DUGA

ミラクルナイト☆第54話

6月になり、初夏の陽光が教室を柔らかく照らしていた。奈理子も他の生徒たちと同じ水色の襟付き半袖セーラー服を身にまとっていた。そのスカートは紺色で、薄い生地が涼しさを象徴していた。しかし、彼女の表情は明るい制服とは対照的に、どこか曇っていた。

校庭を越えてくる風が、教室の中にそよぐ。その一部は彼女のセーラー服のスカートをそっと揺らす。だが、その風がもたらす爽やかさにも関わらず、奈理子の心は重かった。

彼女が校舎に入ると、男子生徒たちの目が一斉に彼女に向かった。1年生から2年生まで、知らない顔の男子たちまでが奈理子に声をかけてきた。

「おはよう、野宮さん」

「昨日の試合、見てたよ」

「奈理子さんの頑張り、すごく感動した」

そんな声援が彼女に降り注いだ。しかし、それは彼女にとっては甘美な毒だった。

大観衆の前で、彼女は自分の内面を見せつけてしまった。その恥ずかしい姿が晒されたことで、男性ファンは爆発的に増えてしまったようだ。一方で、女子生徒たちからは冷たい視線が向けられていた。

しかし、それ以上に彼女が恐れていたのは、自分からカブトムシ男にキスを求めてしまった事実だった。それも二回も。学校の皆から変な目で見られることなど、彼女はさほど気にしていなかった。だが、ライムに嫌われることだけは避けたかった。

昼休みが来るのを、奈理子は待ち望んでいた。その時、ライムと話す機会が訪れるからだ。彼のことを思うと、彼女の胸は切なさでいっぱいになった。静かに教室を見渡すと、彼女は深いため息をついた。そして、自分の中に渦巻く感情と向き合う決意を固めたのだった。


昼休みの鐘が鳴り響くと、奈理子は一目散に教室を飛び出し、屋上へと向かった。しかし、そこにはいつものようにライムの姿はなかった。塔屋の梯子を上るが、彼女が目を凝らして探す間もなく、悲しみが彼女を包んだ。カブトムシ男へのキスが原因でライムは奈理子を避けているのだと思い、目頭が熱くなる。

その時、梯子下から彼女のスカート内を覗き見る声が響いた。

「今日のパンツもだな。」

それは、間違いなくライムの声だった。慌てて奈理子はスカートを抑え、目に涙が浮かんだ。

「パンツを見られるのは好きじゃなかったのか?」

ライムの言葉に、彼女は驚きと痛みで体が震えた。彼の声には以前の暖かさがなく、冷たい鋭さが混ざっていた。

「またカブトムシ男とキスしたければ、カブトムシ男を紹介してやってもいいぞ」

と、彼は奈理子に冷めた目を向けた。

彼女はその言葉に答えることができなかった。奈理子はライムが言う通りだと心の底から感じていた。観衆の前で、自分の恥ずかしい姿を見て欲しいと思ったし、カブトムシ男の強くて逞しい体に抱き上げられ、彼にキスをしたいと思った。

「図星だな」

とライムは言い、背を向けた。彼の背中が遠ざかるのを見つめながら、奈理子の心は切なく引き裂かれていった。

「もう6月だから屋上には来ない。俺は暑いのは嫌いだ」

と彼は肩越しに告げ、そして、彼の姿は遠くの階段を降りて行ってしまった。

ライムが去った後、奈理子は一人で屋上に残された。彼女は無言で空を見上げ、涙がぽつり、ぽつりと頬を伝った。太陽が空に輝き、暖かな風が屋上を通り過ぎていく中で、奈理子の心は冷え切っていた。


放課後のベルが鳴り、教室はほどなくして生徒たちの笑い声や楽しげな談笑で満たされた。しかし、その中にあって奈理子だけは元気がなかった。彼女と綾香は図書館に行く約束していたが、彼女はその約束を破ることを選んだ。今の彼女の心境で、友人と楽しく勉強するなど到底考えられなかった。

綾香は心配そうに奈理子の表情を観察した。一日中彼女は、不幸のどん底に叩き落とされたかのような顔をしていた。しかし、綾香も奈理子の心を軽くすることはできず、ただ黙って見守ることしかできなかった。

奈理子が足を運んだのは、路地裏の占師・鈴の場所だった。鈴は長い髪を後ろで結び上げ、奈理子がドアを開けると彼女を待っていた。奈理子はすぐにライムとのことについて語り始めた。鈴は奈理子が言葉にならないほどの苦しみに見舞われていることを感じ取り、彼女の言葉を真剣に受け止めた。

それでも、鈴は内心で微笑んでいた。ライムが嫉妬していることが、なんとも滑稽で、彼女にはそれが愛らしくさえ見えた。

鈴は温かい瞳で奈理子を見つめ、

「奈理子、大切なことは自分の気持ちをはっきりと伝えることよ。あなたがライムをどれほど好きか、それを彼に伝えること。そして、カブトムシ男への思いも、恥じることなく語り尽くすのよ。すべての真実を彼に伝えて、それから彼の答えを待つの。そして何よりも、自分自身を赦すこと。自分の感情を否定することなく受け入れて、あなた自身があなた自身を許してあげることが大切なのよ。」

とアドバイスした。


奈理子は鈴の言葉を黙って聞いていた。その言葉が心に突き刺さり、彼女の心は揺れ動いた。「カブトムシ男への思いをライムに伝える」という意見には戸惑いがあった。それは同時に、自分の内側に潜む混乱した感情への直面でもあった。

カブトムシ男には興味があった。彼の逞しい体がミラクルナイトの力を正面から受け止め、自分を玩具のように扱ってくれる様は、どこか引きつけられるものがあった。

「鈴さん、カブトムシ男が誰か知ってるの?」

と奈理子が問うと、鈴は瞬間、視線を彼女から外した。

「知ってるけど、誰かは言えない。バラ女と親しいかな」

と彼女は遠回しに語った。

「それに、かなり危ない奴だから近寄らない方がいいよ。奈理子も酷いことされたでしょ」

と、鈴は警告のように付け加えた。

カブトムシ男の正体は、鉄山であることを鈴は知っている。学生プロレスのチャンピオン。水都大学の学生なので頭もいいのだろう。しかも女遊びが派手だと聞いている。そんな彼にとって奈理子は中学生の小娘にすぎない。奈理子を犠牲にすることは避けなければならなかった。

鈴に感謝の言葉を伝え、占いのテントを後にした奈理子。彼女の心にはまだカブトムシ男によって辱められた自身の姿が焼きついていた。その思い出は彼女を苛み、また彼女の心を深く揺さぶった。


鈴の占いテントを出てからの一部始終は、奈理子にとってあまりにも急過ぎる出来事だった。彼女の耳には商店街の声が次々と飛び込んできた。

「奈理子ちゃん、土曜の決闘、可愛かったよ!」

「奈理子ちゃんの可愛い姿をしっかり目に焼き付けたからね!」

それぞれの声が奈理子の心を揺さぶり、赤く染め上げた。

奈理子は、恥ずかしさで顔を伏せながら通り過ぎようとしたが、

「俺も奈理子ちゃんのスカート脱がしたいなー」

という下品な声が彼女を引き止めた。振り向くと、そこにはタマネギの姿をした怪物、タマネギ男が立っていた。

一瞬で商店街は騒然とした。タマネギ男が奈理子に飛びかかると、彼女は悲鳴を上げた。体を覆い被さられ、スカートを脱がそうとする手が迫ってくる。必死に抵抗する奈理子だが、制服は今日が夏服の初日。これ以上無理に抵抗すれば、制服のスカートが破れてしまうかもしれない。思い詰めた彼女はとうとう抵抗をやめ、スカートを脱がされてしまった。奈理子の白いパンツが丸見えになった。

「返して!」

奈理子の抗議の声は虚空に消えていった。タマネギ男はスカートを手に、奈理子の痛々しい姿を楽しんでいた。その時、黄色い光とともに現れたのは、小学生の戦士、ドリームキャンディだった。

「タマネギ男、奈理子さんを苛めるのはやめなさい!」

彼女の力強い声が商店街に響き渡った。次なる戦いが始まろうとしていた。


ドリームキャンディはキャンディチェーンを振り続け、タマネギ男に対して容赦ない攻撃を次々と繰り出した。タマネギ男の肉体が次々と削れていくが、それでも彼の顔にはほくそ笑む表情が浮かんでいた。彼は奈理子の制服スカートを手に、その香りをゆっくりと楽しんでいた。

戦闘の最中、ドリームキャンディの視界が霞んでいった。その目からはぽろぽろと涙が溢れ、止まることはなかった。その瞬間、タマネギ男が

「これでも喰らえ!」

と言いながら涙ガスを吹き付けた。ドリームキャンディの泣き声が商店街に響き渡る。彼女自身が何故泣いているのかも分からない。ただ、ただ、その場に立つことがとても悲しく、涙がひとりでに溢れ出してきた。

その戦闘が続く中、奈理子はアイマスクを手に取った。カブトムシ男の言葉が彼女の頭の中で響いていた。

「私は強くなったはずだ」

その言葉に奈理子は勇気をもらい、アイマスクを装着した。その瞬間、水色の光が彼女を包み、水都の守護神、ミラクルナイトが商店街に降臨した。

「奈理子ちゃん、頑張れー」

と、奈理子を応援する大歓声が商店街全体に響き渡った。その声援がミラクルナイトの力となり、次の戦闘が始まろうとしていた。


ミラクルナイトが変身を遂げた瞬間、彼女の背後から突如液体が飛び散った。その苦味に顔をしかめる彼女が振り返ると、その元凶となるゴーヤ男の姿があった。

「制服のスカートはタマネギ音に譲るが、ミラクルナイトのスカートは俺が貰うぞ」

と、ゴーヤ男は高らかに宣言した。ミラクルナイトは身体が思うように動かない。ゴーヤ男が吹き付けたその液体、それはただ苦いだけでなく、身動き一つとれなくする効果があった。

ゴーヤ男はそのままミラクルナイトに跳ね付き、瞬く間に彼女のスカートを脱がしてしまった。その結果、奈理子の白いパンツが再び露わとなり、集まった人々の視線を引いた。

「いやー見ないでー」

と、恥ずかしさで叫び声を上げるミラクルナイト。ゴーヤ男はふざけた笑顔を浮かべ、

「恥ずかしい姿を見られるのは好きじゃなかったのか?」

と嘲るように言った。

そこへ、タマネギ男が

「次は俺だー」

と叫び、ミラクルナイトを押し倒した。

「いやぁー」

というミラクルナイトの悲鳴とドリームキャンディの鳴き声が商店街に木霊する。

この状況で、果たしてミラクルナイトとドリームキャンディはタマネギ男とゴーヤ男を倒すことができるのだろうか?続く戦闘は、未だに見通しの立たないままであった。


「次はミラクルナイトのキスを頂くぜー」

と、タマネギ男の声は慇懃無礼にも響いていた。その標的は明らかに、奈理子の唇だった。

「いや!絶対にいやぁー!」

と、唇だけは譲れないと必死に抵抗するミラクルナイト。

「カブトムシ男にキスしたんだから俺にもいいだろ!」

と、タマネギ男は容赦なく迫ってきた。

その一言で、奈理子の心中に土曜日の決闘が鮮烈に蘇った。奈理子は本当は、カブトムシ男に直接触れて欲しかったのだ。だが、その願望を口にすることなど、恥ずかしくてできなかった。唇へのキス、それがあの時求められる奈理子の精一杯だった。しかし、あのときもしカブトムシ男が奈理子のパンツを脱がせていたとしたら、恐らく奈理子は素直に受け入れていただろう。その思考が頭をよぎると同時に、彼女は我に返った。

唇を狙うタマネギ男。その時、ミラクルナイトの体から煌々と水色の光が放たれた。驚いてタマネギ男は飛び退いた。その隙に、ゆっくりとミラクルナイトは立ち上がった。商店街には驚きの声が湧き上がり、奈理子の厚手で少しダブついている白い木綿パンツが眩しく輝いていた。

「カブトムシ男は私の持てる力を全部受け止めてくれた。あなたなんかと一緒にしないで!」

その言葉を強く言い放つミラクルナイト。新たな力が湧き上がってきたような感覚が彼女を包み込んだ。タマネギ男に向かって大きくジャンプし、右脚から水色の輝きを放つ。

「ミラクルキック!」

その名の通り、ミラクルな飛び蹴りをタマネギ男に向けて放つ。

その蹴りはタマネギ男の重層的な防御をあっさりと打ち破り、最終的にはタマネギ男の丸い体を貫通した。断末魔の叫びを上げるタマネギ男、彼の敗北は間違いなく確定した瞬間だった。


「おのれ!ミラクルナイト、これでも喰らえ!」

とゴーヤ男が苦い液体を飛ばしてきた。しかし、ミラクルナイトはフェアリーシールドを瞬時に展開し、液体を見事に弾き返した。

「制服のスカートは返してもらうわ」

と言いながら、地面に散乱していた制服のスカートをひとつ拾った。

周りを見渡し、鈴を見つけたミラクルナイト。

「ちょっと、これ持っていてください」

と鈴に制服スカートを預けると、

「次はあなたの番ね」

と、再びゴーヤ男を睨みつけた。あろうことか、弱いと思われていたミラクルナイトがこのように強いとは、ゴーヤ男も驚いたことだろう。

しかし、彼女が着ているのは上がブラウス、下が白い生パンツという、中途半端な格好だ。ゴーヤ男は再び液体を放った。それを見たミラクルナイトはミラクルウイングを広げ、優雅に飛び上がり、攻撃を避けた。次の瞬間、ミラクルナイトは掌から水色の光弾を放つ。その光弾に怯んだゴーヤ男に対し、彼女は急降下し、ゴーヤ男の顔面にミラクルヒップストライクを叩き込んだ。

「こんなはずでは…」

と、ゴーヤ男の声が消えると同時に、その存在も消滅した。

ミラクルナイトはそのまま鈴の元へと歩いていった。鈴は手元の制服スカートで奈理子の白いパンツを隠してくれた。そして彼女は変身を解除し、上はセーラー服、下は白い生パンツという、元の奈理子に戻った。

「はい」

と鈴が制服スカートを奈理子に差し出した。奈理子は慌ててそのスカートを履き、再び完全な姿に戻った。その瞬間、商店街には賞賛の拍手が巻き起こり、ドリームキャンディの鳴き声が響き渡った。


商店街の雑居ビルの屋上から、ライムと糸井は遠くの戦闘の余韻を見つめていた。街に響く賛美の拍手、そしてドリームキャンディの鳴き声が遠くまで響いていた。

「鉄山に奈理子を寝取られちまったな」

と、糸井は苦笑しながら言った。確かに、ライム自身も感じていた。今の奈理子の心には、ライムよりもカブトムシ男こと鉄山の存在が大きく占めているようだった。

「これから奈理子とどうするんだ?」

と、糸井がライムに向かって問いかけた。

「さあな」

とライムは関心なさそうに答えた。彼の頭の中ででも答えが見つからなかった。

「鉄山はプロレス馬鹿だ。奈理子のことなんか眼中にないだろ」

と、糸井はライムを励ますかのように言う。しかし、ライムは認めざるを得なかった。今の奈理子の気持ちは間違いなくカブトムシ男に向いている。それを認めることで、ライムは自分の存在が奈理子の中でどんどん薄れていくような感覚に陥った。

だが、奈理子とのこれからの関係をどう築くべきかは、ライム自身にも見当がつかなかった。彼はただ、対岸の街並みに目を落とし、心の中で静かに苦悩していた。


奈理子の部屋は、夕日のオレンジ色の光で穏やかに照らされていた。新たなる敵、タマネギ男とゴーヤ男を打ち倒し、そして最も心に残るカブトムシ男との激闘。彼との戦いは、彼女自身の新たな力をも開花させ、その結果、カブトムシ男への奈理子の思いは、一層深まった。

部屋に静かに響く衣擦れの音。彼女の手が制服スカートのボタンを外し、ゆっくりと脱いでいく。そして、下は白いパンツに、上は夏服のセーラーという簡素な姿へと変わった。奈理子は床に置いた大きな全身鏡の前に足を運んだ。

ソフトに弾むベッドに彼女は仰向けになり、無意識のうちにM字に脚を開く。その姿勢は、大観衆の前でカブトムシ男に持ち上げられたときの姿勢そのものだった。ネット上では、彼女とカブトムシ男との再戦の動画が多数アップされていた。しかし、それらの動画は彼女がその時感じた蕩けるような感覚を伝えることはできなかった。

鏡の中に映る自身の姿を見つめる奈理子。白いパンツの染みは鮮明に映し出されていた。恥ずかしさを押し殺し、彼女はあの時、カブトムシ男にパンツを脱がされたときの自分を思い描いた。そしてゆっくりとパンツを脱ぎ、それを左足首に絡ませた。力を込めて股を大きく開いた奈理子。鏡に映るその姿に彼女は赤面した。

観衆の視線を強く意識しながら、彼女はカブトムシ男に触れられる自分を思い浮かべた。今まで自分で直接触ったことのない場所。それは少し恐ろしかったが、奈理子は自分の手を伸ばした。一触れた瞬間、身体がビクっと反応した。そこは濡れていた

カブトムシ男の顔を思い浮かべながら、奈理子は自分を触り続けた。その時の奈理子の心の中には、ライムの存在は微塵もなかった。全てはカブトムシ男への思いだけで満ち溢れていた。

第55話へつづく)

あとがき