DUGA

ミラクルナイト☆第194話

「……また、負けちゃったのね……」

畳の上に正座して、プリンセス・コマリシャスは小さな手にハンカチを握りしめていた。魔法陣の水晶玉が、ミラクルナイトのドヤ顔とミラーグモダンの爆散シーンを映し出している。

「み、ミラーグモダンぉ……かえしてぇぇぇん!」

コマリシャスは鼻水をすすりながら、涙をポロポロと流した。

「コマリシャスさま……!」

駆け寄ってきたのは、唯一の忠臣タンポポタイ。首にネクタイを巻いたタンポポの顔をした小さな魔物は、布団を引きずりながら涙を拭おうとする。

「ありがとぉ、タンポポタイぃ……でもねぇ……あの子、見た目はクールだったけど、心が純粋すぎたの……ミラクルナイトの“逆ドヤ顔”で完全にパリン☆だったわぁ……」

「それが問題です、コマリシャス様。あいつ、心がどうこうってより、たぶん攻める場所が違うんですよ!」

「え?」

「ミラクルナイト、根がバカ……じゃなくて、前向きなんです。いくら心を揺さぶっても、あの“ドヤ人気”でリカバーされちゃいますって。だから、やっぱ物理でガツンといくべきなんですよ、物理で!」

「物理ぃ……」

コマリシャスがハンカチを噛んだ。

「……でも、いまの素材じゃ限界があるわ。この部屋で捕まえた“スリッパで叩いたG”も、池の横で捕まえた“ギターの蛙”も、火力不足だったし……」

「ですよねぇ。だって、このへんの原っぱじゃ……」

「うむ、ならば──」

ぬっ、とちゃぶ台越しに顔を出したのが人間である紗理奈だった。

「――動物園って知ってる? 水都にあるんだけど、あそこ、でっかい猛獣がうじゃうじゃいるのよ」

「猛獣?」

コマリシャスの耳がぴくりと動く。

「そう。ライオン、トラ、クマ、シロサイ……スケッチしてるだけでも血沸き肉躍るわ。あんなのが“魔物化”したら、それこそ“ミラクルドヤ顔”も吹っ飛ぶってわけ」

「さいっこーっ!!」

コマリシャスが目を輝かせて跳ね上がった。頭のリボンがぴょこんと跳ねる。

「それよそれぇ!! さっそく行きましょう、サリナ!! えへへ~っ、どうしよう、サイとサソリが合体しちゃったら、“サソリサイ”よ! 強そう~っ!」

「ネーミングセンスが九頭先生っぽくて…ぶっ飛んでるわね……」

「タンポポタイは、お留守番ね!」

「へっ! ぼ、ぼく、置いてかれるんですか!?」

「大丈夫、タンポポタイには鄙野の空き地と草花たちを守ってもらう大事なお仕事があるの!」

「いやそれ、雑草の監視係じゃないですかぁ……」

「じゃあ出発しましょっ、サリナ! ライオン! トラ! サイ! 魔界のプリンセス、今こそ牙と爪を求めて野生を狩るのよ!」

「……うん。たまには気晴らしもいいかもね」

ふたりは勢いよくちゃぶ台から立ち上がると、玄関でサンダルをつっかけた。
そのままカラフルな魔界仕様の傘を日除け代わりに、ゆるゆるとバス停へと歩き出す。

「さてさて……次の魔物は、“ホンモノ”の強さを見せてもらうわよ、ミラクルナイト……!」


十月某日・水都東川動物園──

「……暑ッ!! 何で秋なのに34度もあるのよぉ!!」

広い園内をうちわでぱたぱた仰ぎながら、コマリシャスは全身汗だくだった。小さな日傘をさしているが、まるで焼け石に水である。

「完全に夏日だな、こりゃ……ほら、水分取って。熱中症になったら困るから」

紗理奈がスポーツドリンクを差し出すと、コマリシャスはずずずずと一気飲みした。

「ぶはぁっ! ……で、猛獣どこぉ? あたし、トラと合体した“トラトラ女”とか“ライオネス・プリンセス”とか期待してたんだけど〜」

「はいはい、こっち。まずは百獣の王から拝みに行きましょうか」

二人がたどり着いたのは、ライオン舎
だが──

「…………」

「…………」

「……なんで」

「ぐぅ……ぐぅ……(Zzz……)」

ライオンは木陰の岩の上で大の字で昼寝中。口元をぴくぴくさせながら、寝言のような咆哮を一度だけ漏らす。

「寝てる!? しかも、めちゃくちゃリラックスしてるし!?」

「王の威厳どこ行ったのよ……」

紗理奈が頭を抱える。

「次よ、次! 次はトラよ!! 虎だもの、名前からして“トラブル”の象徴みたいなもんでしょ!」

とコマリシャスが急ぎ足で向かったトラ舎では──

「……ふにゃ〜……」

「水風呂つかってる!?」

「え、何この顔……めちゃくちゃ可愛いじゃん……」

小さなプールにあごを乗せて、トラはまったりした表情で目を細めていた。
うっすら笑ってるようにも見えるその姿に、コマリシャスはガックリとうなだれた。

「こんなの……猛獣じゃなくて、温泉宿の番頭さんよぉ……!」

「おっかしいな、もっとこう、檻に爪痕残してるくらい凶暴なの期待してたんだけど……」

「猛獣がダメなら、せめて小獣よ! もうなんでもいいから、カッコよくて強そうな子を探すの!!」

「いや、強い子探すなら小動物エリアは違うだろ……」

しかし、そのとき。

「…………あ」

何かに反応したコマリシャスの目がキラリと光る。

「……え? どこ? どの子?」

視線の先には──ハリネズミ

小さな手でフード皿を抱え込んで、もしゃもしゃと餌を食べる姿が映っていた。

「トゲトゲ! 小さい! ちょこまか動く! カワイイッ!!」

「え、そっち? ライオンやトラよりも??」

「ねぇサリナ、あたし、アイツと合体した“ハリハリ車”を作りたい!!」

「いやいや、まず素材化してからでしょ……って、ちょ、何してるのよコマリシャス!?」

「ミニカー投げたら反応するかも~っ!!」

コマリシャスはポケットから取り出したミニカーを、ぴょいっとハリネズミの柵の中へ投げ込んでしまった。

「お客様ぁっ!? 投入物は禁止ですッッ!!」

すぐさま走ってくる飼育員。

「逃げろっ! サリナ!!」

「いや私、逃げられる立場じゃないからあああ!!」

──数分後、動物園入口ゲート前

「……まったく、監督責任ということで、今回は退園処分とさせていただきます。お引き取りください」

「ご、ごめんなさい、本当にすみませんでした……この子、ちょっと普通じゃないっていうか……いや、年齢は10歳ぐらいに見えるけど成人です、はい……すみません……!」

ペコペコと謝り続ける紗理奈。
その隣で、コマリシャスは怒られながらもしょんぼりした様子。

「……だって、可愛かったんだもん……トゲトゲ……」

だがそのとき──!

ハリネズミの柵の中、ミニカーの転がった場所がきらりと光った。

「ッ……来たッ!!」

コマリシャスの目が再び輝く。

ハリネズミの周囲に魔法陣が浮かび上がり、回転しながら黒い煙を上げて渦を巻き始める──!

「さぁっ……生まれなさい! あたしのカワイくて刺々しい新戦力ぅぅぅっ!!」


炎天下の水都。10月とは思えぬ真夏日、街路樹の木陰には通行人がひしめき、アイスクリーム屋の前には長蛇の列ができていた。

そんな中、突如として東川通りを爆走する異形の影。

「な、なにあれ!?」
「え、ハリネズミ?いや、車!?」
「きゃーっ、かわ…いや、危ないーっ!!」

その名はハリネズミカー
ピカピカのミニカーに乗ったモフモフのハリネズミ。だがその背中には鋼鉄のスパイクが無数に突き立ち、ミニカーの側面には魔法陣の痕跡が青白く光る。ギギギギギ…とタイヤを軋ませながら、市街地を爆走していた。

「わたくしのハリネズミちゃんが〜、こんなにカッコよくなるなんて!もはや天才ね、わたくし♪」

東川動物園の柵の外、アイスを舐めながら自画自賛するコマリシャス。その隣で、汗をぬぐう紗理奈は目を細める。

「まあ…可愛いっちゃ可愛いけど、やることやって帰らないとね」

「ふふふ、さあ…ミラクルナイト、受けて立ちなさい!」

 

──バシュウッ!

水色の閃光が上空を走ったかと思えば、風の渦とともにミラクルナイトが空から舞い降りる。今日はスカートのひらめきも絶好調。いつものパンチラシーンにファンが歓声を上げる。

「水都の平和を乱す者は、ミラクルナイトが許しませんッ!!」

 

だが次の瞬間──

「……かわいっ……」

思わず足が止まった。

ハリネズミカーのつぶらな瞳、ぷくっと膨らんだほっぺ、ころころとミニカーの上で跳ねる様が、あまりにも愛らしかったのだ。

「いや、これは…敵というより…ペット?」

ミラクルナイトの口元が緩みかけた、そのとき──!

「ピギッ!」

鋼鉄スパイクが突如発射され、ミラクルナイトのコスチュームを縦に一直線!

バリィッ!!

「きゃああああああっ!!!」
水色と白の布地が舞い、ミラクルナイトは見事に純白ブラショーツ姿に。

「でたーッ!奈理子の新作ブラ!あれミコールの新型だろ!?」
「生奈理子だぞ!?マジかよ奈理子ちゃんサイコーッ!!」

集まった市民、スマホで撮影開始。一瞬で下着姿にされてしまったミラクルナイト、屈辱の膝つき。

「くっ、こんな……まさか……ハリネズミに負けるなんて……!」

 

「ふっふっふっふ、見た?見た?み〜た〜〜〜!ミラクルナイト撃破成功で〜〜す!!」

空の上から飛行傘に揺られながら登場したコマリシャス。小さくハイタッチするハリネズミカーと共に、満足げに指笛を吹いた。

「さーて、帰るわよ、うちのハリネズミちゃん。次の準備があるんだから♪」
「了解、プリンセス」


紗理奈も苦笑を浮かべつつ、二人と一匹は再び鄙野へと帰還していった。

 

一方、水都の噴水広場には下着姿で項垂れるミラクルナイトと、喜びのあまりポスターを掲げるファンたちの大歓声が渦巻いていた。

「なんでこうなるの……」

その呟きは、ファンの歓声にかき消された。


鄙野――。
廃工場を改造した、魔界の拠点「黒夢アジト」の一室。
大きなコタツと冷風扇が回る居間には、珍しく歓喜の空気が満ちていた。

「やった!やったわたくし!ミラクルナイトに勝っちゃったぁ~~~っ!!」

コマリシャスは全身を使って喜びを表現していた。寝転がってゴロゴロと転がりながら、足をバタつかせ、抱きかかえていたハリネズミカーのぬいぐるみを天に掲げる。

「今日からはわたくしが、水都のNo.1プリティアイドルよぉぉ!!」

「はいはい、おめでとう、コマリシャス。今日はアイスも多めに買ってきたわよ」

台所からアイスを乗せた盆を運ぶ紗理奈。エプロン姿が妙に板についていた。

「わたくし、イチゴ味!」
「バニラを所望します!」
「いや、それは私のぶん…」

コマリシャス、お茶を運んでいたタンポポタイ、そして紗理奈が床に座り込み、アイスをめぐる熾烈な小競り合いを始めた。

「でも、今回はほんとにすごかったですよねぇ、プリンセスぅ!」

タンポポタイが目を輝かせて手のひらを合わせる。

「あの水都のパンチラヒロインを、ビリビリのパンイチにして追い返すなんてぇ…」
「違うわ、パンイチじゃなくてブラとショーツ!重要なとこよ、そこは!!」

コマリシャスが素早く訂正。

「うふふ……どう?ねえ、どうだった?わたくしのハリネズミカーちゃん
「……意外と強かったわね」
「意外は余計です!」

そこへ、冷蔵庫の前で黙っていた紗理奈が口を開いた。

「でも、今回の勝利はあくまで“ミラクルナイト単体”への勝利よ。次に本気で来られたら、3人そろって反撃されるかもしれないわね」

「うっ……」

さすがのコマリシャスもそこは黙り込んだ。アイスの棒をかじりながら、難しい顔。

「でもっ!」
すぐにパッと明るい表情になってソファに飛び乗る。

「勝ちは勝ちよ!市民の前で下着を晒させた歴史的勝利よ!きっと明日から水都のスーパーマーケットでは、わたくしのグッズが並ぶはず!」

「プリンセス、それはまだ先だと思います…」

タンポポタイがそっと突っ込む。

「でも、ほんと…今日のプリンセス、可愛かった」

紗理奈がぽつりと呟いたその言葉に、コマリシャスの耳がぴくりと反応した。

「えっ!?もっかい言って!!」
「え、別に…なんでもないわ」
「言った!!いま言ったわよ!!えへへへへへ〜〜〜♡」
コマリシャスは幸せそうにクッションにダイブ。

こうして、ミラクルナイト撃破に浮かれる魔界一行の夜は、久しぶりにアイスと笑い声と勝利の余韻に包まれて更けていった。


水都神社の境内奥、巫女としての務めを終えたの私室には、冷たい麦茶と甘い煎餅が並べられていた。夕暮れの光が障子を通して柔らかく差し込む中、畳に正座していたのは、もちろんこの三人。

「ほんっと、いつも思うんだけど……奈理子さん、なんでそんなにすぐ脱がされるんですか?」

寧々が呆れたように煎餅をかじりながら言う。

「そ、そんなこと私が好きでやってるわけじゃないもんっ」

奈理子は顔を真っ赤にしてうつむいた。ちゃぶ台の下では、うっかり足が内股になっている。

「でもまあ……」

凜が、やれやれというように麦茶を口に含んでから続けた。

「私も最近はあんまり驚かなくなったわ。こすちゅむ脱がされて下着姿になるの、何回目だったかしら。30?いや50いったかも?」

「やめてよぉ~~~!数えないで~~~!!」

奈理子はバンッとちゃぶ台に突っ伏した。

「しかも今回は……CMで使われた白だったし……」
「うわ、それ私も言おうと思ってた。奈理子さん、白パンツでピュアさ出してくるのズルいです」

寧々がふくれっ面で言うと、奈理子は机に突っ伏したまま、指で畳をトントン叩いた。

「そ、そういうのは置いといて……っ!」

奈理子が顔を上げると、目だけは真剣だった。

「私たち、次はハリネズミカーに勝たなきゃいけないんだよ!」

「うん……あれ、たしかにビジュアルは可愛いんだけど、トゲが……」

凜が額に手を当ててミラクルナイトのコスチュームが切り裂かれる動画を見る。

「コスチュームを貫通してくるスパイク……恐ろしすぎる。というか、衣服しか狙ってこなかったけどね」

「うわぁ、完全に狙い定まってるやつじゃん……」

寧々は呆れながらも、メモ帳に「スパイク=コスチューム破壊注意」と書き込んだ。

「でもあの子、ほんと可愛かった……」

奈理子は手のひらを頬に当てて、ぽわんとした表情に戻っていた。

「やっぱり私、動物には弱いのよねぇ……あのつぶらな瞳とちょこんと乗ってる姿とか……」

「だーかーら!そういうとこが戦士としての欠点なんですよ!」

寧々がキレ気味に突っ込む。

「奈理子さんは『可愛い』に弱すぎるんです!」

「そうね。あのハリネズミカーが犬だったら、完全に膝に乗せて撫でてるパターンよ」

凜が笑いながら茶をすすった。

「……で、どうするの?次に出てきたら」

三人は真面目モードに切り替わった。畳に広げられた作戦ノートには、「トゲ対策」「ハリネズミカーの弱点」「変身前の服どうする問題」などの項目が列挙されている。

「とりあえず、次は脱がされないようにする。これ、第一目標」
「え、そこから!?」
「そこ大事!」

三人の声が、静かな神社の部屋に明るく響いた。
日が暮れる頃には、次なる戦いに向けての“ある決意”が、奈理子たちの中に芽生えていた。


「ひゃっほ~~い!出撃、ハリネズミカー!」

カラカラカラ…と鄙野の魔法陣から勢いよく飛び出したのは、ちょこんとミニカーの上に乗ったハリネズミ。前回よりもメタリックな輝きを放つそのボディは、コマリシャスが新たに塗装を施したものだった。

「うふふふ!今日はね、スピード強化仕様よ!市街地コース、いっくよ~っ!」

水都の街に突如現れた爆走するハリネズミカー
ギュルルルル…と玩具とは思えぬエンジン音(魔力駆動式)を響かせながら、アーケード商店街を突き抜け、老舗和菓子店の看板を巻き込み、ファストフードのドライブスルーを車体ごと通過!

「うわっ!?なんだあれ!?」
「ハリネズミが、車のってんぞ!?」
「かわいいのに…怖ぇ!」

ざわつく市民。
悲鳴と歓声が交錯するなか、ハリネズミカーはピザのデリバリー用スクーターを追い回しながら小回りターンを連発していた。

その様子を、鄙野のモニターからご満悦で眺めていたのはもちろんこの人。

「みてみてみて!ミニカーで街がこんなに大パニック~っ!きゃははははっ♡」

コマリシャスはぴょんぴょんとソファの上で跳ねて大喜び。

「これはもう、作戦じゃない。芸術だよ、紗理奈!」

「うん……まあ、うん……よかったね……」

ソファの隣で麦茶を飲むサソリ女=紗理奈は、どこか遠い目をしていた。

「うふふ…今頃きっと、ミラクルナイトがまた脱がされて泣いてるころネ~!」

コマリシャスはゴロンとソファに寝転び、くるくる回るハリネズミカーの映像にうっとりと目を細めた。

画面の中で、信号無視して走り去るハリネズミカー。
警官も追いつけず、報道ヘリが上空を旋回する――まさに“魔界流カーレース”。

「このまま水都制覇しちゃおっかな~♡」

コマリシャスの舌の根も乾かぬうちに、画面の端にちらりと映ったスカートの裾

「きゃっ……! 来たっぽいわよ、あの子……」

魔界のプリンセスが身を乗り出した。

果たしてミラクルナイトは、今度こそハリネズミカーを止められるのか――!?
それともまた、コスチュームを破かれてファンの声援を浴びる羽目になるのか――!?


水都駅前ロータリーは、突如現れた小さな暴れん坊——ハリネズミカーによって、騒然としていた。

ちょこまかと走り回るミニカーの上にちょこんと乗るハリネズミ。けれどその愛らしい姿からは想像もつかないほど、スパイク状のトゲを勢いよく発射し、看板を破壊し、自動販売機を貫き、交通整理のおまわりさんの帽子を串刺しにしていた。

「こ、こいつ……可愛い顔してやるじゃないっ!」

颯爽と白と水色の衣装で現れたミラクルナイトは、軽やかに地面を蹴ってハリネズミカーの前に立ち塞がる。

「水都の平和は、ミラクルナイトが守りますッ!」

だが次の瞬間、ハリネズミカーがぐるぐると彼女の周囲を回りはじめた。

「わっ、ちょっ、風がっ……!」

勢いよく巻き起こる風圧で、ミラクルナイトのふわりとしたスカートがふわっふわっと宙に舞いはじめる

「や、やめなさいってば~っ!」

両手でスカートを押さえようとするミラクルナイト。しかしそのせいでバランスを崩し、攻撃どころではない。街頭ビジョンにその姿が映り、市民たちからは黄色い歓声とフラッシュが飛び交う。

「うう……スポンサー提供の大切なパンツなのに……っ」

そこへ、ビシッと音を立てて鞭のような武器を持つオレンジの戦士が駆けつけた。

「奈理子さん、パンツ見せすぎです! 援護に入りまーすっ!」

颯爽と登場したのは、中学生戦士・ドリームキャンディ!

「来てくれたのね、キャンディ!」

そのとき、ハリネズミカーは放ったトゲが、奈理子のショーツをかすめた。

「あふん♡」

クロッチ越しに敏感な個所を擦られたミラクルナイトが思わずしゃがみ込む。

「任せてください……って、ああもう、奈理子さんがそこにいるとチェーンが振れないんですってば!」

ハリネズミカーは、相変わらずミラクルナイトの足元をうろちょろと回り込み、どさくさにまぎれてトゲをピンポイントでミラクルナイトのコスチュームの端に当てようとしてくる。ドリームキャンディはキャンディチェーンを振り上げるが、ミラクルナイトが邪魔でなかなか当てられない。

「ああッ!」

トゲが、確実にミラクルナイトのコスチュームを削っていく

「うぅ~、やっぱりこの子、小さいのに厄介すぎる……!」

そんなふたりの苦戦を見かねて、ロータリーの上空に緑の光が差し込んだ。

「二人とも、下がって!」

風が吹き抜け、鉄扇を構えたセイクリッドウインドが、石畳に優雅に着地する。白と緑の巫女装束風の衣装が風になびく。

「凜さんっ!」

「ミラクルナイト、ドリームキャンディ、今度こそ三人の力であいつを止めましょう!」

静かに、けれど確かな決意を込めた声が、風と共に響いた。

ミラクルナイト、ドリームキャンディ、セイクリッドウインド——三戦士が再び揃った。小さなハリネズミカーとの本格バトルは、これからだ。


ロータリーに三人の戦士が並び立つ。風が吹き抜け、ボロボロになったスカートがはらりと揺れる。ハリネズミカーはというと、ミラクルナイトをじーっと見つめたまま、ピタリと動きを止めていた。

「……あの子、完全に奈理子さんにロックオンしてますね」

ドリームキャンディが眉をひそめる。

「こっちには目もくれないのか……やっぱり、コスチュームの露出度のせい?」

セイクリッドウインドが冷静に、しかし若干あきれ顔で呟いた。

その瞬間!

「きゃああっ!?」

ハリネズミカーが爆音と共に急加速、猛スピードでミラクルナイトに突進!間一髪、ドリームキャンディがキャンディチェーンを鞭のように伸ばし、ミラクルナイトの腰に巻きつけて引き寄せた。

「どわっ!? ちょ、ちょっと急に引っ張らないでぇ〜〜っ!」

「動かないからですよっ!」

ブレーキの焼けるような匂いを残しながら、空振りに終わったハリネズミカーが旋回、スパイクを飛ばしながら再突進!

「ならば、風の壁を!」

セイクリッドウインドが鉄扇《ガストファング》を広げ、地面に向かって一閃。風がうなりをあげて吹き上がり、スパイクの雨を弾き飛ばす。

「今のうちです!奈理子さん、少しでも遠くに!」

「は、はいっ!」

ミラクルナイトは小走りに距離を取ろうとするが、ハリネズミカーはまるでGPS搭載かのように即座に軌道修正し、追撃を開始!

「もう、しつこいっ!」

怒ったミラクルナイトが振り返り、光を集めようと両手を広げる——

「えい!」

水色の光弾を連射するが、ハリネズミカーは器用に避けながら突進し、すぐさまミラクルナイトの足元に飛び込んでくる。

「またパンツ見えるってばーっ!!」

悲鳴と共にスカートを押さえて転げ回るミラクルナイト。そこに、ハリネズミカーが乗り上げようとジャンプ!

「させるかっ!」

ドリームキャンディがキャンディチェーンで叩きつけ、横からハリネズミカーを押し飛ばす!

「ふん、ただの愛玩系トゲトゲ車じゃない!」

セイクリッドウインドも飛び込み、ガストファングで地面を叩くと、足元の土砂が舞い上がり、視界を封じた。

「今です、ミラクルナイト!スカートのことは気にせず、決めてください!」

「うぅ〜〜……もういいっ!」

ついに観念したミラクルナイトは、スカートの裾をパッと手放し、両手に水色の光を集める。

「これが私の……覚悟ッ!」

舞うように回転し、水色のリボンが手元から放たれる。

「リボンストライクッ!!」

煌めくリボンの光がハリネズミカーを包み込み、トゲの一本一本までもが光に溶けていく。

「ぴゃああああ〜〜〜っ!!」

断末魔とともにハリネズミカーは爆ぜ、光の花びらとなって宙を舞った。

——水都の空が、静かになった。

スカートの裾を握りしめ、肩で息をするミラクルナイト。その隣で、ドリームキャンディがそっと言う。

「今日も……奈理子さんのパンツ…スカート穿いているのに丸見えですね……」

「守る気はあったのよ!? 一応っ!」

後ろではセイクリッドウインドがため息をつきながら、鉄扇を畳んだ。

「……でもまあ、勝てば官軍よ。さあ、撤収しましょう。次は下着三重にしておいたほうがいいかもね」

「うぅ……!」

三人の戦士は、夕陽のなかを歩き出す。風に吹かれてスカートがまたふわり——

「ちょっ、もう、いやだぁ!!」

ミラクルナイトの慌てた声が、またひとつ、水都に響いた。


「うわあああああ〜〜〜〜〜んッ!!! ハリネズミカーぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!」

薄暗い1Kアパートに響き渡る、魔界のプリンセス・コマリシャスの絶叫。

ちゃぶ台に突っ伏してわんわん泣き続けるコマリシャスの背を、タンポポタイがそっと撫でていた。

「また爆ぜてしまいましたね、コマリシャス様のかわいい同志……」

「うううっ、あんなに小さくて、あんなにトゲトゲしてて、車にちょこんと乗ってて、すっごくキュートだったのにぃ〜〜〜!!」

テーブルの上には、手描きの「ハリネズミカー大勝利!祝賀会」と書かれた紙と、乾いてしまったケーキの切れ端が寂しく残っている。

「ま、あーやられちゃったか」

ポットからお茶を注ぎながら、紗理奈がぼそりと呟いた。

「だから言ったのよ、トラにしとけばよかったのにって……。ほら、野生の本能的に、爪も牙もちゃんとあって、強そうだったし……」

「むぅ〜っ! だってあのトラ、お風呂に入って気持ちよさそうにしてただけだったじゃん!」

「まあ、そうなんだけどさぁ……」

紗理奈はふうっとため息をつくと、机の脇に置かれた「動物園出禁通知書」と「反省文控え」を手にして苦笑した。

「コマちゃんの保護者として、私、ちゃんと謝らされたんだよ?『ミニカー投げ入れてハリネズミを驚かせたことを深く反省しております』って、書かされてさ……」

「え〜〜!? あれくらい平気でしょ〜〜っ、魔界ではもっと危ないもん投げるのに〜〜っ!」

「ここ、魔界じゃないんで」

そこへ、タンポポタイが静かに手を差し伸べる。

「さあコマリシャス様、お涙は拭いて……。魔物はまたつくれます。ハリネズミカーが駄目なら、次の同志を見つけましょう。今度は空き地の奥まで探検して、もっと強くてカッコよくて可愛い子を……!」

「……そっか」

ぽろりと涙を流しながら、コマリシャスは顔を上げる。その瞳は涙の水膜越しに、それでもきらきらと輝いていた。

「次こそ……ミラクルナイトをぶっ倒して、町内放送のアナウンスを『奇跡の守護神、失神』にしてやるんだからぁっ!!」

「よしよし、さすがコマリシャス様」

「でも、今度は絶対パンツじゃなくて、もっと致命的にカッコ悪いところを攻めましょう」

「え? どこ?」

「それは……これから、研究するのです」

三人は静かにうなずき合った。ちゃぶ台には新しい魔物のラフスケッチが広げられ、ふたたび、鄙野の魔の創作会議が始まるのであった——。

次なる脅威は空き地から現れる!

(第195話へつづく)

あとがき