DUGA

ミラクルナイト☆第226話

水都女学院 ― 放課後の微笑

放課後のチャイムが鳴り響くと、教室の窓から淡い夕陽が差し込んだ。
制服の水色のセーラーが橙色に染まり、
カーテンの影がゆらゆらと教室の床を揺らす。

「すみれちゃん、バス停まで一緒に帰ろう」

奈理子が笑顔で声をかける。
机の上にはリボン付きの筆箱と、ノートの上に描かれたハートの落書き。

「うん!」

すみれは嬉しそうに頷いた。
奈理子は徒歩通学、すみれは郊外の住宅地からバス通学。
放課後に一緒に帰るのは、二人のささやかな日課だった。

「……同じ相手に二回も負けて、しかも“シグマ”なんて変な男まで出てきたのに、呑気なものね。」

後ろの席から、鼻で笑う声がした。
振り向けば、取り巻きに囲まれたお嬢様――菜々美が椅子に腰かけている。
長い黒髪、完璧な笑み。だがその眼差しには、どこか棘があった。

「次は奈理子さんは負けないわ!」

すみれが反論する。
その声には小さな勇気がこもっていた。

「どうかしら?」

菜々美は爪を眺めながら微笑む。

奈理子は穏やかに前を向いた。

「次は戦い方を変えるわ。」

「相手はキノコでしょ? 同じ土俵で戦う必要はないわ。」

菜々美は立ち上がり、奈理子の机の横に来て、ふっと笑う。

「――飛びなさい。」

「飛ぶ?」

奈理子が瞬きをする。

「ええ。空を使いなさい。
 肉弾戦では、市民は喜ぶけれど……あのホンシメジ男には勝てないわ。」

「……うん。確かに、あの人、地上戦ばっかりだったもんね。」

「それに、飛べば下からパンツが丸見え
 ――その方が市民はもっと喜ぶわ。」

冷ややかに言い残す菜々美。
奈理子は苦笑いを浮かべ、

「そ、そういう問題じゃ……」

と頬を赤らめた。
すみれは

「菜々美さん、そういう言い方はひどい!」

と小さく声を上げたが、
菜々美はもう興味を失ったように席を立った。

「……行こう、すみれちゃん。」

奈理子は立ち上がり、鞄を肩にかけた。
すみれも慌てて後を追う。
教室のドアが閉まると、取り巻きたちは

「菜々美さん、すごいです!」

と笑い声を上げた。

夕焼け色の廊下に、二人の足音が遠ざかる。
その背を見送った菜々美は、しばらく窓の外を眺めていた。
彼女の瞳には、どこか言いようのない焦りと嫉妬の色があった。

だが、静寂は長く続かなかった。

「菜々美さん。」

低く、よく通る声。
廊下の向こうから、二人の上級生が歩いてきた。

生徒会長・一花。
そして、その隣には風紀委員長・紫。
二人とも三年生で、学内では絶対的な存在。

「一花さん……? どうして一年の階に……」

菜々美は一歩引いた。

「お話がございますの。」

一花は微笑みながらも、どこか冷ややかな声。

「――あなたを次期生徒会副会長に指名いたしますわ。」

「えっ……?」

菜々美の顔が一瞬にして強張った。

「よかったね、菜々美。」

紫がにっこりと笑う。

「私たちが引退したら、あなたが新しい世代の柱になるのよ。」

「私は……生徒会は……」

菜々美は口ごもる。

(やっぱり……嫌な予感がしたのよ……)

「生徒会会則第24条。」

一花の声が鋭く響く。

「生徒会長は引退の際に次期副会長を指名できる。
 そして――拒否権の規定は、ございません。」

「さ、生徒会本部に行こうか。」

紫が菜々美の腕を取る。

「え、私は……っ!」

抵抗する間もなく、二人に引かれて歩き出す。
夕陽に照らされた長い廊下に、三人の影が伸びていく。

菜々美の唇がかすかに震えた。

(……やっぱり、私、この人たち苦手……)

夕陽が沈む水都女学院の校舎に、
少女たちの小さな運命の歯車が、またひとつ回り始めた。


水都女学院 ― 生徒会本部の午後

放課後の校舎を抜ける風が、冬の匂いを運んでいた。
夕陽を背に歩く三つの影。
前を歩くのは、生徒会長・一花と風紀委員長・紫。
その後ろを、少し距離を置いて歩く菜々美。

(……この二人がいなくなれば、生徒会も意外と居心地がいいかも)

菜々美は心の中でつぶやいた。

次期生徒会長に内定しているのは二年の和香。
地味で真面目な生徒で、派手な政治や派閥争いには興味がないタイプ。

(あばよくば、スイートルームみたいな生徒会長室を副会長の私が独占できるかもしれない……)

そんな甘い考えを巡らせているうちに、三人は煉瓦造りの生徒会本部へと辿り着いた。

古風な外観に白い蔦が絡む建物――学院の中でも最も格式の高い区域。
扉を開けると、暖炉の火のような柔らかな照明が迎えた。

「こちらへどうぞ、菜々美さん。」

一花に促され、菜々美は生徒会室に足を踏み入れる。

室内はまるで高級ホテルのラウンジ。
革張りのソファにティーセット、壁際には書棚とスクリーンモニター。
その一角では、2年生の生徒会メンバーたちが慌ただしく書類を整理していた。

(やっぱり……この空間、悪くないわね。あの二人がいなければ……)

菜々美は思わず小さく笑った。

「和香さん、何かありました?」

一花が尋ねると、机の前にいた副会長・和香が立ち上がった。

「それが……少し、判断に迷う案件がありまして。」

和香は眼鏡の奥で少し困ったように目を細めた。

「フィギュアメーカーから、奈理子さん――
 つまり、ミラクルナイトの水都女学院高校制服バージョンを商品化したいという申し出が届きました。」

その瞬間、室内の空気が一瞬止まる。

「奈理子の……制服フィギュア?」

紫が目を輝かせた。

和香は眉をひそめて続ける。

「以前発売された“ミラクルナイトフィギュア”は、
 非常に精巧な造形で……その、ええと……衣装の縫い目や皺まで――」

「パンツの皺まで再現されてるって話、聞いたわ。」

紫が即答。和香の頬がほんのり赤く染まった。

「……そういう評判もありまして。
 わたくしとしては、水都女学院の制服をそのような商品に使うのは少し……」

しかし、一花は微笑んだ。

「奈理子さんは水都女学院の誇りですわ。
 彼女のフィギュアに我が校の制服が採用されるなんて――
 なんと素敵なことでしょう。」

「よ、よいのですか……?」

と和香。

「ねぇ、それで冬服? 夏服?」

紫が机の上の資料を覗き込みながら言う。

「え、ええと……春に冬服、夏に夏服を発売したいとのことです。」

和香はタブレットを見ながら答えた。

「奈理子さんに異存がなければ、理事会には私の方からお伝えいたしますわ。」

一花はすぐに決断を下した。

「菜々美から奈理子に聞いといて。」

紫が軽く言うと、菜々美は思わず背筋を伸ばした。

「は、はい……」

(奈理子さん、またパンツフィギュアでヲタクたちの心を鷲掴みにするんだ……)

菜々美の脳裏には、奈理子ファンがフィギュアを手に歓喜している光景が浮かんだ。

(……うまくすれば、あの人気に便乗できるかも……)

「それじゃ、菜々美さん。」

一花が微笑みを深める。

「あなたが“次の副会長”として、この件の窓口になってくださいね。」

「えっ、わ、私が……?」

「副会長のお仕事は、可愛い顔をして責任を取ることですわ。」

紫が肩を叩く。

「……そ、そうなんですか?」

「ええ。学院という国の外交官、ですもの。」

一花の笑みは完璧な微笑のまま、どこか冷たい光を宿していた。

菜々美は背筋に小さな寒気を覚えながらも、

「はい……分かりました」

と返すしかなかった。

窓の外では、冬の陽が校舎の屋根に沈みかけている。
夕陽に照らされた学院のレンガ壁が赤く染まり、
その中で菜々美は――

(……どうして奈理子のために私がこんなことを……)

と、ひとり小さく息をついた。


穢川研究所 ― 九頭博士の愉悦

実験棟の奥、夜の冷気が忍び込む研究所。
モニターの光に照らされた九頭の顔は、いつになく上機嫌だった。
手元のタブレットには、見慣れぬ注文確認画面。

「先生、何かいいことがあったんですか?」

助手の絹枝が、怪訝そうに尋ねる。

「ふふふ……絹枝君、聞いて驚くなよ。」

九頭はモニターを指で軽く叩きながら、

「奈理子フィギュア――水都女学院高校バージョンの開発が決定した。」

「はぁ?」

絹枝は瞬きをした。

「私は早速、予約した。」

九頭の顔には満面の笑み。

「あの名門お嬢様学校が、よく許可しましたね。」

「水女(みずじょ)は“生徒会の決定を絶対視する学校”だ。」

九頭は腕を組み、満足げに頷いた。

「一花お嬢様が許可を出したのだろう。
 生徒会長の采配一つで、どんな理屈も正当化される。
 ――あぁ、なんと美しい権力構造だ。」

「……相変わらずですね、先生。」

絹枝は呆れ顔でため息をついた。

ふと、モニターの片隅に“シグマ=志摩京介”のデータが点滅する。

「そういえば、あれ以来……シグマは出てきませんね。」

絹枝が画面を見ながら言った。

九頭は眉を寄せ、顎に手を当てた。

「ふむ……」

「こちらから仕掛けなければ、奴は動かぬのかもしれん。」

「どうしますか?」

「……迫水君は今どうしている?」

絹枝は即答した。

「傷は癒えたはずですが、彼は外様です。
 正直、信頼はできません。」

「うむ、絹絵君は迫美玖君が嫌いか……」

九頭は指を鳴らした。

「ならば――篠宮君に頑張ってもらうしかないな。
 彼を呼んでくれ。」

「はい。」

絹枝は無表情のまま通信端末を操作した。

数分後、静かにドアが開く。
スーツ姿の青年が入ってきた。
その瞳は冷たく、感情をほとんど感じさせない。

「お呼びでしょうか、九頭博士。」

ブナシメジ男――篠宮である。

「うむ、篠宮君。」

九頭は椅子を回転させ、ゆっくりと立ち上がった。

「奈理子を襲ってくれ。」

「……はい。」

篠宮は淡々と返事をする。

「奈理子を襲えば、仮面騎士シグマが現れるはずだ。」

「シグマ……イモリ男のことですね。」

「そうだ。」

九頭はモニターに映るシグマの戦闘映像を指差す。

「君にはシグマと戦い、負けたフリをして撤退してもらいたい。」

「負ける……のですか?」

「そう。偽装退却だ。」

九頭は机の上のホログラムを操作し、渦巻の顔を映し出す。

「あとは――渦巻さんが、シグマを何とかするはずだ。」

「渦巻さんの手の者と、シグマを戦わせるおつもりですか。」

篠宮の表情がわずかに動いた。

「その通り。
 血の気の多いホンシメジ男には、こういう“演出”は無理だろう?」

九頭は篠宮の肩に手を置いた。

「知恵の茸は、舞台を操る側に立つのがふさわしい。」

篠宮は静かに頷いた。

「分かりました。……やってみましょう。」

「よろしい。」

九頭の目が細く光る。

「奈理子を追い詰め、シグマを誘い出す。
 すべては、次の進化への布石だ。」

絹枝が横から口を挟む。

「博士、万が一シグマがブナシメジ男を殺したら?」

「構わん。」

九頭は冷ややかに笑った。

「キノコは胞子を残せば再生する。
 それに……死んでも、観察できるじゃないか。」

九頭の笑い声が実験室に響く。
無機質なモニターの光が、篠宮の顔に赤い影を落とした。


水都公園 ― 和風喫茶「萬万亭」

石畳の小径を渡るたびに、抹茶の香りがふわりと鼻をくすぐった。
灯篭がともる夕暮れの水都公園。
池の水面には紅葉が浮かび、
「萬万亭」と染め抜かれた暖簾が、やわらかく風に揺れている。

「ふぅ……やっぱり、ここに来ると落ち着くね」

奈理子は白い手で湯呑を包み、抹茶善哉をそっと口に運んだ。
湯気の向こうに、どこか寂しげな笑み。

向かいに座る菜々美は、苺と抹茶を贅沢に盛り付けたスイーツプレートを前に、
スマホを構えながら嬉しそうに写真を撮っていた。

「奈理子さん、やっぱり許可したのね。フィギュア化。」

菜々美がにやりと笑う。

「うん……。学校の許可も下りたし、理事会も問題ないって。菜々美さんにも迷惑かけたしね。」

奈理子は少し視線を落とした。

「一花さんのご指名じゃ、しかたないわ……
 でも、また大騒ぎになるわよ。ミラクルナイトフィギュアのときみたいに。」

「……嬉しいけど、複雑なの。」

奈理子は抹茶の器を置いた。

「“ミラクルナイト”として戦う私がフィギュアになるのは分かるけど……
 “普通の私”が商品になるのって、なんだか自分が“物”になったみたいで……」

菜々美はフォークで苺を刺しながら微笑む。

「人気者ってそういうものよ。
 あなたはもう、“人”じゃなくて“偶像”なの。」

「……そうかも。」

奈理子は外を見た。
窓の向こう、ライトアップされた紅葉が池の水に映って揺れている。

(本当に、私は“偶像”でいいのかな……)

菜々美は口元に小さな笑みを浮かべた。

「でも安心しなさい。この制服は、あなたに似合っているわよ。」

奈理子は少しだけ笑った。

「ありがとう、菜々美さん。」

「お礼なんていらないわ。
 それより、抹茶アイス溶ける前に食べなさいよ。」

2人の笑い声が小さく響いた。
まるで嵐の前の穏やかなひとときのように――。

***

その頃。
公園の植え込みの陰、紅葉の葉が散る音に紛れて、
黒いスーツを着た男たちが身を潜めていた。

「……ブナシメジ男様、どうなさるんですか?」

ぬらりと地面から顔を出したウズムシ男が問う。

ブナシメジ男は双眼鏡を構え、
萬万亭の窓越しに見える奈理子と菜々美を凝視していた。

「くっ……菜々美お嬢様と一緒では、迂闊に手を出せん。」

冷静な声だが、その奥には苛立ちが滲む。

「奈理子も可愛いけど……」
「菜々美お嬢様もお美しい♪」
「放課後にカフェで美少女二人……いい絵だなぁ〜」

ウズムシ男たちはうっとりと頬を緩めていた。

「貴様ら、緊張感を持て!」

ブナシメジ男の叱責が飛ぶ。

しかし、すぐに表情を引き締め、

「……とはいえ、これ以上、時間を無駄にするわけにはいかん。」

彼は懐から通信端末を取り出し、公園全域のマップを開いた。

「――外で暴れれば、奈理子は必ず外に出てくる。」
冷ややかな声。

「了解ッス!」
「やっちゃいますか!」
ウズムシ男たちは小躍りしながら散開していく。

紅葉の夜風が吹き抜ける中、
“ブナシメジ男の罠”が、静かに水都公園で幕を開けようとしていた。


和風喫茶「萬万亭」 ― 揺らぐ抹茶の香り

静かに響く琴のBGM、
湯気の立つ抹茶善哉の香り、
客たちの穏やかな談笑――そのすべてが、一瞬で凍りついた。

「うわっ! ウズムシ男だ!」

窓際の客が叫ぶ。

店内がざわめきに包まれた。
障子越しに差し込む光の中、外の公園では黒い影が蠢いている。
通行人の悲鳴が遠くで重なり合い、
店員の手から湯呑が落ちて割れる音がした。

視線が一斉に、ある一人の少女に向かう。
水都女学院の制服をまとい、姿勢よく座る奈理子――。

「ウズムシだけのようね。」

落ち着いた声で窓の外を覗く菜々美。

奈理子は眉をひそめ、席を立った。

「ホンシメジ男もいるかもしれない。」

彼女はカバンの中からアイマスクを取り出す。
その瞳には、いつになく強い光が宿っていた。

「今日こそは……負けない。」

唇が静かに動く。

「奈理子さんの抹茶善哉は、私がいただいておくわ。」

菜々美が何気なく匙を手に取る。

奈理子は少しだけ苦笑した。

「太るよ。」

「そんなことより、早く行きなさい。」

菜々美の声は柔らかいが、どこか鋭い。

奈理子はトイレの方へ歩きかけ――立ち止まる。

「……やっぱり、外で変身するの?」

菜々美は抹茶を啜りながら、視線を上げた。

「外で。市民の前で変身しなさい。
 変身シーンを見られるの、嫌いじゃないでしょ?」

「でも……変身途中は無防備だし、敵の前でなんて――」

「ウズムシは、あなたの変身シーンが大好きよ。
 だから襲ったりしないわ。」

「他人事だと思って……」

奈理子は小さくため息をつく。

菜々美は笑みを浮かべて言った。

「制服からミラクルナイトへの変身――
 フィギュアの宣伝になるわよ。
 市民もあなたの姿を見て喜ぶわ。」

奈理子は少し頬を染めながら、ためらいがちに頷いた。

「……敵はウズムシだけだし。分かったわよ。」

椅子の背に掛けていたカーディガンを外し、
スカートの裾を整える。

「奈理子さん。」

菜々美が呼び止める。

「なに?」

「くれぐれも、可愛くね。」

奈理子はくすっと笑い、

「それは得意分野よ。」

と返した。

障子を開け、夕陽に照らされた石畳を踏みしめる。
赤い紅葉が風に舞う中、
制服姿のまま、少女は毅然と立ち上がった。

そして、萬万亭の暖簾をくぐり抜けた瞬間――
水都の守護神、ミラクルナイトの戦いが再び始まるのだった。


水都公園 ― ミラクルナイト変身

夕陽の光が差し込む噴水広場。
制服姿で現れた奈理子に、市民のざわめきが広がった。

「奈理子ちゃんだ!」
「変身だー!」

奈理子は静かに右手を掲げ、瞳を閉じアイマスクを掲げる。

「ミラクル・チェンジ!」

瞬間――まばゆい水色の光が彼女の全身を包み込んだ。
一瞬で制服が消え、光の粒子となって宙を舞う。
その光が花びらのように無防備な彼女の身体を巡り、
新たな装いを形づくっていく。

ふわりと揺れるミディアムボブの黒髪。
額には白いリボン。
白と水色を基調としたブラウスとスカートが光の粒子から編み上げられ、
純潔と強さを象徴するように輝いた。

「――水都の平和を乱す者は、ミラクルナイトが許しません!」

澄んだ声が広場に響く。
光の翼《ミラクルウイング》が広がり、白い羽が舞った。

歓声が上がる。

「ミラクルナイトだ!」
「今日も綺麗だ!」
「可愛いぞ、奈理子!」

ミラクルナイトは微笑み、視線を前に戻した。


ミラクルナイトはスカートを押さえながら《ミラクルウイング》を広げた。

(よし…飛んで上からアクアティックラプチャーで――)

ふわりと地面を離れようとした、その瞬間だった。

ズルンッッ!

足に冷たいものが絡みつく感触。

「え……きゃっ!? ちょ、ちょっと…!」

白い太股に、何かが巻き付いた。

地面を見ると――
そこには、笑みを浮かべたブナシメジ男が立っていた。

「君がウズムシだけに気を取られてくれるおかげで、
 こうして簡単に菌糸体を絡められるんですよ、奈理子さん」

身体を締め付ける透明な菌糸がギチギチと軋む。

(ま、まずい…! 飛べない…っ!)

ウズムシ男たちが歓喜に震えた。

「奈理子の太股に菌糸!」
「締め付けがいい感じじゃん!」
「よーし、今日もパンツの検分タイムだー!」

ミラクルナイトは必死にスカートを押さえながら
後ろにのけぞるようにもがく。
だが――菌糸体はまったく緩まない。

「やっ…やめてよっ…来ないで……っ!」

非力な彼女は一歩も動けず、
ウズムシ男が嬉々として手を伸ばす。

「奈理子ちゃん、今日も捲っちゃうぞぉ!」

そのとき――

キィィンッ!!

橙色の閃光が飛び込み、ウズムシ男の手をはじき飛ばした。

「奈理子さんから離れなさいッ!!」

凛と響く少女の声。
その姿に、市民がどよめいた。

「ドリームキャンディだ!」
「水都の希望が来たぞー!」

ウズムシ男たちが一斉に振り向いた。

噴水広場に、
オレンジのドレスを翻し、キャンディチェーンを構えた
中学生戦士 ドリームキャンディが颯爽と立っていた。

「奈理子さん、今助けます!」

キャンディは迷いなく菌糸体に向けてチェーンを投げる。

バシィッ!

チェーンが菌糸体を打ち砕き、
ミラクルナイトの身体から拘束が解けた。

「ありがとう、キャンディ……っ」

ミラクルナイトは膝をつきながら、必死に立ち上がろうとする。

市民の声が一気に爆発した。

「奈理子が助かった!」
「やっぱりドリームキャンディは頼れる!」
「奈理子とは違う鉄壁の強さだ!」

ウズムシ男たちが怒りと興奮で騒ぎ始める。
ブナシメジ男は一歩下がり、冷静に戦況を分析している。

ドリームキャンディはキャンディチェーンを構えた。

「さあ、ここから反撃です。
 奈理子さんと一緒に、あなたたちを倒します!」

その言葉にミラクルナイトも弱々しく頷く。

(今度こそ…! 寧々ちゃんと一緒なら……!)


ミラクルナイトの拘束が解けた瞬間、
ウズムシ男たちは焦ったように散開した。

「ちっ、助けられたか!」
「キャンディは厄介なんだよ!」

「キャンディ、あっち!」

ミラクルナイトが震える指で一点を指す。

ウズムシ男3体が取り囲むように動き、
その後方で、灰色の衣をまとったブナシメジ男が
静かに観察していた。

★ ドリームキャンディ vs ブナシメジ男

── 研究された「キャンディつぶし戦法」が炸裂

「まずは君からですね、ドリームキャンディ君」

ブナシメジ男が地面に手を当てると、
瞬時に地表に菌糸が広がった。

「また拘束!?」
「迂闊に踏めない!」

と市民がざわめく。

「分析は完璧ですよ。君の距離感、攻撃タイミング…
 すべて研究済みです」

ドリームキャンディがチェーンを振ると、
菌糸体はその軌道を読み、横へ逃げる。

「やりづらい…っ!」

ブナシメジ男は距離を取りながら菌糸弾を次々と発射してくる。
速攻型のドリームキャンディにとって、非常に相性が悪い。

★ ミラクルナイト vs ウズムシ男

── アクアティックラプチャーだけが唯一の勝ち筋

ミラクルナイトはウズムシ男たちに追いかけられながら
必死に飛び回っていた。

「アクアティックラプチャー!!」

青い光線が放たれ、ウズムシ男の1体が霧散する。

「あと2体!! がんばれ奈理子ちゃん!!」

市民が叫ぶ。

しかし――

残りの2体は飛びつくようにミラクルナイトのスカートを狙ってきた。

「やめてっ、近寄らないでっ!!」

ミラクルナイトは必死に距離を取ろうとするが…

「残念、1体減ったくらいで状況は変わらんよ!」

後方から、ブナシメジ男の菌糸弾が炸裂。

「きゃあっ!!」

完全に予想外だった。
光線を放った直後で体勢が崩れたミラクルナイトは、
まっすぐ地面に落下し――

ウズムシ男1体に、腰から背中を抱きかかえられた。

「つかまえたぁぁッ!!」

★ ミラクルナイト、再び絶体絶命

スカートを押さえて必死に抵抗するが、
ウズムシ男の腕力は奈理子の比ではない。

「やだっ…は、離して……っ!!」

「奈理子の太股だ~!」
白パンツはやっぱ最高!」

市民も、もう慣れた光景のように大歓声を上げる。

「奈理子が捕まった!」
「いつものパターンだ!」

ミラクルナイトの脇腹にウズムシ男の手が回り、
彼女は身をよじって涙目になる。

「キャンディ……助けて……っ」

しかし、ドリームキャンディはブナシメジ男の
菌糸罠に足を絡められ、動きが止まっていた。

「奈理子さん!! 今、行きます──!けど……」

だが、その瞬間。

★ 仮面騎士シグマ、再び降臨

夕暮れの噴水広場を切り裂くように、
重い金属音が響いた。

カンッ…!

ウズムシ男の腕が突然吹き飛ぶ。

「な、なんだぁ!?」

市民が一斉に上を見上げた。

薄闇の中に浮かぶ、漆黒のシルエット。
長いマフラーが風にはためき、
鋭いアイスブルーのラインが光を放つ。

「シグマだ!!」
「また助けに来たぞ!!」

仮面騎士シグマが着地する。

その目は、恐怖で硬直したミラクルナイトだけを見ていた。

「落ち着け、ミラクルナイト」

シグマの声に、
ミラクルナイトは涙を浮かべたまま小さく頷いた。

(なんで…こんな時に……
 どうして私は、この人が来ると……安心しちゃうの……?)

シグマは無言でウズムシ男たちに向き直る。

「この女を傷つけることは許さん」

コートが翻る。
その姿は、まさに“救いに現れる影の戦士”だった。


仮面騎士シグマの一閃で腕を斬られたウズムシ男は、
悲鳴を上げながら地面に倒れた。

だが――

ぶちっ、ぶちっ、ぶちっ!!

肉眼で分かるほどの勢いで細胞が分裂し、
斬られた箇所から泡のように新しい個体が生まれる。

「う、うわあああ!?」
「3体に増えた!?」

市民がどよめき、ミラクルナイトは青ざめる。

「シ、シグマさん……ウズムシは斬っちゃダメなのよ!!
 斬ったら増えるんだからっ!!」

ドリームキャンディが叫ぶ。

「……すまない、知らなかった」

シグマは短く謝ったが、
それすらも妙にカッコよく、
市民のざわつきはむしろ強まった。

◆ 菜々美乱入

そのとき。

萬万亭の店先から、苺スイーツの皿を片手に
ヒールを鳴らして菜々美が現れた。

「奈理子さん、しっかりしなさい!
 やられてばかりじゃ情けないわよ!!」

「菜々美お嬢様キターーーーー!!」
「奈理子の親友、麗しき菜々美お嬢様だ!」

市民が一気にヒートアップする。

菜々美は片腕でフラつくミラクルナイトを支え、
ため息をついた。

「奈理子さん、せめてウズムシくらい倒しなさいよ。…まったくもう」

「ご、ごめん……」

弱々しく返すミラクルナイト。

その姿を見て、
菜々美ファン+奈理子ファンは両方泣いていた。

◆ ドリームキャンディはシグマを冷静に観察する

一方で、ドリームキャンディは
気絶したミラクルナイトと菜々美の横で
じっとシグマを見つめていた。

(この人……敵?味方?
 奈理子さんを助けたのは確かだけど……
 ホンシメジ男と渡り合ったあの力……)

シグマはドリームキャンディの視線に気づくが、
あえて言葉は返さず、ただ静かに立っている。

◆ シグマ → ドリームキャンディへの指名

そして、増殖したウズムシ男3体が
ミラクルナイトと菜々美に迫った瞬間。

シグマは短く言った。

ウズムシは君に任せる。
 あれなら君の光線の方が早い。

その言い方は命令ではなく、
完全な信頼と判断だった。

ドリームキャンディは一瞬驚き、
次の瞬間には目に決意の光が宿った。

「……はい!」

キャンディチェーンが宙を切り裂く。

「キャンディ・シャワァァァァーーー!!」

七色の破光が3体のウズムシ男を包み、
一瞬で消滅させた。

市民は総立ちになる。

「キャンディ、かっこいい!!」
「奈理子と凜ちゃんが倒れた後に立ち上がる中学生戦士!」
「やっぱ最後に頼れるのはキャンディちゃーん!!」

ドリームキャンディは照れたように
しかし凛と胸を張っていた。

◆ ブナシメジ男 vs シグマへ

「さぁ、残るは貴方よ……ブナシメジ男!」

ドリームキャンディが叫ぶと、
ブナシメジ男は肩を揺らして笑う。

「ふむ……
 仮面の戦士シグマとやら、
 君の力、少し興味がある」

シグマは静かに前に進み出て、
ブナシメジ男と向かい合う。

「貴様の菌糸は俺には通じない」

「どうでしょうね。
 イモリはキノコに強いのか、弱いのか……
 一度、試してみましょうか」

緊張感が空気を締めつける。

菜々美に抱きかかえられたミラクルナイトは
ぼんやりした意識の中でその光景を眺めた。

(シグマ……)

こうして、
シグマ vs ブナシメジ男
の闘いへと発展するのであった。


噴水広場の空気が、緊張の糸で張りつめた。

仮面騎士シグマは静かに佇み、
その対面でブナシメジ男は黒い胞子を指先にまとわせる。

菜々美に支えられたミラクルナイト、
ウズムシ男を殲滅したばかりのドリームキャンディ、
そして無数の市民が息を呑んでその対決を見守った。

◆ ブナシメジ男の先制

「では……お手並み拝見といこうか、シグマ。
 キノコの知恵というものを、君の鎧で防げるかな?」

ブナシメジ男は手を振り払う。

ぶわっ!

灰色の胞子が爆発するかのようにシグマへ襲いかかった。

「シグマさん!!」
ドリームキャンディが叫ぶ。

しかし――

「効かん」

シグマは片手で風を起こし、
胞子を散らしながら無傷で歩を進めた。

ブナシメジ男は少し眉を上げ、
だが驚きはしなかった。

(……やはり、九頭先生の言った通りか)

「ならば、これはどうかな?」

地面から無数の菌糸が生え、
鋭い触手のようにシグマの足元へ迫る。

シグマは跳躍し、
菌糸を踏まずに宙へと舞い上がった。

「空中ならどうかな?」

ブナシメジ男が指を鳴らす。

地面が波打ち、
菌糸が塔のように伸びてシグマに襲いかかった。

◆ シグマの反撃

「ふっ……!」

シグマは右手を構え、
赤い光が瞬時に剣のように形を成した。

シグマ・レッドエッジ――発動。

斜めに振り払うと、
菌糸の塔は一瞬で切断され、粉々になって消える。

「な……!」

初めてブナシメジ男の表情がわずかに揺れた。

シグマはそのまま急降下、
地上に着地すると同時に、
ブナシメジ男の眼前へ電光石火で迫る。

「甘いな、菌糸の男」

ドガァッ!!

シグマの強烈な回し蹴りがブナシメジ男を吹き飛ばした。
地面を転がりながらブナシメジ男は体勢を整え、
強引に立ち上がる。

◆ “偽装敗北”の演技

(……十分だろう。九頭先生の指示は“敗れたように見せろ”。
 この男の戦闘力は、おおよそ把握した……)

ブナシメジ男は息を切らしながらも、
芝居がかった動きで肩を揺らした。

「まさか……ここまでとは……
 シグマ、君の力……侮っていたよ……っ!」

「終わりか」

シグマは淡々と歩み寄る。

「いや……続けたいが……
 今回は退かせてもらう!!」

ブナシメジ男は地面を叩く。

ぼんっ!!

煙幕が広がり、
噴水広場中が真っ白く染まった。

市民たちは悲鳴を上げる。
視界が晴れたとき――

そこにブナシメジ男の姿はなかった。

◆ 撤退後の広場

「逃げた……?」

ドリームキャンディがつぶやく。

菜々美は腕を組み、
倒れたミラクルナイトを覗き込んだ。

「奈理子さん、あのキノコはまた来るわよ。
 次は負けないようにしなさい」

「……うん……」

ミラクルナイトは気絶したまま、
スカートを揺らしながら弱々しく寝息を立てていた。

シグマは黙ってその姿を見つめ、
やがて噴水広場から背を向ける。

「待って!」

ドリームキャンディが呼び止める。

シグマは立ち止まったが、振り返らない。

「あなたは……敵なの?味方なの……?」

静寂。

そして低く、短い返答。

「……必要とあらば、また現れる」

それだけ言い残し、
シグマはドリームキャンディに背を向けた。


噴水広場にはまだ胞子の白い煙が薄く漂い、
市民は咳き込みながら状況を把握しようとしていた。

ブナシメジ男が煙の中に消えて数秒後――

ズル……ズル……ズリュリュ……

耳にまとわりつくような不気味な湿音が、広場の石畳を震わせた。

「今度は何だ……?」

ドリームキャンディが振り返る。

市民の間にどよめきが走った。

「見ろ!あれ……!」
「カタツムリの殻……!?でかっ!」

街灯の陰から、
殻を背負った怪物がゆっくり姿を現した。

◆ タニシ男、出現

「……お待ちしておりましたよ、仮面騎士シグマ……」

ねっとりとした声。
黒光りする触角がゆらりと揺れ、
巨大な殻が重々しく振動する。

タニシ男。

渦巻側近・渦巻の私兵の一人。
滑走と殻による防御、粘液拘束を得意とする厄介な怪人である。

「ん?タニシ男だ……!」
「また出てきたぞ?!ブナシメジ男の仲間じゃないのか?」
「なんでシグマを狙ってんだ……?」

市民のざわめきが走る。

◆ シグマ vs タニシ男

シグマは無言のまま、
ゆっくりとタニシ男へ向き直る。

「お前の動向……
 或る御方より監視のご命令を賜っております……。
 ついでに、ここで壊してしまえ、とも……」

ズルルッ!!

タニシ男が地面を高速滑走し、
粘液を撒き散らしながらシグマへ突進した!

「シグマさん、危ない!」

ドリームキャンディが叫ぶ。

だがシグマは微動だにしない。

タニシ男の巨体が目前に迫った瞬間――

ガンッ!!

シグマの片足が殻を受け止めた。
火花すら散らさず、その体はブレない。

「なっ……!? か、殻が止められた……!?」

市民が息を呑む。

タニシ男は殻の中から焦った声を漏らす。

「な……なにぃ……!?
 この殻は戦車の装甲すら砕くのに……!」

シグマは淡々と告げる。

「重量に頼りすぎだ。欠点が多い」

バシュッ!

瞬間、シグマが裏拳を殻に叩き込み、
タニシ男は宙へと吹き飛ばされた。

広場の噴水に激突する。

ザバーン!!

殻が割れ、粘液が飛び散る。

「ぎゃああああっ!!
 な、殻が……殻がぁーー!!」

観客はどよめき、ドリームキャンディは驚愕した。

「すごい……ブナシメジ男よりずっと強い……」

◆ タニシ男、最後の悪あがき

殻が砕け、裸のタニシ男が震えながら立ち上がる。

「ま、まだ……終わって……ッ!」

大量の粘液を吐き出し、
地面一帯をヌルヌルの海にしようとした。

「この粘液に触れれば……!
 貴様の鎧も腐食して……!」

だが。

シグマは姿を消していた。

「え……?」

背後から声がした。

「遅い」

ドゴォッ!!!!

シグマの掌底がタニシ男の胸板を打ち抜いた。
タニシ男は悲鳴をあげる暇もなく吹き飛び――

石畳に叩きつけられた瞬間、
泡のように消滅した。

◆ 広場に残る静寂

驚愕する市民。
呆然と立ち尽くすドリームキャンディ。
菜々美はミラクルナイトを抱え込みながら小さくつぶやく。

「……化け物ね、あの男……」

シグマは振り返らずに歩き去ろうとする。

だがドリームキャンディが声を上げた。

「シグマ!!」

シグマは一瞬だけ足を止める。

「あなたは……本当に……味方なの……?」

長い沈黙。

そして低く一言だけ。

「敵なら、彼女(ミラクルナイト)は既に死んでいる」

ドリームキャンディが息を呑む。
菜々美が、凛とした横顔でシグマを見つめる。

シグマはそのまま夕暮れの通りへ溶け込むように消えていった。


◆ 穢川研究所・社長室

重厚な黒檀の机、壁いっぱいに並ぶ試作品群。
沈黙が支配する夕刻の社長室に、秘書・一ノ木多実が静かに入室した。

「……失礼いたします。タニシ男、消滅しました。」

その言葉に、側近の渦巻が弾かれたように机から立ち上がる。

「ば、馬鹿な!
 タニシ男の殻は“特殊重合カルシウム殻”だぞ!?
 あれを粉砕できる怪人など――」

多実は感情を見せず、淡々と続ける。

「殻は一撃で破砕され、核も消滅。
 再生の兆候はありません。」

「ありえん……!!」

渦巻の声は震えていた。

社長・勅使河原は眉一つ動かさず、渦巻を見据えた。

「渦巻。
 私は“九頭先生に任せる”と言ったのだ。
 勝手にシグマへ戦闘を仕掛けろとは命じていない。」

「し、しかし社長……シグマは危険な存在です!
 我々にとっても、コントロール不能の――」

「結果として、君はただ一体、
 貴重な戦力を無駄死にさせただけだよ。」

渦巻は言葉を失った。
部屋の空気はさらに重くなる。

静かにタブレットを閉じた九頭が口を開く。

「タニシ男が敗れたのは違和感でも何でもありませんよ。」

「何……?」

渦巻が振り返る。

「シグマが“イモリ男”である可能性が高い以上、
 殻や粘液など、ただの物理装甲で勝てる相手ではない。

 イモリの皮膚は極めて弾力があり、
 衝撃吸収性、毒性、再生能力を併せ持つ。

 ましてや――
 志摩京介の優秀な戦闘センスが残っているなら、
 タニシ男など秒殺されて当然です。」

勅使河原が頷く。

「九頭の言う通りだ。
 渦巻。」

社長の声は低く重い。

「君の忠誠心は買っているが、
 勝手な行動は研究所の利益を損なう。」

渦巻は歯を食いしばり、悔しさを飲み込んだ。

「……申し訳ございません……社長。」

「今後、シグマには手を出すな。
 九頭のシナリオに沿って動け。
 破れば――」

勅使河原の目が細く鋭く光る。

次に消えるのは、君だ。

渦巻は深く頭を垂れた。

「……御意。」

九頭はデスクに置いたシグマの資料を指で軽く叩く。

「さて……
 これで確定しましたね。
 シグマ=イモリ男=志摩京介
 我々の“失われた戦力”が、
 予想以上の形で復活してしまった。」

多実が尋ねる。

「九頭先生、次の作戦は……?」

九頭は口元に薄く笑みを浮かべた。

「シグマは泳がせる。
 だが奈理子は、すぐにでも揺さぶる。」

第227話へつづく)