ミラクルナイト☆第89話
勅使河原の豪華な執務室は、権力の象徴である美麗な家具と、壁一面に広がる大きな窓から差し込む柔らかい光で満たされていた。執務室の中央に立つ大きなデスクの前には、彼の右腕である渦巻が、冷静な顔で報告をしていた。
「栗生はセイクリッドウインドの素顔があまりにも美少女だったので驚いたと言っていましたが…」
渦巻は丁寧に情報を伝える。栗生は知らない人だったと渦巻に伝えたが、セイクリッドウインドのゴーグルを剥いだクリ男の様子から、渦巻はセイクリッドウインドの正体を推測していた。彼の考えを勅使河原に打ち明けることは控えた。
勅使河原は深く考え込んだ後、
「セイクリッドウインドは美少女か…」
と呟き、デスク上のモニターを操作し、セイクリッドウインドの画像を映し出す。その繊細な美しさ、特に彼女の鼻や口元が、勅使河原の記憶の中の一人の女性、凜と重なった。
「まさか、凜が…」
と彼は声に出して言ったが、すぐにその考えを振り払うように言葉を続けた。
「凜にはセイクリッドウインドとして戦う勇気などあるわけがない。」
しかし、その言葉には確信がないことを感じ取った渦巻は、軽く眉をひそめた。
「渦巻。」
「はい。」
「凜は今、どこで何をしているか調べろ。」
渦巻の顔には、一瞬の驚きが浮かんだ。彼は覚えていた。美少女であること以外、何も価値を見いだせないと考え、勅使河原が凜を捨て去ったことを。
しかし、その感情を押し殺し、渦巻は即座に答えた。
「了解しました。ただちに調査を開始いたします。」
勅使河原は渦巻に対して、口での返事ではなく、手の動きだけで指示を出した。渦巻は一礼して、執務室を後にした。勅使河原は再びセイクリッドウインドの画像を見つめ、深い思索に沈んでいった。
水都神社の静かな境内には、古木のささやきや、清らかな水の流れる音が響いていた。この場所は、都会の喧騒から離れ、心を落ち着けることができる聖域であった。凜はその中で、白い衣を身に纏い、巫女としての日々を過ごしていた。
彼女の手先は、何度も繰り返し練習した舞の手順を、すらすらとこなしていた。かつてはアイドルとしての輝かしい日々を過ごしていた彼女が、今は一転して、巫女としての人生を歩み始めていたのだ。その中で彼女が最も重視していたのは、参拝者に対する接遇や礼儀作法。厳しい家庭環境の中で、これらを身につけていた凜は、巫女としての仕事にも充実感を感じていた。
しかし、その心の中には、一つの影が潜んでいた。それは、クリ男を通じてセイクリッドウインドの正体が露呈しかねない不安である。もし勅使河原が、彼女がセイクリッドウインドであることを知ったら、どのような反応を示すだろうか。
彼の冷徹な瞳が、彼女のことをどのように捉えているのか。凜は、その目を前にするたびに、胸がざわついていた。それは怖れだけではなく、彼に対する淡い思いも含まれていた。勅使河原との関係は、彼女にとって特別なものであったのかもしれない。彼の無関心や蔑視は、彼女にとって最も耐え難いものとなっていた。
静かな神社の中、凜は一人、心の中で葛藤し続けていた。彼女の心には、セイクリッドウインドとしての使命感と、身体と金銭だけの関係だったはずの勅使河原に対する淡い情熱が交錯していた。
クレイオ広告社の一隅には、事件の爪痕が鮮烈に刻まれていた。書類の散乱、壊れた窓ガラス、そしてオフィスの一部が焦げた形跡。それにも関わらず、事務所の中は忙しい従業員たちの息遣いと、電話のベルの音が響いていた。栗生の目は疲れ切っていたが、任せられた仕事へのプロフェッショナルな姿勢を貫いていた。
そして、その中に静かに立っているのが渦巻だった。勅使河原の右腕として知られる彼の存在は、この場において異質な雰囲気を持っていた。
「こんな状態だから話は後にしてくれ」
と、栗生の疲れた声が響いた。
渦巻は何も言わず、外へと姿を消した。数時間後、栗生と渦巻は近くの喫茶店で向かい合っていた。栗生の眼には警戒の光が灯っている。渦巻は冷静に、そして堂々と彼を見つめ返した。
「セイクリッドウインドの正体が誰かは知らんぞ」
と栗生が言い出すと、渦巻は静かに頷き、
「彼女を誘き寄せるのに協力してもらえませんか?」
と言葉を続けた。
栗生の心の中は、混沌としていた。彼の脳裏には、セイクリッドウインドとしての凜の顔が浮かんでいた。その顔の持つ独特の魅力と、彼女の姿から感じる強さと弱さ。その全てが彼の心を鷲掴みにしていた。
渦巻の頭を下げる姿を見て、栗生は少しの間考え込んだ。
「会社があの状態じゃ今は無理だな」
と答えると、渦巻は再び
「ならばいつならよろしいですか?」
と尋ねた。
栗生は深く息を吸い込み、ひとこと、
「今夜だ」
と答えた。
水都タワー前広場は色彩豊かなイルミネーションで夜の暗闇を照らしていた。煌びやかなその光の下、三人の男たちが佇んでいた。一人は栗生、もう一人は渦巻、そして、栗生とは顔なじみでない青年が立っていた。
「誰だ、その男は?」
栗生が指差す先には、不思議な装束を身にまとった男が立っていた。
渦巻が冷静に答える。
「彼はカボチャ男。もしミラクルナイトやドリームキャンディが現れたら、彼に任せるつもりです。」
栗生の顔に不機嫌な影が浮かび上がる。
「栗、柿ときたら次は無花果だろ。イチジク女の多実ちゃんはまだ落ち込んでいるのか?」
その言葉にカボチャ男が微笑む。多実は水都信用金庫襲撃事件のショックで未だ実家に引き篭もっていた。
「南瓜も、やはり秋の味覚ですよ。」
青年が言った。
栗生は鼻で笑いながら、
「ナメコも加えて全部、秋の味覚か。」
とつぶやいた。
その後しばらくして、突如として大音量の放送が水都市内に鳴り響いた。
「クリ男、水都タワー前広場に出現!」
自分の部屋で、放送を聞いた凜は飛び起きる。彼女の心には、行動への準備と不安が交錯していた。外の廊下で、彼女を待っていた大谷が声を荒げて警告した。
「凜、これは罠だ! クリ男はミラクルナイトに任せろ。」
だが、凜は瞳に決意を宿し、大谷の腕を振り解いてセイクリッドウインドに変身。彼女が一番に確かめたかったこと、それは勅使河原が彼女がセイクリッドウインドであることを知っているのか、そして、彼の心の中に彼女の存在がまだ残っているのか。
緑色の光が凜を包み込むと、彼女はその光の中で姿を変え、セイクリッドウインドとして水都タワー前広場へと光ともに飛び立った。
水都タワー前広場に、緑の光と共にセイクリッドウインドが舞い降りた。夜の空気は冷たく、彼女の出現で一瞬、その広場の時間が止まったかのようだった。ミラクルナイトはまだ来ていない。待っていたのは、
「思った通りやって来たな、セイクリッドウインド。」
と彼女を舐めるような視線で見つめるクリ男だった。
セイクリッドウインドの目線はクリ男へと向けられ、彼女の声は鋭く、しかし内に悔しさを秘めていた。
「勅使河原の指示でやっているの?」
クリ男は軽く笑うと、
「まだ勅使河原に未練があるのか?お前も憐れな女だな。」
と舌打ちした。
セイクリッドウインドは、その言葉に怒りを感じながらも、
「勅使河原は私の正体を知っているの?」
と再び尋ねた。
クリ男は舌を巻きつけるように、不敵な笑みを浮かべ、
「勅使河原はまだ知らない。だが、渦巻がお前のことを探っている。」
その瞬間、セイクリッドウインドの心が揺れ動いた。彼女は自らの正体が露見することへの恐れと、同時に勅使河原に気づかれたいという深い矛盾を抱えていた。
クリ男が背後を指さすと、その指先には渦巻の姿が現れた。驚くセイクリッドウインドに向かって、渦巻は冷ややかな笑みを浮かべる。
「今に会話で分かっただろ。」
クリ男は渦巻に向かって言った。
「分かりましたよ。セイクリッドウインドの正体が。」
と笑みを浮かべる渦巻。
「早く報告に行け。お前の傷はまだ癒えてないんだろ。」
渦巻は去る際、前回のセイクリッドウインドウとの戦いで付けられた傷の痛みを隠そうともせず、去って行く。セイクリッドウインドの敵意は、彼らの背後にまで伝わっていた。
「これで勅使河原にも知られてしまったな。」
とクリ男はセイクリッドウインドを嘲笑う。
その時、闘志に満ちた声が響く。
「水都の平和を乱す者は、私が許しません!」
ミラクルナイトが広場に現れた。しかし、クリ男とセイクリッドウインドの様子がおかしいことに彼女は気付く。その直後、すぐ後ろから、
「ミラクルナイト、お前の相手はこの俺だ!」
とカボチャ男が跳び出してきた。
水都タワー前の広場で繰り広げられるミラクルナイトとカボチャ男の戦闘の音。その中、クリ男は淡々とセイクリッドウインドに
「凜」
と呼びかける。彼の声は、戦闘の騒音に紛れることなく、明確に彼女の耳に届いた。
「いや、ナメコ姫と呼んだほうがいいかな?」
彼の言葉に、凜の目は警戒を強める。ミラクルナイトが耳を傾けていないか、目を通した。彼女の正体を知っている者は少ない。その中でも、奈理子が知ることは絶対に避けたい事柄の一つだった。しかし、ミラクルナイトは、カボチャ男との激戦の最中、二人の会話には気付かない。
セイクリッドウインドの体が、ふと硬直する。クリ男の手が彼女の腰を優しく、しかし確実に囲む。その手は、所有の意志を強く感じさせた。
「お前を捨てた勅使河原のことは忘れて、俺の女になれ。」
「誰がアンタなんかの…」
と言おうとしたセイクリッドウインドの言葉を、クリ男は断ち切った。
「俺の女になれば、勅使河原も裏切り者のナメコ姫を抹殺しようとはしないだろう。悪い話じゃないと思うぜ。」
言葉と共に、彼の手は彼女の尻を軽く撫でた。
凜の心は、恐怖と葛藤で揺れ動いていた。勅使河原が凜のことを探っていたのは、ただ裏切り者を制裁するためだった。勅使河原は裏切り者は許さない。一度は愛していた勅使河原に捨てられ、今は命を狙われている。恐ろしいクラゲ男としての勅使河原の姿が浮かぶ。。彼女の過去が、クリ男という男の手によって、再び現在の自分の前に引き摺り出されていた。
「あなたに、私を勅使河原から守る力があるの?」
彼女の声は、震えていた。
クリ男は微笑んだ。
「勅使河原はビジネスパートナーだ。悪いようにはしないだろう」
と言いながら、怯えるセイクリッドウインドの肩を優しく抱きしめた。
激しい戦いが繰り広げられる水都タワー前広場に、ミラクルナイトの悲鳴が鳴り響いた。
「いやぁ~!」
カボチャ男が放った蔓に捕らえられたミラクルナイトのスカートが捲られ、奈理子の淡いピンクのパンツが露わになっていた。
ミラクルナイトは、セイクリッドウインドウに助けを求めようと周りを見渡す。しかし、セイクリッドウインドとクリ男の姿がない。どこへ行ったのか気になるミラクルナイト。しかし、カボチャ男はその余裕を与えなかった。蔓が、ミラクルナイトのコスチュームとパンツの中に侵入してくる。更に、アイマスクを外された。ミラクルナイトは、パンツだけでなく素顔までも暴かれてしまった。
カボチャ男の陰険な笑顔とその言葉
「可愛いねぇ~」
に、ミラクルナイトの頬は一瞬赤く染まった。彼女のアイデンティティは、そのアイマスクの奥に隠されていた。しかし、今、それさえも奪われてしまった。セイクリッドウインドとクリ男の安否を案じる気持ちと、カボチャ男との戦闘の中、彼女の心は波乱に満ちていた。
「離して!」
ミラクルナイトの絶叫は、広場に響き渡った。カラクサ男、アマチャヅル男に弄ばれた過去の辛い記憶が次々と蘇り、その瞳は涙で濡れていた。しかし、それを振り払うかのように、彼女は強くカボチャ男を睨みつけた。
「ミラクルパワー!」
その言葉と共に、彼女の体は水色の輝きを放った。それは、彼女自身も予期していなかった力。苦し紛れに「ミラクルパワー」と叫んだだけなのだ。ミラクルナイトは漲る力で腕に絡まる蔓を掴むと、渾身の力を込めてカボチャ男ごと振り回し、カボチャ男を地面に叩きつけた。
「こんなバカな…ミラクルナイトは弱いはずだ」
と立ち上がるカボチャ男。
意外な自分のパワーに、驚きの瞳でカボチャ男を見つめるミラクルナイト。しかし、その驚きをバネに、彼女は次の一手を打つことに決めた。
ミラクルナイトは一気にカボチャ男に向かってジャンプ。
「ミラクルヒップストライク!」
その一撃で、カボチャ男は大きく吹き飛ばされた。
そして、彼女はその場で水色の光を両手に集めた。
「リボンストライク!」
その光がリボンの形に変わり、空に舞い上がった後、カボチャ男に突き刺さった。
カボチャ男の体が徐々に透明になりながら、彼の声が響いた。
「ミラクルナイトの身体でもっと遊びたかった…」
という言葉と共に、彼はこの世から消滅していった。
ミラクルナイトは、戦いの後の疲れと勝利の安堵で膝をついた。彼女の心の中には、今、セイクリッドウインドのことがよぎる。彼女は立ち上がり、辺りを見回した。
凜が目を覚ましたとき、豪華なベッドに包まれていた。頭上からは、白く繊細なシャンデリアが揺れている。部屋は、彼女が普段知っているものとは異なる贅沢な空間だった。ホテルのスイートルームであることを思い出す。既に、栗生の姿はなかった。
朝日が窓から差し込み、ゴージャスなカーテンを柔らかく照らしている。しかしその美しい景色とは裏腹に、凜の頭の中は混乱していた。ホテル代は?チェックアウトの時間は?そして何よりも今何時?時計を一瞥すると、神社の朝のお勤めの時間はとっくに過ぎていた。
心の中で、彼女は宮司たちや大谷の顔を浮かべた。昨夜、彼女が戦いに出たこと、そして戻らなかったこと。彼らの心配を思うと、彼女の胸は締め付けられたようだった。
そして、昨夜の記憶が戻ってきた。普段の栗生からは想像もつかない、ベッドの上での彼の紳士的な笑顔、彼の言葉、そして彼の舌と指。彼の強力な魅力に、凜は完全に引き込まれていた。彼女の若さや無防備さは、彼の前では無力だった。何度も失神し、すっかり栗生に従順な女になっていた。途中からは、凜の方から栗生を求めていたのだった。
ふと、寧々の顔が思い浮かんだ。こんな自分を慕ってくれる可愛い寧々。彼女の純粋な笑顔や、いつものやさしい言葉。凜は彼女を裏切ることができないと心から感じていた。
涙がこぼれ、凜はその場で膝をついた。彼女は、深い後悔と共に、寧々や奈理子と共に立ち向かう決意を固めた。この先、どんな困難が待ち受けていても、彼女は前を向いて歩んでいくことを誓った。
勅使河原の執務室は暗く、重厚な家具が並ぶ中、窓の外には都市の夜景が広がっていた。一筋の光が机の上に落ち、書類や書籍が散らばっている。
「セイクリッドウインドの正体が凜だと?」
勅使河原が、顎の下で指を組んで言った。その声には、驚きと興味が混じっていた。
渦巻は頭を下げながら、
「はい。情報源は確かです」
と続けた。
勅使河原はしばらく黙って考えた。かつての凜の姿が彼の記憶の中で蘇ってきた。戦うことを怖がっていた彼女が、今、敵として立ちはだかるのか。
しかし、渦巻が次に伝えた情報に、勅使河原は内心で驚きの色を見せた。
「それから…栗生が凜を…」
言いにくそうに渦巻が言った。
勅使河原は顔を上げて、冷徹な目をして渦巻を見つめた。
「何だと?」
声のトーンは低かったが、その中には怒りが隠れていた。
渦巻は少し身を縮めて、
「栗生が凜を抱いたそうです」
と続けた。
勅使河原の瞳がさらに鋭くなった。しかし、彼は冷静に、淡々とした声で言った。
「バカな女だ。栗生と寝ても不思議ではないだろう」
「さすがナメコ姫、極上の身体の持ち主だ。と、栗生は満足していました」
と渦巻。
まだ十代だった凜の初めての相手は勅使河原だった。それから凜の身体を開発したのは彼自身だった。更に、ナメコの薬を与え、濡れやすい完璧な女に育て上げたのだ。彼女が他の男に触れられることに、複雑な感情を抱えていた。凜を捨てたのは惜しかったかもしれない。そして、戦士になった凜の姿を見てみたいと思った。
「牛島と渚に準備を命じろ」
と彼は指示した。
「今度は誰の護衛をさせるのですか?」
渦巻は問う。
「私がセイクリッドウインドに会いに行く。その間、ミラクルナイトとドリームキャンディに邪魔をさせるな」
「しかし…栗生は、凜を自分の女だと言っていますが…」
勅使河原は手を挙げて渦巻を止めた。
「それ以上は言うな。会いに行くだけだ」
渦巻が頷きながら、
「了解です」
と答えた。
勅使河原は、深い椅子に身を沈めながら、遠くを見つめた。敵であれば、栗生の女であっても容赦無く叩く。
その前に、凜との再会、そして彼女の真意を知るために、勅使河原は準備を始めた。
(第90話へつづく)
(あとがき)














ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません