ミラクルナイト☆第192話
──放課後の水都市立図書館。最上階のガラス張りのラウンジには、柔らかな夕陽が差し込んでいた。
野宮奈理子は、制服のまま静かに腰をかけ、校外活動記録ノートの空白を睨んでいた。
「恋人との関係について、将来への展望……?」
学校から出された自己探求レポート。
友達はみんな「音楽家になりたい」「語学力を生かした仕事をやりたい」なんて書いていたけれど──
奈理子は、筆が止まっていた。
(私、ライムと、ちゃんと“未来”があるのかな……)
彼の前では無防備になれる。キスをして、抱きしめられて、ドキドキして、
「好き」って思う気持ちは本物。だけど、その想いの先が──怖い。
(もし……ライムがミラクルナイトをやめて、普通の女の子になれって言ったら?)
ほんの小さな妄想に、喉が詰まる。
──市民の声援。街に貼られた自分のポスター。
──セイクリッドウインドやドリームキャンディと背中を預けて戦った、あの無数の夜。
──そして、あのとき戦えなかった少女たちの記憶。
ミラクルナイトであることは、自分の「使命」。
けれど奈理子でいることは、自分の「願い」──。
(どっちか一つしか選べないのかな……)
不意に、ポケットのスマホが震えた。
ライムからの短いメッセージ。
「今夜、屋上で星、見ない?」
奈理子は笑った。
だけど──その笑顔の奥で、心が決まった。
(私は、ヒロインでいるために恋をして、
恋をしているからヒロインでいられるんだよ)
──いつかどちらかを手放す日が来るかもしれない。
でも、それまでは「両方」守ると決めた。
ヒロインであることも、恋人であることも。
その想いが、奈理子の瞳に揺るぎない光を灯した。
「……書けた、かな」
未来の展望欄に、奈理子は小さく書いた。
『私は、“大切な誰か”と、世界を守りながら笑って生きていたいです。』
彼女が選ぶのは、どちらか一つじゃない。
“好き”も、“使命”も、全部抱きしめて──
少女は、また明日もミラクルナイトになるのだ。
図書館を出て、水都タワーの影が長く伸びる通学路。
奈理子は思索にふけったまま、夕暮れの運河沿いを歩いていた。制服のスカーフを軽く結び直しながら、スマホのメッセージを確認する。
「……ライム……ふふっ」
その刹那、風がざわりと吹いた。
人の気配──いや、殺気。
「そこアルね。油断は命取り、アルヨ」
背後から聞こえたのは、奇妙なアクセント混じりの日本語。
奈理子が振り向いた瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、横裾に深い切れ込みのあるチャイナ服に身を包んだ長身の美女だった。
黒髪は高く結われ、しなやかで鍛え抜かれた四肢。
そして異様なまでの跳躍力──
「カエル女……!」
奈理子が一歩後退するより早く、ファンユイ・チュンは足元を払うように飛び蹴りを繰り出した!
「アナタのせいで、兄は──兄フンカー・チュンは……!」
ファンユイの美しい太腿に
(すごくエッチ……)
と思いながら、奈理子は体を地面に転がせながら避けた。そして、盛大に捲りあがったプリーツスカートの裾を押さえながら、アイマスクを握り締める。
「ッ、くっ……! どうして今……!」
「復讐に“なぜ”はないアルヨ!」
華麗な水面蹴り、次々と放たれるナイフのような飛び道具、そして何より、超人的な動体視力。
ファンユイはただの格闘家ではない。
フンカー・チュンに勝るとも劣らない、或る或る教団が誇る変異格闘戦士──「カエル女」。
「逃げないアル? それとも変身する勇気、ないアルか?」
鋭く細められた眼差しが奈理子を射抜く。
奈理子は、制服のスカートを風から押さえつつ、ゆっくりと立ち上がった。
「変身するよ。だって、あたしは──」
静かに、だが確かな手つきでアイマスクを顔に当てる。
「水都の守護神……ミラクルナイトだから!」
眩い水色の光が夕暮れの道を照らし、少女の姿はヒロインへと変わっていく。
「来るがいいアル……おまえの“正義”、このファンユイがぶち壊すネ!」
夕空の下、運河の波がさざめく音の中で、
ふたりの美しき戦士が、静かに激突の構えをとった。
──バトル、始動。
奈理子がアイマスクを装着すると同時に、
ファンユイ・チュンはその場で鮮やかに跳躍し、両腕を交差させて構えた。
「変身──!」
爆ぜる緑色の光。チャイナ服が裂け、肌が艶めく鱗のような光沢を帯びていく。
背筋に沿って浮かび上がる奇妙なライン。太腿には粘膜のような模様が浮かび、指は水かきのついた異形へと変わる。
「カエル女、ここに見参ネッ!!」
目は紅く光り、舌を舐めるように長く伸ばす女怪人。その異形は、周囲の人々を恐怖と興奮で包み込んだ。
「うぅ……くるっ!」
ミラクルナイトは水色の光をまとった白いミニスカート姿で身構える。
スラリと伸びた生脚に、風がまとわりつく。
都市の夕暮れに映えるその姿は、まさに“天使”──だが、戦いの女神は今、試練の時を迎えていた。
「お見せするネ……C国拳法とカエルの跳躍力の融合ッ!」
カエル女の身体が一瞬で視界から消えた。
「っ!? う、うわっ──!」
ドスンッ!
背後からの膝蹴り。ミラクルナイトの身体が宙に浮き、地面に背中から落ちる。
ミニスカートが翻り、白いコットンショーツが再び露わになる。
「み、見ないでぇぇぇぇっ……!」
慌ててスカートを押さえるミラクルナイト。しかし、その隙は致命的だった。
「甘いネッ!」
カエル女のしなる足が横薙ぎに飛び、ミラクルナイトの腕を弾いた。
スカートを押さえていた手が空を切り、布地が風に舞う。
カエル女は素早くミラクルナイトのスカートを剥ぎ取ったのだ。
ミラクルナイトの白いショーツと太腿がさらけ出される。
「こんなに隙だらけネ……可愛いネぇ、ミラクルナイト」
「ふざけないで……っ、やらせない……!」
立ち上がるミラクルナイトの額には汗。頬も火照っている。
だが、決して退かない意志がその瞳に灯る。
「水都の平和を乱す者は、たとえどんなに強くても、わたしが止めるっ!」
そう言って構え直すも、
制服のような軽装のコスチューム、そして戦闘訓練では決してカバーしきれない恥じらい──
ミラクルナイトの動きには、微妙な迷いが生じていた。
「もういっちょ跳ぶネ!!」
カエル女の肉体が再び宙を舞う。
ミラクルナイトは反応するも、足元がおぼつかない。
「きゃあぁああっ……!」
市民の悲鳴と歓声、入り混じる水都公園の夕暮れ。
ミラクルナイトは今、
恥じらいと苦戦の狭間で、最大の試練に挑もうとしていた──!
水都公園の中心、噴水広場。午後六時。秋の日差しが傾く中、人々のざわめきが高まる。
「ミラクルナイトだッ!」
「また怪人か!?」
「今度はどんな敵なんだ…!」
人々の視線の先には、白と水色のコスチュームを身に纏った正義の戦士——ミラクルナイト。だが、彼女の表情にはいつもの自信がなかった。スカートは既に脱がされ、太腿が艶やかに陽光を弾く。だが、そんな可憐な姿を睨みつける敵が、広場中央に立っていた。
「ファンユイ・チュン……いえ、カエル女!」
「ふふふ……いい恰好ね、ミラクルナイト。今日は、アナタの自慢の白いパンツ、グチャグチャにしてやるヨ」
華麗なチャイナ服が舞い、瞬間、ファンユイの足が弧を描いた。
「跳龍腿ッ!!」
上空から、鋭く回転する影。奈理子が身を翻すより早く、かかとが彼女の左肩をかすめ、派手に地面に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「見てアルカ? コレがカエル流、超絶カンフーの真髄ネ!」
ミラクルナイトはすぐに起き上がり、間合いを取ろうとする。が、追撃のように放たれた掌打。
「蛙掌破!」
「きゃっ……!?」
粘着力のある手のひらが、ミラクルナイトの細い腕にぴたりと吸いつく。そのまま引き倒され、ブラウスの胸元がビリッと破け散り、悲鳴と歓声が入り混じる。
「おおおおお!奈理子ちゃんのブラ……!」
「高校生なのにまだ思春期ブラだ!!」
「可愛いぞ奈理子!ガンバレッ!!」
ミラクルナイトは必死に立ち上がろうとするも、続く舌撃。
「蛇舌拳!」
ビュルッと伸びた舌状のエネルギーが両腕を縛り上げ、細い体が軽々と持ち上げられる。無様にぶら下がるように宙吊りとなったミラクルナイト。
「ふふ、ちょっと電気ショックで目を覚ますネ——《電蛙轟破》!」
次の瞬間、電撃が走った。舌から放たれた光がビリビリとミラクルナイトの身体を貫き、ブラウスがバチバチと火花を散らしながら焦げる。噴水広場の街灯が一斉にショートし、電子看板が明滅する。
「ぎゃあああっ……!」
ブラウスは完全に消滅し、グローブとブーツに「奈理子のブラ&ショーツ」のみの下着姿にされてしまった。市民の歓声が爆発した。
「上下とも、あれ“奈理子の”じゃないか!?」
「CMで見たやつだッ!」
その瞬間、赤い光が上空から降り注いだ。
「そこまでですっ!」
キャンディチェーンが唸り、蛇舌拳を断ち切る。宙から舞い降りたのは、オレンジのコスチュームをなびかせた中学生戦士・ドリームキャンディ!
「奈理子さんを離しなさいッ!」
「おやおや、またガキが一人……でも今日はいいアルヨ。お楽しみはまた今度ネ」
舌を収め、カエル女はさっと跳躍、電線の上をピョンと渡ってそのまま夜のビル街へと消えていった。
ミラクルナイトは地面に膝をつき、肩を震わせていた。ダメージは甚大で、太ももにまだ電撃の余韻が残っていた。
「奈理子さん、大丈夫ですか?」
「……ごめん、助けてくれて……ありがと、キャンディ」
マスコミのシャッター音が激しく響く中、ドリームキャンディはミラクルナイトをそっと抱き起こした。夜の水都、冷えた風の中に、少しだけ熱い涙の匂いが混じった。
広場の騒ぎが一段落し、人々の熱狂が街のざわめきに溶けていった頃、月明かりの下にたたずむ白と水色の影。
「ふぅ……今日は完敗だった……」
変身を解除し制服に戻った奈理子が、噴水に映る自分の顔を見つめながらポツリと呟いた。頬に残る痺れ、焼け落ちたスカートの感触。あれほどの屈辱は久しぶりだった。
——でも。
「やっぱり、こんなところで負けてられないわ」
唇をきゅっと結ぶと、奈理子は両手を腰に当てて背筋を伸ばした。顔には既にいつもの笑顔が戻っている。たとえ力では敵わなくても、アイドルとして、そしてヒロインとしてのプライドが奈理子を立たせる。
「強さ以外は、わたしって完璧だから!」
キラリと夜空にウィンクを飛ばし、奈理子は走り出す。目指すは“女子の最強形態”。パンチラに泣かされようと、下着が晒されようと、くじけない。悔しさをバネにして、明日もまた鍛錬を重ねるのだ。
一方、その様子を少し離れた場所から見守っていたオレンジの影。
「……奈理子さん、やっぱりすごい」
ベンチに腰かけ、靴紐を結び直していた寧々は小さく呟いた。先ほどの戦い。もし自分があと数秒遅れていたら、奈理子は——いや、水都そのものが危なかったかもしれない。
(あのカエル女……あの強さは、ミラクルナイト一人じゃ到底敵わない)
ぎゅっとキャンディチェーンを握りしめる。
「私と凜さん、三人揃って初めて勝てる相手だと思います」
だからこそ、次は負けられない。仲間とともに戦うため、寧々もまた、自分を鍛え直す決意をしていた。
少女たちはまだ弱い。けれど、何度でも立ち上がる。それが——水都のヒロインたちの流儀だった。
(第193話へ続く)












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