ミラクルナイト☆第67話
暑い日差しの下、夏の気配がどこまでも続く街並み。一学期の戦いを乗り越え、中学生としての最後の夏休みを迎えた奈理子は、その初日から決意を新たにしていた。
奈理子の部屋にはクーラーの涼しさは存在せず、どこか汗ばむ空気が漂っていた。彼女は勉強道具を広げながら、夏休みの宿題攻略の計画を立てていた。午前中に勉強、そして午後は少し自分の時間と決めていたのだ。
しかし、部屋の暑さは奈理子の集中を邪魔していた。そっとドアを開けると、クーラーがあるリビングからは弟、隆の声とゲームの効果音が聞こえてきた。静かな場所を求めて、奈理子は家を出ようとしていたそのとき、玄関のドアが開き、寧々が入ってきた。
「あら、寧々ちゃん。どうしたの?」
驚いた様子の奈理子が尋ねると、寧々は照れくさい笑顔で
「隆、いますか?」
と質問した。
「リビングでゲームしてるよ」
と答える奈理子の目には、何やら知っているような、いたずらっぽい光が宿っていた。隆と寧々、二人の関係を勝手に察して、奈理子はこっそりニヤけてしまった。
商店街の通りを抜け、風の吹き抜ける図書館の方向へ歩いていた奈理子の耳元に、突然の声が届いた。
「奈理子さんですか?」
声の主は、整った顔立ちの若い男性。その清潔感に、奈理子は思わず足を止めた。一瞬、彼女は自分の服装を気にしてしまった。キャミソールにデニムのミニスカート、もしかして少し軽率だったかしらと、彼女は内心、自分を責めていた。
夏の暑さに染まる商店街。建物の影が道路に長い影を落としていた。奈理子は、声をかけてきた若い男性を見上げた。彼の髪は、夏の日差しを浴びて金色の輝きを放っていた。この爽やかなイケメンは大学生だろうかと奈理子は推測した。
「そうですけど…」
奈理子は少し警戒しながら答えた。この街で彼女はちょっとした名士だ。サインでも求められるのかなと、思っていた矢先、彼の手からは、鮮やかなグリーンのメロンの一切れが差し出された。
「メロンの試食いかがですか?」
彼の声は、心地よく耳に残った。それにしても、こんなイケメンが試食を持ってくるなんて。と、驚いている間にも、彼の胸元にかけられたエプロンに目が行く。そうか、試食促進のために雇われたのかもしれない。
目の前に広がるテントの下には、日差しを避けるためのクールボックスの上に、きれいに並べられたメロンがあった。
「ありがとうございます」
と言いながら、奈理子はそのメロンの一切れを受け取った。甘い香りが鼻をくすぐる。一口食べると、その甘さに
「あま~い!」
と声が漏れてしまった。
その瞬間、彼の目には特別な輝きが見えた。しかし、その輝きを奈理子が気づくことはなかった。彼女の心は、そのメロンの甘さに完全に囚われていたのだ。
適当に図書館での勉強を切り上げた奈理子。図書館は冷房が効きすぎて寒かった。キャミの上に何か羽織って来るべきだったと後悔しながら図書館の扉を抜け、外の陽光が眩しく感じた奈理子はふと思った。
「あれ…あのメロンのテント、もうないの?」
学習の疲れを少し忘れ、少女はその甘いメロンの味を思い出していた。ママに頼んで、あのメロンを買ってもらえないかな、と考えていると、不意に颯爽と現れる人物がいた。
「奈理子、お前はもう私のものだ」
と、夏の陽射しの下で輝く、そのイケメンの顔。メロン男だった。彼の現れると同時に、図書館周辺の子供たちや通行人たちはざわめいた。
奈理子は困惑し、驚きの声をあげる。
「何を言ってるの!私はあなたのものじゃない!」
しかし、メロン男の表情は優雅であり、自信に満ち溢れていた。
「可愛いよ、奈理子」
と彼が言った瞬間、彼の瞳から放たれる光が奈理子を捉えた。メロメロビーム。
「あぁぁ…」
突然、奈理子の周りの空気が変わった。甘い、甘すぎる香り。それはメロンの香り。その香りに身を任せ、奈理子の心はグルグルと回り始める。すべてが甘く、メロンのように魅力的に感じる。そして、その中心にはメロン男が…。
「メロン男様…大好き!」
まるで魔法にかけられたように、奈理子はメロン男に駆け寄り、彼を抱きついた。
メロン男の腕の中で、奈理子は自らの感情の高まりを感じる。
「メロン男様、奈理子にキスを…」
彼女は目を閉じ、その瞬間を待つ。そして、メロン男は彼女の頬に軽く触れ、彼女の唇に甘い、濃厚なキスを交わした。夏の日の甘い誘惑、それはメロン男の力であった。
水都市の街中、図書館の前で起こった出来事に、多くの市民たちが目を奪われていた。真夏の日差しが猛烈に照りつける中、この街の正義のヒロインミラクルナイトである奈理子がメロン男という異名を持つ男と濃厚なキスを交わしていた。
キスが終わると、奈理子の頬は紅潮しており、息を切らせていた。
「奈理子はもう…我慢できません」
と彼女の甘い声が公園に響いた。この言葉の意味を、一瞬、誰も理解できなかった。
しかし、次の瞬間、メロン男が奈理子のデニムスカートに手を伸ばしたのを見て、街の人々は何が起ころうとしているのかを察知した。
「あぁ、私のスカートが…」
と、恥じらいの声をあげる奈理子。スカートが腰から滑り落ち、露わになったのは純白のコットンパンツ。その一瞬、周囲は息をのんだ。
「恥ずかしいか?奈理子」
と、冷ややかにメロン男が問いかけた。
「いえ、市民の皆様に奈理子のパンツを見て頂けて嬉しいです」
と、まるでトランス状態のような声で奈理子が答えた。
「今日はここまでだ。たっぷり市民の皆様にパンツを見てもらうんだよ、奈理子」
と言いながら、メロン男は微笑みながらその場を後にした。
「皆様、奈理子のパンツをよくご覧ください」
と、あたかもショータイムの司会者のような口調で奈理子が宣言したが、その声が終わるや否や、彼女は現実に引き戻されたのか、突如、大きな叫び声を上げた。
「キャー!」
と叫びながら、自らの行動に驚き、顔を隠そうとしゃがみこんだ。
彼女の隣には、落ちているデニムのスカートが風に軽く揺れていた。奈理子はそのスカートを取り急ぎ拾い、猛然とその場を後にした。市民たちの中には驚き、困惑、興奮のさまざまな表情が交錯していた。
水都市の片隅に立つ、赤と金色の幔幕で囲まれた占いテント。外界の騒音や暑さから隔離されたその空間は、鈴の神秘的なオーラで満ちていた。ここは多くの人々が訪れる占い師・鈴の領域である。
奈理子は焦燥と羞恥で胸が一杯になっている中、そのテントの前に到着した。中で行われている占いが終わるのを待ちながら、彼女は慌てた気持ちを少し整理しようとした。しかし、思い返す度に先程の出来事が脳裏をよぎり、頬を紅潮させる。
やがて、前の客が去ったことを合図に、鈴のテントへと足を踏み入れた奈理子。暗めの照明の下、鈴が彼女を座らせる。しかしそのとき、奈理子の目には涙が浮かんでいた。
「またライム以外の男の人とキスしちゃった…」
その言葉とともに涙が頬を伝い、鈴のテーブルに落ちた。
鈴は奈理子の手を取り、
「メロン男に狙われちゃ仕方ないよ」
と、温かく励ました。奈理子の心は乱れていた。
「私、ずっとメロン男の言いなりなんですか?」
鈴の目が少しだけ細められる。
「メロン男のメロンを食べたでしょ。そのあとメロメロビームを浴びたでしょ」
と確認するように問いかけた。
奈理子は、鈴の言葉に一つ一つうなずいた。鈴はため息をつく。
「鈴さん、メロン男の術を解いてよ」
と、声を震わせながら奈理子は頼んだ。鈴の目はさらに鋭くなった。
「術を解くには、メロン男が奈理子に飽きるか、メロン男を倒すしかないよ」
と断言。奈理子の瞳に決意が灯る。
「私、メロン男を絶対に倒します!」
しかし、鈴は冷静に、
「またメロメロにされるだけよ。今度はキスとスカート脱がされるだけじゃ済まないかもよ」
と警告した。奈理子の目には恐怖が広がった。しかし、鈴は優しく手を差し伸べ、彼女の頭を撫でた。
「メロン男には近づかないことね。ライムには私からも、奈理子を責めないように言っとくから」
と言葉を添えて、心からの慰めを与えてくれた。
月の満ち欠けも知らない、水都市の夜。街灯の光が奈理子の部屋の窓を照らしていた。彼女はゆっくりとスマホを手に取り、画面を開くことを躊躇していた。深呼吸を一つ。その指は動画サイトのアイコンをタップする。
画面に映し出されたのは、彼女自身の姿。ミラクルナイトとしての活躍で受けた恥ずかしさはあるものの、奈理子本人の姿での動画はそれを遥かに上回る恥辱だった。その動画の中で、彼女はメロン男の術に翻弄されていた。
彼女の胸は焦りと後悔で締め付けられるような感覚がした。ライムへの説明の必要性を痛感して、スマホのメッセージアプリを開いた。キーボードを打つ指先は震えていた。以前のカブトムシ男とのキス事件を思い出すと、ライムの冷たい態度が脳裏をよぎった。テキストメッセージを打ち終わり、彼女は送信ボタンを押した。
静寂。少しの間、何も起こらず、奈理子は心の中で時間が進むのを感じた。しかし、突然の着信音が響き、彼女の顔が強張った。ライムからの電話だった。
心臓が早鐘を打ちながら、彼女は通話を受けた。
「奈理子」
あの独特の低音、ライムの冷たい口調。しかし、その声の中には怒りの色は感じられなかった。
「メロン男に操られてたんだろ」
と、ライムは彼女の事情を察していた。
その言葉に、彼女の心は軽くなった。しかし、同時に、ライムの嫉妬を少しでも感じたかった、という奈理子の小さなエゴも浮かび上がった。彼女はその感情と向き合いながら、通話を続けていった。
(第68話へつづく)
(あとがき)












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