ミラクルナイト☆第178話
午後五時。
夏の陽が傾き、校舎の影が少しずつ長くなっていく。
蝉の声が遠くで鳴き始める頃、水都中学の裏庭にはふたりの姿があった。
「……で、なんで校門じゃなくて裏庭に呼び出したわけ?」
不機嫌そうに腕を組みながら、杉原寧々はポニーテールを揺らして睨んでいた。
制服のセーラー服の襟が風になびき、スパッツを覗かせる脚を揃えて立つその姿には、どこか落ち着かない気配があった。
「だって正門はうるさいじゃん。お前人気あるし、ファンクラブできかけてるぞ?」
手をポケットに突っ込みながら言うのは――奈理子の弟、野宮隆。
同じ学年、同じクラス、幼馴染。だけど、いつも少し距離をとってるような、そんなやつ。
「は? ファンクラブなんてあるわけないでしょ……」
「いや、あるよ。俺が作った」
「……は?」
寧々の動きが一瞬止まった。
口を半開きにし、目をぱちぱち瞬かせたまま、無言。
「“ドリームキャンディ応援会”な。チラシ作って、SNSアカウントも動かしてる。今週末、商店街でゲリラポスター貼り出す予定」
「……本気?」
「本気」
「……はぁああああああっ!?」
怒鳴るような声が裏庭に響く。
「や、やめてよ!なんでそんなこと勝手に……!そんなの、迷惑っ……!」
「なんで? ミラクルナイトより、人気出してやろうって思っただけだろ。……お前が、もっと前に出られるようにさ」
「そ、それは……!」
寧々は言葉を詰まらせた。
それは、心のどこかで願っていたこと。
けれど、隆がそうしてくれるのは――
「……私のことが好きだから? それとも、姉の奈理子さんを守るため? それだけのために?」
声が、少しだけ震えていた。
制服の袖を握る手が、無意識に力を込めていた。
隆は少し目を伏せて、短く笑った。
「両方、だな」
「……!」
「姉ちゃんのことは大事だし、ミラクルナイトは……正直心配で見てらんねーことも多い。でも、それ以上に……お前が必死に戦ってるの、俺は知ってる」
小石を蹴って、隆は寧々の正面に立った。
「寧々、お前がどれだけ頑張ってるか、俺はずっと見てた。強がって、誰にも頼らないくせに、陰で努力してるのも知ってる。だから俺は……」
一歩、近づく。
「お前の一番近くで、お前の力になりたいんだよ」
その言葉に、寧々の頬がふっと赤く染まる。
「……そんなの……卑怯だよ……」
「そっちこそ、はっきりしてくれないからだろ」
「うっ……」
沈黙。
蝉の声が遠く響く中、ふたりの影が、夕暮れの光の中で重なる。
「……でも、嬉しかった。ほんとに……ありがとう、隆」
そう言って、寧々は少しだけ微笑んだ。
その笑顔は、ヒロインとしてではなく――
ただの女の子、杉原寧々としてのものだった。
「ん~、やっぱりここのパインジュース、最高だよね!」
紙カップを両手で包み込みながら、杉原寧々が嬉しそうに微笑んだ。
頬に夕日が差し込み、ポニーテールが金色に揺れている。
「だろ?あそこのパインはガチで完熟しか使ってねぇからな」
隣に立つのは野宮隆。
片手に自分のジュース、もう片手で寧々のカップにストローをぐいっと押し込んでいた。
「ちょ、押しすぎっ……っふ、むぐっ……!」
「はい、口閉じて。こぼれてんぞ」
「うっさい!バカ隆っ!」
とぷっと口を尖らせた寧々の様子に、奥の冷蔵ケースを拭いていた果物屋の親父さんが笑い出す。
「へっへっへ、隆と寧々ちゃんもええ感じになってきたなぁ~。奈理子ちゃんは水都のアイドルだが、寧々ちゃんは“未来の嫁”か?」
「ち、ちがいますッ!!」
「やめてくださいってば、おじさんっ!」
顔を真っ赤にして声を揃えるふたり。その反応に果物屋のおじさんは声を上げて笑う。
「まあまあ、どっちにしてもな、あんたらが並んでる姿、昔っからここらの自慢なんだよ」
そう言って差し出されたもう一杯の特製ジュース。
寧々は、ふと微笑んで受け取った――その瞬間だった。
――ブブブッ、ブーーーッ!!
突如、商店街中のスピーカーが重々しい音を響かせた。
懐かしいような、しかし胸騒ぎを伴う音。
《緊急のお知らせです。ただいま水都公園にて、ミラクルナイトと正体不明のクラゲ型怪人が交戦中。市民の皆様は現場に近づかぬよう……》
「えっ……?」
寧々の目から笑顔が消えた。
「……クラゲ型って……まさか……“奴”?」
その言葉に、隆も顔をこわばらせる。
「クラゲ男……!? あいつ、ラスボス級のやつじゃねーかよ……なんで今……?」
そして、隆の脳裏に浮かんだのは――
スカートを剥がされ、パンツ姿で街頭テレビに映る姉・奈理子の姿。
(どうせまたやられて、ファンクラブが盛り上がって……テレビ局が押し寄せて……ッ!)
「やっべ!姉ちゃんが危ないッ!!」
隆が叫ぶと、果物屋のおじさんの顔色が変わる。
「な、奈理子ちゃん、一人で戦っているのか!?」
「奈理子ちゃんがあの化け物に勝てるはずがない!」
通りの向こうの蕎麦屋の店主が顔を出す。
「商店街の誇りが、また脱がされてたら笑えねぇぞ!ドリームキャンディはいないのか!?」
「奈理子ちゃんが戦っているのに俺たちは……!」
ざわざわと騒ぎ出す大人たち。
しかし、隆の隣にいた寧々は、すでに動き出していた。
「……私、行ってくる。ミラクルナイトを、守ることが私の使命」
「……寧々……!」
ジュースのカップをベンチに置き、立ち上がる寧々の横顔は、少女というより戦士のそれだった。
(私は……アイドルじゃない。けど――
ミラクルナイトの引き立て役になるだけの存在でも、ない)
「奈理子さんのパンツばっかりじゃ、恥ずかしさも価値が薄れるってもんです。私が見せ場、取り返します」
そう呟き、寧々は裏路地に走り出した。
隆はそれを追おうとして、ふと立ち止まる。
彼女の背に、決して見せない涙や、揺れる想いがあることを――
まだ、知らなかった。
「きゃあああああっ!!」
雷鳴のような衝撃音と共に、水色の閃光が宙を切り裂いた。
白く細い体が弧を描いて吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
それはもう、戦士の姿ではなかった――
スカートは脱がされ、ブラは片方ちぎれ、ショーツすら湿って裂けかけている。
露出した肌に、ぬるりと這いまわる粘液のような触手が絡みつき、少女の小さな体をむごく、いやらしく縛り上げていた。
「み、ミラクルナイトが……!?」
「これ、ちょっと……やばくないか……?」
いつもなら興奮し、カメラを向けていたテレビクルーたちが、思わず手を止める。
観客たちもざわめきを失い、広場は次第に静まりかけていた。
「あれは……もう、放送できるレベルじゃない……!」
誰かが呟いた。
ぐったりとしたミラクルナイトの顔には、苦痛と涙が浮かんでいた。
脇腹から太腿へと這う触手は、既に下着の中に滑り込んでいる。
衣装の防御機能は剥がれ、白い肌が無防備に晒される。
「……無駄だ、ミラクルナイト……貴様はもう、光を放てない……」
クラゲの怪人が低く、歪んだ声でつぶやいた。
だがその姿――どこか、“クラゲ男”と完全には一致しない。
触手の数、光の波長、攻撃の癖。似てはいるが、何かが違う。
「お、おい……あのクラゲ、まさか……本人じゃないのか?」
「え、じゃあ……誰……!?」
緊迫した空気の中――
「その手を、離しなさいッ!!」
ドンッ!!
風を割って跳び込んだのは、オレンジのドレスの戦士!
「中学生戦士!ドリームキャンディ、参上ッ!!」
虹色の軌跡を描いて振るわれたキャンディチェーンが、クラゲの触手を一気に叩き斬る!
ばしゅうっ!!
ミラクルナイトの体が絡みから解放され、崩れ落ちるように地面へ。
ドリームキャンディがすかさずその体を抱き上げる。
「奈理子さん、しっかりしてください……!」
「う……キャンデ……ィ……」
かすかな声で応えるミラクルナイト。
その頬を涙が伝っていた。
だが次の瞬間――!
「野宮隆くんだーっ!!」
「水都のアイドル・奈理子ちゃんの弟!!」
「どう思いますか!?妹さんの……じゃなかった姉のこの姿!!」
「クラゲ男が、再来したっていう噂は本当ですか!?」
ドリームキャンディの後ろから駆けつけた隆に、テレビ局の記者やカメラが殺到した!
「ちょっ、どけよ!今はそれどころじゃ……!」
「奈理子ちゃん、もうパンツどころの騒ぎじゃなかったですよ!お兄さんとしてどう感じますか!?」
「俺は弟だよッ!!」
広場は混乱を極める中、ドリームキャンディはクラゲの怪人を睨みつける。
(……この気配……クラゲ男とは違う……でも、力は“あれ”に近い……)
「あなた……本当に“あの人”なの?」
クラゲの怪人は答えず、再び触手を地面に伸ばした。
「答えるつもりはないか……だったら、叩き潰しますッ!!」
オレンジのドレスが舞い、戦場に再び戦火が走る!
「……奈理子さん……!」
ドリームキャンディは、ミラクルナイトの衣装の残骸をそっとかき寄せ、地面に横たわる彼女の体を抱き上げた。
白いブラは千切れ、小さな胸のラインが露わになっている。
ショーツも湿った粘液にまみれ、膝までずり下ろされていた。
「ごめんね、奈理子さん……私、もっと早く来るべきだった……!」
隆が駆け寄り、崩れるように姉の体を受け取る。
「姉ちゃん……!」
隆の瞳が潤んだ。
無防備に晒された姉の姿に、怒りと悔しさがにじむ。
「奈理子ちゃん、今どんなお気持ちですか!?」
「隆くん、ちょっとこっち見てください!」
テレビクルーの叫びが空気を切る。
「うるせぇッ!今は……今だけは、黙ってろ!!」
隆が怒声を上げた瞬間、噴水の上に立つクラゲ怪人の影が、ひときわ大きく膨れ上がった。
「“護る”つもりか……それは、弱さだ」
異様に低く、濁った声。
背から伸びた十数本の触手が、ビュルルと音を立てて波打ち、ドリームキャンディに向かって一斉に襲いかかる!
「キャンディチェーン!!」
鞭のようにしなるキャンディを巻きつけ、一本、また一本と叩き落とす!
だが、数が多い。
腕を締め上げられ、キャンディチェーンが地面に落ちる。
「くっ……っ!」
「心の隙間に、毒を流し込む……それが“クラゲ”だ」
触手が肩から胸へ、ドレスの中へ――
防御を崩され、体を拘束されながらも、寧々は気力で叫んだ。
「あなたなんかに……奈理子さんの“心”を汚させるもんですか……っ!」
「心……?お前たちに、そんなものが……」
しかし――
「あるわよ。あの子には“心”も“覚悟”もある」
突如、風が吹き抜けた。
触手の動きが止まる。
「えっ……?」
ドリームキャンディが目を上げると、そこに立っていたのは――
緑と銀の衣装をまとい、鉄扇ガストファングを片手に優雅に佇む女戦士。
風をなびかせ、笑みを浮かべたその顔は、堂々たる美しさを湛えていた。
「風の戦士、セイクリッドウインド。遅れて登場~ってね」
「凜さん……!」
「キャンディ、ナイスファイト。でも、そいつはあんたが本気出すにはちょっと“違う”わね」
セイクリッドウインドが視線を鋭くし、クラゲ怪人を見据える。
「その顔、その声……その触手の波長――“あいつ”じゃない。
アンタ、本物のクラゲ男じゃないでしょ。」
クラゲ怪人の動きが止まる。
触手が引き絞られ、怪しく脈動する。
「……なぜ、そう思う……」
「……バカね。あいつはね、戦いの最中でも、私の腰にそっと手を回してきたような最低のロマンチストだったの。
こんな無感情に女を嬲るだけの、薄っぺらい化け物じゃなかったわよ」
唇を吊り上げるセイクリッドウインド。
目には、確かな怒りが宿っていた。
「偽物が、あの男の名を語るなんて――ムカつくのよ」
広場に、風が吹いた。
真実を知る風の女と、心に火を灯す少女が、いま並び立つ。
「偽者が、本物の女を語るな……!」
セイクリッドウインド=凜が、ガストファングを広げて構える。
「風陣一閃――薙ぎ払いッ!」
バシュウッ!!
扇から放たれた刃のような風が、噴水を砕きながら一直線にクラゲ怪人を斬り裂く!
「ぐっ……!?」
触手が舞い上がり、反射的に後退する偽クラゲ男。
その隙を逃さず、ドリームキャンディ=寧々が叫んだ!
「ロリホップハンマー、変形ッ!!」
キャンディチェーンがくるりと変形し、巨大なチュッパチャップス状のロリホップハンマーへ!
「行きます――ロリホップ凄い突きッ!!」
突き出された一撃が、クラゲ怪人の中心部を捉える!
ドガッ!
仰け反る敵。しかしその身体は柔らかく、弾力を持って攻撃を吸収する。
「柔らかさだけは……クラゲ男譲りってわけか……!」
凜が呟くと、敵が触手を渦巻き状に振るい始めた。
「ふたりで来ようが……同じこと……!」
「いいえ、違う!」
ドリームキャンディの目に宿る、強い光。
「私は一人じゃない!ミラクルナイトと一緒に、戦ってきたから!」
「……フッ、あんたたちってほんと熱いわね。じゃあ、アタシも乗っかるわ!」
セイクリッドウインドが鉄扇を背に広げ、風を呼ぶ。
「風刃陣・裂風乱舞――!!」
無数の風の刃が、弧を描いてクラゲ怪人を取り囲む!
そこへ重なるように、ドリームキャンディが吼える。
「キャンディスターバースト――!!」
ハンマーの先から放たれた七色の閃光が、風に乗って敵を貫く!
ズバァァァァァッ!!
爆風とともに、偽クラゲ男の触手が四散した。
蒸気のような水気と共に、クラゲの体が崩れ始める。
「ぐっ……ま、まだ……貴様らには、わからない……“彼”の恐ろしさを……!」
「その“彼”のことは、アンタよりも私の方がよく知っている。
だから……あんたの“安っぽい模倣”じゃ、女はなびかないのよ――!!」
セイクリッドウインドの最終一閃――!
「風牙斬――!!」
突風が渦を巻き、クラゲ男の仮面を切り裂いた。
バシュウッ……!
蒸気が広場に満ち、クラゲの姿が霧のように消え失せる。
そして――
残されたのは、傷つき倒れたミラクルナイトと、武器を納めたふたりの戦士。
広場の市民たちが、息を飲んで見守る中、
セイクリッドウインドはぽつりと呟く。
「本物の男ってのはね……
“愛した女を痛めつけるとき”には、少しだけ涙ぐむもんなのよ……」
ドリームキャンディは横で小さく苦笑しながらも、ミラクルナイトのもとへと歩み寄った。
「奈理子さん……あなたの守ってきた街は、今も……私たちが守ります」
そして彼女たちは、月夜の噴水広場に凜と立ち尽くす。
戦いは終わった。しかし、クラゲの“本物”は、まだ姿を現していない――
クラゲ怪人が消え、夜の静寂が戻った水都公園。
倒れたミラクルナイトを抱える隆の周囲には、再び光と音の波が押し寄せていた。
「奈理子ちゃんは今、意識が!?ブラが!?」
「隆くん、奈理子ちゃんの弟としてどう思いますか!?その――この“晒された姿”について!」
「またもパンツ!今回はブラまで――これは歴史的敗北と言えるのでは!?」
テレビ局のスタッフたちがマイクとカメラを隆に突きつけ、
その手元でぐったりとしたミラクルナイトの姿が、容赦なくフラッシュにさらされる。
「やめろってばッ!!姉ちゃんは今、戦いを終えたばっかりなんだぞ!!」
隆が叫び、姉を覆うように身をかがめた――
そのとき、声を張り上げて割って入った者がいた。
「待たれいッ!!!」
ズザッと芝生を滑り込むように現れた、学生服の青年。
手には手製の「絶対天使ミラクルナイト応援うちわ」、背中には「水都大学私設奈理子ファンクラブ」腕章。
「我らがミラクルナイトは今、“愛されるヒロイン”ではあっても、“晒される偶像”ではないッ!!」
テレビスタッフの前に仁王立ちとなり、両手を広げて隆と奈理子を守るのは――
水都大学の熱血青年、**成好(なりよし)**だった。
「皆さんに求められているのはパンチラでも、ちっぱいでも、マン毛でもない!涙を拭って立ち上がるその“勇気”だ!」
カメラがざわつく中、彼は続けた。
「奈理子ちゃんが何を見せたかじゃない。
**何を背負って立ち上がったかを、伝えてください!**それが、ファンの願いです!!」
その言葉に、テレビ局員たちが一瞬沈黙する。
隆は成好の背中を見つめながら、小さく呟いた。
「……あんた、変態だと思ってたけど、いい奴だな……」
「褒めてるのかけなしてるのか、どっちだそれぇ……!」
一方、少し離れたベンチの影では――
セイクリッドウインドとドリームキャンディが、ミラクルナイトの身体を丁寧に整えていた。
「この状態じゃ、変身解除もできないわね。とりあえず、私の上着、巻いておくから……」
セイクリッドウインドは着ていた羽織を外し、奈理子の腰に優しくかけた。
「……奈理子さん、私、もっと強くなりますから」
ドリームキャンディがそっとミラクルナイトの手を握る。
その掌はまだ細く、小さく震えていたけれど、そこに宿る熱は確かだった。
「今日は……よく頑張ったわよ、奈理子」
夜風が、静かに吹く。
遠くで水音が鳴り、広場の喧騒がゆっくりと遠のいていく。
戦いの夜が、こうして――優しく、静かに幕を閉じていった。
(第179話へつづく)














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