ミラクルナイト☆第134話
商店街のグフグフハンバーガに呼び出された野宮奈理子と風間凜。呼び出したのは水都市警の柏原蒼菜だった。
「カエル男…」
奈理子は蒼菜から差し出された写真を見て呟いた。麻薬の密売組織を追っていた刑事がカエル男に襲われたという。
「カエル男は倒したはずじゃないの?」
凜が奈理子に尋ねる。カエル男は二つの別の個体が確認されている。一体目はミラクルナイトが、二体目はドリームキャンディが倒したはずだ。
「でも、前に出現したカエル男とは違う…」
写真のカエル男は前に戦ったカエル男よりも小ぶりに見える。
「このカエル男にもコスチュームを溶かす能力があるんですか?」
奈理子は蒼菜に尋ねた。二度目に現れたカエル男に奈理子はミラクルナイトのコスチュームを溶かされたことを思い出した。
「そんな報告は上がってないけど、そのカエル男の能力は未知数ね」
蒼菜が答える。
「それで、私たちに何をしろと?」
凜が蒼菜に尋ねる。
「貴方たちに、水都でこの様なことが起きていることを知って欲しいだけよ。市警では、怪人には対処できないから…」
蒼菜は悔しそうに唇を噛んだ。
「分かりました。気に掛けておきます」
奈理子は蒼菜に告げた。
「この件は極秘事項だから、ドリームキャンディ以外には口外しないで。ドリームキャンディに伝えるかは、貴方たちに任せるわ」
蒼菜は伝票を掴んで席を立った。蒼菜が寧々を呼ばなかったのは、ドリームキャンディの正体が寧々であることを知らないからだ。
「寧々ちゃんには伝えますか?」
奈理子は凜を見た。まだ中学生の寧々に麻薬事件に関わらせるのはよくないかもしれないと奈理子は考えていた。
「寧々にも話そう。秘密はよくないよ」
凜から見ると、高校生の奈理子も中学生の寧々もあまり変わらない。それに、麻薬事件とは関係無く自分たちにできることは、カエル男が出現したときに駆け付けて倒すことだけだと凜は考えていた。
「そうね、寧々ちゃんにも伝えよう。でも、無理はさせないようにしないと…」
奈理子は少し悩んだ表情で言った。
「うん、そうしよう」
と凜は同意した。二人は決意を新たに、カエル男の動向に目を光らせることを誓い合った。
市警は大規模な大麻取引が行われるという情報を掴んだ。取引場所は水都を見下ろす水上山公園。夜景が美しいことから若者たちに人気のスポットである。市警はこの情報を重く見て、捜査員を総動員して密売組織を一網打尽にする計画を立てた。捜査員たちは緊張感を漂わせ、現場に向かう準備を整えていた。
しかし、その中で一人、柏原蒼菜は浮かない顔をしていた。彼女の胸にはいくつもの疑念が渦巻いていた。
元々我が国では大麻は自生しており、栽培も容易だ。大麻の取引は個人がSNSなどで行うことが多くなっている。それに、海外から密売する覚醒剤なども小口が主流だ。今時、組織が大量の現物を持って取引現場に出向くことがあるのだろうか?
蒼菜は心の中で自問自答していた。
さらに、取引場所として指定された水上山公園に疑念が増す。そこは人目が多い場所であり、夜景を楽しむ人々が多く訪れる。そんな場所で、リスクを冒して取引を行うとは思えなかった。もしかしたら、この情報は罠であり、一網打尽にされるのは密売組織ではなく市警なのではないかという考えが頭をよぎった。
蒼菜は市警が密売組織と真っ向から戦う準備を進めている中で、嫌な予感を拭い去ることができなかった。彼女の直感は鋭く、これまで幾度となく捜査を成功に導いてきた。しかし、今回はその直感が何か不吉なものを告げているように感じた。
「本当にこれでいいのか…」
蒼菜は一人心の中で呟いた。周囲の熱気とは裏腹に、彼女の心には不安と疑念が深く刻まれていた。
我が国有数の新興宗教である『或る或る教団』。その或る或る教団が水都郊外に新たに建設した理想郷『或る或る天国』では密かに大麻の栽培が行われていた。そこを訪れたのは大男の赤岩とゴスロリ姿の和莉。案内役を務めるのは教団幹部の天野妙華だった。
「渦巻さんではなく、赤岩さんが来るのは珍しいですわね」
と妙華が微笑みながら言った。
「ここまで大規模にやれるとは大したもんだ」
と赤岩は感心しながら、栽培から加工まで秘密裏に行われる設備を見渡していた。和莉は興味なさそうに瓶入りのイナゴの佃煮をポリポリと噛りながら辺りを見ていた。
「神事に大麻は欠かせませんからね」
と妙華はにこやかに応じた。
しかし、赤岩の表情は険しかった。
「だが、ヘマを打ったな」
と鋭い目を妙華に向ける。
市警が大麻の密売を嗅ぎつけた。赤岩は妙華に忠告するために『或る或る天国』に来たのだった。水都の政界に強い影響力を持つ『或る或る教団』が大麻取引を行っていることが明るみになれば、水都全体が混乱に陥るのは避けられない。
「市警は私たちの存在までは掴んでおりません」
と妙華は平然と答える。
赤岩はその返答に疑問を感じながらも黙って聞いていた。
「そして、市警には我々の邪魔ができなくなるような大打撃を与える準備ができております」
と妙華は胸を張って告げた。
赤岩は妙華の自信に満ちた態度に少しだけ安堵を覚えたが、それでも油断は禁物だと考えていた。
「それが本当ならいいが…失敗すれば、我々だけでなく水都全体が混乱に陥ることになるんだぞ」
と再度釘を刺すように言った。
「お任せください。我々は必ずやり遂げます」
と妙華は自信に満ちた笑顔を浮かべた。
赤岩は一瞬だけ和莉を見やり、彼女がどんな反応をするかを確認した。和莉は相変わらずイナゴの佃煮を噛りながら、無関心そうな表情を崩さなかった。
「ならば、いいだろう。だが、ヘマは許されないぞ」
と赤岩は最後に念を押し、教団の秘密基地から離れていった。
「赤岩さん、あの胡散臭い連中とは早く手を切った方がいいですよ」
和莉が赤岩に忠告するが、赤岩は無視した。『或る或る教団』は穢川研究所の大のお得意先であり、教団から莫大な資金が研究所に流れ込んでいる。
『或る或る天国』は静かな夜を迎えたが、その裏には激しい策謀が渦巻いていた。市警の捜査はますます厳しくなる中、教団の運命はどのように転ぶのか、赤岩の胸には不安が残ったままだった。
水上山公園は、眼下に水都市内が一望できる絶好の夜景スポットである。今日も展望所には多くのカップルや若者たちが夜景を楽しんでいた。その中に紛れて、蒼菜は部下の山田に肩を抱かれていた。隣のカップルはロマンチックにキスをしている。
「柏原さん、私たちももっと恋人っぽくしましょう」
と山田が蒼菜を引き寄せる。
「山田くん、調子に乗らないで」
と蒼菜は山田を睨みつけながらも、周囲の警戒を怠らなかった。水上山公園には蒼菜と山田の他にも多くの私服警官が配備されていた。情報によれば、水上山公園のどこかで大麻の取引が行われるはずだった。
展望所は多くの若者が夜景を楽しんでいるため、駐車場を警戒している警官からは不審者の連絡は入っていなかった。何かが起こるとすれば、展望所とは反対側の広場だろうと蒼菜がそちらに目をやったとき、その方角から闇を切り裂くような銃声が鳴り響いた。
騒然とする展望所。
「山田くんは、市民を誘導して!」
蒼菜は命じると、フレアスカートを捲り、太股のレッグホルスターから小型の拳銃を取り出した。
山田はすぐに市民たちを安全な場所へと誘導し始める。一方、蒼菜は銃を構え、銃声が聞こえた方へと足を進めた。
手筈通り、市民を避難させ、駐車場を閉鎖した。これで密売に絡む者たちは水上山公園から逃げることはできないはずだ。しかし、捕えた覆面の男たちは誰も大麻を所持していなかった。蒼菜は不審に思った。
その時、人が飛んだ。同僚の刑事だ。現れたのはカエル男。しかも三匹。同僚の刑事はカエル男に投げ飛ばされたのだ。刑事たちが拳銃を撃つが、カエル男は素早く飛び跳ねる。縦横無尽に跳ね回るカエル男たちの動きに、味方に当たってしまう恐れがあるため拳銃を撃つことはできない。
「まんまと罠に掛かったな」
と捕えた覆面の男たちが口にする。そして、次々とその男たちはカエル男に姿を変えた。カエル男たちの襲撃により、警官たちは次々と倒れ、女性警察官の悲鳴が響いた。その女性警察官は身体を舐め回されている。
蒼菜は助けに行こうとしたが、カエル男に足を取られてしまった。
「市警と戦争でもするつもり?ここにいる警官を始末しても、すぐに他から増援が来るわよ」
と地面に押さえつけられたまま蒼菜が言う。
「市の偉いさんは俺たちの仲間だから、増援なんて来ねえよ」
とカエル男は冷笑する。蒼菜のスカートを捲り、太股の拳銃に気付いたカエル男が楽しそうに蒼菜の身体を弄り始める。
「こんなとこに銃を隠していたのか。市警の女は怖いねぇ」
とカエル男は蒼菜の股を開かせ、蒼菜の両手を地面に押さえつけた。
「まるでカエルみたいな格好だな」
カエル男は舌を伸ばし、蒼菜の頬を舐める。
「うげッ、やめなさい!」
カエル男に押さえつけられ身動きが取れない蒼菜。
「さてと、勇敢な女刑事の身体をたっぷり味わうとするか」
カエル男の蒼菜の両脚を持ち上げ頭の方に持って行く。蒼菜の青いショーツのクロッチが天を向き、月明かりに照らされた。
「くっ…こんな格好……」
屈辱に唇を噛む蒼菜は、カエル男に犯されることを覚悟した。
その時、銃声が鳴り響き、カエル男が蒼菜の身体の上に倒れた。
「山田くん!」
と蒼菜が叫ぶ。
「一匹始末しましたよ」
とポーズを決めながら山田が答える。彼は蒼菜に夢中になるカエル男の側頭を撃ったのだ。
山田は蒼菜の上のカエル男をどかそうとするが、カエル男は死んでいなかった。
「痛てーな!」
とカエル男は立ち上がり、山田を殴り飛ばしてしまった。
「わー!」
「山田くん!」
と蒼菜が叫ぶが、山田は遥か遠くに飛んでいってしまった。
カエル男は全部で七匹。残っている警官は蒼菜一人。蒼菜は冷静に状況を判断した。今、動いているのは蒼菜とカエル男だけだ。
「真っ先に私を始末すべきだったわね。私を最後に残したことを後悔するといいわ」
と蒼菜はスカートのホコリを払いながら立ち上がる。
蒼菜は深呼吸をし、倒れた仲間たちに目を向けた。今はただ、彼らの無事を祈るばかりだった。
「お前一人で何ができるってんだ」
カエル男が嘲笑う。
「私は水都市警の柏原蒼菜。覚えておきなさい。もっとも、これからの私の姿を見てしまう貴方たちを、生かして帰すつもりは無いけど」
と蒼菜は冷静に答える。
その瞬間、蒼菜の身体に変化が起こった。髪が伸び、身体の色が青緑色に変わっていく。カエル男たちは驚きの声を上げた。
「まさか…お前も薬の使用者か?」
「植物系か?」
「棘々してるぞ」
「いい匂いがする」
どよめくカエル男たちを前に、蒼菜は冷たい微笑を浮かべた。
「龍舌蘭よ。貴方たちのような量産型とは訳が違うわ」
と言い放ち、完全にリュウゼツラン女に変身した。
リュウゼツラン女は地面に根を張ると、鋭い棘を持つ蔓を伸ばし、カエル男たちを襲った。最初の一匹は反応が遅れ、鋭い棘に貫かれて地面に倒れた。
「くそっ!一斉にかかれ!」
カエル男たちは叫びながらリュウゼツラン女に向かって跳びかかった。だが、リュウゼツラン女は蔓を振り回し、次々とカエル男たちを打ち倒した。
「カエルジャンプ!」
一匹のカエル男が高く跳び上がり、上からリュウゼツラン女を狙う。しかし、リュウゼツラン女は冷静に蔓を巻き上げ、そのカエル男を捕らえると、地面に叩きつけた。
「甘いわね」
とリュウゼツラン女は呟き、さらに蔓を伸ばして残りのカエル男たちを攻撃した。カエル男たちはその強力な攻撃に次々と倒れていった。
「もう終わりかしら?」
リュウゼツラン女は勝ち誇ったように微笑んだ。しかし、最後の一匹が逃げようとするのを見逃さなかった。リュウゼツラン女は素早くそのカエル男を捕らえ、冷酷に言い放った。
「逃がさないわよ」
その瞬間、リュウゼツラン女の蔓がカエル男の身体を締め上げ、息の根を止めた。全てのカエル男たちが倒れ、静寂が戻った水上山公園。リュウゼツラン女は冷たい微笑を浮かべながら、自らの姿を元の蒼菜に戻した。
「誰も見ていないわね」
蒼菜はそう呟きながら、倒れた仲間たちの元へと向かった。彼女の決意は揺るぎないものだった。
「全滅?七人のカエル男が全滅?!」
『或る或る天国』では天野妙華が驚きの声を上げた。
「はい。詳しいことは分かりませんが…」
報告する男も戸惑っていた。現場にいた者の全てが消えてしまったのだ。
「ミラクルナイトがその場にいたのか?」
「分かりません。しかし、ミラクルナイトごときに七人のカエル男が容易く敗れることは無いはずです」
確かに、ミラクルナイトの弱さは妙華もよく知っている。ミラクルナイトが七人のカエル男を倒せるとは思えない。
「ドリームキャンディとセイクリッドウインドか…」
妙華は考え込む。
「しかし、市警にある程度の打撃を与えたのは確かです」
その報告を受け、妙華は思案を巡らせた。市警の幹部にも信者はいる。市警の捜査も少しは弱まるかもしれないと考えた。
一方、蒼菜は警察病院に部下の山田の見舞いに来ていた。
「あれだけ飛ばされたのに、よく骨折で済んだわね」
「私は不死身ですから。蒼菜さん、どうだったんですか?」
「あの後、気絶したから覚えてないのよね」
蒼菜はカエル男を倒したあと、気絶したフリをしていた。あの場にいたカエル男は全て消滅したため、蒼菜がリュウゼツラン女としてカエル男を倒したことは誰も知らないはずだ。
「カエル男に押さえつけられた柏原さん、色っぽかったですよ。普段からあんな格好すれば嬉しいんですけど…」
山田が蒼菜の顔をジロジロ見る。
「あの日は特別よ」
あのときは若者カップルに見えるように敢えてスカートを穿いていたのだ。いつもの蒼菜の衣装は動きやすいパンツスーツである。
「柏原さんがスカートを捲って銃を出すとこ、カッコよかったなぁ」
思い出しニヤける山田。
「そんなこと言ってないで、早く治して帰ってきなさい!」
蒼菜は山田の頭を叩き病室を出た。
「市の偉いさんが密売組織の仲間か…」
蒼菜はカエル男の言葉を思い出し溜息をついた。水都には深い闇が蔓延っている。蒼菜は何があっても市民を守ると決意を固め、警察病院を後にした。
(第135話へつづく)
(あとがき)












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