DUGA

ミラクルナイト☆第93話

水都第一小学校の教室に、微かな昼の光が差し込んでいた。窓の外のプレイグラウンドでは子供たちが楽しそうに遊んでいるのが見えた。しかし、6年3組の1つの席に座っている寧々の心は、外の景色とは裏腹に重苦しかった。

凜のことばかり考えてしまう。彼女はかつての敵、カラクサ男に連れ去られてから、一度も姿を現さなかった。寧々は深い憂いの中、凜がどのような目に遭っているのかを想像する。凜のキラキラとした瞳、その屈託のない笑顔が目に浮かび、胸が締め付けられるようだった。凜がどこに連れて行かれたのか、手掛かりが無い以上、寧々にはどうすることもできない。

「どうした、寧々。」

という声が寧々の思考を打ち破った。彼女の隣には、親しみやすい笑顔の少年、隆が立っていた。

寧々は彼を見上げ、

「奈理子さんは大丈夫?」

と声を震わせながら尋ねた。奈理子、ミラクルナイトの正体である彼女は、2回続けて、カラクサ男とザリガニ男の手によって執拗に攻撃を受け続けていた。

隆は短い間を置いてから、

「姉ちゃんは大丈夫だぜ。」

と答え、さらに

「昨夜は確かに落ち込んでいたけど、今朝のニュースを見て落ち込んでちゃいられないと思ったみたいだ。」

と付け加えた。

怪人の出現によって目立たなくなっていたが、水都の街では深刻な事件が連続して発生していた。特に高齢者を狙った連続殺人事件が社会の大きな問題となっていた。その犯人が怪人であるかもしれないという情報が、今朝のニュースで流れていた。

寧々は頭を垂れて深く溜息をついた。奈理子一人ではこの事件の解決は難しいだろう。凜のことを心の中で呼びながら、寧々は教室の中で独り、自分の感情と向き合った。


執務室の中、勅使河原は背の高い椅子に深く座り込んでいた。窓の外の街は灰色の空に覆われ、雨が小さく打ち付けていた。その景色と同じように彼の心も曇っていた。

「あの二人は、凜を薬漬けにして凌辱し尽くし、飽きたらK国に売り飛ばすつもりのようです」

渦巻からの報告が耳に入る。氷川と赤岩、彼らが凜を捕らえ、その後の悲惨な運命について。勅使河原は心の中で苦笑した。K国から嫁不足のC国へ大量の女が売られている。日本人の若い女は高い値で売れるだろうと勅使河原は思った。凜がどうなろうと、彼の興味はすでにそこにはなかった。彼が気にしていたのは、K国とC国の闇取引と、彼らが高く評価する日本人の女の価値だけだった。

しかし、次の話題に勅使河原の顔には真剣さが戻った。

「年寄り殺人事件の進展は?」

と尋ねると、渦巻は

「まだ犯人の正体はつかめていません。犯人が薬の使用者だとしても我々とは関係がない者と考えられます。」

と答えた。

カオリ、彼女から薬を入手した者が犯人ではないかと勅使河原は予測した。しかし、その犯行はカオリの指示によるものではなく、犯人の独断によるものだろうと思われた。事件から目を離さぬように渦巻に指示を出す。

勅使河原は深く呼吸をして、次の話題に移った。

「多実はどうしている?」

と尋ねた。水都信用金庫の事件から、多実は実家に閉じこもっているという。信用金庫は有給扱いで退職はしていないようだ。

マスコミのプレッシャー、その上信用金庫での彼女の立場。勅使河原は心の中で溜息をついた。

「多実も大変だな」

と思いながら、彼は渦巻に

「そろそろ立直ってもらわねばならんな」

と言った。


夕暮れの空が図書館の窓に映り込んでいた。奈理子は自らに課した学習タスクを完了させ、肩に掛けたリュックを引き寄せて立ち上がった。彼女のスニーカーが図書館のフロアに静かな足音を立てながら、彼女は出口へと歩いていった。

図書館の扉を開けると、ちょうど向かいにある電気屋の大型テレビに映し出されるニュースの画面が奈理子の視線を引きつけた。男性が痛々しい顔で何かを語っている。奈理子は近づき、耳を傾けると、それが連続殺人事件のニュースであることを知った。

男性がインタビューに答えている。連続殺人事件の最初の被害者である老人は、車のアクセルとブレーキを誤って操作し、人身事故を起こしていた。その影響で男性が家族を失ったが、老人は認知症と診断され、不起訴処分とされた。そして、その老人が連続殺人の被害者となるという皮肉。男性の瞳には、不条理への怒りと悲しみが混ざり合っていた。男は、連続殺人事件について聞かれたものの、それには答えず、高齢者の自動車運転の禁止を強く訴えている。

奈理子の心が重くなる。彼女もまたミラクルナイトとして闘う中で数多くの不条理を目の当たりにしてきた。しかし、この男性の悲しみや痛みを理解することはできるのだろうか。連続殺人事件の背後に潜む怪人をを倒したとしても、高齢者が起こした自動車事故で妻子を亡くしたこの男の気持ちは晴れることはない。しかし、ミラクルナイトとして奈理子がやれることは、連続殺人事件の犯人である謎の怪人を倒すことしか無いのだ。

そのような思いを胸に抱きながら、奈理子は家路についた。途中、夜の街のネオンライトが彼女の影を伸ばしていった。


水都の夜は静かで穏やかなものだったが、その平和が、今、1つの事件により震えていた。住宅街の一角には、冷たくなった老人の体が横たわり、その周りには駆けつけた住民たちの驚きと恐怖の声が響いていた。

空を飛び去る影を追って、鮮やかな茨の鞭を手に持つカオリが飛び出した。その鞭が瞬く間に影を捕らえ、地上に引き摺り下ろしたとき、犯人の姿が明らかになった。

「やっぱりあなただったのね…」

とカオリの声がひびく。その前には、認知症の老人が起こした人身事故によって妻子を失った男、バッタ男がいた。

バッタ男の眼差しは冷徹で、それでもどこか哀れみを感じさせるものだった。

「気持ちは分からないでもないけど…」

とカオリが呟く。

「車を運転する年寄りが一人死ぬ。それで、この街の安全は少しだけ守られる」

と彼は静かに言った。しかしカオリには、彼の正義に共感することはできなかった。薬の力を使った殺人事件を見過すことはできない。

「こんなことをしても、あなたの奥さんと子供は返ってこない。自首しなさい」

とカオリの声に切迫感が増していく。

「カオリさんには私の気持ちは分からない」

とバッタ男は去ろうとする。しかし、突如、薄暗い道に1人の影が現れた。

「誰だ君は?」

と問うバッタ男。それは香丸だった。

「カオリさんのボディガードさ」

と香丸の低い声が響いた。周りの人々のざわつきが増す中、香丸は冷静に続けた。

「もうすぐ騒ぎを聞いたミラクルナイトが来るだろう。ミラクルナイトはバッタ男に勝てないと思うけど、バッタ男が犯人であることは公になる」。

その事実に気づくと、この男にバッタの薬を売ったカオリの表情が一変する。

「お願い、自首して」

と彼女の目には、今までにない切実な願いが滲んでいた。


自分の部屋で今日の授業の復習をしていた奈理子は、バッタ男出現の報を受けミラクルナイトに変身した。セイクリッドウインドは行方が知れず、ドリームキャンディはまだ子供だから夜の戦いには来ないだろう。一人で戦わなければならない不安と恐怖に駆られながら水都の夜空を飛んでいた。ビルの屋上にバッタ男を見つけた。なぜか、カオリと香丸もいた。彼らの関係性は分からないが、これ以上、バッタ男に殺人事件を起こさせる訳にはいかない。

夜の空が静かに星を灯している中、水都のビルの屋上に立つ者たちの緊張感がその空気を震わせていた。真っ黒なバッタ男の姿と、輝く白いブラウスとプリーツスカートに身を包んだミラクルナイト、そして薔薇の香りをまとった美しいカオリと青年・香丸。

「水都の平和を乱す者は、このミラクルナイトが許しません!」

というミラクルナイトの宣言を無視し、バッタ男は静かな怒りを滲ませる目でカオリを見据えていた。カオリの瞳は、何かの決意を秘めているかのようだった。そして、彼女の声が冷静に響いた。

「奈理子、バッタ男が連続殺人事件の犯人よ。しっかり退治して。」

カオリはバッタ男に背を向ける。香丸の温かな手がミラクルナイトの肩を触れた瞬間、彼女の中の少女、奈理子がほんの一瞬、香丸に心を奪われた。

「バッタ男は強い。気をつけろよ」

と爽やかに告げると、香丸はカオリとともにミラクルナイトの目の前から去って行く。

バッタ男とミラクルナイト。二人の対峙するシルエットは、水都の夜景を背景に切なくも力強く映し出されていた。静寂の中、未来の行方をかけた戦いが今、始まろうとしていた。


水都の夜空が闇に包まれる中、ビルの屋上でふたりの存在が交錯する。灯りのない夜、月明かりだけが彼らの影を描き出す。

「何故、人を殺すの?」

優雅なミラクルウイングを背にしたミラクルナイトが、瞳に激しい怒りを燃やして問いかける。

バッタ男の眼には、深い悲しみと執念が宿っていた。

「水都の平和を守るミラクルナイト、市民の安全のためには死ぬべき者もいるのだ」

と、その言葉には彼の痛みが滲んでいた。

「死ぬべき人なんていない。どんな人でも殺してはいけない!」

ミラクルナイトの声は、夜風に乗り遠くへと響いた。

しかしバッタ男は冷たく言った。

「本当の悲しみを知らないからそんなことが言えるのだ」

と、言葉と同時に、彼は地面を蹴り上げるようにしてミラクルナイトに向かって跳躍した。

ミラクルナイトは、驚くほどの速さで飛び上がるバッタ男の動きを目で追いながら、急にミラクルウイングを広げて空へ舞い上がった。瞬く間に空中戦に突入。バッタ男の縦横無尽の動きと、その鋭いキック攻撃に、ミラクルナイトは翻弄されていった。

夜の静寂を破るのは、鋭い風の音と、彼らの交差する激しい衝突の音だけだった。バッタ男の驚異的な跳躍能力と、その絶え間ない攻撃の前に、ミラクルナイトは次第に追い詰められていく。

バッタ男の次の一撃が、ミラクルウイングに直撃。その瞬間、ミラクルナイトのバランスが崩れ、彼女はビルのビルの上空から下へと落ちていくのだった。その目の前に広がるのは、数十メートル下のアスファルトの地面。ミラクルナイトのピンチが始まったところで、物語は一時的な終息を迎える。


深夜の静寂が街路樹に包まれる中、ミラクルナイトの身体は地面に激しく突き刺さった。彼女の背後に立つ高くて大きな街路樹が、最悪の事態を防ぐクッションとなって彼女を受け止めた。しかし、この一撃の猛威を彼女のコスチュームが逃れることはできなかった。破れたミラクルウイングからはもう微かな輝きしか放たれず、衣装の一部がはだけ、奈理子の純白の下着が露わとなっていた。

バッタ男は、街路樹の間から地面に伏せたミラクルナイトの姿を見下ろしていた。

「ミラクルナイトではこの街の平和を守ることはできない」

と彼は低く呟き、再びその卓越した跳躍力を見せつけるように空へ舞い上がった。

しかし、ミラクルナイトの目には未だ決意の光が宿っていた。彼女は何とか力を振り絞り、立ち上がると、

「さらばだミラクルナイト。ホッパーキック!」

と叫ぶバッタ男の直撃を受ける覚悟を固めた。

「フェアリーシールド!」

とミラクルナイトが呼びかけると、彼女の両手から放たれる水色の光が、彼女の周りに透明なバリアーを形成した。空中から一直線に突進するホッパーキックと、フェアリーシールドが激突。しかし、圧倒的な勢いを持つホッパーキックはフェアリーシールドを容易く突き破り、ミラクルナイトに直撃。

彼女の身体は強烈な一撃の前に吹き飛ばされ、その場に倒れこんでしまった。バッタ男が、意識を失った彼女にとどめを刺すべく近づくものの、ひとしずくの月明かりの下で映し出された、奈理子の純白のショーツと生脚に目を止め、

「とどめを刺すまでもない」

と、どこか感傷的な表情を浮かべつつ、その場を去って行った。


「ミラクルナイト敗れる!」

水都の朝の光は、重いニュースとともに街を包んでいた。朝刊の一面に掲載された失神したミラクルナイトの写真。彼女はバッタ男に敗れ、純白のショーツが露わになりながら、地面に倒れていた。その衝撃の写真は、街の住民にとって信じがたいものであった。

渚と牛島はその新聞を手に、秘密のアジトである別荘へと足を運んだ。セイクリッドウインドの正体はナメコ姫の凜だった。裏切り者として捕らえられた凜を見物に来たのだ。そこには、縛られ、首輪で繋がれた凜がいた。凜の素肌は露わにされ、瞳は虚ろで、生気が感じられなかった。

「勅使河原さんの愛人だっていい気になっていた女がいいザマね」

と渚は冷ややかに微笑んだ。

「だれ…」

と虚ろな声を出す凜。渚は、

「アンタは私を知らないでしょうね。私は勅使河原さんの横で着飾ってるアンタを何度も見たけど」

と凜を見下す。氷川と赤岩に散々嬲られた凜には生気がなかった。

「アンタの仲間の奈理子もこんなふうにされたよ」

と、渚は朝刊の写真を凜の目の前にかざした。凜の虚ろだった瞳に、一瞬の焦点が合い、

「奈理子…」

と、か細くつぶやくと、彼女の目から涙が滴り落ちた。

渚はさらに凜を苛立たせるかのように、

「アンタ、まずはK国の市場に売られるのよ。そこから、C国のお金持ちのお嫁さんとして売られる運命なの。結婚できてよかったね。幸せを祈ってるわ」

と、口元を歪めながら告げた。だが、凜の心はすでにその場を離れ、ミラクルナイトとしての奈理子の安否を心から願っていた。

第94話へつづく)

あとがき