DUGA

ミルキーナイト~胡桃・21歳~☆第9章「夜の路地、爪痕」

 それは、レオとの出会いから三日後の夜だった。

 胡桃は一人、町外れの商店街の裏路地を歩いていた。

 祭りの後の寂しさが残る通りには、まだ屋台の名残と提灯の骨組みが置かれている。

 (あれから、カスミとは話していない……)

 レオの軽さに浮かれた自分を、どこか責める気持ちがあった。

 でも、それ以上に、あのとき感じた“普通の女の子”としての時間が、胡桃の心に残っていた。

 「……胡桃ちゃん?」

 軽い声が背後からかかった。

 「えっ」

 振り向けば、そこにはレオがいた。

 ギターケースを背負い、派手な柄のシャツを片手で掴んだまま、笑っている。

 「うわ、偶然! 運命感じちゃう?」

 「……なにやってんの、こんな時間に」

 「駅前のバーでライブやってたんだよ。今夜のラスト曲、胡桃ちゃんに捧げたやつだったのに〜、聞いてなかったの?」

 「そんなの知らないし……」

 「じゃあ、お詫びに……これ、プレゼント」

 差し出されたのは、小さなブローチ。星型の安物アクセサリー。

 「別に、深い意味はないよ? 俺、女の子にモノあげるの趣味だから」

 その言葉に、胡桃は唖然とした。

 「……あんた、軽いね」

 「うん、よく言われる。でもさ、胡桃ちゃんみたいな真面目そうな子、ちょっとくらい遊んだ方が可愛くなると思わない?」

 その笑顔は、まるで悪気のない少年のようだった。

 それが、逆にタチが悪いと思うほどに。

 「じゃあね、俺明日も昼間ヒマしてるから、また運命で会えたらよろしくねー」

 ふらりと歩き去るレオの後ろ姿に、胡桃はなんとも言えない虚しさを覚えた。

 (あんな軽い人に、浮かれてたの……?)

 自嘲するように歩き出したそのとき。

 ズズ……ズズズ……。

 地面が、震えた。

 下水道の蓋がカタカタと揺れ、ぬめる音が町の地下から響いてくる。

 「来た……!」

 胡桃はすぐに変身リングに手を伸ばす。

 「ミルキー・アクト!」

 変身の光と共に、ミルキーナイトが姿を現した。

 蓋を突き破って出現したのは、半透明のゼリー状の身体に螺旋状の刃を持つ魔物。

 名を、“ミミズサイクロン”。

 「ヒャアアアァァァァ!! 来ちゃったぞ〜〜〜ん!」

 声だけはバカ騒ぎのように陽気だが、腕の回転刃が電柱を一瞬で薙ぎ倒す。

 「あなたみたいな奴に、浮かれてる暇はないのよっ!」

 ミルキーナイトが地を蹴り、肉弾戦を仕掛ける。蹴りがゼリーの体を貫くも、跳ね返るように押し戻される。

 「物理、効かない……!?」

 そのとき。

 「下がれ、ミルキーナイトッ!」

 叫びと共に飛び込んできたのは、焔田カスミだった。

 棒術のように握られた鉄パイプを、回転刃へと叩き込む。

 「てめえが町を汚すなっ!」

 パイプは刃を弾き、魔物がよろめく。そこに再びミルキーナイトの飛び膝蹴りが命中。

 「ミルキー・スパーク!」

 放たれた光が魔物の内部を焼き、一瞬だけ動きが止まる。

 「行けぇっ、カスミッ!」

 「任せな!」

 カスミの回し蹴りが、魔物の頭部に叩き込まれる。

 「ギギィィィイイ……ッ!」

 魔物は悲鳴を上げながら自壊し、地下へと溶けて消えていった。

 残された路地に、静けさが戻る。

 「……ありがと」

 「礼なんていらない。……でも、今のあんた見て、ちょっとだけ許せた気がした」

 カスミはそう言い残し、暗い路地を背に立ち去った。

 後ろ姿を見つめながら、胡桃はポケットの中の星型ブローチを握りしめた。

 恋なんて、まだわからない。

 けれど、自分が守るものは、少しだけはっきりしてきた気がした。

第10章へつづく)