DUGA

ミラクルナイト☆第179話

夜。
水都を見下ろす高層ホテルの一室。
黒曜石のように輝く大理石の床、窓の外には遠く水都公園のライトアップが微かに光っている。

その部屋の中央――
流れるような動きで脚を組んで座る男の姿。

穢川研究所・社長、勅使河原(クラゲ男)。

「…………」

静かに、長い指でグラスの水を揺らしながら、黙して何も語らぬその横顔には、幾つもの感情が沈殿していた。

向かいのモニターに、白衣姿の男が映し出される。

【「……クラゲ偽装個体No.4、戦闘機能は一定以上確認できたものの、セイクリッドウインドとドリームキャンディの共闘により殲滅されました」】

報告しているのは、研究部門の責任者――九頭(ヒドラ男)
メガネの奥の目がぬめりを帯びたように揺れている。

「ちなみにミラクルナイトは変身解除寸前、スカート・ブラともに損壊。
奈理子の純白パンティの状態は非常に良好。市民の反応データは収集済みです」

「……それはいい」

【「えっ」】

ぴしゃりと切り捨てるような声音。
勅使河原は眉一つ動かさぬまま、視線を窓の外に向ける。

「“彼女”が出たんだろう?」

【「……はい。セイクリッドウインド――風間凜。今回も前線で大暴れしております」】

報告を受けた瞬間、勅使河原の手がグラスの縁をゆっくりと撫でた。

「…………凜、か」

ガラス越しに映る水都の灯が、どこか遠い日のように滲んで見える。

「……あの腰のラインは、忘れようとしても……なかなか忘れられないな」

そっと、独り言のようにこぼす。

部屋の隅に立っていた女が、わずかに眉をひそめる。

「……また“あの女”の話ですか。おかわいそうに」

物静かな声の持ち主は、黒いスーツ姿の秘書――多実(イチジク女)
胸元のブローチは熟した果実のような形をしている。

「過去に未練とは……社長らしくもない」

「未練……じゃない」

勅使河原の表情は冷たいままだが、その目の奥にはほんの僅か、揺らぎがあった。

「ただ……あの女は、“俺に捨てられた”あと、“俺より先に進んだ”。
それが少し――気に入らないだけだ」

そこに、現れたのは、側近である渦巻(カタツムリ男)
湿った声で囁くように進言する。

「では、次は……ご自身が動かれますか?“本物”のクラゲ男として」

沈黙。

勅使河原はゆっくりと席を立ち、背を向けたまま夜の街を見下ろす。

「まだ早い。凜が“どこまで風を吹かせるか”……少し、見てみたい」

目を閉じた横顔には、支配者の威厳と、かすかな悔恨の影が交差していた。

「九頭先生。次の個体は――“花”でいこう」

【「は、花……ですか?」】

「そう。“棘のある、あの花”だ。トケイソウ女に”あの花”の出動を命じよ。
ミラクルナイトの白には、深紅が似合う。なあ、多実?」

「……はい。赤は“真実”を暴きます。
白は、汚すためにこそ存在する」

秘書の答えに、クラゲ男はようやくわずかに笑った。

「ふふ……よろしい」

そして、再び背を向けたまま、静かに呟いた。

「凜。お前は、どんな風で俺に刃向かうつもりだ?」

水都の夜に、冷たい光が瞬いた。


──ざわ……

教室に響く声も笑いも、奈理子にはどこか遠くの音のように聞こえていた。

水色のセーラー服に身を包み、整った前髪の奥からぼんやりと窓の外を見つめる少女。
**野宮奈理子。**水都の守護神。ミラクルナイト。
けれど今の彼女は、そのどれでもない。

机の上にはスマートフォン。
無意識に開いてしまうSNSの画面には――
「白すぎ」
「パンツまた見えたw」
「今日の奈理子はガチで抜ける」
「ちっぱいは正義」
「モザイク邪魔」
といった文字が並ぶ。

そしてサムネイルには、自分の姿。
敗北し、下着も奪われ、泥の上に横たわる“純白の天使”の、みじめな姿。

(……こんなに……晒されてたんだ、私……)

こみ上げる吐き気をこらえるように、奈理子は目を伏せた。
今さら言い訳なんてできない。“自業自得”だとすら思ってしまう。

「……奈理子さん?」

隣の席からそっと声をかけてきたのは、クラスメイトのすみれだった。

「放課後、パンケーキでも食べに行かない? 奈理子さん、なんだか……元気ないから」

「……ううん、ありがとう。でも……ちょっと、ひとりでいたいの」

精一杯の笑顔を作って答える奈理子。
けれどその顔は、あまりに寂しげだった。

すみれが心配そうに去っていくのを背中で感じながら、彼女は再びスマホに視線を落とす。

──すると。

「……何してんの。みっともない顔して」

パチン、と音がしてスマホが机からはじかれた。
鋭く整ったネイル、完璧な髪型。そしていつもの取り巻きを背に立っていたのは――

菜々美。

「また見てたの?パンツ脱がされて泣いてる自分の動画。マジで呆れるんだけど」

「……菜々美さん……」

「今のアンタ、“水都の守護神”ってより、ただの敗北ヒロインだよ?」

冷たく笑うその声に、周囲の取り巻きがクスクスと笑う。

(どうして……どうしてこの人は、いつも私に……)

けれどそのとき。
菜々美はふっと顔をゆるめて、ひとつ息を吐いた。

「……放課後、つきあってよ。場所は……ヒミツ」

「え……?」

「可哀想な奈理子ちゃんを、ちょっとだけ“引き上げてあげる”って言ってるの。
断るなら、それでもいいけど……ね?」

一瞬だけ、菜々美の瞳がきらりと光ったように見えた。
優しさではない。
けれど、何かを押し込めたような、抑圧された情念のような――

奈理子は小さく頷いた。
理由もなく、ただ流れに身を任せるように。


放課後の陽が落ちかけた水都公園。
並木道を歩くセーラー服のふたりの少女――その姿は、遠目には絵のように美しい。

「ほんと、どこまでいってもバカ正直ね、奈理子さんは」

「え……?」

「敵に下着脱がされて泣いて、裸まで全国放送されて、それでも変身する。
……あんたさ、普通に頭おかしいんじゃない?」

口は悪い。
けれど、奈理子はその言葉に、不思議と傷つかなかった。

それはたぶん、菜々美の声が揺れていたから

(菜々美さん……本当は、怒ってるんだ……)

(私が、負けたことに……)

ふたりのスカートが風に揺れる。
その下に覗くのは、奈理子の木綿の白パンツ。ごく普通で清楚な、けれどどこか頼りない生地。
一方、菜々美のスカートの奥には、シルクのように艶やかで上質な光沢ある白い下着が控えていた。

無言のまま、奈理子は自分の足取りを意識する。
なんだか、自分だけが“少女のまま”取り残されているような気がした。

「……ここ、萬万亭。甘くてうるさくないから、落ち着いて話すにはちょうどいいの」

「ありがとう、菜々美さん……」

その瞬間だった。

「おや、これはこれは……!
お嬢様が、“あの子”と一緒とは。珍しい光景ですねぇ」

ふたりの前に、突如――赤い花びらが舞った。

そこに立っていたのは、真紅のドレスに包まれた長身の女。
髪はアマリリスの花のように揺れ、唇には血のような紅が差している。

アマリリス女。

「……なに?」

菜々美が眉をひそめる。

「研究所の連中?だったら、手を出さないほうが身のためよ。あたしはあんたたちと違って、“素で強い”んだから」

「ふふ……その通りですね。”菜々美お嬢様”

「ッ……!」

奈理子が驚いたように菜々美を見る。

「な、何のこと?菜々美さん、この怪人を知っているの……?」

「え、ああ、なんでもないわ。こいつ、多分頭おかしい」

菜々美はさっさと背を向けて萬万亭に向かおうとする。
けれど――その背後で、アマリリス女はゆっくりと手を伸ばす。

「あなたの心、痛いでしょう……ミラクルナイト」

奈理子の足が止まる。

「みんなの前で脱がされて、晒されて、負けて……それでも誰にも弱音を吐けない。
だって、“白”は汚れてはいけないから。ね?」

「……やめて……っ」

アマリリス女の声は甘く、柔らかく、
それでいて鋭く心の奥へと突き刺さる。

「自分が一番弱いことを知っている。
誰より可愛いのに、誰より無様で……
そんな自分に、そろそろ飽きてきたんじゃない?」

奈理子の肩が小さく震える。
菜々美がすぐ振り向き、アマリリス女の前に立つ。

「こいつは今、弱ってるだけ。付け込んでいい場所じゃない」

「ふふふ……菜々美お嬢様が、ミラクルナイトの肩を持つなんて。
……まさか、惚れました?」

「黙れ」

言葉の温度が一瞬、氷のように下がった。

菜々美の瞳が静かに、だが確実にアマリリス女を睨みつける。

「私は、奈理子さんが勝手に自滅してくのが気に食わないだけ。
水都の守護神なら、ずっと立ってろって言ってんのよ」

「……なるほど。誇り高い“白”。シルクのように、しなやかで鋭い」

アマリリス女が笑い、視線を奈理子に戻す。

「でもあなたは、違う。綿の白。すぐ濡れて、すぐ汚れて、すぐ破れる。
……ねえ奈理子、あなたがミラクルナイトである必要、あるのかしら?」

その言葉に――奈理子の瞳が、揺れる。


「“綿の白”なんて……あなたが“ヒロイン”でいられる時代は、もう終わりよ」

アマリリス女の声は、ささやくように奈理子の耳へと滑り込む。
そのたびに、奈理子の胸の奥がじくじくと熱を持ち、痛みを帯びていく。

「みんなに応援されるのは、あなたが可愛いから。
でも、“汚れた可愛い”なんて、誰も見たくないの。
あなたが負けるたびに、ドリームキャンディが目立っていく……ねえ、怖いでしょう?」

「……っ……やめ……て……」

スカートの奥、木綿の白がかすかに揺れる。
奈理子の膝がわずかに震えるのを、アマリリス女は確かに見た。

「そのまま全部捨てちゃえばいいのに。変身も、“ミラクルナイト”って名前も。
“ただの可愛い女子高生”で、大好きな彼氏に、守られて生きれば?」

奈理子が顔を伏せ、唇を噛み締めたその時――

「……黙れって言ってんのよ」

ぱしん、と乾いた音がした。
菜々美の手が、アマリリス女の頬を叩いていた。

「この子は弱くない。“負ける”ってどういうことか、ちゃんと知ってるから――あんたなんかより、よっぽど強い」

「菜々美……さん……?」

唖然とする奈理子を、菜々美はちらりとも見ずに前に立つ。

「“守られる可愛さ”だけが価値なら、私の方が何倍も上よ。
けど、こいつは“戦う可愛さ”を持ってる。そこに惚れてんのよ、みんな」

その言葉に――奈理子の目から、ぽろりと涙がこぼれた。

(菜々美さん……私のこと、ちゃんと……見てくれてた……)

遠巻きに人の輪ができていることに気づく。
スマホを構える者、ざわめく市民の声――

「えっ、奈理子ちゃん!?」
「また戦うの!?」
「スカートの中、見れるやつじゃん!」
「まさか、水女の美少女Wパンチラ!?天使とお嬢様の共演!!」

「このままじゃ……また、みんなの前で……でも……!」

奈理子はぎゅっと胸元のリボンを握りしめ、菜々美の背中を見る。

(私……この人を、守りたい)

震える指先で、アイマスクを取り出す。

「……私は、ミラクルナイト。
誰がなんと言おうと、この街を……人を……菜々美さんを、守りたいの……!」

アイマスクを装着――

ぱああっ!

水色の光が噴き上がり、制服が解けていく。
下着姿の奈理子が光に包まれ、
白いノースリーブのブラウス、水色のリボン、グローブ、ブーツ、そして最後に白いプリーツスカートが再び形作られる!

「水都の平和を乱す者は、ミラクルナイトが許しませんっ!!」

スカートひらり!

周囲からどよめきが上がる。

「出たーー!ミラクルナイト名物、パンチラ変身!!」
「今日もだああ!!」

「ひゃああああああっ!!み、見ないでぇぇっ!!」

ミラクルナイトが顔を真っ赤にしながらも、覚悟を持って前に出る。

「アマリリス女……あなたの言葉、痛かった。
でも、私の“弱さ”を笑うのは、あなただけにはさせない!!」

「ふふふ……それじゃあ、証明してみせてよ。安っぽい“綿の白”の、限界を――!」

アマリリス女が華麗に足を振り上げる。
花弁のような鞭がしなると、ミラクルナイトの身体が絡め取られ――

ビリィッ……!

「きゃあっ!? うそ、またっ……!?」

スカートが一瞬で剥がされ、白い下着が露出する。

「だ、だめっ……もう、ほんとにやめてぇぇっ!!」

花粉状の液体がミラクルナイトのコスチュームを濡らし、木綿の下着がじんわり透け始める。

「ふふふ……すぐに濡れて、すぐに汚れて、すぐに脱がされる。それがあなたの運命よ、“白い天使”さん」

ミラクルナイトの視界が揺れ、意識が遠のく――


「はぁっ……うぁっ……あ……っ」

ブラウスは胸元から破れ、スカートは跡形もなく、地面に散っていた。

露わになった白いショーツは花粉の液体に濡れ、透けるどころか、すでに限界。
うっすらと貼りついた木綿の生地が、幼さと無防備さを際立たせていた。

膝をつき、身体をよじっても、“白”はどこまでも晒される。

「もう、見ないで……お願い……誰も、見ないでよぉ……」

声は掠れ、手は震え、視界は滲む。
そこへ、アマリリス女の艶やかな笑みが近づく。

「あなたはもう、ミラクルナイトじゃない。
**“見せるだけの、抜け殻”。**市民に消費され、忘れられていくヒロインの成れの果て」

触れようとしたその手を――

「やめなさいよッ!!」

鋭く、怒声が裂いた。

菜々美が前へ躍り出る。
その頬は紅潮し、瞳には激しい怒りと、何かもっと強いものが宿っていた。

「奈理子は……私を倒した相手なんだから!
お前みたいな“雑草”に、勝手に枯らされてたまるかッ!!」

その言葉が――

ミラクルナイトの胸に、刺さった。

(菜々美さん……私を、“認めてくれてる”……?)

そしてもう一つ、音が聞こえた。

《がんばれミラクルナイト!!》
《パンツ見ても応援してるぞ!!》
《やっぱ白じゃなきゃ!!奈理子ちゃん、立って!!》
《水都の守護神は、何度脱がされても……何度でも、立ち上がる!!》

市民たちの声援。
それはいつもの“ネタ”ではなく、
確かに――彼女の“戦う姿”への声だった。

奈理子の睫毛が震える。
涙が一筋、頬を伝い――

「……私は……」

よろりと膝をついたまま、震える腕で地面を押す。

「私は、ミラクルナイト……」

震えながら、歯を食いしばり、晒された肌を覆うように腕を交差させて――

「白でも……濡れてても……恥ずかしくてもっ!!
それでも、私はみんなを守るんだあああああッ!!

パアァァッ!!

地面から水色の光が爆ぜる!
破れかけていたグローブとブーツが再び光を帯び、
折れかけた胸のリボンが、風に翻る!

花粉を払うように光の波が広がり、アマリリス女の表情がわずかに揺らぐ。

「……ふふ、これでこそ……“ヒロイン”よ」

ミラクルナイトは、裸に近い姿のまま――
それでも、スカートがなくても、顔を上げて、堂々とアマリリス女を睨んだ。

「覚えておいて、アマリリス女。私は……簡単には枯れない!」


破れたコスチュームのまま、
むき出しの太腿と濡れたショーツを晒しながらも、ミラクルナイトは立ち上がっていた。

アマリリス女が静かに笑う。

「ふふ……なら、もう少し“深く”まで見せてもらいましょうか。
あなたの“ほんとの弱さ”、最後の一枚まで……剥いてあげる」

その言葉と共に、赤い花弁が宙を舞う。

ズルンッ……!
奈理子の視界がぐらついた。
頭に、直接“声”が侵入してくるような錯覚。

「あなたの彼氏は、本当に“あなた”が好きなの?
それとも……ミラクルナイトだから?可愛いから?脱がされるから?」

「……や、やめ……っ」

「あなたはヒロインじゃない。
ただの“笑われる側”よ。晒されて、使い捨てられる――下着アイドル」

ミラクルナイトの瞳から、ふっと光が揺らぐ。
心が崩れそうになる。

だけど――

《奈理子ちゃーん!》
《ミラクルナイト、ファイトォォ!!》
《白い天使!!君は僕らの誇り!!》

市民の声が、轟く。

子どもが握ったぬいぐるみを空へ掲げて、
お年寄りが笑顔で拍手しながら、
青年たちが、目を潤ませながら、声を張る。

奈理子の心に、それが確かに届く。

「……私……見られるの、嫌だった……!
恥ずかしくて、情けなくて、消えちゃいたいって思ったこともあった……!」

でも、

「それでも……っ!
私は――この街が、この人たちが、
大好きなんだあああああああッ!!」

ミラクルパワー、発動!

体が眩い水色に包まれ、髪がふわりと持ち上がる。

「アマリリス女――
あなたに、これが“ミラクルナイト”の答えよ!!」

「ミラクルッ……ヒップストライクゥゥゥッ!!」

回転しながら飛び上がる!
子宮から湧き出る水色の光が白いパンツの股間に集中する!

「えっ、まさか……っ!?
そ、そんな子どものおしりで――私が――ぁぁあッ!!?」

ドガァッ!!!

柔らかく、でも芯のある“女の子の香り”が直撃!
水色の残り香と共に、アマリリス女の意識が天へ舞う!

「ふわ……やだ……なにこの……ふわふわしてて、いい匂い……負けるなら……こういうのも……アリ、かも……」

キラキラキラ……

赤い花弁が宙を舞い、アマリリス女の姿は浄化されるように消えていった。

……

広場には、静寂――
そして、爆発するような歓声!

「ミラクルナイトーッ!!!」

「やっぱり“白”の奇跡は本物だーー!!」

奈理子はふらりと膝をつき、でも笑っていた。

「ううぅ……またスカート脱がされちゃったけど……勝てて、よかったぁ……!」

遠くで、菜々美がふっと目をそらしながら呟いた。

「まったく……どこまで見せるのよ、バカ……
……でも……それで勝てるなら――許してやるわ」

(第179話へつづく)

あとがき