ミラクルナイト☆第227話
◆水都神社・応接室
―対シグマ戦略会議―
ストーブの熱がじんわりと部屋を温める夕暮れ。
応接室には緊張と甘い香りと、奈理子の柔らかい気配が混じっていた。
「シグマ……あの人、何者なんでしょうね」
寧々が腕を組んで呟いた。
表情は真剣そのもの。
彼女は、ホンシメジ男とブナシメジ男を前にして、
シグマの戦闘能力も、思想も、
どちらも“異質”であることを強く感じていた。
「ねぇ寧、『ミラクルナイトを見限れ』って言われたって本当?」
凜が心配そうに聞く。
彼女の声は落ち着いているが、眉はわずかに震えている。
寧々は小さく頷いた。
「はい……。でも、もちろん断りました。奈理子さんは私たちの仲間だから」
「寧々ちゃん……」
奈理子は胸に手を当て、少し潤んだ瞳を向ける。
そこだけ見ると恋愛ドラマだ。
凜はそんな奈理子の手を取った。
「奈理子は可愛いもんね。寧々ちゃんが離れたら困るよね〜?」
「ちょ、凜さん……やめてよ、恥ずかしい!」
キャッキャと笑い合う2人。
寧々は完全に一歩引いた席でため息をつく。
「……真面目に話しましょう。
シグマは“ミラクルナイトを倒すべき存在”と考えている気がします」
部屋が一気に静まった。
奈理子は胸の前で指をぎゅっと握りしめる。
「ど、どうしてそんなこと思うの?」
「奈理子さんの戦い方、ですよ」
寧々は淡々と続ける。
「シグマは、奈理子さんの“市民の声援に頼るスタイル”を
完全に否定していました。
“弱さは罪だ”と……」
奈理子は俯いた。
「……わたし、そんなに弱いかな」
「弱いよ」
「凜さん!?」
即答に奈理子がむくれる。
しかし凜は、優しい声で続けた。
「でもね、奈理子はその弱さも含めて水都の象徴なの。
寧々や私みたいに強いだけの戦士とは違うんだよ?」
「強いだけ……って、最近は凜さんも私と一緒でパンツ見られてばっかりでじゃない」
「パンツを見られながら戦うのが水都の伝統なんだよ、奈理子」
「そんな伝統ないです」
寧々のツッコミを受けつつ、奈理子は息を吸った。
「シグマは……わたしを倒しに来るの?」
寧々は少し目を伏せた。
「倒しに来る、というより……
奈理子さんの“価値”を試そうとしている気がします」
「価値……?」
「奈理子さんが“ヒロインとして戦う覚悟があるか”。
それを見極めたいんだと思います」
凜は腕を組む。
「奈理子、シグマを倒すのが目的じゃないよ。
でも、守ってもらえるとも思わない方がいい」
「寧々ちゃんはどう思う?」
「……敵でも味方でもありません。
だからこそ危険です。
私たち3人がバラバラなら、シグマに利用されてしまいます」
奈理子はきゅっと拳を握った。
「じゃあ、わたしたち……3人で、一緒に戦う!」
凜は奈理子の頭を撫でる。
「そうだね。仲良し3人組、だもんね」
「……私は真面目にやってるんですが」
寧々は呆れた顔をしつつも、ほんの少しだけ頬を緩めた。
奈理子は立ち上がり、胸に手を当てる。
「市民の期待にも、寧々ちゃんの信頼にも応えるよ。
シグマが何を考えてても……ミラクルナイトとして、逃げない!」
その目には、
これまでにない“ほんの少しの覚悟”が宿っていた。
(本当に大丈夫かな……)
寧々の心には、まだ大きな不安が残っていたが……
◆放課後・水都公園の端
―シグマ、寧々に“二度目の誘い”―
冬の日暮れは早い。
オレンジ色の光が水都公園の池面に反射し、
寧々の紺セーラー服の輪郭を柔らかく染めていた。
「……はぁ」
寧々は鞄を抱え、歩道橋へ続く緩やかな坂を歩いていた。
奈理子の決意を聞いたものの、胸のざわつきは消えない。
(凜さんは……奈理子さんの“弱さ”を肯定してる。
奈理子さんは……奈理子さんで、責任を背負ってしまう。
このままじゃ、また誰かが倒れる……)
その時だった。
――コツ、コツ、コツ。
人工皮革のブーツのような硬い足音。
振り返る前に、寧々の背筋はゾクリと震えた。
「……久しぶりだな、ドリームキャンディ」
まるで夕陽の陰から浮かぶように、
黒いマントと銀の鎧が現れた。
仮面騎士シグマ。
寧々は自動的に身構えてしまった。
「変身する気はない。今日は、君と話がしたいだけだ」
低く落ち着いた声。
敵意は感じない。
だが、その無機質な存在感が逆に恐ろしい。
「奈理子さんには……何をするつもりなの?」
寧々の声は震えていた。
シグマは答える前に、空を一度見上げた。
「君は賢い。
だからこそ“弱い者を守る”という発想に囚われすぎている」
「……弱い者?」
「ミラクルナイトのことだ」
はっきりと言い切った。
寧々は息を呑んだ。
「奈理子さんは弱い。でも、それを守るのが私たちです」
シグマはマスク越しに寧々を見下ろす。
「合理性がない。
君ほどの戦力なら、弱い奈理子の下にいる必要はない。
君こそが“水都最強の盾”だ」
寧々の心臓が強く跳ねた。
その言葉は、嬉しくもあったし、腹立たしくもあった。
「……私は、奈理子さんを裏切ったりしない」
「裏切りではない」
シグマはゆっくり歩み寄る。
「君は奈理子を“守る立場”にいるから迷うのだ。
本当に奈理子を守りたいなら……
弱さに依存する奈理子を、戦場から外すべきだ。」
寧々の背筋に雷が走った。
「な……何を……っ!」
「君が前線に立てば、水都は守れる。
奈理子の命も、凜の尊厳も、市民の平和も」
寧々の拳が震えた。
(そんなの……そんなの、私が決めていいはずない……!
でも……奈理子さんが倒れるところを見るのは……)
シグマはさらに踏み込む。
「ドリームキャンディ、君は“水都の希望”だ。
奈理子の影に隠れていい戦士ではない」
その言葉は妙に胸に刺さった。
本当に刺さる場所を、選んで突いてきた。
寧々は一歩後ずさる。
「……私は」
「君が迷うなら、僕は何度でも現れる。
奈理子の横に立ち続けるか。
それとも――君自身の道を行くか」
その瞬間、強い風が公園の端を吹き抜け、
マントがはためいた。
そして、シグマの姿は夕闇に溶けるように消えた。
寧々はその場に立ち尽くし、
「……奈理子さんを戦わせたくない。
でも……戦場から外すなんて……私が言えることじゃ……」
唇を噛み締めた。
胸の中で、優しい奈理子の笑顔と、
シグマの冷酷な正論が
何度も何度もぶつかり合っていた。
◆翌朝・水都中学
―寧々、誰にも言えない“重い言葉”を抱えて――
チャイム前の水都中学一年一組。
教室には朝の冷たい空気が流れ、
クラスメイトたちは宿題の答え合わせや雑談に興じている。
寧々は席に座ったまま、
昨日シグマに言われた言葉が頭から離れず、
ノートを開いても文字が入ってこなかった。
(奈理子さんを……戦場から外すべき……
本当に私が、そんなことを……?)
胸の奥が苦しい。
言葉にすれば裏切りになる。
言わなければ……と思うほど、重みを増していった。
そんな寧々の横から、
「よう、寧々」
明るく声をかけてきたのは、
奈理子の弟――隆だった。
寧々はビクッと肩を震わせ、
けれどすぐに頬を赤らめて、精一杯平静を装った。
「…お、おはよう、隆」
「なんか元気ないな? また昨日みたいに眠れなかったとか?」
隆は悪気なく覗き込む。
その顔が近くて、寧々は逆に心臓の音で苦しくなる。
(昨日のこと……隆にだけは、絶対言えない……
言ったら、奈理子さんを侮辱することになる……
そんなの、絶対イヤ……)
寧々は視線を逸らした。
「ちょっと、考えごとが多くて……」
隆は首をかしげる。
「ホンシメジ男のことか?
姉ちゃんも凜ちゃんも倒れたし、そりゃ心配だよな」
寧々はぎゅっと拳を握った。
(隆……そんな顔しないで……
昨日、シグマに言われたことなんて……
言えるわけ、ない……)
隆は続けた。
「でも、最後にシグマが来て、寧々が生き残っただろ?
やっぱり、水都の真のヒロインは寧々なんだって」
「……真の、ヒロイン……」
その言葉は、
シグマに言われた「君こそ最強の盾だ」を思い出させ、
胸がギュッと締め付けられる。
「寧々、シグマと話したんだろ?」
「……っ!」
一瞬で心臓が跳ねた。
隆は続ける。
「姉ちゃんにも言ってやれよ。
シグマが何言ったか。姉ちゃん、最近悩んでるみたいだし」
寧々は立ち上がる勢いで否定した。
「ダメ!! 奈理子さんに……絶対言っちゃダメ!!」
教室が一瞬静まるほどの声量だった。
隆は驚いて目を丸くする。
「お、おい……どうしたんだよ……そんなに取り乱して……」
寧々は慌てて俯き、
震えた声で言葉を絞り出した。
「……奈理子さんを傷つけることになるから。
……私は、そんなの……絶対イヤだから……」
隆は寧々の表情を見て、
それ以上は聞けなくなった。
ただ、小さく呟いた。
「……寧々は、優しいよな」
その一言で、
寧々の胸はさらに痛くなる。
(優しくなんかない……!
だって私は……奈理子さんに黙って……
“本当のこと”を隠してる……
奈理子さんを守るため、って言い訳して……
本当は……怖いだけ……)
チャイムが鳴り、
担任が入ってきて朝のホームルームが始まる。
寧々は、席に座ったまま机の下で拳を握り続けた。
シグマの言葉は、
まだ、寧々の胸に深く刺さったままだった――。
◆穢川研究所・地下研究室
低い蛍光灯が白く点滅し、不気味なほど静まり返った部屋。
中央の大型モニターにはシグマの姿を捉えた複数の映像が並び、
その前に篠宮と絹枝、そして九頭が立っていた。
篠宮は腕を組んだまま、淡々と報告した。
「……以上より、シグマはドリームキャンディには好意的だが、
ミラクルナイトのことは評価していないと見るべきでしょう」
絹枝が眉をひそめる。
「理由は?」
「ドリームキャンディが戦っていた時は助力している。
だが、奈理子——ミラクルナイトが倒れていた時は完全に無視していた。
あれは“価値が無い”と判断した態度です」
「……奈理子さんに失礼ですね」
「あくまで、シグマがどう見ているかの分析だ」
篠宮は冷たく言うと、
リモコンで映像を止め、九頭の方へ向き直った。
「この点を踏まえ……
私は、シグマを戦場で捕獲する作戦を提案します」
すると絹枝が、すぐさま声を上げた。
「待ってください!」
篠宮が目を細める。
絹枝は強い口調で続けた。
「タニシ男を消滅させた件を忘れたんですか?
シグマはイモリ男……“志摩京介”の成れの果て。
再生能力、打撃耐性、毒皮膚。
どれを取っても危険です!」
篠宮は鼻で笑った。
「危険なのは承知です。だが、戦わずして勝てますか?」
絹枝の眉がつり上がった。
九頭はそんな二人のやり取りを、
机に肘を置きながら静かに見ていた。
「……ふむ」
いつものゆったりとした声が室内を支配する。
「イモリは水に生きる生き物だ。
ならば、それを捕食する者をぶつければよい」
篠宮が息を呑む。
「……水の王者、ということは……」
九頭はにやりと笑った。
「そう。タガメ男だ」
絹枝は思わず声を上げた。
「タ、タガメ男ですか?!
あの人……誇りが高すぎて、研究所の命令さえ聞かないことが……」
篠宮も冷や汗を浮かべた。
「彼は“俺より弱い奴とは組まない”が口癖です。
私の命令を素直に聞くとは思えませんが……?」
九頭は平然としていた。
「タガメ男は“仕事人”だ。
任務とあらば必ず遂行する。
シグマを捕獲するには、あいつほど適任はいない」
絹枝はなおも反論する。
「しかし、水中戦ならミラクルナイトも得意です。
“クモゲンゴロウ”でさえ敗れたのをお忘れですか?」
九頭はモニターに映る奈理子を見つめながら呟いた。
「奈理子は、篠宮君が抑えておけばよい」
篠宮が息を飲む。
九頭は続けた。
「タガメ男にはイモリ男——シグマを捕獲させる。
奈理子と戦う必要はない。
……簡単だろう?」
篠宮は深く一礼した。
「……承知しました。タガメ男に会ってきます」
絹枝は不安そうに呟く。
「タガメ男とブナシメジ男……相性最悪ですけど……」
九頭は満足そうに椅子を回転させた。
「相性が悪いほど、面白い戦場になるものさ」
水の王との接触
〜篠宮、タガメ男との会談へ〜
穢川研究所を出た篠宮は、重い足取りで水都郊外の運河沿いへ向かっていた。
(……森の王・ホンシメジ男の次は、水の王・タガメ男か……
九頭先生は、僕にどこまで無茶をさせるつもりなんだ……)
噂は最悪だった。
「気に入らない奴を即溺死させる」
「虫ケラを見るように見下す」
「仲間を餌にした」
……などなど、良い話を聞いたことがない。
篠宮は眉をひそめながら、指定された古い水門の前に立った。
そのとき——
水面がぐらりと震えた。
次の瞬間、長身の男がぬらりと水面から現れた。
ウェットスーツのような黒い装束。
首元には小さな水紋のようなタトゥー。
濡れた髪は水藻のように艶やかで、目は水生昆虫特有のぎらついた捕食者の光。
だが——
男は満面の笑みで手を振った。
「よォ、篠宮クン!
待ってたぜぇ〜♪」
篠宮は呆気に取られた。
「あなたが……タガメ男……?」
男は胸を張り、爽やかに笑った。
「そう!タガメ男、すなわち “湖畔(こはん)タケル”だ。
気軽に“タケルさん”でいいぜ♪」
(……え? 想像してたのと全然違う……!)
あまりの気さくさに、篠宮は思わず姿勢を正した。
「今日は何の用だい?
九頭のオッサンから連絡はもらってるけどよ」
篠宮はこくりと頷き、覚悟を決めて本題に入った。
「九頭先生は……あなたにシグマ(イモリ男)を生け捕る任務を託したいそうです」
湖畔は一瞬だけ真剣な表情を見せたが、
すぐに口角を上げ、ニヤリと笑った。
「やっぱりな。
アイツの動き……水生系だろ? 見りゃわかる」
(……やっぱり“水の王”……)
「で、だ。」
湖畔は肩を組むように篠宮に寄ってきた。
「俺がシグマを仕留めるのは簡単なんだけどよ……
その前に、ひとつ頼みがあるんだよなぁ〜」
「……頼みですか?」
「シグマを——」
湖畔は水門の向こうの黒々とした運河を指さす。
「水の中に落としてくれりゃあ、それでいい。
後はぜ〜んぶ俺がやる♪」
篠宮は呆然とした。
「……それだけで?」
「ああ。
水中じゃ、イモリもタガメも“王者”は俺だ。
あの手足の再生能力? 全部封じ込めて、
“息の根”を止めるか、生け捕るか好きに選べる」
(……強い……!
ホンシメジ男とは違う意味で、底が見えない……!)
湖畔は篠宮の肩を軽く叩いた。
「心配すんなって。
お前は奈理子を適当に引きつけてりゃいい。
シグマを水辺へ誘導するだけで上等だよ。」
篠宮は深く息を飲んだ。
「……了解しました。 作戦に協力します」
するとタケルは悪戯っぽく笑い、指を一本立てた。
「ただし、忘れるなよ篠宮クン。
俺は“仕事”しかしない。
友情とか仲間とか、そういうのは無しだ。」
「……承知しています」
水門の風が冷たく吹きつける。
タケルは再び水面に足を沈めながら、
「楽しみにしてるぜ、シグマの血——いや、“体液”をよ」
と言い残し、
水の中へと音もなく滑り落ちた。
一人残された篠宮は、運河を見つめ呟いた。
「……気さくな態度の裏で、化け物みたいな気配を隠してる……
“水の王”とは、よく言ったものだ……」
そして、九頭の命令を思い出す。
——タガメ男は仕事人。
——シグマを捕獲する。
——奈理子は篠宮が抑えておく。
篠宮は拳を握った。
「……やるしかない」
水の王、目覚める
夜の水都。
広い運河は、冬の冷たい空気に沈み、ほとんど人影がなかった。
だが——
その静寂を破るように、黒い水面がぽちゃん、と不気味に揺れた。
暗がりの水門の下、水中を何かが旋回している。
水面の下。
そこには、人間の形をした黒い影。
タガメ男。
彼は水の中で完全に“立っていた”。
空中に立つのと同じ姿勢のまま、深い水底に沈み、
その目は怪物特有の黄色い光を放っていた。
タガメ男の本来の姿は、人間態の湖畔タケルとは別物だ。
筋肉質で鋭利なフォルム。
背中には巨大な水生甲虫の殻。
腕には、水生昆虫の鎌のような凶暴な前脚。
だが何より特徴的なのは——
両目の中央にある“吸飲口(ストロー牙)”。
この口器が開いた瞬間、
運河の魚が丸ごと吸い上げられて消えた。
「……あぁ、うめぇ……水の味が変わる……」
水中に響く低い声。
タガメ男はゆっくりと水中を歩き、
沈んだ古いボートの木片を手に取った。
次の瞬間——
カッッ!!
伸びた吸飲口が木片に刺さり、
一瞬で内部の水分が吸い尽くされ、ボート片は粉々に崩れ落ちた。
「これが“王者”の吸引力ってヤツよ……
イモリ男がいくら再生しようが、細胞ごと吸っちまえば関係ねえ」
■能力①:捕食吸飲(ドレイン・ストロー)
生物の水分を一気に吸い尽くし、干からびさせる技。
怪人レベルですら、まともに受ければ即死。
タガメ男は全身から微弱な水流を発生させた。
「水は俺の家だ。
イモリ男、水中で勝てると思ってんのか?」
その体は水中なのに“水に濡れない”。
滑るように加速し、一瞬で水門の反対側に移動した。
■能力②:水膜鎧(アクア・シールド)
水を撥く特殊な膜で全身を覆い、
水中の抵抗をゼロに近づける。
水中ではスピード・機動力ともに怪物級。
タガメ男の複眼がぼんやり赤く光る。
彼の視界には、水面に映る“熱の流れ”が浮かび上がっていた。
「イモリ男……
お前の体温、俺には全部見えてるぜ」
■能力③:水温感知(サーモ・ウォーターサイト)
水面越しでも生物の熱線を感知し、
相手の位置を正確に捕捉する。
暗闇でも隠れられない。
タガメ男はゆっくりと水面直下に身を沈めた。
そして——
ザバッ!!!
跳び出した瞬間、
鋭利な“鎌脚”がコンクリート護岸を叩き割った。
飛沫とともに破片が砕け散る。
「シグマ……
その鎧、噛み砕けるか試させてもらうぜ」
■能力④:水上跳斬(アクア・リープスラッシュ)
水中から一瞬で飛び出しての高速斬撃。
反応の遅い相手ならそのまま真っ二つ。
運河の上に跳び上がったタガメ男は、
月明かりの下でゆっくりと吸飲口を閉じた。
「ブナシメジの兄ちゃんは役割を果たしてくれりゃそれでいい。
俺の獲物は……イモリ男ただ一人。」
水面に溶けるように沈みながら、最後にこう呟いた。
「“水の王”は……
水辺で戦うのが礼儀ってモンだろ?」
放課後・水都公園の運河にて
夕陽が運河の水面を橙色に染める。
水都公園の遊歩道から一段下がった橋の下ーー奈理子とライムの“いつもの場所”。
ほとんど人が通らない隠れスポットで、放課後の2人は静かに寄り添っていた。
ライムの肩にもたれかかりながら、奈理子はぽつりと呟く。
「私……戦士としての価値がないのかな……」
その表情は、今日の空の色とは反対に曇っていた。
ライムは鼻で笑った。
「あんな変なコスプレ野郎の言うことなんか気にするなよ。
シグマだか何だか知らねぇけど、奈理子とは比べもんにならねぇって」
奈理子はゆっくり首を振る。
「でも……たしかに私、凜さんや寧々ちゃんに頼りすぎていると思うの。
ミラクルナイトなのに……弱くて……」
ライムは奈理子の腰に手を回し、スカートの中へ指先を滑らせる。
「頼っていいんだよ。奈理子が勝っても負けても、市民はお前に熱狂する。
“可愛い奈理子”ってだけで、水都の絶対アイドルなんだからさ」
奈理子はそっとライムの手を押さえ、膝の上に戻した。
目を伏せ、かすかに震える声で──
「……でも、負けちゃダメなんだよ」
ライムはその横顔を見つめ、ため息をつこうとした、その瞬間。
ーー公園全体に、鋭い警報音が響き渡る。
【警報】ボート池付近にブナシメジ男および多数のウズムシ男出現。
市民の皆様は公園中央部へ避難してください。
奈理子はびくりと身体を起こし、ライムの腕から抜け出した。
「行かなきゃ……!」
立ち上がり、鞄からアイマスクを掴む。
「またブナシメジかよ……」
舌打ちするライム。さっきまで甘い空気だった分、その苛立ちは隠せない。
奈理子は走り出す直前、振り返って言った。
「ライム、鞄を見ておいて!」
運河沿いの階段を駆け上がり、夕日に向かって飛び出していく。
奈理子の姿が完全に視界から消えた後ーー
ライムはゆっくり立ち上がり、運河の水面を睨みつけた。
「……隠れてないで、出てこいよ」
静かな水面が、ぼこり、と盛り上がった。
暗緑色の甲殻。長い脚。鋭い鎌のような前肢。
ぬらりと姿を現したのは、水生昆虫の王者。
タガメ男。
「悪いな。スライム男の恋路を邪魔しちゃって」
水滴を飛ばしながら、怪人は不敵に笑う。
ライムは舌打ちし、目を細めた。
「チッ……タガメ男かよ。
だが勘違いすんな。ミラクルナイトは水都の守護神だ。
陸じゃ弱いが、水の中じゃ……誰より強ぇぞ」
タガメ男は肩をすくめ、運河の水に足先を浸した。
「あいにくだが、今日の俺の獲物は奈理子じゃない。
……シグマだよ」
不吉な言葉を残し、タガメ男は再び水面に身を沈め、影のように消えた。
ライムはしばらく水面を睨み続けた。
「……奈理子、急げよ。あいつは冗談抜きで危ねぇ」
ボート池の畔・ミラクルナイト、またも危機に陥る
夕暮れのボート池に、突如として轟く破壊音が響く。
ウズムシ男たちがベンチを転がし回し、公園の観光客は悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
だが、市民は慣れていた。
なぜなら、もうすぐーー
「ミラクル・チェンジ!」
池の向こうから、水色の光柱が立ち昇る。
水都女学院の制服が光に溶け、純白の下着姿を経由して、
白と水色の戦闘装束ーーミラクルナイトが姿を現す。
ミニスカートが風にふわりと翻るたび、
公園一帯から歓声が爆発した。
「きたァーーッ!純白の天使!」
「奈理子、今日も可愛いぞー!」
「負けてもいいから頑張れーー!」
夕焼け空の下、ミラクルウイングを広げた奈理子は気丈に叫んだ。
「水都の平和を乱す者は……ミラクルナイトが許しません!」
その決意とは裏腹に、声はどこか震えている。
だが、それがミラクルナイトの魅力だ。
「奈理子キタァ!今日も可愛いぞォ!」
「スカートひらひら最高だぜぇ!」
ウズムシ男たち三体はミラクルナイトを見て喜びの舞を踊り始める。
公園中、誰一人として緊迫していなかった。
理由は簡単。
“どうせ最後はドリームキャンディが助けに来る”
ーー水都市民の総意である。
一方ミラクルナイトは、そんな呑気な空気を感じる余裕もなく、
すでに追い詰められていた。
「やっ……やぁっ!」
細い腕で水のオーラを撃とうとするが、
「あっ、逃げ……きゃっ!」
放とうとした瞬間、
ウズムシ男のひらひらとしたフェイントに足を絡め取られ転倒。
スカートがめくれ上がり、ミラクルナイトは慌てて押さえ込む。
市民、ウズムシ男、みな一斉に歓声。
「奈理子わざと可愛い倒れ方してない?!」
「今日もパンチラありがとう!」
ミラクルナイトは泣きそうな顔で叫ぶ。
「ち、違う……!」
だが、容赦なく戦局は悪化した。
池の向こうで冷笑が響く。
「そろそろいいかな、ミラクルナイト」
ブナシメジ男が地面に手をついた瞬間。
“ズルッ”
足元から無数の菌糸が伸び、ミラクルナイトの足首・太腿・腰へ絡みつく。
「えっ、きゃ……ちょ、動け……ないっ!」
あまりに無防備な姿勢で固められ、
ミラクルナイトの身体はピンと張り付けにされる。
スカートは防御力ゼロ。
白いプリーツスカートが張り詰め、下から柔らかな太腿が露わに。
市民は爆発的に沸いた。
「奈理子ちゃんピンチ!最高!」
「これは助けに行けない!眼福!!」
「ドリームキャンディ早く来て!でももうちょっと見たい!!」
ウズムシ男すら盛り上がっている。
「奈理子〜動けないの可愛い〜!」
「いたずらタイムだぜぇ!」
ミラクルナイトは必死に抗う。
「こ、来ないでっ!!」
しかし動けない。
菌糸はさらに強く締まり、奈理子は完全拘束。
市民はやる気満々でスマホを構える。
「キャンディまだか?!」
「奈理子が“いつもの負けパターン”に入ったぞ!」
ーーそして、次の瞬間。
空気を切り裂く鞭の音。
「奈理子さんから、離れなさーーーい!!」
夕空から、ドリームキャンディが降臨する。
ドリームキャンディ救出、そして仮面騎士シグマ降臨
ウズムシ男のぬめる手がミラクルナイトのプリーツスカートに伸びた――
その瞬間。
ビシュッ!!
鋭い軌跡を描くキャンディチェーンが菌糸を断ち切り、
ミラクルナイトの身体を縛っていた白い菌糸はパラパラと落ちていった。
「奈理子さん、遅れてごめんなさい!!」
夕空から舞い降りるオレンジ色の光。
美しい弧を描きながら着地したドリームキャンディは、
崩れ落ちるミラクルナイトを優しく抱き起こした。
ミラクルナイトのプリーツスカートはまだ乱れ、
白いスカートの下のふわりとした影に注目が集まる。
「キャンディ、来るのちょっと早かったよ!!」
「もう少し奈理子のピンチ見せてくれよ〜!」
市民の不満があちこちから飛ぶ。
「今日の奈理子ちゃん、捕まってる姿めっちゃ可愛かったのに…!」
「せっかくブナシメジの菌糸拘束だったのに!」
ミラクルナイトは顔を真っ赤にしながらうつむいた。
「そ、そんなこと言わないでよ……」
ドリームキャンディは微笑んで言う。
「今日も凄い人気ですね。捕らえられた奈理子さん、本当に可憐でしたよ」
「キャンディまで……!」
ミラクルナイトは羞恥で涙目だ。
「いつもいつも邪魔しやがって!!」
「俺たちは奈理子と遊びたいんだよ!!」
「そうだ、奈理子は俺たちの玩具だ!!」
三体のウズムシ男がドリームキャンディへと迫る。
ミラクルナイトは震えながら叫んだ。
「わ、私は……玩具じゃない!!」
「奈理子さんは下がっていてください」
ドリームキャンディはミラクルナイトを庇い、静かに前へ出た。
「俺たちの恐ろしさを教えてやる!!」
三体が左右から飛びかかるが、
ドリームキャンディは微動だにしない。
そして一言。
「キャンディシャワー!」
虹色の光が放射状に広がり、
三体のウズムシ男は悲鳴を上げながら光に飲まれ、
一瞬で消滅した。
「さすがキャンディ!!」
「これからも俺たちの奈理子をよろしく頼む!」
「奈理子、今日も可愛かったぞー!」
市民の声援はミラクルナイトよりも、
今はドリームキャンディへ集中していた。
ミラクルナイトは、胸に手を当てながら小さく呟く。
「キャンディ……ありがとう……」
しかし、その温かい空気を切り裂くようにーー
池の向こう。
静かな水面が音もなく揺れ、
青黒い影がゆっくりと立ち上がる。
夕陽を背に、銀の仮面が不気味に光った。
「……相変わらず、無様だな。ミラクルナイト」
ざわつく市民。
ドリームキャンディはすぐにミラクルナイトの前に立つ。
「来た……シグマ!」
ミラクルナイトは息を呑み、
ドリームキャンディは緊張で拳を握りしめた。
「……今日こそ、お前の戦士としての価値を見極める」
その声は冷たく、水面のように静かだった。
ミラクルナイト失格宣告、そしてシグマ水中へ
池のほとりに立つ仮面騎士シグマは、
ミラクルナイトとドリームキャンディを冷徹な眼で見下ろしていた。
夕陽を背に、銀の仮面は氷のように光る。
「今日も……ドリームキャンディに助けられたな、ミラクルナイト」
その一言に、ミラクルナイトは肩を震わせた。
「戦士としての価値は……皆無だ」
冷たい声が、水都公園に突き刺さるように響き渡った。
ミラクルナイトは思わず唇を噛む。
ドリームキャンディが庇うように一歩出ようとしたその瞬間――
先に反応したのは水都市民だった。
「奈理子は!今まで何度も水都を救ってきたんだぞ!!」
「奈理子は水都市民の希望なんだよ!!」
「俺たちは!奈理子の脇の下と太股が見られるだけで幸せなんだ!!」
「そうだ!奈理子は水都の天使だ!!!」
爆発的な声援。
女子高生ヒロインとは思えないほどの市民人気。
ミラクルナイトは目を丸くし、胸を押さえた。
「みんな……」
大歓声に、思わず目が潤む。
「……感情だけの弱き市民どもめ」
シグマはゆっくりとドリームキャンディの方に顔を向けた。
「ドリームキャンディ。なぜ、お前のような実力者が、弱きミラクルナイトの下にいる?」
ドリームキャンディは息を呑む。
「私は……」
言い返そうとして、言葉が詰まる。
奈理子への友情、憧れ、使命感――さまざまな感情が胸を渦巻いた。
そのときだった。
ズルッ……!
シグマの身体に、白い菌糸が巻きついた。
「なっ……!」
「シグマ、おしゃべりはここまでだ」
池のそばの木陰から不気味な笑い声が上がる。
そこに立っていたのは、
ブナシメジ男。
逃げたと思われていたが、ひっそりと潜んでいたのだ。
「貴様……逃げたのではなかったのか」
シグマが苛立つように声を低める。
ブナシメジ男は肩をすくめた。
「逃げる? 何を言っている。キノコはね、じっと湿気を吸って“時”を待つんだよ」
「こんな糸で……私をどうするつもりだ」
シグマが菌糸を引き千切ろうとするが、
ブナシメジ男はニヤリと笑った。
「こうするのさ」
一気に菌糸を引き絞り、
巨大な反動と共に――
バシャーーーーン!!
シグマの身体は勢いよく池へと投げ込まれた。
水しぶきが大きく上がり、市民の悲鳴が響く。
水生昆虫の王・タガメ男
バシャーーーン!
シグマの鎧が水面を割り、池の底へと沈んでいく。
だが――彼は慌てなかった。
イモリの能力を得ているシグマにとって、水中は呼吸すら可能な領域。
銀の仮面越しに、ゆらめく光を静かに見つめた。
(ブナシメジ男め……この程度で倒せるとでも?)
ゆるりと泳ぎ出す。
水流をかき分け、濁りの中でも視界は鮮明だ。
そのとき――
ゴボッ……!
水中に不気味な影が滑り込んだ。
シグマは咄嗟に振り返る。
(――来たな)
銀の仮面に映ったのは、
巨大な鎌肢、鋭い複眼、黒光りする甲殻。
タガメ男、深淵から現る。
「待っていたぞ……イモリ男」
低く、くぐもった声が水中に響いた。
タガメ男の両腕は、鋭い“狩りの鎌”に変形している。
「水生昆虫の王、タガメ男……!」
シグマは構える。
タガメ男が一瞬で距離を詰める。
水の抵抗など感じさせない、異常な速度。
シグマの鎧に鋭い鎌が弾けた。
ガキィィン!!
金属質の音が、水中でも衝撃波のように響く。
「鎧か……だが、その中身はイモリの皮膚。柔らかいんだろう?」
タガメ男が笑う。
シグマは蹴りを放ち、タガメ男を押し返す。
「貴様に捕まるイモリではない!」
推進力を得て水中を滑空、背後を取ろうとする。しかし――
タガメ男は体をひねっただけで、
鮮やかな円運動でシグマの動きを完全に追随する。
「ここは水の底……お前に勝ち目はない」
その鎌がもう一度閃いた。
ズガッ!!
シグマの左腕が絡め取られる。
「くっ……!」
力づくで振りほどこうとするが、
タガメ男の握力は湖底を砕くほど強力だった。
「終わりだ、イモリ男」
タガメ男は両鎌でシグマを十字に拘束した。
鎧の継ぎ目に水が入り込み、
シグマの動きがわずかに鈍る。
「く……まだ……」
「“水中の王者”を甘く見るな」
タガメ男が力を込めると、
シグマの体が完全に固定され、身動きがとれなくなる。
地上では――
池の水面は静かだ。
しかし、その底ではすでに“捕食者と獲物”の構図が完成していた。
ミラクルナイト、シグマ救出へ――
「これでシグマも終わりだ」
ブナシメジ男が口元を歪めて笑った。
池の底ではタガメ男が待ち構え、シグマを鎌で拘束している――そんな確信の笑み。
「シグマは水が苦手なの?」
ドリームキャンディが問いかける。
「この池にはタガメ男が潜んでいる。
シグマといえども――水の王、タガメ男には勝てん」
勝利を確信したブナシメジ男の声が、夕暮れの公園に響く。
その横で、ミラクルナイトがゆっくりと立ち上がった。
先ほどまでのダメージで膝が震えているはずなのに、その瞳には強い光が宿っている。
「私が……シグマを助けるわ」
「奈理子さん、シグマは……」
ドリームキャンディが何かを言いかけたが、それより早くミラクルナイトが言い切った。
「シグマは私のことを認めていない。
でも――はっきり敵と決まったわけじゃない!」
その瞬間、風がそよいだ。
ミラクルナイトの白いプリーツスカートが大きく舞い上がり、
眩しい純白のショーツと太股が夕陽に輝く。
「今日の奈理子のパンチラ、カッコいいぞ!」
「凛々しい純白の天使だ!」
「太股と白いパンツが眩しいッ!」
公園に集まった市民の大歓声が炸裂する。
ミラクルナイトは顔を赤らめながらも、キッと池へ目を向けた。
「私は――
水都の街を守ろうとする人を絶対に見捨てたりしない!」
そう言って池に飛び込もうとした、その瞬間。
「池の中には行かせない!
お前たちの相手は私だ!!」
ブナシメジ男の声とともに、
黒々とした菌糸がミラクルナイトの腕、脚、腰に絡みつき、先ほどよりさらに強く締め付ける。
「きゃっ……!」
ミラクルナイトの細い身体が苦しげに震えた。
その姿に、市民から悲鳴にも似た声援が飛ぶ。
「奈理子、大丈夫かー!?」
「奈理子負けるなー!」
「奈理子には俺たちがついてるぞ!」
その声援が――ミラクルナイトの胸を突き動かした。
「どんな困難があっても……
私は、水都の街に愛を撒き散らします!!」
「ミラクル・パワァァァァァ!!!」
ミラクルナイトの全身が水色の輝きに包まれ、
その光が一気に弾けた。
パァァンッ!
菌糸は砕け散り、粉雪のように消えた。
「なっ……!」
ブナシメジ男が驚愕する。
「奈理子の愛、しっかり受け止めたぞーー!!」
「奈理子行けーー!!」
「俺たち水都市民がついてるぞー!!」
市民の大歓声に背中を押され、
ミラクルナイトは白い翼――ミラクルウイングを広げた。
「行ってきます!水都のみんな!」
そして――
バシャァァァァァン!!
ミラクルナイトは池へ飛び込んだ。
彼女の瞳はただ一つ、
水底でタガメ男に捕らわれたシグマを捉えていた。
水中決戦
池の底――夕陽が反射し揺らめく水の世界。
その中心で、仮面騎士シグマはタガメ男の右腕の鎌に深々と捕らえられ、
体力を奪われていた。
タガメ男は、イモリの血を吸うようにシグマの生命力を啜っている。
その動きはまるで“水の王”そのものだった。
「クッ……!」
シグマの呻き声が、水中に泡となって散る。
そこへ――
ドボォォン!
白い光と共に、ミラクルナイトが池へ飛び込んだ。
キラキラと水色の粒子を漂わせながら、水中で優雅に体勢を整える。
浮力でスカートはふわりと舞い、白いプリーツがひらひらと翻る。
純白のショーツが揺らめく水の光に照らされ、幻想的な輝きを放った。
「ブナシメジめ……奈理子を抑えきれなかったか」
タガメ男は捕らえていたシグマを水底に落とすと、
ゆっくりとミラクルナイトへ視線を向けた。
ミラクルナイトは胸のリボンを握り、
水中でも凛とした声で宣言した。
「水都の平和を乱す者は――
水都の守護神、ミラクルナイトが許しません!」
その瞬間、ミラクルナイトの身体が水色に輝く。
「えいっ!」
掌から放たれたミラクルシャインブラストが
水中でも鋭い光線となってタガメ男に突き刺さる。
だが――
ドゴンッ!!
タガメ男が纏う水膜が、
光弾をまるで小石でも弾くように防ぎ切った。
「効かない……!?」
目を見開くミラクルナイト。
タガメ男は口の端を吊り上げ、
水中で悠然とミラクルナイトへ歩み寄っていく。
「面白い。
その華奢な身体で――この水の王・タガメ男に勝てるかな?」
水流が巻き起こり、タガメ男の周囲の水が渦を形成する。
ミラクルナイトも水中戦が得意だが、
タガメ男の周囲だけはまるで“別の海”のように濃密で重い。
ミラクルナイトの翼・ミラクルウイングは
水中では行動が鈍る。
ショートスカートが翻り、脚にまとわりつく水流が邪魔をする。
「この流れ……強い……!」
ミラクルナイトは必死に耐えるが、
タガメ男の操る水流は、彼女が操るアクアティックラプチャーを
完全に上回っていた。
タガメ男は水底を蹴り、
弾丸のような速度で迫る。
「ミラクルナイト――
お前の水は優しすぎる。
水都に愛を撒く? そんな甘さで、この俺に勝てると思うな。」
ミラクルナイトは構える。
だが――水中では身動きが遅れた。
タガメ男の鎌がミラクルナイトのすぐ横を裂く。
ミラクルナイトの髪先が水の中に散った。
これは――
本当に危険な敵だ。
波立つ池、揺れる想い
「奈理子を行かせてしまった……」
池のほとりで、ブナシメジ男が波立つ水面を見つめながら悔しそうに呟いた。
池は大きな渦を巻き、そこから泡がぶくぶくと上がってくる。
「残念だったね。でも奈理子さん、水中戦は得意よ」
ドリームキャンディが腕を組みながら言う。
その声音には不安が混じっていたが、ブナシメジ男を不用意に侮る様子はない。
ブナシメジ男は鼻で笑った。
「お前は――水の中は苦手だったな。
ドリームキャンディがオケラ男に無様に敗北した記録を見たよ」
「……ッ!! そんな昔のことは忘れたわ!」
怒りで顔を真っ赤にし、キャンディチェーンを構えるドリームキャンディ。
しかしブナシメジ男は涼しい顔で手をひらひらと振る。
「おっと、私の役目は終わりだ。
奈理子は水中へ――となれば、後はタガメ男がやるだろう。
さらばだ!」
白い菌糸を撒き散らしながら、ブナシメジ男は茂みの中へと姿を消した。
池の周囲には、すでに大勢の市民が押し寄せていた。
「水の中じゃ、見えないな……」
「奈理子ちゃん、水中の姿も見たいのに!」
「白いスカートがふわ〜ってなるとこ、絶対可愛いよな!」
口々に叫びながら、ざわつく市民たち。
沈んだ水面。
だが時折、泡と渦が形を変えながら浮き上がり、二つの大きな影が蠢いている。
そのとき――
「応援するんだ!!
声は届かなくても、僕たちの思いは……
必ず奈理子ちゃんに届く!!」
市民のざわめきを切り裂くように放たれた熱い声。
振り向けば、そこにいたのは――
水都大学奈理子私設ファンクラブ(MNSFC)会長・成好。
奈理子愛に溢れたMNSFCのユニフォーム法被を着て、
両手を広げ、市民に檄を飛ばしていた。
「会長さん……」
ドリームキャンディは成好の姿に驚きながらつぶやく。
成好は胸に手を当て、真剣な目でドリームキャンディを見つめた。
「僕は……奈理子ちゃんのいるところには必ず現れる!」
(……それって、ストーカーじゃないの……?)
ドリームキャンディは心の中で突っ込まずにはいられなかった。
水面が動く!
「見ろ! あっちだ!!」
成好が水面を指さす。
見ると池の渦が、
ドドドッと音を立てるように運河方向へ移動していた。
「奈理子ちゃん! 頑張れーーーッ!!」
成好を筆頭に、MNSFCの面々が一斉に駆け出す。
市民も
「行けー!」
と叫びながら、運河へ向かって走った。
その背中を見つめながら、
ドリームキャンディは唇を噛む。
「助けに行きたいけど……
水の中は……苦手……!」
水面の向こうで何が起きているか分からない。
それでも――
奈理子ならきっとやれる。
そう信じ、両手を胸の前で組んだ。
「奈理子さん……!
どうか、無事で……!!」
揺れる水面を見つめながら、
ドリームキャンディは祈り続けた。
揺れる水面、揺るがない声援
水都公園の池は、深い渦を巻き続けている。
その渦の向こう――奈理子=ミラクルナイトがタガメ男と戦っている。
市民たちは必死に声を張り上げた。
「奈理子ーッ!!がんばれーッ!!」
「負けるなー!白いスカートの天使ーッ!!」
「水中でも応援してるぞーー!!」
その中心で、両腕を突き上げる男が叫ぶ。
奈理子私設ファンクラブ(MNSFC)会長・成好。
「僕たちが奈理子ちゃんのためにできることは……
声を出すことだけだ!
でも、その声はきっと、
水の中の奈理子ちゃんへ届く!!」
市民たちも呼応して、“奈理子コール”が池を揺らすほどに響く。
その様子を見つめていたドリームキャンディは、胸を押さえた。
(ドリームキャンディの使命は――
ミラクルナイトを守ること。
みんながあんなに必死で奈理子さんを応援しているのに……
戦える力を持つ私が、見ているだけなんて……!)
水の中は苦手。
心細さもある。
でも――
「行かなきゃ……!奈理子さんを助けるのは……私!」
ドリームキャンディは意を決し、池へと走り出した。
水の守護神 vs 水生昆虫の王
水中ではすでに壮絶な死闘が展開していた。
「私は水の都、水都の守護神……
水の中では負けない!!」
ミラクルナイトは水色の光弾を連射する。
水の粒をまとった光弾が、流星のようにタガメ男に降り注ぐ――
だが。
「そんなもん――効かん!」
タガメ男の水膜鎧は全てを弾き返した。
さらに水を蹴ると、一瞬でミラクルナイトの背後へ回り込む。
「うッ!!」
鎌のような鋭い両腕がミラクルナイトの首を挟む!
「水生昆虫の王、タガメ……
“水中戦特化”を舐めるなよ。
この最強の肉体……そして能力……
お前の細い首など――ひとひねりだ」
タガメ男はミラクルナイトを水底へ押し付けた。
スカートがふわりと水に広がり、ヒラヒラと揺れる。
「くッ……ミラクルパワーッ!!」
水中でミラクルナイトの身体が水色に輝く。
一瞬、タガメ男の腕が弾き飛ばされる。
「な、なんだこの力はッ?!」
「ミラクル……チョォップ!!」
光を纏った手刀がタガメ男の顔面に直撃。
タガメ男はバシャッと後方に吹き飛んだ。
「ほぉ……やるじゃないか。
だが――これはどうかな?」
タガメ男が再び突進。
鎌の腕が閃く――
シュンッ!
「きゃあっ!」
ミラクルナイトはギリギリで回避したが、
白いブラウスが裂け、胸元が大きく開く。
水の中で白いブラと素肌がゆらゆらと露わになる。
「く……」
ミラクルナイトは切られたブラウスを押さえ、必死に体勢を整えた。
その瞬間。
──ドボォンッ!!
大きな水しぶきが上がり、
水面からドリームキャンディがそのまま落ちてきた!
「キャンディ!!」
「奈理子さん! 大丈夫ですか?! 泣いていませんか?!」
必死に泳ぎながら駆け寄るドリームキャンディ。
タガメ男は舌打ちした。
「次はドリームキャンディか……
まったく、ブシメシ男は何をしているんだ!」
「ブシメシ男は――さっさと逃げてったわよ!!」
ドリームキャンディが怒鳴ると、
タガメ男は眉をひそめ、深く沈んだ声で言った。
「チッ……あの役立たずめ……」
水底で、
水の中で、
ミラクルナイトとドリームキャンディの二人が構え、
“水生昆虫の王・タガメ男”を見据える。
水都の守護神、本領発揮
水面から落ちてきたドリームキャンディが、勢いよく水の中へ沈んだ。
「奈理子さん、大丈――」
(……あれ?)
ドリームキャンディは思わず目を丸くした。
ミラクルナイトのスカートが……いつまでも、ちゃんとそこにある。
脱がされていない……!
(すごい……今日は水の中でも、しっかり戦えてる……
さすが、水の都・水都の守護神……水中では本当に強い……!)
尊敬のこもった眼差しが奈理子に向けられる。
「シグマはどこですか?」
ドリームキャンディ。
「池の方で倒れているはず。……キャンディはそっち。
ここは私がやるわ!」
奈理子の声は弱くなかった。
その瞳はキリッと鋭く、水中でも揺るぎない光を宿している。
「はい!」
ドリームキャンディは水中キックで池方向へ泳いでいく。
しかし――
「シグマは渡さんッ!」
タガメ男が真後ろから水流を切り裂き、ドリームキャンディを追おうとした。
その瞬間。
「――行かせない!!」
ミラクルナイトの叫びが水を震わせた。
「ミラクル・アクアティックラプチャーーー!!!」
ミラクルナイトの掌から、
水色に輝く巨大な渦巻く水流が放たれた!
水中での発動により、水流は倍加し、
まるで海竜の咆哮のような圧倒的な力でタガメ男を押し戻す。
「ぐっ……!
奈理子……!お前にこんな力が……?!」
タガメ男は水流を切り裂きながらも、後退を余儀なくされた。
水面上では、市民たちの声援が渦を巻いている。
「奈理子ーッ!!」
「負けるなーっ!」
「水中でも可愛いぞ純白の天使ーー!」
水音越しにも、その熱が奈理子の胸に届いてきた。
(……聞こえる……みんなが私を呼んでる……
私は、弱いけど……なんども負けてきたけど……
それでも、水都のみんなを守りたい――!!)
ミラクルナイトの体が再び水色に輝いた。
「私は――
何度も負けてきたけど!
何度も立ち上がってきた!!
強敵だって倒してきた!!
クモゲンゴロウにも私は勝った!!」
タガメ男の表情が歪む。
「クモゲンゴロウ……?
あんな半端な合成怪人と俺を一緒にするな!!
俺は“水生昆虫の王”!!
タガメの力を持つタガメ男!!
水中の覇者だ!!」
タガメ男は両腕の鎌を水流の壁へ叩きつけ――
アクアティックラプチャーをねじ伏せた。
水流の奔流が裂け、奈理子の身体に逆流が襲いかかる。
「きゃっ……!」
白いブラウスの破れ目から素肌がちらりと見えた。
だが、ミラクルナイトは怯まない。
後方では、
無事にシグマの救出へ向かうドリームキャンディの影。
タガメ男は笑った。
「シグマを生け捕るという任務は失敗だ……
だが、その代わり――
お前で遊べるなら十分だ、ミラクルナイト!!」
奈理子の目が鋭く細められる。
「遊ばせないわ。
私は――水都の守護神。
水の中では、誰にも負けない!!」
水流が再び奈理子の周りに集まり、
光の粒子が舞い上がる。
水生昆虫の王 vs 水の守護天使。
――水中頂上決戦が、いよいよ本格化する。
水中頂上決戦
水都公園の池から続く緩やかな流れは、やがて運河へと繋がる。
その水中で、光と影が交錯していた。
泡の帯が走る。
ミラクルナイトの白いスカートが、水の抵抗でふわりと翻った。
「キャンディ……シグマは?!」
タガメ男の鎌に捕えられ、意識朦朧のシグマが水底近くで揺れていた。
ミラクルナイトは迷わず水中へと加速する。
髪が波のように流れ、白いブラウスの裂け目から覗く素肌が水中光に淡く輝く。
だが――
「どこに行くつもりだ、ミラクルナイト」
タガメ男が高速で水を切り裂き、目の前に現れた。
その全身には透明な“水膜鎧(ハイドロ・アーマー)”が纏われ、
水中での動きを完全に最適化している。
「ここはお前の得意な舞台ではない。
“水生昆虫の王”の狩り場だ」
鎌が閃いた。
水しぶきすら生じない、圧倒的な速度。
ミラクルナイトはギリギリで身を捻り、回避する。
(速い……!)
タガメ男の蹴撃が襲い、ミラクルナイトは水底へと叩きつけられた。
「ぐっ……!」
肺から小さく息が漏れる。
それでも、ミラクルナイトは顔を上げた。
「私は……水都の守護神。
水の中で……負けるわけにはいかない!」
掌を開く。
水色の光が集まり、渦巻くように圧縮される。
「ミラクル・アクアティックラプチャー!」
水流が奔流となりタガメ男に叩きつけられた。
だがタガメ男は両腕をクロスし、
“水膜鎧”がそれを受け止め、分散させた。
「面白い……先ほどよりも強いな。
市民の声援のおかげか?」
タガメ男が薄く笑う。
地上から聞こえる歓声は、水を震わせて伝わっていた。
──奈理子ちゃん!がんばれ!
──奈理子は負けない!!
──水都の天使ーー!!
その振動は確かにミラクルナイトの胸に届いていた。
「……みんなが……応援してる。
私は、一人じゃない!」
ミラクルナイトの身体がふっと輝きを増す。
水流が彼女の周囲に集まり、光る帯となって舞った。
「これが……奈理子の本来の力か?」
タガメ男がわずかに目を細めた瞬間だった。
ミラクルナイトは、水都の流れを読み、
池から運河へ続く細い水路の“潮目”を逆転させた。
タガメ男の足元の流れが乱れ、姿勢が一瞬だけ崩れる。
「……何ッ?」
その隙を逃さず、ミラクルナイトが突進。
光る手刀をタガメ男の胸元へと打ち込んだ。
「ミラクル――チョップ!」
水泡の炸裂音。
タガメ男は大きく吹き飛ぶ。
だが。
次の瞬間、タガメ男の表情に笑みが浮かんだ。
「……なるほど。
本当に強くなっているな、ミラクルナイト」
タガメ男の声は、無慈悲ではなく、
“実力を認めた武人”の響きだった。
視線の片隅に、ドリームキャンディがシグマを解放している姿が見えた。
「ふん――任務は失敗か」
ミラクルナイトが距離を詰めるより早く、
タガメ男は両腕の鎌を素早く振るう。
「きゃあッ!」
ミラクルナイトの悲鳴。
コスチュームが切り裂かれてしまった。
「その服と肌は、水を弾くのか?…下着は市販のものだな……」
冷静にミラクルナイトの姿を観察すると、
タガメ男は後方へと大きく跳んだ。
「タガメ男!! 待ちなさい!!」
ミラクルナイトの叫びが水中で震える。
タガメ男は振り返らず、静かに言った。
「今日の撤退は、お前に負けたからではない。
“仕事人としての判断”だ。
ミラクルナイト……その成長、確かに見届けた」
そして、水流を裂きながら暗がりへと消えていく。
ミラクルナイトは追えなかった。
追えば市民が危険に晒される。
そして、彼女自身の呼吸も限界に近づいていた。
「……絶対に……
私は、もっと強くなる……!」
握った拳が震えていたのは、悔しさだけではない。
自分の力が確かにタガメ男へ届いた、その実感だった。
水面から差し込む夕陽の光が、
ミラクルナイトの黒髪とボロボロの白いスカートを揺らし、
その姿をひときわ神々しく映し出していた。
地上へ
水中での激闘が終わり、
ミラクルナイトが運河から水面へと浮上したとき――
ざばぁっ、と白い飛沫が上がった。
「奈理子ちゃんだ!!」
最初に叫んだのは、
水都大学・奈理子私設ファンクラブ(MNSFC)会長の 成好 だった。
「奈理子ちゃん、今日も可愛いよ!!」
「奈理子、よくぞ戻った!!」
「純白の天使、万歳!!」
市民の歓声が一気に爆発した。
ミラクルナイトは、
破れたブラウスと裂けたスカートという痛々しい姿のまま、
ふらりと水際へ上がる。
だが、その表情には敗北の影はなかった。
「みなさん……応援、ありがとうございました」
濡れた黒髪から滴る水がきらめく。
その姿は本当に“水都の守護神”だった。
成好が前へ進み出る。
「奈理子ちゃん!! 僕らの声、届いてた?」
ミラクルナイトは微笑んだ。
「はい……成好さんの声も、皆さんの声も。
水の中まで、ちゃんと届いてました」
その一言で、周囲から感動のどよめきが起きた。
「やっぱ奈理子は最高だ……!」
「俺たちの天使だ……!」
「水都の誇りだー!!」
ミラクルナイトは深く頭を下げた。
「皆さんの愛、確かに受け取りました。
私も……もっと強くなります!」
まるで、悔しさと誓い、そして喜びが一つになった“新しい奈理子”の姿だった。
その頃——
少し離れた場所。
ドリームキャンディは、水辺へと担ぎ上げたシグマを支えていた。
シグマの鎧はひび割れ、
胸元にはタガメ男の鎌の痕が生々しく残っている。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫ですか?」
ドリームキャンディが心配そうに覗きこむと、
シグマはミラクルナイトを見やった。
彼女が市民の歓声に応え、
輝くような笑顔を見せている姿を。
「……あのタガメ男を……撃退するとは……」
シグマの声はかすれていた。
しかしその目だけは鋭く、奈理子を見据えていた。
「奈理子さんは本当は凄いんですよ」
ドリームキャンディが誇らしげに答える。
「みんな、奈理子さんを大好きなんです。
街に“愛”を撒き散らす人だから」
シグマは目を伏せた。
「……だが、私の考えは変わらない」
短い言葉を残し、重い身体を引きずるようにして立ち上がる。
「まだ動くんですか!?
血、すごく吸われたはずですよ!?」
キャンディの声も聞かず、シグマは背を向けた。
「戦士として……負けはせん」
そして、夕日の差す公園の奥へと消えていった。
「キャンディ! シグマはどうしたの?」
ミラクルナイトが水辺から駆け寄る。
「行っちゃいましたよ。
かなり血を吸われてフラフラだったのに……」
ドリームキャンディが肩をすくめた。
ミラクルナイトは一瞬だけ心配そうな表情を見せるが――すぐに吹き返した。
「……死ななかったのなら、大丈夫でしょ」
その強がりに、キャンディは小さく笑った。
「奈理子さんらしいです」
市民の歓声の中で、
2人のヒロインは静かに夕焼けに照らされていた。
シグマの隠れ家
――水都公園から少し離れた、廃ビルの屋上。
湿った風が冷たく吹き抜ける。
錆びた給水塔の影に、ボロボロの鎧をまとった男が身を潜めている。
仮面騎士シグマ――その正体、志摩京介(イモリ男)。
彼は片膝をつき、荒い呼吸を繰り返していた。
「……ちっ……思ったより……吸われたな……」
タガメ男に奪われた血液のせいで、身体は重い。
鎧を外せば皮膚はまだ赤く腫れ、毒の影響がじわりと広がっていた。
彼は震える指で胸の鎧を外す。
内部のスーツは裂け、皮膚には黒いアザのような痕が残っている。
「イモリの再生力……まだ完全じゃない……
九頭……あの男め、薬の完成には遠いことを隠していたな……」
志摩は小さく吐息を漏らした。
背後の水タンクから、水の滴る音が聞こえる。
それが妙に心を落ち着かせるのは、イモリとしての本能のせいだ。
彼はゆっくりと立ち上がり、タンクの縁に腰かける。
下を見れば――
遠く、水都公園のライトアップが青く光り、
市民がまだ騒めく声がほんのかすかに届く。
先ほどの光景が脳裏に焼き付いて離れない。
ミラクルナイトの必死な戦い。
市民の歓声。
ドリームキャンディのまっすぐな瞳。
そして、水の中での奇跡の逆転。
「……あの弱い少女が……なぜ、立ち上がれる?」
志摩は思わず拳を握りしめた。
「弱いのに、守られているのに……
誰かに縋ってばかりのはずなのに……
――なぜあれほど輝ける?」
彼は自問した。
それは、自分が失った“人の心”だった。
かつて研究員として仲間を救えず、
研究所に捨てられ、イモリの薬で人外の身となった。
弱い者が戦いに立つ理由も、
仲間と支え合う意味も……
志摩はもう忘れていた。
しかし――
「……ドリームキャンディ」
思わず、あの少女の名を呟く。
水中で自分を抱え上げたときの腕の温もり。
優しい声。
自分を“敵”とは見ず、ただ助けようとした瞳。
「お前は……どうしてあんな目をしていられる……?」
志摩は胸に手を当てた。
あの場所に、ほんの一瞬だけ――
人間だった頃の“温度”が戻った気がした。
彼はうつむき、低く呟く。
「……私はもう、戻れん……
だが……あの目だけは……忘れられない……」
風が吹き、乾いた鎧が軋む。
志摩は立ち上がると、ゆっくりと仮面をかぶり直した。
フェイスガードが閉じると、表情は消え、ただの“戦士シグマ”となる。
「弱き者は……淘汰される。
だが……その弱き者が立ち向かう理由を……
もう一度だけ、見てみたくなった」
シグマは夜の街へ歩き出した。
戦うためか、確かめるためか、
自分でも分からないまま。
ただ一つだけ確かなのは――
その瞳の奥に、かすかな迷いが生まれていた。
穢川研究所 ― 社長室
重厚な木製の扉が静かに閉じられる。
分厚いカーペットに足音が吸われ、室内は重々しい沈黙に包まれていた。
書斎のような社長室。
奥のデスクには、黒いスーツを纏った 社長・勅使河原。
その隣には無言で腕を組む側近 渦巻。
壁際にはタブレットを抱えた社長秘書 一ノ木多実。
そして、正面の椅子に悠然と腰かける研究部門責任者 九頭。
「九頭先生……
シグマ、逃げられましたな」
渦巻の低い声に、室内の空気がさらに重くなる。
九頭は口元に薄い笑みを浮かべ、指先で机を軽く叩く。
「しかし深手は負わせた。
タガメ男の毒と吸血は相当こたえただろう。
しばらくは大人しくしているさ」
勅使河原が、静かに目を細める。
「タガメ男を引かせるとは……
ミラクルナイトの水戦能力、侮れんな」
九頭は、何でもないことのように肩をすくめた。
「ミラクルナイトとの戦闘はタガメ男の任務ではありませんでした。
作戦の失敗を悟り、撤退しただけでしょう」
渦巻が不満を隠さず眉をひそめる。
「それにしても、ブナシメジ男は何をしていた?
奴がミラクルナイトを引きつけておけば、
シグマを確実に葬れたものを……!」
渦巻の声は苛立ちで震えていた。
九頭は冷ややかに渦巻を見る。
「彼はよくやっているよ。
今後もミラクルナイトの相手は彼に任せる」
「しかし、失敗続きじゃないですか!」
渦巻の言葉に、九頭の表情がふっと陰る。
同時に、室内の温度がすっと下がったように感じた。
「勝手な行動をとり、無駄死にした タニシ男 よりは遥かにマシだがね」
静かな声だったが、その一言は刃のように鋭かった。
渦巻の顔が引きつる。
タニシ男は、自分の命令でシグマに挑み、返り討ちにあったのだ。
事実を突きつけられ、渦巻は言葉を失う。
そんな二人を静かに見ていた勅使河原が、重々しく口を開く。
「奈理子のことは、九頭先生に任せる。
渦巻……お前は口を出すな」
その一言で、渦巻は完全に黙り込むしかなかった。
多実は小さくメモを取りながら
「……了解しました、社長」
と部屋を出る。
九頭は満足げに椅子にもたれ、
社長室に再び静寂が戻った。
しかしその沈黙の下、
次に何を仕掛けるべきか――九頭の頭脳は早くも動き始めていた。
(第228話へつづく)












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