DUGA

ミラクルナイト☆第223話

◆鄙野・コマリシャスのアパート

トタン屋根を叩く小雨の音が、夜の鄙野を包んでいた。
築古の1Kアパート。その一室――散らかった床の上には、魔法陣の焦げ跡。

ナメクジスプレーも消えちゃって……次はどうしよう?」

低い声でつぶやくのは、紗理奈。
その隣で、タンポポタイがうなだれた。

「せっかくの作戦だったのに……スライム人間が邪魔したせいだ!」

「スライム人間?」

とニセミラクルナイトが首を傾げる。

「スライム男のことよ」

紗理奈がニセミラクルナイトに微笑みかけた。

「スライム人間が水都の守護神の味方になるなんて……」

コマリシャスがため息をつく。
彼女は10歳ほどの幼女の姿をしていたが、表情は険しく、魔界の支配者としての威厳を漂わせていた。

「私の完璧な“信用失墜作戦”を台無しにするなんて……スライム風情が!」

机の上のチョコスティックをバンッと叩き折る。

「姫様、どうかお怒りをお鎮めください」

じいやがそっと紅茶を差し出すが、コマリシャスは口をつけなかった。

「私は……姫様のために戦いました」

床に正座しているニセミラクルナイトが、静かに言葉を紡ぐ。

「水都の人々は、私を“本物”だと信じかけていました。ですが、スライム人間の介入で全てが台無しに……」

「あなたの働きは認めてるわ」

紗理奈が優しく微笑む。

「けど、あのスライム男は本当に厄介。ライムって言うのよ、奈理子の彼氏」

「彼氏……? ライムのことは知っています」

ニセミラクルナイトの瞳が揺れる。奈理子の記憶が断片的にある彼女は、ライムとの情事が頭をよぎったのだ。

「はい。奈理子の力を吸い取って自分の分身を作れる男です」

とじいや。

「ふん。だったら、次はその彼氏もまとめて叩き潰してあげればいい!」

とタンポポタイが拳を握る。

「そうね……」

コマリシャスは椅子から立ち上がる。
小さな体が闇の中で光を放ち、足元に魔法陣が浮かび上がった。

「魔界のプリンセス・コマリシャスの名において――
 オナモミ玩具の拳銃の魂よ、今ここに現れよ!」

魔法陣が轟き、埃っぽい部屋に閃光が走る。
床の上に、棘だらけの緑の球体が転がり、そこからギチギチと音を立てながら、拳銃の形をした右腕を持つ異形の魔物が立ち上がった。

「オナモミテッポウ、参上ッ!」

ピストルのシリンダーをクルクルと回し、威嚇するように煙を吐く。
その背中には、無数のトゲのようなオナモミの実が揺れていた。

「おおー!カッコいいじゃん!」

とタンポポタイ。

「この者なら、ニセミラクルナイトの護衛にもってこいでございますな」

とじいや。

コマリシャスは小さく頷いた。

「次の作戦では、“本物のミラクルナイト”を再び打ち倒して。
 人々に“偽物”の方が本物だったと完全に思わせるのよ」

ニセミラクルナイトは立ち上がり、静かに胸に手を当てた。

「はい、プリンセス。次こそは必ず……本物を倒します」

「そう、それでこそ私のミラクルナイトね」

コマリシャスは小さな唇に不敵な笑みを浮かべる。

「水都を征服するのはもうすぐよ。――オナモミテッポウ、出撃準備!」

「ラジャーッ!」

魔物の右腕が金属音を鳴らし、銃口が光を宿す。

タンポポタイが歓声を上げ、紗理奈は冷静に状況を見つめ、
じいやは静かに紅茶を飲み干した。

そして、コマリシャスの瞳に燃える炎――
それは、次の“水都侵攻作戦”の幕開けを告げる光だった。


◆水都神社・応接室

障子の向こうから聞こえる風鈴の音。
水都神社の応接室には、静かな緊張と、どこか妙な空気が漂っていた。

テーブルを囲むのは、水都の守護神ミラクルナイト=野宮奈理子、風の戦士セイクリッドウインド=風間凜、
中学生戦士ドリームキャンディ=杉原寧々、そして神主の息子・大谷。

「――それで、今回の騒動についてだが」

大谷が咳払いしながら切り出すと、奈理子は俯いたまま、しょんぼりと声を絞り出した。

「……市民が、私のことを……偽物の方を、応援してたんです……」

沈痛な空気が一瞬、部屋に満ちる。
寧々は思わず眉をひそめ、凜は困ったように奈理子の肩に手を置いた。

「奈理子、気にすることないわ」

「でも……“奈理子ちゃん、今日も可愛い!”とか、“偽物の奈理子の方が清楚!”とか言われて……」

奈理子の声が震える。

凜は小さくため息をつき、優しく奈理子の手を取った。

「偽物でも奈理子が可愛いのは仕方ないことよ。本物が可愛いんだから」

奈理子は顔を上げ、涙の中に笑みを浮かべる。

「凜さんも……可愛いですよ」

「ふふっ、ありがとう。でも私はもう23歳のお姉さんだから」

「お姉さんでも可愛いです!」

「奈理子も、可愛い」

「凜さんの方が可愛い!」

「いやいや、奈理子の方が絶対可愛い!」

テーブルの向こうで、寧々が両手で頭を押さえた。

「……もう、真面目に考えてください!」

「でも寧々ちゃん、偽物が市民に支持されるなんて、黙ってられないでしょ?」

「そうよ、私たちヒロインは正義と可愛さで生きてるんだから!」

凜と奈理子は顔を見合わせ、同時にこぶしを突き上げた。

「私たち――」

「パンチラヒロイン!!」

ドヤ顔で声を合わせる二人。

「……そんなに胸張って言うことですか……」

寧々が冷ややかに呟く。

「いや、胸張らなきゃやってられない?」

と凜。

「私たち、スカート短いですし!」

と奈理子。

「……いったい、何の会議してるだ?」

大谷が額を押さえた。

「決まってます!」

奈理子は立ち上がり、勢いよく制服のスカートを翻す。

「パンチラと友情と正義の名にかけて、ニセミラクルナイトを倒します!」

「そうよ!」

も拳を掲げる。

「水都の二大パンチラヒロイン、ここに誓う!」

「ダブルパンチラ最強!!」

二人が揃って叫ぶと、応接室の障子がガタガタと震えた。
外で掃除していた巫女たちが顔を見合わせ、

「またやってるわね……」

と囁く。

大谷は深いため息をついた。

「……はぁ。パンチラが最強なら、戦略会議なんかいらないな」

「パンチラも正義の象徴です!」

と奈理子。

「正義は時にスカートの中にあるのよ!」

と凜。

「………………」

校則通りに制服を着こなしている寧々は椅子にもたれて天井を見上げた。

「本当にこの人たち水都の守護神なんでしょうか……」

その瞬間、障子の外で雷が鳴り響いた。
空が不穏に唸る。
――それは、次なる戦いの予兆だった。


◆鄙野・コマリシャスのアパート

そのころ、鄙野では――
遠くで雷鳴が轟くたび、老朽化したアパートの蛍光灯がチカチカと瞬く。
魔界のプリンセス・コマリシャスは、ちゃぶ台の上に置かれた作戦地図を見つめていた。

「次の舞台は、水都の噴水広場よ」

淡いピンクのペンで地図を指しながら、コマリシャスが呟く。

「今日こそ“本物のミラクルナイト”を完全に失墜させる」

傍らでは、紗理奈がスマホでニュースを見ていた。

「すでにマスコミは“二人のミラクルナイト現象”で盛り上がってる。ここに新たな戦いをぶつければ、市民は混乱してパニックになるわ」

「人間って本当にバカよね」

コマリシャスは小さな足をブラブラとさせながら、無邪気に笑った。

「どっちが本物かなんてどうでもいい。ただ派手な方を信じるんだもの」

「姫様、準備が整いました」

じいやが襖を開け、頭を下げた。

その背後には、先ほど魔界から召喚された新たな魔物――
オナモミテッポウが仁王立ちしていた。

「バンバン! 狙い撃ちなら任せてくれやす!」

ギラリと光る右腕のリボルバーを回しながら、軽薄な笑みを浮かべる。

「ターゲットは水都の白い守護神、ミラクルナイトでいいんスよね?」

「うるさいのね、あんた」

コマリシャスがあくびをする。

「ニセミラクルナイトのサポートが任務よ。彼女の足を引っ張ったら、今度はお前を花壇の肥料にするからね」

「ひ、肥料はゴメンだぜ……! 姐さん(=ニセミラクルナイト)を守るのが俺の仕事っス!」

オナモミテッポウは敬礼し、背中のトゲをピシッと立てた。

「……姐さん?」

と紗理奈が苦笑する。

「まるでヤクザの子分ね」

ちゃぶ台の反対側で正座していたニセミラクルナイトが、静かに立ち上がった。

「姫様、作戦の目的をもう一度」

「簡単よ」

コマリシャスはスプーンでプリンをすくいながら言った。

「あなたが“本物のミラクルナイト”を打ち倒す。
 そして、市民の前で宣言するの――
 “水都を守るのは、弱い奈理子ではなく、私だ”ってね」

「了解しました」

ニセミラクルナイトの瞳が淡く光る。

「今回は気を付けて。いつもの二人に加えて、スライム男も……ライムも出てくるかもしれないわ」

紗理奈が警告すると、ニセミラクルナイトは頷いた。

「彼が来ても……私は負けません。
 本物を超えることで、私は私の存在価値を証明します」

「ふふっ、いい子ね」

コマリシャスは笑い、両手を叩く。

その瞬間、床一面に青白い魔法陣が浮かび上がった。
窓の外では雷鳴が再び響く。

「さあ――出撃よ!」

「ラジャー! バンバン! ターゲット・ロックオンッ!」

オナモミテッポウが右腕の銃口を回転させ、床を撃ち抜くように放つ。
銃口から放たれた光弾が魔法陣に吸い込まれ、ニセミラクルナイトの背に水色の羽根が展開した。

「行きます――水都を、闇に染めるために!」

「オナモミ、護衛しなさい!」

とコマリシャス。

「バンバン了解ッス!!」

二人の姿は光に包まれ、消えた。
残されたのは、カップの底に残ったプリンと、

「また部屋が焦げ臭くなったわねぇ……」

と呆れる紗理奈とタンポポタイのため息だけ。

窓の外、稲光が夕焼けを切り裂く。
――水都に、再び“偽物の守護神”が舞い降りる。


◆水都公園・噴水広場

夕暮れの噴水広場。
街路樹の影が長く伸び、仕事帰りの市民や学生たちが行き交う時間。
突然、空を裂くような閃光が走った。

「うわっ、なにあれ?!」
「光ってる! 上から人が……!」

白いスカートと水色のリボンが、沈む夕陽を受けてきらめく。
ミラクルナイト――いや、ニセミラクルナイトが空から舞い降りたのだ。

「奈理子ちゃんだ! 本物だ!」

「やっぱり水都の守護神は彼女しかいない!」

市民が歓声を上げる。
昨日の騒動を忘れたかのように、人々はスマホを掲げ、カメラを向けた。
SNS上でも瞬時に

「#ミラクルナイト再び」
「#天使降臨」

がトレンド入りする。

そのとき、地面のマンホールがボコンと音を立てて開き、
中から粘液と共に一体の魔物が飛び出した。

「ヌルヌル〜……我が名はオナモミテッポウ!」

右腕のリボルバーをクルクルと回しながら、ニヤリと笑う。
全身にオナモミのトゲをまとった奇怪な姿。

「俺の粘弾(ネンバン)で、水都をトゲトゲに染めてやるぜぇ!」

「オナモミテッポウ……ね。面白い名前」

ニセミラクルナイトは冷たく微笑み、スカートを翻した。

「でも、あなたはここで終わりよ。私は水都の守護神、ミラクルナイト!」

――ドンッ!

ニセミラクルナイトの掌から放たれた水色の光弾が、夕暮れの空気を裂く。
直撃を受けたオナモミテッポウはよろめきながらも、笑っていた。

「なかなかやるじゃねえか、“本物”の奈理子さんよぉ」

「何を言っているの?」

「バンバンッ! 褒め言葉だよ、姐さん!」

ドン!ドン!と続けざまに発砲。
オナモミの種弾が噴水広場の床を弾き、地面がヌルリと変質していく。

「やめて! ここは市民の憩いの場所なのに!」

ニセミラクルナイトが光弾を放ち、オナモミテッポウの射線を逸らす。

だがその一瞬――
粘着弾が広場のステージに着弾し、舞台が一気にオナモミのトゲ畑へと変わった。

「きゃー! 服がくっつく!」
「ヌルヌルして取れないー!」

悲鳴と笑いが入り混じる。

そんな混乱の中でも、

「奈理子ちゃん、頑張れー!」
「ミラクルナイト、負けるな!」

――熱狂的な声援が鳴り響いた。

「……これが人間の愚かさなのね」

ニセミラクルナイトは冷ややかに笑う。

◆水都神社・応接室

そのとき、防災スピーカーから警報が鳴った。
巫女の制服姿の凜が、神社の通信機で映像を確認している。

「……また出たわね、偽物のミラクルナイト」

隣で制服姿の奈理子が拳を握る。

「凜さん、行きましょう!」

「寧々、準備はできてる?」

「もちろんです。今度こそ、正真正銘の本物を証明してみせます!」

凜、奈理子、寧々の三人は神社の境内で立ち上がった。
西の空が茜色から群青に変わる。

「行くわよ、水都の守護神チーム――出動!」

風が巻き起こり、
三人の姿はそれぞれの光に包まれて消えた。

◆水都公園・噴水広場

噴水広場では、ニセミラクルナイトが空に向かって笑っていた。

「来るのね……“本物”が」

彼女の背で、オナモミテッポウのリボルバーがチャキンと音を立てた。

「バンバン! 撃ち落としてやるぜ、姐さん!」

「いいえ――私が倒すの。
 ミラクルナイトは二人もいらない」

夜風が吹き抜け、
偽物と本物がついに再び相まみえる瞬間が迫っていた。


◆噴水広場の決戦

夜の帳が落ち、水都市民の憩いの場――噴水広場は戦場へと変わった。
街灯と噴水のライトアップが交錯し、霧状の水しぶきが七色に輝く。
その中央に立つのは、白いリボンを揺らすニセミラクルナイトと、リボルバーを構えるオナモミテッポウ

「本物の“水都の守護神”が来るわ」

ニセミラクルナイトの瞳が鋭く光る。

次の瞬間、風が渦を巻いた。
緑の光の粒子が広がり、風を纏った戦士が舞い降りる。

「風の戦士――セイクリッドウインド、参上!」

その隣に、オレンジ色の光が弾ける。

「スウィーティーなキャンディの甘さで、散らせてあげます! 中学生戦士――ドリームキャンディ!」

最後に、水色の光が地面を照らした。

「水都の守護神――ミラクルナイト!」

三人の戦士が揃い踏みした瞬間、
噴水広場の空気が一変する。

「うわーっ!」
「三人とも来たぞ!」
「トリプルヒロイン共演だ!」

集まった市民が歓声を上げる。スマホのライトが星のように輝き、SNSのライブ配信が爆速で拡散していく。

しかしその熱狂の中、ニセミラクルナイトは冷たく笑った。

「残念ね……その中に、本物は一人しかいないのよ」

「また出たな、偽物!」

セイクリッドウインドが構えを取る。

「奈理子を貶めて、市民を惑わすなんて許せない!」

「あなたこそ、“老け顔ヒロイン”として人気上昇中らしいわね?」

挑発に、凜の眉がピクリと動いた。

「誰が老け顔よ!!」

風が一気に爆ぜ、ガストファングが光を放つ。
ニセミラクルナイトはひらりと宙に舞い、風圧をかわした。
その着地と同時に、オナモミテッポウがリボルバーを構える。

「姐さん、狙いはどれッスか?」

「甘そうなのから」

「バンバンッ!」

粘着弾が一直線にドリームキャンディへ。

「うわっ!?」

キャンディチェーンで弾き飛ばす、弾丸が弾けて粘液が飛び散る。

「ヌルヌルで動けなぁい!」

「ドリームキャンディ!」

ミラクルナイトが助けに向かうが、その前にニセミラクルナイトが回り込み、道を塞ぐ。

「どこへ行くの、奈理子?」

「あなたは……私の偽物なんかじゃない! ただの人形よ!」

「人形、ね……」

ニセミラクルナイトは口元だけで笑い、
両手を広げた。

ミラクル・シャインブラスト!

光弾が炸裂し、ミラクルナイトの目前で爆光が弾ける。

「うあっ……!」

吹き飛ばされ、噴水の縁に叩きつけられるミラクルナイト。

「奈理子ーっ!!」

セイクリッドウインドが風を纏い、敵の間に割って入る。
ガストファングを翻し、ニセミラクルナイトの光弾を切り裂いた。

「どっちが本物でもいい。
 私は、仲間を傷つける奴を絶対に許さない!」

「強がりを言うオバサンって、見てて辛いわ」

「オ、オバサンですって!?」

セイクリッドウインドの頭上で風が爆発した。怒りがエネルギーに変わる。

「翠翔烈破ッ!!」

竜巻が夜空へと伸びる――だが、そこにオナモミテッポウの声。

「姐さん、援護射撃ッス!」

オナモミテッポウのリボルバーから、無数のトゲ弾が風に乗って放たれた。

「風の渦に乗せて撃つなんて、やるじゃねえか!」

「チッ……」

セイクリッドウインドは竜巻を解き、弾丸を避ける。
風が止んだ瞬間、ニセミラクルナイトが再び前に出た。

「あなたたちは弱い。だから、守るだけのヒロインなの」

「守ることが、弱さだって言うの……?」

ミラクルナイトが息を整える。

「ええ。
 守る者は、いつも泣く運命にあるのよ」

ニセミラクルナイトの水色の瞳が妖しく輝く。
まるで奈理子自身が奈理子を嘲笑うように――。

「奈理子、立って!」

セイクリッドウインドの叫びが響く。

「立つんだミラクルナイト! 市民はあなたを信じてる!」
凜の声に応えるように、噴水の光が一瞬だけ強くなった。

「……負けない!」

ミラクルナイトはふらつきながらも立ち上がる。

「この街を、あなたなんかに渡さない!」

「面白い」

ニセミラクルナイトが微笑む。

「じゃあ、どっちが“本物の奇跡”か、決めましょう」

広場の空気が凍りつく。
観客も息を呑んだ。
白と白――二人の“ミラクルナイト”が、光と闇をまとって再びぶつかり合う。


◆噴水広場・夕闇の乱戦

夜の水都に、二つの光が舞う。
白い翼をはためかせ、ミラクルウイングを広げて空へと駆け上がる二人の少女――
白と水色に輝く“本物のミラクルナイト”と、
同じ姿で冷ややかに笑う“偽のミラクルナイト”。

「何これ!? 二人とも奈理子に見える!」

「どっちが本物なの!?」

噴水広場の市民たちは、上空を見上げながらスマホを構え、
SNSのライブコメントが瞬く間に流れ始めた。

「どっちも天使!」
「白いパンツが奈理子!」
「いや、少し汚れた方がリアルだろ!」
「空中戦でパンチラとか尊すぎる……!」

ドリームキャンディは思わず頭を抱えた。

「もう! この状況で盛り上がらないでよ!!」

「こっちからじゃ、どっちが本物か分からない……」

セイクリッドウインドも冷静に見極めようとするが、
空中でスカートが翻るたび、どちらの奈理子のパンツも光を反射して見分けがつかない。

「これじゃ援護できないじゃないの……!」

ドリームキャンディは歯を食いしばる。

そのとき、市民のひとりが叫んだ。

「弱い方が奈理子だ!」
「確かに……やられてる方が本物っぽい!」
「うん、奈理子はいつも負けてるもん!」

広場にざわめきが走る。
その言葉に、セイクリッドウインドが頷いた。

「……弱い方が奈理子。たしかに説得力あるわ」

「本当かな……?」

不安げなドリームキャンディだが、
上空では優勢なミラクルナイト(=実は本物)が光弾を放ち、
劣勢のもう一人(=偽物)が巧みに受け流している。

「奈理子さんを助けなきゃ!」

ドリームキャンディは、優勢な方を敵だと判断。

「えいっ!キャンディ・チェーン!!」

オレンジ色の鞭が閃光となって空を走る。
直撃。

「きゃあぁッ!!」

悲鳴が夜空に響き、光の尾を引いて一人のミラクルナイトが地上に墜ちていく。

噴水の縁に激しく叩きつけられ、白いスカートがめくれ上がる。
そこに見えたのは――まばゆいほどに清らかな白

「うおおおっ、純白だ!!」
「やっぱりこっちが奈理子ちゃんだ!」
「”純白の天使”が落ちたぁぁぁ!!」

熱狂と悲鳴が入り混じる中、
ドリームキャンディは口を押さえた。

「あっ……やっちゃった……」

セイクリッドウインドが目を丸くする。

「え? 倒した方が本物……? 今日に限って奈理子が勝ってたの!?」

「うふふっ、やっぱり可愛いねぇ」

高らかな笑い声が夜空に響く。

空の上では、ニセミラクルナイトとオナモミテッポウが余裕の笑みを浮かべていた。

「バンバン! これで“正義の味方”も仲間割れッスね、姐さん!」

「ふふ……“天使”も地に堕ちる。
 本物を倒すのは、この私――“偽りの奇跡”よ」

ニセミラクルナイトが背中の翼を広げ、
黒く光るミラクルウイングを羽ばたかせる。

「さあ、ショーの続きを――始めましょうか」

夜の風が吹き抜け、噴水の水柱が揺らめいた。
“奇跡”と“偽り”の境界が、完全に曖昧になっていく――。


◆噴水広場・黒の翼、降臨

「奈理子、しっかりして!」

セイクリッドウインドが駆け寄り、噴水の縁に倒れたミラクルナイトを抱き起こした。
白いリボンが泥に濡れ、彼女の頬には小さな傷が走っている。

「……凜さん……ごめんなさい……」

かすれる声が風に溶けた。

「奈理子さん! 偽物は、私が倒します!」

ドリームキャンディの瞳が、真っすぐにニセミラクルナイトを射抜く。
その姿は、まるで光そのもの。
中学生戦士――しかし彼女の決意は誰よりも固かった。

「じゃ、引っ付き虫は私がやるね。奈理子は休んでて」

セイクリッドウインドがガストファングを構え、オナモミテッポウを睨み据える。
風がざわめき、噴水の水面が小刻みに揺れた。

「ふふっ、奈理子と全く同じ姿の私を倒せるかしら?」

ニセミラクルナイトがスカートを翻し、空へと舞い上がる。

「姐さん、2人まとめてやっちまおうぜぇ!」

オナモミテッポウのトリガーが光り、弾丸が風を裂く。

その瞬間――

ピンク色の光弾が、夜空を裂いた。
直撃。

「ぐぁっ……!?」

ニセミラクルナイトが悲鳴を上げ、地上へ叩き落とされる。

「ピンクの光弾? まさか……!」

ドリームキャンディが息を呑む。

視線の先――噴水の向こう側、街灯の上にひとりの少女が立っていた。
黒とピンクを基調にしたコスチューム。
胸のリボンが微かに光り、風に髪を揺らす。

「……ブラックナイト!」

「奈理子が三人!?」
「なんだこれ、奇跡トリオか!?」

市民の歓声が一斉に沸き起こる。

黒の騎士は、静かに跳躍し、ニセミラクルナイトの前に降り立った。

「偽物の相手は――私がするわ」

地に倒れたニセミラクルナイトは、悔しげに顔を上げる。

「お前だって、スライムで造られた偽物のくせに……!」

ブラックナイトは淡く笑い、指先をスッと掲げた。

「私は、新鮮な奈理子の体液で造られた。
 カラカラに乾いた奈理子の体液で造られた“あなた”より――ずっと強いのよ」

広場が一瞬、静まり返った。
誰もがその言葉を理解するまでに、数秒を要した。

「ら、ライム先輩は……どうやって奈理子さんの体液を採取してるんですか?」

無邪気に尋ねるドリームキャンディ。

「そ、それは……!」

ミラクルナイトが真っ赤になって言葉を詰まらせる。

「中学生は、そんなこと知らなくていいの!」

セイクリッドウインドが慌てて遮った。

「奈理子が3人!?」
「本物はどれ!?」
「偽物同士の戦いとか最高すぎる!!」
「黒ナイト推しに乗り換えるわ!」

市民のボルテージが最高潮に達する中、
オナモミテッポウが舌打ちをした。

「チッ、また増えやがったか……!」

「姐さん、どうするッス?!」

「いいわ――上等よ」

ニセミラクルナイトはゆっくりと立ち上がる。
その背中から、漆黒のウイングが再び広がった。

「偽物でも構わない。
 “奈理子”という存在は、私が一番美しく証明してみせる!」

「それは違うわ」

ブラックナイトの声が低く響く。

「美しさは、誰かのために戦う心から生まれるの」

2人のミラクルナイトが向かい合い、
白と黒、光と影の光翼を広げた。

風が凪ぎ、街の音が消える。
まるで世界が、この瞬間だけを見つめているかのようだった。

「さあ――決着をつけましょう」

「望むところよ、黒い私!」

二つのリボンが夜空を走り、
ピンクと水色の閃光がぶつかり合った。


◆黒と偽りの奇跡 ― 空を裂く双翼の決戦

夜の噴水広場。
ミラクルウイングを広げた二人の戦士が、光の軌跡を描いて激突した。

「ミラクルシャイン・ブラストッ!」

ニセミラクルナイトの両手から、水色の光弾が連続して放たれる。
高圧の光が夜空を照らし、広場全体が昼のように輝いた。

「防御なんて無駄よ!」

笑みを浮かべ、彼女は次々と弾を撃ち込む。

だが――その光弾が触れる寸前、
黒いミラクルナイトが、掌を前に突き出した。

フェアリー・シールド!

ピンクの防御壁が展開。
光弾が次々と命中し、巨大な花火のような閃光を撒き散らすが、ブラックナイトは一歩も退かない。

「その技、返してあげるわ!」

シールドが弾け、反射光が刃となって飛ぶ。
ニセミラクルナイトは驚き、急上昇して回避。

「な、なんなのよ、あの防御力……!」

ブラックナイトは追う。
風を切る音とともに、夜空を駆け、ピンクの翼が水都の夜景を照らした。

「同じ力を持つなら、勝敗を分けるのは奈理子の純度……」

「そんな理屈、聞き飽きた!」

ニセミラクルナイトが再び両手を掲げる。

「ミラクル・シャイン・ブラスト・シャワー!!」

数十の光弾が雨のように降り注ぎ、噴水広場を白く染め上げる。
地上の観客が一斉に歓声を上げた。

「やばい!花火みたい!」
「空に二人の奈理子ちゃんが舞ってる!」
「黒い方が押してるぞ!!」

ブラックナイトは回避せず、そのまま正面から突っ込む。
光弾の一部が直撃し、コスチュームが焦げる。
だが、彼女は一歩も退かずに突進を続けた。

「ミラクル……ヒップ!ストライクッ!!」

股間にピンクの光が集まり、
翼をたたんで急降下――
ニセミラクルナイトの腹部に渾身の一撃を叩き込む。

「ぐあああっ!!!」

爆光が夜空を裂いた。
ニセミラクルナイトの身体が砕け、水色の光粒となって空に散る。
その断末魔が、空気を震わせた。

地上では、市民の歓声が爆発する。

「勝ったぁーー!黒い奈理子ちゃん最強!!」
「黒奈理子、惚れた!」
「ピンクの光が美しすぎる……!」

静寂のあと、
ブラックナイトはゆっくりと着地し、
息を整えながら空を見上げた。

「あなたの中にも、奈理子の心があったなら……次に生まれ変わるときは、正義の味方としてね」

優しく微笑んだその瞬間――

「姐さん!!!」

広場の隅で、オナモミテッポウがリボルバーを構えていた。

バースト・シードショットッ!!

銃口から無数のトゲ弾が放たれ、空気を切り裂く。
ブラックナイトが振り返ったときにはもう遅かった。

「しまっ――!」

爆ぜる音とともに、ピンクの光が弾ける。
トゲ弾が連鎖的に爆発を起こし、ブラックナイトの身体を貫いた。

「ブラックナイトぉぉぉ!!!」

悲鳴が上がる。ミラクルナイトが伸ばした手は、
崩れ落ちていく黒のヒロインに届かなかった。

ピンクの輝きは霧のように散り、夜風に消えていく。

「やっと静かになったなぁ!」

リボルバーを回しながら、オナモミテッポウが嗤う。

「次は本物の白い天使の番だぜぇ!」

倒れた奈理子の瞳に、燃えるような怒りが戻りつつあった――。


◆噴水広場・奇跡、再び

「へっへっへ……」

オナモミテッポウがリボルバーを回しながら、
白い倒れたミラクルナイトへ銃口を向けた。

「自慢の白いパンツに、オナモミを一杯引っ付けてやるぜぇ……!」

「そうはさせない!」

「奈理子さんを守ることが私たちの使命!」

セイクリッドウインドとドリームキャンディが、
同時に前へ飛び出し、ミラクルナイトの前に立ち塞がった。
セイクリッドウインドのガストファングが風を巻き、ドリームキャンディのキャンディチェーンが閃く。

だが、その背後で――
ミラクルナイトは膝をついたまま、立ち上がることができなかった。
先ほどのキャンディチェーンの直撃で、変身の力が揺らいでいる。

「……体が、動かない……」

その声は、かすかに震えていた。

「奈理子、立てッ!」

鋭く響いた声に、広場がざわめく。
振り向くと――学ラン姿の青年が立っていた。
黒髪をなびかせ、真っ直ぐに奈理子を見つめている。

「ライム……!」

「おぉーっ! 奈理子の彼氏が来たぁ!」
「今日は何人出てくるんだ!? 三人の奈理子に、今度は男まで!」

市民の興奮が最高潮に達する。

オナモミテッポウは舌打ちした。

「チッ、また余計なのが来やがったか……!」

ライムは、奈理子に歩み寄りながら静かに言った。

「奈理子……ミラクルナイトは“奇跡”そのものだろ? 
 こんなとこで倒れてたら、水都の夜が泣くぜ」

ミラクルナイトは顔を上げる。
街灯の光が彼の瞳を照らしていた。

「でも……もう、体が……」

「お前の中の“ミラクル”は、そんなもんじゃないだろ」

ライムはミラクルナイトの胸にそっと手を当てた。

「俺が信じるのは、世界でひとりだけの奈理子だ」

その瞬間――彼の掌から淡い緑のスライムの光が溢れ出す。
それが奈理子の胸元に吸い込まれ、
ミラクルナイトのリボンが淡く輝き始めた。

「……ライム……これは……?」

「ブラックナイトの残した“奇跡の核”だ。
 あいつは消えていない。奈理子の中で生きてるんだ」

市民が息を呑む中、
奈理子の周囲に水色とピンクの光が交じり合って旋回する。

「が、頑張れ奈理子ちゃん!」
「立って! もう一度!」
「俺たちの天使、ミラクルナイトぉーーーっ!!」

歓声が、奇跡を呼び覚ます。

「みんな……ありがとう……!」

ミラクルナイトの瞳に再び光が宿る。

白いリボンが舞い上がり、
水色のウイングが再展開。
胸の宝石が強く脈動し、ミラクルナイトの全身が光に包まれる。

「ミラクル・リ・インカーネーション――!」

眩い閃光が夜空を染めた。
広場に吹き抜ける風が、
再び“水都の守護神”の誕生を告げていた。

立ち上がったミラクルナイトは、
リボンを握りしめ、オナモミテッポウをまっすぐ見据える。

「ブラックナイトの意志、ライムの想い、
 そして……市民のみんなの声援――
 この奇跡、無駄にはしない!」

セイクリッドウインドとドリームキャンディが後方で頷く。

「よし、行きなさい奈理子!」

「奈理子さん、絶対に勝って!」

「行くわよ、オナモミテッポウ!」

白い翼が羽ばたき、夜空へ。
いよいよ――最後の決戦が始まる。


◆水都の空に再び、奇跡は舞う

噴水広場の中心――
水柱が高く噴き上がる夜の光景を背景に、
ミラクルナイトが翼を広げた。

「ミラクルナイト、再起動(リ・インカーネーション)完了。
 これが、本物の“奇跡”よ!」

「へっ、調子に乗るんじゃねぇ!」

オナモミテッポウが吠え、拳銃のトリガーを引いた。
無数のトゲ弾――“オナモミ・シードショット”が雨のように降り注ぐ。

だがミラクルナイトは怯まない。
両腕を交差し、

フェアリー・シールド!

光の防壁が展開され、
トゲ弾が次々と弾かれていく。

「なにっ!? ブラックナイトと同じ技を……!」

「ええ、あの子の想いは、ちゃんと受け取ったわ!
 それに、フェアリーシールドはもともと私の技よ!」

ミラクルナイトの背後で、
セイクリッドウインドが風を巻き起こし、
ドリームキャンディがキャンディチェーンを構える。

「奈理子さん、行ってください!」

「風はあなたの背を押す!」

「ありがとう……!」

ミラクルナイトは地を蹴った。
水飛沫が光を受けて弧を描く。
その姿に、市民が再び息を飲んだ。

「立ち上がったぞ! ミラクルナイトだ!」
「白い翼が光ってる!」
「奈理子ちゃん頑張れぇぇぇっ!!」

「うるせぇぇぇぇぇ!!!」

怒号と共に、オナモミテッポウが左腕の銃口を構えた。

「バースト・シードショット・フルチャージ!」

両腕のリボルバーが回転し、
金属の火花が宙に散る。

ミラクルナイトは空へ跳び上がった。

「リボン・ストライク……!」

風と光が集まり、
彼女の周囲を水色の帯が旋回する。

「これで終わりよ――!」

「バースト・シードショット・マキシマム!!!」

放たれた弾丸の嵐と、
ミラクルナイトの光のリボンが激突する。
爆風が噴水を吹き飛ばし、
夜空が白く染まるほどの閃光。

――数秒の静寂。

やがて、光の中から現れたのは、
空を舞うミラクルナイトの姿だった。
そのリボンが、まるで聖なる縄のように
オナモミテッポウの体を縛り上げている。

「な、なんだこの力はぁぁぁぁぁッ!」

「ミラクル・リボン・ストライク――!」

リボンが閃光となって弾け、
オナモミテッポウの体が光の粒子に変わっていく。

「姐さ……ん……!」

消えていく声を最後に、
噴水広場に静寂が戻った。

水柱の上、
ミラクルナイトがゆっくりと着地する。
光の羽が消え、白いコスチュームが夕暮れの風に揺れた。

「……終わった……」

その声に、凜と寧々が駆け寄る。

「よく頑張ったわね、奈理子」
「お疲れさまです、奈理子さん」

奈理子は微笑み、
市民の歓声に小さく手を振った。

「ミラクルナイト最高ー!」
「やっぱり奈理子が本物だ!」
「あの笑顔……本当に天使だよ!」

ライムが一歩前に出て、
奈理子の肩にそっと手を置いた。

「よくやったな、奈理子。
 ……お前の“奇跡”は、本物だ」

奈理子は彼に微笑み返す。
「ううん、みんなのおかげだよ。
 ライムが、ブラックナイトが、
 そして……市民のみんなが支えてくれたから――」

噴水の水音が静かに流れ、
空には星が一つ、瞬いていた。


◆鄙野の夜、魔界のプリンセスの怒り

鄙野のアパート――
街の灯が遠くに瞬き、部屋の窓からは湿った風が流れ込んでいた。

「……ニセミラクルナイト、オナモミテッポウ、二人とも帰還せず、か」

紗理奈が淡々と報告する。
机の上には、魔法陣の残滓がまだうっすらと光っていた。

「ふざけないでよぉぉぉ!」

コマリシャスが小さな足で床をドンと踏み鳴らす。
ぬいぐるみのような姿からは想像できない怒気が漂う。

「せっかく可愛く作ったニセミラクルナイトも、あのオナモミテッポウも……!
 なんで、なんでいつもあの奈理子に邪魔されるのよぉ!!」

「落ち着いて、コマリシャス」

紗理奈が宥めるように声を掛ける。

「今回の作戦で、ミラクルナイト同士の対立は確かに市民の関心を引いた。
 結果的には失敗でも、心理的動揺は残せたはずよ」

「うぅぅ~ん……紗理奈は優しいけど、慰め方が下手なの!」

コマリシャスは椅子に飛び乗り、腕を組んでプイと顔を背ける。

「プリンセス、そんなに落ち込まないでください!
 ニセ奈理子ちゃん、可愛かったですよ! あのひらひらのスカート……」

タンポポタイが夢見心地で呟く。

「タンポポタイ! その話はやめて!!」

紗理奈が即座に叱責する。

「じいや、じいやはどう思う?」

コマリシャスが椅子の背にちょこんと座り直し、
窓際に立つ老執事を見上げた。

「……世の中というものは、姫様。
 真似事では本物に勝てぬよう出来ております」

じいやは静かに言葉を紡いだ。

「見た目が同じでも、心まで似せることはできませぬ。
 その違いこそが“奇跡”なのでございましょう」

「……奇跡、か」

コマリシャスの赤い瞳が、ほんの一瞬だけ翳った。

「でもね、じいや。あの“奇跡”を壊したら、
 人間たちはどうなると思う?」

「……姫様、それは……」

コマリシャスは立ち上がり、窓の外の夜景を見つめる。

「次はもっと本物っぽい“奇跡”を作る。
 そうすれば、市民も、あの奈理子も、自分が誰か分からなくなるわ」

紗理奈が目を細める。

「……つまり、次の計画は“完全複製(フル・コピー)”?」

「うん! 次こそ本当に“本物”を作るの!」

コマリシャスはニヤリと笑った。

「魔界プリンセス・コマリシャスの名にかけて――!」

タンポポタイが感動して拍手をする。

「プリンセス、かっこいい~!」

「じいや、明日から研究再開よ。
 今度は“心”の複製に挑戦するの」

「……かしこまりました、お嬢様」

老執事は深く頭を下げる。

窓の外で稲光が走る。
それはまるで、次なる陰謀の幕開けを告げるようだった。

(第224話へつづく)

あとがき