DUGA

ミルキーナイト~胡桃・21歳~☆第4章「仮面の案内人」

 鄙比田温泉郷の外れにある「不知坂(しらずざか)」は、地元の人間でさえあまり近づかない場所だった。  古い石段が山腹へと続き、上には廃れた神社がぽつねんと建っている。

 そこは、かつて胡桃と弟・ライムがよく遊びに訪れていた場所でもあった。

 雨上がりの午後、湿った落ち葉を踏みながら胡桃はひとり、その石段を登っていた。

 手には大学のレポート資料を入れた布鞄。だがその目的は学問ではない。先日の戦いの余波として、町に漂う“魔の匂い”の根源を探るためだった。

 やがて辿り着いた神社の境内は、石灯籠に苔が生え、しめ縄も朽ちて垂れていた。

「まったく、管理する人いないのかな……」

 そう呟いたそのときだった。  社の奥、欄干の影から、男が現れた。

 黒のロングコートに身を包み、白手袋を嵌めた手には銀の杖。

 顔には仮面。右目を覆うような古びた金属製で、左目だけが覗いている。

 そして口元には、穏やかな笑み。

「相変わらず、ここは静かですね。……ミルキーナイト殿」

 その声音は落ち着いていた。低く、柔らかく、それでいて芯の通った響きがあった。

「あなた……誰?」

 胡桃は鞄の中に手を入れ、変身リングに指先をかける。

「名乗るほどの者ではありませんが、便宜上“シグマ”と呼ばれています。魔界に仕えていた者ですよ、かつてはね」

 言葉に嘘はなかった。だがその態度には敵意もなく、むしろ親しみすら感じさせた。

「……魔界の者が、なぜ私に近づくの?」

「忠義にも限界があるのですよ。かのコマリシャス殿のやり方には、私もいささか辟易しておりまして。ですから、こうして地上の未来を託すに足る者を……探していたのです」

 胡桃は一歩前に出た。

「あなた、私のことをどこまで知ってるの?」

「弟のことも……あなたが今、牛乳を飲みながら夜空を見上げる癖があることも、知っていますよ」

 その言葉に、胡桃の呼吸が一瞬止まる。

「……あなた、魔界で私の監視でもしてたの?」

「監視というより、観察ですね。あなたのような存在が、あの世界に飲み込まれず戻ってきた。それは、可能性です」

 シグマはそう言うと、懐から古びた巻物を取り出した。

 それは、魔界に伝わる“封印衣装”の設計図だった。

「これは、あなたの“次なる段階”の鍵となるものです」

「……強くなれるってこと?」

「そうとも。けれど代償もあります。力を深く引き出すということは、それだけ“過去”と向き合うことにもなる」

 胡桃は巻物を受け取らず、しばらく男の顔を見つめていた。

 その仮面の奥には、何があるのか。敵か味方か。正体も、目的もまだ分からない。

 けれど彼の瞳だけは、どこか誠実だった。

「……分かった。受け取る。ただし、もし嘘だったら、次に会ったときは容赦しない」

「それは光栄。ぜひそのときは、今度こそあなたの手で私を倒してみせてください」

 仮面の男は一礼し、山の霧の中へと静かに姿を消した。

 巻物を手に残された胡桃は、しばらく動けずにいた。

 風が吹いた。石段の木々が揺れ、どこかで牛の鳴き声のような音が響いた。

「……この町、やっぱりただの観光地じゃ終わらないんだ」

 再び巻物を見つめ、胡桃は静かに歩き出した。

第5章へつづく)