ミラクルナイト☆第224話
◆穢川研究所 ― ニセミラクルナイト事件の余波
穢川研究所・第六実験棟。
白い壁と無機質な照明が反射する室内。
硝子越しのモニターには、ブラックナイトとニセミラクルナイトの戦闘映像が繰り返し流されていた。
空を舞う二人の美少女。リボンの軌跡。きらめく光と水飛沫。
「残念でしたね」
助手の絹枝が、モニターの光を反射させながら静かに言った。
「ニセミラクルナイトは、コマリシャスに提供された“奈理子のショーツ”から生まれたのに……九頭先生の宝物だったのに……結局、消滅してしまいました」
九頭は背もたれに深く体を預け、口の端を吊り上げた。
「いいや、私は満足だよ。いい動画が手に入った」
モニターには、白・黒――二色のミラクルナイトが激突する瞬間が映し出されていた。
「可愛い奈理子が三人も同時に現れるなんて、研究人生で一度あるかないかの奇跡だよ。
それにね、絹枝くん。こういう“データ”は研究者の宝なんだ」
「データ……?」
と絹枝。
九頭はリモコンを押し、映像をスロー再生する。
スカートが翻り、光が反射する瞬間。奈理子の表情、動作、反応――。
「見たまえ、この動き。この無駄の多いフォーム。
ライムもコマリシャスも、ミラクルナイトの能力はコピーできたが、
“奈理子の弱さ”までは再現できなかったんだ」
「……弱さですか?」
「そう。強さは数値化できるが、弱さは愛されるための芸術だ。
奈理子のあの頼りなさ、ぎこちなさ、恥じらい――。
それが“水都の守護神”の本質だよ」
呆れ顔の絹枝に続き、別のデスクから篠宮が立ち上がった。
「……九頭先生。私に次の作戦を任せてください」
「おや、篠宮くん。何か良い案でも閃いたのかい?」
篠宮は眼鏡の奥の瞳を光らせた。
「はい。次こそ、私が奈理子を倒します」
九頭の唇がわずかに歪む。
「うむ、頼もしいね。では――“ホンシメジ男”を使うがよい」
「……ホンシメジ男、ですか」
篠宮の眉がわずかに動く。
絹枝が心配そうに口を挟んだ。
「先生、大丈夫なんですか? ホンシメジ男は、ホンシメジ以外のシメジを認めないと聞いていますが」
九頭は机の引き出しから一枚のデータカードを取り出す。
「彼は“武闘派”。そして君は“知能派”。
二人が組めば、奈理子と凜、両方にとって最悪のコンビになるだろう」
篠宮は腕を組み、苦い顔をした。
「しかし……あいつはブナシメジを見下している。私とは合いません」
「ほう、嫉妬かね?」
と九頭が笑う。
「ホンシメジ男は“ナンバーワン茸”の座を狙っているそうだ。
相手はなめこの能力を持つナメコ姫=風間凜。
彼女と戦って、自分が最強だと証明したいらしい」
「……なるほど」
篠宮は唇を引き結ぶ。
「奈理子を倒すよりも、凜を標的にして自分を誇示したいわけですか。
厄介な奴だ」
九頭は満足げに頷いた。
「その“厄介さ”がいいんだよ、篠宮くん。
ミラクルナイトは感情に弱い。仲間が傷つけば、あの子は必ず出てくる。
凜をおびき寄せ、奈理子を誘い出せば一石二鳥だ」
絹枝は小さくため息をついた。
「……ですが、博士。ナンバーワン茸は松茸では?」
九頭はしばし沈黙したのち、
にやりと笑ってモニターに映るミラクルナイトを指さした。
「君はまだ分かっていないようだね。
この研究所では、価値を決めるのは“人間の味覚”じゃない――私の趣味だよ」
研究室に乾いた笑いが響き、
機械の駆動音が低く鳴り続けていた。
◆穢川研究所・地下培養室 ― 「本物」と「量産型」
照明の届かない地下の実験区画。
培養液に満たされたガラスのカプセルが並び、胞子の匂いが立ちこめる。
低い唸りをあげて開いた一基のカプセルの中から、
灰褐色の巨体がゆっくりと姿を現した。
「……我が名は、ホンシメジ男」
響く声は重く、低く、まるで森の奥で木霊するようだった。
隣で試薬の瓶を抱えていた篠宮=ブナシメジ男が小さく息を呑む。
「ほう……あなたが噂の“本物”ですか」
ホンシメジ男はゆっくりと首を傾げる。
「噂? 量産工場の排気口で囁かれるような“噂”など興味はない。
私は、森の王たる本シメジ――真(マコト)のシメジだ」
「なるほど。やっぱり言うと思いましたよ」
篠宮は肩を竦め、眼鏡を押し上げた。
「でもね、あなたが“本物”であろうと、
スーパーで売られてるのは、いつだって僕たちブナシメジなんです。
どんなに味が濃くても、食卓に上がらなければ意味がない」
「……庶民の胃袋を満たすことに誇りを感じるか」
ホンシメジ男の声は冷ややかだった。
「だが、貴様らは地に落ちた木を喰らうだけの腐生菌。
私は生きた樹と呼吸を合わせる共生菌。
同じ“シメジ”の名を騙るな」
「共生? ふん、綺麗事だ」
篠宮は笑う。
「結局あなたは“マツの根”がなければ生きられない。
単独では何もできない寄生体だ。
僕らは違う。どんな枯木でも、自力で分解して“再生”できる。
言ってみれば、現代社会に適応したシメジですよ」
ホンシメジ男は目を細めた。
「適応? それは堕落の言葉だ」
二人の間に沈黙が落ちる。
やがてホンシメジ男は、培養液に濡れた手を掲げた。
掌から、淡く光る菌糸が絡み合い、銃のような形に変化する。
「我が胞子は、森の記憶。
お前たちの安っぽい胞子とは違う――一撃で風を止める」
篠宮は小さく息を吐き、背負っていたカプセルを置いた。
その中では、薄茶のブナシメジの群体がぴくぴくと揺れている。
「風……つまりセイクリッドウインド=風間凜ですね。
あなたが望む相手は、彼女ですか」
「そうだ」
ホンシメジ男の目が赤く光る。
「風に舞う巫女――あの“ナメコ姫”。
私はあの女を狩り、森の王に相応しい座を取り戻す」
篠宮は腕を組み、わずかに微笑んだ。
「あなたが風を止めるなら、僕はその空気を支配します。
武力と知略、腐生と共生――悪くない組み合わせでしょう?」
ホンシメジ男はしばし沈黙したのち、重々しく頷いた。
「……いいだろう。
だが忘れるな、ブナシメジ。
この連携の主導権は、森の王たる私にある」
「ええ、“本物”の方にお任せしますよ」
篠宮はくすりと笑い、研究棟のドアを押し開けた。
外に広がるのは、湿った夜の空気――
風の巫女を狩るための、新たな戦いの幕開けだった。
🌿水都神社の風、曇る
朱色の鳥居が連なる参道を、涼やかな風が吹き抜けた。
社務所の裏手では、凜が巫女装束のまま浦安の舞の練習を終え、袖を整えていた。
「はぁ……。少しはマシになったかしら」
額の汗を拭い、空を仰ぐ。
雲間から差し込む光が、白い衣を淡く照らした。
「風間凜、か」
背後から声がした。
凜が振り返ると、参道の石畳の上に、黒ずんだ胞子の煙が漂っている。
その中心に、巨大なキノコの傘のような頭を持つ男が立っていた。
褐色の外套に、木の根のような腕――
「私は、ホンシメジ男。森の王にして、風を狩る者だ」
「また、敵の差し金ね」
凜の瞳が鋭く光る。
「ナメコのお姫様の前でよくそんなことが言えるわね。
森だかシメジだか知らないけど、神社を荒らすなら許さないわ!」
「風の巫女……その風、どこまで澄んでいるか試させてもらおう」
ホンシメジ男は腕を広げ、胞子を撒き散らす。
風に乗って漂うそれは、光を受けて淡く煌めく粉のようだった。
「そんな粉で――」
言いかけた瞬間、凜の足元が歪んだ。
視界が揺れ、周囲の風景が霞んでいく。
「なに……これ……?」
気づけば、神社の境内はなく、夕焼けの中の竹林へと変わっていた。
「……ナメコ姫?」
かつての自分が、鏡のように目の前に立っていた。
幼い顔、純白の衣、そして――あの過去の笑顔。
「あなたはもう“風”じゃない。
年を重ね、風を怖がる女になった」
幻影が囁く。
「違う……私は……!」
叫んでも声が響かない。
ホンシメジ男の声が幻の奥から響いた。
「これが“幻覚胞子《マイコ・ミラージュ》”。
貴様の心の奥底に眠る弱さを映し出す――」
凜の手からガストファングが滑り落ちる。
「私は、もう……若くない……」
彼女の瞳に、迷いが宿った。
風が止む。
ホンシメジ男はゆっくりと歩み寄る。
「風を起こせぬ巫女など、ただの女だ」
その腕が凜の胸倉を掴み、宙に持ち上げた。
「風を吹かせてみろ、セイクリッドウインド!」
「やめなさいっ!」
突風とともに現れた影――ブナシメジ男だった。
白衣の裾を翻し、知的な笑みを浮かべる。
「ホンシメジ男、やりすぎです。まだこの子には利用価値があります」
「貴様……誰の指図で動いている」
「我々の組織ですよ。あなたもご存知のはずだ」
ブナシメジ男は軽く指を鳴らした。
瞬間、風間凜の身体を絡め取っていた胞子の糸がゆるみ、地に落ちた。
「く……!」
息を荒げながら立ち上がる凜。
しかし、足元はふらつき、再び視界が揺らぐ。
「組織を裏切ったあなたはもう、ナメコ姫ではない。風を操ることができるただの女」
ブナシメジ男の声が耳の奥に響く。
「風は……負けない……!」
凜は叫び、残る力でガストファングを振るう。
だが、ホンシメジ男の放つ胞子がその風を飲み込み、渦を吸い尽くす。
「な……に……!」
次の瞬間、爆風が境内を包み、凜の身体は社殿の石柱に叩きつけられた。
倒れた凜の傍らで、風鈴がチリンと鳴る。
夕闇の中、二人の茸男がその姿を見下ろす。
「風は止んだな」
「ええ。これで、次は“純白の天使”――ミラクルナイトです」
「ならば行け。私は森へ戻る」
ホンシメジ男は胞子の煙とともに消えた。
凜の手から離れ、地に落ちたガストファング。
それが彼女の敗北を物語っていた。
🌬️風、止む街
朝の水都。
いつもなら通学する少女たちのスカートを撫でるように吹くはずの風が、今日は不気味なほど静かだった。
◆ニュース番組 ― 「風の戦士、沈黙」
『昨夜、水都神社で未確認の胞子状生命体による襲撃事件が発生しました。
現場に居合わせた目撃者によると、風間凜さんが何者かに襲われたとのことです。』
キャスターの声が冷たく響く。
大型モニターに映し出されたのは、境内に散乱する風鈴、裂けた白衣、そして血のように赤い夕陽。
『市民の間では「セイクリッドウインドが敗れた」という噂が広がっています。
水都を守る三人のヒロイン、その絆に亀裂は入ったのでしょうか?』
◆SNSのトレンド
#セイクリッドウインド敗北
#ナメコ姫時代の幻?
#風の巫女はもう立てない?
#次はミラクルナイト?
――
《凜ちゃん、ちょっと疲れてたんじゃない?》
《奈理子ちゃんの方が人気あるもんね》
《でも凜さんのガストファングを構えたポーズ好きだよ!また見たい!》
《巫女服で戦うとか最高。負けても推せる!》
明るく無責任なコメントが流れる一方、
信仰心の厚い水都神社の信者たちは境内で手を合わせ、
「どうか凜様をお守りください」と祈りを捧げていた。
◆水都女学院・校門前
奈理子は水色のセーラー服姿で通学路を歩いていた。
頭の中ではニュース映像が何度も再生されている。
「……凜さんが、負けたなんて」
彼女の表情には、信じたくないという戸惑いがあった。
校門前では生徒たちがスマホを見せ合いながら騒いでいる。
「セイクリッドウインドって、あの神社の美人巫女でしょ?」
「ミラクルナイトの方が若くて可愛いし、そろそろ世代交代じゃない?」
「でも、凜ちゃんがいなくなったらチーム弱くなるんじゃない?」
奈理子は足を止め、拳を握りしめた。
「そんなことない……凜さんは、絶対また立ち上がる」
◆水都神社 ― 破壊の跡
同じ頃、神社では倒壊した石灯籠や、胞子に侵された木々の修復作業が行われていた。
大谷が境内を見回しながら呟く。
「この匂い……木の根を腐らせてる」
地面には、まだ消えぬ白い胞子が風に乗って舞っていた。
しかし、その風はいつものような清らかさを持ってはいなかった。
まるで街そのものが“呼吸”を止めているようだった。
◆商店街「グフグフハンバーガー」
昼下がり、奈理子と寧々は昼食を取りながらニュースを眺めていた。
「……凜さん、心に傷を負ってるって」
寧々が小さな声で言う。
「凜さんは、そんなに弱くないよ」
奈理子はストローを握りしめ、ドリンクの中の氷がカランと鳴った。
「でも、最近ちょっと元気なかった。
お祓いの依頼も増えて、寝てないって……」
「私たちで助けよう。凜さんがいない間、水都を守るのは私たちよ」
奈理子が微笑んだとき、
テレビから「新たな胞子反応が中央広場で確認された」という速報が流れた。
寧々の瞳が鋭く光る。
「奈理子さん、行きましょう」
「うん。今度は負けない――私たちで守るんだから!」
水都の風は止まり、街の空気は重く沈んでいた。
だが、次の嵐の前触れは、もうそこまで迫っていた。
🌸放課後の奇跡、砕ける
夕陽が傾き、噴水広場が金色に染まっていた。
通学帰りの学生たち、買い物客、観光客――
人々のざわめきが広場を包む。
「……また胞子反応だって!」
「凜さんがやられた場所の近くじゃない?」
「今度は奈理子ちゃんが来るのかな……!」
ざわめく人々の視線の先、
広場中央の噴水が突然、白い霧を噴き上げた。
「やっと来たか。純白の天使――」
霧の向こうから現れたのは、
白衣を翻す知性派の怪人、ブナシメジ男。
その背後には、堂々たるシルエット――ホンシメジ男。
「巫女の風は止んだ。次は天使を腐らせる番だ」
二人の声が重なった。
市民が悲鳴を上げる。
そのとき、夕焼けの空に淡い光が走った。
「その言葉、返してもらうわ!」
風が舞い、光が弾け、
白と水色のリボンが空中をひらめく。
少女の姿が花のように咲いた。
「――ミラクル・チェンジ!」
白い光に包まれ、
ミラクルナイトが噴水の頂点に降り立つ。
白と水色のコスチュームが夕陽を反射して輝き、
広場は一瞬で歓声に包まれた。
「奈理子ちゃああああん!」
「本物だ!ミラクルナイトだ!」
「やっぱり、天使はこの子だよ!」
市民の声が波のように広がる。
ミラクルナイトは微笑みながらポーズを取った。
「水都を――汚させない!」
ホンシメジ男が手を上げ、胞子の嵐を放つ。
奈理子は両手を広げ、光を集める。
「ミラクル・シャイン――」
しかし、その瞬間、
ブナシメジ男の放った胞子弾が地面に着弾。
白煙が立ちこめ、奈理子の姿がかき消える。
「な、なに……視界が……!」
霧の中から胞子の糸が伸び、彼女の手足を絡め取った。
「穢れは美しさを喰らう。
お前の純白は、我らの糧となるのだ」
ホンシメジ男の声が響く。
「離してっ!」
ミラクルナイトは必死にもがくが、力が入らない。
白いショーツに絡みついた胞子が光を吸い取り、
その輝きは徐々にくすんでいく。
「奈理子ちゃーん!!」
市民の声援が上がる。
だが――彼女の膝が落ちた。
「ミラクルナイトが……また、やられてる!」
「凜ちゃんに続いて、今度は奈理子も!?」
ミラクルナイトは懸命に立ち上がろうとする。
だが、足が震え、力が入らない。
胞子の蔓が身体を締め付ける。
「どうして……私……こんな……」
彼女の視界が揺れ、スカートが剥ぎ取られる。
「“奇跡”とは、風と共に消える幻――」
ブナシメジ男が冷たく言い放ち、
ホンシメジ男が胞子弾を撃ち込む。
白い光が弾け、
ミラクルナイトの身体が噴水の縁に叩きつけられた。
「――ッ!」
水飛沫が上がり、広場が静まり返る。
誰もが息を呑んだ。
白い少女は、濡れたまま動かない。
「ミラクルナイトが……負けた……?」
「うそだろ……」
「誰が水都を守るんだ……」
夕陽が沈み、広場は薄闇に包まれる。
二体のキノコの怪人は笑いながら去っていった。
「風の次は光。次は“飴”を摘み取る番だ」
噴水の縁に横たわるミラクルナイトの頬に、
一筋の涙が光った。
「……奈理子さん!!」
駆け寄る影――それは中学生戦士、ドリームキャンディ。
🍬 水都の希望は飴色に
水都の空は、どこか重たく曇っていた。
昨日の噴水広場での戦闘は、市民の目にあまりにも衝撃的だった。
セイクリッドウインド、そしてミラクルナイト――
“水都の二大パンチラヒロイン”が、立て続けに敗北。
ニュース番組は連日その映像を流し、SNSでは一晩中トレンドが埋め尽くされた。
#風の巫女倒れる
#ミラクルナイト、スカートを脱がされ噴水広場で敗北
#純白の天使も限界か
#次は誰が水都を守る
――だが、そこには不思議な熱狂も生まれていた。
人々はただ落胆するだけではなかった。
むしろ、“次”を待ち望んでいた。
◆商店街の立ち話
「いやぁ、奈理子ちゃんも凜ちゃんもやられちゃったねぇ」
「ま、奈理子ちゃんがパンチラして負けるのは恒例行事だけどな!」
「奈理子ちゃんはパンチラどころか、スカートを脱がされるのが当たり前だもんな!」
「そうそう、真面目に戦う子がいてもいいよな。やっぱキャンディちゃんよ!」
噴水広場近くのグフグフバーガー前。
夕方の商店街に、老若男女の笑い声が戻っていた。
奈理子や凜の敗北は、水都ではもはや“お約束”。
それでもヒロインたちの戦いが、日常の一部になっているのだ。
「次はドリームキャンディの出番だ!中学生でも一番しっかりしてる!」
「うんうん、あの子はパンツ見せないで戦うし!」
「パンチラせずに正義を貫く唯一のヒロイン!」
中学生戦士ドリームキャンディの名が、
街の至る所で囁かれていた。
◆水都神社 ― 傷ついた風
静かな神社の一室。
布団の上で、風間凜が微かに息をしている。
その傍らで、大谷が寧々の手を取った。
「寧々……頼んだぞ」
「はい」
寧々の瞳が真剣に光る。
「凜は休め。
お前は――まだ、戦えるだろ」
凜の顔には薄く笑みが浮かんでいた。
「……寧々に、水都の願いを託すわ」
その言葉に、寧々は深く頭を下げた。
「凜さん……必ず、仇を討ちます」
◆水都中学・放課後の屋上
「寧々、一人で大丈夫か?」
隆が、寧々を見つめながら言った。
「ええ。でも――私は負けない」
「だよな!
水都の真のヒロインは、姉ちゃんでも凜ちゃんでもない!
寧々、お前だよ!」
隆の言葉に、寧々の頬が少し赤く染まる。
だが、その目は凛としていた。
「……奈理子さんも、凜さんも、立派な戦士です。
でも今は、私が立たなければ」
「おうっ!」
隆が拳を突き上げる。
その瞬間、校庭を吹き抜けた風が、寧々のセーラー服の裾を揺らした。
◆SNSの夜
《凜ちゃんが倒れたって本当?》
《スカートを脱がされた奈理子ちゃんの涙、可愛かった…でも次は頑張って!》
《ドリームキャンディが出るぞ!今度こそ勝て!》
《パンツ見せないキャンディが正義!》
《#がんばれドリームキャンディ》
夜のタイムラインが、一斉にドリームキャンディを応援するハッシュタグで染まる。
◆水都中央駅前
巨大スクリーンでは、リポーターが報じていた。
「セイクリッドウインドとミラクルナイトが連敗した今、
市民の期待は最後のヒロイン――中学生戦士ドリームキャンディに集まっています」
映像には、風になびく橙色のリボン。
戦場へ向かう少女のシルエット。
『信じてるぞ、キャンディ!』
『水都の奇跡、まだ終わっちゃいねぇ!』
拍手が起こる。
その波の中で、寧々は静かに歩いていた。
風も、光も、沈黙したこの街で――
彼女だけが、まだ立っている。
🍄胞子の策略 ― ブナシメジ男の罠
◆穢川研究所・作戦室
壁一面にモニターが並び、
映し出されるのは敗北した風間凜とミラクルナイトの戦闘映像。
九頭は上機嫌で、湯呑みを片手に笑っていた。
「いやぁ、見事だったねぇホンシメジ男。
パンチラヒロイン二人をまとめて撃破だなんて、快挙だよ快挙!」
黒いスーツに身を包んだ九頭は、まるで学会発表でも聞いているように満足げだった。
隣の絹枝も頷きながら微笑む。
「これで“風”と“光”は止まりましたね。
市民の信頼も大きく揺らいでいます」
「ふふ、信頼が崩れる音が心地いいねぇ……。
弱いヒロインほど、絶望が似合う」
ホンシメジ男は静かに膝をついた。
「九頭様のため、風も光も摘み取りました。
この身は胞子に変わるその日まで戦い続けます」
九頭は愉快そうに笑いながら、
「いやいや、次は休め。きのこは湿気が命だ、乾かすとダメになる」
と軽口を叩く。
一方その背後――薄暗い実験室の片隅で、
ブナシメジ男は無言で端末に向かっていた。
◆ブナシメジ男・独白
「……やはり単なる力押しでは、あの少女には勝てん」
端末に映るのは、ドリームキャンディの戦闘データ。
攻撃パターン、動体反応、表情分析、心理変化。
全てが緻密に記録されている。
「ミラクルナイトは感情、セイクリッドウインドは責任。
だが、この少女は“理性”で動く。
ならば、理性そのものを狂わせてやればいい」
ブナシメジ男は顕微鏡の下に置かれた
小さな胞子の塊に触れた。
淡く光るそれは、まるで生き物のように脈動している。
「名付けよう。――《幻覚胞子(ファントム・マイセリア)》」
彼の狙いは、直接の戦闘ではなく、
敵の判断力を狂わせること。
幻覚胞子は空気に溶け込み、人の記憶や感情に干渉する。
それは毒ではなく、“認識の崩壊”を引き起こすのだ。
◆九頭の部屋
九頭のデスクに、ブナシメジ男が立つ。
「次の作戦を進言します。
戦士を倒すのではなく、“戦えなくする”」
九頭は面白そうに目を細める。
「ふむ、“心”を折るタイプの戦いか。私はそういうのが好きだ」
絹枝が尋ねた。
「どのような方法を?」
ブナシメジ男は冷静に答えた。
「幻覚胞子を用い、市民全体の意識を汚染します。
その中で、ドリームキャンディだけが“自分こそ偽物”だと錯覚する。
――やがて、ヒロイン同士が敵対するでしょう」
「ヒロイン同士の仲間割れ……いいねぇ」
九頭は拍手を打ち、椅子を回転させた。
「それに、市民まで幻覚にかけて“ドリームキャンディ悪女説”を広めるのか」
「はい。SNS、街頭広告、ニュース……
幻覚胞子はメディアの電波を通して拡散します」
「天才だよ君は。科学は愛だねぇ」
◆研究室 ― 作戦準備
白衣の研究員たちが試験管を並べる。
そこに満ちるのは微かな甘い香り。
「ドリームキャンディを象徴する“キャンディの匂い”を模倣したのです」
ブナシメジ男が説明する。
「これを嗅いだ者は、少女を“幻の裏切り者”として見るようになる」
モニターに映るのは水都の地図。
赤く点滅する拡散ポイント――中央公園、商店街、そして水都中学。
「……まずは、彼女の“日常”を壊す」
◆水都の夜に忍び寄る
夜風が流れる。
街の街灯が次々とチカチカと明滅する。
その度に、空気中に漂う極小の胞子がキラリと光った。
見えない霧のように、それは人々の頭上を覆っていく。
「ドリームキャンディ……次はお前の番だ」
ブナシメジ男の声が、夜の街に溶けて消えた。
🍬幻のキャンディ ― 寧々、裏切り者と呼ばれる
◆朝の水都中学
いつもと変わらない朝のチャイム。
だが、廊下の空気はどこか違っていた。
寧々が教室の扉を開けると、クラスメイトたちが小声で囁き合う。
「昨日のニュース、見た?」
「キャンディが……凜さんと奈理子さんを裏切ったんだって」
「まさか、あのキャンディちゃんが?」
寧々は立ち止まり、眉をひそめた。
「何の話?」
女子の一人がスマホを差し出した。
画面には「ドリームキャンディが仲間を攻撃?」という記事。
そして、加工された映像――
奈理子に向けてキャンディチェーンを放つ寧々の姿。
(そんな……これは、ブナシメジ男との戦いのときの映像……!)
彼女の胸の奥が冷たく締め付けられる。
クラスの空気が一気に冷えた。
誰も、いつものように「おはよう」と言わなかった。
◆街の喧騒
同じ頃、水都の街でも“幻覚胞子”の効果が広がっていた。
人々の視界は、ほんの僅かに色を失い、
彼らの記憶の中で「ドリームキャンディ」は――
“微笑む裏切り者”として上書きされていく。
「奈理子ちゃんを攻撃したって本当?」
「凜さんまで倒すなんて……やっぱりキャンディは危険だったんだ」
「パンチラはしないけど、心は汚れてたのかもな」
看板の上で小さな胞子が光る。
幻覚胞子《ファントム・マイセリア》。
ブナシメジ男の策略が、水都を静かに包み込みつつあった。
◆水都神社 ― 疑念
午後。
凜はまだ療養中。
その枕元に奈理子が座り、ニュースを見つめていた。
「……寧々ちゃんが、私を攻撃したって……」
「まさか。そんなはずないわ」
凜は言葉に力を込めた。
だが、その声にはわずかに不安が混じっていた。
「ニュースでは、映像も出てたの。
私……やっぱり、あの時の衝撃で錯乱してたのかな」
奈理子の瞳が揺れる。
凜は手を伸ばし、彼女の肩を握った。
「信じるの。寧々を。
――あの子は、私たちの仲間よ」
けれど、その会話を神社の外で耳にした通行人たちは、
スマホを片手に呟いていた。
「仲間をかばってるだけだよ」
「もうヒーロー同士の信頼なんて無いんじゃないか」
ブナシメジ男の幻覚胞子は、
人々の心の“疑念”を増幅させる性質を持っていた。
◆水都の夜
ビルの屋上。
ドリームキャンディが街を見下ろす。
風が髪を撫でる。
夜のネオンの下、彼女の姿は孤独に輝いていた。
「……奈理子さん、凜さん、どうして……」
スマホの通知には、“裏切り者キャンディ”の見出しが並ぶ。
《#ドリームキャンディ裏切り疑惑》
《#飴色の嘘》
寧々は拳を握りしめた。
「違う……私は、そんなことしてない……!」
彼女の心に、誰かの声が響く。
――“理性で戦う少女”――
それはブナシメジ男の幻覚が作り出した囁きだった。
「君の理性こそ、最も脆い……」
その声が、冷たい夜気に溶けて消えた。
◆穢川研究所
暗い実験室の中。
ブナシメジ男は笑みを浮かべた。
「始まったな。
感情を揺さぶる必要などない。
理性ある者は、自ら崩壊していく」
絹枝が後ろから問う。
「このままドリームキャンディが孤立すれば、次は?」
「簡単なことだ」
ブナシメジ男は画面に手をかざした。
そこにはドリームキャンディの顔が映っている。
「次は“彼女自身にヒーローを倒させる”。
罪を背負わせてから、完全に壊す――」
その瞬間、研究所のライトが点滅した。
まるで街全体が、ブナシメジ男の意志に共鳴しているようだった。
🍬ドリームキャンディ、孤立 ― 幻覚都市の少女
◆黄昏の水都
陽が落ちかけた水都の街は、
夕焼けに染まるビルの影が長く伸びていた。
そのどれもが、どこか歪んで見える。
まるで世界そのものが、薄い膜に覆われたかのようだ。
寧々は一人、校舎裏から街を歩いていた。
制服の襟を握りしめながら、誰かに話しかけるように呟く。
「……私、嘘なんてついてないのに……」
すれ違う大人たちの視線が、どこか冷たい。
中にはスマホを向けて写真を撮る者もいた。
「あれ、噂の子じゃない?」
「裏切りヒロイン、ドリームキャンディでしょ」
耳を塞ぎたくなる。
だが、それすらもできない。
幻覚胞子は、空気の中に潜む。
視界の端に、ありえない光景がちらついた。
笑う奈理子。涙を流す凜。
――そして、自分を責める“もう一人の寧々”。
「やめて……やめてよ……!」
息を荒げる彼女の周囲に、薄くピンク色の靄が立ち込めた。
◆商店街 ― 幻覚の街角
電光掲示板が明滅する。
ニュースキャスターの顔がノイズに包まれ、突然別の姿に変わった。
『水都市民の皆さん、注意してください。
ドリームキャンディは危険です。』
市民がざわつく。
小学生の女の子が母親の手を握る。
「キャンディお姉ちゃん、悪い子になっちゃったの?」
「見ちゃいけません」
寧々はその声を聞いた。
胸が締めつけられる。
「どうして……私は、みんなを守りたいだけなのに……」
その瞬間、街頭モニターの中の「自分」が微笑んだ。
画面の中の“偽キャンディ”が、
凜や奈理子を背後から攻撃する映像が流れる。
「やめて……それ、違う……!!」
必死に叫ぶ彼女を、市民は“発狂した裏切り者”として見た。
◆屋上 ― 対峙
「――幻覚胞子の効果、順調だな」
夜の屋上に立つブナシメジ男。
灰色の胞子をまとうローブ姿。
頭部の笠が薄く光り、
空気中に新たな胞子を散らしていた。
「君の理性が崩れる瞬間を、私は待っていた」
寧々は変身アイマスクを握りしめた。
「ブナシメジ男……貴方が、みんなを……!」
「違うよ。
君自身が、皆にそう“見えるようになった”だけだ」
「……!」
冷たい声が夜風に混じる。
「理性は信頼の上に成り立つ。
だが君は今、誰も信じられない。
奈理子も、凜も、市民も――
そうだろう?」
寧々の足がわずかに震える。
だが、すぐに構えを取った。
「信じる心は、幻なんかじゃ壊せない!」
「なら、試してみろ。
この街そのものが敵となった今、
君は誰を救う?」
ブナシメジ男が掌を掲げた。
一面に白い胞子が舞い上がる。
その中に、幻の市民たちの姿が浮かび上がった。
奈理子、凜、そして隆までも。
全員が、寧々に敵意の目を向けていた。
◆幻覚戦
「やめてください! 私は敵じゃない!」
寧々の叫びは誰にも届かない。
幻覚に操られた幻影たちが、一斉に襲いかかってくる。
キャンディチェーンを振るう。
だが、鎖が当たるたびに幻影が砕け、
次の瞬間にはまた別の幻が現れる。
息が上がる。
理性が揺らぐ。
「落ち着け……私は、私を信じる……!」
彼女は目を閉じ、心を静めた。
脳裏に浮かぶのは、かつて奈理子が言った言葉。
“ヒロインはね、どんなに怖くても笑顔で立たなきゃダメなの”
寧々の表情が、ふっと緩んだ。
目を開く。
「……私は、笑顔で戦うドリームキャンディ!」
周囲の幻が揺らぐ。
キャンディチェーンが淡い光を放つ。
「キャンディ・シャワー!!!」
無数の飴玉状の光弾が胞子を吹き飛ばし、
幻覚の霧を切り裂いた。
◆敗走するブナシメジ男
「……理性が、幻を上回るだと?」
ブナシメジ男が後退する。
胞子の光が次第に消えていく。
「覚えておけ。
私の幻はまだ終わらん。
心の闇が残る限り、再び芽吹く」
そう言い残し、彼は胞子の煙とともに姿を消した。
◆静寂の街にて
夜風の中、ドリームキャンディは一人立っていた。
幻が消え、再び静けさを取り戻した水都。
だが、街灯の下には未だ小さな胞子が漂っていた。
「まだ……終わってない。
でも、私は信じる――」
拳を握るドリームキャンディ。
その姿を、どこかの屋上から見つめる影があった。
九頭のモニター越しに映る寧々の顔。
「ふむ、やはり面白いねぇ。理性と信頼――
この子の崩壊は、時間の問題だよ」
絹枝が呟く。
「次は、誰を使いますか?」
九頭はにやりと笑った。
「篠宮君に任せよう。彼がドリームキャンディをどう追い詰めるか、楽しみだ」
ドリームキャンディの苦難は続く……
(第225話へつづく)
(あとがき)











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