ミラクルナイト☆第187話
鄙野町外れ、かつて旅館だった古びた建物。その一室、畳の上に描かれた複雑な魔法陣が淡く光を放ち、空気が湿り気を帯びる。
「紗理奈ぁ〜!今日もカワイイお茶お願い〜」
子どものような声と共に、床にあぐらをかく幼女の姿——魔界のプリンセス、コマリシャスが、クッションの山に埋もれながら大きなぬいぐるみを抱きしめていた。
「もう、ちゃんと魔物召喚に集中しなさい、コマリシャス」
声の主は一人の人間の女性、御祖紗理奈。彼女は白衣の上に赤いストールを羽織り、どこか気怠げな雰囲気を纏っているが、目だけは鋭く輝いていた。
「でもぉ、最近ちょっと退屈でしょ?カギムシソウジキもやられたし、ユムシセンプウキたちも帰ってこないし……ねぇ、可愛くて面白いやつ、つくっていい?」
「ふふ。あなたの“面白い”はたいてい制御不能なのよね。でも、まあいいわ。監視の立場としては止めるべきだけど……今は、あなたが少し元気な方が好きよ、コマリシャス」
「えへへ〜!やっぱ紗理奈は分かってるぅ!」
魔法陣に、ぬめりを含んだ銀の光が満ち始めた。そこに投げ込まれるのは、クモの死骸、プリクラの台紙、そして割れた手鏡の破片——。
「おおっ、これは……!」
部屋の隅に控えていた老執事じいやが、懐かしげに目を細める。
「お嬢様、また変わった素材を……」
「タンポポ、準備できたー?」
「はっはーい!」
現れたのは、頭がタンポポ、体がネクタイのタンポポタイ。魔法陣の周囲を軽快に飛び跳ねながら、黄色い綿毛を撒き散らす。
やがて、魔法陣から“びよ〜んっ”という変な音と共に生まれ出たのは、丸い鏡を顔に持ち、足がカサカサと動くクモのような魔物。
「キラキラ……キラキラしてるねぇ……!これは、オシャレ!?カワイイの匂い!?わたし、カワイイで勝負するの!?ヤッター!!」
「おおーっ、やったやった!うちの子、元気いっぱいー!」
「名前は……そうだなぁ。クモノスカガミン!これで決定!」
「あっ、名前もカワイイ!?ありがとうありがとうプリンセスさま!」
「でね、カガミン。キミには、あの水都の白いヒロイン——ミラクルナイトって子を倒してきてほしいの」
「カワイイ子!?倒すの!?でもカワイイの!?撮るの!?比べるの!?盛れるの!?やるやるやるやる!!」
「うるさいわよ、落ち着きなさい」
と紗理奈が呆れ顔で口を挟むが、コマリシャスはケラケラ笑って手を振った。
「いいのいいの、こういうノリが今の地上戦には大事なの!だって、向こうは“みんなのアイドル”だよ?こっちは“みんなの困り者”くらいじゃないとバランス取れないって!」
「ふむ……“お困りプリンセス”、でございますな」じいやがうやうやしく一礼する。
「その子がどんなにカワイくても、どんなに弱々しくても、あたしのカガミンが一番って、みんなに見せつけておいで!」
「ラジャーですうぅぅう!撮って!盛って!ベストカワイイ賞ゲットぉぉお!」
カガミンは奇妙なスキップで部屋を出ていく。足音はぺたぺた、頭上ではプリクラ用フラッシュがパシャパシャと明滅していた。
その姿を見送るコマリシャスの目が、ふと寂しげに細まったのを、紗理奈は見逃さなかった。
「……コマリシャス、あなた、本当はミラクルナイトのこと……」
「しーっ、今はそういうのナシだよ、紗理奈ぁ」
少女のように無邪気な声が、鄙野の静かな夜に消えていった。
水都の初夏。
真昼の陽射しを浴びて、水都公園の噴水が陽炎のように輝いていた。子どもたちの笑い声、学生カップルの記念撮影、芝生の上では昼寝をする老人。いつもと変わらぬ、のどかで平和な光景。
だが——。
「ぴしゃあああんッ!!」
空中を滑るように飛来した透明な糸が、噴水の中心の彫像に巻きついた。次の瞬間、金属の軋む音と共に彫像が一回転し、頭からスプリンクラーの水を浴びて吹っ飛んだ。
「キラ〜ン☆ かわいさセンサー、反応ありっ!」
ぴょこん!と噴水の縁に飛び乗ってきたのは、丸い鏡の顔を持つ蜘蛛の魔物。足は八本、背中にはプリクラ用の照明機材、そして腹部には小さなディスプレイがあり、そこに「BEST CUTE RANKING:計測中」と表示されている。
「な、なんだあれ!?」
「撮影!?ドッキリ!?」
「えっプリクラ……いや魔物!?」
騒然とする広場の市民たち。
「えっとえっと、お写真一枚どうぞ〜!水都の皆さん、はいチーズ!ぱしゃっ!」
パシャッという音とともに、まばゆいフラッシュが辺りを照らす。そして画面に表示される顔写真と謎の点数。
「うーん、60点。ちょっと目線がズレてるよぉ〜」
「や、やめてよ!肖像権侵害よ!」
「え〜!?じゃあこっちの子は!?おお、制服スカートの中まで写ってる!これはサービス点加算で……87点!!」
「ちょ、最低!この変態蜘蛛っ!」
「ひひひ〜んっ、うれしい〜!今日のカワイイランキング、爆上がり中〜!」
クモノスカガミンは、透明な「カガミスレッド」で広場の木々や街灯に器用にぶら下がりながら、市民たちを勝手に撮影し、次々と点数を付けては踊るように跳ね回っていた。
「でもね〜、この中には本命がいないの〜。あたしのミッションは、ミラクルナイトちゃん!水都のカワイイの頂点って聞いたんだよね〜!」
スピーカーのような口から、ビョンビョンと音を立てて声を響かせながら、魔物は空中で一回転し、ビジョン広告塔に着地する。
「ミラクルナイトちゃ〜ん!あたしと勝負しよっ!どっちがカワイイか、プリクラで決めようよぉ〜!!」
その瞬間、水都テレビの生中継ドローンが反応し、クモノスカガミンの姿が市内の大型ビジョンに映し出された。
「本日、午後一時——水都公園に現れた謎の魔物、ただいま女子たちの“可愛さ”を採点中……あっ、ミラクルナイトの名前が出た!?これは大変です!」
市民たちはざわつき始める。スマホを取り出して撮影を始める者、逃げる者、SNSに実況を流す者——。
そして。
誰よりもその映像を真剣なまなざしで見つめる少女がいた。
——野宮奈理子。
「可愛いって……勝手に比べるものじゃないよ」
制服のスカートを風になびかせながら、彼女は走り出す。バッグの中に忍ばせた、奇跡のアイマスクを胸に握りしめて——。
喧騒の渦巻く水都公園の北口。
公衆トイレ裏の影に身を隠した一人の少女が、震える指先で小さなポーチのジッパーを開けていた。
「また……こんなふうに人前で目立って……」
スマホの画面には、今まさにクモノスカガミンが映し出されている。あの丸い顔、勝手に人を撮っては「点数」をつける無神経な言動。そして、カワイイという言葉を弄ぶような、無邪気な悪意——。
「……『カワイイ』は、誰かを比べるためのものじゃないっ!」
奈理子はポーチの中から、水色の縁取りが施された白いアイマスクを取り出した。
風が吹く。髪がなびく。
そして、奈理子はそれを両手で持ち、きゅっと瞳を閉じる。
「——ミラクル・チェンジ!」
その瞬間、空気が反転する。
アイマスクがふわりと宙に浮かび、まばゆい光の粒となって奈理子の身体を包み込む。制服は光に溶け、代わりに現れるのは——白と水色のリボンとフリルがあしらわれた、可憐で神秘的なヒロイン装束。
プリーツスカートはふわりと広がり、ミディアムボブの黒髪を飾るのは白いリボン。背中には風のように揺れる軽やかなケープ。足元はレースのブーツ。そして、目元には変身の証であるアイマスク。
「水都の守護神——ミラクルナイト、ここに参上!」
公園のフェンスを軽やかに飛び越え、少女は噴水広場へと舞い降りる。
その姿を見たクモノスカガミンのディスプレイが、ピピッと高音を鳴らした。
「き、来たぁあああッ!!カワイイ頂点対決、はっじまるよぉおおお!!」
「……やっぱり、私が狙いなのね。勝手に人を映して、勝手に点数つけて、楽しいの?」
「楽しいよっ!?だってアタシの使命は“カワイイを決める”ことなんだからぁ!」
ぴゅるん!
透明なカガミスレッドが空中を走り、ミラクルナイトの足元に絡みつく。
「きゃっ!」
彼女はとっさに跳ねて避けるが、次々と繰り出される糸の罠が足場を封じていく。
「まずは撮影ターイムッ!きっちりポーズとってね、ミラクルナイトちゃん!」
「そんなの……拒否する!」
ミラクルナイトが手を掲げ、ミラクル・シャイン・ブラストの輝きを集める。だが、カガミンは構わずプリクラ用フラッシュを発射!
「はい!ちーず!ぴかっ!」
「うっ……まぶっ……」
一瞬の目くらまし。カメラシャッターと同時に足元の糸が絡みつき、ミラクルナイトはバランスを崩し、石畳に膝をついてしまう。
「キャハハ!ミラクルナイトちゃん、今のショット最高ぉ!点数は〜……74点! う〜ん、ちょっとスカートが乱れてて減点ねぇ!」
「なっ……!」
羞恥に顔を染めるミラクルナイト。その姿を、広場のビジョンカメラが無慈悲に捉えていた。
だが。
「でも、それでも私は——!」
ミラクルナイトは震える膝に力を込めて立ち上がった。
「私は、“誰かと比べるため”に可愛くなったんじゃない!守りたい人がいて、笑ってほしい人がいて、それが私の“カワイイ”なんだからッ!」
その瞬間、彼女のスカートがゆっくりと舞い上がる。そして、股間が強く輝き、純白のショーツのクロッチの奥から青白い光が弾けた。
「うおっ!?な、なにその光!?アタシのセンサーが狂って……わぁああっ、スコア表示が暴走してるぅうう!?」
「行くわよ、クモノスカガミン!」
ミラクルナイトが華麗に跳び上がり、空中で回転しながら広場中央の噴水に向けて突進!
水しぶきを伴った一撃が炸裂し、広場に輝く虹が一瞬だけ、その背後に現れた——。
水しぶきが宙に舞い、ミラクルナイトの着地とともに虹が差した。
「やるじゃないミラクルナイトちゃん……でも、アタシの“カワイイカガミンセンサー”はまだ負けてないよっ!」
クモノスカガミンはふわりと背面から糸を噴射し、スパイダージャンプで電灯柱の上に跳ね上がると、腹部のプリクラ機構をピコピコ操作し始めた。
「くらえっ☆とびきりキュートな——プリクラショット・カワイイ盛り盛りモード!」
ビビビビッ!
無数のピンク色のフレームやハートスタンプが、デジタル映像のようにミラクルナイトを取り囲む!
そこに強制的に合成されるのは、彼女の過去の戦闘中の情けない映像——スカートがめくれた姿、敵に押し倒された場面、敗北して晒されている姿……!
「こ、こんなの……やめてっ!」
「ひひっ、みーんな見てるよ?ミズトの皆さ〜ん、これが“あなたたちのアイドル”のリアルな姿で〜す☆」
大型ビジョンにも同時中継され、市民たちが「やめろ!」と叫ぶ中、ミラクルナイトは必死に両腕で胸元を隠しながら、下唇を噛みしめていた。
だけど——。
「……それでも、私、逃げたりなんかしない!」
ミラクルナイトの目がぎゅっと見開かれた。
「だって、私は……どんなに情けなくても、どんなにみっともなくても……私が“ミラクルナイト”であることに、誇りを持ってるから!!」
叫びとともに、彼女のブーツが石畳を蹴った!
「はあぁあああっ!」
彼女の手のひらに水の粒子が集まり、腕を振りかぶると水都の空気が一気に引き絞られる。
「アクア・ティック・ラプチャー!!」
放たれた蒼き光線が、プリクラデータの幻影を一気に洗い流すように炸裂!
カガミンの腹部パネルに直撃し、ピンク色のエフェクトとともにバチバチと火花が飛び散った。
「ひぎゃあああああ!?アタシの盛り加工がぁああ!!」
「もう、勝手に可愛さを決めさせない!本当の“可愛さ”は……誰かのために立ち向かう勇気のことだよ!!」
ボロボロになりながらも、まっすぐ立つミラクルナイト。
その姿に、逃げていた市民たちも足を止め、拍手や応援の声が徐々に広がっていく。
「ミラクルナイトー!がんばれー!!」
「うちの娘も応援してるぞー!!」
「いつもありがとう、白い天使!!」
「うぅう〜、なんでぇ!?カガミンの方がカガミンらしく頑張ってるのにぃ!?プリクラの努力とか、スタンプの配置とか、結構本気だったのにぃ〜!!」
傷ついたクモノスカガミンは広場の電柱にしがみつきながら、涙を流すように鏡面を曇らせた。
だが、その時。
ミラクルナイトが胸に手を当て、静かに言った。
「あなたが頑張ってたの、ちゃんと伝わってるよ。でも……」
風が吹く。スカートが揺れる。ミラクルナイトは一歩前に出て、はっきりと告げる。
「間違った方法で“カワイイ”を決めようとしたら、誰かを傷つけてしまう。私はそれを止めるために、ここにいるの」
——その言葉は、クモノスカガミンの鏡の中心に、まっすぐに映り込んだ。
「……う……ぐ、うぅ〜〜……じゃあ、じゃあアタシ……もう、“可愛さ係”じゃないのぉ〜〜!?」
涙混じりに絶叫するクモノスカガミン。その頭上に、闇の裂け目のような魔界のゲートが現れ始める——
水都公園・噴水広場の戦いは、終わった。
地面に膝をつき、鏡の表面を曇らせながらべそをかくクモノスカガミン。その頭上には、すうっと開かれた紫黒色の魔界のゲート。そこから漂う甘くてどこか鉄臭い空気は、地上の空気とは全く違う。
「クモノスカガミンちゃ〜ん、よく頑張ったねぇ〜〜!」
聞き慣れた声が、ゲートの向こうから響いてくる。
鏡面を震わせて上を見上げるクモノスカガミンの視界に、小さな影が現れた。
ふわふわのパジャマ姿に、リボン付きスリッパでぺたぺたと歩く幼女。
鄙野の支配者、プリンセス・コマリシャスその人であった。
「プリ、プリンセスぅ……!アタシ……負けちゃった……。ぜんぜんカワイくなかった……。プリクラのスタンプも、ランキング機能も、全部壊れたしぃ……うぅぅ……」
ぽたぽたと大粒の“涙シール”を床にこぼしながら泣きじゃくるカガミン。だが、コマリシャスはその丸い頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「ううん、違うよカガミン。キミはちゃんと、あたしの言った通り“カワイイで勝負”した。しかも、あのミラクルナイトをちゃんと泣かせそうになったし、スカートもめくれてたし!」
「そ、そうだった!?めくれたの、ちゃんと見えた!?」
「ばっちり!タンポポタイが録画してたから、後で一緒に観よっ!」
「やったあああぁ〜〜!!」
クモノスカガミンは涙を吹き飛ばし、勢いよくコマリシャスに抱きついた。
その後ろで、黄色いフワフワがふよふよと舞い降りる。
「お疲れ〜!いや〜盛大にやってくれたね、カガミンちゃん!ドリームキャンディが来るかと思ってヒヤヒヤしたよーっ」
タンポポタイである。ふざけたような陽気な声だが、その目は仲間の帰還に安堵していた。
「紗理奈〜、見た?あたしの新作、ちゃんと“泣きながら撤退”できたよ〜」
「……ええ、しっかり見届けたわ、コマリシャス」
壁に寄りかかっていた白衣の女性——御祖紗理奈は、クールな表情を崩さぬまま、それでもどこか微笑んでいた。
「ミラクルナイトを倒すだけが勝利じゃないわ。彼女の心に“迷い”を残す。十分すぎる戦果よ」
「うぇへへ〜……やった〜……えへへ……」
コマリシャスの膝の上で鏡の頭をくりくり撫でられながら、クモノスカガミンは夢見心地のようにつぶやいた。
「次はもっと……もっと可愛く……もっとカワイくしてぇ……!ミラクルナイトを、世界一カワイイ敵にしてから倒すのっ……!」
「うんうん、その意気その意気♪」
「……ふふ、また厄介な魔物を増やしたわね、コマリシャス」
コマリシャスは紗理奈に向き直り、小さな指を頬に当ててにやりと笑った。
「だってさ、“カワイイ”って、苦しんで泣いて、ようやく磨かれていくもんでしょ?」
その言葉に、紗理奈はしばし沈黙し——やがて、「ほんとにしょうがない子ね」と呟いて目を閉じた。
闇のゲートが閉じる。
鄙野へと帰っていく、ひとときだけ勝者となった魔物たち。
一方そのころ、倒れ込んだミラクルナイト=野宮奈理子は、公園の片隅で市民に囲まれながらも、静かに思っていた。
(また……あの子に、気持ちで負けそうになった……)
戦いは、まだ終わらない。
(第188話へつづく)












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