ミラクルナイト☆第230話
穢川研究所・白い管制室。
年末特有の静けさが、装置音だけを際立たせている。
「今月は、ここまでだ」
九頭はそう言って、モニターを一つ閉じた。
「年末はノイズが多すぎる。
祝祭、警備、人流……どれも観測の邪魔だ」
絹枝は端末を確認し、淡々と頷く。
「次段階の評価には不向きですね。
データの比較が成立しません」
「それに――」
九頭は少し間を置いた。
「休ませた方が、違いが見える。
彼女が“守る”判断を、どれだけ鈍らせずに保てるか」
絹枝は短く答える。
「様子見、妥当です」
「年が明けてからだ。年末は篠宮くんに動いてもらおう」
照明が落ち、計画表は保留の文字に切り替わった。
十二月三十一日。
年瀬の名残をとどめる空気は、他のどの日よりも澄んでいて、ひどく冷たい。奈理子はスマホを手にベッドに転がっていた。上半身は白いウールのセーターを重ねているが、下半身は水色の"奈理子のショーツ"のみ。学校は既に冬休みに入っている。
街はいつもの賑わいとは違う、落ち着いた静けさが水都を包んでいる。人々は自宅で家族と過ごすか、あるいは初詣の準備に忙しいのだろう。商店街の大晦日セールも、クリスマスのような熱気はなく、どことなく手際のいい慌ただしさだけが感じられる。
「……私、みんなの前で、こんな顔を……」
奈理子が頬を赤らめる。スマホには、タコクリスマスローズの触手に弄ばれるミラクルナイトが映し出されていた。
「私がイッた姿が…みんなに見られてる……」
奈理子は我慢できず、股間に手を伸ばす。しかし、思いとどまる。
「あっ、このままじゃパンツが汚れる……」
奈理子はショーツからスルリと右脚を抜き、仰向けになり、膝を立てて体勢を整えた。目を閉じ、触手の感触を思い出しながら、再び股間に手を伸ばす。
そのときだった。
「姉ちゃん、母ちゃんが呼んでるぜ」
ノックもせずに隆が奈理子の部屋に入ってきた。
「隆!?」
隆が目にしたのは、左脚にショーツを絡ませ、股間を弄る姉の姿だった。
「……いま、してたところなんだ」
隆は呆れたようにそう言って、部屋を出ていった。
年も暮れようかという大晦日の昼下がり。
冷たい風が、水都の市街を縫っていく。石畳の道は湿気を帯び、薄暗い灯りが反射して、足元をぼんやりと照らしている。人通りはまばらで、遠くから聞こえる除夜の鐘の音が、静寂をより深く刻みつけている。
奈理子は、その石畳の道を一人歩いていた。白いセーターにマフラーという、少し季節外れの格好だが、彼女にとっては最も動きやすい服装だった。ママからの「商店街の蕎麦屋で年越し蕎麦を買って来て」という言いつけを、気にかけての昼の散歩だった。
(大晦日にまでおつかいなんて……年が明けたら、ちゃんと休みたいのに)
「よう、奈理子ちゃん!今年も商店街のために全てを曝け出してくれてありがとう!」
大晦日で忙しい蕎麦屋の店主が奈理子を見つけた。
「好きで曝け出してるじゃありません!」
プッとする奈理子。
「秋祭りでは褌姿、クリスマスではおしっこ!来年も商店街を盛り上げてね!
これサービスね」
蕎麦屋の店主が蕎麦と蕎麦つゆに加えて特大海老天を奈理子に渡す。
「特典!?あ、あがとうございます……
来年も、よろしく頼みます!」
店主に手を振られ、奈理子は商店街を歩く。
(来年も……私は、ミラクルナイトであり続けるのかな……)
その考えが頭をよぎった瞬間、彼女はふと立ち止まった。
周囲の空気が、わずかに変わったのに気づいたからだ。
それは音でも、光でも、匂いでもない。ただ、空間の質が、粘っこく、重くなったような感覚。まるで、透明なゼリーの中を歩いているような、そんな違和感だった。
(……また?)
奈理子は持っていた蕎麦が入った紙袋を、近くの自動販売機の脇にそっと置く。彼女の表情は、先ほどまでの少女らしいものから、戦士としての凛としたものへと変わっていた。手にはアイマスクが握られている。
「……水の守護神よ、光の化身よ……今、私に力を……
ミラクル・チェンジ!」
彼女の吐く息が白くなり、その言葉が風に消えかかる頃、彼女の体を水色の光が包み込む。光が収まったとき、そこに立っていたのは、ミラクルナイトだった。
ミラクルナイトの前に現れたのは、三体のウズムシ男。強くはないが、強い衝撃を与えると分裂してしまう。打撃も斬撃も通用しない。奈理子を辱めることを喜びとする下級怪人だ。
「また、私にエッチなことをするつもり?!」
ミラクルナイトがウズムシ男を睨む。
「何だ?ウズムシか?」
「おっ!今年最後のミラクルナイトだ」
商店街の住民たちがわらわらと集まってくる。敵がウズムシ男では緊張感は微塵もない。
「奈理子ちゃーん、今日のパンツは何色かなー?」
ウズムシ男たちが、ミラクルナイトの太股に触れる。ミラクルナイトは軽やかに後ろに下がり、ウズムシ男たちの攻撃を回避する。
「やめなさいっ!」
ミラクルナイトが鋭いハイキックを繰り出すと、その衝撃にウズムシ男は分裂する。
「やっぱり、分裂しちゃう……」
「奈理子、今日は白じゃなくて水色パンツだな!」
ウズムシ男は、四体になっていた。数を頼みに、ミラクルナイトに群がる。
「あっ!やめて!」
ミラクルナイトは腕を掴まれ、スカートをめくられそうになる。白いスカートが風になびき、下のショーツがチラリと見えてしまう。
「きゃっ!」
彼女はその間合いを利用して、体を低く滑らせ、ウズムシ男の足元を抜ける。だが、敵の数は多すぎる。
(どうすればいいの……?)
ミラクルナイトは、頭を抱える。
「チラッと、水色が見えたな?」
「今日は白じゃないのか?」
「冬休みだから、白じゃないんだ!」
いつもの白ではない奈理子のショーツに歓声が上がる。ミラクルナイトの顔が、さらに赤くなる。
「みんな、見ないで……」
屈辱。羞恥。でも、彼女は戦士だ。水都を守る番人だ。
「久々の水色パンツ!」
「水色パンツの奈理子ちゃんも可愛いよ!!」
大喜びの商店街の住民たち。その中には、騒ぎに駆けつけた寧々の姿もあった。敵がウズムシ男なら、ミラクルナイト一人で対処できるはずと考え、見守っているのだ。商店街の住民たちの楽しみを邪魔するわけにはいかない。かといって、ミラクルナイトの羞恥プレイをこれ以上見たくもない。
「やめて……」
ミラクルナイトは、ウズムシ男たちを翻弄しながら、答えを探す。
(打撃と斬撃は……アクアティックラプチャーじゃあ水浸しになるし……)
ミラクルナイトの目に、路地裏に置かれた消火器が映った。
(あれは……!)
彼女は、一つの作戦を思いつく。
「見てて、ミラクルナイトの本当の力を!」
ミラクルナイトは、消火器のある路地裏へと向かう。ウズムシ男たちも、それを追いかける。
「どこへ逃げるんだ!」
「捕まえて、パンツ脱がしてやる!」
ミラクルナイトは狭い路地裏に追い詰められる。背後は壁だ。ウズムシ男たちが、彼女を囲む。
「もう、逃げ場はないぞ!」
「さあ、水色パンツの匂いを嗅がせろ!今日も濡れてんだろ?!」
ウズムシ男たちが、ミラクルナイトに襲いかかる。
「寧々、姉ちゃんは?」
ウズムシ男出現の警報を聞いた隆も商店街にやって来た。
「あっ、隆。奈理子さんの今日のパンツは水色だよ!白じゃないよ」
「知ってるよ。家で見た」
隆の素っ気ない答えに寧々は考え込む。一人っ子の寧々には、姉と弟が一つ屋の下でどのような生活を送っているのか、想像もつかなかった。
(隆が、奈理子さんのパンツを見た……?)
「姉ちゃん、大丈夫かよ……」
寧々の思いも知らず、隆が心配そうに呟いた時だった。
路地裏から、大きな破裂音が響いた。
ミラクルナイトは、路地裏に追い詰められる。背後は壁だ。ウズムシ男たちが、彼女を囲む。
「へへ、追い詰めたぜ!」
「まずは、ひらひらスカートを脱がせちゃおうかな♪」
ウズムシ男たちが、ミラクルナイトに襲いかかる。
「これで、追いかけっこは終わだ!」
その瞬間、ミラクルナイトは笑った。
「終わるのは、あなたたちの方よ!」
彼女は、背後の消火器に向かって飛びかかる。そして、安全栓を抜き、ホースをウズムシ男たちに向ける。
「フリーズ・インパクト!」
「ひええええええ!」
ウズムシ男たちは、冷たい粉末に包まれる。その粉末は、彼らの体に張り付き、動きを封じ込めた。
「ここならば…ミラクル・アクアティック・ラプチャー!」
ミラクルナイトの掌から放たれた水のオーラが四体のウズムシ男を包み込む。
「奈理子のスカートの中に頭を突っ込んで、パンツをクンクンしたかったのにー!」
「貧乳奈理子の乳首をコリコリしたかったー!」
「俺は奈理子の脇汁をペロペロしたかった!」
「奈理子のパンツを脱がして……」
ウズムシ男は思い思いの言葉を残し、消滅していった。
「はぁ、はぁ……この…ッ!変態めッ!!」
屈辱的な言葉に、ミラクルナイトの体が震える。だが、彼女は立ち尽くしているわけではない。彼女の体に、わずかな光が宿っている。それは、彼女の勝利を証明する光だった。
「よかった、奈理子さん!」
「姉ちゃん、やったな!」
寧々と隆が駆け寄ってくる。
「うん……」
ミラクルナイトは、小さく頷く。
「今日の奈理子さんのパンツ、水色で可愛かったです」
寧々が、真顔で言う。
「……は、恥ずかしいよ、寧々ちゃん……」
ミラクルナイトの顔が、赤くなる。
「姉ちゃん、大丈夫か?」
隆が、ミラクルナイトの肩に手を添える。
「……うん」
ミラクルナイトは、小さく頷く。
「それより、母ちゃんが蕎麦を待ってるぜ」
隆が、置き去りにされた蕎麦の紙袋を拾う。
ミラクルナイトは、商店街の人々からの祝福を受けながら、心の中で安堵のため息をついていた。
(今年、最後の戦いはこれで終わりだね。なんとか、乗り切れた……)
彼女の足元、彼女自身も気づかぬうちに、見えない菌糸が伸び始めていた。それは、ブナシメジ男の能力の片鱗だった。篠宮 朔という男の、執拗な観察の始まりだった。
「奈理子ちゃん、お疲れ様!」
「今年も頼りにしてるよ!」
人々の声が、温かく彼女を包む。
「ありがとうございます……」
ミラクルナイトは、屈辱を忍び、微笑みを返す。
「姉ちゃん、帰ろう」
隆が、蕎麦の紙袋を手に、彼女の背中を押す。
「……うん」
ミラクルナイトは、人々に手を振ると、変身を解除。白いセーターとミニスカートの姿に戻ると、隆と寧々と共に商店街を後にした。
その背後で、ブナシメジ男は、人知れず影に溶けていた。
(……凡庸なるが故に、観測を続ける。篠宮 朔としても、ブナシメジ男としても。今年最後のデータ収集、完了した。来年は、君の“本質”を、より深く……)
男は、哲学的、かつ飄々と、独りごちる。
その夜、除夜の鐘が鳴り響き、人々が新年を迎える準備をする中、ミラクルナイトの戦いは、まだ終わっていなかった。
奈理子が自室のベッドに横たわると、急な激しい眠気に襲われた。体が鉛のように重くなる。眼瞼が持て余しそうに垂れ下がり、部屋の灯りがぼやけて見える。今日の戦いの疲れか、それとも……。
(……おかしい……こんなに……疲れて……はず……ないのに……)
思考が霧散していく。彼女は、朦朧とする意識の中で、不協和音を感じていた。何かが、自分の体内で、静かに、しかし着実に変化している。
(第231話へつづく)













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