ミラクルナイト☆第185話
水都大学・正門前──
「わあ……すごい、人……!」
制服姿のまま、水都大学の正門をくぐった野宮奈理子は、あまりの賑わいに思わず声を漏らした。
屋台、装飾、仮装した学生たち。大学生たちのはじけた空気は、女子高生の奈理子には少し眩しく感じる。
(でも……成好さんたちが頑張って準備してくれたんだもん。ちゃんと応えなきゃ!)
そう思ってスカートの裾を整え、控室に向かおうとした――そのときだった。
「よう、奈理子、久しぶり」
すれ違った風の中に、ふんわりと甘く、すうっと香る果実の香り。
奈理子の目が、思わずそちらを向く。
「……こ、香丸さん……っ」
そこにいたのは、水都大学の学生にしてライムの友人――香丸=メロン男。
夏の日差しに似合う爽やかなシャツ姿。ほんの少し無精ひげを残した頬が、少年っぽさと大人の雰囲気を両立させていた。
「元気だった? 今日は“奈理子ちゃんデー”らしいね」
「えっ、そ、そんな……」
「顔が赤いよ。あ、思い出しちゃった?あのメロンの香り……」
「やっ、やめてください……!もう、あれは……っ」
一歩引いた奈理子の頬が、ほんのりと紅に染まる。
周囲のざわめきが遠のき、香丸の体から漂うメロンの香りが、記憶の奥に眠る“快感”をくすぐる。
「安心して。今日は別に、奪う気はないよ。
……でも、奪われたこと、思い出しちゃった? その表情」
「っ……!」
奈理子は言葉が出ず、制服の胸元をぎゅっと握る。
(どうしよう……
香丸さんはライムくんの友達なのに、こんな……)
香丸は小さく笑った。
「じゃ、トークショー楽しみにしてるよ」
水都大学・中央広場付近──
「奈理子ちゃーーんッ!!」
鋭く、そしてどこか崇拝の気配を含んだ声が、ざわめく広場に響き渡る。
制服姿の奈理子が振り返ると、
そこには学ランを改造したような白と水色の法被を羽織った男――水都大学奈理子私設ファンクラブ会長・成好の姿。
「お待ちしておりました、本日の“女神”よ!!」
その後ろには20人ほどの男子学生たちが、まるで儀式のように整列していた。
各人の手には手作りの応援うちわやバナー、肩には奈理子の変身コスチュームを模したミニマント。
「み、みんな……そんな格好で……!」
「お祭ですから、正装です。
奈理子ちゃんのトークショーはこの後13時、第二講堂にて。
15時からのお笑いライブは中庭ステージです。
本日、君は主役です!」
奈理子は成好のテンションに圧されつつ、
その真っすぐな瞳にふっと微笑んだ。
「うん……ありがとう、成好さん。
今日だけは、ちょっと頑張ってみる」
(香丸さんに……あんなふうに言われたけど、
わたしは、わたしの居場所で、ちゃんと……)
そのときだった。
大学構内に設置されたモニターが、突然チカチカと点滅を始めた。
「……? 映像、乱れてる?」
「電波障害か?こんなタイミングで……」
だが、奈理子の背筋には、かすかな粘液の気配が走った。
(この感じ……まさか、もう……!?)
――そして、遠く構内の屋台裏。
パイプの影から、ぬめりとした影がそっと顔を覗かせていた。
「祝祭空間での羞恥観察……
好条件、揃い始めている」
ナメクジウオ男。
新たな“観察の舞台”は、今まさに整いはじめていた――。
水都大学・第二講堂──
「それでは――!
今、もっとも水都で尊ばれ、もっとも可憐に、もっとも白く輝く――
われらが“奇跡”!」
「セーラー服は水色ですが、純白の天使こと、野宮奈理子ちゃんのご登場ですッ!!」
ドォン!(手作りの紙吹雪)
大歓声と共に、奈理子が講堂の舞台に登壇した。
制服姿。緊張した表情。
だが、どこか誇らしげに背筋を伸ばしていた。
「え、えっと……今日はお越しくださって、本当にありがとうございます……」
声が震えるその一言に、客席からあたたかい笑いと拍手。
マイクを持つ成好は、少しうなずいてから言った。
「……はい、可愛い。今の“ありがとうございます”だけで3杯飯いけます」
「や、やめてくださいっ!」
「ごめんごめん。でもね、今日集まった人たちは、みんなそれで生きてるから」
会場がまた笑いに包まれる。
「さて、奈理子ちゃん。今日はね、“市民が聞きたい、奈理子の100のこと”ってテーマで、いくつか代表質問を受けてきました」
「え、100……!?」
「全部やったら朝になりますから安心して。まずはこれ――
“正直、変身するときのあの下着姿、恥ずかしくないんですか?”」
「っ……あ、あの……ちょっと……やっぱり、恥ずかしいです……!」
「出ました名言!ありがとうございます!
これはですね、正直に答えることでファンの信頼度が増すやつですね!」
客席:「わかるーー!!」
「でもね、僕はこう思うんです。
奈理子ちゃんは“恥ずかしい”のに、立ってる。見せてる。戦ってる。
それが、かっこいい。いや、美しい」
「っ……!」
「そして、ライムくんという素敵な彼氏がいながら、僕らの“偶像”であり続けてくれるその優しさと強さに、
全水都市民は泣いた!」
「もうっ、成好さん……っ、からかわないでください……!」
「真面目です。真面目に愛してます」
笑いと拍手と、そして少しだけ、胸にじんと染みる空気。
奈理子は、小さく深呼吸して言った。
「……でも、わたし、みなさんの声があるから、立てるんです。
どんなに恥ずかしくても、見られてても……
応援してもらえるから、がんばれるんです」
成好は一瞬、目を伏せてから、静かに言った。
「奈理子ちゃん。
その言葉だけで、生きててよかったって思える人、たぶん今この会場に、何十人といますよ」
一瞬の沈黙。
そして、割れんばかりの拍手が講堂を包んだ。
水都大学・中庭ステージ──
午後2時半。大学構内の中庭ステージには、午前以上の観客が詰めかけていた。
ステージ上では音響チェックが進み、司会者がマイクで観客を煽る。
「お待たせしましたー! 本日午後の目玉イベント、
“奈理子ちゃんと笑おう!お笑いスペシャル”まもなく開演ですー!」
客席:「うおおおおーー!!」「奈理子ちゃーん!」「さっきのトーク可愛かったぞー!」
控室裏。
制服姿の奈理子は鏡の前でそっと前髪を整えていた。
「ふぅ……あのトークショー、緊張したけど……でも、
ちゃんと笑ってもらえて、よかった……」
そう呟く瞳は少し潤んでいた。
緊張よりも、安心が滲む。
だけど、その分、次の舞台への不安もある。
(……バナチュウさん。前にテレビで共演したとき、
すごくグイグイくる人だったけど……今回は、どうなんだろ)
ノック音。
「奈理子さん、出番です」
「は、はいっ!」
胸に深く息を吸って、足を一歩前へ。
ステージ上──
司会者の掛け声とともに、照明が奈理子に当たる。
「みなさーん、水都の守護神が笑いの神になるか!?
パ〇チラヒロイン、純白の天使こと、野宮奈理子ちゃんですーー!!」
大歓声が中庭に響く。
「パ…??こんにちは……!今日はよろしくお願いしますっ!」
明るく頭を下げた奈理子に、割れんばかりの拍手と声援。
その瞬間、背後の幕がぱっと開く。
「イヤッホーーーーッ!!奈理子ちゃん今日も白いぃぃ!!
テンション爆上げで生きててよかったァァァ!!」
――やってきたのは、水都テレビでもおなじみ、
テンション全振りの芸人・バナチュウ!
「うわっ!?バナチュウさん……!」
奈理子の目が一瞬泳ぐ。
「ようこそようこそ水都大学へ、女神ちゃん!
今日はトークとかインタビューとか一切ナシ!
オレと奈理子ちゃんが、舞台で!今ここで!
即興芝居、即興漫才、即興コントやるだけだァ!!」
「えぇぇっ!? そ、即興って……」
観客は爆笑と拍手。
成好をはじめとするファンクラブのメンバーも最前列で目を輝かせていた。
「大丈夫大丈夫!奈理子ちゃんのリアクションがもう最高のボケだから!
オレが突っ込むからさ!……ということでまずは――
“もしも奈理子ちゃんが水都市のゆるキャラだったら”のコーナーいってみよぉ!!」
「そんなの、急に言われても無理ですぅ~~~っ!!」
客席:「奈理子ー!」「いいぞバナチュウ!」「頑張れー!!」
ステージはどんどん熱気を増していった。
バナチュウ:「さーてさてさて!“ミラクルナイト”はみんな知ってるけど、今日は違うの用意してきました!」
奈理子:「えっ、な、何を……?」
バナチュウ:「題して――“み・ず・とん”!!水都のゆるキャラ、爆誕です!」
客席:「みずとーん!!」
奈理子:「えぇぇ!? 私が、ゆるキャラ……!?」
バナチュウ:「よっ、みずとん!街の平和はどうだい?」
奈理子:「えっ……えっと……ぴぃすふるですっ!」
バナチュウ:「語尾それで固定か!?だいぶ雑ぅ!!」
観客:(笑)
バナチュウ:「じゃあみずとん、最近のお悩みは?」
奈理子:「えっ……あの……風が強いと、スカートが……ひらっ……ってなっちゃって……」
バナチュウ:「おいおいそれはただの奈理子ちゃんじゃねーか!!“ゆるキャラ設定”とは!!」
奈理子:「だ、だってぇ……!」
バナチュウ:「じゃあみずとん、必殺技は?」
奈理子:「うぅっ……じゃ、じゃあ……“お水かけちゃうぞビーム”ですっ!」
バナチュウ:「それただの水鉄砲だろォォーー!!」
観客:「爆笑」「かわいいー!」
成好「その“ただの奈理子ちゃん”が、いいんですッ!」
バナチュウ:「……くぅーっ!結局ただの可愛い制服美少女が動いてしゃべってるだけで成立しちゃってるこの現実!!」
奈理子:「ええっ!?だ、だめだったんですかぁ!?」
バナチュウ:「違う!最高だ!!オレが敗北しただけだ!!!」
観客、拍手喝采。
バナチュウが客席に向かって叫ぶ。
「というわけで!!本日のゲスト・水都が誇る白きヒロイン!
奈理子ちゃん、最高でしたぁぁぁぁぁ!!」
奈理子(マイク越しに):「ありがとうございましたっ!」
ステージ袖に下がる奈理子の表情は、
トークショーのときとはまた違った、心からの笑顔だった。
お笑いライブ 終了後──
笑顔と拍手に包まれたお笑いライブが終わり、
奈理子はステージ袖で深呼吸していた。
「ふぅ……終わった……」
セーラー服の襟を直しながら、ほっとした笑顔を浮かべる。
(トークショーも、ライブも……市民の皆が喜んでくれて、よかった)
成好やファンクラブのメンバーが片付けに回り、会場は少しずつ静けさを取り戻しつつある。
そのときだった。
遠く――
誰もいないはずの校舎裏の茂みで、低く湿った音が響いた。
ズズ……ぬるっ……。
奈理子の背筋に、冷たい感覚が走る。
(この気配――まさか……)
そっと目を向けた先、
夕暮れに沈みかけた構内の一角に、ぬめるような影が揺れていた。
ナメクジウオ男。
構内に設置された仮設ライトの光を反射するように、
静かに、だが確実に奈理子のもとへと歩を進めていた。
「……また、来たんだね……」
奈理子はスカートのポケットから、アイマスクをゆっくりと取り出す。
(学園祭の最後まで、ちゃんと……守り抜く)
「ミラクルナイト、変身!」
水色の光が構内に弾けた――!
水都大学・旧体育館裏──
変身を終えたミラクルナイトは、夕暮れの光に照らされた構内に立っていた。
スカートの裾が風に揺れるたび、白と水色の姿が緊張に包まれる。
「……出てきて。隠れてる意味、ないよね」
声をかけると、ぬるりと音を立てて、薄暗い建物の影からナメクジウオ男が現れる。
「君は、もう“気配”で私を察知できるようになったか」
「毎回、忘れたくても忘れられない匂いと感触だから……ね」
そう言いながら、ミラクルナイトは構えない。
ただ、距離を測るように静かに相手を見る。
ナメクジウオ男もまた、敵意は見せず、分析するような眼差しを向けた。
「今回の学園祭……君は笑顔を保ち、声援を受け、観客の前で揺らぐことなく振る舞っていた。
それは“偶像としての完成”か、それとも“壊れる寸前の静けさ”か」
「……また“観察”って言うんだ」
「それが、私の任務だからな。
羞恥、耐性、葛藤……すべての心の揺れを記録し、解析する。
君が“崩れる”その一瞬まで」
ミラクルナイトは一瞬黙り、深く息を吸って言った。
「……崩れたら、何かが終わるって思ってる?
でもね、私、何度だって立ち上がるから」
「立ち上がれるうちは、まだ“崩れていない”ということ」
ナメクジウオ男の声は冷静で、どこか皮肉に近い。
「次は、どこで“観察”するつもり?」
「その答えは、次の“舞台”で明かそう。
祝祭の余韻が冷めぬうちに――
もう一度、君の“限界”を見せてもらう」
そして彼は、踵を返し、ぬるぬると闇へと消えていった。
ミラクルナイトはその背中に、静かに呟いた。
「……私の限界を見たいなら、何度でも立たなきゃいけない。
――それが“ミラクルナイト”だから」
穢川研究所・地下観察分析室──
灯りの少ない分析室。
壁の端末に映し出されたのは、水都大学学園祭での奈理子の映像だった。
制服姿でトークショーに登壇し、ファンと交流し、
お笑いライブでは緊張しながらも笑顔でステージに立つ――
その一挙手一投足を、ナメクジウオ男は細かく分析していた。
静かにタブレットを操作しながら、報告を口にする。
「観察フェーズ4、終了。
舞台:水都大学学園祭。
対象:野宮奈理子=ミラクルナイト」
映像のキャプチャが切り替わる。
- トークショーでの笑顔と硬さの対比
- ステージ上での即興演技中の赤面と動揺
- 観客からの声援によって回復する様子
「羞恥耐性:一時的上昇。
観衆の支持によって精神の安定が見られたが、
依然として“揺らぎ”の余地あり」
「特筆すべきは、“羞恥の受容”における変化。
羞恥を“乗り越える”のではなく、“受け入れたうえでなお立つ”傾向が確認された」
ナメクジウオ男の声には、微かに含みがあった。
「野宮奈理子は、“ミラクルナイト”という存在に完全に適応しつつある。
これは偶像化ではなく、自我の変質。
羞恥を力に変え、アイドル性を保ちながら戦う“聖域”の形成」
スクリーンには、ステージで客席に笑顔で手を振る奈理子の姿。
「しかし、それでも――“核”は、まだ砕けていない。
その奥にある、“個としての奈理子”を晒しきるには……」
ふと、室内に別の足音が響いた。
無言で現れたのは、所長九頭の助手絹絵だった。
彼女は研究端末を手に、淡々と口を開いた。
「観察記録、所長への提出は完了しています。
ナメクジウオ男、あなたは次の観察対象地について――」
「考えている」
ナメクジウオ男はぬるりと顔を上げた。
「今度は、もっと私的な空間で。
“誰も見ていないとき”、彼女がどこまで踏みとどまれるか――
その観察が必要だ」
「あなたは……まだ、続けるつもりなんですね」
「観察とは、破壊の直前までを指す。
それを超えれば――それはもう、“別の仕事”だ」
静かな沈黙が、研究室に落ちる。
絹絵はふと視線を外しながら、言った。
「……あなたのやり方が、成功すればいいですね」
ナメクジウオ男はそれに答えず、
再び画面の中の“偶像”――笑顔の奈理子を、じっと見つめていた。
(第186話へつづく)












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