DUGA

ミラクルナイト☆第86話

水都市のとあるファミレス。陽の光がテーブルを通り過ぎ、店内には穏やかな雰囲気が流れていた。中央のテーブルには、異なる二組の人物が顔を合わせていた。一方は制服姿の少女、もう一方はカジュアルな二人組。

水色の吊りスカートに胸元の青いリボンが鮮やかに映える少女、その名は菜々美。水都女学院中等部の制服を身に纏い、背筋を伸ばしながら二人組に不満げな目を向けていた。

「護衛なんて要らないのに。」

と菜々美は鼻を鳴らす。

「ミラクルナイトは弱いけど、何故かたまに強い相手に勝っちゃうことがあるんだよ。」

と、落ち着いた口調の男、牛島が語りかける。

菜々美は軽く鼻をあしらったように言った。

「ミラクルナイトって、私の弟に散々やられてた子でしょ?」

そこで初めて渚が口を挟む。

「弟?」

「菜々美さんの弟はアリ男なんだよ。」

と牛島がひそひそと渚の耳元で囁く。彼の言葉に、渚の黒縁メガネの中の瞳はふっと大きくなる。

菜々美はそっぽを向き、

「とにかく、私の邪魔はしないでよ。」

と投げ捨てるように命令した。

その横顔を見つめながら、渚は過去に護衛を務めた一花を思い出す。お嬢様という肩書きが同じでも、その性格は千差万別だと感じた。

突如として、菜々美がTシャツとジーンズ姿の渚を真剣に見つめる。その視線の強さに、渚は思わず息をのむ。

「あなたは、あのおバカなイチジク女より少しはマシなの?」

と菜々美は冷たく問いかけた。

渚は心の中でため息をつきながら、こんな高飛車なお嬢様の護衛をなぜ引き受けたのかと自問するのだった。


午後4時の交差点。人々の足取りが緩やかに流れていた。太陽の光は柔らかく、都会の喧騒とは裏腹に、穏やかな時間が流れていた。図書館の扉が静かに閉ざされると、奈理子と綾香が足を進める。

「奈理子ちゃんだ!」

と、幼い女の子の甲高い声が響く。その声に耳を傾け、手を振って応える奈理子。

「奈理子ちゃん、可愛いー!」

と女の子は漫勉の笑みを浮かべ、手を振り去って行く。

しかし、奈理子の顔には以前のような明るさは感じられなかった。

「何かあったの?」

綾香は奈理子の表情に微かな影を感じ取り、気にかけるように問いかけた。

奈理子はゆっくりと瞳を閉じ、

「私、弱いからもっと強くならなくちゃ」

と小さくつぶやいた。彼女の背負っている役割、ミラクルナイトとしての責任。アゲハ女ヒドラ男に喫した敗北は奈理子の心に深い傷を負わせていた。自分は可愛いだけの弱いヒロインだと思い知らされた奈理子にとって、「可愛い」という言葉は心の傷をえぐるような言葉っだった。

綾香は少し考え込み、そうして彼女の顔を覗き込んで言った。

「奈理子、強いよ。学校を襲ってきたトンボ男を倒したし、イソギンチャク男にもクワガタ男にも、最初は負けたけど最後は勝ったでしょう」

そうして奈理子の顔を覗き込んでつづけた。

「奈理子がトンボ男に立ち向かったときのあの姿、忘れられない。ボロボロにされたミラクルナイトが空を飛んだとき、みんな、感動して泣いてた。ミラクルナイトは、奈理子は、この街の誇りだよ」

去年の夏、ミラクルナイトが初めて空を飛んだ戦いだった。あのときの戦いを思い出すように目を閉じる綾香の言葉に、奈理子は目頭を熱く感じながら、

「ありがとう」

と返した。

「奈理子は弱くなんかないよ」

と綾香が言った、その時、空気に変化が訪れる。水都タワーの方向から聞こえる町内放送の声。

「蝶の怪人が水都タワーに出現!」

その声に二人の瞳がキリッとした。

この街のヒロイン、ミラクルナイトの戦いが、再び始まろうとしていた。


水都の心臓、それは壮大な水都タワーだった。タワーの周囲には華やかな商業施設や摩天楼のオフィス街が連なり、賑わいを見せていた。しかし、今その上空には異変が起きていた。白い翼を持つ巨大な蝶、その名もモンシロ女が舞っていた。彼女の翼から舞い落ちる鱗粉が、下の街に降り注ぎ、市民たちを苦しめていた。

渚は仰天しながらも、彼女を非難した。

「あの菜々美って人の親、市会議員でしょ…市民にこんなことしていいんですか?」

と牛島に問いかけた。

牛島は急いで応じた。

「そんなことより、モンシロ女を追うんだ!菜々美さんに何かあったら…」

言葉を切り、モンシロ女の方へと走り出す。

渚は納得がいかず、足を止めて言った。

「アゲハ女の時もそうだったけど、なぜ飛べない私たちが蝶の護衛をしないといけないんですか?」

彼女と牛島は、水辺や水中の戦いを得意とする。面倒な子守を押し付けられたとしか思えない。

しかし、その苛立ちは一瞬で霧散するような騒ぎが起きる。水都タワーの近くで

バーン!バーン!バン!バン!

と続く轟音が鳴り響き、一瞬の静寂の後、4つの水色の光がモンシロ女に向かって飛んできた。しかし、彼女はその光を瞬時に見切り、優雅に舞いながら回避した。

「遅かったわね、ミラクルナイト」

と、モンシロ女が冷ややかな笑みを浮かべる。

「水都の平和を乱す者には、容赦はしないわ!」

水都タワー前の広場中央に立つのは、輝くミラクルナイトだった。風でスカートが舞い上がり、奈理子の淡いブルーのショーツ白い太股が眩しい。もっと激しい戦いがしたい。ミラクルナイトはそう思っていた。彼女の目はモンシロ女に鋭く向けられていた。


モンシロ女の嘲笑がタワー前広場に響く。

「容赦しないって、笑わせるわ。ミラクルナイトのくせに」

と彼女は冷ややかに笑う。

その瞬間、緑の光が広場を包み込んだ。

「お待たせ〜」

という声と共に、風を司るセイクリッドウインドが出現。続く黄色の閃光とともに、

「私もいますよ」

と魅力的なドリームキャンディも舞台に姿を現した。

「さぁ、降りてきなさい、モンシロ女」

とドリームキャンディが迫る。

モンシロ女はその要求を冷笑して返した。

「空を飛べないお前たちには興味ないわ。ミラクルナイト、さぁ、私と空の舞台で踊りなさい」

と挑発する。

ミラクルナイトは誇り高く

「わかったわ」

と返答し、美しいミラクルウイングを広げる。しかし、セイクリッドウインドが先に動く。

「地面に叩きつけてやる!」

と宣言し、扇のような武器ガストファングを振り回し、強力な竜巻を作り出した。

しかし、モンシロ女はその竜巻に飲み込まれたが、風に乗りながら優雅に、その中を縫うように舞った。

「蝶は台風に載って大海を移動するって知らないの?」

モンシロ女は竜巻をやり過ごし、得意げにセイクリッドウインドを見下す。

ドリームキャンディは次の一手を打つ。

「それなら私が!」

と声を上げて、空高く跳ね上がり、鞭のような武器キャンディチェーンを振り回した。しかし、モンシロ女はこれも軽々と交わし、ドリームキャンディに強烈な回し蹴りを繰り出した。瞬く間に地上に叩き落とされるドリームキャンディ。

「降りてきて正々堂々と勝負しなさい!」

セイクリッドウインドが再びアタックする態勢をとる中、

「モンシロ女の相手は私がするわ」

とミラクルナイトが宣言。セイクリッドウインドとドリームキャンディの二人を制して、空に舞い上がる。

「奈理子さん、気を付けてください!」

地に倒れたドリームキャンディが、空高く舞うミラクルナイト、その正体である奈理子の淡いブルーのショーツを見上げながら叫んだ。


水都の空に舞い上がるミラクルナイトの姿は圧巻だった。しかし、風のせいでスカートが揺れ、彼女の白く綺麗な太腿と淡いブルーのショーツが露になる一幕も。もっとも、地上で戦いを見守る市民からはスカートの中は丸見えである。しかし、彼女はそのことに気を取られることはなかった。その冷静な目はただモンシロ女の動きだけを追っていた。

ビル群が立ち並ぶ水都の上空。彼女の得意技、ミラクルシャインブラストはこの環境では簡単には放てない。したがって、肉弾戦が避けられない。モンシロ女へと急接近するミラクルナイト。しかし、モンシロ女は空中でのバトルに慣れているかのように、ヒラヒラと舞い、ミラクルナイトの連続するパンチを見事に交わす。そして、彼女の隙を突いて強烈な蹴りを放つ。その瞬発的な動きの繰り返しに、ミラクルナイトはタイミングを見失ってしまう。

地上から、そして声は聞こえないがビルの窓の内側から、水都の市民たちがミラクルナイトに向けて声援を送る。彼女の姿がモンシロ女の技に翻弄されるたび、心配の声が高まる。

突然、ミラクルナイトの背中に鋭い蹴りが突き刺さり、ビルの壁に叩きつけられた。外壁のタイルが崩れ落ちる。

「あぅ…」

喘ぎながら壁にもたれるミラクルナイト。しかし、彼女の闘志はまだ消えていない。

モンシロ女は勝ち誇ったように彼女の顎を掴み、残忍な笑みを浮かべながら囁く。

「身包み剥いで晒してやろうかしら。」

だが、その言葉にミラクルナイトの瞳は更に鋭くなった。

「やっと捕まえたわ」

と声を弾ませながら、彼女はモンシロ女の腕を掴み、強力な力でモンシロ女をビルの壁に叩きつけた。


ビルとビルの間を舞い、空を舞台に戦う二人の白い戦士。

「私をビルにぶつけるなんて許さないわ…」

モンシロ女の声に、煮えたぎる怒りがこもっていた。彼女の翅から放たれる鱗粉は、危険な美しさを放っていた。

「フェアリーシールド!」

突如として、ミラクルナイト突き出した掌の周りに水色の光のバリアーが広がった。モンシロ女の放った鱗粉は、この光の壁に触れるや否や、ただの光となり消滅していった。驚くモンシロ女。

「ミラクルヒップストライク!」

続くミラクルナイトの技は、自慢のヒップアタック。その一撃はモンシロ女を弾き飛ばし、彼女は背を向けることとなった。

しかし、捕まえたと思ったミラクルナイトの前に、ヒラヒラと舞い踊るモンシロ女の姿が再び現れる。追いかけるミラクルナイトだったが、空中の戦いではモンシロ女が上手だった。それでも、彼女の闘志は決して揺らがない。

水都のビルの谷間を疾走する二人。昔の敵、トンボ男のように速いわけではない。だから、ミラクルナイトはハイキックでモンシロ女に一撃を浴びせることができた。しかし、その一撃を受けたモンシロ女は更なる怒りを爆発させ、ミラクルナイトを壁に打ちつける。壁の外装パネルが剥がれ落ちたが、ミラクルナイトの心には以前の敵、クワガタ男のような恐怖は感じなかった。こんな戦いでは溺れない、物足りない。劣勢ではあるが、逆に、彼女の中には確実に余裕が芽生えていた。

モンシロ女の再びの体当たり。しかし、ミラクルナイトは直感で上へと身をかわし、モンシロ女はそのままビルに突っ込んだ。その瞬間、ミラクルナイトの右足が眩しく輝き、「これで決める!」という決意とともに放たれたミラクルキック。だが、それを避けたモンシロ女はまたしても背を向ける。

二人の戦いは、まだ終わらない。


都市のシルバーグレーのビル群が立ち並ぶ中、空中を舞う二人の戦士の追跡戦が繰り広げられていた。ビルの角を曲がった先、ミラクルナイトはモンシロ女の姿を見失った。

少しの静寂。

ビルのガラス壁、ミラーガラスに映る自身の姿に目を留めるミラクルナイト。風に舞う頭のリボンと黒髪、そしてスカート。淡いブルーのショーツと、そこから伸びる細い脚。華奢な身体であるが、ただの可愛いだけが取り柄の戦士ではなく、その目には不屈の闘志が燃えていた。奈理子、彼女のもう一つの名前は、その瞬間、自分の真の力を認識した。

と、その瞬間、白い壁のビルからモンシロ女が如き嵐のごとく飛び出してきた。ミラクルナイトは、モンシロ女のこの隠れる術に完全に驚かされた。瞬く間に距離が詰まり、彼女はガラス壁に押し付けられた。ヒビが入る音が耳に響いた。

「あんたに負けると、アゲハ女とアリ男に笑われるのよ!」

モンシロ女の声は絶望と怒りで震えていた。

「そんなの私の知ったことじゃないわ!」

ミラクルナイトは力を振り絞り、ガラス壁が崩れると同時に、意外な技、頭突きをモンシロ女に叩き込んだ。モンシロ女は悲鳴を上げ、再び距離をとるために飛び立った。

ミラクルナイトの視界が開けた。広い道路の上。彼女の目には、モンシロ女の背後にビル群の間に開けた空間が映った。

「ミラクルシャインブラスト!」

と連続で掌から水色の光弾を放つが、モンシロ女は踊る蝶のように避けていた。

「当たれー!」

ミラクルナイトは尚も光弾を連射する。

ついに一発、モンシロ女の背に命中した。モンシロ女の動きに一瞬の鈍さが生まれた。

水色の光が彼女を包み、ミラクルナイトはその光を集めた両手を天に掲げる。

「これで最後よ」

という宣言とともに、彼女はリボンストライクの体勢に入った。

決着の時が迫っていた。


都市の空を埋め尽くすビルの影の中、空中の戦いの行方を固唾を飲んで見守る人々。彼らの期待は、淡いブルーのショーツを見せるミラクルナイトが勝利することにかけられていた。だが、その期待を裏切るかのような出来事が。

ミラクルナイトがそのリボンストライクを放とうとした刹那、空中の彼女に向けて地上から眩しい光が放たれた。その光の正体はシオマネキ女の電磁波光線。その力にミラクルナイトは撃たれ、空から落下していく。

「よくやった、シオマネキ女。モンシロ女は僕に任せろ」

とウミウシ男がモンシロ女を追う。彼のターゲットは、力尽きて空を飛べなくなったモンシロ女だった。モンシロ女の高度が徐々に落ちている。

「奈理子さん!」

地上に降り注ぐ彼女をしっかりと受け止めたのは、ドリームキャンディだった。しかし、ミラクルナイトはすでに気を失っていた。

そんな中、セイクリッドウインドが状況を打破するため、シオマネキ女の前に立ちはだかる。

「よくも奈理子をやってくれたわね」

とガストファングを構えるセイクリッドウインド。

「あんたも喰らってみる?」

と電磁鋏で挑発するシオマネキ女。

そこへウミウシ男が、気を失ったモンシロ女を抱えて割って入る。

「引くぞ、シオマネキ女」

と一言。セイクリッドウインドの

「待ちなさい!」

の叫びを背に、ウミウシ男とシオマネキ女は姿を消した。

そして、ミラクルナイトが意識を取り戻すと、彼女の視界に入ったのはドリームキャンディの心配そうな顔だった。

「ドリームキャンディ、モンシロ女は?」

セイクリッドウインドが近づいてきて、

「ゴメン。逃げられた」

今回の戦いの結果を告げる。

「今日の奈理子さん、格好良かったですよ」

とドリームキャンディ。

「可愛いだけじゃいられないもんね」

ミラクルナイトの冗談混じりの返答に、ドリームキャンディの目は潤んでいた。

そして、その情熱的な瞬間、

「可愛いし、強いし、奈理子さん、最高ですよ!」

ドリームキャンディがミラクルナイトを抱きしめると、都市の市民からの温かい拍手がヒロインたちに届いた。その拍手は、彼女たちの勇気と希望に対する感謝だった。

第87話へつづく)

あとがき