ミラクルナイト☆第208話
商店街、老舗蕎麦屋「大黒庵」の座敷に、いつもの面々が顔を揃えていた。
「さーて、今年も秋祭りが近づいてきたぞい!」
蕎麦屋の店主、黒田が威勢よく口火を切る。
「去年はちょっと地味だったからねえ。今年はどーんと派手にいこうよ」
果物屋「山崎青果」の山崎が言えば、隣でお茶を啜っていた占い師・鈴も静かに頷いた。
「屋台は例年通りでいいとして……目玉となる出し物が欲しいよね」
「わしらの代だけでなく、若い世代も巻き込んで盛り上げないと」
「うーん……御輿はどうかな?」
「去年も担いだよ」
「じゃあ、今年は輿の上に誰か乗せるとか……」
そのとき、黒田がぽんと手を叩いた。
「奈理子ちゃんを輿に乗せてパレードしようよ!」
「おおお〜〜! それは名案!!」
「それって、あの野宮さんとこの娘さん? ミラクルナイトの?」
「そうそう。清楚で、可憐で、町の誇りじゃよ! 祭りで輿に乗って笑顔を振りまいてくれたら、商店街の活性化間違いなし!」
「担ぎ手は中学校から募集するか? 隆たちに声かけて」
「でも、アレだ。奈理子ちゃんに担がせた方が盛り上がるって意見もあるぞ」
と口を開いたのは山崎。
「え? 担がせるの? 輿を?」
「うん。奈理子ちゃんが法被と……褌姿で担いでるとか、最高だと思わんかね?」
一瞬、空気が固まる。
「女子高生に褌は……ちょっと……」
鈴が控えめに口を挟もうとするが、黒田が続ける。
「いや、それがええんじゃ! 伝統と青春の融合! 若さと清楚の輝きが祭りを照らすんじゃ!」
「うんうん、奈理子ちゃんの褌姿。これは映えるぞ〜〜」
「絶対テレビ局も取材に来るぞ」
「観光客も倍増間違いなし!」
「じゃあ、輿に乗せるのは誰にする?」
「水都神社の風間凜ちゃんがええんじゃないか?」
「巫女姿で乗ったら神輿らしさ倍増だな」
「巫女 on 神輿! それを褌の奈理子ちゃんが担ぐ!!……天才か?」
「商店街始まったな」
「……あの、ちょっと」
鈴が再度口を開くが、完全に勢いに乗った商店街メンバーの耳には届かない。
「よーし、じゃあ鈴ちゃん、奈理子ちゃんに担ぎ手の件、話しといてくれるかい?」
「え? 私が?!」
「鈴ちゃん、奈理子ちゃんと仲いいでしょ?」
「信頼あるし」
「鈴ちゃんなら断られないって」
「うんうん。あとでソフトクリーム奢るからさ」
「商店街の未来は鈴ちゃんにかかってるよ!」
押し切られ、深々と頭を下げられる中で、
(奈理子に“褌姿で凜の輿を担げ”ってどう言えばいいのよ……)
と、頭を抱える鈴であった。
商店街の老舗喫茶店「きのした」。
午後の柔らかな陽が差し込む窓辺の席に、清楚な水色セーラー服の少女――奈理子が、占い師・鈴と向かい合って座っていた。
テーブルにはレトロな脚付きガラス器に盛られたフルーツポンチ。キウイとさくらんぼを交互に刺しながら、奈理子はにこやかに話を聞いていた。
「商店街の秋祭り、今年は盛り上げたいってみんなが言っててね」
「うんうん、いいと思います! お祭りって、町がひとつになる感じがして大好き。わたしも、何かお手伝いできることがあったら嬉しいな」
期待通りの返事に、鈴はほっと胸をなでおろした。
奈理子はいつも、町のためにできることなら何でもする、まさに“商店街の天使”そのものだった。
「実はね、今年は奈理子ちゃんに……中学生たちと一緒に御輿を担いでもらえないかなって話が出てて」
「わたしが担ぐの? へぇ〜楽しそう!」
奈理子はぱぁっと表情を輝かせた。
「いつもは担ぐのは男子だけだったから、新鮮かも。お世話になってる商店街のためだもんね、やります!」
「ありがとう……! ほんとにありがとう、奈理子……」
鈴は心の中で何度も商店街の面々を恨んだ。だが、ここで本題に入らねばならない。彼女は慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「そのね……ちょっとだけ、お願いが……追加であってね……」
「はい?」
と首を傾げる奈理子。
「法被と……あの、伝統的な、ふ、ふんどし……を、えっと、祭りの衣装として……着てほしいって……」
一瞬、奈理子の動きが止まった。スプーンを持つ手が宙で固まる。
パチリと瞬きを一つ。
そのまま数秒の沈黙。
「……えっ?」
鈴がごくりと喉を鳴らす。奈理子は笑顔を保ったまま、確認するように訊ねた。
「ふんどし……って、あの、ふんどし……?」
「う、うん……白いやつ……腰にきゅっと巻いて……お尻が……その……」
「なるほどなるほどなるほど……」
笑顔のままフルーツポンチのチェリーを口に入れる奈理子。もぐもぐ。ごくん。
「それって、例えばテレビとか……来る予定ありますか?」
「あると思う……っていうか、来るように誘致してるって……蕎麦屋の黒田さんが……」
「観光パンフレットとか、SNSにも……?」
「果物屋の山崎さんが『バズらせよう!』って……」
「なるほどなるほどなるほどなるほどなるほど……」
奈理子は再びスプーンを口に運び、今度はみかんをもぐもぐしながら、テーブルの下で膝を揃えて指を絡ませる。
「鈴さん」
「はい……?」
「商店街って、本当にあたたかくて、素敵な場所ですよね」
「そ、そうね……」
「わたし、子どもの頃からずっとお世話になってきたし、いまも商店街のみなさんに支えてもらって、ミラクルナイトとしてやっていられるのも商店街のおかげだって、そう思ってます」
「うん、そう……それは……とっても……」
「――でも、高校生の女の子に、褌って、普通に犯罪じゃないですか?」
その瞬間、奈理子の笑顔にピキッとひびが入り、喫茶店の空気が冷えた気がした。
「あっ、い、いや、もちろん!もちろん強制じゃなくてね!? 黒田さんがちょっとテンション上がって……その、他に衣装の選択肢も……! ね!? 全然アリで……!」
「法被だけでも、祭りの気分は味わえると思うんですよね~……」
奈理子はにっこりと柔らかい微笑みを浮かべたが、背後に黒いオーラが立ち上るのを鈴は感じた。
「鈴さん……わたし、まだ高校生なんです。今まで我慢してきましたけど、そろそろ境界線ってやつ、引いてもいいですか?」
「はい……ごめんなさい……すぐ戻って言ってきます……土下座して止めてきます……!!」
鈴は震える手で伝票を取り、頭を下げると店を出ていった。
残された奈理子はフルーツポンチの最後のパインを口に放り込み、ため息をついた。
「……ミラクルナイトの衣装の方が、よっぽど露出度低いわよ」
そして次の瞬間、LINEに新着メッセージが届く。
《📸 商店街秋祭り案まとめ。奈理子ちゃんの褌姿ラフスケッチ(山崎画)》
「もうやだぁぁぁぁぁ……!!!」
喫茶店「きのした」に、可憐な絶叫が響いた。
奈理子が制服のスカーフを外しながら、自室のベッドに身を投げ出す。部屋の隅に吊るされたミラクルナイトのコスチュームが、静かに揺れていた。
「……褌なんて、ありえない……」
制服のまま仰向けになり、天井を見つめながら奈理子はため息をついた。あのフルーツポンチと共に知らされた祭りの衝撃的な内容が、頭の中をグルグルと回っている。
そこに、軽くドアをノックする音と共に聞き慣れた声が響いた。
「姉ちゃん、帰ったか〜?」
「……うん」
ドアが開いて、弟・隆が顔をのぞかせる。中学男子らしい気だるげな雰囲気に、奈理子は反射的に身を起こした。
「何で姉ちゃんが凜ちゃんを担ぐんだ?」
「は?」
奈理子の眉が跳ね上がる。
「……ちょっと待って。凜さんを担ぐって、どういうこと?」
「え? 知らなかったのか? 今日、学校でさ、“奈理子先輩と一緒に御輿を担ごう!”って担ぎ手募集があったんだよ」
「……!!」
「水都中学の伝説の卒業生、野宮奈理子大先輩が参加するって話で、超盛り上がってた。俺のクラスでも希望者多くて、結局くじ引きになったよ」
「く、くじ引きまで……?」
奈理子の顔からスッと血の気が引いていく。思っていた以上に、話が広まっている。
「商店街の人たちもテンション上がってたぜ。“奈理子ちゃんのふんどし姿は町の宝!”とか言って、バカみたいに盛り上がってたし」
「宝って……わたし、なんなの……?」
奈理子は力なくベッドに沈み込む。ふわふわの枕が顔を包むが、その柔らかさは慰めにはならない。
「そもそも、なんで姉ちゃんが乗らないんだ? 水都の守護神ミラクルナイトなんだから、輿に乗るのが姉ちゃんでしょ?」
「……ほんと、それよ……」
「俺だったら姉ちゃんと一緒に輿担ぎたくないから出てないけど。章太郎は“隆の姉ちゃんと凜ちゃんのツーショット、完璧に撮ってやる!”ってやる気満々だった。アイツ、写真部だからさ」
「えっ……章太郎くんが……?」
「SNSに上げるって言ってた。『#水都の女神と巫女御輿』ってタグ付けて」
「…………」
奈理子は頭を抱えた。
「じゃ、俺ゲームするから。ごゆっくり〜」
バタン、とドアが閉まる音。静寂が戻る部屋の中、奈理子は力なく枕に顔を埋める。
「……もう、どうしてこうなるの……」
一瞬、秋祭りの観客に囲まれながら、白い褌で法被姿の自分が笑顔で輿を担ぐ未来が脳裏に浮かぶ。
「やるしか……ない、のかな……」
ミラクルナイトとして幾度も戦場に立ってきた奈理子だったが、その日、戦う相手は――商店街の期待そのものだった。
秋祭り当日――
商店街のテントの裏手、祭りの賑わいとは隔絶された空間に、ひときわ異様な緊張感が漂っていた。
白く薄い晒が、少女の胸元にきつく巻かれ、その上から藍染めの法被が羽織られている。腰には真新しい白の六尺褌。潔すぎるその姿に、奈理子は鏡の前で自分を見つめたまま、しばし動かなかった。
「……こんなの、地上に存在していい女子高生の姿じゃない……」
ぶつぶつと呟くその姿は、まさに**“覚悟を決めた水都の守護神”**であった。
そこへ、控室の帆布をくぐって現れたのは、申し訳なさそうな顔をした占い師の鈴だった。
「奈理子……ごめん……商店街の連中を止めきれなかった……“この機を逃すな!”って、勢いで……気づいたら、法被も褌もオーダー済みだったの……」
しおしおと語る鈴の言葉に、奈理子はふっと微笑む。
「鈴さん……いいんです」
そう言って、奈理子はそっと鈴の手を取った。その表情は、どこまでも穏やかで、もはや達観すら感じさせるものだった。
「これが……私の定めなのです……商店街のため、褌を締める女……」
「奈理子……っ」
手と手を取り合い、祭り前の静寂のなか、二人は一瞬、運命を分かち合うように見つめ合った――
「おっはよ〜☆ 奈理子〜ん!」
――その静寂を一瞬で木っ端微塵にしたのは、やたらと明るい凜の登場だった。
テントの入口に現れた凜は、今日ばかりはいつもの白衣と緋袴だけの巫女服ではない。金糸をふんだんにあしらった豪奢な巫女装束に、長い裳(も)が風に揺れている。そして、その裾を汚さぬように、付き従う巫女たちが裳を手で持ち上げていた。
「わっ……」
その付き添いの若い巫女たちが、控室に一歩入って奈理子の姿を見た瞬間、言葉を失う。
晒、法被、そして白い褌。
全身から滲み出る祭りの気合いが、異様なオーラとして放たれていた。
「うわぁ〜!奈理子ちゃん、正しく“祭りの女”って感じじゃ〜ん♪」
そう言いながら、凜はツカツカと奈理子の背後に回ると――
バサッ!
「ちょっ、やめてください!!」
法被の裾を豪快にめくり上げ、奈理子の褌を堂々チェック。
「ふふっ、やっぱ似合うじゃ〜ん! ピチピチのお尻に白褌って、映えるよね〜。いやぁ、さすが水都の女神!下着モデルだけじゃなく、褌娘もやるなんて、奈理子は本当にこの街が好きなんだね〜♪」
「凜さん……そんなことばかりしてると、輿の上から落としますよ……本気で」
冷え切った奈理子の視線に、さすがの凜も
「ヒィッ」
と肩をすくめた。
「そ、それは勘弁してほしいかな〜。今日はちゃんと私を支えてね、奈理子。それと、男の子たちの前で濡れちゃダメよ♪」
ひらひらと手を振って、付き添いの巫女たちを引き連れ、凜は優雅に控室を後にする。
奈理子は一つため息をついて、鈴の方に向き直った。
「……覚悟はできました」
「……うん、素敵よ奈理子」
そのとき、テントの外では、太鼓の音とともに
「奈理子ちゃーん!」
「ふんどし似合ってるよー!」
と、すでに騒ぎ始める奈理子ファンたちの声が聞こえていた――。
青空の下、水都商店街の秋祭りがついに幕を開けた。色とりどりの提灯が揺れ、出店の香ばしい匂いが漂うなか、観客の熱気が広場を満たしていた。
その裏手、テントの前で奈理子は最後の深呼吸をしていた。
「奈理子、どんなに恥ずかしくても堂々とするのよ」
横で付き添う鈴が、耳元でそっと囁いた。
「奈理子が恥ずかしがってたら、男子中学生の脳が壊れちゃうから」
「……脳が、壊れる……?」
訳が分からず、目を丸くする奈理子。だが、今さらやめる選択肢はない。
「行ってきます……!」
ふんどしをキュッと締め直し、奈理子は覚悟を決めて輿の待つ中央広場へと歩き出した。
その瞬間――
「奈理子ちゃーん!最高ッ!!」
「白褌白晒ッ!!純白の天使降臨だぁーッ!!」
割れんばかりの大歓声と、乱れ撃ちされるカメラのフラッシュの嵐。
奈理子が一歩進むたびに
「お尻可愛いぞー!」
「眩しいっ!浄化されたぁ!」
と、通行人やオタク系男子たちが勝手に成仏しかけていた。
(な、なんでこんな……!?)
そして奈理子が輿の前まで来たとき、目を疑った。
男子中学生たち――
なんと彼らは皆、普通に体操服+法被姿だったのだ。
(えっ!?褌は……私だけ!?)
「よろしくお願いしますっ……!」
真っ赤になりながらも、奈理子は中学生たちに深々と頭を下げた。
中学生たちは、頷くこともできず、ただ全員の目がお尻丸見えな奈理子の後ろ姿に釘付け。
「うわっ!奈理子のお尻、丸見え!!」
「やっぱふんどしって、すげぇな……」
「写真部章太郎、至急撮影入るッ!!」
背後からは止まらないフラッシュと賞賛の声。
奈理子の顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。
(もう……凜さん……早く来てください……っ!)
心のなかで必死に救いを求めたその時――
「凜ちゃーん!!」
観客席の一角からひときわ大きな歓声が上がった。
見ると、金糸と緋色に彩られた絢爛な巫女装束の凜が、まるで天から舞い降りた女神のように現れた。
裾を持って従う巫女たちを従え、手を振る凜。
その姿に観客たちはざわめき、興奮は最高潮に達した。
だが――
(お願い……そのまま早く輿に乗って、パレードを始めて……)
奈理子の心の叫びを知ってか知らずか、凜はゆっくりと歩いてくる。
「奈理子……たっぷりと、お祭りを楽しみましょうね♡」
にこりと微笑むその姿は、まさに慈愛に満ちた巫女の鑑。
(たっぷりなんて……たっぷりなんて言わないで……ッ!!)
奈理子は思わず空を見上げた。
青空は、無情なほどに晴れわたっていた――。
午後の陽光が商店街の提灯を赤く照らし、太鼓と笛の祭囃子が通りを賑やかに染める。
その中心を進むのは、金糸の織り込まれた華やかな巫女装束に身を包み、凜と微笑む“水都神社の巫女”、風間凜。神々しささえ感じさせるその姿は、子どもから老人までの視線をくぎ付けにし、沿道からは
「凜ちゃんキレイ〜!」
「女神様じゃ〜!」
と熱い歓声が飛び交っていた。
そんな凜を高々と載せた輿を担ぐのは――白晒を胸に巻き、白褌と法被という伝統と羞恥の狭間に揺れる姿で歩く、野宮奈理子と水都中学の男子たち。
「うぅ……視線が痛い……」
奈理子は顔を真っ赤にしながらも、笑顔を崩さず輿を支え続けていた。
「凜さん、綺麗……私も巫女さんになりたいなぁ」
沿道の屋台前、りんご飴を片手に見上げる寧々が目を細めてうっとりしていた。
「姉ちゃんも褒めてやってくれよ。今日、すごい覚悟で褌締めたんだから」
隣でたこ焼きを頬張る隆がボソリと呟く。
「奈理子さんは……偉いと思うよ……」
その真っ直ぐすぎる姿に、寧々は目を逸らしながら答えた。
「野宮先輩〜!こっち向いてくださーい!」
祭り用法被の下にカメラを抱えた章太郎が最前列で奈理子をパシャパシャ連写する。
「奈理子ちゃん!今日も可愛いよ!」
「白褌も御輿とマッチしてて最高!」
ファンクラブ代表の成好が団扇を振りながら絶叫し、他の会員たちも
「奈理子〜!」
「推せる〜!」
と異様なテンションで盛り上がる。
(うぅ……恥ずかしい……誰か、誰でもいいから怪人出てきて……!)
奈理子は願っていた。「敵が来ればミラクルナイトに変身できるのに」と。
そこに――
「水都の守護神って……露出狂なの?」
屋台の脇で三色団子を口に運ぶ魔界のプリンセス・コマリシャスが、奈理子の姿に小首を傾げた。
「奈理子は……その、目立つのが好きだから……たぶん……」
みたらし団子を舐めながら言葉を濁すのはコマリシャスの名参謀・紗理奈。内心
(なんで褌……?)
と困惑している。
「露出狂なら好都合。もっと恥ずかしい目に合わせてやれば、簡単に心が折れるわ♪」
コマリシャスがクスリと笑うと、手元に展開された黒紫の魔方陣が光を放つ。
「マツリダンジー、今日こそ水都の守護神をやっちゃいなさい!」
地響きとともに、祭囃子を狂ったテンポで打ち鳴らしながら――
屋台山車と串団子が融合した異形の魔物、マツリダンジーが現れるのだった!
「う〜ん……いい気持ち。まるでステージの上で歌って歓声を受けているよう……」
輿の上、金刺繍の巫女装束に身を包んだ凜は、両手を小さく振りながら陶酔していた。かつて地下アイドルとしてライブハウスで汗を流していた彼女にとって、今この瞬間は夢の延長線――輿の上はスポットライトと歓声の渦そのものだった。
「凜ちゃんキレイ〜!」
「奈理子ちゃーん!褌最高ー!」
商店街を埋め尽くす観客たちの黄色い声援が、輿を揺らす熱気となって吹き荒れる。
(何で私がこんな格好で凜さんを担がなきゃならないの……?)
白褌と法被姿で羞恥に耐えながらも、奈理子は笑顔を崩さず輿を担ぎ続けていた。視線を感じれば感じるほど、笑顔を引きつらせるしかない――それが、ミラクルナイト=奈理子の職業病だった。
そんなときだった。
ドオォォン!!!
突如として爆発音のような轟音が商店街に響き、煙が立ち昇った。子どもたちが悲鳴を上げ、出店のテントが吹き飛び、焼きとうもろこしが宙を舞った。
「うわあああ!な、なんだ!?」
「逃げろー!魔物だーっ!」
ざわめきが悲鳴へと変わり、祭りの平和な熱狂は一瞬で阿鼻叫喚に塗り替えられた。
「……来た!敵だ!」
奈理子の目が輝いた。
(これでミラクルナイトに変身できる!やっとこの格好から解放される!)
「みんな!輿を降ろして早く逃げて!」
奈理子は振り返り、共に輿を担ぐ男子中学生たちに叫んだ。
しかし――その瞬間、彼女はある重大な事実に気づく。
「……はっ!!」
祭り前、控室に変身アイテム=アイマスクを――置いてきてしまったのだ。
(これじゃ変身できない……)
絶望が全身を駆け巡る。うっすら滲む汗、羞恥と焦りが混ざり合い、顔が真っ赤に染まる。
「私のステージを邪魔する奴は……許さないっ!」
突如、輿の上から力強い声が響いた。
「凜さん……!?」
奈理子が見上げると、凜が巫女装束の裾を靡かせて立ち上がっていた。祭りの歓声と騒乱を背に、その目には確固たる意思が宿っていた。
「ステージ?何のことか分からないけど、凜さん、お願い!」
奈理子は叫ぶ。変身できない今、頼れるのはこの輿の上の巫女しかいない。
「任せて!奈理子は安心して褌娘撮影会を続けて!」
にっこり笑った凜が、胸元の勾玉に手を添える。
次の瞬間――
凜の身体が緑の光に包まれ、風が巻き起こった。
「風の戦士――セイクリッドウインド。この商店街の秋祭りを乱す奴は、私が許さない!」
閃光とともに輿から宙を舞い、華麗な着地を決める凜=セイクリッドウインド。
「凜ちゃん、カッコイイ!」
「魔物なんかやっつけちゃえー!」
一瞬混乱していた観客たちも、その姿に歓声を上げる。
セイクリッドウインドの前に立ちはだかるのは――
提灯を模した目玉、屋台山車のようなボディ、そして串団子が全身に刺さった奇怪な魔物、マツリダンジー!
「フッフッフ……マツリに参加できない奴は、串刺しにするだけだッ!」
団子を模した舌を伸ばしながら、マツリダンジーが笑う。
奈理子の脇では、章太郎がパシャパシャとシャッターを切る。
「……ミラクルナイトが変身できないラッキー。隆のお姉さん、こっち向てください!」
奈理子は小さく頷きながらも、褌を直して再び笑顔を作った。
(がんばれ、凜さん……今だけは、私の分まで……!)
――秋祭り最大の山場が、今始まろうとしていた。
「ヒャッハーッ!まさに主役じゃねぇかァ〜ッ!」
爆竹のような声を響かせ、マツリダンジーが串団子の腕をぐるぐると回しながら、奈理子の前に躍り出た。
赤・白・緑の三色団子が身体中からびよんびよんと飛び出し、煙を撒き散らす。
「その法被!その晒!その白褌!……おぉぉ〜、たまんねぇッ!これぞ祭りの魂ッ!神輿なんて乗ってねぇで、俺の山車に乗ってくれよぉおおお!」
「イヤです!!」
奈理子が渾身の拒絶を叫んだ瞬間――
「奈理子を狙うなんて、正気じゃないわね……!」
凜=セイクリッドウインドが風を巻き上げながら前に飛び出す。
「ガストファング!」
白銀の扇が風を斬り、マツリダンジーの団子を弾き飛ばす。
「おぉ〜ん?おぉぉ〜ん?巫女さんもいいけどよぉ〜、やっぱ白褌だよ白褌!!」
マツリダンジーはくるくる回転しながらセイクリッドウインドを無視し、奈理子に向かって突進!
「モチモチホールド!!」
彼の背中の餅屋台から、まるで求愛するように白く伸びた伸縮餅ロープが放たれ、奈理子の身体をぐるぐると拘束する!
「きゃあっ!?な、なにこれ……粘っ……!?んんっ、はな、して……!」
白褌の上から餅がぬちゅぬちゅと貼り付き、腕と脚を絡め、まるで団子の具にでもするように巻き込んでいく!
「こいつぁイイ……俺の山車の天辺に飾るなら、やっぱり白褌ガールだァ!!」
「奈理子を放しなさいッ!」
セイクリッドウインドが斬風の一撃を放つが、マツリダンジーは山車のような巨体で跳ね返す。
「おっとぉ!お祭りはまだまだ続くぜぇ!?ヒ〜ヤッハ〜!」
爆竹のような花火を背中から散らしながら暴れ回るマツリダンジー。観客たちは恐怖と興奮で逃げ惑い、神輿は倒れ、地面に転がった奈理子は餅ロープに締め上げられて身動きできない!
「は……離してってばぁ……!誰か……助けて……」
そんな奈理子の声に――
「奈理子さんっ!!」
キンッと高い声とともに、空から橙色の光が降り注ぐ!
着地したのは――
「ドリームキャンディ、推参っ!」
橙と黄色のフリルドレスを揺らし、キャンディチェーンを手にした戦士が、奈理子のもとに飛び込む!
「奈理子さん!情けない格好で何してるんですか!」
「い、今それ言うぅぅ!?」
ドリームキャンディは渾身の力でキャンディチェーンをしならせ――
「キャンディカット!」
硬質に変形したチェーンが餅ロープを一閃し、白い粘着餅をぶちっと切り裂く!
「た、助かったぁ……ありがと、キャンディ……!」
「フン、ほんと手間かけさせるんだから……褌姿は見せるだけにしてください!」
餅まみれの奈理子を抱き起こしながら、呆れた顔をするドリームキャンディ。その後ろで、セイクリッドウインドが叫んだ。
「キャンディ!私と連携を!」
「了解です、凜さん!奈理子さんは、ちょっとお休みしててください!」
奈理子が息を整えている間に、セイクリッドウインドとドリームキャンディの共闘バトルが、団子と風とお菓子の乱舞として始まる――!
「いっくぞー!オレ様の“マツリダンゴ祭”開幕だァ!!」
マツリダンジーが背中の山車から大量の串団子型ミサイルをばら撒く!
団子は空中でバラけて飛び交い、まるで流星群のように商店街を襲う!
「ガストファング・回天扇舞(かいてんせんぶ)!」
セイクリッドウインドが鉄扇を広げ、くるくると回転させて風の防壁を形成!
団子ミサイルが風圧で押し返され、空中で爆ぜた!
「こっちはこっちで!」
「キャンディスイング!」
ドリームキャンディがキャンディチェーンをフラフープのように振り回し、迫る団子を次々と粉砕!
「やるじゃねぇか、飴玉娘と巫女女ァ!」
マツリダンジーは巨大な串団子を引き抜き、両手に構えると――
「マツリノ極棒ッ! 団子ダブルクラッシュ!!」
左右から迫る巨大団子の連撃が二人を襲う!
「キャンディ、右!」
「了解、左お願いします!」
二人の声がぴたりと重なり、真逆にステップ!
「ウインド・カッター!」
風の刃が右の団子を真っ二つに!
「ロリポップ・ハンマー!」
キャンディチェーンが巨大ハンマーに変形し、左の団子をホームラン!
「きゃっほー!」
砕け散った団子の破片が空に舞い、まるで団子花火!
「なんだぁ!?こっちの祭りも負けてねぇなぁ!?だったらよぉ――」
マツリダンジーが叫びながら、体の背面パネルを開くと――中から現れたのは、
“特製!甘辛たれ餅カタパルト”!!
「受けてみろ、俺の必殺技!タレモチ・カーニバルォォオ!!」
カタパルトから発射された特大たれ餅が、ぐにゅっ、と音を立てて飛来する!
「凜さん!合わせます!」
「任せたわよ!」
「キャンディ・シャワー!」
虹色の光線がたれ餅を撃ち抜く!
「ガストファング・風断刃(ふうだんじん)!」
風の刃が中心を切り裂き――
「うぉぉぉぉぉお!?」
巨大たれ餅は空中で弾け、甘辛い香りを撒き散らしながら地面に落下!地面に染みるタレ。
「もったいないよ……」
奈理子がぽつりと呟いた。
「畳み掛けるわよ、キャンディ!」
「了解っ!」
セイクリッドウインドが風を背にして駆け、ドリームキャンディがそれに続く!
「風牙烈衝!」
セイクリッドウインドの風刃突撃がマツリダンジーの山車装甲を切り裂き――
「キャンディ・スター・バースト!」
ロリホップハンマーから放たれる七色の星型光線がそこに叩き込まれる!
「うわぁあああ〜〜〜お祭り終了ぉぉぉおお!!」
爆発的な光の渦に飲み込まれ、マツリダンジーの姿は粉々の団子に散って消えた。
静まり返った商店街に、風と甘い香りだけが残る。
「やったわね」
「ふぅ……奈理子さん、せっかくの白い褌が汚れちゃいましたね……」
「ご、ごめん……アイマスク控室に忘れちゃって……」
餅でべとべとの姿で奈理子が出てくると、周囲からまた歓声とフラッシュの嵐!
「奈理子ちゃん最高ー!」
「今度は餅まみれでファンサービスとか神かよ!」
「もうやだぁ……帰りたい……」
奈理子はタレまみれの褌で、頭を抱えるのだった。
日が傾き始め、黄金色の光に照らされる水都商店街。
マツリダンジー襲来の混乱も今は昔。祭りの熱気は失われるどころか、さらにヒートアップしていた。
「えー、皆さーん!お集まりくださーい!」
蕎麦屋の店主が手に持った拡声器で呼びかける。
「急きょですがっ!秋祭り特別企画!『水都の守護者たち♡トークショー&撮影会』を開催しまーす!」
集まった市民からどよめきと歓声が上がる。
会場中央の即席ステージに立つのは、言わずと知れたこの街の誇り――
「水都神社の看板巫女・風間凜ちゃん。そして、またの名を風の戦士、セイクリッドウインド!」
変身を解除し、華やかな巫女装束で微笑む凜。
「正体不明の謎の中学生。お菓子の守護者、ドリームキャンディ!」
可愛らしいポーズでキャンディチェーンを掲げ、元気いっぱいのドリームキャンディ。
「そして……本日一番の話題をさらった、我らが水都の白き女神――ミラクルナイト…の中の人!野宮奈理子ちゃん〜!」
「えっ、やだっ、ちょっと、着替えちゃだめですか!?」
奈理子は褌と法被姿のまま、晒を巻いた胸を押さえてステージに登場。客席から一際大きな歓声が上がる。
「白褌最高〜!!」
「今日一番写真撮ったの奈理子ちゃんだよ!」
「俺、今日だけでSDカード満杯!」
奈理子は顔を真っ赤にしながらも、カメラに手を振る。
ドリームキャンディが小声で耳打ちした。
「奈理子さん、褌に慣れてきてません?」
「ちょっと…やめてよキャンディ……」
「さてさて〜!」
凜がマイクを取り、女神のような微笑みで語りかける。
「本日は皆様、秋祭りを一緒に楽しんでくださり、ありがとうございました。まさかお祭りの途中で怪人が出るなんて思いませんでしたけど……ね、奈理子?」
「なんで私に振るんですか!?しかもあのとき、私、変身できなかったし……」
奈理子がぐぬぬと唇を噛む。
「変身できなくても輿を担ぎ、最後まで市民を守ってくれた。それが水都の守護神、奈理子さんです!」
ドリームキャンディが元気よくフォロー。観客から拍手が沸き起こる。
「……ありがとう、寧々ちゃん……でもその褒め方だと、なんか褌推しみたいじゃない……?」
「褌は今日限定のレア衣装ですからね!はい、皆さん、撮影タイムですよ〜!」
舞台袖から現れた章太郎が、ものすごい気合いで一眼レフを構える。
「隆のお姉さん、今日は最高だったぜ!俺、写真部で良かったよ!」
「ちょっとぉおお!章太郎くん、止めてええええ!!」
奈理子の叫びが夜空に響いた。
だが――
この笑い声と歓声が、水都という街の平和と絆を何よりも象徴していた。
秋の空は高く澄み、提灯の灯りがひとつ、またひとつと夜の帳を彩ってゆく。
商店街の秋祭りは、こうして、熱狂と団子と褌に包まれて、幕を閉じたのだった。
【秋祭りの翌日・水都の朝】
「#褌JK」
「#奈理子ちゃん尊い」
「#これは芸術」「#褌と御輿と巫女」
朝からSNSのトレンドは奈理子一色だった。
例のトークショー&撮影会の模様は、章太郎や商店街の人々によって数百枚の写真と共に拡散され、特に“白褌姿で凜を担ぐJK”という異様すぎるビジュアルが注目を浴びた。
当然、好意的なものばかりではない。
「水都、どうかしてる」
「教育委員会仕事して」
「この子が水都の守護神なの??」
「こんなのが文化なのか?」
「いやこれはこれでありがたい」
更には動画がまとめられ、解説系Vtuberが「水都異常文化の実態」と題して取り上げる始末。
トレンド1位は――
《褌JK御輿騒動》
奈理子はその見出しを見て、布団をかぶって叫んだ。
「もう、学校行けない~~~っ!!」
【魔界・鄙比田温泉郷 某所】
一方その頃――
鄙比田ミルク村のカフェスペース。
牛乳かりんとうと温牛乳を前に、コマリシャスと紗理奈はタブレットを囲んでいた。
「……にんげん、やっぱり、へんたいだわ」
コマリシャスはすっかり呆れていた。
画面に映るのは褌姿で笑顔を振りまく奈理子と、それを囲む市民たち。
「しかもコメント欄がほとんど『尊い』とか『この文化は守るべき』って……魔界の方がまだまともよ!」
「いや、うん……あの……これはその……うん……」
隣の紗理奈は視線を泳がせながら、笑ってごまかすしかなかった。
「サリナ、あれが水都の守護神なの?あれ、まちがいなく人間界の恥よ。なんなら魔界の恥よ」
「えぇ!?私だって、祭りとはいえ奈理子があんな格好するとは思ってなかったし……それに奈理子、けっこうノリノリだったような……」
「ノリノリだったって、あんな顔してたら変な趣味にしか見えないでしょ!!」
バン!と机を叩くコマリシャス。タブレットが跳ねて牛乳に沈んだ。
「うわっ!?あぁ、牛乳が……」
「ぐぬぬ……にんげん、いまのうちに好き放題しておくといいわ……!次はもっと!もーっと恥ずかしい敵を差し向けてやるんだからっ!!」
湯気の向こう、白い肌を紅潮させた魔界のプリンセスは、怒りに震えながら、
新たなる羞恥作戦の準備を始めるのであった――
次回予告(?):
「奈理子のパン祭り大作戦!?次なる敵はパンツとパンを間違えた!!」
(第209話へつづく)
(あとがき)













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