DUGA

ミラクルナイト☆第221話

水都中学・放課後

下駄箱の前。昇降口から差し込む夕陽が、制服姿の生徒たちを赤く染めていた。
寧々は靴を履き替えている隆に声を掛けた。

「奈理子さんの様子はどう?」

隆は顔をしかめ、ため息をついた。

身に覚えのないことを噂されて凹んでるぜ。ナメクジスプレーと戦った記憶も、凜ちゃんのスカートをめくった記憶も無いってさ。SNSの動画を見て、すっかり混乱してた」

「昨日の放課後、奈理子さんはどこで何をしていたの?」

と寧々。

「本人いわく、記憶が無いらしい。学校帰りにスプレーをかけられて、公園で眠っていたってさ」

「そう……」

寧々は考え込んだ。昨日のミラクルナイトは偽物だったと直感している。だが奈理子の記憶がないのなら、敵に操られていた可能性も否定できない。

そのとき、不意に背後から声が飛んだ。

「昨日のミラクルナイトは偽物だ」

「ライム…先輩」

寧々が振り向くと、制服姿のライムが冷静な表情で立っていた。

「何で偽物だと分かるんだよ」

隆が睨む。奈理子の彼氏であるライムの存在が、弟としてはどうしても気に入らない。

ライムはポケットに手を突っ込みながら、淡々と告げた。

「SNSに上がった昨日のミラクルナイトのパンツ映像を拡大してよく見ろ」

「は?姉ちゃんのパンツを??」

隆が目を剥く。

「昨日のそれは、何日も洗ってない汚れた布だ。清楚可憐な女子高生を自認する奈理子は、あんなパンツは穿かない」

「……スカした顔して、姉ちゃんのそんなとこまで見てるのか……」

隆は呆気に取られた。

寧々も呆れたように肩をすくめる。

「今の発言、1年の女子が聞いたらライム先輩に幻滅しますよ。せっかくの人気が台無しです」

それでもライムは涼しい顔を崩さなかった。水都中学でも一目置かれる存在であり、奈理子と並ぶ姿は美男美女のカップルとして市民からも認められている。

「とにかく、昨日の奴は偽物だ」

それだけ言うと、ライムは片手を軽く上げて校舎を出て行った。

「姉ちゃん、あんな奴のどこが好きなんだ?」

と隆。

「カッコいいからじゃない?」

と寧々は軽く答える。

しかし隆はまだ納得できず、靴を蹴るように履きながら呟いた。

「でもよ、敵は姉ちゃんの偽物なんか作って何がしたいんだ?姉ちゃんの偽物なんて、寧々なら瞬殺だろ」

「……偽物も本物の奈理子さんと同じ能力しかなければね」

 寧々は否定せず、冷ややかに答えた。


水都神社・境内

夕暮れの水都神社。拝殿の前で、凜は巫女装束のまま「浦安の舞」の稽古をしていた。だが、舞う袖は乱れ、足取りにも冴えがない。

「はぁ……」

ひとつ溜息をこぼすと、背後で練習用のDVDを止めていた大谷が口を開いた。

「心が乱れているな。今の凜に浦安の舞は無理だ」

元旦祭では四人舞を奉納しなければならない。しかし凜は昔から、他人と息を合わせる舞が苦手だった。

「セイクリッドウインドはパワーアップして、SNSでも奈理子に迫る人気ぶりだ。今の凜は絶好調のはずだろ?」

と大谷は軽口を叩いた。

「……本気で言ってるの?」

凜は憮然とした顔をした。確かにパワーアップした。だが、その代償は大きかった。
セイクリッドウインドのコスチュームは、スカートの下が――生パンツ

市民の人気は上がった。だが風の戦士である凜にとって、スカートが捲れる恐怖は致命的だった。ガストファングを振るうたび、恥ずかしさが頭をもたげる。

「市民が応援してくれるのは嬉しいけど……みんなの目は私のパンツにばかり……」

凜は嬉しいやら、恥ずかしいやら、複雑な気持ちで胸を押さえた。

大谷は首を横に振り、凜を叱咤する。

「奈理子はパンツを見られながらも必死で戦ってるじゃないか。セイクリッドウインドの使命は、水都の守護神ミラクルナイトを守り、その敵を打ち砕くことだ。奈理子に出来ることを、凜が出来なくてどうするんだ」

「奈理子は偉いよね……」

凜の脳裏に、ミラクルナイトの姿が浮かんだ。だがすぐに、昨日の出来事が胸をよぎる。

「ねぇ……私の歳で白いパンツって変?」

ニセミラクルナイトに投げかけられた言葉が、耳にこびりついていた。

「そのミラクルナイトは偽物だったんだろ?」

と大谷。

「偽物でも本物でも、どっちでもいいの! ……23歳で白いパンツは変なの?」

思わず声を荒げる凜。

大谷は少し目を丸くし、それから真剣に言った。

「いや……白は神聖な色だ。清楚系美人巫女の凜にはぴったりだよ」

「そう……?」

凜は頬を染めた。

「清楚系とか言われると、必ず奈理子と寧々が反応するんだけど」

「奈理子も寧々もまだ子供だから、凜の大人の魅力が分からないんだよ」

「……私はまだオバサンじゃないよね」

凜は視線を落とし、不安を滲ませる。

「凜がオバサンなら、俺はオジサンになっちゃうよ」

大谷は柔らかく笑った。

「……そうよね」

凜は大谷の言葉に少しだけ救われたように息を吐いた。だが、その瞳には再び鋭い光が宿る。

「偽物奈理子……次に会ったらタダじゃ済まさないから」

23歳の巫女は、セイクリッドウインドとしての誇りを胸に、決意を固めていた。


放課後の帰り道

奈理子が鞄を抱えて歩いていると、背後から

「プシューッ!」

と音が響く。

「えっ……?」

と振り返る間もなく、ナメクジスプレーの特殊霧が襲いかかり、奈理子は一瞬で視界が霞み、身体が重くなる。

「……うぅ、身体が動かな……」

力なく膝を折り、奈理子は地面に倒れ込んだ。

影の中から現れたニセミラクルナイトが微笑む。

「これで水都の守護神はしばらくお休みね」

ナメクジスプレーは気絶した奈理子を抱え、近くの廃ビルの一室へと運び込む。

「仲間にも市民にも姿を見せなければ、誰も本物が眠っているなんて気づかない」

「ええ。みんなが私を信じてくれるわ」

光をまとうニセミラクルナイトが広場へ飛び立っていく。
廃ビルの暗がりに横たえられた奈理子は微かな寝息を立てていた――。


水都公園・噴水広場

水都のランドマーク、噴水広場。
夕暮れ、子供たちや会社帰りの市民が行き交う中、突然――

「ヌルヌル〜!」

ナメクジスプレーが地面を滑るように現れ、ドロリとした粘液を噴射した。

「きゃああ!」
「目が痛い!」
「子供たちを守れ!」

悲鳴と混乱が広場を覆う。

その時――

「水都市民を泣かせる者は、ミラクルナイトが許しません!」

澄んだ声とともに空から舞い降りる純白のスカート。
水色の光をまとい、颯爽と着地するのは――ミラクルナイト。

「奈理子だ!」
「やっぱり来てくれた!」

広場に歓声が広がる。

だが、ナメクジスプレーが容赦なく「コスチューム・ブレイクミスト」を放った。

「きゃっ!」

ニセミラクルナイトは腕を交差させて受け止め――あえてスカートを裂かれながら、市民の前に立ちふさがった。

「奈理子、大丈夫か!?」
「やめろ、これ以上奈理子を苦しめるな!」

市民の心は一気に彼女へ傾く。

ニセミラクルナイトは苦痛に顔を歪めながらも、子供を背に庇って言い放つ。

「私は――どんなに傷付いても、市民を守る!」

その姿に――

「昨日までの噂は嘘だったんだ!」
「奈理子を疑った俺たちが間違ってた!」
「奈理子ちゃん、信じてるぞ!」

広場は拍手と歓声に包まれた。
ニセミラクルナイトの作戦通り、疑念を抱いていた空気は一瞬で「奈理子を信じるムード」に塗り替えられた。


歓声に包まれる噴水広場。
市民は“奈理子=ミラクルナイト”への信頼を取り戻しつつあった。

「奈理子ちゃん、がんばれー!」

と子供たちが泣きながら母親に抱きつく。

「もう二度と疑わないぞ!」

と大人たちが口々に叫ぶ。

――しかし。

「……待ちなさい」

風を切る音と共に現れたのはセイクリッドウインド。
その後ろにはドリームキャンディの姿もあった。

「奈理子、あんた……どういうつもり?」

セイクリッドウインドの視線は厳しい。

「え? 何が……?」

と、ニセミラクルナイトは白々しく振り返る。

「昨日、私のスカートをめくったのはあなたでしょう?」

市民の間にざわめきが走る。

「そんなことするわけないじゃない! 私は――市民を守るために戦ってる!」

ニセミラクルナイトは必死の表情で叫ぶ。涙すら浮かべて。

「ほら見ろ! 奈理子は潔白だ!」
「昨日のは誤解だったんだ!」

市民は一斉にセイクリッドウインドを非難する。

「凜さん、やめてください!」

とドリームキャンディが慌てて間に入る。
だがセイクリッドウインドは納得がいかない。

「昨日の映像に映っていたのは確かに奈理子の顔だった!でも、アンタは偽物でしょ。本物の奈理子は何処よ?!」

「証拠があるのか?」
「疑うなんてひどい!」

市民の声はますますセイクリッドウインドを責め立てる方向に傾いていく。

「……やっぱり私は“オバサン”だから信じてもらえないのね」

涙目のセイクリッドウインド。
その姿を見て、ドリームキャンディも言葉を失った。

「やめて、二人とも!」

ニセミラクルナイトは震える声で叫び、セイクリッドウインドとドリームキャンディの間に割って入った。

「今は、市民を守ることだけを考えて!」

――作戦通り。
ニセミラクルナイトの“涙ながらの姿”は完全に市民の心を掌握した。
逆にセイクリッドウインドとドリームキャンディは居心地を失い、疑念と戸惑いを抱かされてしまったのだった。


ナメクジスプレーの襲撃で混乱する噴水広場。
セイクリッドウインドとドリームキャンディは「奈理子=ミラクルナイト」が本物なのか偽物なのか、揺れながら戦っている。

そこに――

「……やれやれ、まだ分からないのか」

水飛沫を割って現れたのは、スライム男=ライム

「スライム男だ!」
「でも、敵じゃなかったはず……?」

久々に姿を現した彼に、市民の間がざわつく。

「ライム……!」

思わず息を呑むセイクリッドウインドとドリームキャンディ。二人は知っている。スライム男が奈理子の恋人であり、かつて敵であったこと。

「ちっ、余計な奴が!」

作戦に関係のない乱入者に苛立つナメクジスプレー。

しかしライムは冷然とした目で

「うるさい」

と一言。
次の瞬間――掌から放たれた黒いスライムが波のようにナメクジスプレーを覆い尽くした。

「ぐわぁぁぁっ!? やめろぉぉ!」

もがく間もなく、ドロリと飲み込まれ、ナメクジスプレーは溶けて消滅していく。

広場は静まり返った。

「な、なんだ今の……」
「ナメクジスプレーが一瞬で……!」

市民が息を呑み、セイクリッドウインドとドリームキャンディも互いに顔を見合わせる。

そしてスライム男は目の前の「ミラクルナイト(=偽物)」を鋭く指差す。

「それは本物じゃない。奈理子はここにはいない」


「偽物なのか?」
「でも、奈理子にしか見えないぞ……」

スライム男の言葉に、市民の間にざわめきが走った。

「私は、本物の奈理子よ……!」

必死の表情でセイクリッドウインドに訴えかけるニセミラクルナイト。

「どうして、偽物だと分かるの?」

セイクリッドウインドが鋭い眼差しで問いかける。

スライム男は無言のまま、ゆっくりとニセミラクルナイトに歩み寄った。

「な、何……?」

不安げにたじろぐ彼女。そのスカートへと、スライム男の手が伸びる。

「あ~!スライム男、もういいです!」

ドリームキャンディが慌ててその行為を止めた。

「何をしようとしたの?」

セイクリッドウインドが眉をひそめる。

「ニセミラクルナイトのパンツを確認しようとしたんですよ」

ドリームキャンディの率直な答えに、場の空気が一瞬固まる。

「またパンツ……」

「奈理子さんは、汚いパンツは穿かないんですって」

ひそひそとドリームキャンディの声が漏れる。

「へぇ~、さすが彼氏、見るとこが違うね……」

セイクリッドウインドは呆れたようにため息をついた。

「奈理子の使用済みパンツから作られた魔物だな?」

鋭い目で言い放つスライム男。

「な、何言ってるの! 私は野宮奈理子、本物よ!」

必死に否定するニセミラクルナイト。

「本物の奈理子が穿くパンツを見せてやる」

スライム男は掌からスライムを放った。
その緑色の塊は瞬く間に形を変え、黒とピンクのコスチュームに身を包んだ戦士――ブラックナイトが姿を現した。

「おー、ブラックナイトだ!」
「黒い奈理子も可愛い!」
「ピンクのリボン最高ー!」

市民は熱狂に包まれる。

さらにスライム男がパッ!とブラックナイトのスカートを捲った

「ブラックナイトのパンチラ、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」
「白パンツブラックナイトだ!」
「黒いスカートに白いパンツが眩しいッ!」

広場は一層ヒートアップした。

「奈理子の彼氏なのに、奈理子のパンツを晒すなんて……」

呆れたように言うセイクリッドウインド。

「でも、ブラックナイトも奈理子さんの偽物ですよ」

冷静に告げるドリームキャンディ。

「これが本物の奈理子のパンツだ。奈理子は何日も洗ってない汚れたパンツなんか穿かない」

スライム男は堂々と市民に言い放った。

「じゃ、昨日子供を泣かせた奈理子は偽物ってことか?!」
「凜ちゃんをオバサン呼ばわりした奈理子も偽物だったのか?!」

市民の間に混乱が広がる。

「分かったか?」

スライム男はセイクリッドウインドとドリームキャンディを見据えた。

「……奈理子さんの彼氏のライム先輩がそう言うなら、そうなんでしょうね」

ドリームキャンディは静かに頷いた。

「”先輩”? キャンディ、ライムのことを”先輩♡”って呼んでるの?」

セイクリッドウインドが驚く。

「同じ中学の先輩だから……それに、”♡”は付けてません!」

ドリームキャンディは頬を赤らめて答えた。

「”先輩♡”だって、青春ぽいねぇ」

そのやり取りを聞きながら、ニセミラクルナイトは必死に頭を巡らせていた。
――どうやって、この絶体絶命の状況を切り抜ければいいのか。

目の前にはセイクリッドウインド、ドリームキャンディ、スライム男、そしてブラックナイト。
ニセミラクルナイトは追い詰められ、窮地に立たされていた。


「偽物だ!」

スライム男の断言、そしてブラックナイトの登場で広場は混乱の渦に巻き込まれていた。

「私は本物よ! 信じて……!」

必死に叫ぶニセミラクルナイト。しかし、市民の疑念は拭い切れない。

そのとき、噴水広場の石畳に、突如として淡い水色の魔法陣が浮かび上がった。

「……ッ!」

ニセミラクルナイトは驚きながらも、その光に包まれていく。

「待てッ! まだ逃がさない!」

セイクリッドウインドがガストファングを握り、駆け寄ろうとする。しかし、彼女が踏み込むより一瞬早く、魔法陣はぱしゅんと音を立てて消滅。

残されたのは、市民とヒロインたち、そしてスライム男とブラックナイトだけだった。

「……私を”オバサン”呼ばわりした偽物……次は絶対に許さない」

セイクリッドウインドは悔しげに歯を食いしばり、その場を見据えた。

鄙野のアパートの一室

「スライム人間が……また出てきたっていうの?! あの忌々しい男め……!」

薄暗い六畳一間のアパートで、コマリシャスは小さな拳を握りしめ怒りに震えていた。

「姫様、怒らないでください。きっと次はうまくいきますよ!」

タンポポタイが必死に慰めの言葉をかける。

「申し訳ありません、コマリシャス様……」

正座したまま頭を下げるニセミラクルナイト。怯えながらも、声を震わせて言葉を続ける。

「私の未熟さが原因です……。ですが、次こそは……本物のミラクルナイトと直接、戦わせてください」

「ふふん……」

紗理奈が口元に笑みを浮かべる。

「よく逃げてきたわ。あなたは偉いわよ。ね、コマリシャス? この子の覚悟、無駄にはできないでしょう」

「……ミラクルナイト同士の戦い、か」

コマリシャスは小さな顎に指を当て、にやりと笑った。

「それは面白そうだね! 水都の守護神が自分自身と戦うなんて、きっと市民は混乱するに決まってる」

「ありがとうございます、コマリシャス様……!」

ニセミラクルナイトは再び深く頭を垂れた。

水都の廃ビル

「……ん……」

冷たいコンクリートの床に横たわっていた奈理子は、ゆっくりと瞼を開けた。

天井の蛍光灯は点滅を繰り返し、埃っぽい空気が漂っている。

「ここ……どこ……?」

辺りを見回す奈理子。しかし、誰もいない。自分がどうしてこんな場所にいるのかも分からない。

「学校から帰って……それから……?」

必死に思い出そうとするが、記憶は途切れていた。

「また……眠ってただけ……?」

奈理子は不安に胸を押さえながらも立ち上がる。

彼女は知らなかった。自分の名を語る偽物が、水都の市民を翻弄し、仲間を混乱させていたことを――。

第222話へつづく)