DUGA

ミラクルナイト☆第176話・前編

「おはようございま~す!」

水色のセーラー服の裾を揺らしながら、奈理子は今日も元気に登校していた。

通学路で出会う人々は、誰もが笑顔になる。

──なにしろ彼女は水都の絶対的アイドル、ミラクルナイト=野宮奈理子なのだから。

「奈理子ちゃん、今日も天使みたいだね!」
「ミラクルナイト! 今日も頑張ってね!」

近所のおばあちゃんや、小さな子どもたちまで声をかけてくる。

奈理子はにっこり微笑み、手を振った。

「えへへっ、ありがとうございますっ!」

──奈理子は分かっている。
自分は皆の希望であり、笑顔を届ける存在だということを。

(だけど……本当は、私だって普通の女の子になりたいときもあるんだけどなぁ)

ほんの少しだけ、そんなことも思いながら──
奈理子は軽やかに水都女学院の正門をくぐった。

教室・1年2組──

「奈理子さん、今日も素敵ですわ!」
「お席、こちらですわ!」

クラスメイトたちは今日も奈理子にメロメロだ。
特に友達のすみれは、朝から元気いっぱいに奈理子に駆け寄ってきた。

「奈理子さんっ、今日のリボン、めっちゃ可愛いよ〜!」

「ありがと、すみれさん!」

すみれと一緒に机に着くと、そこに──

「……ふん。調子に乗らないことね」

冷たい声が飛んできた。
菜々美だった。

(うぅ……今日も冷たい……)

でも、奈理子はめげない。
にっこりと微笑み返した。

「菜々美さん!ごぎげんよう」

「ごきげんよう……別に、あなたと話すつもりはないけどね」

ぷいっとそっぽを向く菜々美。
奈理子は苦笑しながら、すみれと顔を見合わせた。

(菜々美さん、本当はいい子なんだけどなぁ……)

──そんな賑やかな水女の日常。

チャイムが鳴り、午後の授業が終わると──
煉瓦の校舎の中庭に、生徒たちの明るい笑い声が溢れた。

「奈理子さん、バス停まで一緒に帰りましょう!」
すみれが、きらきらした目で駆け寄ってくる。

「うん、いいよっ!」

奈理子は、眩しい笑顔で頷いた。

──普通の女子高生らしい、何気ない放課後。
だけど奈理子にとっては、それがかけがえのない宝物だった。

中庭の噴水の前には、上級生たちが集まり談笑している。
その中に──一際目立つ存在がいた。

「……あれって、生徒会長の一花さん……!」

すみれが憧れの眼差しを向ける。
そう、優雅なロングヘアをなびかせ、完璧な立ち居振る舞いを見せる彼女こそ、
水都女学院が誇る絶対的な存在──三年生の生徒会長、一花だった。

奈理子も、一花に尊敬の念を抱いていた。
そして、誰にも言えない秘密──

(この人、どこかで会ったことがあるような……)

そんな不思議な感覚も。

「奈理子さんっ、ぼーっとしてると置いてっちゃうよ!」

「わっ、ごめんごめん!」

すみれに急かされ、奈理子は慌てて笑うと、
一花たちにそっと頭を下げながら中庭を抜けた。

──きらきらとした、何気ない学園生活。

だけど奈理子には、
「水都の守護神ミラクルナイト」という、もう一つの顔がある。

それでも。
今この瞬間は、普通の女子高生──野宮奈理子として、
すみれと笑いながら歩く時間を、大切に噛み締めていた。

(こういう日常を、これからも守っていきたい……)

胸にそんな静かな決意を抱きながら──
奈理子は、爽やかな秋の風の中を歩き続けた。

その背中を、遠くから見つめる謎の影に気づかぬまま──。


水都郊外の山裾に建つ巨大な施設――「或る或る天国」。一見すると癒しと学びを提供する宗教施設のようでありながら、その地下では信者たちが薬を投与され、奇怪なカエル型の怪人へと変貌していく。

教団責任者・天野妙華は窓の外、水都の中心街を静かに見下ろしていた。

「市民は平和ボケしているわね。可愛いミラクルナイトに夢中なうちに、少しずつ“我らの理想”を植え付けていくのよ」

背後では、黒衣の信者たちが整列して薬の投与を待っていた。次々と苦しみ悶えながらも、彼らの身体は蛙へと変貌していく。

妙華は冷たく微笑んだ。

「水都のアイドル気取りの小娘……あなたの清純な笑顔が歪む瞬間を、私は待っているのよ」

──「或る或る天国」の中心にある道場の扉が、雷鳴のような蹴りで吹き飛んだ。

「失礼、入ルヨ。」

高らかに響いたのは、異国訛りのある女の声。艶やかな黒のチャイナ服に身を包み、長く伸びた黒髪を高く結い上げた女が、まっすぐに道場へと踏み入る。赤い縁取りが施されたチャイナ服のスリットからは、鍛え抜かれた太腿が覗いていた。

ファンユイ・チュン──或る或る教団において密輸部門を担っていた故フンカー・チュンの妹にして、彼以上の実力を持つとも噂される武闘家。

「兄(アニィ)ノ仇ヲ取ル……この手デ、必ズ。」

彼女の前に立ちはだかったのは、信者たち──カエル男に選ばれた精鋭たち。

「何だこいつ? C国からの女か?」
「俺たちは妙華様に選ばれた精鋭だぞ!」

彼らの挑発に、ファンユイは微笑んだ。

「跳龍腿(チョウリュウタイ)!」

しなやかに地を蹴った次の瞬間、彼女の脚が宙を舞い、雷光のごとき踵落としが最前列の男の頭を直撃。鈍い音とともに男が崩れ落ちる。

「蛙掌破(アショウハ)!」

続けざまに、両掌から滑るような打撃が繰り出される。掌が吸い付いたように相手の胸を捕らえ、無駄な動きを封じてから地面に叩きつける。

「跳毒舞(チョウドクブ)……行クアル!」

三歩後退したかと思えば、舞うような連続蹴りが繰り出され、蹴りが地に触れるたび、毒気のある霧が足元に拡がる。煙の中で呻き声を上げて倒れる信者たち。

道場の奥で見ていた或る或る教団の幹部・天野妙華が、目を細める。

「ふふ……思ったより使えるわね」

チャイナ服の女は、蹴りの余韻を残したまま、妙華に片手を上げて言った。

「紹介ノ必要、無イヨネ? アタシ、ファンユイ・チュン。兄ノ仇、取ル。始メノターゲット……一番弱ソウナ、白ノ子。ミラクルナイト、だっケ?」

「ええ、やってくれるなら助かるわ。あの子だけは、人気だけは一人前だから」

ファンユイはくるりと背を向け、チャイナの裾を翻して歩き出す。

「市街地デ、目立ツ格好デ歩イテ、正義ブッて……アイドル気取ッテ……オモシロイ。可愛イ子ホド、泣カスノ楽シイカラネ……フフッ」

新たな強敵──カエル女ファンユイ・チュンが、今、静かに水都の中心へと歩を進めていた。


黄昏の水都。夕陽に染まる放課後の街を、水都女学院の制服をまとった一人の少女が歩いていた。
野宮奈理子――清楚可憐な水都の守護神・ミラクルナイトとして市民から絶大な人気を誇る少女である。水色のセーラー服を揺らし、微笑みながら通りすがりの人々に手を振る姿は、まさに“純白の天使”と呼ばれるに相応しい。

だが、その奈理子の後方の屋上、夕焼けを背にチャイナ服をまとった女が腕を組み立っていた。

「……あの子が、兄を倒したミラクルナイト、か」

ファンユイ・チュン。C国出身のカンフーの達人であり、或る或る教団に身を置く女戦士。兄・フンカー・チュンの敵を討つために海を越えてやってきた彼女は、今、標的をこの目で見つめていた。

「想像以上に……ちんまりしてるアルね」

肩の力が抜けたようにファンユイ・チュンは笑った。街ゆく者が

「奈理子ちゃーん!」
「今日も可愛い!」

と声をかけるたび、少女がはにかんだ笑顔を返す様に、呆れると同時に――

(この程度の小娘に、兄上が……負けた、アルか……!?)

心中にざわめきが広がった。

「だが……いいアル!あんなひ弱そうな顔して、ミラクルナイトになったら豹変するってことね……!」

チャイナ服の裾を翻し、拳を固める。

「なら、このユイ・チュンが受け継ぐは、兄上の意志と拳アル!

 その身体に、フンカー・チュンの無念、叩き込んでやるアルよ!」

そう呟いた直後、ファンユイ・チュンは飛び降りた。地面に軽やかに着地し、人波に紛れて奈理子の後方につける。彼女の視線は一分の隙もなくターゲットを捉えていた。

「いずれ正面から会いに行くアルよ、ミラクルナイト……。次に顔を合わせた時は、決闘アル!」


翌日の放課後。
水都女学院の門を出て、通学路を歩く奈理子は、気持ちよさそうに秋の風に髪を揺らしていた。制服のセーラーの襟が風にふわりと舞い、あちこちから

「奈理子ちゃん!」
「今日も可愛い!」

という声援が飛ぶ。奈理子は

「ありがとう」

と微笑んで手を振り返す。

そんな中、通学路の先、並木道の終点に立っていたのは――昨日と同じチャイナ服の女。
ファンユイ・チュンは、通りを遮るように仁王立ちしていた。

「……何か用ですか?」

立ち止まった奈理子が、少し困惑気味に声をかける。

「ようやく会えたアルね……ミラクルナイト。」

日本語に混じる独特の訛りで、ファンユイ・チュンは名を呼んだ。

奈理子の表情が一瞬だけ凍る。――まさか、この人は正体を知ってる?
だがそれを問う暇も与えず、ファンユイ・チュンは右手の拳を胸に構えた。

「私はファンユイ・チュン。カンフーと正義を背負いし戦士アル。あなたが倒したフンカー・チュンの妹……そして今日、あなたに挑みに来たアルよ!」

「フンカー・チュン……って、カンフー??あっ、あの時のカエル男!? あなた、あのカエル男の妹……!?」

「そうアルよ。」

ユイ・チュンは静かに頷いた。

「兄は敗れた……でも、それで我が家の拳は終わらない。あの人の誇りを継ぐのが、妹としての私の責務アル!」

セーラー服姿の奈理子の前で、ユイ・チュンは構えを取る。その所作は無駄なく、気迫は本物だった。

「放課後の公園広場。今日の夕暮れ。そこで、待ってるアル。ミラクルナイト、あなたと――一対一、真正面の決着を。」

「女の人に……決闘を申し込まれたの、初めてですけど」

奈理子はセーラーの胸元を抑え、小さく笑った。

「分かりました。私も、水都の守護神の名にかけて……逃げるわけにはいきません!」

ファンユイ・チュンは満足そうに目を細めると、くるりと背を向けて歩き出した。

「待ってるアル。ミラクルナイト……あなたが、本当に“天使”かどうか、確かめてやるアル!」

その背を見送りながら、奈理子は小さく呟いた。

「強い人だな……。でも私だって、守りたいものがあるんだから……!」


そのさらに翌日。夕暮れの水都公園、噴水広場には大勢の市民と警察が詰めかけていた。かつて兄を打ち倒された復讐のため、カエル女=ファンユイ・チュンが現れたのだ。鋭い眼差しで待ち構えるその姿は、ただの挑戦者ではない。街の人々も固唾を呑んで見守るなか、そこへ颯爽と現れたのは――

「お待たせしました。水都の守護神、参上です!」

水色のセーラー服に身を包んだ野宮奈理子が、広場に一歩足を踏み入れる。風になびくミディアムボブの黒髪に、小さな白いリボンが揺れている。彼女の登場に、群衆からどよめきが広がった。

「奈理子だ!」
「奈理子ちゃん、がんばれー!」

奈理子は一度深呼吸し、顔を上げた。怯えの表情を消し、清らかな瞳で前を見つめる。

「私は逃げません。だって、みんなの笑顔を守りたいから――!」

そう宣言すると、制服の襟元を押さえながら、ふと見上げる空には、まるで彼女を見守るような淡い夕焼けが広がっている。

「ミラクルナイト…変身!」

右手にアイマスクを握った奈理子が、ひときわ強く意志を込めて叫ぶと、水色の光がパアッと全身を包んだ。風が舞い、花びらのような粒子が彼女の周囲を踊る。

光の中で、制服がふわりと消えていく――代わりに現れたのは、清楚な白いノースリーブのブラウス。胸元には、水都を象徴する水色のリボンが優雅に揺れる。黒髪のミディアムボブには、純白のリボンが結ばれ、額を優しく飾る。

腕にフィットする白いグローブ、足元には膝下までのスリムな白いブーツが、ひとつずつ滑るように装着されていく。

最後に、足元からふわりと舞い上がった水色のリボンが、花のように空中で広がりながら、ひらひらと彼女の腰に巻きつくように降り立ち――裾に水色のラインが走る、ふんわりとした白いプリーツスカートがその姿を完成させた。

キラキラと輝く粒子の中で、スカートがふわりと舞い、風を受けて彼女は決めポーズを取った。

「水都の守護神――ミラクルナイト、参上ですっ!」

その声は小鳥のさえずりのように澄んでいて、それでいて、どこか頼りないけど――だからこそ、誰もが応援したくなる。可憐で儚く、しかし絶対に負けたくない想いを秘めたその姿は、まさに“純白の天使”そのものだった。

「きゃー!ミラクルナイト!」
「今日もだ!」
「やっぱり可愛い!」

ファンユイ・チュンはその姿を見て、瞳を細める。

「……可愛らしい姿。だが、それだけでは勝てないネ。ワタシが証明するアルよ」

そして、静かに始まろうとする水都の守護神と復讐に燃えるカエル女の激突。その幕が、今、上がる――。

第176話・後編へつづく)

前編あとがき