DUGA

ミラクルナイト☆第209話

🥖魔界パン工房「クネクネベーカリー」――

地鳴りとともに、黒紫の煙が立ちこめる奇怪な空間。
天井から吊られた無数の発酵生地袋が、グルグルと揺れながらふくれ上がっていた。

壁という壁には、小麦粉とバターが飛び散り、
釜のような巨大な炉の中ではぐるぐると回転する謎の生地がうねりを上げていた。

「ふふ……できるわ、世界を恥ずかしさで満たす“膨張系魔物”が」

高笑いを上げるのは、小さな魔界の支配者・コマリシャス

その隣で、よだれを垂らしながらこね棒を抱きしめているのは、忠臣タンポポタイだ。

「コマリシャスさま!あれ、もう生まれますよ!ボッコンボッコン発酵が止まりません!」

「ええ、見てなさい。奈理子を褌まみれにした商店街……あの羞恥空間をもっと破裂させるための、完璧な材料よ!」

ゴウンッ、ゴウンッ――

炉の中の生地が光り出す。

うねるイースト菌の粒子が生き物のように絡みつき、
それが大きな胴体を形作る。ぷるぷると震えながら膨らんでいくそれは、
モチモチとした皮膚、腹部に赤く輝く“オーブンの窯”、そしてハート型のパン耳を備えた不気味な人型に変貌していく。

「むちむちぃ……ふごごぉ……ぱ、ぱあぁん……ッッ!出来たぞぉおお!!」

ボゥンッ!!
爆発音とともに、工房の中央にパン生地まみれの怪人が現れた。

その名は――

『イーストバクハツ』!

「うおぉおッ!なんだこのプリミティブな肉体!ふくらみが……止まらねぇ!これが……愛!?これが……!パンかああああああ!!」

彼は胸を張り、両手を掲げて叫んだ。背後で釜の余熱が爆ぜ、モチモチの生地が空に舞う

「ふふ……感情の暴発、羞恥の膨張。完璧じゃないの」

「しかも、奈理子の白パンへの執着まで備えてる……!コマリシャスさま、コイツ、絶対奈理子と相性いいに決まってます!」

「ええ、早速あの水都に送り込みなさい。
 白褌の守護神なんて称号――もっともっと膨らんで、
 最終的には爆発しちゃうくらい恥ずかしがらせてあげるんだから!」

闇のなか、クネクネと揺れるパン工房の煙突から、
ぷわりと湯気が立ちのぼった。

そしてイーストバクハツは、
モチモチとした跳躍でパンパカパンと飛び跳ねながら、
いずこかへ向かって走り出していくのだった――!


鄙野・蛇ノ目町の1Kアパート「コーポ黒煙」102号室

古びた外観に、洗濯物の代わりにぶら下がるカビたタオル。
その一室に、魔界の支配者・コマリシャスがちょこんと正座していた。

「ほら、プリンセス。牛乳、こぼれてる」

テーブルの上には、鄙比田牛乳と焼きたてのロールパン
忠臣タンポポタイがそっと牛乳パックを支え直す。

「だって……朝から頑張って生んだんだもん。イーストバクハツ。ちゃんと大暴れしてくれるかなぁ……」

「パンとパンツ、妙に噛み合ってたからね。期待できるよ」

「ふふ、あの奈理子っていう子……すっごく“ああいうの”に弱いんだよ?すぐ頬を赤らめて、ううんってなるの。可愛いったらない!」

その時、キッチンから湯気とともにエプロン姿の女が顔を覗かせる。

「朝からパン会議?ほんとに楽しそうね、あなたたち」

現れたのは、穢川研究所派遣監視員の紗理奈
エプロン姿に長袖ブラウス、そしてなぜか割烹着の下には鋭い蠍の尾がチラリと覗いている

「紗理奈、私の作戦ちゃんと見てた?」

「ええ、もちろん。イーストバクハツ、誕生の瞬間はなかなか見ごたえあったわ。あの“もち肌”、鄙野の守護神ミルキーナイトじゃ耐えられなかったでしょうね」

「奈理子も無理だよぉ〜♡ あの子、恥ずかしいと力が出せないもん!そこが狙いどころだよね」

タンポポタイが真面目な声で頷く。

「市民の前で派手にやってやれば、彼女は変身すらできない可能性がある」

「変身できない……つまり、パンパンに膨らまされて、モチモチにされて、白パンツのまま市民の前でぐるぐる巻き。うふふ、いいなそれ……!」

コマリシャスが床の上でころころと転がりながら笑い出す。
紗理奈はその様子を、少し呆れた目で見つめたあと、カップに注いだコーヒーをひと口。

「でもね、コマリシャス。奈理子は今、"皆の前で見られること"にちょっと耐性ができてきてる気がする。秋祭り、あなた見てなかったでしょ?白褌姿で輿を担いで商店街を練り歩いてたのよ」

「あれは今思い出しても笑えるね。まるで夢みたい」

「本当だよ。なかなか堂々としてたし、ファンも大盛り上がりだった」

「……なにそれ。そんなのズルい!私が奈理子の人気取りに協力したみたいじゃない!」

「でも、人気があるからこそ作れるのよ、最大級の恥ずかしさってやつを」

紗理奈はそう言って、ニヤリと唇を吊り上げた。
そして、プリントされた紙を机に広げる。そこには――

「“奈理子のパン祭り大作戦”と題した広報ビラ……?」

「そう。商店街が進める“パンで街おこし”イベントよ。
 ここに、イーストバクハツ男を滑り込ませればいいの。
 奈理子はきっとまた断れない状況になる」

「わぁぁ、それってつまり、また白褌!?」

ぱぁっと顔を輝かせるコマリシャス。

「パン粉まみれの奈理子、発酵プレイでぷくぷくにされて、最後はパンの中で……ぷちゅって」

「やめて、プリンセス。想像が過激になってる」

「でもね、紗理奈。この作戦、失敗したらまた奈理子の人気が上がっちゃよ。だから、失敗は許されない」

「……分かってるわ。あの子には、あの子なりの美学があるってこともね」

「じゃあ出撃よ、タンポポタイ。合図を送りなさい。
 パン粉と羞恥と熱々の小麦が、水都を包み込むの。
 『純白の天使』を、私たちの“笑い”で包み込むのよ!」

「了解、コマリシャスさま」

魔界の窓辺から吹き込む牛乳の香りの風のなか、
作戦「奈理子のパン祭り大作戦」は静かに――そして、ねっとりと始動した。


商店街振興会の会議室(イベント10日前)

秋祭りの盛り上がりに味を占めた商店街の住民たちは、再びよからぬことを企てていた。

「パンで水都を元気にしよう!“パン祭り大作戦”開催決定!」

活気づく商店街の会議室。壁にはカラフルなポスター。

「おいしい!楽しい!見せパン祭り!」

と書かれた妙に攻めたフレーズが光る。

「で、イベントの目玉なんだけど……また奈理子ちゃん、頼めるかな?」

蕎麦屋の店主が口火を切る。

「えっ、私ですか?」

会議に同席していた奈理子は、いつもの制服姿で椅子に正座しながら、顔を上げた。

「ほら、先日の秋祭り。奈理子ちゃん、白褌で凜ちゃん担いでくれたろ?アレ、めっちゃ話題になってさ。
 “水都の女神”ってSNSでバズってな。商店街的にはあれを超えたいわけよ」

「そ、そんな……」

「でな、パンの精霊になってほしいんだ。
 商店街のパン職人とコラボして、舞台上で“パン粉まみれ→発酵パフォーマンス→焼き上がり”って流れで!」

「焼き上がり!?」

奈理子の目が点になる。

「うんうん。商店街の皆で“生地役”や“イースト菌役”やるから!安心して」

「それ、安心できる要素あります!?」

「それで、奈理子ちゃんには“水都の天使パン娘”っていう設定で――
 まぁ、パン粉まみれになって、生地にされて、最終的に美味しく焼かれるって寸劇を…」

「ちょっと待ってください!それって私、パンになるってことですか!?」

「そう!女の子がパンになる!文学的でしょ!演劇的でしょ!カワイイでしょ!」

「ぜんぜん文学感じません……」

「で、当日は白シャツ+白エプロン+白ビキニ+ベレー帽で衣装いくから」

「白ビキニに……ベレー帽?」

「パン職人っぽくて可愛いじゃん!」

ざわつく中、奈理子はふと視線を感じた。
隅の席に座るが、申し訳なさそうに小さく手を合わせていた。

「(鈴さん…なんでこうなるの!?この人たちを止めてよ……)」

「(ゴメン……見届ける役なの……)」

目で会話するふたり。

「で、衣装合わせは来週の木曜、パンの仕込みと本番リハは土曜ね!」

「え……決定なんですか!?私、まだ引き受けるとは――」

「だって、振興会の公式ポスターもう印刷出してるから!」

指差された壁のポスターには――
ベレー帽をかぶってパン粉にまみれる、コラージュされた奈理子の姿。

「誰!?これ!?合成!?やだっ、これ私の……!!」

「SNSにも明日から告知出す予定だし。
 ね、大丈夫だよ奈理子ちゃん。商店街を愛してるなら、やってくれるって信じてた!」

「えっ、あっ、ちょっと待って……!考えさせてください!せめて凜さんにも……!」

「凜ちゃんは“パン祭り守護巫女”として焼きたてパンの神託を告げる役で参加するって!華やかになるぞ〜!」

(どうして凜さんは焼かれないの……?)

頭を抱える奈理子の前で、どんどん膨らむ商店街の期待――
否、膨らむ生地のようなプレッシャー

「……パン粉、かぶるのかぁ……」

脱力する奈理子。その胸に、ふつふつと膨らむ熱気。
しかし、それは生地の熱ではなく――

魔界パン工房「クネクネベーカリー」にて今も発酵中のイーストバクハツが、水都への出発準備を整えていた。


水都商店街・中央広場ステージ前

――快晴、パンの香りただよう春の午後。

アーケードを抜けた先に広がる特設ステージ。
ベーカリー各店が軒を連ね、湯気を立てる焼きたてパンの香りが風に乗って町を包んでいた。
「水都春のパン祭り」初日、目玉企画「パン娘演舞ステージ」を前に、すでに大勢の市民が集まっている。

 

「すっごい人だね……」

寧々が額に手をかざしてステージを見上げた。隣に立つ隆は、フランスパンを抱えながら気怠げに肩をすくめる。

「姉ちゃん、パンになるんだっけ?」

「……言い方。もっとどうにかならないの?」

「いや、だって“焼きたてパン乙女演舞”って書いてあるし」

「それはキャッチコピーでしょ」

 

二人の背後、屋台通りの隅には、赤と白の市松模様の日除け下で涼む凜と大谷の姿が。

「奈理子、今日も頑張ってるねえ〜」

凜は手に持ったコッペパン型の団扇をパタパタ仰ぎながら、鼻歌まじりにステージを見つめる。

「凜、何か感慨でもあるのかと思ったけど……」

隣でイチゴ牛乳を啜る大谷が呆れたように呟く。

「私のほうは“パンの神託を授ける巫女”っていうありがたい役なんだから、神々しくしてるの」

「……そのベレー帽とケープで?」

「神々しいでしょ?」

「いや……ベレー帽が似合うのは画家だけだって思う」

 

やがて司会マイクの音がスピーカーから響き、ステージ前に期待のざわめきが走る。

「みなさ〜ん、お待たせいたしました!いよいよ始まります、パン娘・水都の天使、野宮奈理子さんの“焼きたてパン乙女演舞”!」

「テーマは“膨らめ、夢とパン!”――さあ皆さん、温かい拍手でお迎えください!!」

 

\ わぁぁぁあああああ!! /

満場の歓声。
バン!とスモークが焚かれ、ステージ脇から現れたのは――

 

ベレー帽白シャツ白エプロン白ビキニという、
もはや狙っているとしか思えない“純白のパン娘スタイル”の奈理子。

 

「……笑顔、笑顔……これは水都のため……」

笑顔を引きつらせながら舞台中央へ歩み出る奈理子。
市民たちがどよめく。カメラのフラッシュが雨あられのように降り注ぐ。

「姉ちゃん、可哀想……」

「いや、でも……なんかすごく似合ってるのがまた……」

隆の呟きに、隣の寧々は微妙な顔で

「やっぱりこの町おかしい」

とぼそり。

 

一方、観客の陰から静かにその様子を見ている影があった。

「……パンの女神とは、ふふっ……想像以上に愉快だわ」

コマリシャスが三色団子を口に運び、隣でタンポポタイがそっと確認する。

「準備は完了しています。あとは出番を待つだけです」

「じゃあ、最高の“発酵”の瞬間を、あの娘にプレゼントしてあげなきゃね」

祭りは最高潮。奈理子の“焼き上がり”を待つかのように――
あの膨らみすぎた魔物が、今まさにステージ裏で「ぷしゅう……」と泡立っていた。


午後のステージイベント。水都商店街中央広場の特設ステージにて、アナウンスが響いた。

「さあお待ちかね、水都が誇る清楚な天使! パン娘・奈理子ちゃんによる特別演舞です!」

拍手と歓声が巻き起こる中、奈理子は舞台袖からそろりと姿を現した。

「うぅ……恥ずかしい……」

ベレー帽をちょこんと被り、白いシャツは胸元で軽く結ばれ、お腹が見える。白のエプロンが可愛らしく揺れ、その下にはなんと、水着――純白のビキニ太ももからふくらはぎへと流れる脚線美が照り返す秋の陽光にきらめいていた。

(こんな格好で踊るなんて……どうして私、引き受けちゃったの……?)

けれど、会場から上がる歓声が、奈理子の胸の奥をくすぐった。

「奈理子ちゃーん!」
「天使すぎる!」
「そのエプロンください!」
「そのパン娘帽、オレに被らせて!」

(……皆、楽しそう)

奈理子はそっと息を整えた。そして、パンを模した小道具を両手に掲げ、軽やかに一歩踏み出す。

白く清楚な衣装が風に揺れ、観客の視線が集中する。

(こんな衣装でも、笑顔で踊ればきっと……)

音楽が流れ出す。奈理子は舞う。回転し、足を踏み、笑顔を咲かせる。

「いらっしゃいませ、焼きたてパンはいかがですか〜♪」

リズムに合わせて両手のパンを振りながら、踊る奈理子の頬が紅潮していく。

(うぅ、恥ずかしいけど……皆が喜んでくれてる。だったら……)

ふわりとスカートの代わりのエプロンが跳ね上がり、観客から一際高い歓声が上がった。

「最高だよ奈理子ちゃーん!」
「パン買います!買わせてください!」

奈理子は恥ずかしさを抱えながらも、どこか嬉しげな微笑みを浮かべていた。

(こんな私でも……誰かを笑顔にできるなら、少しくらい恥ずかしくても……)

最後のポーズを決めると、シャボン玉が舞い、拍手が降り注ぐ。

ステージを見つめていた凜がつぶやく。

「……やっぱり、奈理子はヒロインなのね」

その横で、寧々は呆れたように小さくため息をついた。

「……まったく、調子に乗らないでくださいよ、奈理子さん」

けれど、奈理子は誰よりも眩しく、可愛らしく、そして……水都の皆に愛されていた。


ステージ上。奈理子が「パン娘演舞」のフィナーレのポーズを取った瞬間――

「ふおおおおおおッ!! パンは!膨らんでナンボだああああッ!!」

轟音と共に、特設ステージの背後を破って現れたのは、巨大な発酵生地のような体に、焼き網と発酵タンクを組み合わせた装甲をまとった魔物だった。身体のあちこちから泡のように生地が膨れ、異様な臭気が漂う。

「イーストバクハツ参上!! この街のパン魂、いただくぜぇえええ!!」

「きゃあああああッ!!」

客席が悲鳴に包まれる。ステージの脚元が崩れ、奈理子がよろけたそのとき――

「くらえ! 酵母ぉおおおッ!! バクハァァァツ!!」

イーストバクハツの手から飛び出した白く泡立つ生地状の塊が、奈理子の体を襲った。直撃を受けた奈理子の白エプロンが――**ジュッ……!**という音とともに、蒸気を立てて溶け落ちた

「きゃ、きゃぁあああッ!!」

エプロンとブラウスが溶け、ベレー帽も吹き飛び、ステージ上に白ビキニ姿の奈理子がむき出しで立ち尽くす。

「パン娘ちゃんのパンツルック、最高だぜえええええ!!これぞバクハツ芸術ぅぅ!!」

奈理子は顔を真っ赤にしてスカート代わりのエプロンの残骸を隠すようにしゃがみこんだ。

(こ、こんなの……!)

――そのとき。

「風よ、舞え!」

緑の光がステージを包み込んだ。神楽鈴の音が響き、観客の視線が一斉に空中に向く。

煌びやかな巫女装束の凜が、輿の上から高々と跳び、くるりと宙で舞いながら、神聖な緑の光に包まれて――

「風の守護・セイクリッドウインド、推参ッ! このステージは、渡さない!」

バッとガストファングを構え、イーストバクハツの攻撃を払い落とした。

「奈理子、今のうちに逃げて!」

「り、凜さん……ありがとうッ!」

奈理子は袖口をかき集めるようにして客席の混乱をすり抜け、舞台裏へ走り出した。

一方、観客席の脇では寧々が唇を噛みしめていた。

「……しょうがないですね」

奈理子の無防備な姿に怒りと羞恥を感じながら、彼女も観客の波から離れ、トイレへと走る。変身のための場所を探しながら――

(ああもう、どうして奈理子さんのイベントは毎回こんなことに!)

◇ ◇ ◇

控室。入り口の扉を開け放った奈理子が、バタバタと駆け込む。

「はあっ、はあっ……変身しなきゃ……!」

ロッカーの上に置いてあった、愛用のアイマスク――それが変身アイテムだ。手に取り、今すぐにでも身に付けたいのに――

(……待って。このまま変身したら、水着も……!)

ミラクルナイトに変身すると、奈理子の衣類は変身光と共に全て消滅する。唯一残るのは――下着だけ。だとしたら。

(……ビキニじゃ、消える……!)

奈理子は瞬時に決断した。ロッカーに保管していた、白い下着――清楚なデザインのブラとショーツに着替えると、胸元に腕を交差させた。

「ミラクル・チェンジ……!」

光が爆ぜ、ヒロインが目覚める――

次の瞬間、ステージを激しく照らす光柱が控室から立ち上った。

――ミラクルナイト、ここに復活。

次の戦いの舞台は、すでに整っていた。


商店街のステージ前――

セイクリッドウインドとイーストバクハツの激闘が続いていた。

「ふんにゃ〜!お祭りと言えば!膨らむ気持ちと!膨らむパン生地だぁああッ!!」

魔物・イーストバクハツの両腕から飛び出す粘着性のあるモチモチした白い塊が、セイクリッドウインドの肢体にまとわりつく。まるで絡みつく生地のようにじわじわと締め上げ、煌びやかな巫女装束を侵食していく。

「くっ……!こんなモチモチ、鬱陶しいだけよッ!!」

ガストファングで薙ぎ払おうとするが、粘着力に勝てず、抵抗するほどに纏いついて剥がされていく。

びりっ…、ずるっ…。

「きゃっ……!?スカートが……!?」

モチモチキャプチャの一撃で、コスチュームが引きちぎられ、上着も裂けていく。残されたのは、戦闘用のインナースーツ……というよりも、ピッタリとした肌着に近い装い。神々しい巫女戦士の面影は、羞恥に染まりかけていた。

「な、なんで……なんで奈理子じゃなくて……私がこんな目に遭わなきゃならないのよぉ……ッ!!」

セイクリッドウインドは空を仰いで嘆いた。

だが――

「凜ちゃん、頑張れー!!」
「そのまま押し切られてくれーッ!!」
「インナーが溶けそう!溶けそうッ!」

観客たちは誰も目を逸らさなかった。水都神社の看板巫女、風間凜――その23歳の色香漂う肢体がさらされてゆく様を、まるで祭りの演目のように見守っていた。

「もおおおッ!見ないでッ!!」

そこに、イーストバクハツが追撃を仕掛ける!

「グルテンラシュ!!」

パンの生地を圧縮・強化した拳のような弾丸が、ドコドコと連打でセイクリッドウインドを襲う!
ドカッ!ボゴッ!ズガァンッ!!

「ぐっ……はあっ……くうぅっ……!」

連打を喰らったセイクリッドウインドが、ステージから商店街の屋台へと吹き飛ばされる。

――そのとき。

「うわッ!な、何コイツ……!?」

駆けつけたオレンジの少女戦士・ドリームキャンディが、セイクリッドウインドの姿に思わず後ずさる。薄布一枚に近い姿で瓦礫の中に倒れ込む風間凜・23歳。

「し、羞恥耐性ないのに……!ぜったい見ちゃいけないやつだコレ……ッ!」

ドリームキャンディは顔を赤らめ、手で目を覆うが、指の隙間からチラチラ見てしまう。

(ダメだ!わたし、集中できないッ……!)

そして――

「そこまでよ!!」

高らかな声と共に、白と水色の光が商店街に降り立つ。スカートを翻し、華やかな舞いを見せながら、白い衣装の少女が着地する。

「水都の平和を乱す者は――ミラクルナイトが許さないわ!!

颯爽と登場したのは、白ビキニの下着姿から変身を果たした、水都の守護神・ミラクルナイト

頭には王冠のような白いリボン。袖口には清らかな風の装飾。光をまとったその姿は、紛れもなく希望の象徴だった。

「奈理子……!」
「姉ちゃん……!」
「奈理子先輩カッコイイ……!」
「推せる……!」

観客たちから歓声と拍手が巻き起こる。

ステージに吹き込む風が、ミラクルナイトのスカートをふわりと揺らし、光の粒子が舞った。

「キャンディ、ここは私に任せて!」

「う、うん……!奈理子さん……!!」

傷ついたセイクリッドウインドの代わりに、いま水都を背負って立つ――

次なる激突は、ここから始まる!


商店街ステージ前――

ミラクルナイトとイーストバクハツが対峙するなか、突如、空間にひらめく魔法陣。

「さあさあ!やってちょうだい、マツリダンジーに続く新たなスター!
 “奈理子のパン祭大作戦”、いよいよ本番よ!」

観客席の遥か彼方、商店街の屋根の上にちょこんと座った魔界のプリンセス・コマリシャスが、団子片手に高らかに宣言した。

「全国配信で!ミラクルナイトの白パン姿をばっちりお届けしなさいっ♡」

「オッケェ~~~イッ♡ これぞ俺様の、モ〜チモチな真骨頂ッ!!」

イーストバクハツが吼えた!

「見ろッ!この酵母魂の圧倒的膨張!!」

ぶぉんっっ!!!

巨大に膨れ上がったイーストバクハツの腹部。
膨らみきったその生地腹が、ぶるるん!と揺れ、──

イースト・ブゥゥゥン!!

爆裂ッッッ!!

「きゃあああっ!!」

炸裂した生地から飛び散るモチモチ泡が、ミラクルナイトのスカートにまとわりつく!
スカートがじゅわりと発泡して…やがて、溶け落ちた。

「えっ、えぇぇ!?!?!?」

白パン(=白の生パンツ)だけを残し、まさかのパン一姿

「パン!パンじゃねえかああああッ!!!」

イーストバクハツの目がカッと見開く!

「なあんて愛しい……白パン……純白の夢……ふへへぇ……♡
 こいつぁもう、神に感謝して発酵しちゃうぜええッ!!」

「この変態!!」

ミラクルナイトは身を抱えて顔を真っ赤に染めたが――

観客席から歓声が飛ぶ!

「奈理子ちゃんの白パン……!」
「うおおおおおおおおお!!!」
「わたし、ファンになります!」
「奈理子、白パン似合いすぎィィ!!」
「白パン is 正義!!」

成好率いる水都大学奈理子私設ファンクラブ、MNSFCの面々が全力応援モードに突入!

「白パンだろうが何だろうが!ミラクルナイトは正義の味方だ!」
「白パン、誇りにしろーーーッ!!!」
「恥ずかしがるな!!それが…お前の正装だッ!!!」

「こ、こんな姿で……でも……みんな……」

ミラクルナイトの肩が震える。

「私……また白パン姿で……でも、守るって言ったよね……水都を……!」

――そのとき。

「ま、スケベ野郎の相手はそっちでお願い」
「私、変態耐性ゼロなんで……」

ドリームキャンディがそっとセイクリッドウインドを支えながら離脱していた。
コスチュームを剥がされ、紺の戦闘用レオタード姿で項垂れるセイクリッドウインドはぼそりと呟く。

「……絶対、奈理子は見せるつもりだったでしょ……」

「いえ、断じてやましい気持ちはありませんッ!」

そんなセイクリッドのボヤきを背に、ミラクルナイトは泡まみれの足場に踏み出す。

「恥ずかしくなんか……ないっ!
 白パンも乙女の誇りも、この街の平和も……全部、守ってみせる!

観客たちの拍手と歓声が一層大きくなる!

「おおおお!出たァァァァァ!白パン魂ッッッ!!」
「ミラクルナイトォォォ!!俺たちはお前のために!生きているゥゥゥ!!」

「ふんにゃぁ……あんたが白パンの女神ってわけね……♡」

イーストバクハツの酵母まみれの腕が唸る!

「だったら!
 今度こそそのパンっ……発酵限界まで育ててやるよッ!!

次なるモチモチ攻撃がミラクルナイトに迫る!

白パン姿の守護神、乙女の誇りと市民の声援を背負って――
逆転の光は今、泡の中から輝き始める!!


イーストバクハツの腕が振り上がる。

「さあ、見せてやるぜ!ミラクル白パンブレイク!
 俺のモチモチ・グルテンパラダイスで、お前の白パン魂を蒸し焼きにしてやるぅぅ!!」

ドロォォッ――!

パン生地のように伸びる粘着質の腕が、ミラクルナイトを包み込むように襲いかかる。
ミラクルナイトはかわす間もなく、その粘着泡に捕らわれた!

「んあっ!? う、動けない……!? なに、この…粘っこい……ッ!」

白パンツが泡にまみれ、細い腰も、太ももも、絞めつけられ、艶かしく泡が這いまわる。
泡の下で肌に張り付く感触に、ミラクルナイトの顔は真っ赤だ。

「おほっ♡ いいねえ……この弾力……この張り……
 パンの生地としては、最上級……ふへへへぇ♡
 あと少しでお前は俺のパンになるッ!!」

ミラクルナイトは必死に抵抗するも、泡に滑って足元もおぼつかない。

「くっ……このままじゃ……!」

観客たちは声を失っていた。
誰もが――絶対的な守護神の敗北を悟りかけていた。

しかしそのとき――

「――姉ちゃんッ!!」

叫んだのは隆だった。ステージ前の柵を越えようとする。

「ダメよ隆!」

と奈理子々が止めるが、彼の叫びが火をつけた。

「ミラクルナイト!がんばれぇええ!!」
「負けるなあああ!!」
「奈理子ちゃん!俺たちがついてるッ!!」
「白パン、誇りに変えろーッ!!!」
「ミラクルナイトォォォーーッ!!」

観客の大合唱が、水都の空に響き渡った。

その声は――

ミラクルナイトの胸に、確かに届いていた。

「……そうだ……私は……」

彼女の目が、瞳の奥から蒼く輝きはじめる。

「スカートなくったって……泡で体中を撫で回されたって……
 みんなが応援してくれるから、私は恥ずかしくても立てるんだ……!」

泡に沈みかけていた体が、光に包まれて浮き上がる。

「私が……ミラクルナイトだってことを――」

粘着泡が蒸発する。

「証明するのッ!!!」

彼女の両手が、空を掴むように上がる。

「いくわよ……!!」

「リボン――」

彼女の体を蒼白の輝きが駆け抜ける。
泡が弾け、空気が震える。

観客たちが思わず息を呑んだ瞬間――

「ストラーーーイク!!!」

両手から放たれる、水色の光のリボン
それは優雅に舞い、空を裂くように弧を描いて――

「う、うわあああああッ!?!?」

イーストバクハツの体を、包み込んだ。

モチモチ泡も、膨張した腹も、執着の言葉も――
すべてが静かに、そして潔く蒸発していく。

「パ、パン……俺の、白パン……グル……テン……ラ、ヴ……」

最後に呟いたその言葉は、
やがてひとすじの蒸気とともに消えた。

――静寂。

次の瞬間――

「やったぁぁぁ!!!」

歓声が商店街を揺らした。

ミラクルナイトは、白パン一丁の姿のまま、胸を張って立っていた。
その頬には汗と泡の名残。そして……誇り。

「皆さんの応援……本当にありがとうございました!」

ペコリと深く頭を下げるその姿に――

「奈理子ちゃーん!カワイイー!!」
「白パン神ィィ!!!」
「ミラクルナイト、愛してるーー!!」

喝采が止まなかった。

白パン姿の少女は、今日も街の平和を守った。
勇気と恥じらい、そして少しの覚悟をまとって――。

次なる戦いが来るその時まで、
ミラクルナイトは、この街の誰よりも眩しく、気高く、舞台の上に立ち続けるのだった。


鄙野の1Kアパート。
夕暮れの色が畳の上に長く伸びている。
天井にはぽつんと蛍光灯ひとつ。ちゃぶ台には冷めた抹茶ラテと、手付かずのだんご三本。

「……おかえり、コマリシャス」

先に帰っていた紗理奈が静かに迎える。エプロン姿のタンポポタイは無言で台所に立っている。

ドアを開けて、コマリシャスがふらふらと入ってきた。
手には折れた串、髪は爆風でボサボサ、頬にはうっすら焦げ跡まである。

「……うぇぇぇぇ……だって、だってぇぇぇぇ……!」

畳に顔から崩れ落ちると、そのままコマリシャスは泣き出した。

「白パンが爆発するの、ぜったい面白いと思ったのにぃぃ~~~!
 あんなに粘って、びちょびちょにしたのにぃ! なんでぇぇ!」

紗理奈は溜息をつく。

「コマリシャス、あの……今回は演出過剰だったのでは……と言うか、
 そもそも“パン祭り大作戦”というネーミングからして――」

「うるちゃいっ!!それを考えたのは商店街の連中よっ!」

コマリシャスがちゃぶ台を叩いて起き上がる。

「だいたいねぇ!奈理子があんなに白パン誇らしげにしてるのが悪いのよっ!
 あんなに気持ち悪いファンがいっぱいいるのも変なのよっ!
 何あれっ!“白パン神ィィ!”って!!」

「まあ、確かに“白パン”というワードが現代社会でここまでバズるとは……」

ぽそりと呟くタンポポタイ。トングでフライパンのソーセージを裏返しながら、続ける。

「それにしても、ミラクルナイトの回復力すごかったですね……。
 あの粘着泡からあんなにきらきらと立ち上がるとは……」

「うるちゃいぃぃ!!」

再び畳に突っ伏して足をばたばたさせるコマリシャス。
完全に駄々っ子モードだ。

「もうやだぁあ~~~!! ぜったい、次はもっと!も~~~~っと!!恥ずかしくさせてやるぅ!!」

紗理奈が腕を組み、静かに言う。

「コマリシャス、恥ずかしさを主軸に据える戦術は、精神攻撃としては有効だけど、
 ヒロイン側に“羞恥慣れ”が進行しつつあるわ。特に奈理子は。」

「そうだよね……そろそろ新しいバリエーションが必要かも」

と、タンポポタイもソーセージを皿に移しながら頷いた。

「たとえば“赤パン”とか――」

「やだっ!!白じゃなきゃやだっ!!!!!」

泣きわめくコマリシャス。ちゃぶ台に顔を押し付け、またしても小さな拳でぱたぱたと叩く。

その姿を見て、紗理奈はふっと微笑む。

「コマリシャスは本当に……根っからの意地っ張りなんだから」

「意地じゃないもん!絶対次こそ白パン脱がしてやるんだもん……!」

「はいはい、じゃあそのためにも、晩ごはん食べて元気出してください」

タンポポタイが運んできたのは――
なんと手作りの、白パン型オムライス。

コマリシャスは顔を上げ、じーっとそれを見つめる。

「……なにこれ……。イーストバクハツの……形……?」

「リベンジのために、まずは敵を食べて体にするんです。これは魔界の基本ですよ」

「……えへへ。じゃあ、ぱくっ!」

もぐもぐと食べ始めるコマリシャス。その目にはうっすらと新たな闘志が宿っていた。

「白パンでも、ビキニでも、白褌でも、
 どんな格好でも……全部恥ずかしくさせてやるんだからね~~~~!!」

かくして――
魔界のプリンセスの野望は、終わることなく、粘り続けるのだった。

(第210話へつづく)

あとがき