ミルキーナイト~胡桃・21歳~☆第7章「炎の記憶」
秋の夜が深まり、鄙野の町は静寂に包まれていた。だがその静けさは、胡桃の胸の内には届かなかった。
寧々との再会と別れから数日。町の人々の警戒は高まり、胡桃の耳にも「また戦いがあるのか」という囁きが届き始めていた。
その夜、胡桃はふらりと町の外れにある古い火の見櫓へ向かっていた。
そこでひとり、拳の打ち込みを繰り返す女性がいた。
白いトレーナーに黒のジャージパンツ。高身長で、切れ長の目。煤けた顔に汗を流し、まるで何かを払い落とすように黙々と打ち続けている。
「……格闘技?」
胡桃が思わず呟いたとき、その女性は振り向いた。目が合うと同時、張り詰めた空気が一気に走る。
「……あんたが、佐笠胡桃?」
「え……うん、だけど……」
「ミルキーナイト、だよね」
その言葉に、胡桃の体が一瞬こわばった。
「私の名前は焔田カスミ。五年前、あんたが守れなかった町で、家を焼かれ、母を失った」
胡桃は言葉を失った。
「私が火の海を見て泣き叫んでたとき、あんたは魔界に連れ去られてたって? 逃げただけでしょ。自分の無力さから」
「……違う……!」
胡桃は拳を握りしめた。けれどその力は、怒りでも悔しさでもなく、揺るぎない悲しみから来るものだった。
「私、あのとき、戦ってた……でも、負けて、悔しくて、何もできなくて……だから今、こうして……」
「だから? 今さら“正義の味方”に戻ってきたって、全部取り戻せるとでも思ってんの?」
冷たい眼差し。だがその中に、押し殺した叫びのような感情が見えた。
「……そんなに怒ってるなら、殴ればいい。私、逃げない」
胡桃は一歩前に出た。
カスミは眉をひそめたが、その拳は上がらなかった。
「……何年もずっと、魔物を殴るためにこの拳を鍛えてきた。あんたをじゃない」
その声は、わずかに震えていた。
そのとき、火の見櫓の下に、黒い影が忍び寄っていた。
「ミミィィィィィ……」
竹とミミズの奇怪な姿。ミミズタケトンボの別個体、強化型の“飛蝗型”だった。
「来たっ……!」
胡桃はすぐさま変身リングを構えた。
「ミルキー・アクト!」
白と茶の光が辺りを照らし、ミルキーナイトが跳躍する。
「離れて、ここは危ない!」
「逃げないよ。あんたにだけ、戦わせるもんか」
カスミは構えを取り、魔物の突進に素手で立ち向かった。
その拳が、魔物の粘液を弾く。
「なんでこんな……強いの!?」
「恨みはね、力になるの」
ミルキーナイトは驚いた。その動き、正確な体捌き、呼吸。素人ではない。
二人の連携。回転飛翔する魔物の腹部に、ミルキーナイトのキックが炸裂。カスミの肘打ちが直後に続く。
「ミルキー・コンビネーションッ!!」
魔物が爆発音とともに砕け散る。
残された夜風の中、カスミは肩で息をしながら、ふと呟いた。
「……あんた、まだ許してない。でも、あんたとなら……魔物を全部叩き潰せる気がする」
胡桃は静かに頷いた。
仲間は、確かにここに現れ始めていた。
(第8章へつづく)









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