DUGA

ミラクルナイト☆第170話

夏休みのある日。寧々は奈理子に呼び出され、商店街のグフグフハンバーガーに向かった。
カラン、とドアのベルが鳴る。店内に目を向けると、窓際の席に見慣れた少女がいた。Tシャツにデニムのミニスカート姿の奈理子だ。普段は清楚な水都女学院高校の制服姿、イベントでは華やかなドレスやワンピースを身に纏う奈理子が、こうして地元の商店街ではラフな格好でいる。それでも、なんてことない服が奈理子にかかると不思議なほどに輝いて見える。

だが、今日の奈理子は一味違った。着ているTシャツの胸元には、堂々と「I ♡ 奈理子」とプリントされている。奈理子グッズのTシャツだ。

(奈理子さん…自分大好きなんだ…)

眩しさに目を細めながらも、寧々は向かいの席に腰を下ろした。普通の奈理子ファンなら痛々しく見えるはずのTシャツも、奈理子本人が着ると不思議とオシャレに見えてしまうのが恐ろしい。

「寧々ちゃん、いいものあげる!」

奈理子が笑顔で白い封筒を差し出す。寧々が中を開けると、目に飛び込んできたのは煌びやかなペア招待券だった。

「これ…水都ファミリーランドのサマービーチフェスティバル!? えっ、うそっ!?」

思わず声を上げる寧々。中学生の寧々にとって夢のようなプラチナチケットだ。

「いつも助けてもらってるから、お礼に…な〜んてのはウソで、この前のフィギアイベントのお礼に電気屋さんから貰ったの。ドリームキャンディに渡してってさ。」

奈理子はあっさりと種明かしをする。ドリームキャンディの正体は公にされていないため、代理で奈理子が預かったらしい。

「でも…あのイベント、電気屋さんには迷惑かけたんじゃ…」

寧々は首を傾げた。ミラクルナイトフィギュア発売イベント中に戦闘が勃発し、会場は大混乱だったはずだ。

「それがね、すごい宣伝効果だったんだって! 私はギャラもフィギュアの売上もあるけど、寧々ちゃんは何も貰ってないでしょ? 本当は少ないくらいなんだよ。」

奈理子は申し訳なさそうに笑う。

「そんなことありません!」

寧々は慌てて否定した。奈理子とは金銭感覚が違う。水都市民プールが精一杯の自分にとって、水都ファミリーランドのプールなんて夢のまた夢だ。

「チケットは電気屋さんからだけど、私が寧々ちゃんに感謝してるのは本当だよ。」

奈理子の声が柔らかくなる。

「いつも私が先に戦ってるけど、結局負けたり、恥ずかしい目にあったり…。それでも必ず寧々ちゃんが助けに来てくれる。私の方が年上なのに…かっこ悪いよね。」

奈理子は自嘲気味に笑った。

「そんなことありません!」

寧々は強く言った。

「奈理子さんは可愛くて、私の理想の女性です! 私も奈理子さんみたいに、みんなに愛される可愛い女子高生になりたいって思ってます!」

その言葉に奈理子の瞳が驚きで見開かれ、すぐに優しくほころんだ。

「寧々ちゃん、ありがとう。」

しばしの沈黙。奈理子はまた微笑むと、

「チケットのことは隆には言ってないから、誰か寧々ちゃんが行きたい人と行きなよ。」

「ありがとうございます…。」

そう口にしつつも、寧々の頭に浮かぶのは隆の顔だった。誰を誘うかなんて、最初から決まっている。

(去年も一昨年もスクール水着で隆をガッカリさせちゃったし、今年は女の子らしい水着を買わなきゃ…)
頬がじんわり熱くなる。

「真夏の少女の合言葉はね、情熱・自由・愛!」

奈理子が両手を広げて太陽のような笑顔を見せる。

「寧々ちゃんも、真夏の太陽にその情熱と自由と愛を見せつけちゃおう!」

キラキラと輝く奈理子の笑顔は、どこまでも眩しかった。


商店街のグフグフハンバーガーの一角で、奈理子と寧々はポテトをつまみながら談笑していた。窓の外には、夏の日差しがちらつき、通りを行き交う人々のざわめきが微かに聞こえる。

「ねえ、寧々ちゃん。私たちのユニット名、作らない?」

ポテトを口に運びながら、奈理子が唐突に切り出す。

「ユニット名?」

寧々は驚きつつも目を輝かせた。

「なんだかアイドルっぽいですね!」

「でしょ? 私たちって、ミラクルナイトやドリームキャンディって個別の名前はあるけど、私と寧々ちゃん、私と凜さんってコンビになると呼び方がないじゃない?」

「戦隊ものの『○○レンジャー』みたいな?」

「そうそう!」

奈理子は嬉しそうに頷く。

「市民もその方が呼びやすいと思うんだよね。『ミラクルナイトとドリームキャンディ』って長いじゃない?」

「確かに…」

寧々はポテトを指先で転がしながら考え込む。

「でも奈理子さんには、『水都の守護神』、『純白の天使』、あと…『マゾっ子ヒロイン』とか、すでに肩書きがいっぱいありますよね。」

「ちょ、最後のはシオマネキ女が勝手に言ってるだけだから!」

奈理子はむっとして頬を膨らませた。

「前は、『パンチラヒロイン』もありましたけど、今はあまり聞かなくなりましたね。奈理子さんがスカートを脱がされるのは当たり前で、ずっとパンツ丸見えだから。」

「好きでパンツ見せてるわけじゃないから!」

「でも私の中の奈理子さんのイメージはやっぱり白いパンツの『純白の天使』です!」

「その『純白』って、コスチュームの色のことだから! パンツの話じゃないってば!」

「違いますよ。だって『純白の天使』って歓声が上がるとき、決まって奈理子さんのスカートがめくれたときか、脱がされたときですよ? 白いパンツじゃないときは言われてませんし。」

あまりにも冷静に真実を突きつける寧々に、奈理子は思わず顔を覆った。

「もー! そのイメージ、なんとかしたい…!」

二人がそんなやり取りで盛り上がっていると、突然、町内放送が鳴り響いた。

――ピンポンパンポン♪
「緊急連絡です。水都公園に謎の怪人が出現しました。近隣の方は速やかに避難してください。」

店内がざわつき、一斉に奈理子に視線が集まる。ミラクルナイト=奈理子。市民にとって、それは周知の事実だ。

「寧々ちゃん、行ってくる。」

さっきまでの和やかな笑顔は消え、奈理子は真剣な眼差しで立ち上がる。

「私が行くまで持ちこたえてください!」

寧々は急いでバッグを手に取った。自分がドリームキャンディだと知られていない以上、変身には一度姿を隠す必要がある。

「……でも、いつも寧々ちゃんに助けられてばかりじゃダメだよね。今日は私が敵を倒す。」

奈理子は決意を込めた瞳で言い、アイマスクを取り出して店を出ようとする。

その背に、寧々がふいに問いかけた。

「奈理子さん、今日のパンツは何色ですか?」

店内が一瞬、シンと静まり返る。空気が張り詰め、次の瞬間、客たちがざわざわと騒ぎ始めた。

「ちょ、寧々ちゃん! 今それ聞く!?」

振り返った奈理子が睨むように言うが、寧々は平然としている。

そして奈理子は観念したように、ポツリと呟いた。

「……よ。」

その言葉が落ちると同時に、店内は歓声で沸き立つ。

「おおー! 今日の奈理子ちゃんは白パンツ! 純白の天使だ!!」
「やっぱり白だよな! 奈理子ちゃんのパンツは純白が最高!」

「もぉー! 本当に何なのこの街!?」

顔を真っ赤にしながら、奈理子は駆け出していった。

客たちも我先にとスマホを手に持ち、ミラクルナイトの勇姿を追って外へ飛び出す。

「奈理子さん、すぐ行きます!」

寧々も後を追うが、その胸の奥に浮かぶのは、敵に立ち向かう純白の天使がまたもやすかとを脱がされて傷つく姿だった。

(今日も奈理子さんのパンツが……)

少女たちの戦いの幕が、またしても上がろうとしていた。


水都公園の中心に静かに鎮座する噴水。
その周囲に広がる噴水広場は、市民たちにとって憩いの場であると同時に、幾度となく戦いの舞台ともなってきた場所だった。
激しい戦闘で破壊されるたび、驚くほどの早さで修復されてきたこの広場は、水都の人々にとってまさに街の象徴。誰にとってもかけがえのない場所だった。

しかし、今日の広場は平和とは程遠い空気に包まれていた。
広場の中心、噴水の前に立つのは——宝石のような輝きを全身から放つ異形の怪人。

市民たちは遠巻きにその姿を見守り、ざわめきの中にも緊張の色を隠せない。
視線はひとつに集中する。

「来るぞ……!」

誰かが息を呑んだその瞬間——。

水都の平和を乱す者は……ミラクルナイトが許しません!

芝生広場から噴水広場に降りる階段の頂上に、ミラクルナイトが堂々と現れた。
風が吹き上がり、純白のコスチュームが舞う。
その凜とした姿は、どこまでも清楚で、どこまでも勇敢。

「奈理子だ!今日も可愛いぞ!」
「奈理子ちゃん、頑張ってー!」
「水都の守護神、ミラクルナイト!負けるな!」

広場中に響き渡る市民の声援は、彼女への絶大な信頼と期待の証。
野宮奈理子——清楚可憐な女子高生であり、この街の誇りであるミラクルナイト。

奈理子は一歩、また一歩と階段を駆け降りる。
そして、最後の段を軽やかに飛び越え、噴水広場に華麗に着地。その拍子にスカートが舞い上がり、奈理子の白いショーツがチラリと見えた。

「来たぞ、純白の天使だ!」
「奈理子ちゃん、今日も輝いてる!」

声援が一層大きくなる中、対峙する怪人がその口を開いた。

「野宮奈理子だな。俺の名はタマムシ男。」

宝石を散りばめたように輝くその体が、太陽の光を浴びてさらに眩さを増す。

「純白の天使と称される称される奈理子のパンツ……この目で確かめさせてもらおう。」

鋭い眼差しがショーツに突き刺さる。だが、ミラクルナイトは引かない。

「みんな、パンツパンツって……」

羞恥に震えるミラクルナイト。しかし、怯むわけにはいかない。

「市民を脅かすあなたを……私は絶対に許さない!」

奈理子は気を引き締めると、地を蹴った。

「おっ、奈理子から仕掛けたぞ!」
「キャンディが来るまで待たなくて大丈夫か?」
「勝負は一瞬だ!目を離すな!」

市民たちが見守る中、広場に緊張が張り詰める。ミラクルナイトは一瞬でスカートを剥ぎ取られることが多々ある。その一瞬を見逃がすまいと市民たちは固唾を呑んだ。

奈理子はタマムシ男に一直線に突進し、鋭い声を上げる。

「はぁっ!」

放たれたのは、美しくも鋭いハイキック
華奢な体からは想像もできないスピード。

しかし——。

「それが噂のパンチラキックか……。」

タマムシ男はほんのわずかに身を引いただけで、攻撃を難なく回避した。

「くっ……!」

渾身の一撃を避けられた奈理子は、すぐに体勢を立て直そうとした。
だが、その動きすら見逃さない。

「遅い!」

刹那、タマムシ男が消えたように見えた——その瞬間、背後から鋭い気配。

「なっ——!?」

視界が揺れた。気づけば、ミラクルナイトはアイマスクとプリーツスカートを剥ぎ取られていた

「勝負は一瞬だって、誰かが言っただろ?」

静かな声が耳元で響き、奈理子は唇を噛み締める。

「まだ……負けないっ!」

震える膝に力を込めるが——。

「勝負は、決まってる。」

タマムシ男の拳が、真っ直ぐにミラクルナイトの腹部を貫いた

「うぐっ……!」

息が詰まり、視界が暗くなる。股間から液体が溢れ出した。

(負けたくないのに……)

膝が崩れ、失禁したミラクルナイトは地面に倒れ伏した

「奈理子ちゃん……!」
「嘘だろ……本当にあっという間じゃないか……!」

広場に広がるのは、勝負の決着に対する驚きと無力感。

タマムシ男はそんな視線を意に介さず、失神、そして、失禁してしまったミラクルナイトを一瞥すると背を向けた。

「弱すぎる。これが水都の守護神とはな。」

そのまま、太陽に輝きを溶かすようにして去って行った。

……そのあと。

「……あれは!?」

市民が空を指さした。
黄金色の閃光が、噴水広場へと駆け降りる。

ドリームキャンディだ!

フラッシュのような光とともに現れたのは、ミラクルナイトの戦友、ドリームキャンディ

「奈理子さん、またスカート脱がされちゃって…。おしっこまで漏らしてる…。私が来るまで保たなかったの…?」

彼女は、地に伏したミラクルナイトへと駆け寄る。

「奈理子さん……!」

膝をつき、そっと抱き起こすと、奈理子の白いショーツに目をやった。クロッチが吸収しきれなかった尿が股間から滴り堕ちている。それだでなく、猛暑による汗でショーツは全体的に湿っていた。しかし、純白の天使の名に恥じない眩しい白さだ。

「奈理子さん、ごめんなさい…」

ドリームキャンディは謝ると、ミラクルナイトの股を広げた。そして、濡れたクロッチをずらして奈理子の大切な箇所を確認する。

「……よかった、悪戯はされていない。」

奈理子の匂いが漂う中、ドリームキャンディは思わず小さく笑った。

「マスコミに捕まる前に退散しなきゃ…。奈理子さん、帰りますよ。」

我に返ったドリームキャンディは、返事をしないミラクルナイトを肩に担いだ

「奈理子さんは……私が、守ります。」

新たな敵、タマムシ男。スカートを脱がしながらも、奈理子に悪戯はしなかった。ドリームキャンディは、それを不気味に感じていた。

(タマムシ男は、奈理子さんに悪戯をして隙を見せるような敵じゃない。間違いなく、強い…)

ドリームキャンディは、奈理子の濡れたショーツを撫でながら、静かに、しかし強く心に誓いを立てた。

今日の戦いは終わった。
しかし、守るべきものの重みが、胸を深く満たしていた。


穢川研究所の所長室。
静寂を破ることなく、所長の九頭はデスクに飾られたミラクルナイトのフィギュアをじっと見つめていた。

「うん……いつ見ても素晴らしい出来だ。」

掌でフィギュアを回し、その造形を眺めながら口元に笑みを浮かべる。

「このキリッとした目つき……戦う乙女の凜々しさがよく表現されている。しかも、この華奢な体に無防備なコスチューム……弱さを抱えながらも果敢に敵に立ち向かう奈理子……本当に、可愛いじゃないか。」

九頭は目を細め、そのまま助手の絹絵に視線を移した。

「絹絵くんも、そう思うだろ?」

しかし、絹絵は書類をめくる手を止めず、事務的な声で返す。

「……そうですね。」

「冷たいなぁ。」

肩をすくめた九頭の後ろで、ソファに座る青年が溜息をついた。

「そこまで奈理子が好きなら、所長自ら戦いに行けばどうです?」

声の主は、怪人ガ男。青年の姿で腕を組んだまま呆れたように眉をひそめる。

九頭は肩を揺らし、笑った。

「それは君たちの役目だよ。私はただ、あの可愛い奈理子が戦う姿を見たいだけさ。」

そして、ふと目を細める。

「奈理子は、戦うたびに強くなっている。……その成長を見守るのが、私の楽しみなのさ。」

「へぇ、あの“可愛いだけが取り柄”のヒロインが強くなるって?冗談を。」

ガ男は鼻で笑った。

そのやり取りに割って入るように、九頭は別の男に視線を向けた。

「それより——」

視線の先、ソファの端に座っているのは派手なスーツ姿の男。
彼はつい先日、ミラクルナイトフィギュアイベントで司会を務めたお笑い芸人であり、その正体は怪人バナナ男だった。

「奈理子へのプールペアチケットの手配、済んだかい?」

バナナ男は面倒そうに頷いた。
「言われた通り、奈理子に2組渡るようにしましたよ。……でもさ、なんでわざわざドリームキャンディまで誘うんです?奈理子だけで十分でしょうに。」

声には疑念が滲んでいた。
確かに、ミラクルナイトはともかく、ドリームキャンディは中学生とは思えないほど手強い相手だ。計画の妨げになることは明白だった。

しかし——。

「それは、絹絵くんの希望だよ。」

九頭が穏やかに言うと、全員の視線が助手の絹絵へと向いた。

「……ミラクルナイトだけでは、エビカイコの能力を引き出すには不十分だと判断しました。」

書類から顔を上げることもなく、淡々とした声が室内に響く。

絹絵。
普段は研究所の冷徹な助手だが、その正体はあのイベントでミラクルナイトを失神敗北させた怪人、エビカイコである。

そのとき——。

コンコン。

控えめなノック音が室内に響き、1人の男が入ってきた。
鋭い視線と、どこか硬質な空気を纏った男。
彼こそ、つい先ほどミラクルナイトを瞬時に敗北させた怪人、タマムシ男だった。

「で、どうだった?」

九頭は嬉しそうに尋ねる。

タマムシ男は短く言い放つ。

「噂通りの最弱ヒロインだった。」

「そうか……だが油断は禁物だよ。」

九頭は目を細め、タマムシ男の肩に手を置く。

「奈理子はこれまで、私の“自信作”たちを何人も倒してきた。カニカゲロウクラゲカミキリエビカブトン……あの子は一見弱くても、土壇場でとんでもない力を発揮するからね。」

九頭は笑みを浮かべつつ、別の方向へ目をやる。

「次は君の出番だ、絹絵くん。よろしく頼むよ。」

絹絵は書類を机に置き、ゆっくり立ち上がる。

「……了解しました。」

「無理はしないようにね。」

九頭は優しげに声を掛ける。

「問題ありません。ミラクルナイトには後れを取りませんし、ドリームキャンディの能力も把握しています。」

それは断言だった。

「そうだ。ペアチケットを渡したということは……ライムも一緒というわけだな。」

九頭が思い出したように呟く。

「ライムが戦いに加わることはないと思うが、スライム男には注意するんだ。何が起きるかわからないからね。」

「肝に銘じます。」

短いやり取りの後、九頭は再び自席に戻り、机の上のフィギュアに視線を落とす。

その目はどこまでも優しく、そしてどこまでも不気味だった。

(奈理子……今回の罠を乗り越えられるかな?)

心の中で問いかけながら、指先でフィギュアの頭をそっと撫でる。

「さあ、奈理子の成長を楽しませておくれ——ミラクルナイト。」

静まり返る所長室には、時計の針の音だけが小さく響いていた。


駅の改札前。
夏の日差しがジリジリと地面を焼きつける中、ひとりの少女が佇んでいた。

麦藁帽子をかぶり、肩には涼やかな影を落とす。
纏うのは、真夏に映える純白のワンピース
ふわりと吹き抜ける風が、彼女のスカートの裾をそっと揺らした。

「今年も、猛暑が続くんだろうな……」

少女——野宮奈理子は、眩しそうに空を見上げる。
青空に広がる入道雲が、真夏の始まりを告げていた。

通り過ぎる人々が、思わず彼女に視線を向ける。
麦藁帽子に白いワンピース——誰もが心に描く「夏の乙女」の姿が、そこにあったからだ。

しかし、誰も声をかけようとはしない。
奈理子の纏う空気が全てを物語っていた。

——「私は、彼氏と待ち合わせ中です!」

そんなオーラを、彼女は全身から放っていた。

「ライム、また遅れてるかな……」

今日の目的地は、水都ファミリーランドのプール。
恋人であるライムとのデートだ。

同じく水都ファミリーランドには、寧々と隆も向かっているはずだった。
だが、今回は別行動。

(寧々ちゃんが一緒だと、きっと気を使わせちゃうし……隆の前では、お姉ちゃんでいなきゃいけないし……)

今日は何もかも忘れて、ライムの彼女・奈理子でいたい。
ただ、それだけだった。

「……はぁ。」

小さな溜息が、夏の空気に溶けていく。
ふと、頭を過ったのは——先日のタマムシ男との戦い。

(ここ最近……負けてばっかりだ。)

ガ男、エビカイコ、ウミウシ男とシオマネキ女、そしてタマムシ男。
敵に立ち向かっても、何もできないまま敗北し、最後はいずれもドリームキャンディに救われていた。

悔しさが胸をえぐる。
惨めさが心に巣食う。

(今日はデートだし、そんなこと考えるのやめよう……!)

頭を振って、考えを振り払う。
それでも、心の奥底に沈んだ記憶は簡単には消えてくれない。

「鈴さんに言われたっけ……“仲間に頼りすぎるな”って……。
私の力で、ミラクルナイトの力で……倒さなきゃ、ダメだよね……。」

自分に言い聞かせるように、小さく呟く。

「おい、ひとりで何ブツブツ言ってんだ?」

突然、聞き慣れた声が背後からかかる。

「——あ、ライム!」

振り返ると、待ち人がそこに立っていた。
やや無造作な髪を指で梳き、気だるそうな表情。それでいて、どこか安心する笑み。

「奈理子らしいな。」

ライムは彼女のワンピースを見て、口元をほころばせた。

「でしょ?ライム、こういうの好きでしょ?」

奈理子は照れ隠しに、両手でスカートの裾を少し持ち上げ、くるりと回ってみせる。
その仕草に、ライムは苦笑いを浮かべた。

「……パンツはもちろん、白だよな?」

「バカ!」

頬を赤くして手で軽く叩こうとする奈理子。しかし、彼の笑みを見れば怒れない。

「だって、お前——“純白の天使”だろ?」

その一言に、胸がきゅんと鳴った。

「さ、行くぞ。」

ライムが無造作に奈理子の腕を取る。

(そうだ……今日は、ミラクルナイトのことは忘れよう。
この時間だけは、戦いも、悔しさも、全部——)

「行こう、ライム!」

笑顔を浮かべ、彼に引かれるまま改札をくぐる。

夏の陽射しは相変わらず眩しい。
だけど今は——彼といるこの瞬間が何よりも眩しかった。


水都最大の遊園地——水都ファミリーランド
夏休み真っ盛りのプールエリアは、家族連れや友達同士で賑わい、笑い声と水しぶきが響きわたっていた。
強い陽射しにプールの水面がきらめき、空には白い入道雲がゆっくりと流れていく。

そんな喧騒の中、一際目を引くカップルがいた。

「奈理子、早くしろよ!」

プールサイドで振り返り、手を差し伸べるのはライム。
その声に応えるように、パラソルの陰から白い影が現れた。

「も、もう……待たせないでよ、ライム。」

恥ずかしそうに頬を赤らめながら現れた奈理子は、純白のビキニを身にまとっていた。
清楚な雰囲気を残しつつも、可愛らしいデザインが彼女の美しさを引き立てる。
真夏の日差しを受け、白い水着と透き通るような肌が眩しく輝いていた。

「……うわ。」

ライムが思わず目を奪われる。

「パンツも水着も奈理子は白が似合うな。」

「な、なにそれ……!」

顔を赤くして視線を逸らす奈理子。しかし、心の奥は嬉しさでいっぱいだった。

「じゃ、行くぞ!」

ライムはニッと笑い、手を引いた。

「ちょ、ちょっと!引っ張らないで!」

軽く抗議しつつも、その手を放そうとはしない奈理子。

目指すのはプールの中心にある巨大な流れるプール。
水に足をつけた瞬間、ひんやりとした感触が広がる。

「つめたっ!」
「それが気持ちいいんだろ。」

ライムは先に飛び込み、軽快に水をかく。
奈理子も続いてそっと水に入ると、涼しさに思わず笑みがこぼれる。

「はぁ……生き返る〜。」

「おりゃ!」

突然、ライムが水をすくって奈理子にかけた。

「きゃっ!なにすんの!」
「ははっ、いいリアクション。」

負けじと奈理子も水をかけ返す。
じゃれ合うふたりの間に小さな水しぶきが弾け、光を受けて虹色に輝いた。

「ほら、ちゃんと泳げよ。」
「わかってるってば!」

ライムが前を泳げば、奈理子が後を追う。
ふたりの距離は、波間で寄ったり離れたり。

一周泳ぎ終わると、ライムが近づき耳元で囁く。

「なぁ、少し休もうぜ。」

「う、うん……。」

プールから上がると、ふたりはパラソルの下へ戻り、用意していたフルーツアイスを半分こにした。

「ん〜、冷たくておいしい!」

奈理子は嬉しそうに頬を緩め、アイスを口に運ぶ。
そんな彼女を見て、ライムがふと笑った。

「お前、なんでそんなに幸せそうなんだよ。」
「だって、楽しいんだもん!」

はしゃぐ奈理子を見つめるライムの目に、優しさが滲む。
彼はアイスをつつきながら、ぽつりと呟いた。

「お前の笑顔、好きだわ。」

「えっ……!」

不意打ちの言葉に、奈理子は顔を真っ赤にする。

「バ、バカ!いきなり何言ってんの!」
「事実だろ?」

「もう……!」

小さく口を尖らせる奈理子。だが、その頬は緩みきっていた。

目の前には青空が広がり、頬にかかる風が心地いい。
手を繋ぐふたりの間には、言葉にしなくても伝わる温かさがあった。

(今日は……ずっとこのままがいいな。)

奈理子はそっと隣を見やる。
太陽の光が、ライムの髪にきらきらと反射していた。

「よし、次はスライダーだ!」
「えぇ!?ライム、あれ怖いって!」
「大丈夫、手ぇ繋いでやるから。」
「……それは、それで恥ずかしいんだけど……!」

笑い声が響くプールサイド。
真夏の空に、ふたりの影が仲良く並んでいた。


真夏の陽射しがきらめく水都ファミリーランドのプール。
水しぶきが弾ける音と楽しげな歓声が響きわたる中、ひときわ目を引く光景があった。

浮き輪に乗り、ゆらゆらと流水プールに身を委ねる少女。
純白のビキニに身にまとい、麦藁帽子とパーカーはプールサイドに預けてきたものの、その姿はどこまでも爽やかで、まさに“夏の天使”。

「ふふっ、気持ちいい〜……!」

楽しげに目を細めるのは、野宮奈理子。
彼女の浮き輪に片手で捕まり、流れに乗っているのはライムだ。

「浮き輪って、楽すぎだろ。泳ぐ気ゼロかよ。」
「だって、流れるままって最高なんだもん!」

笑いながらも、どこか穏やかな空気がふたりを包んでいた。
周囲の視線は自然と二人に向かい、その仲睦まじさに羨望の溜息がもれる。

——だが、その光景を少し離れたプールサイドから眺める二つの影があった。

「若いっていいわねぇ……。」
日焼け止めの香りを漂わせながらつぶやいたのは、トケイソウ女
普段の怪人としての姿は影も形もなく、今は夏仕様のサマードレス姿で大きなサングラスをかけている。

隣で、腕を組みながらプールを見下ろす男。
——怪人バナナ男も、今は人間の姿で涼しげに佇んでいた。

多羅尾を連れて来なくて正解だったわ。あの奈理子大好きっ子が、彼氏といちゃつくとこ見たら絶対発狂してたわね。」
「だな。あいつ、空気読めねぇから。」

そんな会話をしつつも、バナナ男の視線はプールのある一点で止まった。

「……ん? スライム男が奈理子から離れたぞ。」

「ライムが?」

トケイソウ女も目を向けると、ライムがプールから上がり、タオルで髪を拭きながらどこかへ向かっていた。

「トイレかしらね。まぁ、今の奈理子は完全に一人ね。……あら、ちょうど激流ゾーンに差しかかるじゃない?」

「奈理子は一人で激流ゾーンか…」

流水プールの一部に設けられた激流ゾーンは、通常の流れの数倍のスピードと強烈な水しぶきで、スリル満点の人気エリアだ。

「何か、思いついた?」

トケイソウ女がニヤリとする。

バナナ男は口角を上げ、目を細めた。

「白昼堂々と、彼氏とラブラブしてる正義のヒロインにな……ちょっとした天罰を与えてやろうってな。」

「おもしろいじゃない!」

トケイソウ女が目を輝かせる。

バナナ男はポケットから何やら取り出すと、そのまま激流ゾーンの方へと向かっていった。

「きゃあぁぁ〜!!」

激流ゾーンに突入した奈理子は、浮き輪にしがみつきながら笑い声と悲鳴を混ぜた声を上げる。
激しく巻き上がる水しぶき。
プールの流れはまるで急流のようで、目も開けられない。

「うわっ!わっわっ……!」

くるくると浮き輪が回転し、奈理子は必死に姿勢を保とうとした。

——その頃。

「で、何してきたの?」

プールサイドに戻ったバナナ男を、ウキウキ顔のトケイソウ女が迎える。

「これさ。」

バナナ男が見せたのは、ひらひらと揺れる白い布地

「それって……まさか——」

トケイソウ女の目が、サングラス越しに驚きで見開かれる。

バナナ男は白いビキニのショーツを指に引っかけ、くるくると回しながら言った。

「正義のヒロイン様、激流に夢中で気づいてなかったぜ。これが噂の“純白”ってやつか?」

「じゃあ、今の奈理子……ノーパ……」
「しっ! 声でかい!」

二人はくすくす笑いながら、プールを見やった。
激流に流され、必死に浮き輪を握りしめる奈理子。もちろん、まだ何も気づいていない。

「遺失物として、係員に届けてやるかな。」

バナナ男は意地悪く笑い、管理事務所の方へと歩き出した。

「おーい、奈理子!」

ちょうどその頃、買い物から戻ったライムが手を振る。

「ライム〜! 激流すっごかったよ!」

奈理子はプールから上がり、駆け寄る。

「ほら、揚げ餅買ってきた。腹減ってんだろ?」

串に刺さった揚げ餅を見せるライムに、奈理子の瞳が輝く。

「やった! 私も食べるー!」

だが、そのとき。

——周囲の空気が、一瞬で変わった。

ざわ……ざわざわ……。

「……ん?」

奈理子は周囲の視線を感じ、ふと足元に目をやる。

「え……?」

——そして気づいた

「わっ、わっ!? な、ない!? な、なんでぇぇぇ!?」

慌てて両手で下半身を隠し、真っ赤になってその場で跳ね回る。

「いやぁぁぁーっ! なんで!? なんでなのーっ!?」

ライムはポカンとしていたが、すぐに理解して爆笑。

「ははっ! 激流で流されんだろ、どんだけドジなんだよ!」

「ち、違うもん! 流されただけじゃないよ絶対ーっ!!」

慌ててプールに飛び込む奈理子。

「ライム! バスタオル取ってきて! 早くぅー!」

「おう、おう。わかった、待ってろって!」

——そんな奈理子の声が、プール全体に響きわたる。

周囲からはクスクスと笑いが漏れ、揚げ餅片手にライムは苦笑しながら呟いた。

「……ま、今日は忘れられない夏になったな。」


水都ファミリーランドのプールエリア。
カラフルなパラソルが並び、水しぶきと歓声が青空に響き渡る中、特に賑わいを見せているのが巨大なウォータースライダーだった。
何種類ものスライダーが立ち並び、列はまるで蛇のように長く伸びている。

その長蛇の列を横目に、優先レーンを軽快に登っていく二人の姿があった。

隆、早くおいでよ!

階段の途中で振り返り、手を振るのは寧々。
昨年までのスパッツ型スクール水着姿を思えば、今年の彼女は一歩踏み出していた。
ドリームキャンディのイメージカラーに合わせたオレンジのタンキニ水着
その上にラッシュガードショートパンツを重ね、本人としては「完全防御」のつもりだったが——。

「……まあ、これはこれで。」

後ろを登っていた隆は、寧々のショートパンツの裾からちらりと覗くオレンジの水着を見て、内心で呟く。

(いつもはお堅い学級委員長だけど、こうして見ると普通に可愛いんだよな。中学生らしいっていうか……。)

そんなことを考えていると、流水プールで白い水着のショーツの落とし物のアナウンスが流れた。

「……ん?更衣室とかじゃなくてプールで水着の落とし物か?」

隆が呆れたように呟いたとき、寧々が首を傾げた。

「上なら外れることがあるかもしれないけど、下ってどうやったら落とすの……?」

「相当なマヌケだな。どんな奴か顔が見てみたいわ。」

苦笑する隆。しかし、次の瞬間——。

「あっ……あれ、奈理子さんじゃない!?」

寧々が視線を上に向け、驚きの声を上げた。
階段の向こう、プールの管理事務所へとパーカーを羽織り急ぎ足で向かうのは紛れもなく奈理子だった。
腰にバスタオルをきつく巻きつけ、必死に走っている。

「……そういえば、姉ちゃん今日白いビキニだったな。」

隆が額に手を当て、げんなりしたように溜息をつく。

「顔なんか見たくなかったわ……。」

「水着の下だけ失くすなんて、有り得ないよ! まさか、敵に襲われたんじゃ……。」

寧々の表情に緊張が走る。

「いや、姉ちゃんなら普通にあり得る。」

隆のツッコミが妙に説得力を持つのは、これまでの奈理子のドジっぷりを知っているからだ。

——だが、その不安はすぐに現実のものとなる。

突如として奈理子の行く手に影が差した。
青空の下、ギラリと光を放つ異形の男。

「タ、タマムシ男……!」

寧々が息を呑む。

「やっぱり敵だ……でも、こんな場所じゃ変身なんて——!」

周囲は人で溢れ、ヒーローとしての正体を隠すためにも迂闊な行動は取れない。
それでも、奈理子の危機をただ見ているわけにはいかない。

「寧々!」

隆が決意に満ちた声を上げる。

「滑ってる間に変身するんだ! スライダーの中ならバレねぇ!」

「ええっ!? いきなり何言ってんの!?」

躊躇する寧々を無理やり二人乗り用の浮き輪に乗せ、隆が後ろに飛び乗る。

「ちょ、ちょっと待っ——!」
「怖いとか言ってる場合か! 俺が後ろにいるから大丈夫だ!」

「うわぁぁぁぁ!」

勢いよく押された浮き輪が滑り出し、二人は恋人同士のように密着したままスライダーを疾走する。
風が唸り、水しぶきが顔に叩きつけられる。

「きゃっ、速いっ! これヤバいって!——でも、負けられない!」

寧々は心を決め、目を閉じて水に飛び込む瞬間を待った。
スライダーの曲線を駆け抜け、先に待つ激しい水飛沫へと飛び込む直前、彼女は強く願う。

(奈理子さん、今度は私が助ける!

そして——。

キャンディスイーツ…ドリームキャンディ!

スライダーの出口を飛び出したドリームキャンディを、真夏の空が見守っていた。


水都ファミリーランドのサマービーチフェスティバルは、一瞬にして混乱の渦に陥った。
楽しい夏のひとときは、突如として緊張に包まれる。

あ……タマムシ男……

突然目の前に現れたタマムシ男の姿に、奈理子の足が竦む。
先日の戦いで彼に何もできないまま敗北した記憶が鮮明に蘇る。

「どうした、奈理子? 早く変身しろ。」

タマムシ男が不敵な笑みを浮かべる。
しかし、奈理子は動けなかった。

今ここで変身したら……ミラクルナイトはノーパンになってしまう。

今もノーパンであるが、そんな恥ずかしい姿で戦うなんて、花も恥じらう女子高生には到底無理だった。

「戦う前から怖気付いたのか?」

タマムシ男はじれったそうに奈理子を見つめ、やがて彼の視線がある一点に向かう。

——奈理子の腰に巻かれたバスタオル。

「奈理子、お前まさか……」

「ひ、ひいッ! いや! 近寄らないで……!」

怯える奈理子。
彼に知られてしまった。

——今の奈理子の防御は、バスタオル一枚だけ。

背筋に冷たいものが走る。
タマムシ男が一歩踏み出したその瞬間——。

「奈理子さんを虐める者は許さない!」

鋭い声が響き渡る。

「タマムシ男、中学生戦士・ドリームキャンディが相手よ!!」

奈理子の前に、ドリームキャンディが颯爽と現れた。

キャンディ……

また——助けられてしまった。

悔しさが胸を刺す。
情けなくて仕方がない。

「何をしてるんですか?! ここは私に任せて、早く事務所に行ってください!」

「キャンディ、ありがとう……!」

ドリームキャンディに背を押されるように、奈理子は駆け出す。

水着を取り戻さなければ。
これ以上、この場にいるわけにはいかない——!

しかし、そのとき——。

「あぁッ!」

足元が滑る。
ズルッと奈理子の体が宙に浮いた。

——バナナの皮!?

きゃあぁぁ!!

無様に転び、咄嗟に股を押さえて座り込む。

——バスタオルが外れてしまった。

(ま、まさか……バナナ男……!?)

咄嗟に周囲を見渡すが、どこにも姿は見えない。

(どうして、こんなところにバナナの皮が……!?)

——知らないうちに水着のショーツが脱げたり、不自然な場所にバナナの皮があったり……。

何かが、おかしい。
奈理子の頭の中は混乱していた。

「奈理子さん、はい。

ドリームキャンディがバスタオルを拾い、奈理子にそっと差し出す。

「……ありがとう……。」

下を穿いていない奈理子さんも可愛いですけど、隠した方がいいですよ。

「………………。」

羞恥に震えながら、そっとバスタオルを腰に巻き直す。

——そのとき。

ミラクルナイトは戦闘不能のようね。

鋭く、冷たい女の声。

奈理子とドリームキャンディが反射的に振り向く。
そして、目にしたのは——。

「エビカイコ!!」

二人は揃って叫んだ。

新たな戦いの幕が、今——上がろうとしていた。


奈理子は焦燥感に駆られていた。
ドリームキャンディが苦手とする敵は、空を飛ぶ怪人、そしてキャンディチェーンを弾く硬い外骨格を持つ怪人。

タマムシ男の緑色に輝く外骨格は、まさにその条件に当てはまる。
ドリームキャンディのチェーンが通用しない可能性は高い。

私が戦わなきゃ……!

しかし——今の奈理子に、その勇気はなかった。

変身すれば、ミラクルナイトはミニスカートにノーパンのまま戦うことになる。

花も恥じらう女子高生として、それだけはどうしてもできない。

「二対二の戦いになる予定だったんだけど……まぁいいわ。」

エビカイコが、つまらなそうに肩をすくめる。

「最初から、弱いミラクルナイトなんて眼中にないし。

そう言い放つと、エビカイコは奈理子とドリームキャンディに向かって歩を進めた——。

その瞬間——。

バン! バン! バン!

突如、エビカイコの足元にピンク色の光弾が炸裂する。

「何?!」

驚いて振り向いたエビカイコの視線の先には——。

ミラクルナイトの姿。

だが、色が違う。

白と水色のコスチュームではない。
黒とピンクを基調とした、見慣れぬ装いの戦士。

黒いミラクルナイト……ブラックナイトか!?

エビカイコが思わず呟く。

風が吹き抜け、ブラックナイトの黒いプリーツスカートの裾がふわりと舞い上がる。
ピンクのラインが走るそのスカートの奥、眩しいほどの純白が一瞬覗いた。

白パンツブラックナイトだ!

ドリームキャンディが思わず叫ぶ。

黒いスカートのため、白いショーツがより一層目立つ

その様子を見ていたライムが、静かに呟いた。

「そう、白パンツ……。でも、中学生の奈理子じゃない。

ライムの視線が、ブラックナイトへと向かう。

高校生になった奈理子の体液から生み出した——女子高生白パンツブラックナイト……
『白パンツブラックナイトJK』だ!

ブラックナイトは軽やかに地面を蹴り、奈理子のすぐ傍へと舞い降りた。

早く行って。

ブラックナイトの声は、まるで奈理子自身のように響いた。

奈理子は戸惑いながらも、静かに頷く。

タマムシ男は……ものすごく強い。気をつけて。

そう告げると、奈理子は管理事務所へ向かって駆け出した。

分かってる。……私は貴女だもの。

ブラックナイトが低く呟く。

タマムシ男が、興味深そうに腕を組む。

スライム男がスライムで作り出したミラクルナイトのコピーか……。

エビカイコが不敵に笑う。

これで予定通り、二対二になったわね。

そして——

ドリームキャンディ、ブラックナイト VS タマムシ男、エビカイコ。

新たな戦いの幕が、今切って落とされた——。


まさか、ブラックナイトと共闘するなんて……。

ドリームキャンディは苦笑しながらも、隣に並ぶ黒い戦士を一瞥した。

よろしくね、寧々ちゃん。

ブラックナイトが微笑む。

その笑顔は——まるでミラクルナイトそのもの。
だが、ドリームキャンディは違和感を拭えなかった。

本当に、大丈夫なの……?

かつてライムが敵だった頃、白パンツブラックナイトと何度か戦ったことがある。
当時の白パンツブラックナイトは、弱いミラクルナイトのコピーであるため、話にならないほど弱かった。

(だけど……)

ドリームキャンディは改めてブラックナイトを見た。
黒いコスチュームを纏うだけで、白と水色のミラクルナイトよりもどこか頼もしく見える。

(いやいや……)

自分の考えを振り払うように、首を横に振る。

ブラックナイトはスライム。
強い攻撃を受ければ、スライムに戻って消滅する。

(私がしっかりしなきゃ!)

ドリームキャンディは強く拳を握り、目の前の敵に視線を戻した。

——対峙するのは、タマムシ男とエビカイコ。

どちらも厄介な相手だった。
タマムシ男の硬い外骨格はキャンディチェーンを弾き、高速移動と幻惑で翻弄する。
エビカイコの粘着性の糸硬い甲殻を併せ持つ能力は、まとわりつく厄介な捕縛力を持つ。

戦いの幕が切って落とされた。

「——行くよ!」

ドリームキャンディが先手を取る。
鋭く地を蹴り、キャンディチェーンを振るう。

「甘い!」

タマムシ男が高速で後方に跳び退る。

瞬間、彼の全身が虹色の輝きを放ち、残像が三体に分かれた。

「しまった……!」

ドリームキャンディが狙いを定める間もなく、三方向から一斉に攻撃が来る。

——バキィンッ!!

「ぐっ!」

ドリームキャンディのガードが間に合わず、タマムシ男の高速回転タックルを受け、派手に吹き飛ばされる。
地面を転がり、砂煙が舞う。

キャンディ!

ブラックナイトが空中から急降下し、タマムシ男の背後を狙って光弾を放つ。

バン!バン!バン!

ピンク色の光弾が炸裂する。
しかし——。

「そんな攻撃、通じると思うか?」

タマムシ男の外骨格が、光弾を弾いた。

「なっ——!」

ブラックナイトの驚きをよそに、タマムシ男は一瞬で距離を詰める。

「消えろ!」

「くっ!」

ブラックナイトが間一髪で飛び上がる。
だが、空に逃げても安全ではなかった。

「飛べるのは知ってるよ……でも——!」

タマムシ男もまた、光の軌跡を残しながら飛翔する。

「なにっ!?」

「——捕まえた!」

タマムシ男の拳が、ブラックナイトの腹部にめり込んだ。

「うぐっ!!」

強烈な衝撃に、ブラックナイトの体がくの字に折れる。

——ドンッ!!

そのまま地面に叩きつけられ、地面がひび割れる。

「ブラックナイト!!」

ドリームキャンディが叫ぶ。

しかし、その瞬間——。

「油断したわね。」

ゾワリ——と、何かがドリームキャンディの体に絡みついた。

「しまっ……!!」

エビカイコの粘着糸だった。

「くっ……! こんな……!」

「あなたの動きが封じられたところで——」

バチンッ!!

「——っ!!」

強烈な電撃がドリームキャンディを襲う。

「がっ……!!」

体がしびれ、意識が一瞬遠のく。

「あなたの負けよ。」

エビカイコが冷たく告げる。

——劣勢だった。

ドリームキャンディとブラックナイト、二人がかりでも、タマムシ男とエビカイコのコンビには歯が立たない。

このままでは……!

ドリームキャンディは意識を必死に繋ぎながら、奈理子の姿を探した。

(……早く戻ってきて、奈理子さん……!)

戦場に、絶望の色が広がっていく——。


サマービーチフェスティバルの管理事務所は、まさにてんやわんやの混乱状態だった。
鳴り止まない電話、避難誘導に奔走する係員たち。
ほとんどのスタッフは現場対応に駆り出され、室内に残っているのは数人だけ。

その中に、一人の少女が駆け込んできた。

すいませ〜ん! 水着の落とし物を取りに来たんですが!!

奈理子の声が響く。
しかし、忙しすぎる管理事務所の中では誰も気に留めていない。

「……あっ!」

ようやく気づいた一人の係員が、奈理子の姿を見て驚きの声を上げた。

奈理子さんだ!

その声に、事務所内が一気に活気づく。

ミラクルナイトが来てくれた!
奈理子さん、早く怪人を退治してください!

安堵の表情を浮かべる係員たち。
奈理子の登場が、彼らにとっては“救世主”のように映ったのだろう。

わかりました! まずは、私の水着を……!

しかし、奈理子の目的は怪人退治ではなかった。

水着?? ああ、あの白いビキニは奈理子さんのものだったんですか?!
プールでビキニのショーツを失くすなんて、間抜けな人もいるもんだな〜って、みんなで話してたんですよ。

管理事務所の空気が、一瞬で和やかになる。

「……水着を返してください……

奈理子は小さくなりながらお願いする。

「はい、ではこちらの書類に氏名・住所・連絡先を記入してください。

事務的な口調で書類を差し出される。

「……はい……。」

言われるがままに記入する奈理子。

「では、身分証を確認させてください。

えっ……?

一瞬、固まる奈理子。
マイナンバーカードをまだ作っていない奈理子にとって、身分証といえば水都女学院高校の学生証しかない。
しかし——

夏休みに学生証なんて持ち歩かないよぉ……!

今日は持ってません……。

申し訳なさそうに告げると、係員はあっさりと告げた。

それでは、後日受け取りに来てください。

えぇぇぇ!?

奈理子は焦る。
——外では、ドリームキャンディとブラックナイトが苦戦中なのだ!
今すぐ変身して、戦いに向かわなければならない。

私は水都女学院高校1年2組の野宮奈理子です! 皆さん、知ってるでしょ!?

叫ぶ奈理子。
水都の市民なら誰もが知る絶対ヒロイン・ミラクルナイトの正体を知らないはずがない。

う〜ん、規則ですからねぇ……。それに、クラスまでは知りませんよ…」

係員は苦笑しながらも、事務的な対応を崩さない。

そのとき——。

今は非常事態です!

別の係員が、白いビキニのショーツを手に持ち、広げて見せた。

奈理子さん、これに間違いありませんか?

間違いありません! だから、そんなに触らないでください!!

真っ赤になりながらショーツをひったくる奈理子。

すぐさま履き直し、息を整える。

よし、これで大丈夫……!

再び気合いを入れ、アイマスクを手に取る。

奈理子さん、お願いします!!
怪人をやっつけてください!

周囲からの声援が飛ぶ。

はい!

——だが、その瞬間。

奈理子の脳裏に、ある不安が過った。

水着は……大丈夫かな?

——ミラクルナイトに変身するとき、衣類はすべて消滅する。
ブラとショーツだけが残る仕様だ。

しかし、先日の夏祭りで思わぬ事態が起こった。
「下着だから大丈夫」と思っていたカップ付きのキャミソールが消えてしまったのだ。

その結果、ノーブラでの戦いを強いられた。

(もし……もしも……)

奈理子の背中を冷たい汗が伝う。

もし、水着が消滅してしまったら……!?

下着とは違い、水着は「衣類」扱いかもしれない。
ブラウスがあるからノーブラはまだ耐えられる。
でも、スカートの下がノーパンでは……!?

そんなの……イヤァァァァ!!

奈理子は心の中で絶叫した。

更衣室に行って、下着に着替えなきゃ!!!

——やっぱり、無理!!

突如、アイマスクを握りしめたまま、奈理子は踵を返した。

えっ!?

奈理子さんが逃げたぞ!?

敵前逃亡だ!!

係員たちの困惑と驚きの声が響く。

逃げてるんじゃない!!水着姿じゃ、変身できないの!!

奈理子は全力で更衣室に向かって駆け出した。

こうして——

水都の絶対ヒロイン・ミラクルナイトのまさかの撤退が、管理事務所にいる全員の目の前で繰り広げられたのだった。


「強い……」

ドリームキャンディの身体に痺れが走る。
エビカイコの粘着糸に絡め取られ、そこに放たれた高圧の電撃が彼女の全身を焼いた。

確かにエビカイコは、フィギュアイベントでミラクルナイトを失神敗北させた強敵だった。
しかし、それはミラクルナイトが弱すぎたからだと、ドリームキャンディは高を括っていた。

——だが、違った。

可愛らしいモフモフの姿に似合わず、エビカイコの力はドリームキャンディの予想を遥かに上回っていた。

「今日の私のノルマは、水戦能力を試すこと。付き合ってもらうわ、ドリームキャンディ」

彼女の糸が再び蠢く。
ドリームキャンディを持ち上げ、プールへと投げ込もうとしていた。

「くっ……!」

水面が目の前に迫る。
その瞬間、水中での敗北の記憶が蘇る。

——クモゲンゴロウに敗れたとき。
——オケラ男に沈められたとき。

ドリームキャンディにとって、水中戦に良い思い出はあまりない。

そして、エビカイコは海老の能力を持つ怪人。
水中で戦えば圧倒的に不利だ。

このままじゃ……!

殺される——そう覚悟しかけたとき。

「うっ!」

ピンク色の光弾が空から降り注ぎ、エビカイコの手が緩む。
ドリームキャンディの身体を縛る糸が、一瞬にして解けた。

ドリームキャンディが咄嗟に空を見上げる。

そこには——

黒い白鳥のように、夜空を舞うブラックナイトの姿。

ありがとう、白パンツブラックナイトJK!

プールサイドに舞い降りたブラックナイトに、ドリームキャンディが礼を告げる。

でも、長いから『白パンツブラックナイト』って呼んでいい?

そう言いつつも、それでも長いとドリームキャンディは思った。
——とはいえ、ブラックナイトにはピンクパンツも青パンツも黄パンツもいる。
『白パンツ』を外すわけにはいかない。

お好きにどうぞ。

ブラックナイトは、涼やかに微笑む。

ミラクルナイトならば、先ほどのタマムシ男の腹パン一発で失神敗北していたはずだ。
しかし——

白パンツブラックナイトJKは違う。

奈理子さんのコピーなのに、ミラクルナイトよりも強い。どうして……?

ドリームキャンディは、ふと疑問に思った。

当たり前だ。

答えたのはライムだった。

白パンツブラックナイトJKは、奈理子のように迷うことも怯えることもない。戦闘マシーンなのさ。

そうなの!?

ドリームキャンディは驚く。

ミラクルナイトが弱いのではない。
——奈理子が弱いのだ。

だが、すぐにビビッてしまうところが奈理子の可愛いところだがな。

ライムの呟きが、どこか優しさを帯びていた。

——そのとき。

まだ、終わってないわ!

エビカイコが再び糸を放つ。
狙いは——ドリームキャンディ!

キャンディ、危ない!

ブラックナイトがドリームキャンディを突き飛ばした。

その直後——。

あぁッ!

ブラックナイトの悲鳴が響く。
彼女の身体がエビカイコの糸に絡め取られてしまったのだ。

ミラクルナイトがいないから、貴女でいつものやつをやってやるわ!

エビカイコの糸が、ブラックナイトのスカートを絡め取る。

白パンツブラックナイト!

ドリームキャンディが叫ぶ。
ブラックナイトは戦闘マシーンなんかじゃない——。

白パンツブラックナイトは、私を庇ってくれた。ミラクルナイトと同じ。迷いも、決意も持っている!

キャンディ、ロリポップハンマーを……!

ブラックナイトがそう言いかけた瞬間——。

——バサァッ!!

黒いスカートが無惨に剥ぎ取られた。

露わになったのは、純白のショーツ。

さすが、奈理子のコピー。パンツも全く同じ白だな。

タマムシ男が嘲笑う。

ドリームキャンディの中で、怒りが沸き上がる。

ロリポップハンマー!!

キャンディチェーンが、瞬時に巨大なロリポップハンマーへと変形する。
タマムシ男の外骨格にキャンディチェーンは通じない。
ならば——叩き潰すまで!

白パンツブラックナイトを虐める者は——

ドリームキャンディが、ハンマーを振りかぶる。

中学生戦士・ドリームキャンディが許さない!!

空気が張り詰める。
そして——

戦いは、今まさに本番へと突入する。


女子更衣室は、避難してきた人々でごった返していた。
奈理子は駆け込むなり、大声を上げる。

すいませ~ん! 通してくださ〜い!!

その声に、周囲が一斉に反応した。

あっ! 奈理子さんだ!!

そして——

逃げてきたんですか?!
どうして怪人と戦わないんですか?!
奈理子さん、何とかしてください!!

次々と飛んでくる厳しい声。

ち、違います! 水着じゃ変身できないんです! 着替えさせてください!!

必死の訴えに、人々はようやく道を開けた。

急いで白いビキニを脱ぎ捨て、白い下着に着替える。

ミラクルナイトに変身します! すこし離れてください!!

アイマスクを装着すると、奈理子の身体が水色の光に包まれる。
いつものように、下着を残して衣類が消滅し——。

——白いリボンが髪に現れた。
——白いブラウス、胸元の水色のリボン。
——手足を包むグローブとブーツ。

最後に、裾に水色のラインが入った白いプリーツスカートが、純白のショーツを優しく覆う。

——変身完了!

ミラクルナイトは勢いよく更衣室を飛び出した。

……が。

わぁぁぁ…!!

次の瞬間、ずっこけた。

——ズルッ!

どうして、こんなところにバナナの皮があるの!!

転がったまま、怒りの抗議。

バナナ男! いるなら出てきなさい!!

周りを見渡すが、出てきたのはバナナ男ではなく——。

ふふっ、あっちはあっちで楽しんでいるから、私たちはこっちで楽しみましょ。

にこやかに微笑む、トケイソウ女。

彼女の言う「あっち」では、ドリームキャンディと奈理子の分身であるブラックナイトが、タマムシ男とエビカイコと激闘を繰り広げている。

貴女に構っている暇はないわ!

ミラクルナイトは、トケイソウ女を飛び越えようと跳躍する。

——しかし、その瞬間。

逃がさないわよ

トケイソウ女の蔓が閃いた。

なっ——!?

ミラクルナイトの左足が、ぐるりと巻き取られる。

わぁあ!

次の瞬間、奈理子の身体が宙を舞い——。

——顔面から、コンクリートに叩きつけられた。

痛ぁ〜い!!

地面にぺちゃんと伸びるミラクルナイト。

トケイソウ女は、くすりと笑うと、


さて、まずは、いつものお約束からね。

ミラクルナイトのスカートを剥ぎ取ってしまった。

——戦いの幕が、再び上がる


プールサイドでは、ブラックナイトがエビカイコの糸に捕らえられていた。
もがく彼女を助けようと、ドリームキャンディはロリポップハンマーを振りかざす。

離しなさい!

しかし、その前に立ちはだかる影——。

お前の相手はこの俺だ。

タマムシ男の鋭い声が、ドリームキャンディの前進を阻む。

——そのとき。

場内放送が、響き渡った。

”女子更衣室前でミラクルナイトとトケイソウ女の戦闘が発生しました! しかし…、ミラクルナイトは成す術も無くトケイソウ女に捕獲されてしまいました!
危険ですので、女子更衣室へは避難しないでください!!”

ドリームキャンディの表情が、固まる。

奈理子さん、また負けたんだ…。早すぎ……。

ミラクルナイトは、触手を操る敵が苦手だ。
トケイソウ女の蔓はまさに触手そのもの。
勝てるはずがない……。

ドリームキャンディは目の前のエビカイコに視線を戻す。
彼女もまた、糸を触手のように操る強敵。

早く助けなければ……!

焦りが募る。

本物のミラクルナイトは相変わらず弱いわね。コピーの貴女はどうかしら?

エビカイコがブラックナイトを締め付ける糸を強く引いた。

くッ……

ブラックナイトは耐えるが、その身体が淡いピンク色に輝き始める。

まさか……ミラクルパワー?!

ドリームキャンディの驚きの声。

ミラクルパワー!!

ブラックナイトの叫びとともに、ピンク色の光がエビカイコを吹き飛ばした!

糸を振りほどき、華麗に着地するブラックナイト。
しかし、スカートはすでに脱がされているため——。

白いパンツが丸見えだった。

——しかも、白いパンツの股間がピンク色に輝いている。

あの技まで使えるの?!

ドリームキャンディの驚きは止まらない。

ブラックナイトは、怯むエビカイコに向かって跳躍。

ミラクルヒップストライク!!

強烈なヒップアタックが、エビカイコの顔面に炸裂した。

ミラクルヒップストライク——。

それはミラクルナイトの必殺技。
彼女の「女の子の香り」で敵を浄化し、消滅させる究極の一撃。

まさか、ヒップストライクまで使えるなんて……。

ドリームキャンディは圧倒された。

「白パンツブラックナイトJKは、オリジナルの奈理子さんより、ずっと強い……!」

だが——。

まだよ!

エビカイコは、消滅していなかった。

えっ!? お尻が光るヒップストライクをまともに受けて、平気なの?!

ドリームキャンディの驚きは、まだ終わらない。

私が男なら、今ので昇天していたかもしれない……。

荒い息をつきながらも、エビカイコは立ち上がる。

だが私は女だ! 女にはその技は通用しない!!

強がるエビカイコだが、ダメージは大きい。

勝てる!

ドリームキャンディは、ロリポップハンマーを握り直した。

これで終わりよ!

戦いの行方は、まだ決していない——。


ロリポップ三弾突き!

ドリームキャンディがエビカイコに猛スピードで突きを繰り出す。
ロリポップハンマーが唸りを上げる——。

しかし——。

突如、眩い閃光が視界を覆った。

わっ! 何?!

思わず目を細めるドリームキャンディ。
その一瞬の隙に、ロリポップハンマーは空を切った。

閃光が収まると、そこにエビカイコの姿はなかった。

逃がした?!

ドリームキャンディが驚く中、タマムシ男が淡々とエビカイコに告げる。

下がってろ。

余計なことを……!

睨みつけるエビカイコ。

だが、タマムシ男は構わず彼女を押しのけた。

私はまだノルマを果たしていません!

抗議するエビカイコを、タマムシ男は冷たく一蹴する。

お前に何かあると、俺が所長からどやされるんだよ。

——その瞬間。

仲間割れ?! ならば……まとめてやっつけてやるわ!

ドリームキャンディがキャンディシャワーを放つ。

虹色の光線が、タマムシ男とエビカイコに向かって一直線に飛ぶ。

しかし——。

無駄だ。

タマムシ男がエビカイコを庇い、光線を全身で受け止めた。

弾かれる虹色の光。

タマムシ男の輝く外殻が、まるで鏡のように光線を跳ね返す。

こんなもの、効かぬ。

何事もなかったかのように、タマムシ男は涼しい顔で立っていた。

それなら……叩き潰してやる!

ドリームキャンディがロリポップハンマーを強く握り締める。

——しかし、その瞬間。

タマムシ男が掌をかざした。

虹色の光線とは、こういうものを言うのだ。

次の瞬間——。

タマムシ男の掌から、圧倒的な虹色の光が溢れ出した。

わわっ!

ドリームキャンディは危険を察知する。

しかし、逃げるには遅すぎた——。

白パンツは逃げて!

ドリームキャンディがブラックナイトに叫ぶ。

だが——。

ブラックナイトは一歩前へ。

逃げのはキャンディ!

どうして逃げないの?!

ドリームキャンディが驚愕する中、ブラックナイトは静かに微笑んだ。

私はスライムだから、代わりはいくらでも作れる。

でも、寧々ちゃんは“一人"しかいないから。

その言葉と共に——。

ブラックナイトはドリームキャンディを思いきり突き飛ばした。

玉虹光線!!

タマムシ男の掌から、凄まじい虹色の光線が放たれる。

——迎え撃つように、ブラックナイトが掌をかざした。

フェアリーシールド!!

ピンク色の防御壁が展開される。

しかし——。

玉虹光線は、フェアリーシールドごとブラックナイトを呑み込んだ。

白パンツブラックナイトJK〜!!

ドリームキャンディの悲鳴が響く中——。

ブラックナイトの姿は、ゆっくりとスライムへと戻り、消滅していった。

——静寂が、訪れる。

ドリームキャンディは立ち尽くしていた。

白パンブラックナイト……JK。

彼女の拳が震える。

タマムシ男が、涼しげな笑みを浮かべた。

一人、片付いたな。

次なる標的に向けられる視線。

ドリームキャンディは、強くロリポップハンマーを握り締めた——。


ブラックナイトが消滅した。

その場に残されたのは、ドリームキャンディと、目の前に立つタマムシ男——。

タマムシ男……!

ドリームキャンディの拳が震える。

彼女はもう、逃げる気はなかった。

ロリポップ凄い突き!!

怒りを込めた一撃が、唸りを上げる。

タマムシ男へ向かって振り下ろされる巨大なロリポップ——。

しかし——。

遅い。

タマムシ男は、その攻撃をひょいと避けた。

なっ!?

驚くドリームキャンディ。

だが、彼の動きは止まらない。

少しは楽しめるかと思ったが……この程度か、中学生戦士。

言葉とともに、タマムシ男の拳がドリームキャンディの腹に突き込まれた。

ぐっ……!

強烈な衝撃が走る。

身体が浮き、後方へ吹き飛ぶドリームキャンディ。

なんとか着地するが、膝が震えていた。

ブラックナイトを倒した相手——。勝てないかも……。

だが、それでも——。

まだ……終わってない!

立ち上がるドリームキャンディ。

ロリポップハンマーを構え、再び突進する。

ふむ……。

タマムシ男は、わずかに興味を示したかのように彼女を見た。

しかし、次の瞬間——。

エビカイコ、行くぞ。

そう言って、あっさりとドリームキャンディに背を向けた。

待て!!

ドリームキャンディが叫び、再びロリポップハンマーを振り上げる。

だが——。

つまらん。

タマムシ男の手が、彼女の攻撃を軽くいなし、逆に強烈な蹴りを放った。

きゃあっ!!

弾かれるように倒れ込むドリームキャンディ。

立ち上がることはできたが——。

タマムシ男はもう、彼女に興味を失っていた。

貴様は雑魚だ。オレが相手をする価値もない。

その言葉が、ドリームキャンディの胸を深く抉る。

まだ……戦える……!

歯を食いしばり、再びロリポップハンマーを握り締める。

しかし、タマムシ男は振り返らなかった。

お前の相手は、またの機会にしてやろう。エビカイコ、下がれ。

くっ……。

エビカイコは悔しそうな顔をしながらも、命令には逆らえなかった。

……ノルマを果たせなかったのは、貴方のせいですからね。

捨て台詞を残し、エビカイコはタマムシ男の後を追う。

待てぇっ!!

ドリームキャンディが立ち上がる。

だが、傷ついた身体では、もう追うことすらできない。

その場に崩れ落ちるように座り込み、拳を握りしめた。

くそっ……!

プールサイドに、ドリームキャンディの悔しげな声だけが響いた——。


ドリームキャンディは悔しさに打ち震えていた。

「あ、そういえば……」

ふと、ドリームキャンディの脳裏に場内放送の内容がよみがえった。

——ミラクルナイトがトケイソウ女に捕獲された。

確か、女子更衣室の前で戦っていたはずだ。

助けに行かなきゃ……

ぐらつく足を支えながら、ドリームキャンディはゆっくりと立ち上がる。

しかし、その瞬間——。

アンタも派手にやられたようね。

頭上から響く声。

ドリームキャンディが顔を上げると、そこには——ウォータースライダーの頂上に立つトケイソウ女の姿があった。

(どうしてそんなところに……? 私に声をかけるために、わざわざウォータースライダーを登るはずがない……)

嫌な予感が脳裏をよぎる。

——そして、彼女が思いついたのは、ひとつの最悪の可能性だった。

奈理子さんをボコボコに負かして、身ぐるみ剥いで、散々に泣かせて、高いところに磔にして晒し者にするつもりでしょ!!

叫ぶドリームキャンディ。

途中までは合ってるけど、最後が違うわ。

トケイソウ女がくすりと笑った。

奈理子は何度も磔にされているから、磔じゃ新鮮味がないでしょ?

じゃあ、奈理子さんはどこよ?!

ドリームキャンディが食ってかかる。

返してあげるわよ。じゃあね。

あっさりと告げるトケイソウ女。

そして——。

あ、それと。奈理子の下着は落とし物として管理事務所に届けておいたから。

そう言い残し、トケイソウ女は蔓を伸ばしてスルスルとスライダーを降り、そのまま去っていった。

奈理子さんを返すって……?!

ドリームキャンディは辺りを見渡す。

すると——。

ゴォォォォッ……!!

轟音とともに、ウォータースライダーから何かが勢いよく飛び出した。

あ……!

見上げるドリームキャンディ。

それは、ほんの一瞬だけ宙を舞い——

ドボーン!!

プールへと投げ込まれた。

な、奈理子さん……!?

その姿を見て、ドリームキャンディの心臓が跳ね上がる。

次の瞬間——。

キャンディチェーン!!

彼女はすぐさまロリポップハンマーをキャンディチェーンに変形させ、プールに浮かぶミラクルナイトを引き寄せた。

奈理子さん! しっかりして!!

プールサイドに引き上げ、ミラクルナイトを抱きしめる。

その身体は、戦いの痕跡を物語るように無防備だった。

——しかし、すぐに分かった。

彼女は気を失っているだけだ。

……良かった。

安堵の息を吐くドリームキャンディ。

だが、すぐに思う——。

(ミラクルナイトは白パンツブラックナイトJKと同じ強さのはずなのに……)

——それなのに、なぜ?

なぜ、大して強くないはずのトケイソウ女に、ここまでコテンパンにやられてしまうのか。

奈理子さんは、ミラクルナイトの力を十分に発揮できていない。

それは——。

私も、同じ……。

ドリームキャンディは思う。

これまでに何度も敗北を喫した

一人では勝てなかった敵に何度も屈してきた。

——だが、それでも、力を合わせて最後は勝利を収めてきた。

だから——。

奈理子さん……

ドリームキャンディはミラクルナイトの美しい顔を見つめながら、そっと囁いた。

一緒に、タマムシ男を倒しましょう。

——戦いは、まだ終わっていない。

第171話へつづく)

あとがき