめながら、蕎麦屋の店主・黒田源次郎は腕組みをしてご満悦だった。
「相変わらず水女の制服が良く似合うね~、奈理子ちゃん」
「ええ。そりゃもう、“清純可憐な純白の天使”ですから」
笑いながら茶をすする占い師の綺麗なお姉さん・鈴さん。
その隣では、果物屋のおじさん・藤井が頷いていた。
「この前なんてなあ、うちのパインジュース飲みながら弟の隆とえらい仲良さそうだったぞ。
この街じゃヒロインどころか、“自分の子みたい”に思ってる人も多いんだ」
「うるさい……」
その弟・隆は、奥の座敷席で照れたように口をとがらせていた。
隣には市立水都中学校の制服姿の寧々が座り、お茶碗を手にテレビ画面を見ている。
「でも……無理して笑ってるように見えました、奈理子さん」
「……うん。俺も、ちょっと思った」
店内のテレビでは、奈理子の笑顔と共に番組が締めくくられた。
「――というわけで、水都女学院高校1年生・野宮奈理子ちゃんでした~!」
「いやあ、かわいかったなぁ!」
「さてさて、今日はこれでお開きに――」
その瞬間、テレビ画面が急変した。
《――たった今、水都テレビ局前にて怪人出現!ミラクルナイトと交戦中との情報!現在の映像をご覧ください!!》
バッ!!
画面には、粘液に足を取られ、スカートを翻しながら応戦するミラクルナイト=奈理子の姿。
「なっ……!?」
蕎麦屋の店主が箸を落とし、果物屋の藤井が身を乗り出す。
占い師の鈴も眉をひそめた。
「こりゃ、さっきの生放送の後に襲われたのか!?」
「うわっ、逆さ吊り!奈理子ちゃんのパンツ丸見え!!」
「わぁ、またスカートを脱がされ…た……」
「姉貴……!」
隆が無意識に立ち上がり、テレビに釘付けになる。
隣の寧々に視線を送ると、彼女は静かに頷いた。
「――行ってきます」
寧々は席を立つと、カウンター奥の引き戸の影に消えていった。
鈴がそっと呟く。
「……また、ひとり、街を守る子が走ったわね」
蕎麦屋の店主は両手を組み、画面を見つめながら言った。
「奈理子ちゃんがピンチなのに、ドリームキャンディはいったいどこで何をしているんだ……」
水都テレビ局前──
「うっ……く、っ……!」
ミラクルナイトの膝が地面を打った。
足元に粘液、背後からは執拗な触手。
身体は跳ねるように拘束され、抵抗すればするほど体力は削られていく。
「君の羞恥心は、限界にはまだ遠い。
ならば次は、“衣服防御反応”の観察に移る」
ナメクジウオ男が触手を天に掲げた瞬間――!
「奈理子さんをいじめる者はッ! 中学生戦士・ドリームキャンディが許しませんッ!!」
声とともに、橙の光が地面を滑るように駆け抜ける!
ズドォン!
振り下ろされたロリホップハンマーがナメクジウオ男の粘液を砕き、
ミラクルナイトを束縛していた触手が吹き飛ぶ!
「キャンディ……!」
「立てますか、奈理子さん!」
手を差し伸べる寧々=ドリームキャンディ。
その姿を、テレビ越しに商店街の蕎麦屋で見ていた占い師の鈴は、口元に微笑を浮かべて呟く。
「……また助けたのね、ドリームキャンディ。
さすが“あの子の鎧”」
隣で見ていた果物屋の藤井が小声で囁く。
「鈴さん……ドリームキャンディの正体を知っているのかい?」
「フフ。知らないわ。
でも――ナメクジウオ男の目的はわかる。
あれはただの観察じゃない。“奈理子の心”を折ろうとしてるわ」
水都テレビ局前──
戦場では、ナメクジウオ男がドリームキャンディを睨んでいた。
「観察対象外の介入。
データ撹乱因子として処理する」
「させません!」
ドリームキャンディがキャンディチェーンを振ると、
七色の光が粘液を切り裂く!
ミラクルナイトも立ち上がり、
「わたし、まだ戦える……ありがとう、寧々ちゃん!」
風が吹き抜ける水都テレビ前。
白と橙、ふたつのヒロインが並び立ち――
羞恥に塗れた実験場が、再び戦場へと変わっていった。
水都テレビ局前──
「奈理子さん、左へ!」
「了解っ! えい!」
ミラクルナイトの水色に光る足が、地面を滑るように横薙ぎに回る。
同時に、ドリームキャンディのキャンディチェーンが鞭のように閃き、粘液の腕を絡め取った。
バチィンッ!
裂け飛ぶ粘液。地面に弾ける残滓。
ナメクジウオ男の身体が、ゆるやかに一歩後退する。
「連携反応、向上。羞恥状態による判断能力の低下、部分的に回復……興味深い」
「“実験”とか言ってんじゃないわよ!!」
ドリームキャンディがロリホップハンマーを地面に叩きつけた。
飛び散る破片がナメクジウオ男の肩をかすめる。
「こっちは“お遊び”じゃないの! 奈理子さんを、何度も何度も……!」
ミラクルナイトは隣で小さく呟いた。
「……ありがとう、寧々ちゃん」
ふたりの間に一瞬、視線が交差する。
ただの“助ける・助けられる”ではない、並び立つ者の眼差し。
そして、ナメクジウオ男が低く唸る。
「連携による羞恥抑制傾向……観察に支障あり。
――ならば、遮断する」
ズズ……ッ!
彼の背中から新たに伸びた触手が、地面に突き刺さった。
次の瞬間――
バシュン!
炸裂する粘液!
視界が曇り、粘液が噴き上がった煙幕の中――
「しまった、視界が――!」
「奈理子さん、後ろッ!!」
だが遅い。
ナメクジウオ男はその隙に、ミラクルナイトの背後へ滑り込んでいた。
「君の羞恥反応には、孤立状態が不可欠だ」
ズルッ……
粘液が再び足元を這い、白いブーツを絡めとる。
「やめっ……!」
白いショーツが引き下ろされようとする瞬間――
バキィィィンッ!!
閃光のような風刃が、触手を断ち切る!
「よく頑張ったわね、二人とも」
風と共に現れた緑と銀のヒロイン――
セイクリッドウインド、到着。
水都テレビ局前──
「遅れてごめん。風が遠回りしちゃってさ」
セイクリッドウインドが緑の鉄扇・ガストファングを肩に乗せながら降り立つ。
「凜さん……!」
「来てくれて助かった……!」
ミラクルナイトとドリームキャンディが並んで構える。
3人の視線が一点に揃う。
その先には、触手を収めつつ、未だ冷静な目を失わぬナメクジウオ男の姿。
「この状態においても観察の有意性が保たれているのは、
君たちの“連携による羞恥耐性の抑圧”が証明されたにすぎない」
「もうっ、その口ぶりほんと腹立つ!」
「観察観察って……女の子をデータで見るんじゃないわよ!」
「今度はこっちの番よ。
“可憐で粘液嫌い”な純白の天使の、逆襲ターンってね!」
――風が巻く。
セイクリッドウインドが鉄扇を広げた瞬間、
ドリームキャンディがチェーンを宙に走らせ、ミラクルナイトが水色の光弾を構える。
「いくよっ!」
「キャンディシャワー!!」
「ガストファング・ヴェルティカルスラッシュ!」
「ミラクルアクアティックラプチャー!!」
水と風と虹色の粒子が――
ナメクジウオ男の足元を狙い、正確に、そして容赦なく放たれた!
ズオォォォン……!!
衝撃で地面が割れ、粘液が逆流する!
白煙が立ち込めたあと、
ナメクジウオ男の姿は、すでに少し離れたビルの影へと移動していた。
「……なるほど。
羞恥と戦意、連携による抑圧の観察値は想定範囲に収束。
これ以上の現場維持は不要と判断する」
そして、静かに後退するナメクジウオ男。
「また……来るの……?」
ミラクルナイトが呟く。
彼は答えず、ただ最後に一言だけ残した。
「次回、君の“本当の崩壊値”を見せてもらおう。
白の偶像――“野宮奈理子”」
テレビ中継は終わり、
市民の声援と拍手が鳴り響く中、
ミラクルナイトたちは静かにその場を去っていった。
風に舞う白と橙と緑のスカートが、
まるでこの街の“希望”そのもののように揺れていた。
穢川研究所・地下実験分析室──
ぬる……ぬるぬる……。
床を滑るように現れたナメクジウオ男は、仄暗い分析室に入り、
その中央でタブレット型の記録端末を操作しながら、淡々と報告を始めた。
「観察対象:野宮奈理子=ミラクルナイト。
公開された状態での羞恥反応観察・第三フェーズ、終了」
端末には映像記録が連なっている。
スカートを奪われ、粘液に足を取られながらも観客の前に立ち続けたミラクルナイトの姿。
援軍と連携し、羞恥を越えて反撃に転じるその瞬間。
ナメクジウオ男は言葉を継いだ。
「羞恥反応は依然として高いが、
観客の声援によって“抑圧と昇華”が可能であることを確認」
「また、ドリームキャンディおよびセイクリッドウインドとの連携による羞恥軽減効果が非常に強く、
単独での羞恥実験時と比較し、反応パターンは変化」
「特筆すべきは、“ミラクルナイト=野宮奈理子”としての自我の統合が進んでいること。
羞恥に揺らぎながらも、正義の使命によって行動が定着しつつある。
これは、偶像の完成度が増していることを意味する」
モニターに映る奈理子の顔を見つめながら、ナメクジウオ男の声がわずかに低くなる。
「だが――
羞恥が“消えた”わけではない。
むしろ、“それでも立ち上がろうとする姿”こそが、人々の感情を揺らしている」
「我が観察の目的は、“羞恥の克服”ではない。
“羞恥による構造崩壊”だ」
指が映像の再生を止める。
映っていたのは、白いスカートを失い、それでも震えながら目をそらさずにいた奈理子の姿。
「彼女の“崩れかけ”の瞬間――
それがもっとも美しく、そして危うい」
ナメクジウオ男は、壁際の冷却保存ケースに目をやる。
その中には、先の戦いで粘液まみれになった布地の断片が真空保存されていた。
「次回の観察地は、より“私的空間”と“公共性”が交差する環境が望ましい。
水都大学学園祭、または女子校敷地内への侵入も検討」
端末を閉じ、背後に気配を感じたナメクジウオ男が静かに言う。
「報告、以上。――所長に、渡してくれ」
(第185話へつづく)













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