『Paradise R』
夜の埠頭に、海風が錆の匂いを運んでくる。
水都市警の女刑事・柏原蒼菜(24歳)は、漆黒のジャケットにタイトスカート姿で、倉庫の影に身を潜めていた。
無線から山田の軽い声が入る。
「蒼菜さん、準備いいっすか?」
「もう入るわ。あんたは外で耳を澄ませてなさい」
「りょーかい。でも今日はスカートですからパンチラには注意してください」
「……」
短く息を吐き、蒼菜は鉄扉の隙間から倉庫内部へ滑り込んだ。
中は木箱とドラム缶が迷路のように積まれ、奥からは笑い声と金属のぶつかる音。
蒼菜は無駄のない動きで音の方向へ進む。
だが足場の悪い金属製の足場をよじ登ったとき、下から突然ライトが当たった。
見上げた密売人の一人が、にやりと笑う。
「おい、姐ちゃん……」
瞬間、蒼菜は足場から飛び降り、ブーツの踵で男のこめかみを叩きつけた。
ライトが床を転がり、タイトスカートの裾がふわりと舞って青いショーツがちらりと見えたが、蒼菜は構わず進む。
廊下の先から、銃を持った二人が飛び出してきた。
「動くな!」
「動くのはあんたらの方よ」
蒼菜は傍らの鉄パイプを掴み、床を転がって敵の懐に潜り込むと、脛を叩きつけ、さらに顎へアッパー。
その反動でスカートの裾が上がり、太腿の付け根まで露わになる。
無線の山田が
「僕も蒼奈さんのパンチラアクション見たかったなぁ…」
と小声で言ったのが聞こえた。
「聞こえてるわよ」
返す声は冷たいが、動きは止まらない。
奥の部屋に踏み込んだ瞬間、複数の影が一斉に襲いかかってきた。
蒼菜は背を壁に預け、左右からのナイフを肘で受け流し、肋骨めがけて膝を叩き込む。
至近距離で殴打音と骨の軋む音が響くたび、敵は床に沈んでいった。
しかし一人が背後から抱きつき、スカートの裾を掴んで引き上げる。
「離れなさいッ!」
蒼菜は後ろ蹴りで相手の膝を粉砕し、床に転がった男の顔面を無造作に踏み抜いた。
やがて最後の一人が銃を突きつける。
「動くな、女刑事!」
だがその瞬間、倉庫の壁が外から突き破られ、山田が放ったスタングレネードが転がり込んだ。
閃光と爆音。敵が怯んだ隙に、蒼菜は跳躍して銃を蹴り飛ばし、男の顎に回し蹴りを叩き込む。
その蹴りでスカートが完全にめくれ、青い下着が鮮烈に照明を反射した。
倒れた男を見下ろし、蒼菜は無線に短く言う。
「山田くん、回収よ」
「はーい。……さっきのは永久保存版っすね」
蒼菜は眉一つ動かさず、山田を残し粉じん舞う倉庫の奥へと進む。
倉庫の奥、沈黙が支配する空間に蒼菜の靴音が響く。
「山田くん、本部から応援を呼んで」
腰まで摺り上がったタイトスカートを素早く整え、無線に指示を飛ばす。
「了解っす。……あ、今のスカート直す動き、ゾクッとしましたよ」
「黙って仕事しなさい」
淡々と返しながらも、蒼菜はすでに視線を周囲に走らせていた。
山積みの書類の中から、一枚の紙がふわりと床に滑り落ちる。拾い上げた蒼菜は、そこに記された文字を凝視した。
『Paradise R』
「……パラダイス・アール?」
眉をひそめる。市警の資料にも、そんな名前の反社会的勢力は載っていない。
「何かの隠語? それとも海外の組織……」
思考を巡らせる間にも、彼女の背後の影がじわじわと形を変えていく。
低く湿った声が、背筋を這い上がった。
「本物の――『現役女刑事・柏原蒼菜(24歳)』が現れるとは、俺はツイてるな」
振り返った瞬間、照明の下に現れたのは、緑色の皮膚と水掻きのついた巨大な腕を持つカエルの怪人だった。
まるで全身が湿気を帯び、ギョロつく瞳が蒼菜を舐め回す。
「やっぱり出たわね……カエル男。私の名前を知っているってことは、人身売買組織と繋がってる?」
蒼菜は一切怯むことなく、その黄色い瞳を真っ直ぐ見据えた。
次の瞬間、カエル男が舌のような長い鞭を床に叩きつけ、木箱が粉砕される。粉塵が舞い、蒼菜のタイトスカートの裾がふわりと跳ね上がった。
「ほう……クールな青か。いい趣味だ」
「それ、セクハラ発言として加算しとくわ」
ジャケットの内側から拳銃を抜き、蒼菜は音もなく踏み込みながら、怪人との間合いを詰めていった。
「山田くん、カエル男が現れたわ! すぐに逃げて!!」
倉庫の奥で拳銃を構えた蒼菜が、短く無線に怒鳴る。
『蒼菜さんを残して逃げれませんよ』
「二人とも殺られたら元も子もないでしょ! 敵組織のキーワードは『Paradise R』。――無線は切るわ!」
スイッチを切り、蒼菜は視線を前へ戻した。
湿った低音が響く。
「『Paradise R』を知られちゃ、生かして帰す訳にはいかないな、蒼菜ちゃん」
ぬらりと伸びた舌が、蛇のように蒼菜へ迫る。
パーン! 銃声が倉庫内に反響し、カエル男の頭が仰け反った。
しかし、蒼菜は知っている――拳銃程度では、この怪物を倒せない。
咄嗟に側面の通路へ飛び込み、木箱の間を駆け抜ける。
「クソッ、コイツらを逮捕したかったのに……」
先ほど昏倒させた密売人の脇を通り過ぎようとしたその瞬間――
ガシッ。
足首を冷たい感触が掴む。勢いのまま前に倒れ込み、床を転がった。
「ヘヘッ、今日も蒼菜ちゃんは青パンツか」
蒼菜のタイトスカートは太腿までずり上がり、冷笑する男の目がいやらしく光る。
「まさか……お前もカエル男……?」
「そのとおり、俺たちは――全員カエル男さ」
肉が軋むような音とともに、男の皮膚がぬらりと緑に変色し、筋肉が膨れ上がる。
眼前に二匹目の怪物が姿を現した。
背後からは最初のカエル男が迫り、足元では変身を終えた二匹目が低く笑う。
蒼菜は歯を食いしばり、銃を握り直した。
「……上等じゃない」
スカートの裾を翻し、蒼菜は二匹の怪人へと突進した――。
倉庫の薄闇の奥から、ぬらりと影が揺れた。
「二匹だけじゃないぜ」
ワラワラと姿を現す、同じ顔のカエル男たち。気づけば、その数は五匹に膨れ上がっていた。
「さすが、24歳で警部のキャリア刑事。実物は動画で見るよりも凜々しいねぇ」
「でも、震えているぜ。俺たちが怖いのかい?」
「刑事でいるのが勿体ないくらい可愛いな」
半円を描くように蒼菜を取り囲み、ぬめる足音が近づく。
蒼菜は、わずかに顎を上げて冷たく言い放った。
「怖くて震えているんじゃないわ。……あなたたちを逮捕したかったけど、それが出来なくなったのが残念なだけ」
嘲るように一匹が笑った。
「そうだよな、俺たちを逮捕はできないよな。だから……俺にも蒼菜ちゃんの青いパンツをよく見せてくれ」
「そうね……」
蒼菜は両手でタイトスカートの裾を掴み、ためらいもなく腰まで引き上げた。
「おおーーっ!」
五匹の怪人が揃って大喜びの声を上げる。
「冥土の土産に見せてあげるわ。……あなたたちは、ここで死ぬから」
その言葉が終わる前に、蒼菜の体が青い光を放ち始めた。
短いショートカットの髪が、鋭い刃のように伸び、色は青緑へと変貌する。
肌は青く染まり、硬質なスケールと棘が腕や脚に浮かび上がる。
瞳は猫のように縦長の瞳孔へ変わり、野獣のような鋭さを宿した。
「なっ……蒼菜ちゃんが薬の能力者?!」
「飛田さんのアジトを壊滅させたのもお前か?!」
カエル男たちの声が一斉に震えた。
リュウゼツラン女となった蒼菜は、冷ややかに告げる。
「この姿を見た者は、みんな……死んでもらうわ」
次の瞬間、彼女の背から鋭利な棘の鞭が伸び、五匹の怪人たちへと襲いかかった――。
リュウゼツラン女の足元に、青い光が迸った。
刹那、空気が裂ける音とともに彼女の姿が掻き消える。
「消えた……?」
呟いたカエル男の首元に、冷たい風が走る。次の瞬間、頸椎がねじ切られる鈍い音が倉庫内に響いた。
巨体が崩れ落ちる間もなく、リュウゼツラン女は次の獲物へ跳びかかる。
腕から伸びた棘の鞭が、しなる音と共に二匹目の胴を横薙ぎに裂く。
肉が断たれ、怪物の体が壁に叩きつけられる衝撃で、木箱が崩れ粉塵が舞った。
「ぐぉっ……!」
呻く間も与えず、棘が追撃し、怪物の片腕を壁に縫い付ける。
三匹目が背後から飛びかかる――だが、リュウゼツラン女の髪が鋭利な刃へと変形し、振り向きざまにその顔面を切り裂いた。
緑色の体液が飛び散り、鉄骨の梁まで飛沫が届く。
「残りは……二匹」
低く呟いた声は氷のように冷たい。
怯んだ四匹目が逃げようとした瞬間、棘の鞭が足首を絡め取り、床に叩きつける。
床板が割れ、粉塵の中で怪物が痙攣する。
リュウゼツラン女はその頭を踏みつけ、骨が軋む感触を確かめながら押し潰した。
最後の一匹は、仲間の無惨な姿を見て狂ったように突進してきた。
「うおおおおお!」
しかし、その勢いは逆に命取りとなる。
真正面から受け止めた彼女の棘腕が怪物の胸を貫き、そのまま背中から突き出た。
「……終わりよ」
鋭い一閃とともに、怪物の体は二つに裂け、残響だけを残して崩れ落ちた。
静寂。
倉庫の床には、砕けた木箱と緑色の液体、そして動かぬカエル男たちの残骸。
青緑の髪を揺らすリュウゼツラン女は、息一つ乱さず立っていた。
「――次は『Paradise R』。必ず潰す」
その瞳は獲物を見据える獣のように鋭く光っていた。
床に崩れ落ちていたカエル男が、血走った目で蒼菜を睨みつけた。
「……まだだ……」
奴の指先が、腰の装置に伸びる。
――カチリ。
小さな金属音が、倉庫全体に死の合図を送った。
「自爆スイッチ! 全員退避!」
外から警官隊の叫びが響く。次の瞬間、壁越しに赤い光が走り、爆音が鼓膜を破った。
炎と衝撃が倉庫を呑み込み、鉄骨が悲鳴を上げて崩れ落ちる。
リュウゼツラン女は素早く影へ身を滑り込ませ、青い光を収める。
髪が短く戻り、硬質のスケールは消え、ただの柏原蒼菜へと変わっていく。
炎の向こうから現れたのは、煤と汗にまみれたキャリア女刑事の姿だった。
「蒼菜さん!」
包囲線を抜けて山田が駆け寄る。
「今日はスカートを脱がされませんでしたね。無事でよかった」
「……そんなことばかり言っていると怒るわよ」
「スカートじゃなくて、蒼菜さんがですよ」
軽口に、蒼菜はほんのわずかだけ口元を緩めた。
燃え盛る倉庫を背に、彼女は呟く。
「……また証拠は消されたわ」
「蒼菜さんが無事なら、それでいいです」
山田の言葉に、蒼菜は短く頷いた。
――キーワードは『Paradise R』。
今日の戦いで、確かに一歩だけ敵の組織に近づいた。
だがその一歩が、次に何を呼び込むのか、まだ誰も知らない。
夜風が、焦げた匂いを残す埠頭を吹き抜けていった。












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