DUGA

ミルキーナイト~胡桃・21歳~☆第24章「沈黙の味、迷宮の罠」

 鄙野中央広場に、突如として現れた巨大なドーム型施設。

 そこには異様な装飾が施され、空には無数のドローンが舞っていた。

 『魔界料理対決番組 アイアンフン』

 MCとして舞台中央に立つのは、白いコック帽を高く掲げたフンコロガシ・シェフ。

 「さあさあ、視聴者の皆様ぁあ! 今夜は歴史的一戦です! 挑戦者・ミルキーナイト VS 魔界グルメの絶対王者であるこの私との頂上対決!」

 ステージには、胡桃──ミルキーナイトが割烹着姿で立たされていた。

 「な、なんで……どうしてこんな……」

 「ヒロインとて、料理もできねば意味がない。そうでしょう?」

 ステージ周囲には町民で満席。

 既に洗脳された審査員たちは、恍惚とした表情で“魔界フンステーキ”を頬張っている。

 胡桃は、手元の鍋に視線を落とした。  彼女が作るのは、鄙野の伝統料理“母の煮物”。

 「……絶対負けない。これは、私がずっと食べてきた味──」

 30分後、試食の時間。

 「うん……ぬるいですね」

 「パンチがない」

 「見た目が普通すぎます!」

 審査員から一斉に下されたのは、冷酷なまでの酷評。

 「続いて、我がフンコロガシ・シェフの作品! 魔界産“香る炙りウン・コンフィ”!」

 会場中が香気に包まれ、人々は立ち上がって歓声を上げた。

 「これぞ魔界の奇跡!!」

 「神の食感だ!」

 ミルキーナイトは、うなだれていた。

 「私の、味……だれにも、届かないんだ……」

 * * *

 控室に戻った胡桃を待っていたのは、静まり返る沈黙と、妙にすっきりとした町の景色だった。

 「……カスミ?」

 気づけば彼女の姿がなかった。

 広場の外、無数の糞玉で組まれた巨大な迷路が出現していた。

 その入口に掲げられた札には、こう書かれていた。

 『幻味のラビリンス 〜挑む者よ、真の味を知るがいい〜』

 そして、内部からうっすらと聞こえる声。

 「……もっと……食べなきゃ……この奥に……本物の味が……」

 カスミの声だった。

 胡桃は、言葉を失った。

 料理の味も、戦う理由も、仲間さえも──全部、自分が守れなかった。

 「……私、本当に……もう、戦えないのかな……」

 光の消えかけたその目が、迷路の闇を見つめていた。

 * * *

 そのころ、迷路の内部──

 「……ハァッ、ハァッ……どこだよ、ここ……っ」

 カスミは、黒い糞壁の通路を駆けていた。

 鼻を突く悪臭、それなのに……腹が鳴る。

 「ふざけんなよ……うまそうに思えるわけ、ねぇだろ……!」

 次の角を曲がると、目の前に現れたのは黄金色のソフトクリーム型の料理台。

 湯気とともに漂うバターの香り。脳が、味を求める。

 「……違う。これは……幻覚だって……」

 だが、足が止まる。

 「この匂い、昔……胡桃が弁当に入れてくれた焼き芋みたいな……」

 目の前に差し出されたスプーン。

 誰が差し出したのかもわからない。

 「……食べたら、戻れない……でも……」

 カスミの手が、震えながら伸びていく。

 (胡桃……お前、今、どこでなにしてんだよ……)

 スプーンが唇に近づく──

 * * *

 その瞬間。

 「カスミィィィッ!!」

 どこからともなく響いた声に、スプーンが落ちた。

 「……この声……」

 カスミが振り返ると、迷路の入り口に立っていたのは、──胡桃だった。

 「胡桃……!」

 「私、わかったんだ……あの煮物が、誰にも通じなかったのは……“自分の味”じゃなかったから」

 「……え?」

 「私、ずっと“母の味”に頼ってた。でも、私自身の味、言葉、力がなかった。だから、届かなかったんだ」

 胡桃は、手に握ったフライパンを掲げる。

 「今度こそ、“私の料理”であなたを救いに来た!」

 彼女の足元には、熱気の立つ鍋。  煮詰められていたのは、鄙野産のミルクと山菜と、そして胡桃自身が拾い集めた野草のスープだった。

 「私の“今の味”を、あなたに食べてほしい!」

 カスミは、ゆっくりとうなずいた。

 そして、胡桃の差し出したスプーンを手に取った。

 「……ありがと。やっと……目が覚めた」

 ふたりの間に、湯気が揺れていた。

 幻味のラビリンスが、崩れ始める──

第25章へつづく)